やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

≫ EDIT

“かんなぎ非処女騒動”に感じた本当の悪意

 ウルトラ懐かしい話題ですが、最近ザ・インタビューズで質問されまして、その後にTwitterでもこの話をすることになって―――イイ機会だから思い出したことを書いておこうと思います。

 当時この話題はセンシティブになり過ぎていて、何か言おうものなら「処女厨を擁護するということはオマエは女の敵だな!」と、「表現規制に反対する人は犯罪者予備軍」ばりのトンデモ理論で攻撃されるほどだったので(当時のコメント欄を読んでもらえれば分かります)。当時は言えなかったことがありました。



 あのネット上での騒動―――
 あれの最大の問題は「ヒロインは処女であるべきか」でも「コミックスを切り刻むのは自由か」でもないんですよ。あれから3年半が経った今なら分かってくれる人も多いんじゃないかと期待しています。






 あの騒動の正体は、インターネットによる「デマの拡散」なんですよ。

 当時『かんなぎ』はテレビアニメが始まったばかりでした。
 つまり、「アニメから入ったファン」が大量に拡大している時期です。一言で“『かんなぎ』のファン”と言っても一括りには出来ない時期だったんですよね。


・アニメから入ったファン
・原作漫画の単行本を読んでいるファン
・原作漫画の雑誌連載を読んでいるファン


 当時アニメは進行中ですから、当然「アニメしか観ていないファン」はアニメの進行までしかストーリーを知りません。
 アニメから入った人でも単行本を買って読み始めた人もいるでしょうから、「単行本を読んでいるファン」はアニメよりも先の展開を知っていることになります。
 単行本は雑誌連載をまとめたものなので、雑誌まで読んでいるファンは更にその先の展開を知っていることになります。アニメから入った人は単行本までは買うって人もいるでしょうが、雑誌連載まで追いかけられるって人は極少数でしょう。雑誌って後から追いかけるのが難しいメディアですからね(最新号を買うと途中の話をすっ飛ばしてしまうから)。


 つまり、一言で“『かんなぎ』のファン”と言っても、ストーリーの進行度は三者三様だったんですよ。あの騒動の根本には、この“ストーリー進行度のギャップ”があるんです。ここを語らずして、あの騒動の本質は語れないんです。



 騒動が始まるのは「原作漫画の雑誌連載を読んでいるファン」からです。
 一番ストーリーが進行している人から始まったワケです。当時広まった情報をそのまんま書きますけど、「ヒロインには元彼がいた」「ヒロインは非処女だった」「裏切られた」「コミックスを切り刻んでやった」、こんなカンジ。本当にファンだったかどうかとかはここでは問題にしません。その人個人がどうとかは大した問題ではないからです。問題は何故あんな(どーでもいい)行為が情報として拡散していったかです。


 ここで動揺するのは「アニメから入ったファン」です。
 この人達が一番情報がないワケですからね。「新しいアニメ始まったー。ナギ様かわいー。面白いなー」と楽しんでいたところに、以前から原作を愛していた人が「裏切られた!」と叫んでいるという断片的な情報だけが拡散してくるのですから、驚いてしまいますよね。不安になってしまいますよね。

 そうすると、今度は別の「原作漫画の雑誌連載を読んでいるファン」達が、騒動の発端となった人(もはやこの時点で誰だかも分かっていない)に反論をしていきます。「このヒロインが非処女であることはストーリー的に必然だった」「オマエは今まで何を読んできたんだ」「読解力がなさすぎる」「オマエのようなヤツに作品を語る資格はない」―――と。


 このファン達の心理は分からなくないです。自分達が正しいと思ったことなんでしょう。
 でもね、「正義」が必ずしも人を正しく導くワケではないんですよ。


 このファン達の批判は、最初の騒動の発端となった人ではなく、「アニメから入ったファン」達に届いてしまいます。
 彼らはまだアニメ序盤のストーリーしか知らないのに、「裏切られた!」という声と「そんなことを言うヤツに作品を語る資格はない」という声が断片的に拡散してきて、でもアニメから入ったファンはどちらが真実かを知る術はないのです。だって原作を読んじゃったらアニメのネタバレになっちゃうから。

 だから、ワケも分かっていない人が、不安と混乱と錯綜の中で「何が真実だか分からない!」と悲鳴をあげることで逆に騒動がどんどん拡散していってしまったのです。
 私もそんな記事を書いた一人なので加担者の一人です。当時は「でも自分が言わないといけないことがある!」と思って書きましたし、それが全ての面で間違っていたとは思いませんけど、デマを拡散した一人になってしまったことは目をそらしてはいけないと思っています。「正義」が必ずしも人を正しく導くワケではないんです。





 これに似た話―――去年の大震災以後、イヤっていうほど目にしましたよね。
 「原発で何が起こっているか分からない大多数の一般人」、危険性を叫ぶ専門家と安全性を叫ぶ専門家、何を信じていいか分からない状況で「よく知りもしないで素人が判断するな!」と言われて逆に不安になり、とにかく情報を集めなきゃと情報に飛びついて拡散していく、結果として「間違った情報」=「デマ」も一緒に拡散していく―――


 人それぞれ“持っている情報や知識に差がある”ことと、専門家であっても“意見は分かれる”ことで、何を信じてイイか分からないからデマも一緒に拡散していく――――問題の深刻さは全然違いますけど、起こっていたことは一緒なんです。

 「デマが拡散していくメカニズム」を止めない限り、何度だって起こるんです。
 「処女厨が死ねば解決する」とか「反原発派がいなくなれば解決する」んじゃないんです。また新たなデマが拡散していくだけなんです。


(関連記事:「情報弱者は愚か者だ」という風潮こそがデマを蔓延させる


 だから、2012年の今だからこそ、語らなければなりません。
 “かんなぎ非処女騒動”にあった本当の悪意とは何だったのか――――?


