やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

≫ EDIT

『翠星のガルガンティア』で描かれている「命の構造」の違い

※ この記事はテレビアニメ『翠星のガルガンティア』第3話「無頼の女帝」までのネタバレと、テレビアニメ版『魔法少女まどか☆マギカ』全12話のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。



 『翠星のガルガンティア』が面白い!
 このアニメは『魔法少女まどか☆マギカ』でアニメ脚本家としても高い注目を集めた虚淵玄さんがシリーズ構成を務めている作品ということで放送開始前から話題になっていましたが、それ故に『まどか☆マギカ』に通じるもの・『まどか☆マギカ』とは違うものが見えてきて、『まどか☆マギカ』とは何だったのかな―――と、放送終了から2年経った今に再び考えるきっかけにもなってくれました。



 『まどか☆マギカ』って「構造」の話だったと思うのです。
 「構造を理解しているキュゥべえ」と「構造を理解していない少女達」の間で。
 視聴者としては「構造を理解していない少女達」に近い視点で物語が始まるのですが、第2話の「正義の魔法少女が悪い魔女をやっつける」という一見すると勧善懲悪的な描写の中にも、ソウルジェムの件やほむらの存在など「なんだこの設定……?」と構造への違和感があって。

 “魔法少女が魔女になる”という「構造」を知った少女達は苦しみ追い詰められるのだけど、最終的には「構造を理解した上で」まどかは魔法少女になることを選び、「構造を変えて」「新たな構造を作る」側に回る―――という結末でした。



 自分は観ていなかったので聞いた話ですが、虚淵さんがストーリー原案を務めた『PSYCHO-PASS』も「社会構造」の話だったそうですし。これは虚淵さんの作風なのかなーと思いつつ、今日の本題の『翠星のガルガンティア』に入ります――――






 『翠星のガルガンティア』は、異なる二つの「社会構造」に生きてきた登場人物達が出会う物語です。
 「人類銀河同盟」で戦士だったレドと。
 「地球」に暮らすガルガンティアの面々。

 『まどか☆マギカ』は「構造を理解している者/理解していない者」のギャップでしたけど、『ガルガンティア』は「異なる構造で育った者」というギャップ。彼らは異なる「死生観」を持ち、「命」に対する認識も異なるのです。
 だから、第2話のこのシーン―――自分が凄く好きなシーンなんですが、


チェインバー「水棲生物の“死骸”である」
レド「死骸!?」

レド「……どうしろと?」
チェインバー「無害な食料と推測」
レド「まさか食えって言うんじゃ!?」
チェインバー「友愛の儀式と推測される」
レド「し、死骸だぞ!?」



 このシーンの直前にレドはウィダーインゼリーみたいな食料を取っていて、「このままでは食うものもなくなるからコールドスリープも考えろ」とチェインバーから提案をされていました。
 そこにエイミーがやってきて食料を施そうとするので視聴者は「良かったじゃん、レド!」と思った矢先に、レドは「し、死骸だぞ!?」と恐怖におののくという(笑)。


 このシーンは「文化的な違い」「科学技術的なレベルの違い」を表すだけでなくて、彼らが“命”をどう認識しているかという「死生観の違い」を表している見事なシーンだと思うのです。



 私達は――地球に暮らしている視聴者も、ガルガンティアに暮らす人々も――言ってしまえば「動物や植物の死骸」を加工して食べて生きています。肉や魚だけでなく、白米もパンも元々は生物です。“他者”の命を奪って食すことで私達は生きることが出来ているんです。逆に言えば、“他者の命”がなければ私達は生きていけないんです。

 レドはそれを“死骸”と呼んだ。
 人類銀河同盟での食事はみなゼリー状のものなのか、あれはパイロット食であって、植物の死骸ならOKなのかとかの設定は分かりませんが―――レドは、というか人類銀河同盟の人間は、“我々とは違う「死生観」で生きている”ことがあの短いやり取りの中に凝縮されているのです。




 『まどか☆マギカ』の経験から「これは終盤の重要な伏線になるに違いないぞ!」とワクテカしていたら、第2話~3話であっさり使われてしまいました(笑)。
 エイミーに仲間を助けてと頼まれたレドは、海賊を皆殺しにしてしまったことでますます孤立無援になってしまいます。レドの「死生観」では何も間違ったことではなかったのだけど、地球の「社会構造」の中ではルール違反な行為だった。



レド「敵の排除に理由が必要なのか?」
ベローズ「……!
 ……宇宙じゃどうだか知らないが、ここでは殺生は何よりも戒められている」
レド「生物を殺して食用とすることは、問題とされないのか?」
ベローズ「確かに私達は魚や鳥を殺して食っているさ。
 でも、それだって自分達が生きるのに必要な分だけだ。無駄な殺生はしちゃいない」



 『まどか☆マギカ』は「構造」を理解しないまま少女達が行動をしてしまい、悲劇へと突き進んでしまった―――それに比べると『ガルガンティア』は対話を続ける。お互いの「社会構造」をちゃんと話し合い、相手が何故そうするのかを理解しようとしている。

 もちろんここから先の展開がどうなるかは分かりませんけど。
 お互いの異なる「構造」を理解し合おうとするこういう描写は、すごく、好きです。





 また……人類銀河同盟が我々とは違う「死生観」で生きていることが分かるシーンが第1話にあります。

チェインバー「貴官は生存し、繁殖するに相応しい優秀な人類であることが証明された。
 栄誉であり、歓喜すべき成果である」



 レドの軍務時間が規定時間に達したため、「自由飲食」や「生殖の自由」が認められた際のチェインバーの台詞。宇宙では「命」は「全ての命が大事」ではないんです。生き残ることも、種を次世代に残すことも、「優秀な人間」でなければ許されないんです。


 そういう「命の構造」で生まれ育ったレドが、地球で何を想うのか――――
 これは生殖と繁殖シーンが描かれるに違いない!妊婦さんヒャッホイ!!




 ……というのはまぁ、置いといて。


 一つ一つのシーンは、SFアニメでよくある描写だと思います。
 兵士と一般人では命の考え方が違うから、「何故敵を殺してはならない?」とかさ。
 優秀な人材を生み出すために、優秀な人間だけに生殖が認められるとかさ。
 地球での食事に、宇宙育ちの人間が戸惑うとかさ。

 「違う文化圏で生きていた者同士が出会う」のはSFの定番ネタだと思います。


 しかし、『まどか☆マギカ』でありがちな「魔法少女アニメとは何か」を構造的に描こうとしたように、『ガルガンティア』ではありがちな「SFアニメとは何か」を構造的に描こうとしていて―――究極的には「命とは何か」まで踏み込んで描くつもりじゃないかなと思うのです。

 そう考えると、キャラクターデザイン原案がエロ漫画家の鳴子ハナハル先生なのも意味深な気がします!女性キャラクターがみんな肉感的でムチムチで男性の本能を直撃しようとしているのも、これは「命とは何か」を描くためなんですね!そうなんですね!エロスこそが生命の源!


 ……まぁ、私はヒンヌー派なんで、もうちょっとヒンヌー要員が多ければなぁと思っていますが。


翠星のガルガンティア Blu-ray BOX 1翠星のガルガンティア Blu-ray BOX 1

バンダイビジュアル 2013-07-26
売り上げランキング : 38

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 17:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

オチだけ知っている名作を楽しめるか

 名作とは語り継がれるから名作なのであって、その作品自体は観たことがなくても、観た人が言っている「あの作品の○○が最高だったよなー」という情報だけは知っていたりするものです。
 そして、大抵の場合、その“最高”の部分はその作品にとって一番重要なシーンだったりするのです!ネタバレ!ネタバレですからそれ!


・犯人の名前だけ知っている推理ゲーム
・最後に主人公が死ぬことだけ知っている名作アニメ
・叙述トリックがオチだということだけ知っている映画
・最後にヒロインの一人が主人公ともう一人のヒロインを惨殺して終わることだけ知っているアニメ



 具体名は出しません。
 私はこれらの作品を観たことがない(プレイしたことがない)のですが、作品の存在を知ったと同時にオチも知ってしまったので、「面白いよ!」と薦められても「でも俺、オチ知ってるし……」と興味が湧きません。オチを知っているだけで既に観た気になっているというか。


 自分はもうずっとネタバレやめれと言い続けているせいか、「オチを知っていても、それまでの過程を楽しめばイイじゃないか」ということを頻繁に言われます。「ストーリーを知っていても演出を楽しめばいいじゃないか、例えば古典落語がうんぬんかんぬん」とも言われます。古典落語とか関係ねえし、俺は別に古典落語ファンでもないから「そうか!古典落語と同じように楽しめばいいんだね!」なんて思えねえから!!!!




 まぁ、そんなカンジで「オチだけ知っている作品」を積極的に観ることはこれまではなかったのですが……

 先日、初めて映画『猿の惑星』を観ました。
 これこそ典型的に「オチが超有名」な作品ですよね。

 自分が生まれる前の映画ですし、自分がこの作品の存在を知ったときにはもう「あのオチ」は知ってしまったので、一度たりとも観てきませんでしたし観たいとも思ったことがなかったのですが……10月にテレビ東京の午後のロードショーでやっていたので、録画して先日ようやく観終わりました。

 録画してから2ヶ月後に観終わるくらいのテンションではあったのですが、意図的に今まで自分が遠ざけていた「オチだけ知っているからといって食わず嫌いしてきた作品」にチャレンジしてみようかなとちょっと思ったのです。




 で、結果。
 想像していたより面白かったです。

 当時の制約の中でこんなことまで表現していたことや、想像以上に人間くさかった猿達のキャラクターや、場面場面の緊迫感などなど……オチを知っていても見所は凄く多かったです。「食わず嫌いしていないで観て良かったな」と思いました。



 ただ、一つ。
 「オチだけ知っている」状態で観始めたから仕方がないんですが……





 あのオチはバレバレじゃないの?


 そりゃ正解を知っていればどんな難問も解けるだろうって話。
 オチに向かって丁寧に伏線を張っている作品であればあるほど、「オチだけ知っている」状態だと「こんなに分かりやすく描かれるとバレバレじゃないのか」とか思ってしまうという。バレバレも何も、知っている状態で観ているんだから当然なんですけど(笑)。

 でも、英語を喋った時点でフツー気付きませんかね……(※ ネタバレ防止のために文字色を反転しました)




 流石にこのブログを読んでいる人の中に、初代『猿の惑星』をリアルタイムに観ていた人はほとんどいないと思うんですが……オチを知らずに観たよって人は、最後まであのオチに気付かなかったかどうかを教えてくださるとありがたいです。
 インターネットで検索すると「誰もが驚いた衝撃の結末!」とか書かれているんですけど、私は全然驚きませんでした。だって、映画を観る前から知っていたもん!



 ということで……
 「オチだけ知っている」状態で観た自分には、「オチを知らない」状態で観た人の楽しみ方が出来なかったんです。「あんなオチは衝撃的だ!」と絶賛することも、「あのオチはバレバレだよー」と酷評することも出来ないんです。

 「うん、知ってる。こういうオチだよね」という確認をするだけ。
 「これを知らない人はどう楽しんだんだろうね」と、妄想することくらいしか出来ないんです。




 いや、『猿の惑星』面白かったんですよ?
 オチを知ってても観て良かったと思います。


 でも、多分……
 「オチを知らないで観て、あのオチに驚いた人」の楽しさの50%も楽しめなかったし、「オチを知らないで観て、あのオチにガッカリした人」のつまらなさの50%もつまらなくはなかったんです。


 ある意味で、ネタバレというのは「安定させる」効果があるのかも知れません。
 驚きもしないしガッカリもしないし楽しくもないしつまらなくもない―――「観た人によって100点か0点に意見が分かれる」ものを一律50点にしてしまうというか。


猿の惑星 [Blu-ray]猿の惑星 [Blu-ray]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2010-07-23
売り上げランキング : 7006

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 この話は「猿の惑星のネタバレするんじゃないよ!」って話ではないです。
 50年以上前の映画なんだからそこをとやかく言う気はありません。


 この話の本質は「リアルタイムじゃないと分からない楽しみがある」ということだと思うのです。
 1968年の人々が受けた衝撃を、2011年の私が同じように受けるのは難しいんです。



 Twitterで自分をフォローしてくれている人には「アニメ好き」の人が多いんですけど、その中には「放映中の深夜アニメを片っ端から録画して評判のいいものだけを後でまとめて視聴する」って人が結構いるんです。自分はそういう人達を「文明の機器を使いこなして効率よく楽しんでいる人達だ!すげえ」と感心しています。
 自分は放映開始前に決め打ちで「今季はコレとコレとコレでいこう」みたいに視聴しているんですが、そうすると自分がノーチェックだった作品がものすごく話題になっていて「キーーーーッ」ってなることがありますもの。今で言えば『輪るピングドラム』とか。ちくしょー観ておけば良かった、と。



 でも、「評判のいいものだけを視聴する」というスタイルだと、出来ない楽しみもあるんですよね。

 例えば、『まどか☆マギカ』の時。
 ネット上でも話題になって「なんかすげーアニメがやってるらしいぞ」と盛り上がったのは、第3話の「あのシーン」以降で。『まどか☆マギカ』自体は観たことがないけど「あのシーン」だけは知っているって人も多いくらいなんですけど……

 リアルタイムに1話から観ていた私達は、「あのシーン」が来ることなんて分からなかったワケです。
 「え?何?普通の魔法少女モノなの?」「でも、このスタッフだし、普通のモノを作るかなあ」「この辺とか不吉な伏線に思えなくもないけどなあ」と思いながら観ていて、第3話で「やっぱりキタアアアアアアア!」と衝撃を受けられたのです。


 まぁ!私は、放送が1日早かった関西組からのネタバレ直撃してて知ってたんですけどね!
 だからずっと、「マミさんフラグ立てすぎでバレバレだろ……」と確認するだけの作業でしたけどね!




 そんな恨み言はさておき。
 「評判も知らずにリアルタイムで観る楽しみ」と、「評判を知ってから観る楽しみ」は別物で。
 「事前情報を何もない状態での楽しみ」と、「オチをネタバレされている状態の楽しみ」もまた別物なんだろうなーと思った次第です。それを改めて確認できたという意味でも『猿の惑星』は観て良かったです。


(関連記事:乗り遅れたものに、後から乗った方が楽しい場合もあるさ
(関連記事:「続きが気になる」型エンタテイメント
(関連記事:「続きが気にならない」型エンタテイメント


魔法少女まどか☆マギカ DXフィギュア vol.1  巴マミ魔法少女まどか☆マギカ DXフィギュア vol.1 巴マミ

バンプレスト
売り上げランキング : 5340

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ひび雑記 | 17:56 | comments:13 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「絶対に負けられない戦い」に負けたらどうなる?

※ この記事は
・アニメ版『魔法少女まどか☆マギカ』
・漫画版『ドラゴンボール』
・漫画版『幽遊白書』
・漫画版『スラムダンク』
・アニメ版『機動戦士ガンダム』
・アニメ版『けいおん!』

のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。



 いきなり『まどか☆マギカ』クライマックスの話から。
 自分はやっぱり11話のほむらの描写に「脚本すげえええ!!」とやられた感を味わいました。

 言ってしまえば「タイムリープ」って無敵の技だと思うんですよ。
 「負けそうになれば過去に戻ってしまえばイイ」ですし、実際にほむらはそうやって何度もワルプルギスの夜と戦ってきました。だから自分は11話を観るまではそれほど緊張感を持たずに観ていたんです―――しかし、11話冒頭でキュゥベエがそれを挫きました。

 ほむらがタイムリープするごとにまどかの魔力が跳ね上がっている

 その事実に気付いたほむらは死の際に追い詰めながらタイムリープできない―――
 冷静に考えると、ほむらが死んだらまどかも殺されるか、まどかが魔法少女になってほむらの代わりにワルプルギスの夜を倒して魔女化するしかなかったので。ここでほむらが躊躇することにはイミがないんですけど、冷静に判断できないあの状況まで追い込んだシナリオはとてつもなかったと思います。




 「負けたらどうなる?」を読者・視聴者に見せられるかがバトルものの肝になるんですね。
 読者・視聴者としても「負けたら大変なことになる」「負けて欲しくない」と思わせてもらえないとハラハラドキドキ出来ないワケです。その“背負っているもの”の重さがそのままその勝負の緊張感・緊迫感に繋がるのです。



 『ドラゴンボール』について。
 ピラフ一味のような例もありますが、初期の彼らは「ドラゴンボールを集めたい」「天下一武道会で自分の強さを計りたい」という極めて個人的な欲求で行動を始めています。
 典型的なのが、天下一武道会で悟空と戦ったナムさん―――このキャラは干上がってしまった故郷に水を買って帰るため、賞金を得ようと天下一武道会に出場しているのです。読者としても「悟空には負けて欲しくないけどナムさんにも勝たせてあげたい……」と、両方に感情移入させる作りになっているんですよね。

 これが、レッドリボン軍編→ピッコロ大魔王編→サイヤ人編→フリーザ編→人造人間編→魔人ブウ編となっていくと「ここで悟空が負けると世界がヤバイ」という描き方になっていきます。
 レッドリボン軍編はまだミクロな目的で「村のために」や「ウパの父ちゃんのために」というところから始まって、ついでにレッドリボン軍が壊滅させられた感があるのですが(笑)。ピッコロ編からは圧倒的な力で世界を滅ぼそうとする相手に、たった一人立ち向かえるのは悟空だけだという構図になっていきます。


 読者としても「こんな酷いヤツらに負けちゃダメだ、悟空!」という気持ちにさせられるんですよね。
 ふとこの記事を書きながら思ったんですけど、フリーザ編によるナメック星の描写や、人造人間編の未来の描写なんかは、ifの結果としての「滅んだ世界」を読者に見せつけることでより「負けちゃダメだ」感を強める意図があったのかもですね。




 次の事例、『幽遊白書』。
 この視点で『ドラゴンボール』と比較すると面白いんですけど、霊界探偵編初期って「子どもの魂を救うため」とか「ヒロインの命を助けるため」といった身近な目的を背負って戦うんですよね。
 幽助って別に霊界探偵になりたくてなったワケじゃなくて、なし崩し的に戦わされているので、そこに人助けの理由付けをしているという。背負っている「命の数」は大した数じゃないかも知れないけど、その「一つの命」に感情移入させるという手が取られています。

 典型的なのが垂金編で、見た目も行動も最悪で読者としても嫌悪を感じざるを得ない垂金が虐待をしている“優しくて動物が好きな美少女”を助ける――――すっごく分かりやすい構図ですよね。ここで垂金をやっつけて「垂金さんかわいそう!」って意見はほとんど出ないようにしている。

 コミックスのカバー裏で冨樫先生は「正義の味方だって人殺しをしているんだから、そこに理由を付けなきゃならない」といったことを書いていましたけど、まさにその通り。冨樫先生は意図的に王道作品をちょっとナナメに見た作品を描くスタイルだと後々の作品を見ると分かりますんで、計算してやっていたんだろうなーと思います。


 ちなみに、この後の暗黒武術会編や魔界統一トーナメント編は「自分のため」の側面が強くなって。
 魔界の扉編だけが「人間界のため」に戦うんですよね。だから自分は『幽遊白書』の中で一番魔界の扉編が好きだったのかも。「ここで負けたら人間界が滅ぶ」とハラハラドキドキしていましたから、少なくとも当初は(笑)。

(関連記事:“パクリ”と紙一重の“パロディ”だった『幽遊白書』




 これはバトル漫画に限った話ではないですよね。
 スポーツの場合、この試合に負けると世界が滅ぶみたいなことは滅多にありません。
 高校野球で活躍した選手が敗れて引退しても、大学野球・社会人野球・プロ野球に進めば選手の競技人生は終わりません。「負けたところでそんなに深刻な話じゃないよね」と思われかねません、本来なら。


 『スラムダンク』というバスケット漫画が漫画史上に輝く大傑作であることに異論はありませんし、僕も大好きな作品ですが、唯一納得がいっていないのが海南戦の敗戦の後です。「神奈川からは2チームがインターハイにいけるんだ」の発言。

 えっ!そんなの試合前に言ってなかったよね!!

 自分は当時、当然1チームしか全国に進めないと思っていたので海南戦にハラハラドキドキ手に汗握っていたのですが――――「2勝1敗なら全国に行ける!」と言われて「ええええええええ」と思ったのを覚えています。


 まぁ、それはさておき。
 陵南戦の前に、「次の試合は絶対に負けられない!!」と読者に印象付けたシーンがあるのです。


 「オレは3年だから……これが最後だからな。
 もしインターハイに行けなかったら…あさっての陵南戦が最後だ」


 桜木のシュート練習を手伝いに来た木暮のセリフ。
 このセリフがなくてもストーリー展開に大きな変化はないんですけど、読者の心象がこのセリフ1つで全く別のものになるんです。桜木はまだ1年だから未来があります。でも、木暮はそうじゃない。「メガネ君のためにも負けちゃダメなんだ」と読者に思わせる効果がありますし、もちろんコレが伏線になっているという。

 『スラムダンク』の中でも自分が特に好きな箇所がこの一連のシーンです。
 『スラムダンク』が大傑作となったのは、こういう描写の上手さゆえだと思うのです。





 ―――といったカンジで、「負けたらどうなる?」の描写こそが作品には重要だと伝わったらイイなと思います。パッと記憶の引き出しから出したのがこの三作品ですが、当然これ以外の多くの作品にも当てはまる話ですし、「分析する一つの軸」として捉えるのも面白いんじゃないかと思うのです。


 例えば『機動戦士ガンダム』なんかは、主人公達はあくまで「囮部隊」だというようなセリフがあって、画面で描かれているのは広大な戦場の中の一局面でしかない(主人公達だけで戦争に勝てるワケではない)と印象付けるところがあります。
 『ドラゴンボール』の「悟空が負けたら世界が終わる」とは対照的ですよね。そもそも主人公達が勝っても、味方の上層部もクズばっかだと描かれていますし。

 で、後々のシリーズ作品になると全然違う方向に進んでいくんですけど……それは際限ないネタバレになっちゃうので控えます。エゴだよそれは!


SLAM DUNK 完全版 4 (ジャンプ・コミックスデラックス)SLAM DUNK 完全版 4 (ジャンプ・コミックスデラックス)
井上 雄彦

集英社 2001-04-23
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 敵のいない作品
 ついでだからコレも書いておきますか。
 自分はかつて『けいおん!』は『ウォーターボーイズ』系の作品だと書いたことがあります。憎らしい敵が出てきてソイツに負けたくないって話ではなく、あくまで自己実現・自己達成のために頑張る話なんですよね。

(関連記事:『けいおん!』アニメ1期を観逃した人に「2期からでも!」のススメ



 フリーザや垂金のような凶悪な敵が出てくれば、彼らの悪行を描くだけで「コイツに負けるとトンでもないことになってしまう!」と読者に思わせることが出来るのですが――――自己実現型のストーリーの場合はそうはいかないので、登場人物に愛着を持ってもらって「頑張って!」「この子達に成功してもらいたい!」と思わせる必要があります。

 だから、日常の描写こそが大事なんですね。

 『ウォーターボーイズ』の場合は健気な男子高校生がまっすぐに特訓するシーンに胸打つのですし、『けいおん!』の場合は純粋な女子高校生がキャッキャッウフフしているシーンに胸熱なのですし。登場人物に男女の差はあれど、こういった描写で「この子達は応援したくなる!」と思ってもらわなければ成り立ちません。


 『けいおん』がいきなりライブシーンをやっては成立しないんですよ。



 いや……まぁね。「ちょっとは練習しろよ」と思わなくもないですけど(笑)。
 『けいおん!』って「日常系アニメ」の代表格のように言われていますし、僕も言ってきましたけど、「日常」があるからこそ彼女らの「自己実現」に愛着が持てるワケで―――実は沢山ある「日常系アニメ」の中では異端の作品だったのかもなぁと最近思っています。

 それこそ同じポニーキャニオンの『花咲くいろは』は、より「自己実現」の方に比重の強いストーリーですもんね。


TVアニメ「けいおん!!」『けいおん!! ライブイベント ~Come with Me!!~』Blu-Ray メモリアルブックレット付【初回限定生産】TVアニメ「けいおん!!」『けいおん!! ライブイベント ~Come with Me!!~』Blu-Ray メモリアルブックレット付【初回限定生産】
イベント

ポニーキャニオン 2011-08-03
売り上げランキング : 10

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 漫画読み雑記 | 16:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』各話感想メモまとめ(1話~最終話)

 半年ぶりに帰ってきました、mixiにメモしていたアニメ感想をまとめる記事です。
 過去の文章の流用だから手軽に書けると思ったら、自分の感想を読み返してコメント追記しなきゃならないのですげー時間かかる記事なのねこれ!

(関連記事:アニメ『とある科学の超電磁砲<レールガン>』各話感想メモまとめ(1~12話)
(関連記事:アニメ『とある科学の超電磁砲<レールガン>』各話感想メモまとめ(13~24話)
(関連記事:アニメ『けいおん!!』各話感想メモまとめ(1~13話)
(関連記事:アニメ『けいおん!!』各話感想メモまとめ(14~26話)


<ルール>
・1話から最終話(12話)までの感想メモをコピペ
・“最終話まで観終っている”現在の自分のコメントを赤字で補足
・なので、基本的に最終話までのネタバレを含みます
・思うがままに書いた感想なので、ところどころに間違いがあったりするでしょうが優しく許して下さいな


 ということで、今回の記事も超長くなることが予測されるので格納しました。
 続きは「続きを読む」か「記事URL」をクリックにて表示です。ではでは。

≫ 「続きを読む」

| アニメ雑記 | 18:02 | comments:1 | trackbacks:2 | TOP↑

≫ EDIT

『まどか☆マギカ』はソーシャルアニメだった

※ この記事はアニメ版『魔法少女まどか☆マギカ』10話「もう誰にも頼らない」までのネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。


 久々に書いたな、この↑ネタバレ注意……



 今更っちゃー今更なんですけど、自分は先々週まで超多忙だったために書けなかった話題です。

 昨年、GREEやモバゲーに代表される“ソーシャルゲーム”という言葉を頻繁に目にしたことと思います。CMも大量投下されていましたものね。全ての機種がインターネットに繋がる携帯電話を使うことで、他者と繋がることが前提のゲームが話題になりました。

 「無料を謳っておきながら有料DLCが半端ない」とか「これはゲームなのか?」などといった批判はゲーム好きからはよく言われましたし、自分も別に自分が手を出そうとは思わなかったのですけど……
 ポイントは「誰でも持っている携帯電話」で「みんながインターネットに繋がっている」ことを利用した、インターネット前提のゲームやビジネスモデルが出てきたことにあると思います。既存のゲーム機ではこれが出来ませんでしたからね。

 そして、このソーシャルゲームのブームを受けて任天堂の岩田社長は、色んな場所で「いやいや、元々ゲームはソーシャルなものだったよ」「ファミコンには2つコントローラが付いていたし、みんなが話題を共有した『ポケモン』や『トモダチコレクション』だってソーシャルなゲームだったじゃない」「だから3DSはすれ違い通信という新しいソーシャルな楽しみに挑戦しやすくしましたよ」と仰っていました。

 自分もその通りだと思います。
 任天堂は家族や友達やすれ違う人とのソーシャルなゲームを作り続けてきたし、昨年話題になったソーシャルゲームは携帯電話を使っての遠く離れた人とのソーシャルなゲームを提供した―――手段とビジネスモデルが違うだけで、「ソーシャルなゲーム」はずっと前からあったのだろうと。





 さて、アニメの話。
 アニメも子どもの頃はソーシャルな娯楽でしたよね。
 学校で「昨日の○○観た?」と話題にしたり、みんなで映画を観に行ったり、アニメが「共有の娯楽」だった頃があったと思います。90年代の『エヴァンゲリオン』の超ヒットの要因って実はこれが「大人向け」に機能したことにあると自分は思っているのだけど、これを話すと長くなると思うので―――そろそろ本題に入ります。



 『魔法少女まどか☆マギカ』は、間違いなく「ソーシャルなアニメ」を目指したアニメでした。
 21世紀型のソーシャルアニメ、及び06年の『涼宮ハルヒ』以後のアニメとネットとの関係を見事に使いこなした新時代のソーシャルアニメだったと思っています。作品としてのクオリティの高さもさることながら、「如何にしてソーシャルな要素を持つか」をこれでもかと盛り込んだ商品になっていました。

 それはまぁ「話題になるアニメ」と言い換えることが出来るんですけど……


 その辺の話を今日はします。


【発売延期(発売日未定)】魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]【発売延期(発売日未定)】魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]

アニプレックス 2050-12-31
売り上げランキング : 1

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

1.「話題になるようなショッキングな出来事」が各話で起こる
 この『まどか☆マギカ』、1~2話こそ普通の魔法少女モノかのように偽装していましたが、3話でマミさんが死亡、4話でさやかが魔法少女化、5話でキュゥベエの本性が見えてきて、6話でソウルジェムの謎が明らかになって、7話でさやかがぶっ壊れ、8話さやかの魔女化、9話で杏子死亡、10話でこれまでの謎が判明――――と、話題になる出来事が各話に起こりました。

 普通のアニメの場合、スタートダッシュに気合入れて最後も頑張るのだけど中盤は中だるみ……ってことが多いのですが。『まどか☆マギカ』は「他が中だるみになっているであろう6~9話くらいが勝負だ!」とばかりに、話題性の高い出来事が次々とちょっとずつ起こりました。


 「話題性の高い出来事が起こる」→Twitterなどで話題にする人が増える→「こんなに話題になっているのか…」と気になる人が増える


 もちろん2ちゃんだろうがブログだろうがニコニコ動画だろうが「話題になる」ことは大事だと思うんですが、それらの場所と比べてTwitterは「作品に直接興味がない人でも目にする機会が高い」場所だというのが重要なんだと自分は思っています。
 つまり、『まどか☆マギカ』に興味がないから2ちゃんのスレもブログの記事も観ていないよって人が、フォローしている他のアニメクラスタが散々『まどか☆マギカ』の話題を出していれば気になっていくよね―――というのが分かりやすい事例。


 普通の深夜アニメは話数が進むたびに「視聴者が減る」傾向がどうしてもあるのですが、『まどか☆マギカ』は少なくとも中盤までは「逆に視聴者が増えた」という話を聞きましたし。「途中からだけど観始めました」という声は多かったです。



2.考察したくなる謎の小出し
 このアニメ、序盤はかなり「よく分からない」状態のまま進んでいくんですよね。
 第1話のほむらのセリフもそうだし、第2話のキュゥベエの魔法少女と魔女の説明、マミさんのグリーフシードの説明などなど……説明不足で腑に落ちないまま話が進んでいくのですが、こうして敢えて謎を残すことで話題にさせるというのは『エヴァンゲリオン』なんかでもあった手法です。


 第1話の時点でほむらがまどかに

 「貴女の前にキュゥベエというぬいぐるみのような形状をした化物が現れて魔法少女になれと催促をしてくるでしょうけど、その言葉に乗ってはダメ。肉体から魂を抜かれてゾンビにさせられる上に、やがてその魂も穢れて恐ろしい魔女という怪物になって人類を消滅させることになるわ。騙されないで」


 と言っておけば良かったと自分は思うんですけど、実際に言ったのは以下の通りでした。



 「貴女は鹿目まどかのままでいればいい」




 回りくどいよっ!!

 こんなんじゃ全然意思が伝わらないよ!おかげでまどかは何度も契約しそうになったしさ!!


 ま、まぁ……「全部説明しても信じてもらえなかった」と7話で言っていたし、10話の過去編でその辺は描かれていたんで矛盾ではないんですけど。それ以上に、視聴者に対して真実を見せないことで、考察の余地を残したという目的もあったんだと思います。



3.「誰も予想できないような展開」には絶対にしない
 実はコレ、かなり重要な話だと思います。
 1の「ショッキングな出来事」と矛盾した要素のように思えるかも知れませんが、『まどか☆マギカ』のショッキングな出来事は実は伏線通りなので「予想した通りの展開だった」という人も多かったんじゃないかと思います。

 「魔法少女が魔女になる」という設定は2話の時点で予想していた人はいましたしね。
 さやかのあの性格も序盤から指摘していた人は多かったですよね。



 というのも、伏線を無視したような突飛な展開ばかりをする作品というのは、「今ある伏線を一つ一つ大事に見ても意味がないんだ」と気付かれて考察が盛り下がっていく傾向にあるんです。
 具体的な作品名は出しませんけど、「とりあえず誰も予想できないような展開を起こそう」という劇薬みたいな作品ってあるじゃないですか。それはそれでエンターテイメントなんですけど、「考察の話題」には向かないんですよね。

 『まどか☆マギカ』はきっちり伏線を回収しているので、正直「これは予想通りの展開だ」という人も少なくなかったと思います。それはきっと狙い通りです。「クラスの誰もが答えられないなぞなぞ」はなぞなぞとして失格なんです。「クラスの4~5人しか答えられないなぞなぞ」が難しいなぞなぞなんです。



 1話のほむらのセリフや表情、2話のキュゥベエの魔法少女の説明―――観返してもらえば分かりますけど、真実を知った後で観ても何一つ矛盾していないんですよ。
 これはDVD&ブルーレイの商品展開にとっても大事な話ですね。DVD&ブルーレイは基本的には「観るのは2度目」って人に向けた商品なので、「とにかく予想外の展開を」よりも「二回目を観ても納得できる」ことが大事なんです。



4.原作なしのオリジナルアニメであること
 「オリジナルがヒットしにくい」傾向にあったここ数年の深夜アニメ業界でしたが。
 『まどか☆マギカ』はまさに「オリジナルだからこそ話題になった作品」でしたよね。

 原作がある場合、原作を読んでいる人は先の展開を知っているので、毎週毎週「まさかこんな展開になるなんて!」とは盛り上がりませんし、「この後どうなるんだろう?」と話題にはなりませんよね。


 もちろんビジネスモデルが違うだけの話なんですが。
 『とある魔術の禁書目録II』なんかは、原作を読んでいない人が「え?これはどういう意味なの?」と訊いて、原作を読んでいる人が教えてあげる――みたいな流れがあるそうで。それはそれで面白い連鎖だと思うんですけど、話題性ということに関しては若干パワーが弱まってしまいますよね。



 『まどか☆マギカ』は漫画版もあるんですけど、これは「雑誌連載なし」「ほぼアニメと同じストーリー」「アニメのちょっと後追いで発売される」という異例の漫画化です。アニメに合わせて漫画版も雑誌連載が始まるメディアミックスは珍しくないですけど、こういう形は初めて見ました。

 当然、もし雑誌連載があったら「雑誌を読んでいる人は先の展開を知ってしまう」のでアニメの話題性も弱まる―――という判断の上での戦略だと思われます。



5.「話題になっているから後から追いかけよう」がしやすい商品展開
 これも重要な話。
 どれだけTwitterで話題になっていても、後から追いかける手段がなければ「話題になっているけど今放送しているのが4話とかだから今更観始められないなぁ……」と思われて終わりです。「レンタルDVDが出揃ったら観ようかな」と考えていたら1年後とかの視聴になってしまいます。

 『まどか☆マギカ』の放送は最速が関西地区の木曜深夜でしたが、ネットでの配信がほぼ1週遅れの水曜深夜から始まっていました。そのネット配信は1週間限定の無料配信なので、関西&関東で話題になってから2週間は後から追いかけられるという計算になります。


 自分は地上波で1話から観ていたんでネット配信のスケジュールはよく分かっていなかったんですけど、話に聞くと3話でマミさん死亡が話題になっていた頃は「ネットで1話から追いかけても無料で観られる」となっていたそうです。
 その後はさすがに全話無料視聴は出来ませんでしたけど、「まとめて観ればお得なお値段!」な1~5話パックなんかもネット視聴では提供されていて。なるべく後から追いかけやすいように配慮されていたことが分かります。


 06年の『涼宮ハルヒの憂鬱』のヒットは間違いなくYou Tubeの違法コピー動画が貢献していて、あの当時の自分はそれに対して違法コピーはどうなのだとサイトに書いて「コピーを観て何が悪いんだよっ!!」と散々逆ギレされて、あぁアニメ業界はもう破滅に向かうしかないんだな……としょんぼりしていたので。

 「違法コピーではない」「公式の動画配信で」「ちゃんとビジネスモデルを確立しつつ」「後から追いかけることが可能」な『まどか☆マギカ』の存在は、自分にとって待望の作品だったのです。あぁ、ようやく違法コピー対策の答えが見えてきたんだ……と。



 とは言っても、「ネットでの動画視聴にお金を払うことに抵抗がある人」は少なくないと思います。
 自分はバンダイビジュアルの全話パックなんかはたまに利用しますけど、やっぱりちょっと気が重いですもの。「大丈夫かなー」「お金払ってもちゃんと観られないこととかないのかなー」と不安ですもの。


 そんな人のために、漫画版の単行本発売ですよね。
 アニメと合わせて漫画版の連載が始まることは珍しくないと先ほどの段で書きました。自分の大好きな『舞-HiME』なんかはまさにそうですし、そのメディア展開の原型は『スクライド』だと思うんですが……これらの作品は、漫画とアニメで全く別のストーリーが展開されていました。

 アニメ版で敵として出てきたキャラが、漫画版の同じ週に味方として出てくる、みたいな。
 それはそれで非常に楽しいメディアミックスだったし、自分は大好きだったんですが……


 それだと当然、「後から追いかける」ことは出来ません。ストーリーが別ですからね。
 『まどか☆マギカ』の漫画版が「アニメとほぼ同じストーリー」で「アニメのちょっと後追い」で発売されているのは、アニメを見逃した人が見逃した部分のストーリーを補完できるという狙いもあるのだと思います。


魔法少女まどか☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)魔法少女まどか☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
原作:Magica Quartet 作画:ハノカゲ

芳文社 2011-02-12
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 歴史が作られる瞬間
 これらの要素は、1つ1つは大したことではないものも多いですし実施してきた作品も沢山あったと思いますけど。きっちり全部やったということに『まどか☆マギカ』の勝因はあると思います。

 話題性があるけど、話題性だけじゃなくて「後から追いかけやすい」商品展開をしていて、後から追いかけるとキッチリ伏線が張ってあることが分かるので考察のしがいがあって、また話題を生む―――という好循環。



 ということで、自分は『まどか☆マギカ』はアニメの歴史に残る作品&商品になるだろうと確信していました。数年後、「商品コンテンツとしてのアニメ」を考えた際に『まどか☆マギカ』が一つのターニングポイントになるだろうと思っていました。





 東日本大震災があるまでは。

 東日本大震災の影響で、その後のテレビ放送は全て中止となりました。
 理由はハッキリとは分かりませんけど、恐らく「ワルプルギスの夜」戦や、その後のまどかが世界を滅ぼす展開などが震災を想起させるものだから―――だろうと推測されます。10話で既に水浸しの崩壊した街が描かれていましたものね。

 自分はこの決断は正しかったと思っています。
 テレビというのは、必ずしも「この番組が観たい!」と思って付けた人だけが観るメディアではありません。たまたまテレビを付けたらこの番組がやっていて不快な想いをした―――という人が出てくるメディアです。全話通して考えれば、『まどか☆マギカ』にはポジティブなメッセージが含まれているとも思えるのですけど、その瞬間だけ観た人には分からないのです。



 なので、「観たい人だけ観る」ネット配信で残りの回を配信してくれればソレでイイかなと自分は思っているのですけど……当初のプラン通りではないのは確かですよね。ネット配信のものってTwitterで話題にしにくいんですもの。

 テレビはみんなで一斉に観るから話題を共有しやすいですが、ネットはみんなが観る時間がバラバラなことが前提なのでうっかりネタバレされることもありますし。これだけの人気作品であるからこそ、みんながアクセスを集中させてちっとも読み込まないということも起こりえます。


 自分も、10話の視聴は苦労しました。
 3時間以上読み込んで22分までしか読み込めず、そのまま計画停電の時間が迫っていたので22分の段階で電源を切るしかありませんでした。まー、その数日後にもう1回読み込んで最後まで観たら「残り全部歌じゃねえか!」という結果だったんですけど(笑)。



 そういう意味では完璧にプラン通りに展開していた『まどか☆マギカ』が思わぬ形で崩れてしまって、スタッフの人達もさぞかし無念なことだろうと思います。もちろん直接震災の被害に合われた方々や、そうした人達を親類に持つ人達の気持ちを考えれば放送中止は納得ですし、こんなことで文句を言っちゃいけないんですけど……


 歴史が作られる瞬間が、こんな形で壊れてしまうとは、と。



魔法少女まどか☆マギカ 5(完全生産限定版)(Blu-ray Disc)魔法少女まどか☆マギカ 5(完全生産限定版)(Blu-ray Disc)
TVアニメ

アニプレックス 2011-07-27
売り上げランキング : 2

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 16:50 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |