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| Wiiバイタリティセンサーに隠された機能を予想してみる |
1ヶ月前のE3にて、任天堂が発表したWiiバイタリティセンサー。 人差し指を差し込むことによって脈拍などのデータを読み込むという周辺機器なのですが、「どんなソフトに活用されるか分からん」「つか、これでゲームが面白くなるのか?」「また健康器具か」とネット上での反応はよろしくなかった模様です。僕も正直「なんじゃこりゃ」と唖然としました。
しかし……こんな記事が出てきて、少し考えてみることに。
Wii バイタリティーセンサーには、まだ明らかにしていないユニークな要素がいくつかある (情報元:電気カチューシャさん)
考えてみれば……ですよ。 『Wii Fit』のバランスWiiボードも、開発超初期の頃の「体重を量る」機能だけだったら大したことがなかったワケです。それを「4スミにセンサーを入れることでバランス(体重移動)も計測可能になった」ことで、“ゲームの入力装置として”活用できるようになったんですよね。
「アイディアとは抱えている複数の問題を同時に解決するものだ」 Wiiリモコンも、バランスWiiボードも、宮本さんのこの信念を具現化した形だからこそのヒットでした。
それを形にしてきた任天堂なのだから、このWiiバイタリティセンサーも「脈拍を測る」以外の機能こそが大切だと分かっているはずで。 そう考えると、E3で「どんなソフトに活用されるか」をお披露目しなかったのも頷けますよね。そこを見せてしまえば「その手があったか!」と他社に先に出されてしまう可能性がありますから(PS3のコントローラのように)。
ということで…… この記事では、そういった理由で任天堂が“隠している”であろうWiiバイタリティセンサーの機能を、無粋にも予想してみようではないですか。バイタリティセンサーを活かしたどんなソフトが出るのか、バイタリティセンサーでゲームがどう変わるのかを考えてみましょう。
岩田社長のスピーチでは「老若男女が楽しめるコンテンツを目指す」とのことですから、この辺りがキーポイントになるんじゃないかと思います。
予想1.爪の伸び具合を測定してくれる機能 『脳トレ』や『Wii Fit』は“普段ゲームをしない人”にゲームを触ってもらうという凄まじい結果をもたらしました。素直に凄いと思います。 しかし、世の中は「脳を鍛えたい人」や「体重を減らしたい人」ばかりではありません。若者を中心に「あんなの必要ねーよ」とアンチ活動があったのも確かです。そういう意味では、これらのソフトは真の意味での「老若男女が楽しめるコンテンツ」にはならなかったんですよね。
しかし、爪が伸びない人は世界中にほとんどいません。 日本人だろうが外国人だろうが、老人だろうが若者だろうが、男だろうが女だろうが、基本的にはみな爪が伸びるのです。それが“人間”という生物の機能なのです。
そう考えると、「爪の伸び具合を測定してくれるソフト」こそが「老若男女が楽しめるコンテンツ」と言えるのかも知れません。自動で爪を切ってくれる機能も入っていれば最高です。Wii本体のカレンダーと連動することで、「爪の伸び具合」を記録して自身の体調や精神状態を読み取れる吉良吉影チックなソフトが発売されればジョジョファンを中心に大ヒット間違いなしですね!
予想2.水飴作成機能 Wiiバイタリティセンサーは、岩田社長が人差し指を差し込んでいる画像によって公開されました。僕はあれはブラフではないかと勘ぐっています。本当ならば“人差し指以外のもの”も差し込む用途があるのに、敢えて“人差し指”しか差し込まないと思わせる意図があったのではないか、と。
割り箸を差し込むことで、水飴を引っ付けて食べることが出来る――― これこそがWiiバイタリティセンサーに隠された機能だと予想します!
「何をバカなことをw」と、恐らくコレを読んだ99%の人は思ったことでしょう。 しかし、僕は以前「出力」にこだわった新たなPSコントローラを提案してみるという記事を書いて、“味のするコントローラ”を提案しました。 アレから数年経ちましたが……“味のするコントローラ”はどこの会社も商品化していません。よくよく考えてみれば分かる話で、コントローラは家族などで共有するのですから直接口に入れるような形状じゃダメなんですよね。
そこで逆転の発想。 各自に割り箸を用意してもらい、コントローラは直接口に含まなければイイのです!
各ソフトごとに「水飴の素キット」みたいなものを同梱して、作中に出てくる食事の味をそれぞれで再現すれば、中古対策にもなりますし。水飴を同梱することで、チョコエッグのように食品売り場に堂々と置くことが出来ます。これは大ヒット間違いなしです!
予想3.指紋認証システム E3で発表されたマイクロソフトの“Project Natal”は衝撃的でした。 その機能の一つとして、カメラによってプレイヤーの顔を認証することが出来るというものがありました。網膜による認証で管理されていた映画『マイノリティ・リポート』を連想させる未来のテクノロジーでした。
しかし……敢えてイチャモンを付けさせてもらうと、「本当に“顔”で人間が識別出来るの?」 パッケージを見てワクテカしたAVが中を見たら別人のようでガッカリだったなんて、18歳以上の男子ならば誰もが経験したことでしょう。人間の顔なんて、それほど確かなものでもないのですよ。
女性は化粧で別人になりますし。少女は一晩で女の顔に変貌します。 男だってダイエットやリバウンドで顔が変わりますし、カツラを外せば一気に年を取ります。髪型を変えるだけでも、メガネをコンタクトにするだけでも、ヒゲを生やすだけでも、印象は変わってしまうのです。
“Project Natal”はそうした問題を全て乗り越えなければなりません。 しかし、Wiiバイタリティセンサーに指紋認証機能があれば、もっとシンプルに解決出来るのです。指を入れるだけですからね。「指を怪我したら認識してもらえなくなるんじゃないか?」と思ったりもするのですが、バイタリティセンサーのおかげで普段から些細な怪我に気を付けるという効果も期待できます。これは大ヒット間違いなしですね!
まさか本気にしている人はいないでしょうが、一応断っておきますと「この記事はネタ」ですからね。
このまま終わると後味悪いかも知れないので、マジメな予想もしてみます。 Wiiバイタリティセンサーの唯一最大の特徴は「指を入れる」ことにあると僕は思っています。
喩えば、この機器が発表された時―――「ホラーゲームなどでプレイヤーの心理状態を読み取ってゲーム内に反映させるのでは?」という予想をされた人がいました。果たしてそれでゲームが面白くなるのか?とは思いつつ、「脈拍」と「ゲーム」を結びつける発想としては確かに分からなくはないです。
でも、Wiiバイタリティセンサーを使うと片手がふさがってしまうんですよ。 『トワイライトプリンセス』や『零』のようにヌンチャク(=アナログスティック)を使うゲームはプレイ出来ません。Wiiリモコンの端子も使われてしまいますしね。 なので、従来ある形の3Dホラーゲームにそのまま使うというのは可能性が低いんじゃないかと思っています。それをさせたいのなら64のバイオセンサーのように、耳に装着させた方が脈拍も体温も測りやすいと思いますし。
逆に、「指を差し込む」形状でのメリットを考えると…… ・差し込んだり、引っこ抜いたりの作業がしやすい ・複数人が交替で差し込んだりしやすい
何かエロイね ホラーゲームのような形で「常に脈拍を測る」のではなく、『Wii Fit』や『ファミリートレーナー』の運動後に測る作業だとこの形状はやりやすくなります。『Wii Fitチャンネル』のように毎日測定が必要なものも、指を差し込むだけでイイというのはやりやすいですね。 後は当然、家族で交替に指を差し込むタイプのパーティゲームなんかにも向いていますね。心理クイズ的なものとか。『みんなの常識力テレビ』の売上げを考えれば、さほど大きな売上げにはなりそうにないですが……
自分の脳内で予想したレベルだと「やっぱりあんまり面白くなさそうだな」「売れるのかこんなもん」というカンジなんですが、1年前にWiiモーションプラスが発表された時も僕は「こんなもん誰が買うんだ」と散々言っていました。 そう考えると、Wiiバイタリティセンサーも僕の予想など遥かにすっ飛ばして大ヒット商品になるのかも知れませんね。そういう意味では「どんな使い方をしてくるんだろう」とワクテカしています。発表は来年のE3とかになるのかも知れませんけど。気長に待ちます。
[記事URL]
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| 2009年6月のまとめ |
WEB拍手にて指摘されたので、パースの本を読み直し中…… しかし、手持ちの本を何度読んでも、「ここに書いてある通りにやっているのになぁ」という事態からは抜け出せないというか。パースを学ぶにあたってオススメの本はありませんかね?
個人的にはパースよりもデッサン力のなさの方が深刻な悩み。 パースに合わせて人物を描く力がないというか……うーん。
深刻な話ばかりをここにしても仕方がないので、気楽に『トワイライトプリンセス』日記。 『ゼルダの伝説』シリーズの主人公は好きな名前が付けられるのですが、公式設定としてはどの作品の主人公も「リンク」となっています(基本的には)。『FF7』の主人公は「クラウド」だけどプレイヤーが好きな名前を付けることも可能、みたいな話です。
んで、『トワプリ』の中にて「リンク」が「リンクルさん」と名前を間違えて覚えられるシーンがあって、これは恐らく『ゼルダの伝説』シリーズに登場する「チンクル」というキャラとひっかけてあると思うのですが…… 以前にも書いたように、僕は主人公に「G.G.さとう」という名前を付けてプレイしているので、「G.G.さとうルさん」と間違えられました。どんな間違え方だよ!
「2009年6月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」か「記事URL」をクリックして下さいな。 [続きを読む]
[記事URL]
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| ミスター・サタンを英雄にしたもの |
※ この記事は『ドラゴンボール』全編のネタバレを含みます
自分が『ドラゴンボール』のバトルにおいて特にベジータ戦が好きだということは以前に書きましたが(関連記事:ベジータは誰に敗れたのか?)、同じような理由で最後の魔人ブウ戦も大好きです。 悟空・ベジータ・デブブウ・サタンとそれぞれが個性を活かし、作品の象徴とも言えるドラゴンボールの願いを上手く使い、人々の思いを込めた元気玉で決着を付けるという展開が非常にアツく。何より、最後の最後でミスター・サタンを本物の英雄にしてしまうところが『ドラゴンボール』が名作たる所以だろうなーなんて思うのです。
さて、そんな魔人ブウ戦ですが…… 実は兼ねてからずっと疑問がありました。
展開を簡潔に説明すると…… 界王さまの力を使って、ベジータが地球人全てに元気玉の協力を呼びかける →身内が協力してくれる →それでも全然足りず、悟空が叫ぶ →幼少時代に悟空が救ってきた人々が協力してくれる(17号のコマは元々はランチさんだったという説がありますよね。僕もそっちの方がしっくり来ます) →それでも全然足りない →悟空たちの言葉を信じない地球の人々と、時間稼ぎで魔人ブウにボロボロにされるベジータを見て、ミスター・サタンが地球の人々に怒り叫ぶ →ミスター・サタンの言葉を信じた人々の力に依って元気玉が完成!
自分も物凄く大好きなシーンですし、少年漫画史に残る名シーンだと思うのですが…… 「ん?」と思うところが。
悟空もミスター・サタンも同じ“天下一武道会優勝者”なのに、この扱いの差は何? 元チャンピオンと現役チャンピオンの人気の違いというだけでなく……悟空達がかつて活躍した第21〜23回の天下一武道会では“技”として普通に認識されていたかめはめ波や舞空術が、魔人ブウ編での天下一武道会(第25回大会?)の時代には「何だアレ?」「トリックじゃないか?」と言われているという。
ちなみに、第23回大会から魔人ブウ編での大会(第25回?)の間は17〜18年。 リアルタイムに読んでいた頃は自分は小学生だったため、「17〜18年も経っているからみんな忘れちゃったんだろうな」と思っていたのですが……30歳近い今からしてみると、17〜18年前なんてそんなに昔じゃないですよね。
喩えば、サッカーの世界で約20年前に大活躍していたマラドーナは今でも“英雄”として崇められていますし。野球の世界でもっともっと昔の「V9時代の巨人は凄かったんだ」的な話をするオジサンは沢山います。 ゲームの世界もファミコン黎明期の思い出話は沢山拝見出来ますし、アニメの世界も30年前の初代『ガンダム』のように未だに語り継がれている作品は少なくないですし、漫画で言えばそれこそ未だに『ドラゴンボール』について語っているウチのようなブログがあるワケです。
どうしてみんな、悟空たちのことを忘れてしまったの? 審判のオジサンのように「キミたちがいない武道会はレベルが低かったよー」と言っている人がいたくらいなんですから、「第22回大会のレベルの高さからすれば、ミスター・サタンなんか全然しょべえよ!」「うるせえ!懐古厨は死ね!」みたいなやり取りがあってもおかしくないはず。
ミスター・サタンがセルを倒し「セルの使っていた技はトリックだ」と言っていることに、「前の天下一武道会では普通に使われていた技だよなぁ」と思う人が出てきてもおかしくないはず。
悟空たちが参加していた第21〜23回の天下一武道会と、その後の天下一武道会では根本的に何かが変わってしまったのでは?? そんな疑問から、今日の記事を書こうと思いました。
1.テレビカメラの存在 そう言えば、ミスター・サタンの初登場シーンはテレビの中でした。 直接面識がないっぽいヤムチャが「格闘技のチャンピオンですよ」と言っていたくらいなので、“テレビの中での有名人”だったのでしょう。セルゲームにもテレビカメラは帯同していましたし、魔人ブウ編での天下一武道会にもテレビカメラがありました(ピッコロが全部壊しちゃったけど)。魔人ブウ討伐にも、途中までテレビカメラが付いてきていましたね。
ミスター・サタンは“テレビの中のヒーロー”だったのではないか。
対照的に、第21〜23回の天下一武道会はテレビ中継されていなかったのでは? 単にテレビカメラが描かれなかっただけというワケではなく、幾つかそう思う根拠があります……第22回大会の決勝、天津飯vs悟空の試合をヤムチャはラジオで観戦しているというシーンがあります。テレビ中継されていたのなら、テレビで観ますよね。
また……悟空は12歳ながらにして第21回大会で準優勝しましたから、15歳になった第22回大会は“優勝候補の筆頭の一人”と認識されるのが普通ですよね。にも関わらず、チャパ王にしてもパンプットにしても見た目だけで悟空を「ただの子どもだ」と油断してやられてしまうのです。 もし天下一武道会がテレビ中継されていたり、ビデオ化されて映像として残っていたりしたのなら……こういうことは起こらなかったと思うのです。
2.観客席の変化 第23回大会でピッコロが会場を吹っ飛ばしてしまったせいもあるんですが…… 魔人ブウ編の天下一武道会(第25回大会?)は観客席が階段状になっていて非常に見易そうな観客席ですよね。それとは対照的に、第23回までの天下一武道会の観客席は酷いです。塀があって、その周りで立ち見するだけ。
後ろの方の人は何が起こっているかサッパリ見えませんし(だからランチさんが銃ぶっ放して最前列を確保しようとした)、観客動員なんて最初から考えていないとしか思えません。
観客が沢山入るということは、それだけ運営側の収入になります。 入場料を取っているかどうかは微妙ですが、観客の数だけ会場での出店の売上げは伸びますし、その内の数%のマージンが運営サイドに入るという見方も出来ます。第23回大会まではそんな当たり前のこともやっていなかったのですから、商業目的の大会とは考えられていなかったのかも知れませんね。
3.賞金の大幅アップ 第21回と第22回大会の優勝賞金は50万ゼニーでした(第23回大会は悟空が逃げてしまったので、恐らく賞金は受け取っていないのでは)。 それに比べて、魔人ブウ編の天下一武道会は優勝賞金1000万ゼニー、2位が500万ゼニー、3位300万ゼニー、4位200万ゼニー、5位100万ゼニー。少年の部も優勝1000万ゼニー、2位500万ゼニーです。
物価はどうなってしまったのか。
学校や警察は普通に機能しているのだから、深刻な政治不安が……というワケでもなさそう。 単純に“賞金が上がった”ということなのかなーと思います。賞金を上げる理由は、シンプルに考えれば“より多くの出場者を募ることで大会を盛り上げたい”ということですよね。ちなみに、Wikipediaによると魔人ブウ編以降の天下一武道会はミスターサタンがスポンサーになっているとか。公平性も屁ったくれもないな。
思うに、第23回までの天下一武道会は“権威”や“名誉”のある大会ではあったものの、伝統を重んじすぎてテレビ中継をしたり多額の賞金を用意したりということはしなかったのではないでしょうか。そのため、優勝者の名前ですら“知る人ぞ知る”マニアックな大会だったのではないかと思います。
しかし、第21〜23回大会で状況は変わってしまいます。 第21回大会では悟空が建物を破壊してしまいますし、第22回大会では天津飯が武舞台を吹っ飛ばしてしまいますし、第23回大会ではピッコロが周り中焼け野原にしてしまいます。元々儲け主義ではない天下一武道会も、会場の建て直し資金等で大会運営の危機に瀕したのではないでしょうか。
また、大会のレベルが上がりすぎたことや、第23回大会では観客にまで危うく被害が及ぶところまで行ってしまい。大会参加者や観客の数も減少してしまったのではないかと推測できます(ミスター・サタンが優勝した回から魔人ブウ編までにしばらく開催されていなかったというビーデル談もあります)。
そのため、天下一武道会を商業化せざるを得なくなった――― それが、変わり果てた魔人ブウ編の天下一武道会(第25回)だったのではないでしょうか。
・テレビカメラを入れることで放映権収入&DVD化などの映像コンテンツ収入 ※ 試合数の増加もこの狙い? ・大量の観客を入れることで収入アップ&地域活性化 ・賞金の大幅アップ&少年の部の設置は幅広い参加者を募り、宣伝文句にもなる
ミスター・サタンが有名になったのが天下一武道会(第24回大会?)なのか他の大会なのかは分かりません。個人的には、ヤムチャが「格闘技の世界チャンピオン」と言っていたことから、天下一武道会を優勝したことはそれほど有名ではなく、天下一武道会以外のテレビ中継をされている大会で優勝して有名になったと想像するのですが……
いずれにしても魔人ブウ編の扱いを見る限り。 映像コンテンツとして肥大化した天下一武道会を盛り上げる役目として、ミスター・サタンが過剰なまでに英雄扱いされてしまったのかなーと思うのです。「セルを倒した英雄」なのだから、その資格は十分にあるだろうと(ただ、一般的にはセルは単なるトリック使いと認識されているのだろうけど)。
そう考えると……ミスター・サタンのことをバカには出来ませんよね。 大会を盛り上げるためにメディアに異常なほど持ち上げられて、その期待に応えられなかった途端に「んだよ。すげー期待ハズレだよ!」と袋叩きにされる―――そういうスポーツ選手を僕達はごまんと見てきたはず。 人々の期待を背負い、作られた“英雄”としての仮面を被り続け、“英雄”として振る舞い続けなければならなかった存在―――ミスター・サタンのことを「ウソツキ」だとか「見栄っ張り」だとか「単なるバカ」だとか言う資格が、果たして僕らにあるのだろうかと思ってしまいます。
「テレビが常に真実を伝えるワケではない」 あの時代にそれを描いていた鳥山明の偉大さを感じるとともに、 「真実だけが世界を救うワケでもない」 と、物語を締めくくった意味もまた深く考えさせられます。
[記事URL]
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| 「思ったように操作できる」喜びと、「思ったように操作できない」楽しさ |
1週間前に始めた『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』――― 無事に“馬車護衛”のイベントを越え、2年半前に「もうイイや」とソフトを封印したところに追いつきました。2年半前よりも7時間ほど早いタイム。『ゼルダの伝説』というゲームは「解き方を思いつくか」が重要なので、一度クリアしたところはすんなりクリア出来るのは当然なことなんですけどね。
―――にしても、です。 この2年半の間に、随分とアナログスティックに慣れたもんだと我ながら思いました。
我が家のゲーム機遍歴は、ファミコン→スーファミ→サターン→プレステ→PS2→DS→Wiiという流れで、PS2は速攻でぶっ壊れたこともあり、スティック操作必須のゲームは実は『トワイライトプリンセス』が初めてでした。 なので2年半前は全然イメージ通りに操作出来ず……ゲームの超序盤で、馬に乗って牧場の門を飛び越えて村に戻るシーンで10分以上かかったり。ゴロン鉱山最初のフロアで10回連続で溶岩に落っこちたり。
「思ったように操作できない」ことで完全に心が折れてしまいました。 それでも続けていれば上手くなるだろうと思っていたのだけど、20時間ほどプレイしても一向に上手くならなかったので「もーイイや」と封印したのが2年半前(他にも理由はゴマンとあるのだけど割愛します)。それ以降3Dアクションゲームにトラウマを抱いていました。
そこから2年半――― 『スーパーマリオギャラクシー』があって、『スマッシュブラザーズX』があって、『街へいこうよ どうぶつの森』があって。アナログスティック必須のゲームをプレイすることによって(『スマブラX』は十字キーでもプレイできるけど)、自分もアナログスティックに随分と慣れたんだなぁ…と改めて。
特に『スーパーマリオギャラクシー』は、前述した3Dアクションゲームに対するトラウマを完全に払拭してくれて、アナログスティックをイメージ通りに動かせるように自分を育ててくれたゲームでした。 ゲームとしての完成度や出来不出来はまだ分かりませんけど、「プレイしている間にアナログスティックに慣れていけるゲームバランス」という点では『トワイライトプリンセス』よりも『マリオギャラクシー』の方が上だったなぁと思いました。
(関連記事:アナログスティックに触れてこなかった世代をどう取り込むか)
というのも当然な話で…… 『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』は元々ゲームキューブ用ソフトの“集大成”として開発されていたゲームで、それが開発延期とともに「じゃあ、Wii版も作って本体同時発売にしよう!」となった複雑な経緯があって。
・ゲームキューブ版は「ゲームキューブを既に持っている人達に対する“集大成”なソフト」 ・Wii版は「Wiiというゲーム機ではこんなことが出来るんだという“お披露目”的なソフト」
という2つの側面を持たなければならなかったからでしょうね。 ゲームキューブ版が「アナログスティックに慣れていない人」を対象にしないのも当然ですよね。本体発売から何年も経っていたのですから、既にゲームキューブのコントローラに慣れているプレイヤーを対象にして不思議はないです。 でも、Wii版はそうではない。本体と同時発売のソフトでしたから。特にDS&Wiiはファミコン・スーファミ以降に任天堂機に触っていない人を大量に取り込んだこともあって、僕と同じようにアナログスティックに慣れていない人も少なくなかったんじゃないかと思うのです。そういう人が『トワイライトプリンセス』に手を出して、僕と同じように挫折した人が少なくなかったんじゃないかと思うのです。当時、誰にも同意されませんでしたけど……
「だから誰誰が悪いんだ!」みたいなことが言いたいワケじゃないですよ。 運命の難しさというか面白さというか……もしWii本体発売と同時に『マリオギャラクシー』が発売され、その1年後に『トワイライトプリンセス』が発売されていたら、なんてifを考えるのです。アナログスティックを普通に使える今『トワイライトプリンセス』をプレイすると、すげー面白いんですもん。挫折した人がいたのなら勿体ないなーと。
『マリオ』は取っつき易さを、『ゼルダ』は奥深さを――― 任天堂の二枚看板とも言える2シリーズの違いは、案外シンプルな説明で出来てしまうものなのかもなぁと思いました。そこを逆転させ、『ゼルダ』→『マリオ』という順で発売されたことがWiiというゲーム機の不幸だったのかも。
自分に起こった出来事を、その他のものに当てはめて考えてみると…… 喩えば『Wii Sports』は“操作の簡略化”によって、「思ったように操作できる」人を増やしたことにヒットの要因があるんだろうなぁと思いました。テニスの移動操作をオートにすることで、「思ったように移動できない」部分を削ったように。
対照的に、『Wii Fit』の狙いは逆なんですよね。 『Wii Fit』考察で非常に面白かった記事をご紹介します。
今だからこそ振り返ろう、「WiiFit」とはなんだったのか?(枯れた知識の水平思考さん)
バランスWiiボードは「思ったように操作できない」をゲームに落とし込んだコントローラーと言えるという話。hamatsuさんが例に出されている「座禅」はもちろん、「玉入れ」も「バランスMii」も「綱渡り」も「ペンギンシーソー」も「思ったように操作できない」から面白いワケです。アレを十字キーで操作できたら簡単すぎて何も面白くないはず。 (Wiiリモコンで遊べる『コロリンパ』とか、PS3の『あひるちゃん』とかも、そういう狙いのゲームだと思います)
んで、今日発売の『Wii Sports Resort』とWiiモーションプラスも実は『Wii Sports』よりも『Wii Fit』に近いコンセプトなんじゃないかなと僕は思っています。スタッフが「自分の武者震いまでゲーム内に反映されてしまうゲーム」と仰っていたように、従来コントローラーでは感知せずに済んだ部分まで感知しやがる余計なアンチクショウというか。
「それが面白い」という人もいるでしょうし、「それでは敷居が高い」という人もいるでしょう。 「思ったように操作できない」を「思ったように操作できるようになった」時の喜びはそりゃ凄いと思いますけれど、そこをすっ飛ばしたからこそ『Wii Sports』はヒットしたと思っている自分としては、案外『Wii Sports Resort』は苦しむんじゃないかなぁなんて思っているのですが。
それでも、1月に自分が予想した「国内25万本」という数字は、初週であっさり越えられそうですね(笑)。
[記事URL]
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| 考察:バスト79とバスト80の差 |
新装版『あずまんが大王』を読みました。 1年生時の4〜3月の12ヶ月分+補習(ゲッサンに収録された描き下ろし)という内容で、新たに描かれた補習分はもちろん、4〜3月分も新たに描き直しだったり内容変更だったりがあって非常に面白かったです。
自分が好きだった台詞がなくなっていたりもするのだけど、それも含めて「今のあずま先生としてはこっちの方がしっくり来るのか」という発見になって楽しめました。天才の思考を少しだけ覗けた感覚というか。
さてさて。そんな『あずまんが大王』で自分が気になったのが身体測定のシーン。
智ちゃんが「やったー!バスト3センチアップ!!」と叫ぶコマに「大台突破」という台詞が追加されていたのです。
え?智ちゃんってバスト80もあんの?
貧乳組合の仲間やと思っていたのに!というのが第一印象でした。 ただ、作中台詞が「バスト」から「胸囲」に変更になっていて、厳密には「バスト」と「胸囲」は別物ですよね。僕は女のコじゃないんで自信ないんですけど、「胸囲」は確か脇の下から水平に測る数値で、「バスト(トップバスト)」は一番円周が大きくなる部分の数値ですよね。 身体測定で「胸囲」は測るだろうけど、「バスト」も測るものか?というところでの台詞変更なのかなと思うのですが……そう考えると「大台突破」の意味が微妙なものに。
ここで使われている「大台突破」とは? フツー、「胸囲」が80を越えたからってガッツポーズはしませんよねぇ。智ちゃんはフツーじゃないという気もしますけど。「バスト」が80を越えたらガッツポーズというのは凄く分かる気がします。智ちゃんが80ならば、榊さんが88以上(更に成長している)ということで凄く合点がいきますし……うーん。
ま、とりあえず。 智ちゃんの「バスト」が80を越えた―――と仮定して。
さっき僕は「バスト80もあんの?」と書きましたが、それこそが智ちゃんがガッツポーズしたくなる要因ですよね。本来「バスト79」と「バスト80」の間には1センチの差しかありません。ですが、そこには1センチどころでは済まされない心理的なカベが存在するように思えるのです。
「バスト79」ならば、何の躊躇もなく「お!貧乳キャラだ!」と貧乳アンテナが反応するのだけれど。 「バスト80」だと、貧乳キャラと称すことに抵抗があるというか……
女性は貧乳ではありたくないそうなので、「バスト80」でガッツポーズをするのも納得。 あ、一応書いておきますけどこれは2次元の話ね。3次元の基準(平均)なんて知りませんもの。
自分は男のコですけど、身長が160cmを越えた時は「良かったぁ……」と思いました。冷静に考えてみると159も160も大して変わらないし、身長が何センチだったとしても自分はモテない日本一だった自信がありますけど、数字の印象は随分と変わるもので。 同じように漫画のキャラを創作する際、身長が何センチ台かというのは凄く気にします。実際、二次元キャラのデータを見ると150cm台の女性キャラがとても多かったりしますしね(平均値だから当然と言えば当然なんですが)。
(関連記事:身長とおっぱいからキャラ配置を考える)
「バスト」の話に戻します。 本来、巨乳とか貧乳とかのおっぱいレベル(カップ数)は「トップバスト」と「アンダーバスト」の差で決まるものなのですが…… 水着アイドルのグラビアではスリーサイズのデータで「トップバスト」しか書かれないため、「すっごい巨乳なんだけどトップバストは80センチ未満」みたいな人もいて、それだと数字の印象が悪いので80台後半にサバを読んでいる……みたいな話を聞いたことがあります(グラビア詳しい人にとっては常識的な話でしょうが)
結局のところ、一つの数字からだけでは真実が見えないということなのかなと思うのです。 もちろん数字は「一つの事実」を表しているのだけど、それはその人を表す色んな要素の一つでしかなくて。本当に僕達が知りたい情報は、数字からは分からないということが往々にしてあるんじゃないかと思うのです。
結論:仮に智ちゃんのバストが80を越えたとしても、貧乳キャラなのに変わりはないよね!
蛇足。『けいおん!』最終回(12話)のネタバレ話。
最終回で「妹(憂)の方がお姉ちゃん(唯)よりもおっぱいが大きい」という衝撃の事実が判明したワケですが、憂がどうのこうのというよりは唯の胸がどんどんしぼんでいるような印象がありました。 1年目の合宿では「澪>紬>唯>律」と“身長順=おっぱいの大きさ順”がしっかりと描かれていたのですけど、2年目の合宿でどう見ても「律>唯」なおっぱいのシーンがありました(背中合わせているシーン)。作画スタッフの違いで起こったことなのかなーと何となく思っていたのですが、先ほど書いた最終回の発言もありますし、そう言えば2年目の合宿のお風呂シーンで紬が「唯ちゃん、痩せた?」と聞いていたっけ。ひょっとして、あれはおっぱいのことを言っていたのか!そして、それが最終回に繋がる伏線だったのか!
貧乳派の自分としては嬉しい限りです。 結局のところ、これも数字がどうこうということではなく、作中でキャラが「唯ちゃんより(憂の方が)おっぱい大きいじゃない!」と言ってくれることで分かる話なんですよね。ストーリーに上手く組み込むことで、唯の貧乳っぷりが印象に残るようになった、と。ナイス京アニ!
[記事URL]
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| 近況報告 |
先月末くらいから更新がいつもにも増してグダグダで申し訳ございませんでした。 投稿用に描いていた漫画は無事に完成し、持ち込みしてきました。 結果は……ま、まぁ!次を頑張るよ!!
その他にも色々と立て込んでいることがありまして……ちゃんとしたブログの更新も、次の投稿用漫画の本格的な作業開始も、来週頭くらいからにしようと思っています。キャラデザはもう始めているのだけど、「今日中に○人仕上げなきゃ!」みたいなカンジではなく、とにかく無心に沢山描き上げて固めていくスタイルにしようかなーと。 ブログは「書きたいけど時間がないので温存しておいたネタ」が何個かあるので、それを来週から徐々に出していけたらなーと思います。

とりあえず、自分への御褒美で『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』を始めました。 「そんな時間あるの?」と自分でも思うのだけれど、恐らく自分の人生において今ほどこのゲームをやるに相応しい時間はないだろうと考えた末での決断です。2年半前に買っているから、出費0の御褒美ということでジリ貧な財布にもありがたいしね!

主人公の名前は“G.G.佐藤”にしました。 『トワプリ』は2年半前に買って途中で詰んでいるのですが(その理由は長くなるので割愛)、とにかく序盤から主人公に理不尽な出来事が起こりまくりまして、「なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだ……」と辛かった記憶があります。
ですが、主人公の名前を“G.G.佐藤”にすればアラ不思議! どんな辛いことが起こっても、「キモティイー!」と明るく乗り越えられる気がするのです!素晴らしき人徳!
【6月中の宿題】 ・『サッカー日和』のアップ作業→公開はちょっと時期を開けるかも(……) ・流石にTOP絵変えたい ・次回作のキャラデザ・コンテ完成 ・次回作に必要な資料集め ・部屋の掃除(マジ切実)
そうそう。『ニンテンドーチャンネル』で配信されていたので『トモダチコレクション』体験版プレイしました。 自分のMiiと、あと2人登録できるということで平沢唯・憂姉妹を登録しました。唯と憂はさっそく友達同士になってくれたのだけど、住人同士の血縁関係とかは決められないみたいですね(自分との関係は決められる)。着替えのシステムとかはイイカンジ。
顔は『似顔絵チャンネル』のまんまなので長所も短所もそのまんまなのですが、声の設定は独特で難しいかなー。イメージ通りの喋り方になかなかなってくれないのがもどかしいです。性格の設定は面白いですね。唯が「究極の癒し系」と言われていました。
[記事URL]
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| ゲームソフトがダウンロード専売になればブログだって困る |
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話。
E3で正式発表されたPSPgo――― ダウンロードソフト専用の新型PSPが発売されるということで、今後は全てのPSPソフトがパッケージソフトとダウンロードソフトの併売となり、過去作品もなるべくダウンロードソフトとして発売し直していくということみたい。 当然ながら“パッケージソフトの重要性が下がる”ことで小売店からは強い反発があり、それに対してネット上では「小売店が中古ソフト売っているから悪いんだろ!」「ユーザーは困んねえんだよ!」という意見もあったりで(僕が言っているワケじゃないですよ)、ダウンロードソフトへの移行には賛否両論があるんだなぁ……と相変わらず。
個人的な印象を語ると…… 値段的な理由から、PSPは今後もPSP-3000(パッケージソフトが使える型、ね)が主力商品のままで、PSPgoは「欲しい人だけが買う商品」になるんじゃないかと思っています。PSXとかゲームボーイミクロみたいな位置づけに留まり、全てのPSPがPSPgoに替わるなんてことはないだろうよと。
ただ、そうは言ってもダウンロードソフトへの移行はより加速するでしょうし(PSP-3000までのPSPでもダウンロードソフトをプレイできるんですよね?)。今世代から次世代にかけて、緩やかにパッケージソフトの市場は縮小していくのかなと思います。
・ダウンロードソフトへの移行は、パッケージソフトを売っている小売店には打撃 ・中古やコピーや海賊版に悩まされていたメーカーからすれば、ダウンロードソフトへの流れは歓迎
「全体の売上げが変わらなければ」という条件ならば、大雑把にこんなカンジ。
じゃー、ユーザーにとってはプラスなの?マイナスなの?を考えていくと…… 「発売日に新作ソフトを買って遊ぶような人」にとってはダウンロードソフトは便利になるだけでマイナス面は少なく(ネット環境があれば)、発売後の値下げを待っていたり中古市場を積極的に活用したりって人にとってはマイナス要素も多いんじゃないですかね。バーゲン漁りとか、福袋に夢を託したりなんてこともなくなりそう。
それはそうと……
ゲームソフトがダウンロードソフトだけになったら、ブログからゲーム関連のアフィリエイトは全消滅しますよね?
このブログでも使っているAmazonの商品ページのリンク―――このリンクから商品を買ってもらえればブログ主に数%の収入になるというコレ。Amazonも小売店の一つですから、流通・小売を介さないダウンロードソフトだけになればブログにアフィリエイトを貼ることも出来なくなるワケですよ。
「DLコードのようなものを小売店で販売すればイイじゃないか」という意見もよく見かけるんですけど、ダウンロードソフトのメリットの一つとして「流通・小売を通さないことでソフトの価格を抑えることが可能」があるのですから、小売店でDLコードを買うと価格が高くなりかねませんし。 そもそも自宅で直接ダウンロード購入出来るものを、DLコードだけ小売店で購入なんて面倒臭いこと誰がやるんだって思いますよ。
さて、では「ブログからアフィリエイトがなくなったらどうなるでしょう?」
アフィリエイトのためだけにブログをやっている人は流石に少数でしょうけど…… アフィリエイトがモチベーションの一つになっているって人は、結構いるんじゃないですかね。 コメント欄でボロックソに人格否定されて「俺は世界中に一人ぼっちだ」「俺はなんでこんなブログやっているんだろう」と落ち込んだ時に、アフィリエイトを通して商品が売れたことで「俺は一人じゃなかったんだ!」と声なき応援になることってあると思うんですよ。ウチのブログがってワケじゃないですよ。一般論としてですよ!
後は、「画像が使える」というのもアフィリエイトを始める理由として挙げる人は多いですよね。 文字ばっかりのブログの中にパッケージイラストがあるとアクセントになりますし、「自分で写真撮ってブログに貼り付ける」のような著作権違反の恐怖もありませんし。
ゲームソフトがいずれダウンロードソフトだけになってしまえば、アフィリエイトもなくなるので、ゲーム関連のブログは減っちゃうんじゃないかなぁと思っています。
あそことかあそことかあそことか、アフィリエイトなくなったら閉鎖しそうだなってブログを幾つも思いつくじゃないですか。で、最終的には「ブログを読む人」が寂しい想いをする―――と。
もちろんゲームソフトを作って売るのはビジネスですから……ブログのおかげで上がっている売上げと、パッケージソフトを捨ててダウンロードソフトに移行した際に得られる売上げとを比較すれば、メーカーにとって個人ブログなんざなくなっても一向に困らないと思います。
そうした考えは“小売店”の存在も一緒。 パッケージソフトを小売店と二人三脚で売ることで得られる利益と、ダウンロードソフトに移行して小売店を切り捨てることで得られる利益を考えた際に、後者の方が大きいと思われたらダウンロードソフトに完全移行するだけという話なんでしょう(現状では前者の方が大きいからパッケージソフトに力を入れている)。それもビジネスなんだと思います。
僕は別にどっちを大切にすべきだなんて言うつもりはありません。 世の中には色んな立場・考えの人がいるでしょうし、僕自身はパッケージソフトもダウンロードソフトもどっちも好きです。
ただ、時代の流れを考えれば、10年後か20年後か30年後かは分かりませんけど、ダウンロードソフトに完全移行する日はいつか来るんだと思います。その時に、「ワシらが若い頃はゲームはゲーム屋さんというところで買っておったんじゃよ」と子ども達に語れるように、パッケージソフトの存在を目に焼き付けておかなきゃなとは思います。
よだーん。 ちょっと話はズレますが、任天堂がWii用周辺機器を沢山出しているのって「パッケージソフト最後の手段」という気もしますよね。
バランスWiiボード同梱の『Wii Fit』は中古に売りにくいし(ボード対応ソフトが出た時のために手放しづらい)、中古では買いにくい(知らない人が使ったボードに載れるのか問題)―――この辺の話は詳しくないんですけど、もし仮にソフトがコピーされたとしてもボードがなければプレイ出来ない。
『Wii Fit』が300万本も売れたのって、そういう理由もあると思いますよ。
Wiiソフトの売上げって、『Wii Sports』を除けば、『Wii Fit』『はじめてのWii』『マリオカートWii』と専用周辺機器同梱ソフトが上位を占めているんですよね。これが任天堂流の中古対策という見方も出来ますし、ダウンロードソフトでは難しい戦略です。
逆に言うと、パッケージソフトの(メーカー側にとっての)メリットってこういうソフトでしか受けられないところまで来ているのかなぁ……と。
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