かんなぎ Blu-ray Boxかんなぎ Blu-ray Box

アニプレックス 2012-05-02
売り上げランキング : 615

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 こういう話は『かんなぎ』に限ったことではなく、原作付きアニメでは頻繁に起こっています。



 『けいおん!』でも似たような話がありました。
 アニメ2期が始まるちょっと前に、「実は律っちゃんには彼氏がいた」というデマがTwitter上で流れました。今だからそれがデマというのは分かりますけど、当時は分かりませんでした。

 それは雑誌連載の最新号の話だったからです。
 自分はアニメ2期をなるべく原作を読まない状態で楽しみたかったので、それが真実かどうかを確かめることもなく、ネタバレ防止のためにその話題をシャットアウトしました。「多分その話はアニメ2期でやるだろう」と思っていましたから。


 なので、アニメ2期の間中ずっと「律っちゃんには彼氏がいるんだ」「この後にそういう展開があるんだ」と思いながら観ていました。律っちゃんと澪がイチャイチャしていても「でも、律っちゃんホントは彼氏いるんでしょ?」と思いながら観ていました。そしたら、最後までそんな話はねーの。

 原作のこのエピソードはアニメ2期には入らなかったので、後に自分は単行本4巻で読むことになるのですが……そしたら「律っちゃんに彼氏がいたというのは澪の勘違い」という何てことのないオチで、私は半年以上そんなデマに踊らされて観ていたんです。


 多分、これを最初に言った人は「雑誌を読んでいる人は分かるっしょ?」というネタのつもりだったのでしょう。でも、雑誌連載まで追いかけている人ばかりではありませんから、それがネタなのか真実なのかが分からない人がたくさんいるのです。結果、私はずっとデマを信じてしまい、アニメ2期が楽しめなかった一因になりました。




 実はこれと似たようなことがまだあって。
 「律っちゃんに彼氏がいた」と一緒になって、「あずにゃんにも彼氏がいるって原作で描かれているよね」というデマも流れていました。これは単行本2巻にある「クリスマスに予定があるということは彼氏?」と言われたあずにゃんが「家族と過ごすんです!」と言うシーンのことなので、私はデマだと分かりましたけど。アニメにはないエピソードなので、そのデマを未だに信じている人もいるんじゃないかと思っています。




 ホントさぁ……もう、やめてくれませんかね……
 現在放送中の『偽物語』でも同じようなことを喰らっていて、しかもコレは未だにデマなのか真実なのか分かっていないから詳しくは書きませんけどさ……もうウンザリですよ。原作付きアニメが全然楽しめませんよ。








 最初の『かんなぎ』の話に戻します。
 あの件で自分は「コミックスを切り刻むようなヤツを擁護するのか」とか「処女厨を擁護するのか」とか散々言われましたよ。
 人の嗜好はそれぞれですから、ぶっちゃけそんなことはどうでもいいです。「そんな人がいてもいいじゃない」と思うだけです。でも、私はその人をこの一点だけで許せません。

















 アニメが始まった時期に、わざわざ原作の最新回のネタバレをするようなヤツは人間のクズだ!


 それが「真実」だろうが「デマ」だろうが「ネタ」だろうが、全部一緒です。
 「このアニメ、この後にこういう展開があるよ」と言うだけで、私はソイツを許せません。


 原作をずっと追いかけてきたファンからすると「アニメ化」に際して言いたいことがあるでしょう。
 原作を支え続けた彼らがいなければ「アニメ化」にはならなかったのですから、そりゃ先輩風も吹かせたくなるのでしょう。

 アニメから入ったファンは「新参者」ですから、そういう先輩に反論できないのも確かです。
 こんなところでも「ファン歴〇年」の縦社会になってしまう日本人に寂しい気持ちになりますが、それが社会なのだろうとも思います。それも含めて「色々な人間がいるから世界は面白い」と思います。




 でもね―――ではないです。だからこそ、
 「原作からのファン」は「アニメから入ったファン」との間に“情報のギャップ”があることを想像してくださいよ。

 その上で「じゃあデマを広めてやろう」「ネタバレして楽しみを奪ってやろう」と思うのならば、まぁそういう人もいるんでしょう。どんな人間でもどこかに悪意を抱えているのだから、それを否定出来ません。私も「オレとは分かり合えない相手なんだな」と思うだけです。

 でも、悪意なく、ただ「自分とは違う人間がいる」という想像力がないだけで、ネタバレやデマを振りまいていた人は今すぐやめてください。それだけで不幸になる人が減って、作品のファンが増えて、アナタも「あの先輩ってウッゼーよな」と嫌われなくて済むのですから。


(関連記事:アニメが初見でも楽しめているのになぁ……


一番くじ けいおん!!パーティー時間 D賞 田井中律 サンタver.きゅんキャラ一番くじ けいおん!!パーティー時間 D賞 田井中律 サンタver.きゅんキャラ

バンプレスト
売り上げランキング : 28433

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 17:49 | comments:24 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

年下のキャラでも“さん付け”したくなる心理

 自分がネットで漫画やアニメの感想を書くようになって6~7年くらい経っていると思うのですが、最近になって気になり始めたことがあります。それは、「キャラの名前をどう記述すべきか」という問題。



 今季アニメのお気に入りは何といっても『とある科学の超電磁砲<レールガン>』で、mixi日記の方にチラホラと感想なんざをメモらせてもらっています。んで、その感想の中で半分くらいは意識して半分くらいは無意識なんですが……

 「御坂美琴」は“美琴”と、「白井黒子」は“黒子”と、「初春飾利」は“初春”と、「佐天涙子」は“佐天さん”と記述しています。“佐天さん”だけ“さん付け”をしてしまうのです。
 設定年齢は、黒子も初春も佐天さんも同じ学年ですよね?でも、どうしてか佐天さんだけ“さん付け”をしてしまうのです―――それは何故か?



 まー、一つの答えとして簡単なのは「作中でそう呼ばれているから」ですよね。
 メインキャラ4人がどう呼び合っているのかをまとめてみると、多分こんなカンジ。


・美琴→黒子、初春さん、佐天さん
・黒子→お姉様、初春、佐天さん
・初春→御坂さん、白井さん、佐天さん
・佐天さん→御坂さん、白井さん、初春


 佐天さん→黒子の呼び方がイマイチ自信ないな……間違っていたらゴメンなさい。
 それはさておき。初春は3人中2人から「初春」と呼び捨てにされているのに対して、佐天さんは3人全員から「佐天さん」と“さん付け”で呼ばれているワケです。なので、自分が感想を書く際には、「初春飾利」は“初春”と「佐天涙子」は“佐天さん”と記述してしまうのですね。



 ―――じゃあ、「美琴」のことは何故「美琴」と書いてしまうのだろう?
 今の理論で言えば、「御坂さん」と書くか、もしくは「お姉様」と書くべきじゃなかろうか。
 “べき”ってのも変な話ですし、『とある科学の超電磁砲<レールガン>』という作品が語っていることをなぞれば「理論を超越する感情が大事だよね!」みたいなことなのかも知れませんけど。その感情は一体どこから出てくるのか。


とある科学の超電磁砲 第1巻 <初回限定版> [Blu-ray]とある科学の超電磁砲 第1巻 <初回限定版> [Blu-ray]

ジェネオン・ユニバーサル 2010-01-29
売り上げランキング : 27

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 この手の話、実は他の作品でも言えることで……
 ウチのブログで散々話題に出してきた『けいおん!』でも、自分は「唯」「澪」「律っちゃん」「紬」「梓」「憂」「和」「さわちゃん」―――と記述してきました。
 基本的には名前呼び捨てなのに、「律」だけ“律っちゃん”で、なのに作中ではほぼ全員から「ムギ」「ムギちゃん」「ムギ先輩」と呼ばれている「紬」は“紬”だという。確か憂だけは「紬さん」と呼んでいたと思うけど、別にそれに倣って“さん付け”でもないという。

 うーん……謎だ。
 「律」を“律っちゃん”と呼ぶのは“佐天さん”の理論と一緒ですよね。作中で「唯」「紬」「さわちゃん」から“律っちゃん”と呼ばれていたので、それに倣ってのことなんだろうと思います。
※ 正確には“りっちゃん”とひらがな表記。原作を後から読んだので「ひらがなだったのか!」と驚きました(笑)



 基本的には、男キャラでも女キャラでも「名前(ファーストネーム)呼び捨て」が基本で。
 作中で苗字で呼ばれることが多いキャラは「苗字呼び捨て」か「苗字さん付け」で、あだ名がある場合は「あだ名」で記述することが多いですかねー。
 自分は女のコに“ちゃん付け”って出来ないんですよ、これはリアルなクラスメイトとかにもそうでした。なんか、「うわー。俺馴れ馴れしいなー」ってなっちゃうんです。「名前呼び捨て」や「あだ名」は別に気にならないのに。“律っちゃん”とか“さわちゃん”は「あだ名」認識だから大丈夫なんですけど……

 あー、そうか。
 今書きながら思ったことなので、話が脇道に逸れますけど……自分が豊崎愛生さんのことを「豊崎さん」と記述しているのはそのためか。「あすみん」とか「キタエリ」とか「しゅがりん」とかは普通に書けるのに、「愛生ちゃん」と書くのはルール違反な気がするというか。



 話を元に戻しまして―――
 だから、『かんなぎ』の「ざんげちゃん」をどう記述するべきか、1年前の今くらいにすげー悩んでいました。
 アレはあだ名なような気がするし、作中のほぼ全員が「ざんげちゃん」と呼んでいたのだけど、ナギだけは「ざんげ」って呼んでいたんですよ。「えー、アレって本名なの!?」と戸惑いました。本名だったら“ちゃん付け”するワケにはいきませんから(笑)。


 『超電磁砲<レールガン>』の話で言うと……
 アニメ開始前から自分はWEBラジオを聴いていて、パーソナリティの二人が「佐天さんは…」と仰っていたのが大きいのかな。ラジオで呼ばれている呼び名に引っ張られるというか……言われてみれば、ラジオでは「美琴ちゃん」「黒子ちゃん」と呼ばれていたような気がするし。


 『ささめきこと』でも、WEBラジオでパーソナリティの二人が「純夏/純ちゃん」「風間」と呼んでいたから、自分が感想を書く際には「純夏」「風間」となった……と。意外にも、ノープランで記事を書きながら答えらしきものに辿り着いてしまったぞ!(威張ることでもない)



<結論を3行まとめ>
・“キャラの名前をどう記述するのか”は、作中でどう呼ばれているかに引っ張られる
・ただ、作中以外で呼ばれている呼び方にも引っ張られることがある
・友達同士の会話だとか、番組のラジオだとか



 ヲタク友達がいる人はまた違う気がしますね。友達がいなくてサーセン。
 「レールガン面白ええええ!」と思っても薦められる友達がいないからネットに書き込むくらいしか出来なくてサーセン。寂しくなんかないよ!ネットだけが僕の友達だからね!


かんなぎ ねんどろいど ざんげちゃん (ノンスケールABS&PVC塗装済み可動フィギュア)かんなぎ ねんどろいど ざんげちゃん (ノンスケールABS&PVC塗装済み可動フィギュア)

グッドスマイルカンパニー 2009-07-17
売り上げランキング : 629

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 17:55 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

考察:男は男からの評価の中に生き、女は女からの評価の中で生きている

 記事タイトルを考えるのが苦手です。
 最近は「~~だろうか?」みたいな疑問文タイトルが続いていたので変化を付けたかったのだけど、今日のように断定口調だと「断定するのはおかしい!」と怒られそうですし、かといって記事タイトルのお尻に「~~と、頭がどうかしている私めが考えてみましたが、皆様はどう思うでしょう?」と付けると長くなってしまいますし。うーん。

 とりあえず。
 このブログは、僕がその変人っぷりを活かして“世間の多数派とはちょっと違う考え”を書いていくブログですから。貴方の意見と違っていても、それは当然のことですよと前置きをしておきます。




 こっから本文~。
 先週の月曜日だったか、『小島慶子キラ☆キラ』(@TBSラジオ)の中でスポーツライターの小林信也さんが興味深いことを仰っていました。小林さんは“カツラを着用している"ことを公言なさっている方で、そのためカツラの相談や薄毛の相談をよく受けるそうなんですが……

 「どうしてカツラを被ることにしたんですか?」というストレートな質問に「どうしてだったっけかな……」と考えさせられた、とか。


・薄毛に悩み、カツラの着用を考え始めたのは20代中盤
・「女にモテたいからでしょ?」とよく言われるのだが、当時既に結婚は決まっていた
どちらかというと、「同性(男)からの目線」が気になっていた
・禿げていることで「アイツ、男として終わったな」と見られるのが怖かった
・実際、女性にとって「男性の禿げ」ってどう?


 『キラ☆キラ』は平日昼間の番組なので主婦層からのメールが多く、小林さんのその話に多くの女性が「男性の禿げなんか気にしませんよ」という意見を寄せて、小林さん自身が「(カツラを着用するか悩んでいた)若い頃の自分に教えてやりたい…!」と感動をしたという。他人事ではない僕もひっそりと泣きました。
 まー、これが10代・20代の女性に聞いてみるとまた違う結果になるのかも知れませんし、「全ての女性が禿げを気にしない」とも言えないんですが(「禿げを気にしない女性が多かった」というだけで)。



 これと似たような話を書いたことがあるなーと思ったのです。
 ということで、まとめといて良かった傑作選の中から探してきました。


 貧乳コンプレックスが生まれる場所

 2008年11月の記事です。アニメ『かんなぎ』について。
 「貧乳コンプレックス」は女性同士のコミュニティの中で生まれ、「粗チ●コンプレックス」は男性同士のコミュニティの中で生まれるというお話。貧乳の女性がビキニを着たがらないのは、同じ女性から「貧乳のくせに…」と思われるのがイヤだからだそうな。



 普段からウチのブログを読んで下さっている人にとっては、「またその話かよ」とウンザリされる話と思うのですが。今日初めてこのブログを読んだという人もいらっしゃるでしょうから、そういう気持ちで0から書こうと思います。

 「男はみんな巨乳が好きなんだよね」なんて認識、絶対に間違っています。
 貧乳が好きだという男性、普通が好きだという男性、別におっぱいで人を判断しませんよという男性、やっぱり性格が大事だよねという男性―――世の中には色んな人がいるワケですよ。
 この例に限らず、「男はみんな○○だよね」という説は嘘だと思った方がイイです。少なくとも、「みんな」という言葉が「10割」とか「9割」の意味で使われているとは思わない方がイイです。せいぜい「4割」「5割」「6割」くらいですよ。



 では、なんでこんな間違った認識が声高に言われるのかというと―――
 これも「ヲタクはキモイ」論理と一緒ですよね。

・「巨乳が大好きだぜ!ヤッホウウウウ!」という男性←声が大きいので目立つ
・「胸よりも性格の方が大事だよ」という男性←「奇麗事を言っているだけ」扱い
・「貧乳が大好きだぜ!ヤッホウウウウ!」という男性←「そんな奴はキモヲタロリコン童貞に決まっているからノーカウント」扱い


 3番目、普通に言われます。オブラートに包む人もいればストレートにぶつけてくる人もいますけど、2年半の間に両手で数え切れないほど言われました。特に、自称“貧乳の女性”から。
 貧乳を好きだ好きだと言えば言うほど、貧乳女性から嫌われてしまうというジレンマ。ここで僕がへこたれて「オイラは貧乳好きっす!」と言うのをやめると、あら不思議、その内に世の中には「オイラは巨乳好きっす!」と言う男性しかいなくなりますね。


 「貧乳好きは男にあらず!」という定義を最初に決めておいて、「男はみんな巨乳が好きなんだよね」と言う。
 「Wiiを楽しんでいるような奴はゲーマーではない」という定義を最初に決めておいて、「ゲーマーはWiiでは満足しない」と主張している人みたいですよね。そりゃオマエが決めた定義の中ではそうなるだろうよ。

(関連記事:「貧乳好きな男」=「ロリコン」説を唱えているのは誰だ?


 女性が「貧乳には価値がない」「貧乳に興味のある男なんて存在しない」と評価を下したとしても、
 「貧乳が大好きだぜ!イヤッホオオオウ!」と思っている男は確実にいるということを主張しておきます。


 あと、ちょっと『かんなぎ』の話で思い出したんですけど……
 アニメ版でナギが仁の所有するエロ本を見つけて「仁は巨乳好き」と言いふらすシーンがあって(確か3話だったかな)。でもさ、意識してロリ系のものに手を出したりしない限り、大抵のエロ本やエロビデオって巨乳押しじゃない?
 喩えば「OLもののエロビデオが観たい!」と思ってもOLには「巨乳OL」みたいな冠が付いていて、否が応にも巨乳モノを手に取らなきゃならない状況に追い込まれてしまうことは多々あって。俺はOLの制服が大好きなだけなのに!何故に「巨乳」を見せ付けられなきゃならないんだ!って人まで、「巨乳好き」のレッテルを貼られるのはどうなんでしょう。


 まかり間違って「紳士を気取っている」と思われてもイヤなんで、正直なことを書きます―――
 顔が良ければ巨乳でも貧乳でもどっちでもイイよ。大半の男はそう思っているんじゃないかなー。


かんなぎ ねんどろいど ざんげちゃん (ノンスケールABS&PVC塗装済み可動フィギュア)かんなぎ ねんどろいど ざんげちゃん (ノンスケールABS&PVC塗装済み可動フィギュア)

グッドスマイルカンパニー 2009-07-17
売り上げランキング : 386

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 これは男性についてもそう。
 他人とチ●コの大きさを比べても意味がないじゃない。医療機関に相談が必要なレベルならともかく、平均値より2~3cm低い程度で「あぁ、俺は生きていけない」みたいに悩む必要はないと思うんですよ。こちとらダブルスコアだっての。それでも生きてるんだっての。


 こないだ書いた「ぼくたちが望んでいることは本当に「モテたい」なのだろうか?」もそうです。
 「モテる男」になればバラ色の人生が待っているはず、みたいな幻想をついつい抱きがちなんですが。全ての女性が「モテる男」を好きなワケではないじゃないですか。色んな人に愛想を振りまくっている男よりも、一途に想ってくれる男性がイイと思っている女性はいるはず。多分きっとおそらく願望。


 男の視点からしても。
 「モテる女」と「一途に想ってくれる女性」だったら、後者を選ぶ男は多いと思うんです。でも、女性同士のコミュニティの中では「モテる女」とか「恋愛経験が豊富な女」に価値があったりして。この辺を突き詰めていくと処女厨問題の中身が見えてきそうだけど、この話は一度痛い目見ているので気付かなかったことにする!


 「男性から見た女性の価値」と「女性から見た女性の価値」にはズレがあって、同じように「女性から見た男性の価値」と「男性から見た男性の価値」にはズレがあるんだと思うのです。
 そもそも「男はみんな○○」とか「女はみんな○○」って決め付けている時点で、視野を狭めているだけの下らない意見だと決め付けちゃって良いんじゃないかと(セルフ矛盾)。




 何百回だって言いますよ。
 「偽善だ」と罵られようが、「オマエが諸悪の根源だ」と叩かれようが。

 色んな人がいるから世の中は面白いんですよ。
 みんながみんな同じ価値観に生きていたら、他人なんかいなくても一緒です。
 アホな子だってそう、貧乳だってそう。そこに価値を見出さない人は沢山いるのかも知れないけど、それが大好きな自分がいるように。自分自身は価値がないと思っている“個性”が、誰かにとっては魅力的に映ることがあるのだと思うのです。色んな価値観を認めるというのはそういうことなんです。



 同性からの評価が低くても、それを評価してくれる異性もいるはずだよ―――
 ってスタートで書き始めたはずなのに、最終的には人類愛みたいになってもうた。


カツラーの秘密カツラーの秘密

草思社 2000-06
売り上げランキング : 163553

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ヒンヌー | 18:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

処女厨が批判されているみたいだから、童貞厨についても語ってみるぜ

 まずは、武梨先生の体調回復を最優先に全力で祈ります。
 それは前提にしつつ、語りたいことも溜まったので今日はこの話題にします。



 『かんなぎ』休載が決定打になったみたい。
 それまでは均衡を保っていた「処女じゃなくてもイイじゃない」「処女じゃなきゃイヤだもん!」という二勢力による論争は、一気に「処女厨キメェ」に傾いたようです。これまでこのことについて何もコメントしていなかったサイトさんでも、「処女じゃなきゃ怒るなんて理解出来ないなぁ」みたいなことを書いていたリで。どちらかというと「処女じゃなきゃイヤだもん!」派の自分としては、肩身の狭い思いをしています(匿名掲示板だとまた状況が違うのかもですが)。

 今や「ヒロインには処女でいて欲しいんです!」なんて言おうものならば、「オマエのような奴がいるから武梨先生は倒れられたんだ!」とでも叩かれそうな勢い。先生の体調は気がかりです、そこは同意。でも、それとこれとは関係なくね?



 コミックス破壊とかは、流石に「モノを大事にしなさい」と言いたくなりますけど……
 好きだった漫画の展開がどうしても許せなかった時、購読を止めたり、持っているコミックスを全巻ブックオフに売っちゃったりすることはフツーにあると思います。僕も、作品名は出しませんけど、「死んだように描いていたんだけど、じっつはこのキャラ生きてたんだよね~~パンパカパーン!驚いた?驚いた?」みたいな作品を全巻売りに行ったことは何度もあります。

 それも一種の意思表示ですもの。
 「気に入らない展開も愛するのがファン」みたいなこと言われても、許せないものは許せません。

 僕がどうしても許せない「死んだように描いたキャラが普通に生きている」展開も、多くの人に「どうしてそんなことで怒るの?」と言われてきました。僕は僕なりに「それを許してしまえば、今後一切“生きるか/死ぬか”の展開にハラハラ出来ないから」という理由を持っているのだけど、そこを重視していない人には何度説明しても理解されません。
 それはもう、仕方がないことです。僕は僕であり、アナタはアナタなのだから。


 それと今回の非処女騒動は何ら変わらないことだと思います。要はその作品に何を求めていたかという違いがあるだけで、その価値観は人それぞれでイイじゃないですか。好きなものは「好き」、キライなものは「キライ」と自分の言葉で言えなくなってしまったら哀しいですよ。





 一つ思ったこと。
 今回これだけ「処女厨キメェ」的な意見が大勢を占め、「女性に処女性を求めるのは女性をモノとしてしか見ていないからだ」といった人格否定まで出てきているのをチラッと読んだんですけど……フェミニズム的な話に発展させるのなら、何故「童貞厨」については語られないんだろうなぁと気になりました。

 このケースで言う「童貞厨」とは、女性読者が男性キャラを「童貞でいて欲しい」と思うことではなく。
 男性読者が男主人公を「童貞でいて欲しい」と思うことです。


 喩えば、『かんなぎ』で言えば主人公の仁は恐らく「童貞」でしょう(原作の設定は知らんけど、アニメの1~2話にはそれを匂わせるシーンが意図的に入っていた)。
 少なくともここ最近の漫画・アニメにおいては、ヒロインに「処女性」が求められている作品では男主人公は「童貞」であることが多いと思います。多いというのは、100%ではないけれど過半数は超えているだろうってくらいの話ね。


 それは何故か?

 「童貞読者が童貞主人公に感情移入することで処女ヒロインとイチャイチャするのを体感したいからだろ」―――その意見も分からなくはない(というか、今のも僕が考えた回答だし)のですが、これだけでは説明できないことも多いと思うのです。
 読者は必ずしも「自分=主人公」とは思えないものだし(例:カップリング萌え)、あまり露骨に自分に近い主人公だと嫌悪感を抱いたりするものです。僕が『N・H・Kにようこそ!』を観て抱いた「オマエラ全然恵まれてんじゃねえかよ!(泣)」感みたいにね。



 なので、僕はこう思うのです。

 これは、セックスのない世界の話なのではないか。



 正確に言うと、セックスの存在を知って興味を持ってはいるけれど、それが実際に自分の周りの空気としては触れられていない時期の話―――と言うべきでしょうか。実は、人生においてこんな時期はごく僅かな時間しかありません。
 もちろん個々人の体験としてはその時期は様々でしょうけど……喩えばクラスメイトの誰かがとか、友達グループの誰かがとか、好きだったあのコが誰かととか。自分の周囲において非童貞・非処女の存在感に気付く時期というのは、比較的多くの人が共通するんじゃないかと思います。


 童貞の主人公と処女のヒロインで描く世界とは、それ以前の限られた猶予期間を描いているとも言えて―――どちらかというと「あの頃は良かったなー」と懐古させる意味合いもあって、そこに非処女のヒロインが出てくると「あれ?」と急に現実に引き戻されてしまう、みたいな話なんでしょう。

 『三丁目の夕日』を観て「この時代は良かったなー」と思っていたら、CMにPS3が出てきた、みたいな。




 もちろん……「セオリーは覆すために存在する」のも確か。
 「貧乳を際立たせるのは巨乳」とか、「女しかいない世界の百合よりも、男もいる世界での百合の方が背徳を感じる」みたいな話と一緒で。「処女だらけの中に非処女ヒロインを一人投入する」ことの意義というのは凄くよく分かります。
 僕はアニメを観終わるまでは原作の『かんなぎ』は読まないつもりで、しかもそのエピソードがコミックス化されるのはいつなんだろうって状態なので詳しくは分かりませんが……最終的に「非処女で良かった」と思わせられるかが全てなんだろうと思います。なので、武梨先生の体調回復を切に願います。


4758060150かんなぎ 1 (1) (REX COMICS)
武梨 えり

一迅社 2006-08-09
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 というところで今日の記事は終わらせるつもりだったんですけど……面白い記事があったので、もうちょっとだけこの記事も続くんじゃよ!


 非処女ヒロイン騒動もろもろ(情報元:痕跡症候群さん)


 語りたいのは、一つ目の事例に登場する『りびんぐゲーム』について。
 全巻一気読みしたのはもう数年前だから記憶も曖昧だし、どうしてもネタバレになってしまうのですけど……漫画感想サイトをやっていた時代、感想は書いたのだけれど「処女処女とか書いたらキメェって言われそうだよな」とカットした部分があったのを思い出しました。



 この『りびんぐゲーム』こそ「処女だと思わせていたけれど、実ははヒロインは非処女でしたー!」という作品です。これはもう意図してやったと言って間違いないと思います。『かんなぎ』騒動で最初に僕が思いだしたのが『りびんぐゲーム』でしたもの(主人公は童貞じゃないから『かんなぎ』とは違うケースですけどね)。


 端的に分かるシーンがコレ。
 「俺はいずみと寝た!それでも、お前は彼女を愛せるのか!!」
 主人公がいなくなったヒロインを追った旅先で、ヒロインの元彼に吐かれるセリフです。正確なセリフを覚えているワケがないので、何となくこんなカンジだと思ってもらえればイイと思います。ヒロインを処女だと思っていた主人公(と読者)に過去を突きつけ、それを乗り越えられるのかどうかを試したシーン。
 作品の序盤ではヒロインは子どものように描かれていて、「恐らく処女なんだろう」と思わせておいての落差ですからね……正直ショックでしたが、作者としてはそれも見越しての展開だったんだろうなぁと思います。


 処女・非処女の話ではありませんが、『りびんぐゲーム』には主人公の元彼女の現彼氏が「アイツら、ヨリを戻すつもりなんじゃないのか……」とヲタヲタする場面もあったりで。どうにもところどころに、恋人の過去を受け入れられるのかを描いているフシがありました。(というか、僕が読んだ星里先生の別の作品にも同様なシーンを見かけました。作風?)




 男は女の過去を受け入れられるのか?

 いや、別に「女は男の過去を~」でもイイんですが。
 今回騒がれた処女・非処女の問題って、昨日今日生まれ出た話ではなく、言ってしまえばずっと前から創作のテーマになってきたワケです。「乗り越えられたから気にしない」「乗り越えられなかったから気にする」―――そりゃ色んな人がいることでしょうが。少なくともどっちか片方の意見が正解だなんてことはなく、ずっと議論され続けてきた話で、これから先も議論されていくんだと思うのです。


 まぁ、なんつーか。
 「処女厨キメェ」の6文字で終わらせられるほど単純な話じゃないですよ、という話。


りびんぐゲーム 1 (1) (ビッグコミックス)りびんぐゲーム 1 (1) (ビッグコミックス)
星里 もちる

小学館 1991-09
売り上げランキング : 980031

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 漫画読み雑記 | 18:07 | comments:25 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

考察:貧乳が好きだからって、おっぱいで女性を判断したりしないですよ

 言葉は難しいです。
 “一つの言葉”で物事を形容してしまえば、それ以外の全ての要素が見えにくくなってしまう……今日はそんなお話。


 「やまなしと言えば貧乳好き」
 気付けば4年前、自分がこのHNを使い始める前からそんなことを言われ続け……その言葉に偽りはないのだけれど、別に僕は「貧乳好き」の成分だけで構成されているワケでもなくて。「貧乳好き」以外の部分がいつしか目に映らなくなっていたのかなぁと思いました。


 ここ最近『かんなぎ』についての記事を書く機会が何度かあり、自分はその度に「つぐみ派である」と主張してきたのですが……その記事を受けて、「え?やまなしさんって貧乳好きなのに、(ナギじゃなくて)つぐみ派なの?」という反応を頂きました。お一人ではなく複数人から。


 『かんなぎ』を知らない人のために簡潔に説明すると、ヒロイン3人はこういう配置になっております。

 ナギ(Aカップ)<つぐみ(B~Cカップ)<ざんげちゃん(D~Eカップくらい?)



 で、本来Aカップ(貧乳)が好きであるはずの僕やまなしが、Bカップ以上のつぐみを好きだというのは意外だった……と。ふむ、確かにそう思う気持ちも分からなくはないです。ただ、このことは僕の「貧乳好き」というプロフィールと何一つ矛盾はしません。大事なことなので大きな文字にして書きますよ?




 僕はAカップのおっぱいが好きなんであって、Aカップの女性が好きかどうかは別の話なんですよ。

 ………
 ……ウソみたいだろ。このブログ、たまにウチの両親も読んでいるんだぜ(生まれてきてゴメンなさい)




 マジメな話をします。
 好きになった女性……僕の場合は二次元の女性ですが、そういう女性が貧乳だったら「リーチ一発に裏ドラが載ってウマー!」状態なのは確かです。でも、僕は最初から「一発がつくはず」とか「裏ドラが載るはず」なんて思ってリーチをかけませんし、貧乳かどうかで好きになる女性を選ぶこともないんです。恋愛って「選ぶ」とかそういうことじゃないですしね!

 僕が『Fate』で一番好きなキャラは桜ですし、『ガンダムOO』ではクリスティナでしたし、『パンヤ』ではアリンでしたもの。非貧乳どころか巨乳ヒロインで好きなキャラも沢山います。
 貧乳と巨乳では貧乳の方がエロイと僕は思いますけど、だからと言って「貧乳かどうか」で女性を判断したりはしないんですよ!貧乳も巨乳も“両親から与えられた大切なおっぱい”に違いないのです。おっぱいは全て大事。小さくても大事。


 一見、すげえ道徳的なことを書いているように見えて……↑の例を見ると、むしろ「タレ目かどうか」の一点で判断しているような気もしますけどねっ!




 で、自分は10代の頃からずっとこんなカンジだったのですけど……
 男友達と話していると、自分は結構ズレているのかもなぁと思うこともありました。僕は上に書いたように「おっぱいの小ささで女性を好きになったりはしない」んですけど、(非ヲタな)男友達は「いや、胸の大きさはベスト3に入るくらい重要な判断材料でしょ!」と言ってくることが多いです。
 
 小さいのが好きか大きいのが好きかはまぁ置いといて―――
 ベスト3って結構なとこじゃね?内面とかも含めて?「TPOを弁えられる」とか「目上の人には敬語を使える」とかよりも、おっぱいの大きさって重要なのか??

 「クラスメイトの女子の大きさくらいは把握しているのがフツー」「むしろ初対面の時に胸の大きさを確認してから話し始める」と言われたこともあって、自分は驚いたとともに「そういう人間もいるんだなぁ」と感心したものでした。自分が創作活動でそういった描写に気を使っているのは、今日書いたような“自分とは違う考えの人”に感銘を受けた経験があるからこそなのかも知れませんね。


 この記事を読んでいる男性陣の皆様はどうですか?
 おっぱいで女性を判断していますか?


B0014Y039Oガンダムヒロインヒストリー2 ~機動戦士ガンダム00編~ (BOX)

バンダイ 2008-07-11
売り上げランキング : 18528

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 逆なようで、同じような話。
 実を言うと、自分にとっても「『かんなぎ』のつぐみが好き」というのは驚きだったりします。それこそが『かんなぎ』が『かんなぎ』らしいところと言いますか………


 僕、多分…初めて「幼なじみ」のキャラを好きになったと思うんですよ。
 「幼なじみヒロイン」は、「メガネっこ」「スクール水着」と並んで自分が苦手なジャンルだったのです。

 つぐみもポジション的には「世話好きの幼なじみ」だと思うんですが、「世話好きだけど料理は卵焼きしか作れない」ことに代表されるように、「幼なじみ」の王道路線からは外れたキャラだと思います。

・メインヒロインではない
・主人公に片想い
・貧乳でも巨乳でもないが、主人公が巨乳派なのでコンプレックスがある
・体型にもコンプレックスがある
・世話好きだけど卵焼きしか作れない
・「私って何てイヤな女なんだろう」と常日頃思っている


 どうですか、この歪みっぷり!愛しすぎるじゃないですか。
 そして、このコンプレックス具合が、どうにも自分が抱いていた「幼なじみヒロイン」のイメージとは違っていたんですよ。いや、正確に言うと……僕が苦手だったのは「幼なじみヒロイン」ではなく、「幼なじみヒロインに抱いている勝手なイメージ」だったのです。

 当然ながら、全ての「幼なじみヒロイン」が“メインヒロイン”で“両想い”で“カンペキな体型でコンプレックスなどなく”、“料理が得意”というワケがないんですよね。「貧乳」という外側部分だけで女性を判断しないと言っていた僕が、「幼なじみヒロイン」という外側部分だけでこれまでは敬遠してきたというか………
 それに気付かせてくれた『かんなぎ』は素直にスゲーと思いますし。つい最近の非処女騒動に代表されるように、王道のようで王道から微妙にズレるその手法が良くも悪くも話題になるのかなぁと思いました。どことなく、冨樫義博作品に通じる匂いがあるというか。


 とりあえず、つぐみはいつまでも処女でいて下さい。


4758061173かんなぎ 6 (6) (REX COMICS)
武梨 えり

一迅社 2008-11-08
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ヒンヌー | 17:54 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

WEB拍手メッセージへの返信(11月17日~11月23日分)

【今週のPROデザイン】

「ジャパンブルー」
 ニッポン!ニッポン!
 背番号9は松井大輔の番号!
 毎週1つくらいは「PROデザイン」を作れたらイイなぁと思います。ちなみにコレは母の家。


 うーむ…芸術の秋
 後ろはこんなカンジです。
 帽子は「おにいさんのぼうし」で、僕が作ったワケではありません。


 昨日書いたファーストインプレッションの補足。
 「PROデザイン」は色は豊富にあるんですけど、全ての色を使えるワケではなくて、16種類のパレットの中から1つ選んでそのパレットの中の色を使うということみたい。ちょっと残念ですが……着て歩ける仕様なことを考えると、そのくらいの限定は仕方ないか。
 あと、「ポインターでは真っ直ぐな線が引けない」と思っていたら、Windowsの「ペイント」のように“直線”や“四角”や“丸”を描く機能がありました。コレは何気に便利です。ペイントで絵を描いていた頃を思い出しました。


 引き続き、フレンド登録募集のお誘い。
 「やまなしと登録してやんよー」という人は、コメント欄かWEB拍手にてフレンド番号をお教え下さい。他の人には番号を見られたくないという場合はコメント欄でも「管理者にだけ表示を許可する」をチェックすればイイと思われ。Wiiの場合は相互に番号登録しなければ何も起こらないと思うんですけどね。

【フレンド登録のお誘い】
どびん村・レイ(Wiiスピークあり)
 0602-9794-8681

B0012X8KP6adidas(アディダス) 日本代表 ホーム レプリカジャージー 720986 ジャパンブルー 08822

adidas(アディダス)
売り上げランキング : 7084

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 というワケで、先週分のWEB拍手返信です。↓

≫ 「続きを読む」

| WEB拍手返信 | 18:28 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

そのキャラの「中の人」とは誰のことなのだろう?

 僕がまだアニメヲタクになる前の話。
 知り合いに「ヲタクってのはキャラと声優を同一視しているからキモチワルイよな」と言われ、当時あまりアニメ文化に詳しくなかった自分は「そういうものなんだ」と思ったことがありました。
 今になって思えば、それは“アニメヲタク”ではなく“声優ヲタク”のことを言っていたのだと思いますし。“声優ヲタク”の方がむしろキャラと声優さんを別個に考えられると思うので、それは単にソイツの偏見だったのだと分かっています。

 だってさー、声優さんに詳しい方が「この人が演じたキャラは○○と××と△△と……」と認識しているワケで、どうやってその状況でキャラと同一視できるんでしょうか。声優さんが好きで声優さんのラジオを聴いたりすると、自分の言葉で喋っているのを耳にするワケで、キャラではない、その人本人の存在を認識してしまうじゃないですか。


 喩えば、僕は『かんなぎ』のつぐみが大好きですけど、つぐみの「中の人」たる沢城みゆきさんがラジオで沢城みゆきとして喋っているのを何度も聴いていますし、つぐみと沢城さんが全く別な思考を持っていることも知っています。
 沢城さんは「べ、別に好きでこんな服着ているワケじゃないんだからね!」なんて言いませんし、つぐみも監督にタメ口きいて「20も下のヤツにタメ口使われるとは思わなかったよ!」とか言われないと思います。

 声優さんは役者であって、キャラそのものではないですからね。
 最近の流行な話題で言えば、もし仮につぐみが非処女だったら僕は怒り狂った後に全ての記憶を消去しようと試みようとするだろうけれど、沢城さんが非処女がどうかなんてことには僕は心底興味がありません。


 まぁ、これは僕が声優さんを「役者」として観ているからで、アイドル声優を「アイドル」として観ている人というのはまた違ったことを考えるんでしょうけど……その場合も、キャラと声優を同一してしまう人ってごく稀じゃないかなーと思うのです。




 つーかさ。
 さっき敢えて「中の人」という言葉を使ったんですけど、アニメキャラに対して声優さんが関われるのって「声」と「演技」くらいですよね。「発する言葉」を考えるのは脚本家の仕事ですし、「表情」を考えるのは恐らく演出家の仕事でしょうし、実際に「顔」を描くのはアニメーターの仕事でしょうし、それらを「統括」するのは監督でしょうし、そうした「人材」を集めて予算編成をするのはプロデューサーでしょうし、そういった「日本アニメの雛形」を作り上げたのは手塚治虫先生でしょうし―――

 まぁ、後半は冗談ですけど(笑)、果たしてどこまでが「中の人」なのか?という疑問はあります。
 「俺が萌えているのはつぐみか、沢城みゆきか?」という疑問を持つのなら、「それとも、俺が萌えているのは脚本を書いている倉田英之なのか?」「原作者の武梨えりなのか?」「名前も知らないアニメーターなのか?」というところまで考えなければならないのでしょうか?

(関連記事:俺はアリンに萌えてるのか、川澄綾子に萌えてるのか



 喩えば、拙いながらも漫画描きの端くれである僕の話をすれば……僕の描く作品のキャラを好きだと言って下さる人もいるのですが、それは別に僕のことを好きなワケじゃないですよね。キャラは僕ではなく、僕はキャラではない。当たり前です。僕はプライベートでメイド服を着たりしません。

 それでも、最終的に台詞を考えるのは僕ですし、表情を決めるのも僕ですし、顔を描くのも僕です―――たった一人で作業を進める漫画においては、「中の人」は作者以外にはありえないのかも知れません。(その論理で言うと、つぐみの「中の人」は武梨先生になる)

 でも、やっぱりその考えは自分にはしっくり来ないんですよ。(漫画家の数だけ描き方があると思いますけど、)僕の場合、どっちかというと「降りてくる」感覚ですもの。台詞も表情も顔も。
 それを微調整したり形にするのは僕の仕事ですが、描き上がってみてようやく「コイツ、こんな顔してんだ!」と思うくらいですもの(笑)。出来上がった原稿を見て「コイツ、いい表情をするなー」とか。あ、これ、俺が描いたんだった、みたいな。




 なので、僕自身は「キャラはキャラ」だと思うのですよ。
 つぐみの「中」にはつぐみしかいないというか。

 「中の人」という言葉は一般的には「そのキャラを演じている人」という意味で使われているのでしょうし、それはそれで見事な比喩表現だと思うのですが―――つぐみは沢城さんじゃないし、倉田さんでも武梨さんでもないんだと思うのです。どっちかというと、つぐみの原型があって、漫画家やら声優さんやら脚本家やらがそこにペタペタと肉付けしていって“つぐみという一人のキャラクター”が出来ていくカンジ(もちろん漫画の時点で一旦は出来上がっているのだけど)


 なので、僕は「キャラと声優を同一視している」という人が本当に実在するのだろうかと疑問なのです。「キャラも好き、声優さんも好き」というのは凄く良く分かるけど、その二つは別にイコールではないだろうと。


4758060150かんなぎ 1 (1) (REX COMICS)
武梨 えり

一迅社 2006-08-09
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
4758060657かんなぎ 3 (3) (REX COMICS) (REX COMICS)
武梨 えり

一迅社 2007-08-09
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 18:05 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT