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変わらない価値のあるもの

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【告知】8月25日(木曜日)20時頃から『ロマンシング サ・ガ』の実況プレイを行います!

【告知】8月25日(木曜日)20時~22時くらいの間に『ロマンシング サ・ガ』をニコニコ生放送で実況プレイします!

 1枠目ー。

 多分3枠やります!
 それで、ちょっと多忙なため今週末の実況プレイ(と、恐らく来週の水曜日も)は休みます。しばらく間が空いちゃうのだから、なるべく区切りのいいところまで進ませたいですよね……


【ニコニコミュニティ】ゲームが下手な人が見ている世界の生放送



<ルール>
・頑張ってクリアを目指す
・「詰み」になった場合はギブアップ→ また数か月後かに主人公を変えてリトライ可能
・スクエニに怒られた場合は速攻で終了して削除します

※ 少しルールを変えました

【現在、登録されている効果音コマンド】
・888888
・あはははははは!
・えい
・えー
・おおおおおお
・おめでとうございます
・お金が足りないよ
・がんばりましょう
・すごいすごい
・ドラゴン
・ひらめいた
・ファンファーレ
・ブザー
・ブブー
・ブラボー
・ホイッスル
・黄色い声
・歓声
・残念でした
・心臓
・誰か助けて
・爆発
・万歳


 ニコニコ生放送中にこれらの文字をコメントで打つと特殊効果音が鳴ります。効果音は無料効果音で遊ぼう!さんや効果音ラボさんで配布されているものを使わせてもらっています。



 8月20日分のタイムシフト用リンク
 1枠目
 2枠目ー。
 ラスト、3枠目ー。

ロマンシング サ・ガロマンシング サ・ガ

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どこをどうしていたら、Wii Uは成功できたのだろう

 よりによってこんな時期に荒れそうな話題をするなよと自分でも思うのですが、秋になっちゃうと恐らくNX(仮)の詳細が発表されるでしょうから、その前に「Wii Uとは何だったのか?」を書いておこうと思います。

 来年3月に予定されている任天堂の新型ゲーム機「NX(仮)」の発売までに、Wii Uの積みゲーを全部消化しようと片っ端からプレイしていて改めて思ったのですが……私にとってWii Uは「非常に満足度の高いゲーム機」でした。
 『Splatoon』に『幻影異聞録♯FE』、『U-EXPLORE SPACE ADVENTURES』など「Wii Uでしか遊べないゲーム体験」はとても楽しかったですし、『スマブラ』や『Wii Fit』などWiiから引き続いたゲームの新作も満足でしたし、『マリオメーカー』や『クニットアンダーグラウンド』は「ネットワークにつながってみんなで遊ぶ楽しさ」を教えてくれましたし、「Wii Uでしか遊べないゲーム」というワケではありませんでしたが『レイマンレジェンド』も『デスマッチラブコメ』も『イトル・デューの伝説』も無茶苦茶面白かったですし、『Wii Street U』には未来を感じたし『ブタメダル』は終わるのが寂しかったし、『ニンテンドーランド』は接待ゲームとしてものすごく重宝しましたし。
 Wiiソフトが安価で遊べるダウンロード版も嬉しかったし(おかげで積みゲーがすごいことに!)、バーチャルコンソールは「キーコンフィグ」と「まるごとバックアップ」でようやく完成形になった上に『MOTHER』シリーズなどWiiの時には出なかったソフトが出たのが良かったですし、Wiiモードも含めるとものすごくたくさんのゲームが遊べる夢のようなゲーム機だったと思います。


 ですが、客観的に見ればWii Uは「ビジネス的に大失敗なゲーム機」だったのは間違いなくて……
 例えば、Wii Uが発売された2012年11月(※1)からNX(仮)の発売が予定されている2017年3月までの期間は「4年5か月」と……2001年9月発売のゲームキューブから2006年11月発売のWii(※2)の「5年3か月」よりも短く、ゲームキューブ以上に短命に終わったゲーム機になってしまいました。

(※1:アメリカでの発売日。日本では2012年12月発売でした)
(※2:アメリカでの発売日。日本では2006年12月発売でした)

 サードメーカーがほとんどソフトを出さなかったことも致命的でしたが、任天堂ですら初期(2013年1月~6月)と末期(2016年5月~)にソフトをほとんど発売しない時期があって、特に末期は「任天堂ですらWii Uを見限ってNX(仮)に移行してるんだな」と分かってしまうほどでした。


 何故こんなことになってしまったのか―――
 どこでどう道を間違えてしまったのか―――

 例えば、今から私がタイムマシンを開発して2008年~2010年あたりの過去に戻って任天堂の人達にアドバイスをするのなら、何を教えればWii Uは成功したのだろうかと思うんですよ。「Wii Uは失敗だったね」というのは結果論では言えるのだけど、「あの時ああしておけば成功していた」という部分も思いつかないんです。最初からもう勝ち目のない負け戦だったんじゃないかと。
 かといって、欧米が「据置機>携帯機」の市場になっていることを考えると「Wiiの後継機は出すな!」とも言えませんし、そもそもWii Uに非常に満足していた私の立場がなくなります。Wii Uが作られなければ、『Splatoon』が生まれない世界線になっちゃいますからね。



 ということで……NX(仮)が発表される直前のこのタイミングで、「Wii Uとは何だったのか?」という私の考えをまとめておこうと思います。



1.スペックか、ギミックか
 現在、同じように据置ゲーム機を展開しているメーカーであっても「任天堂」が「ソニー(SIE)」や「マイクロソフト」とは決定的にちがうところがあります。
 2社が重視していないことを重視しているというか、それ故に2社にはない“枷”に縛られているというか。当たり前すぎるからなのか、あまり語られていないような気がするのですが、ここが任天堂にとって一番重要なところだと私は思っています。


 それは、

 
 「本体価格」です。


 任天堂の歴代の据置ゲーム機の、発売時の定価を並べてみましょう。

・ファミリーコンピュータ: 14800円
・スーパーファミコン: 25000円
・NINTENDO64: 25000円
・ゲームキューブ: 25000円
・Wii: 25000円(税込価格)


 スーパーファミコンからWiiまで、見事なまでに25000円です。
 これは、任天堂がファミリー層を大事にしていることとファミリー層からの支持が強いことが大きいのかなと思います。子どもが誕生日とかクリスマスに親やおじいちゃん・おばあちゃんにねだれるギリギリの価格というか。25000円でもねだられるのは正直キッツイと思いますけど(笑)、このラインをずっと任天堂は死守してきました。

 ゲーム画面付きコントローラを持つWii Uは流石にこのラインが死守できないんじゃないかと思われましたが、プレミアムセットとベーシックセットの2種類を用意して、ベーシックセットの税抜価格が25000円とこの価格に収めてきました。



 それでは他社はどうかというと……
 これらも日本での発売時に「一番安いモデル」の定価で。

【ソニー】
・PlayStation: 39800円
・PlayStation 2: 39800円
・PlayStation 3(20GB): 49980円
・PlayStation 4: 39980円


【マイクロソフト】
・Xbox: 34800円
・Xbox 360: 37900円
・Xbox One: 39980円


 PS3のみ飛びぬけて高いですが(しかも、60GBはもっと高かった)、基本的には4万円前後に集まっていますね。Xbox Oneは海外ではキネクト同梱版しかなくて価格が高かったのですが、半年後にキネクトを付けない安いバージョンが発売され、日本展開は更にその後だったため39980円というのは「キネクトが付かないバージョン」の価格です。



 Wiiが発売された頃、「Wiiリモコンみたいなのじゃなくて、もっとちゃんとハイスペック方面に進んでHDグラフィックのマリオとかゼルダとか出してくれたら買ったのに」と言っている人がいました。
 Wii Uに対しても、「ゲームパッドなんか要らないから、PS4やXoboxOneと同じくらいのハイスペック路線だったら買ったのに」と言っている人は最近でも見かけます。

 しかし、25000円で出せるハイスペックなんてたかが知れているじゃないですか。
 PS3は49980円ですよ。PS4やXboxOneも39980円ですよ。
 「25000円という制約」のある任天堂がスペック勝負で殴り合っても、他社に勝てるワケがないんです。

 だから、Wiiは「Wiiリモコン」というギミックで勝負したし、Wii Uは「ゲームパッド」というギミックで勝負したんです。そうするしかなかったんです。



 「いやいや、やまなしさん。64やゲームキューブは25000円だったけどスペック高かったじゃないですか」と思った人もいるかも知れませんが、それ故に64やゲームキューブは発売が遅かったのです。

【第5世代】
・セガサターン:1994年11月22日、44800円
・PlayStation:1994年12月3日、39800円
・NINTENDO64:1996年6月23日発売、25000円


 「他にもゲーム機あっただろう!3DOとかピピンとかプレイディアとか!」みたいな話は受け付けておりません。ご容赦お願いします。
 64はPSよりも1年半遅れの発売になって、当然この間にPSはソフトのラインナップを増やしていましたし、1996年2月には『FF7』のPSでの発売が発表されましたし、1年半の間に本体値下げがどんどん進んで1996年6月22日には19800円に値下げされました。64はPSよりも1年半遅い発売になったため、スペックでは優れていたとしても、PSの方がソフトがたくさん出ているし価格も安いし『FF』も出る―――と、発売日には既に勝負あった状態だったのです。


【第6世代】
・ドリームキャスト:1998年11月27日発売、29800円
・PlayStation 2:2000年3月4日、39800円
・ゲームキューブ:2001年9月14日、25000円
・Xbox:2002年2月22日、34800円


 ドリキャスについても語りたい気もしますが……今日の記事には関係がないので我慢します。
 ここでも任天堂機はPS陣営から1年半遅れで、PS2は初期はソフトがなかなかそろわなかったものの「DVD再生機能」と「PS1の互換機能」で支持を集め、2001年になってから『鬼武者』や『FF10』とミリオンセラーのソフトが連発して牙城を固めていました。64同様ゲームキューブも、発売日には既に決着がついていたような印象があります。



 最初の項目でこんなに長くなるとは思っていなかったので、そろそろまとめますが……「25000円という制約」のある任天堂が他社のハードとやりあうためには……

一.「スペック」を諦めて、「ギミック」で勝負するWii路線
二.「発売時期」を遅らせて、「価格」と「スペック」を死守する64・GC路線
三.「ファミリー層」を諦めて、本体価格を40000円前後に上げて戦う他社追随路線


 この三つの路線があって……
 Wii Uは「一」を選んだということなんですね。

 んでんでんで、NX(仮)に関しては……『ドラクエ11』や『ソニック』がマルチタイトルで発売されそうということで、PS4から三年遅れの「二」路線という見方も出来るのです。
 まぁ、PS4やXboxOneにも上位機種が噂されているので、NX(仮)が三年遅れでPS4やXboxOneに追いついたとしても、新PS4や新XboxOneにまた置いていかれるんじゃないかと思いますけどね……



2.ファミリー層か、ゲーマー層か
 Wii Uに話を戻します。
 WiiもWii Uも、「ファミリー層」から見捨てられない価格で、「シェア争い」で後退しない発売時期にするために、スペックよりもギミックで勝負するしかなかった―――というのが「1.」で語った話でした。

 Wiiはその辺をものすごく割り切っていたので、WiiリモコンやバランスWiiボードといった「ファミリー層」に受けるギミックで勝負していました。ボタンをほとんど使わない『Wii Sports』や『Wii Fit』は「普段はゲームを遊ばない人」を巻き込み、家族や友達みんなで遊べるゲーム機として支持され。比較的後期に発売された『Wii Party』でも日本で200万本以上、全世界で900万本以上売れた大ヒットになっていました。



 しかし、「ファミリー層」に受けたWiiは、どうしても「一人用のゲーム」がなかなか売れず「ゲーマー層」には支持されませんでした。少なくとも任天堂はそう考えたのでしょう。Wiiの末期はガクッと勢いを失ってしまったこともあり、Wii UはWiiとは全くちがう路線に進みます。

 「Wii Uは体感ゲーム機ではない」という任天堂のCM戦略

 初期のWii Uは「Wiiリモコンを振る操作」などの体感操作をTVCMなどには一切映さず、あくまでWii Uはボタンで遊ぶゲーム機だと見せていきました。ソフトのラインナップも『マリオ』や『ピクミン』や『The Wonderful 101』といった「一人で遊ぶゲーム」を最初の1年に投入していましたし(『マリオ』は複数人プレイも出来るけど)。
 Wii Uが初めてお披露目された2011年E3の「ソフトウェア ラインナップ映像」を観ると、「サードメーカーの暴力的なゲームがたくさん遊べますよ!」とガンガンアピールしているし、実際にWii U初期は『ゾンビU』とかプッシュしていましたものね。

 任天堂は後に「『ニンテンドーランド』が『Wii Sports』のようにならなかったのがWii Uのつまづきの原因」と言っていたと思うのですが。
 両方発売日に買った私からすると『ニンテンドーランド』はストイックな一人用のゲームが多いし、複数人協力プレイのゲームは「ヘタな人が一人でもいると即ゲームオーバーになる」ガチンコ難易度だし、『マリオチェイス』ですら十字キー使えない人には太刀打ちできないし、「どうして『Wii Sports』のようになると思った??」と言いたくなるゲームでした。まぁ、『マリオチェイス』は十字キーに初めて触った当時5歳の甥っ子でも楽しんでいたので、そこは流石だなとは思いますが……

 そもそもゲームパッドの「画面が付いているからテレビを観ながらでもゲームが遊べます」ってのは完全に「一人でゲームを遊ぶ」ことを想定していますし、「ゲームパッドがあればいつでもマップが確認できる」とか「右スティックの代わりにタッチペンが使えるのが便利」とか、「ファミリー層」よりも「ゲーマー層」に向けたギミックなんですよWii Uゲームパッドって。


 「ファミリー層」のために本体価格を25000円に抑えただろうに、
 「ゲーマー層」に向けたソフトとギミックを採用して、
 真っ先に引き入れなければならなかった「ファミリー層」をみすみす逃したのがWii Uのつまづきの最初だったと思います。


 では、任天堂が取りに行った「ゲーマー層」はどうかと言うと……
 ここまで記事で連呼しておいてアレなんですけど、「ゲーマー層」という言葉がものすごく誤解を生んでいると思うんですね。「ゲーマー層」って言われると「どんなゲームでも食わず嫌いせず、時間とお金を惜しまずにゲームを遊ぶことに全力を注ぐ人」みたいな印象になっちゃうんですが。そんな人はたくさんはいないし、そういう人達はWii UだろうがPS4だろうがXboxOneだろうが全機種ゲーム機を揃えますよ。

 「ゲーマー層」という言葉で指している人達を正確に表現するのなら、「人気シリーズのファンで続編が出たら是非遊びたい人達」の総称だと現在の私は考えています。

 例えば……数字はテキトーですけど、

・『ドラクエ』の新作が出たら是非遊びたい人が200万人
・『FF』の新作が出たら是非遊びたい人が150万人
・『バイオハザード』の新作が出たら是非遊びたい人が80万人
・『ゼルダ』の新作が出たら是非遊びたい人が50万人
・『テイルズ』の新作が出たら是非遊びたい人が40万人

 こんな風にそれぞれのシリーズに「固定ファン」がいて、もちろんその中の人は“『ドラクエ』も『FF』も遊びたい人”みたいに重なっていたりもするのですが、逆に言うと全てのシリーズを遊びたい「マスターオブ人気シリーズ」みたいな人はごく少数で。
 どのゲーム機にどの人気シリーズの新作が出るかは、この「固定ファン」を何人引っ張ってこられるかというカードの奪い合いで。任天堂がどんなに「ゲーマー層」をターゲットにしようとも、サードの人気シリーズを引っ張ってこられない限りは、「マリオの新作が出たら是非遊びたい人」と「ゼルダの新作が出たら是非遊びたい人」と「スマブラの新作が出たら是非遊びたい人」と「マリオカートの新作が出たら是非遊びたい人」くらいしか牽引できないんです。Wii Uに至っては、『ゼルダ』の新作もまだ出ていませんしね……


 つまり、「ゲーマー層」が求めているのは「自分の好きなシリーズの続編が出ること」だけなんですよ。「ゲーマー層向けのゲーム機」ってのは「人気のシリーズの続編がたくさん出るゲーム機」なんですよ。スペックとか機能とかは二の次で。
 『ドラクエ9』が出たらシリーズファンはDSを買ったし、『モンハン4』が出たらシリーズファンは3DSを買ったし。



 しかし、「スペックは二の次」とは言いましたが、Wii Uはスペックの問題でPS4やXboxOneとのマルチに対応できず「Wii Uだけ人気シリーズの続編が出ない」という状況になってしまいました。だから、「サードの人気シリーズのファン」からは見向きもされませんでした。結果的に、Wii Uは「ゲーマー層」と呼ばれる人達も逃したのです。


 ということで、「ファミリー層」と「ゲーマー層」の両方を狙いにいって、中途半端な仕様になったことでその両方を逃した―――典型的な「二兎を追う者は一兎をも得ず」なハードがWii Uだと言えるのですが。Wii Uはただ、更にややこしいことに。


 「ファミリー層」にも「ゲーマー層」にも受けた『Splatoon』という奇跡の存在があるので、話がややこしいんですよね……Wii Uというハードは「一兎をも得ず」だったのですが、『Splatoon』というソフトは「二兎を得ちゃった」というか。Wii Uが「二兎を追うハード」だったからこそ『Splatoon』は生まれたとも言えると思うんですね。「ファミリー層」に寄ったWiiでは『Splatoon』は生まれなかったのですから。

 だから、Wii Uというハードは単純に「売れなかったのだから出さなければ良かった」とも言えず、次世代に向けた土台は築いたハードだったとも言えるんです。それはまぁ、NX(仮)の詳細が発表されてから言えば良いことかも知れませんが。



3.サードメーカーがWii Uにソフトを出す未来はあったのか?
 「Wii U」と「サードメーカー」の話で絶対に語らなければならないのが、「ユービーアイソフト」の存在です。
 「ユービーアイソフト」はフランスに本社を置く大手ゲームメーカーで、『レイマン』シリーズ、『アサシンクリード』シリーズ、『ゴーストリコン』シリーズ、『スプリンターセル』シリーズ、『Just Dance』シリーズなど多くのシリーズを抱えています。

 Wiiで『Just Dance』が大ヒットしたからなのか、Wii U発売前から「ユービーアイソフト」はWii Uに力を入れていることを宣言していて、任天堂もローカライズなどをしてプッシュしていくと言っていて……『ゾンビU』や『レイマンレジェンド』など、「Wii Uゲームパッドを活かした」Wii U独占ソフトを発表していました。「社長が訊く」にも取り上げられていましたからね。

 ですが、Wii Uはスタートダッシュに失敗。ソフトの売上も低調だったことで、「ユービーアイソフト」はWii U独占を発表していた『レイマンレジェンド』を発売延期にした上に各ゲーム機で発売するマルチタイトルに変更。日本での発売は任天堂からでしたが任天堂はそれに怒ったからなのかTVCMなどは一切流さず。その後も、「ユービーアイソフト」は『Watch Dogs』の発売をWii U版だけ半年遅らせるなど……子どものケンカか!と言いたくなる遺恨が、任天堂と「ユービーアイソフト」の間に残ってしまいました。


 この話……表層だけ見ると、「Wii Uがスタートダッシュに失敗したことで、サードメーカーが離れていってしまった」と思われるかもしれません。後にそう語り継がれてしまいそうなので、リアルタイムにWii Uを見てきた一人として「そうではない」と記しておかなければならないと思うんですね。


 Wii Uがスタートダッシュに失敗したことで離れていったサードメーカーは「ユービーアイソフト」だけで、その他のサードメーカーは最初からソフトを出していない!!!!

 他のみんなは最初から応援していなかったのに、「最初は応援していたけど途中で応援をやめた人」だけを叩くのはおかしいでしょう。「ユービーアイソフト」は何も悪くない!



 だからですね……私はちょっと思うんですよ。
 もしWii Uがスタートダッシュに大成功していて、Wiiみたいに最初の1年で大きく普及していたとしたら、「ユービーアイソフト」以外のサードメーカーはWii U向けソフトを作ったのだろうか?と。だって、Wiiだってあれだけ普及させても後半ほとんどサードはソフトを作らなくなったじゃないですか。


 Wiiの時だったか3DSの時だったかWii Uの時だったかは忘れちゃいましたが、任天堂は「苦戦しているハード」も一発大逆転で息を吹き返すという例でゲームボーイ時代の『ポケットモンスター』の話を出すことがあります。あの頃のゲームボーイも市場としてはすっかり終わりかけていたのに、『ポケモン』1本(正確には2本)のヒットで市場として息を吹き返して、各サードメーカーもゲームボーイ用ソフトを次々に発売するようになった――――だから、今苦戦しているこのハードも、1本の大ヒットで変わるんだ、と言うことがあります。

 しかし、『Splatoon』が大ヒットしても、どのサードメーカーも「Wii Uでソフトが売れているみたいだからウチも出そうっと!」と動き出しませんでした。それどころか、任天堂自身ですら「『Splatoon』の次のソフト」を特に出していませんからね。
 ソフトの売上もハードの牽引力も、『ポケモン』と『Splatoon』では差があるのも確かなんですが……それ以上に、ゲームボーイとWii Uでは「1本のソフトの開発にかかる期間と費用」が全然ちがいます。他所が売れているみたいだからウチも作ってみるかーみたいな軽い気持ちでWii Uのソフトは作れんでしょう。

 ゲームボーイの時代とちがって、現在は「1本のソフトの大ヒット」でサードメーカーがソフトを作ってはくれないんです。


 だからね……例えばタイムマシンを完成させた私が2008年~2010年くらいの過去に戻って、任天堂に『Splatoon』という最高のゲームのことを正確に伝えて、任天堂自身がそれを完成させて2012年のWii U本体と同時発売で『Splatoon』を発売して100万本の大ヒットを飛ばしたとしても。そこからサードメーカーはソフトを作らないんじゃないかなぁと思うのです。特に日本のサードメーカーは。

 それは、もう「HDグラフィックの据置ゲーム機のソフト」を作れるサードメーカーが日本には数えるほどしかなくなっちゃったことと、スマホ向けや携帯ゲーム機向けの方が安く作れて多く売れるだろうことと、「HDグラフィックの据置ゲーム機のソフト」を作るのならマルチで開発しやすいPS系で出すよって理由が考えられるので……

 何をどうしてもWii Uにサードメーカーはソフトを作らなかっただろうって思いますし、「2.」の項目を思い出すとこの時点で「ゲーマー層」から支持される可能性はほぼ絶望的だったんじゃないかと思うのです。



4.携帯ゲーム機か、据置ゲーム機か
 「2.」の項目で、「人気シリーズには固定ファンがいるので、人気シリーズを引っ張ってこられると固定ファンをそのまま獲得できる」という話を書きました。それこそが「ゲーマー層」という言葉の実際の意味だろうと。

 しかし、実は「話を単純化するために敢えて端折った」こともあって。
 例えば『モンスターハンター』とか『どうぶつの森』シリーズは、「据置ゲーム機で出した時」と「携帯ゲーム機で出した時」で売上が3~4倍ちがったりします。単純に『モンハン』ファン『ぶつ森』ファンと言っても、「携帯ゲーム機だから遊ぶ人」「据置ゲーム機でも遊ぶ人」に分かれるんですね。
 Wii Uは人気シリーズの続編がほとんど出なかったから勝ちハードにはなれなかったと言えますが、Wii Uの先輩であるWiiは携帯ゲーム機なら400万本クラスを売り上げられる『モンハン』『ドラクエ』『どうぶつの森』が揃って発売されたのに、揃って100万本前後に留まったということがあったのです(前2つはオンライン有料というハンデもありましたが)。



 「携帯機なら友達同士で持ち寄って一緒に遊べる」とか、「携帯機ならテレビ画面に縛られず遊べてスリープ&復帰も素早い」とか、「そもそも携帯機の方が普及している」とか、色んな要因があるとは思うんですが……
 そうしたことを受けて、恐らくWii Uの画面付きコントローラは「携帯ゲーム機のように起動できる据置ゲーム機」を目指してああいう形になったんじゃないかと思います。


 Wii U発売前に行われた岩田さん・宮本さん・糸井さんの鼎談を読むと、そういう意図が見られます。

<以下、引用>
岩田 「はい。
 Wiiはその大きなテレビにつながって、そこにはちょっとしたスペースもできて、みんなで身体を動かしたり、わいわい遊ぶことができた。それは、自分たちで言うのもなんですが、すばらしいことだったと思います。 」

糸井「うん。」

岩田「と同時に、ちょっと失ったものもあって。
 なにかというと、リビングのテレビは家族の共有物なので、ほかの人がテレビを見るときにゲームはできないし、誰かがゲームをやっているとテレビが見られないわけです。ということは、ひとりでじっくり遊ぶタイプのものとは、じつは相性がよくなかったんですね。

糸井「うーん、それはそうですね。
 いま「それはそうですね」なんて軽く言ったけど、両方のタイプのゲームをつくってる会社としては、たいへんなジレンマですね、それは。 」

宮本「そうなんです(笑)。」

</ここまで>
※ 改行・強調などは引用者が行いました


 しかし、全てのWii Uソフトが「テレビ画面を使わなくてもゲームパッドの画面だけで遊べる」ワケではありません。その機能に対応していないソフトは相変わらず「ほかの人がテレビを見るときにゲームはできないし、誰かがゲームをやっているとテレビが見られない」し、例えば『スマッシュブラザーズ』のように大画面で遊ぶことを想定したソフトはゲームパッドの画面では小さくてよく見えなかったりしました。

 また、「ゲームパッドの画面だけで遊べる」ということは「1画面だけで遊べる」ということですから、「二画面という特徴のWii U」でなくても遊べるということで、「Wii Uゲームパッドを活かしたゲームになっていない」という批判もありました。というか、そもそも「据置機だけどテレビを使わなくても遊べるよ!」というゲームだったら、「それなら携帯機で良くない?」って話になっちゃいますからね。


 「Wii Uゲームパッドを活かしたゲーム」とは何だ?

 2014年2月の記事。
 当時の私がとてもいいことを言っているので、引用しましょう!

<以下、引用>
 Wii U最初の1年間は「今までのゲームがWii Uゲームパッドのおかげでこんなに遊びやすくなるんですよ」と提案してきたワケで、“今までのゲーム”が好きな人達の方を向いていたワケです。
 でも、2年目のWii Uは「Wii Uゲームパッドでしか実現出来ない“今までにないゲーム”が遊べるんですよ」と提案していくことになります。それは言ってしまえば、「“今までのゲーム”が好きな人達」ではなくて「“今までのゲーム”に飽き飽きしている人達」の方を向く行為であって。Wiiの時と同様に「任天堂はまたゲーマーを軽視するのか!」と言われるのは間違いありませんからね。

</ここまで>


 で、そこから生まれるのが『Splatoon』なのですが。
 『Splatoon』は「テレビ画面」と「ゲームパッドの画面」をフル活用したバリバリの据置ゲーム機のゲームです。

 Wiiはテレビ画面を占拠してしまうため、一人用のゲームが売れなかった。
 そのためWii Uはテレビ画面を占拠しないように、携帯ゲーム機みたいな画面付きコントローラを持って生まれた。そして、携帯ゲーム機のような「テレビ画面を使わなくても遊べるゲーム」をいくつも出したら、「それじゃー別に携帯ゲーム機でイイじゃん」と存在意義を否定され続け―――最終的に行き着いた答えが、「テレビ画面」をバリバリ占拠する一人用ゲーム『Splatoon』だったというのは、WiiからWii Uの流れを見続けてきた身としては驚きでした。


 つまり、据置ゲーム機には「据置ゲーム機としての魅力」が求められていたんです。
 中途半端に携帯ゲーム機っぽさを取り入れても携帯ゲーム機には勝てなかったんです。「テレビ画面を占拠」しても売れるゲームは売れるし、Wiiで一人用のゲームが売れなかったのは別に「テレビ画面を占拠するから」ではなくて「そこまで面白くなさそうだったから」なんです!


 さて、これを受けたNX(仮)の話。
 現在出てきている噂だと、「PS3よりは上だがPS4よりは下なスペックの携帯ゲーム機」で「(多分別売りの)ユニットを使うことでテレビに出力も可能」という「携帯ゲーム機と据置ゲーム機のハイブリッド路線」なのかなぁというところです。

 噂なんで……無難なところではありますよね。
 ベースは携帯ゲーム機だから『モンハン』を持ち寄って遊ぶことも可能だし、テレビを観ながら『どうぶつの森』で木の実を拾ったり『ドラクエ』でレベル上げしたりも可能。
 それでいてテレビにも出力できるなら、『Splatoon』のようにテレビ画面でプレイしないと酔いそうなゲームも遊べますし、任天堂の得意とする「ファミリー層」向けのパーティゲームも出せます。コントローラをどうするのかというところに「ギミック」がありそうな気がしますし。

 『モンハン』を始めとした、現在3DS向けにソフトを出しているシリーズやサードメーカーを引っ張ってこられれば国内シェアという点ではかなり大きいし。任天堂としても「3DS」と「Wii U」に同じシリーズをそれぞれ作らなければならないみたいなことがなくなって、開発リソースを「チャレンジブルな新作」に回せそうですし。
 Wii Uがやりたかったことを実現させる次世代機とも言えるんですね。Wii Uの失敗がNX(仮)に繋がっているというか。


 しかし、「携帯ゲーム機と据置ゲーム機のいいとこどり」は結局中途半端なまま終わってしまわないかとWii Uの顛末を知っている身としては思ってしまうし、ただの高スペック携帯ゲーム機だったら代り映えがしないでしょうし……「携帯ゲーム機と据置ゲーム機のハイブリッド路線」だからこそ実現できたゲームというものを見せてもらいたいですね。


 あくまでまだ噂なんですけど(笑)。


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 「どこをどうしていたら、Wii Uは成功できたのだろう」という記事タイトル通りに、Wii Uが失敗しなかったシナリオを逆転の発想で考えるのなら……やっぱり「ファミリー層を切り捨ててでも高価格・ハイスペック路線に進んでサードメーカーがマルチでソフトを出しやすい環境にする」「ある程度シェアが取れたら数年後に本体価格を下げてファミリー層を狙いに行く」くらいしか思いつきませんねぇ。それもリスキーな話ですが。

 しかし、もしそれでWii Uが大成功してたとしても、スペック重視路線でWii Uゲームパッドを付けていなければ『Splatoon』は出てこないでしょうし……Wii Uユーザーとしては「Wii Uが成功して『Splatoon』が生まれなかった世界線」よりか「Wii Uが失敗して『Splatoon』が生まれた世界線」の方が幸せなのでは?と思わなくもないです。株主からすればふざけんじゃねえって話でしょうが(笑)。



 ただね……「Wii Uというゲーム機なら出来たであろうこと」が碌に出来ないまま世代交代になってしまうのは残念だなぁとは思います。
 例えば『ファイアーエムブレム』とか『ファミコンウォーズ』みたいな数字情報の多いシミュレーションゲームなら、「手元の画面にステータス画面」を映しておいて「テレビ画面に大局」を映すみたいなことも出来たんじゃないかと思います。
 Wiiで出た『ウイニングイレブン プレーメーカー』みたいに複数のキャラを同時に動かすゲームは、大画面タッチパネル+複数のボタンを持ったゲームパッドに向いているんじゃないかと期待していたし。
 Wiiとちがってジャイロセンサーが標準装備されているんだから、PS3の『HEAVY RAIN』みたいにコントローラをあれこれ使わせるアドベンチャーゲームも色々出来たんじゃないかなぁと思いますね。ゲームパッドなら更にマイクやカメラやタッチパネルも付いているし、出来ることが多い!

 これらのソフトが出たからってWii Uのシェアが拡大したとは思わないんですが、Wii Uで出ることで遊びやすくなったゲームはたくさんあったと思いますし、ある程度のシェアを確保しないとこういうゲームが出てこないことを考えるとシェア争いもやっぱり大事だったんだなぁと痛感しました。
 この無念を晴らすためにも、NX(仮)には「テレビ画面とコントローラ画面の二画面の遊び」を引き継いで欲しいなぁと思います。というか、そうじゃないと『Splatoon2』は出せませんしねぇ。

| ゲーム雑記 | 17:56 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

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物語の序盤だけアニメ化して、それで魅力が伝わるのか

 『青い花』の原作漫画版を全巻読み終わりました。

 「何故このタイミングで?」と思われそうですが……しばらく前にキンドルで全巻買っておいたのだけど読む時間がなくてそのまま積んでいたら、月額980円で対象商品が読み放題の「Kindle Unlimited」で全巻対象になっていて……
 というか、全巻買ったまま読んでいないキンドル本が結構「読み放題対象」になっているな……と気付き、「Kindle Unlimited」に加入するかどうか以前に積み本をちゃんと消化しなきゃと読むことにしたのです。

[まとめ買い] 青い花
[まとめ買い] 青い花


 ご存じない人もいると思うので説明。
 『青い花』は2004年から2013年の間、太田出版のマンガ・エロティクス・エフにて連載されていた学園漫画です。作者は志村貴子さん。ひょっとしたら、アニメ『アルドノア・ゼロ』や『バッテリー』のキャラクター原案の人と説明した方がピンと来る人もいるかも知れませんね。

 「女性同士の恋愛」を主題として描いているので、「百合漫画の金字塔」みたいに言われることも多いのですが……個人的には、「百合漫画」というよりかは「たくさん描かれる恋愛の中に、女性同士の恋愛も描かれている」作品だと思うので、それは果たして「百合漫画」というカテゴリーでイイのか……ちょっと迷うところもあります。この辺の話は、時間があったらいつか語るかも。


 さて、本題。
 この『青い花』は2009年にテレビアニメ化されています。

 私はこのテレビアニメ版を先に観ていて、その当時もかなり楽しんではいたのですが……最終回に「え?これで終わりなの?」と思った記憶があって。今回、原作漫画版を全巻通して読んでみて、「アニメでやったところってすげえ序盤だけじゃねえか」とやっぱり思いました。

 原作漫画は全8巻で完結したのですが、アニメになったのは3巻まで。
 アニメの製作期間を考えれば「当時の原作ストックがそこまでしかなかった」のでしょうし、まー一応「区切りっちゃ区切りと言えなくもない」ところなのですが……


 「物語が本題に入る前に終わった」というか……
 『スラムダンク』で例えると、花道が青田と柔道している辺りでアニメが終わったみたいなカンジです。



 アニメの公式サイトに載っている対談を読むと、制作のJ.C.STAFFのプロデューサーが原作に惚れこみ、原作漫画が始まったころからずっとアニメ化を提案していたみたいで。
 「原作が完結してから」みたいな悠長なことは言っていられず、「アニメ化できる尺がたまったら即アニメ化しよう」と3巻までの内容でアニメ化することになって―――脚本と監督が「アニメはどうやって終わらせよう……」と悩んだみたいな話もあって(笑)。

 この頃のJ.C.STAFFとフジテレビのアニメと言えば……『ハチミツとクローバー』や『のだめカンタービレ』のように、原作が続いている状態でアニメが作られても、2期・3期とアニメも続いて原作のラストまでアニメ化する流れがあったので。ひょっとしたら『青い花』も当初は2期・3期とアニメ化するつもりだったのかも知れませんが……
 放送されていた『NOISE』枠は消滅し、『青い花』の原作完結はアニメから4年後の2013年だし、あとまぁいろいろあって『青い花』のアニメはネット配信でももう観られないし。2期が作られる可能性は限りなく低いのかなぁと思います。



 「きちんと終わるアニメ」を観たいのならオリジナルアニメを観よう!

 それで思い出したのはこの記事。
 私自身は「原作漫画を読めばアニメの続きは楽しめるからイイじゃん」と思うのですが、元になった「作品をきちんと終わらせるということを放棄しているアニメ業界」というはてな匿名ダイアリーは「アニメはアニメとして楽しみたいんだからちゃんとアニメで完結させてほしい」とのことで……『青い花』みたいなケースを観ると、そういう意見も頷けなくもないなと思いました。

 アニメしか観ない人には、『青い花』のキャラクター達がその後どうなったのかは分からないワケですからね。「○○と××は結局くっついたの?」「あの伏線はどうなったの?」「というか主題があんまり掘り下げられてなくない?」と思ったままの人もいるんじゃないかと思う……というか、全巻積んだままだった数週間前までの私もそうでした(笑)。



 「アニメ面白かったけど、その後の話はアニメ化されていないから知らない」ってケースはまだマシで、原作の序盤だけをアニメ化しても「原作が面白くなる前」にアニメが終わってしまって、アニメしか観ていない人には「あんまり面白くなかったなー」と思われているケースもありそうです。
 『青い花』は「面白くなかった」とまでは言わないのですが、私は正直アニメ化された3巻までよりもアニメ化されていない4巻以降のストーリーの方が好きだし、ちゃんと「女性同士の恋愛」を踏み込んで正面きって描いていると思うので。3巻まででアニメが終わっちゃっているのは残念だなと思いました。2016年に思うことじゃないでしょうけど(笑)。



 「原作が絶賛連載中」作品のアニメ化による物足りなさ

 こんな記事も書いていましたね。
 「とりあえずのアニメの最終回」をどうするのか問題。


 例えば、もはや懐かしい話になってしまっているかも知れませんが、前季のアニメ『くまみこ』の最終回の賛否両論って「原作が連載中の漫画を、まだそんなに原作ストックないのにアニメ化して、アニメとしてはどうやって締めくくるのか」って話だったと思うんですね。
 原作は当然ながら「あの後」も話が続くのでフォローが出来ますが、アニメは「あそこで終わり」で「あの後はない」のです。アニメしか観ていない人にとっては、まちちゃんは「あの最終回のまちちゃん」のままなのです。『くまみこ』という作品は「最後まちちゃんがああなる作品」と記憶されたままなのです。



 「原作が完結してからアニメ化しろ」とまでは言わないから、アニメとしてしっかりまとめられるくらい原作が進んでからアニメ化した方が双方にとって幸せなんじゃないのかなーと思うのです。

 逆に、日常系と呼ばれる作品のアニメ化が強いのは、「この先どうなるんだろう?」とロングスパンで引っ張る謎や伏線がないため、どこで「アニメの最終回はここ!」と締めくくっても問題がないからなのかと思いました。2期が放送される時に1期の内容を覚えていなくても問題ありませんし(笑)。


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| アニメ雑記 | 17:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『Pokémon GO』が気付かせてくれたもの

 えっと……まず最初に言っておかなければならないことですが、私は『Pokémon GO』をプレイしていません。対応機種のスマホを持っていないのです。だから、『Pokémon GO』のゲーム内容については一切語れません。


 『Miitomo』と『Pokémon GO』から見えてくる任天堂のスマホ展開

 しかし、約1年前に『Pokémon GO』が発表された後、任天堂が『Miitomo』や『Pokémon GO』をスマホで展開することでゲーム業界はどうなっていくのかを考えて記事に書いていました。私自身は『Pokémon GO』をプレイしていないので語るのは心苦しいのですが、あの記事を書いた手前、「実際に『Pokémon GO』が配信されてどうなったのか」を記さなければならない責任があると思います。


 ということで、今日の記事は『Pokémon GO』の配信によって「今まで気づかなかったこと」に気づかされたよ―――って話を書いていきます。



1.「ゲームを遊びたい人」がこんなにたくさんいたのか!
 『Pokémon GO』は世界中でものすごくたくさんの人に楽しまれていて、だからこそ「あんなものを遊ぶ人は侮蔑する」みたいに批判する人が出てきたり、1か月の間に飽きて辞めちゃった人も多いなんて話もあったり、いやいや実はそんなに減っていないんですよみたいな話もあったりするのですが……

 少なくとも配信開始直後は、ものすごーーーーーくたくさんの人が遊んでいて、普段ゲームの話題なんか取り上げないテレビやラジオの番組でも話題にされているほどでした。


 私は一人のゲーム好きとして、単純に「たくさんの人がゲームを遊んでいる」ということが嬉しかったです。
 というのも、約10年前に『脳トレ』とか『Wii Sports』とかで「普段ゲームを遊ばない人でもゲームを遊ぶ」ブームが起こって、特にニンテンドーDSというゲーム機は(複数バージョンが出たこともあって)ものすごい普及台数だったのですが。世代が交代した現在のゲーム機であるニンテンドー3DSやWii UやPS VitaやPS4やXboxOneの国内普及台数はそれほどでもなく、「よほどのゲーム好き以外はもうゲームを遊んでいないんじゃないか」という危惧があって。

 じゃー、スマホでゲームが遊ばれているんだろうかというと、一人で何十万円と課金してしまったみたいな話と課金する人を馬鹿にしている無課金勢みたいな話が絶えなくて……こちらも「よほどのゲーム好き以外は課金していないんじゃないか」という危惧があって。

 ゲーム業界の未来は、「年金をもらう老人は医療の発達で増え続けるけど、それを支える若者は減り続けている」超高齢化社会みたいに、「ゲームの開発費はハードスペックの向上で上がり続けるけど、それを支えるゲーム好きは減り続けている」というお先真っ暗な状況だと思っていました。


 『Pokémon GO』は単純に「たくさんの人に遊ばれている」ということもそうなんですが、遊ぶためには外に出なければならないため「遊んでいる人の姿」が可視化されて、インタビューなんかもされるため――――「普段ゲーム機ではゲームを遊んでいない」おじいちゃんとか、「昔はゲームをしていたけど最近はやっていなかった」お姉さんとかも『Pokémon GO』をやっているというのが分かって安心したのです。

 ゲームはまだまだ、「遊んでもらえる」余地があるんだ―――と。




 では、何故「よほどのゲーム好き」以外の人まで『Pokémon GO』を遊んでいるのでしょう?

 一つには、「話題性」があって。
 連日ニュースで報道されることで、みんながやっているから自分もやってみたいと思える。

 二つ目は、「無料で遊べるから」というのもあるでしょう。
 既に持っているスマホで、基本無料で始められるゲームなので、ゲーム機もゲームソフトも買わなくてイイというのが大きいのでしょう。

 三つ目は、「斬新」だったから。
 もちろん『Pokémon GO』の前には『Ingress』があるのですが、『Ingress』を知らない人にとっては『Pokémon GO』は未知なる体験だったと思います。『脳トレ』や『Wii Sports』の時もそうでしたが、ゲームのブームの歴史は『モンハン』も『どうぶつの森』も『ストII』も『ドラクエ』も『スーパーマリオ』も『インベーダー』も、「今までこんなの見たことがない!」という体験をさせてくれるから起こったのです(『Pokémon GO』の前の『Ingress』同様、大ヒット作の前には元ネタとなるゲームもあったりするんですけどね……)。



 こういう条件が揃えば「普段ゲームを遊ばない人」でもゲームを手に取るし、逆に考えると「普段ゲームを遊ばない人」を巻き込めていなかったように思えたここ10年近い停滞感はこれらが足りていなかったんだとも思うんですね。厳しい言葉を使うのなら、ゲームが飽きられたんじゃなくて、飽きられたようなゲームしかなかったというか。



2.『ポケモン』ってものすごい人気なんだね!
 なんともまぁ、頭の悪そうな発言ですが……(笑)。

 普段からゲームが好きな人たちとばかり交流していると、うっかり見落としてしまいがちな視点だと思うんですね。『ポケモン』は「普段ゲームを遊ばない人」にも浸透していることを。
 「ゲームはしないけどアニメだけ観ている」とか、「最近はゲームしていないけどゲームボーイの頃には夢中になって遊んでいた」とか、「娘が子どもの頃にアニメを一緒に観ていたので『ポケモン言えるかな?』が歌える」とか、そういう人たちが『Pokémon GO』を遊んでいるという話を聞いて『ポケモン』というIPの強さを思い知りました。

 また、逆に「ポケモンはあまり知らないけど『Pokémon GO』は話題になっているからやってみた」という人もいて、任天堂がここ数年力を入れている「キャラクターIPの積極的活用」の成功例の一つになったと思います。


 同じことを『ポケモン』以外のIP―――秋にスマホアプリが予告されている『どうぶつの森』や『ファイアーエムブレム』、今後出てきそうな『マリオ』『ゼルダ』『ドンキーコング』『カービィ』『Splatoon』『メトロイド』『スターフォックス』『ピクミン』『F-ZERO』『押忍!闘え!応援団』『ファミコン探偵倶楽部』『パンチアウト』『罪と罰』『ワリオ』『ガールズモード』『伝説のスタフィー』『カスタムロボ』『ファミコンウォーズ』『カルチョビット』『カードヒーロー』、任天堂IPと言ってイイかはかなり怪しいけど『零』『カルドセプト』『バテン・カイトス』……えとせとらえとせとら、でも同じことが起こせるかは未知数ですが。

 キャラクターIPを浸透させるための映像化を、『ポケモン』以外でも積極的に行っていくみたいですし。

 任天堂は、もし仮にNX(仮)が大ゴケしてゲーム機事業から撤退したとしても、抱えているIPの強さでスマホだろうがPCだろうが他社のゲーム機だろうがどこででもやっていけそうだな……と思いました。



3.“「広く薄く」課金してもらう”の成功例
 これは1年前の記事に書いたことの答え合わせです。

 任天堂はスマホアプリへの展開を発表した初期の頃から、「日本では少数のお客様からたくさんのお金を払ってもらうスマホアプリが成功例として言われているけれど、海外からは日本の市場は特殊だと思われている。世界の市場を相手にするためには、たくさんのお客様からちょっとずつお金を払ってもらう「広く薄く」が大事だ」というようなことを繰り返し言っていました。

 そうすると、「たくさんのお金を払ってもらうスマホアプリ」を作っている人たちからは「そんなのは理想論だ!成功するワケがない」と反発があって……さて、実際に配信されたらどうだったのかというと。



 配信開始直後ということもあるかと思いますが、『Pokémon GO』は「ダウンロードしたユーザー数」だけでなく「売上」もものすごく高いという話で(ギネス認定されたというニュースが飛び込んできました)。
 全世界的に超有名なキャラクターIPを使って、「斬新」なゲームを提案したところ、ものすごい数のプレイヤーが参加して、「広く薄く」課金してもらうだけでもものすごい売上になる―――という恐ろしい力技を発揮したと言ってイイと思います。


 逆に言うと、こんなのは『ポケモン』だから出来たことで。
 例えば『ファイアーエムブレム』のスマホアプリはここまでのプレイヤー数にならないでしょうから、恐らくもうちょっと「一人のプレイヤーから多く払ってもらう」ビジネスモデルになるんじゃないかと予想しています。

 また、『Pokémon GO』より先に配信開始された『Miitomo』は、他のアプリに比べて「売上」の落ちが早かったみたいには言われていますね。「広く薄く」課金してもらうアプリは、課金の必然性が少ないために「売上」の持続が難しいのかもとはちょっと思いました。



4.海外でも「モバイルゲーム」は人気になる
 ゲームライターの野安ゆきおさんが、御自身のnoteにて『Pokémon GO』についての記事を何本か書かれています。その中でも私がハッとしたのは、次の記事でした。

 「ポケモノミクス」とは、大人になってからの麻疹(はしか)である ~「ポケモンGO」に関して語りたいこと・その5~


 一般的に、現在のゲームの主流は「日本は携帯ゲーム(スマホ含む)が主流」「欧米は据置ゲーム(PC含む)が主流」だと言われています。

 一番分かりやすい例を挙げると……Wikipediaによると、PS4の本体売上は国内では213万台、全世界では4000万台だそうです。発表された時期が半年ズレている数字とは言え、日本国内と海外の市場に大きなズレがあることが一目瞭然ですよね。


 我々消費者からすると大きな問題ではないかも知れませんが、ゲームを売って社員の給料を払っているゲームメーカーからすると無視できない話で……
 例えば任天堂が「3DSが日本国内では絶好調!」だったとしても、海外は据置ゲーム機の方が強いため携帯ゲーム機に一本化することができずに、据置ゲーム機であるWii Uも投入して結果的に2つのゲーム機用のゲームソフトを用意しなければならなくなってしまいました。そこを受けてのNX(仮)という話はまた今度――――

 Xboxはアメリカの会社が作っているゲーム機なので、日本市場よりも欧米市場の方をもちろん大事にしますし、据置ゲーム機だけを作り続けてきました。
 PSは任天堂同様に据置ゲーム機(PS→PS2→PS3→PS4)と携帯ゲーム機(PSP→PS Vita)を両方作ってきましたが、全世界の売り上げを比較するとPS4とVitaでは桁が一つ違うので、次は据置ゲーム機に一本化して携帯ゲーム機は撤退するんじゃないかと私は思っています。本社もアメリカになりましたしね。


 ということで……欧米ではとにかく据置ゲーム機が強いという状況で。
 でも、『Pokémon GO』というモバイルゲームが欧米でも大ヒットしたことで、欧米の据置ゲーム機もピークアウトしていくんじゃないのかと野安さんは予想されていると上の記事では書かれているのです。マジか。この話の続きがすごく気になるんですけど、「その6」はまだですか!


 私は正直そこまで思い切ったことは考えないのですが、DS時代も3DS時代も『nintendogs』とか『レイトン教授』とか『トモダチコレクション』とか意外な携帯ゲーム機のソフトが日本以上に欧米でヒットしたりもして。“欧米”と言っても一くくりに出来ず、欧米にも「据置ゲーム機よりも携帯ゲーム機を好んでいる人」「据置ゲーム機も携帯ゲーム機も遊ぶ人」が少なからずいるんだろうと考えています。だってほら、日本にだって据置ゲーム機を遊んでいる人はいるじゃないですか。

 そういう人達を拾い上げられたからこその『Pokémon GO』のヒットだと考えるのなら……
 実はまだまだ「携帯ゲーム機を遊んでもらえる余地」が海外市場にも残っていたんじゃないのかとも思うのです。任天堂のスマホアプリ進出は、実はこうした携帯ゲーム機が盛んではない欧米にこそ大きな効力を発揮するのかも知れません。


 そう考えると……NX(仮)がどういう方向性のゲーム機になるのかが見えてくる……ような、そうでもないような……。


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 そして、本当に大事なのはこれからなんですね。
 任天堂はスマホアプリ進出を「任天堂のキャラクターIPに触れる人を増やすため」と言っているので、「スマホアプリで任天堂IPを知った人がゲーム機用のゲームも買うようになる」のが目標なのです。つまり、『Pokémon GO』の成功は、それ単体のダウンロード数や売上数だけでは語れず、今秋発売される新作ソフト『サン&ムーン』にどれだけ人を引っ張ってこられるのかで語られるのだと思います。

 極端な話、「『Pokémon GO』があるから『サン&ムーン』は買わなくてイイや」と思われて売上が激減してはダメなのです。




 「スマホ用の基本無料のゲーム」→「ゲーム機用の買いきりのゲーム」への誘導が出来るのか、これは「基本無料のゲームを大ヒットさせる」こと以上に難しそうですね。個人的にはゲームはゲーム機で遊びたいと思っているので(この理由は長くなるので割愛します)、その誘導が成功したら嬉しいのですが果たして。

| ゲーム雑記 | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「読書感想文」から学べること、学ばなければならなかったこと

 子どもたちが夏休みの時期だからでしょうけど、最近Twitterのタイムラインで「読書感想文」の話題をチラホラ見かけます。
 大抵の場合は「あまり好きじゃなかった」「何のために書かなければならないのか」といった否定的な意見なのですが、その中でも否定派の究極とも言える意見で「そもそも“感想を書く”なんてことは社会に出てから何の役にも立たない行為なので、もっと別のことを学ばせるべき」という人もいました。





 ……

 ………



 はあああああああああああああああ!?

 そんな風に“感想を書く能力”を軽視しまくった結果、「自分の感想」すらマトモに言語化できない大人を量産して、

 「クソみたいなコメント」とか、
 「クソみたいなリプ」とか、
 「クソみたいなAmazonレビュー」とかにあふれたインターネットになっちゃってんじゃねえのかよおおおおおおおおおお!!!!

 「社会」=「会社」じゃねえんだよおおおおおおおおおお!!!




 まぁ、私も子どもの頃の読書感想文は「何のためにやるんだ、こんなこと」と思っていたので、やっつけで碌に読まずに書いて提出していたんですけどね。その結果、ほら「マトモな感想」の書けない大人になって、フォント弄りで誤魔化すような下ネタブログしか書けないワケですよ。
 もっとマジメに読書感想文を書いていれば、理知的で分かりやすくて娯楽性も併せ持ったブログが書ける大人になって、アクセス数もたくさんあって女性からもモテモテで、尊敬するゲームクリエイターからも「読んでます」と言われるような人気者になれていただろうに……!全ては、子どもの頃の私が読書感想文をマジメに書かなかったせいなのです!読書感想文さえマジメに書いていれば……!


 そもそも学校で教わることに「こんなのは社会に出てから何の役にも立たない」と言ってしまうのは、学校を『明日にも使える!生活お役立ち情報!』みたいな情報番組と勘違いしているのかって話ですよ。
 絵を描かない人にとっては美術の授業は何の役にも立ちません。歴史だって元素記号だって知らなくても別に生きてゆけるし、毛筆も私は中学を卒業してから一度も書いたことがないし、分数の割り算ですら実生活で使うタイミングがイマイチ分かりません。

 学校で教わることの多くは「その専門分野に進まない限りは大して使わないこと」ですが、逆に言えば「実生活ではほとんど使わないから学校で学ばないと身につかないまま大人になってしまう」のです。そういうものを国民全員に幅広く教えるのが義務教育なのです。





 子どもの頃は気付いていませんでしたが、その中でも「読書感想文」という宿題はマジメにやるとかなり奥が深くて身につくものも多い宿題じゃないかなと思います。
 「読書感想文」は、当たり前ですが「読書」と「感想文」という二つが合わさった宿題です。一つの宿題で二つのことをしなければなりません。だから面倒くさいし嫌われているのだけど、より高度なことが身につくとも考えられます。


 まず「読書」ターン。
 ただ「感想文を書け」という宿題ならば、「映画感想文」でも「オリンピック感想文」でも「バラエティ番組感想文」でも「レトロゲーム感想文」でも「ひと夏の甘い恋感想文」でも構わないでしょうに、「読書感想文」と限定しているということは子どもたちに「本を読ませる」ことが目的の一つにあるのだと思われます。

 本って「日常的に読む人」と「読まない人」がくっきり分かれますからね。
 「本を読まない子」に対して、夏休みは1か月もあるんだからその間に1冊くらい本を読めよという宿題なのです。そして、読んだ証拠にレポートを提出しなさいというのが読書感想文だと言えるのですが……「読書」の方が軽んじられていて私のように「碌に読まずに文だけ書いて提出する子」がいたり、読書感想文をきっかけに「読書嫌いな子」がたくさん生まれたりって、すげー本末転倒感がありますよね……


 次に「感想文」ターン。
 あるものに対して「自分の感想」を書けというミッションです。
 「感想」というのは、言ってしまえば「自分が思ったこと」です。

 私が子どもの頃は「何のためにやるんだ、こんなこと」と思っていたのですが、その後にインターネットが普及して誰もが発信者になれる時代になって「自分が思ったことを書く」ということがこんなに重要なんだとようやく気付きました。
 自分のブログやTwitterに書くこと、他人のそれらを読んでコメント欄やリプライで書くこと、買った商品をオススメしたりオススメしなかったりのためにAmazonやDMMにレビューを投稿すること―――これら全部「何かの感想を書いている」と言えますからね。この記事だって「読書感想文の賛否」に対する感想を書いているのです。


 記事の冒頭であれだけ怒った「“感想を書く”なんてことは社会に出てから何の役にも立たない行為」という発言も、裏を返せば頷けなくもないのは……そうした文章を書かなくても大人にはなれてしまうので、子どもの頃の「読書感想文」以降は「自分が思ったことを書く」機会のない大人もいるんですね。

 そういう人はインターネットにいざ「感想」を書こうとしてもマトモに書けないので、「小並感=小学生並みの感想」というネットスラングを使ってちゃんとした感想を書けないことを誤魔化したり、フォント弄りで誤魔化したり、どこかからコピペしてきて自分の文章は何一つ書けなかったりするのです。




 このブログを読んでいる小学生・中学生がどれくらいいるのかは分かりませんが、もしいたのなら「こんな大人にならないためにも読書感想文とちゃんと向き合うんだ!」と伝えたいです。


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◇ 「読書」をするコツ
 しかし、自分の子どもの頃を思い出すと、この「読書感想文」という宿題は生徒以上に先生にやる気がなかったのか、「読書」や「感想文」のコツを教えてもらえることもなく、ただただ機械的に「宿題の一覧」の中に入っていて機械的に提出させられただけだったように思います。

 そんなんじゃ「読書感想文嫌い」な子どもをたくさん量産するし、「読書嫌い」な子どもをたくさん量産しますよねー。


 「読書感想文」の「読書」パートのコツは、何といっても「自分が面白い本を選ぶこと」です。

 「面白い本」と「面白くない本」、どちらが読むのが楽しいかって言ったらそりゃ「面白い本」の方ですし。
 感想を書くという観点でも私の書いていたゲームのレビューだって、自分がものすごく楽しんでいた『Splatoon』のレビューだったら「書きたいこと」が次々と浮かんで長文が書けます。しかし、全然面白くなかったゲームのレビューは、特に書きたいことも思い浮かばないし、書けたとしても批判的なことばっかだったりしますし、書くのも憂鬱になってしまいます。


 「読書感想文」のレギュレーションは学校によってちがうのかも知れませんが、とりあえずコンクールのホームページを見たところ「指定された本を読む“課題読書”部門」と「自分で本を選ぶ“自由読書”部門」の両方があるみたいですね。先生受けするのは“課題読書”部門かなーと興味がない本を読むくらいなら、自分で面白そうな本を選ぶ“自由読書”部門の方が楽しく読めるんじゃないかと思います。

 というかね……この「自分にとって面白い本を選ぶ」という技術を、国語の授業はもうちょっと重視するべきじゃないかと思うのですよ。本でも映画でもゲームでもテレビ番組でもエロビデオでも、「自分にあったものを選ぶ」ことはものすごく難しいです。
 国語の授業は当たり前ですが「国語の教科書」を読むことが中心なので、読書感想文で「指定された本を読む」と「自分にとって面白い本を選ぶ」技術を磨くことが出来ません。そういう人が大人になってから趣味としていざ本を読もうと思っても、本屋さんとか図書館にある膨大な量の本の中からどれが面白いかを見つけることが出来ず、面白い本に出会えないことで「読書離れ」「活字離れ」が起こっていくんじゃないかと思います。


 多分、私が中学生の頃だったと思うんですけど……
 普段本を全く読まない友達が「読書感想文」の宿題が進まないというので、私が当時持っていたファンタジー小説の1巻を貸して「これで書けば?」と言ったら、その友達はあっという間にその小説を読み終わって「面白かった!」と感想文もあっという間に書き上げたことがありました。
 本を全く読まない友達は、「自分にも楽しめる本がある」ということを知らなかっただけなんです。ファンタジー小説なんて国語の教科書に載っていないですもん。

 一方、その時の私は確か課題図書になっていた夏目漱石の『坊っちゃん』を途中まで読んで、飽きて、途中まで読んだ知識だけで強引に感想文をでっちあげて書きました。「ファンタジー小説を楽しく読んだ友達」と「文学作品を途中で投げ出した私」と、どっちがちゃんと読書できていたかって話ですよ。




 さて、読書感想文コンクールの「対象図書」です。
 「課題読書」部門は言うまでもなく指定された本の中から選んで読むしかないのですが、「自由読書」部門は「自由に選んだ図書。フィクション、ノンフィクションを問いません。※教科書、副読本、読書会用テキスト類またはこれに準ずるもの、雑誌(別冊付録を含む)、パンフレット類、日本語以外で書かれた図書および課題図書は対象としません。」とだけ書かれています。

 Q&Aのコーナーを読むと、
 「マンガや写真集、図鑑、辞典を読んで応募できる?」という質問に、「自由読書の部での応募については、応募要項で除外している〈教科書、副読本、読書会用テキスト類またはこれに準ずるもの、雑誌(別冊付録を含む)、パンフレット類、日本語以外で書かれた図書および課題図書〉以外であれば応募できます。」とハッキリと「できる」と書いてあるのです。

 マンガを読んで読書感想文を書いても、コンクール的には構わないんですね。
 まぁ、先生受けは良くないかも知れませんし、個別の学校では禁止していたりはするかも知れませんが。

 写真集でも良いということは、(全年齢向けの)おっぱい写真集でも構わないということですね!どういう服を着て、どういうアングルで見たらヒンヌーはエロイのかという感想を2000文字以内に書いて提出しても構わないのですね!2000文字以内に収まるかなぁ!

ちっぱい女子 (電子書籍Ver.)
ちっぱい女子 (電子書籍Ver.)



 と思ったら、
 「電子書籍を読んで感想文を書いてもいいの?」という質問には
 「紙媒体での書籍に限りますのでご応募いただけません。」という回答が。なーにー!?電子書籍ならば972円、もしくは980円で月額読み放題で読める『ちっぱい女子』を、中古で3000円近くする紙の本で買わないといけないとは……!これは厳しい!

ちっぱい女子
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 というか……「電子書籍で読んでも、紙媒体でも発売している本なら構いませんよ」じゃなくて、「電子書籍を読んで書いた感想は認めない」って。主催している全国学校図書館協議会の思惑が思いっきり透けて見えますよね。

 「子どもの教育」とか「子どもに本を読ませたい」を最優先にするなら、別に電子書籍でも構わないはずなのにね。そりゃ、大人がこんなんだったら、子どもも「読書感想文嫌い」「読書嫌い」になるわ。



◇ 「感想文」を書くコツ
 そもそも「感想文をコンクールが評価する」こと自体どうかと私は思いますからね。
 「感想」に優劣を付けて「良い感想」「悪い感想」と評価する上に、一説によれば「面白くなかった」的な否定的な感想を書いた感想文よりも「感動した」的な肯定的な感想を書いた感想文の方が評価されるって話ですしね。

 そりゃ全国学校図書館協議会が主催していますから。
 「この本はつまらなかった。読書なんて下らない」って感想文は、どんなに面白く書かれた感想文であっても評価されないのでしょう。コンクールのサイトのQ&Aコーナーには「本を読んで自分がどこに感動したのか、なぜ感動したのかを考えましょう。」と書いてあって、本を読めば感動することが前提なのが超怖い……



 なので……「コンクールで賞を獲る感想文の書き方」なんかは私には分からないし、そんなものを目指さなくてもイイと思うので、「ちゃんと書き上げるコツ」を考えようかなと思います。もちろんこれは「読書感想文」だけでなく、「ブログやTwitterや、コメント欄やリプライや、AmazonやDMMのレビュー」などを書く時にも役立つ方法だと思います。


 私は、文章を書きあげるには「目的」を明確にするのが一番だと思っています。
 お子さんのいるとあるフォロワーさんが、子どもに読書感想文に何を書けばいいか聞かれて「自分の好きな本をオススメする文を書けばいいんだよ」と教えたらすらすら書くようになった―――という話をされていました。これも一つの方法ですよね。「感想を書け」だと何を書いてイイか分からないので、「オススメする文を書け」と目的を明確にすると分かりやすくなるという。

 先生やコンクールに評価されることを目指さなければ……「面白くなかった本が如何に面白くなかったか」を書いても別にイイと思います。自分が面白いと予想して選んだ本が実際に面白くて「面白かった!」と感想を書ける人はラッキーで、世の中にある大半の本は「面白くない」のでそれで「本を読んで感動したところを書きましょう」なんて言われても書けるか!って話です。


 中学生くらいなら「読み物として面白い文」を目指すのも手かも知れません。
 何のこっちゃと思われるかも知れませんが、インターネット上のレビューサイトというのは「正確な情報をきっちり載せる」タイプと「その人の書く文章自体が面白いので読み物として成立している」タイプがあります。後者を目指して、人にはない切り口で書いてみると企画力が身につくことでしょう。
 この場合「コンクールで評価される」とか「先生に評価される」とかよりも、「書きあがったら友達に読ませて笑ってもらおう」と考えることで一気に方向性が見えてくるでしょう。友達がいない場合は、コンクールなどが終わってからインターネットに投稿してもイイでしょう。読む人のことを考えて文章を書くという経験はとても大事です。


 逆に、徹底して「コンクールで評価される感想文」を目指すのも面白いかも知れませんね。
 審査する大人がどういう人達で、子どもたちにどういう文を書いてほしいのかを考えてみるのもタメになるでしょう。文章を書く職業に就くとか、趣味としてブログなりTwitterなりをするとかでも、「読んだ人が求めている文章」を書ける能力はものすごくプラスになりますからね。若いうちにそれを真剣に書いてみるというのも、後の人生においてものすごくプラスになることでしょう。




 逆に、「目的」を決めずに文章を書き始めると必ず途中で迷走してしまいます。
 「オレは何のためにこれを書いているんだっけ……?」
 「この後、何を書けばイイんだっけ……?」
 「どうやって話を締めくくればイイんだっけ……?」


 ほら、今の私がまさにこの状況です。
 「読書感想文はマジメにやれば身につくことが多いよ!」という記事にするつもりで書き始めたのに、途中で「電子書籍で読んだ感想文は認めない」というレギュレーションを知って「このコンクール、マジでクソだな!」と気付いてしまったのでどう締めくくればイイのか分からなくなってしまいました。


 本当に、しっかりとした文章を書く能力がないまま大人になってしまうとこんなことになってしまうんですね。読書感想文さえマジメに書いていれば……と、今でも後悔しています。


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「ゲームを遊ぶための時間」以外にゲームを遊ぶこと

 オリンピックが始まりましたね。
 私は、オリンピック番組のお供に3DSの『@SIMPLE DLシリーズ Vol.26 THE テニス』公式サイト)を始めました。「なるほど、スポーツ観戦をしているとスポーツゲームを遊びたくなりますもんね。でも、どうしてテニス?そんなに熱心な錦織くんのファンでしたっけ?」と思われたかも知れませんが、そういうことではないのです。


 私は今現在、「来年3月のNX(仮)発売までにWii Uの積みゲー全部終わらせる」のと「10時間以内にクリアできる3DSのゲームをオススメしてもらって片っ端からプレイする」の2つのミッションを抱えているのですが……この『THE テニス』はそのどちらにも当てはまるゲームではありません。

 オリンピックのテレビ中継って、「目当てにしている試合」がなかなか始まらなかったりするじゃないですか。「この後は、日本の○○が金メダルをかけた試合です!」って字幕が出ているからそのまま見続けても平気で40分くらい待たされたりするじゃないですか。
 そうした「目当てにしている試合」が始まるまでの“暇な時間”に遊べるゲームを考えて、しばらく前にセールで買ったまま積んでいた『THE テニス』をプレイすることにしたのです。



 この“「目当てにしている試合」が始まるまでの“暇な時間”に遊べるゲーム”って条件が、意外に厳しいんですよ。

 まずWii Uのゲームだったら「テレビを使わないでゲームパッドの画面だけで遊べる」のが絶対条件です。テレビはまさに「目当てにしている試合」が始まるかどうかつけっぱなしにしていなければなりませんからね。

 WiiソフトのWii Uダウンロード版は「ゲームパッドの画面だけで遊べる」けれど、Wiiリモコンを使ったポインター操作などはゲームパッドだけで遊ぶのは厳しいです。出来ることならば「ゲームパッドのボタンだけで遊べる」クラコン対応ソフトが望ましいです。

 これらの条件を満たしていても、「中途半端なところで中断できないゲーム」は避けたいです。「目当てにしている試合」が始まったけどセーブポイントまでたどり着けないとか、ムービーが始まって重要な話をしているっぽいとかになったら大変です。
 『ゼルダの伝説』みたいに1つのダンジョンに数時間とかかかって、たくさんのことを覚えておかなければならないゲームもキツイですね。「やったー!!○○が金メダルを獲ったぞーーーー!」と飛び上がって喜んでTwitterにその感動を書き込んでいる間に、はて私はどっちからやってきたのでしょうとなってしまうかも知れませんからね。

 1ステージや1プレイが短く、いつでも中断できて、ストーリーなどもなく、覚えることが少ないゲーム―――という条件で考えると、さて、私が積んでいるたくさんのゲームの中で全ての条件を満たすゲームはどれなのでしょう?と途方に暮れてしまいました。
 だって私、これらのゲームを一度もプレイしたことがないんですもの。積みゲーってそういうことですからね。1ステージの長さも、セーブ方式も、ストーリーがあるかどうかも、覚えることがたくさんあるかも分かりません。



 ということで、『THE テニス』なのです。
 私はこのゲームをそれまで一度もプレイしていませんでしたが、『THE テニス』という名前のゲームだから恐らくテニスゲームでしょう。複雑なダンジョンの中にもぐったりはしないでしょうから覚えることは少ないでしょうし、1ゲームの長さは分かりませんでしたが、3DSのゲームなら蓋を閉じれば即スリープモードになるので試合の途中でもサーブを打つ前にスリープモードにしておけばイイし、400円のゲームだからムービーなんかもないだろうと思ったのです。

 そのゲームを遊んだことがない人でもどういうゲームなのかが想像しやすいというのが大きかったのです。



 それがまー、まさかの落とし穴ですよ。
 ゲーム自体はすごく面白くて、私はテニスゲームをほとんどプレイしたことがなかったので初日は全然ラケットを振ってくれさえもしなかったのですが慣れてくれば左右や前後の打ち分けも自在ですし、上級はともかく全キャラで中級クリアくらいは目指そうかなーと考えていたのですが。

 「何故か電源が落ちている」のです。
 3試合連続で勝てばクリアの「勝ち抜き戦」の3試合目の途中で「目当てにしている試合」が始まってしまったので、そこでスリープモードにしたままテレビ観戦、目当ての試合が終わって、さあ寝るかとゲーム機を充電器に刺して寝て。次の日の夜に「そうだ、昨日試合の途中でスリープにしたままだったな」と蓋を開いたら真っ暗。3DSの電源が落ちているのです。

 3DSが壊れたのかと思って慌てて起動してみたら普通に動きます、充電も出来ています。
 はて……?と思いましたが、その日もそれまで通りに「目当ての試合までの暇な時間にプレイ」→「試合が始まったらスリープモード」にしていて、寝る前に3DSを開いてそこでようやく「充電の減りが異様に早い」ことに気づきました。



 検索してみたところ、どうもこのゲーム「スリープモードにしても電池がゲームをプレイし続けたのと同じくらい減り続ける」というバグがあるらしいんですね。
 「3DSのゲームなら蓋を閉じれば即スリープモードになるので試合の途中でもサーブを打つ前にスリープモードにしておけばイイ」と思ってこのゲームを始めたのに、まさかのスリープモードが使えないゲームだったなんて!しかも、勝ち抜き戦は途中セーブも出来ないから一気に3戦プレイしなければならない!全くもって「オリンピックの合間にプレイする」のに向いていないゲームじゃないか!!

 しかし、自分の3DSの充電池がヘタっているのか……充電器を刺しっぱなしでも電源が落ちていたということは、「普通にこのゲームをプレイし続けて減る電池の量>充電器に刺しっぱなしで回復できる電池の量」なんですね。充電器を刺しっぱなしなら電池は切れないのかと思っていたので意外でした。



 このままだと本当に不便極まりないので、「スリープモードにしたまま電池が(あまり)減らない方法」がないのか色々試しています。電子説明書の画面にしてからスリープモードにしてみたり、ゲームメモの画面にしてからスリープモードにしてみたりしたのですが、いずれも充電が切れて電源が落ちていました。

 現在はMiiiverseの画面にしてからスリープモードにしているのですが、旧3DSはMiiverseの画面に切り替えるのに30秒以上かかるので、なんなんだろうこの本末転倒感……


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◇ 「暇つぶし」にゲームが遊ばれるのは悪いこと?
 ついでに、ちょっと書いておきたいことがありました。
 ニコ生でゲームに挑戦している間、生放送で観てくださっている方とコメントで関係のない話題で雑談するのも楽しさの一つで。先週、会話の流れで「どうしてWii Uは失敗したのか」みたいな話になったことがありました。ちょうどまさにそういう記事を書こうと考えていたので、どこまで自分の考えを話して良いのか迷ってゴニョゴニョとしてしまったところがあって、後から「あー、あの時ちゃんとこう言っておけば良かったなー」と悔やんだりするのですが。


 その中に「ゲーマー層以外の日本人は、ゲームは暇つぶしって考えているのがネック」というコメントがあって、そのこと自体は頷ける部分もあるし、一般的にもよく言われていることなので、コメントを書き込んでくださった人に反論したいワケでもないんですけど……

 ほら、まさに今日の記事に書いた通り、私も「オリンピックの待ち時間の暇つぶしにゲームやっている」ワケで……「ゲームは暇つぶし」という考えを否定しちゃうと、私のことも否定しちゃうことになってしまうのです。


 いやね。確かに「ゲームが大好き!」という人は、「ゲームを遊ぶための時間」をガッツリ確保して1時間とか2時間集中して遊ぶことが出来るのかも知れません。
 しかし、仕事とか家事とか育児とか、ゲームよりも大切なことを抱えている人は必ずしもそんなにまとまった時間を確保出来ません。寝る前の10分とか、洗濯機が回っている間の20分とか、「目当てにしている試合」が始まるまでとか、そういう合間の時間に何とかゲームを遊ぼうとするしかないのです。「ゲームを遊ぶための時間」以外にゲームを遊ぶしかないんです。

 いやいや、もっと言うと「ゲームが大好き!」すぎて複数のゲームを同時並行でプレイする人は、「ガッツリ1時間確保できたらこのゲームを遊ぶ」「10分空いた時はこのゲームを遊ぶ」「このゲームは毎日起動しないと一族が断絶して強制ゲームオーバーになるので今日中に起動する」といったカンジに――――「ゲーム」の合間に「ゲーム」を遊ぶワケですよ。

 
 なのに、「ガッツリ1時間確保できないと遊べないゲーム」ばかりで、「10分あれば遊べるゲーム」はそんなになかったり、どのゲームが「10分あれば遊べるゲーム」なのか分からなかったりして……そりゃ据置ゲーム機なんて売れるワケねえよって思いますよ。
 携帯ゲーム機なら、(『THE テニス』以外のゲームなら)スリープモードでいつでも中断・再開できますからね。ちょっとした空き時間にも気軽に起動しやすいという安心感があります。



 据置ゲーム機でもWii Uはゲームパッドの画面があるからテレビ番組を観ながらでも遊べるじゃないかというのが任天堂の考えだったのでしょうが、『Splatoon』のように「テレビ画面も必須」のゲームもありますから「全てのゲームがテレビ番組を観ながら遊べるワケではない」ですし。
 そもそも「忙しくて合間の時間くらいしかゲームが遊べないんです……」と言っている人に、「テレビを観ながらでもゲームが遊べるよ!」って、忙しいのは“テレビを観たいから”じゃねえよ!仕事とか家事とか育児とか『千年家族』とか、やらなきゃいけないたくさんの合間にしかゲーム出来ないんだよ!!って思われるだけでしょう。


 そういう意味ではXbox Oneのサスペンド機能とか、PS4のレジューム機能とかの方が遥かに「忙しくて合間の時間くらいしかゲームが遊べない人」のことを考えていると思います。まぁ、これらのゲーム機も日本で売れているかって言うとアレなんで、「Wii Uが日本で売れなかった原因」とは思いませんが。

 NX(仮)は、現状流れている「携帯ゲーム機と据置ゲーム機のハイブリッド」という噂が本当ならスリープモードに近いものも実装されるんじゃないかなと期待しています。
 ↓の記事は2010年に書いた記事ですけど、ようやく据置ゲーム機3機種ともにこの機能が実装されるのかなと。

(関連記事:据置ゲーム機にこそ、「中断セーブ機能」を付けて欲しい




 というか、2010年の記事に何を書いたかなんてほとんど覚えていなかったんですが、今読み返したら今日の記事とほとんど同じことが書いてありますね(笑)。

・インターネットでゲームの話を読もうなんて人は「ゲームが大好き!」な人が多い
・でも、「1~2時間ゲームをやるためだけの時間を確保できる人」の数はどんどん減少している
・それなのに「1~2時間ゲームをやるためだけの時間を確保しないと楽しめないゲーム」は変わらずどんどん投入されて、どんどん売れなくなっている
・このままでは日本では据置ゲーム機は今以上にニッチな市場になってしまう



 進歩がないというべきか、ブレてないというべきか……


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オナニーは一人でするものなのか、誰かの力を借りてこそオナニーなのか

 この話……以前にも書いたかも知れないのですが、検索しても出てこなかったので書きます。その時とは多分「考えていること」が違うので違う話になっていくと思いますしね。




 先月1巻から既刊全巻読み返した『おおきく振りかぶって』の16巻に、部員全員でオナニーについての話をするというシーンがありました。あ、一応「部員全員」というのは男だけね。女子マネージャーはその輪の中に入っていません。当たり前だ!


 それぞれのキャラが好きなオカズについての話をしていて、それにも元ネタがあるらしいんですがそれはまぁ置いといて……その議論の中で「妄想でオナニーが出来るか」「手に入ったもの(エロ本とかエロビデオとか?)でしか出来ないか」という話で意見が真っ二つになるのです。

 この話を数年前に読んだとき、私は「え?妄想でオナニー出来ない人がいるの!?」と驚いたのですが……今回読み返していて「あれ?よく考えたら俺も妄想でオナニー出来ないかも……」と気付きました。
 これは別に「オッサンになったからエロ妄想をする余裕がなくなった」ということではなくて、「エロ妄想はしてもそれでオナニーはしてないなぁ」と気付いたのと、数年前に書いた「自分の描いたエロ絵でオナニーが出来るか」という話を思い出してそこと一本の線につながっていることに気付いたのです。



 考察:自分の描いたエロ絵ではどうしてオナニーができないのか

 2011年の記事です。
 友達の同人誌に数ページのエロ漫画を寄稿することになって、初めてエロ漫画を描いていたタイミングだったと思います。「ご自分の絵にムラっときたことやご自分の絵で抜いたことはありますか?」という質問をザ・インタビューズでもらって、「いやいや、自分の描いた絵じゃオナニー出来ないっすよ」と書いたのですが……

 当時この記事に結構な反論が来て、「私はしています」「むしろ自分がヌけないものを他人に見せるなんて失礼だ」「ヌけないのは貴方の画力の問題では」みたいに言われ……ハイ、すみません。もう二度と私ごときがエロなんて描きませんから許してください……と反省して、エロを封印したのですが。




 この話、『おお振り』の「妄想でオナニーが出来るか」「手に入ったもの(エロ本とかエロビデオとか?)でしか出来ないか」に通じると思うんですね。
 まさに「手に入ったものでしか出来ない」派の阿部くんが、「(妄想でオナニーするなんて)自分で考えたエロ小話を自分でネタにしてるってことだろ?」と言っています。「自分の描いた絵でオナニーする」というのは更に一歩進んで、その妄想エロ小話を絵という形に具現化してからオナニーするということですからね。





 では、何故私は妄想でオナニーが出来ないのか……
 私は別にそれをキモイとは思わないし、「エロ妄想」までは私もするのですが、それでオナニーしようとしても「自分で考えたエロ妄想」は“あまりに自分に都合が良すぎる”と思ってしまうのです。


 私の大好きなラジオパーソナリティの人が(その人の名誉のために誰かは書きませんが)、「自分の好みに100%ぴったりハマるエロビデオを探し求めているのだけど、もし100%好みのエロビデオが見つかってしまったら残りの人生をどう生きていけばイイのか絶望してしまうと思う」と言っていたことがありました。

 矛盾しているようだけど、すごい真理だと思います。

 手に入ったもの(エロ本とかエロビデオとか)のオナニーって、どこかで「ここだけが残念!」の部分を残すと思うんですね。エロビデオを観ていても、「女優さんが好みだ!」「髪型がタイプだ!」「おっぱいもちょうどイイ大きさだ!」「シチュエーションもグッとくる!」「それなのにどうして全裸にしちゃうんだよおおおおおおおお!」ってなカンジにどこか残念なところが出来てしまう。「でも、オナニーすっけど!!!!」


 人生観・宗教観・恋愛観が人によって違うように、オナニー観も人によって違います。
 その「ここだけが残念!」なところを良しとするか、それならば「100%好みのエロ漫画」を描いてしまおうと思うのか―――そこは人それぞれオナニー観が違うって話だと思うんですね。私は前者で、その「どうしようもならないもどかしさ」を受け入れてこそオナニーが出来るのであって、「100%好みのエロ漫画」を描いてしまったら私は残りの人生をどう生きていけばイイのでしょうか。


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 絵描き・漫画描きというのは、言ってしまえばいつでも「100%好みのエロ絵・エロ漫画」が描けてしまう人種です。「ヒロインが好みだ!」「髪型がタイプだ!」「おっぱいもちょうどイイ大きさだ!」「シチュエーションもグッとくる!」「そして、最後まで全裸にしない!!!」


 何だって自由です。
 女のコの身長・年齢・性格―――全て思うがままです。自分のために描いた自分のためだけのエロ漫画ならば、無修正だろうが、倫理的に問題のあるものだろうが描いてイイでしょう。私の最近のお気に入りシチュエーションは、「巨大な化物に頭から丸呑みされかけている女のコが必死にもがいて脚をジタバタさせて抵抗するところ」なんですが、こんな風に比較的マイナーなシチュエーションであっても自分で描けば自由自在です。


 しかし、それは「なんか……リアリティがないなぁ」と思ってしまうのです。
 だってほら、道端を歩いているヒンヌー黒髪ショートカット女子高生が化物に丸呑みされるなんてシチュエーション、「どういう世界観なんだよ」って思っちゃうじゃないですか。こんな化物が道端にいたらあっという間に通報されて捕獲されてしまうに違いないとか、思っちゃうじゃないですか。

 どこかで「こんなにオレに都合のいい話なんて、やっぱり所詮これはオレの妄想だな」と冷静になっちゃうところがあるのです。




 しかし、これを誰かが描いてくれたのなら別です。
 化物に丸呑みされる!女子高生が!ショートカットで!黒髪で!巨乳……うーん、ヒンヌーじゃないのは残念だけどそこが逆にリアルだ!!と、「自分の作りだした100%自分好みの妄想世界」ではないことにリアリティを感じられるのです。





 以前、「可愛い女のコが出てくるエロ漫画をオカズにオナニーしても、それを描いているのはオッサンだぞ!」と言っている人をTwitterで見かけたことがありました。しかし、それを言い始めたら、エロ写真を撮っているカメラマンも、エロビデオを撮っている監督も大半はオッサンでしょう。被写体は生身の女性であっても、それをどう撮るのかはオッサン次第です。

 エロ絵とか、エロ漫画とか、エロ写真とか、エロビデオをオカズにオナニーするということは、オッサンなどの「他人の妄想」を自分の中に取り込んでいるとも言えるのです。だから、「100%自分好み」にはならないけれど、「自分には全く思いつかない新たな発想」があったりもするのです。
 
 

 つまり、これらの
 「妄想でオナニーが出来る」vs.「手に入ったもの(エロ本とかエロビデオとか?)でしか出来ない」論争や
 「自分の描いたエロ絵でオナニーが出来る」vs.「自分の描いた絵じゃオナニー出来ない」論争は……


 「自分一人の妄想でオナニーがしたい」のか、「誰か他人の妄想を借りてオナニーがしたい」のかって話なんですよ。

 我々は一人でも生きてゆけるのか、支え合わなければ生きてゆけないのか。
 映画や小説などでもたびたび描かれるテーマと同じことを、我々は日々オナニーによって体現していたとも言えるのですね。



 私は「色んな人がいるから世界は面白い」と言ってきましたけど、その理由を以前こう説明していました。

<以下、引用>
 私は常日頃「世の中は色んな人がいるからこそ面白い」と思っています。
 その真意をもっと噛み砕いて説明すると、「“私の考え”というのは世の中に無数にあるたくさんの“考え”の一つでしかなくて」、「“私以外の人の考え”は“私”には到底考えられなくて」、「“私”が一人でどんなに一生懸命考えても分からない答えのヒントを“私以外の人”が何気なく持っていたりする」から、「色んなバリエーションの“私以外”がいる方が面白い」――――ということなのです。

</ここまで>


 今回の話も一緒です。
 「“私の妄想”というのは世の中に無数にあるたくさんの“妄想”の一つでしかなくて」、「“私以外の人の妄想”は“私”には到底考えられなくて」、「“私”が一人でどんなに一生懸命考えても分からない未知のエロスを“私以外の人”が何気なく持っていたりする」から、「色んなバリエーションの“私以外”に出会うために、エロ絵やエロ漫画やエロ写真やエロビデオやエロ小説を探し求める」のです。

 ありがとう世界!ありがとう人類!
 “私以外”のすべての人間に感謝を!!


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