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| 西尾維新『零崎双識の人間試験』読了 |
「多分彼女にとって――彼女のこれからにおいて、あなた達と過ごした十七年は、かけがえのない、他の何とも代理が利かない――輝いた、価値のある宝石に位置づけられることでしょう。彼女をここまで『守って』くれて本当にありがとうございます―――」
だから、西尾維新の小説はヤバいんだって。読むべきじゃないんですって。
買ってから1年近く放置しておいた『零崎双識の人間試験』ですが、『DS文学全集』ばっかり読んで飽きてきたので「最近の小説も読みたいなー」と手を出してしまいました。 案の定、中盤以降は休みどころを失い、後先考えずに一気に最後まで読んでしまったのです。「一気に」というけれど、僕は本を読むのが遅い上に、一行一行噛み締めながら読むので物凄く時間がかかった上に……読み終えた後、一週間くらいはポーッと余韻に浸っていて使い物にならないというアレっぷり。
好きすぎるのも考え物ですね。
ということで、ややネタバレ含む簡易感想はこちら↓ [続きを読む]
[記事URL]
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| ネタを切り捨てる勇気 |
日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』という作品に、主人公が描いた漫画(正確には漫画になる前のネームだけど)が「このコマを省略」「このフキダシは削って表情で見せる」と指示されるだけでどんどん読みやすくなっていくというシーンがありました。
僕がこのシーンを読んだのは自分で漫画を描き始める前だったので……“作品を良くする”という行為―――スポーツ漫画で言えば名監督がフォームを修正してくれるとか、バトル漫画で言えば師匠が新しい必殺技を教えてくれるとかに該当する行為に、『G戦場ヘヴンズドア』という漫画描き達を描いた漫画では“削ること”が使われていたことに驚きました。
“足す”なら分かりやすい。“変える”でもイイ。 しかし、この漫画では“削る”“省略する”“切り捨てる”ことこそが、漫画描きにとっての奥義であると描いていたのです。
そして数年経って。 自分で漫画を描くようになって3年、ようやく“削る”難しさと大切さが身に染みてきました。
何故、“削る”ことが大事なのか? 恐らく、必死すぎるのだと思うんですよ。思いついたものは全部見せなければ不安。作品の全部を伝えなければ魅力は伝わらないんじゃないかと不安。手を抜いていると思われたらどうしようという不安。 だから、全部のコマに自分の全部を詰め込んでいくのだけれど、その結果として重くて脂っこくて読みづらい漫画になってしまうのです。トンカツ!焼肉!ラーメン!みたいなもんで、年を取った我が身にはキツイですよと。
『G戦場ヘヴンズドア』の例では「コマ」や「フキダシ」という細かい単位でしたが、「シーン」や「エピソード」を丸ごとカットするなんてことは日常茶飯事ですし、場合によっては「キャラを丸ごと」削らなければならないこともあります。 “読みやすさ”のための場合もあれば、“際立たせる”ための場合もありますね。似たような女のコが二人いるならば、一人に集中させた方がイイだろうとかね。
後はもちろん……“尺”の問題もありますね。 テレビアニメやテレビドラマなんか典型的に“尺を変えられない”メディアなんで、泣く泣くシーンカットなんてのは当然でしょう。テレビドラマの場合は「人気があったから最終回の時間を増量しました」みたいなことがありますけど、アレって“本来は削るはずだったシーン”で水増ししているだけですよね? 映画もやはり観客が快適に観れる時間を考えなきゃなりませんし、ゲームの場合は容量の問題や手頃さのためにシーンカットをしているケースも多いです。
『大乱闘スマッシュブラザーズX』のアドベンチャーモードで、デデデとメタナイトのエピソードを丸ごと1つ削ったせいでよく分からなくなったという話が「スマブラ拳」最後の更新で語られていましたね。個人的には、アレくらい謎があった方がストーリーに食いつけるものではあるんですが。
映画でも、せっかくキレイにまとまっていた作品だったのに「未公開シーンを足した完全版!」のDVDを観たらゲンナリしちゃうこととかありますよね。「削るだけの理由があるシーンだったな…」とか、「削ってくれたままで良かったのに…」とか。
なので、僕はどんなジャンルでも「長さ」を謳っているものには魅力を感じません。 ですが、それは僕が“間”とか“緩急”を最重要視しているからだけで、「長く楽しめることが一番の幸せなんだ!」という考えの人もいるでしょう。好きな漫画に長く続いて欲しいとか、このゲームの冒険はいつまでも終わらないで欲しいとか、そういう考えの人が多いのも頷けます。
奥義が常に最強なワケじゃありませんからね。
さて、ここからが本題。 似たようなことはブログにも言えるんじゃないでしょうか。
“読みやすさ”のために、記事内で敢えて触れない事柄があるというのは当然のことながら…… そもそも、何でもかんでも記事を書けばイイものなのか?というのが最近の僕の迷いだったりします。 アクセスアップのコツとかは知りませんし、僕が語れることなんて何もないですが……書いてみてから自分で「面白くないなぁ」と思った記事をアップするかどうかに悩む人って、僕以外にも結構いるんじゃないかと思います。
ちなみに僕は昨日、久々の貧乳カテゴリーネタとして「俺達は女子高生が好きなんじゃない!女子高生の制服が好きなんだ!」というアレすぎる記事を書いていたのですが……3分の1まで書いたところで没にしました。面白くならなかったんですよ。
「変態に対する普通とは?」とか「準児童ポルノ禁止法の問題」とか「単純なデザインの美しさ」とか「僕はQさまで宮崎美子がセーラー服を着ているのでも全然イケるんだけど、女子高生の制服(でのエロ描写)を規制しろと言っている人達は、今言った僕のような思想を禁止することで被害者児童を減らせると思ってるのでしょうか」とか―――ダイジェストにしてみても、話にまとまりがなさすぎてワケ分からね。
アレやコレやを詰め込んで「で、一番言いたいことは何なの?」と言いたくなってしまうまるで僕が描く漫画のような記事になっちゃったんですよ。これは人に読ませるものじゃないな、とお蔵入り。自分が好きすぎることほど書きにくいという典型例でした。
「面白くない」ならまだマシな方で、「他人を不快にする」ようなものを何も考えずに書いてしまうことだって多いですからね。「世相を切ってやるぞ!」と書き始めたのに、「あれ?別に困ることじゃなくね?」と途中で気付いたりとか。 そういう記事を書いてしまった時、「これは人に読ませるものじゃない!」と言う天使と「でも、せっかく書いたんだし……喜んでくれる人だっているかも知れないし……」と言う悪魔の葛藤に悩まされるのです。
半年後も同じことを言っているかは分かりませんけど、とりあえずこのブログは「書いた記事でも納得がいかなければ切り捨てる」方向で行こうかなと思っています。 逆説的な話なんですが……「つまらなかったら切り捨てればイイ」という余裕があるからこそ、書き終わった時のことを計算せずに色んなことを書き始められるというのもありますしね。必死すぎないことが大事。
まぁ……こういうことを書くと、これから先アップされる記事全部が僕にとって「どうだ!面白いだろ!!」という記事だと宣言したということになるんですね(笑)。それでも別にイイですけど。
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| モテない人こそが「モテる人はエライ」という社会通念を作っているのではないか |
これだけ価値観が多様化した社会なのに、どうして「モテない人はダメなヤツ」で「モテる人はエライ」みたいな意識がいつまでもなくならないんだろうと思う日々。
だって、みんな「個性が大事」とか「自分らしく生きるべきだよね!」とか言ってるじゃん! なら、モテないことを誇りに持つ人間が多くてもイイはずだし、僕のように“日本一モテない男”は「あそこまで極めてみたいよな」と崇められたってイイじゃないか!「フッフッフ!その程度で日本一を名乗るとは片腹痛いわ!」と、突如として(モテない道の)武者修行の旅に出ている男(学ランで楊枝をくわえている)からライバル宣告されたっておかしくないじゃないか!
……というのは、いつもの如く屁理屈。 「モテること」も「モテないこと」も立派に個性だとは思いますけど、そういう問題じゃないんですよね。
「もっとモテるようになりたいよなぁ」と思う人はたくさんいるけど、「もっとモテなくなりてえんだよなぁ」なんて思う人はほとんどいないのです。ドルより円を求める人が多くなれば円高ドル安になるのだし、円よりドルを求める人が多くなれば円安ドル高になるのです。
要するに、今は“モテない安/モテる高”なだけなんだと思うのです。 語呂が超悪い。
これってちょっと皮肉な話ですよね。 「モテる人はエライ」という社会通念を作っているのは、実際に「モテる人」ではなく、モテたいと思っている「モテない人」だという。 世の中の「モテない人」達がもっと「どうだ!モテない俺達(私達)はスゲーだろ!!」と誇りを持って生きるようになれば、こんな一方的な価値観はなくなって、みんなが幸せになる社会になるんじゃないかと青臭いことを思ってみたり。
こういうことって別に「モテる」「モテない」の話だけじゃないですよね。 喩えば、ニンテンドーDSが超絶大人気だった頃は「どこに行っても買えない!」「みんなが欲しがっている」ことがステータスになっていましたけど……DSを持っていて楽しんでいる人ではなく、DSをまだ買えていない人の量が人気のバロメーターになっていたという不思議な話。
漫画にしても、テレビにしても、ラジオにしても、アイドル歌手にしても……その人気を計るにはそのファンよりも、その当事者をよく知らない人がどう思うのかだったりするんですよね。当事者に近すぎると逆に冷静な判断が出来ないというか。
(参考:ゲームをやらない人が遊ぶゲームがベストセラー) (参考:「普段萌えない属性の人を萌えさせられるのがメジャーキャラ」説)
まー、これはあくまで「人気があるかどうか」というだけの話ですけどね。 「人気がある」「売れている」ものが自分にとって必ずしも気に入るものではないことくらい、恐らくみんな分かっていることだと思います。
同じように、世間から人気のない「モテない人」だって、その人にとってはストライクなことだってあるはずなのです。そうとでも考えなければ生きていけません。嗚呼、生きていけません。
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| 4月のまとめ |
夏商戦に発売されるゲームの情報が出てきていて、なかなかに心惹かれる日々……
『ナイツ・イン・ザ・ナイトメア』(DS/7月17日発売/スティング) キャラデザが超好み。 でも、キャラデザ関連だけで3人の名前が挙がっているので、僕が惹かれているのがどの人によるデザインなのかがよく分からないという(笑)。
現実問題としては、SRPGは『ファイアーエムブレム』2本積んでいる身なので購入はないかなぁ…… システムもややこしそうだし……公式サイトが重すぎて開けないし……
『ワールド・デストラクション』(DS/夏発売/セガ) 「クラシックなRPGが遊びたいなー」と思っていたところに惹かれるソフトが登場。「セガ」のソフトというよりは「イメージエポック開発」や「ゼノギアススタッフ」などが話題になっているみたいですね。キャラデザもまずまず好み。
ただまぁ……グラフィックは「緻密さ」よりも「画面構成のセンス」だと思う僕にとっては、2画面ぶち抜きの戦闘画面を見た時は若干不安を感じました。動いているところを見ると印象が変わる可能性があると期待したいです。 ゲームが夏発売で、7月からアニメ開始ということで―――「アニメだけ観りゃ良いや」という気になったり、アニメの放送時期に合わせてムリヤリ仕上げてくるんじゃという心配があったり。まぁ、僕が買うかはともかく、セガ浮上のきっかけとして動向は見守りたいですね。
『ウィンディ×ウィンダム』(DS/7月31日発売/サクセス) 情報元:まさかてさん 『降魔霊符伝イヅナ』のキャラも登場する2D格闘ゲーム。「DSではタイトル数の少ない2D格闘ゲームが登場!」って、どうして少ないのか考えたことがあるのか!(笑) それでも画面写真が出てきたら購入検討するかも。スーファミ回帰層は格ゲーブーム経験者も多いでしょうし、ねらい目っちゃねらい目なんですよね。問題は『どき魔女2』と被っている発売日か。
『Wild Earth: African Safari』(Wii/日本での発売は未定) 情報元:WY2K帳さん このゲーム、海外ではもう発売していたんですね。 Wii版『Africa』というか、アフリカ版『ポケモンスナップ』というか。本家(?)PS3の『Africa』もそうなんですが、今僕の中で動物ブームが生まれているのでこうしたゲームに興味津々。日本で発売される可能性は低そうなので……PS3の『Africa』に期待しておくか(その頃にはPS3購入のメドがついているとイイなぁ)。
「4月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」か「記事URL」をクリックして下さいな。 [続きを読む]
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| 5月4日に学校へ行ったことがある人は30歳以上 |
Wiiの『みんなで投票チャンネル』にて、「4月29日が昭和の日だって知っていた?」という御題が出ました。そんな日の存在すら知らなかった僕、名前だけは聞いたことがある母、バッチリ知っていた父……と、やまなし家では見事に票が分かれて「世の中には知らんことがあるんだなー」と驚いたのですが。それ以上に驚いたジェネレーションギャップがありました。
4月29日が昭和の日になったのは2007年の祝日法改正からなんですが……それまでの4月29日は「みどりの日」でした。世代によってはそれ以前を知らない人もいるでしょうから解説すると、それ以前(昭和天皇がご存命だった頃)は「天皇誕生日」だったのです。
まとめると……こんなカンジ。
【4月29日の祝日としての名称】 戦後(1949年)〜1988年:天皇誕生日 1989年〜2006年:みどりの日 2007年〜:昭和の日
ちなみに、2007年以降4月29日ではなくなってしまった「みどりの日」は5月4日に割り当てられることになったのですが……この5月4日こそ、親子で意見が分かれたところでした。 僕は5月4日は(2006年までは)「国民の休日」という祝日だと認識していたんですが……母曰く、「5月4日は別に休みじゃなかったじゃん」とのこと。
「じゃん」と言われても……あんたが学生の頃の昔話をされてもなぁと僕が言うと、「いやいや、5月4日が休みになったのはつい最近のことだ」「お前も小学校の頃は5月4日に学校へ行ってたじゃないか」と。 はて……そんな記憶はないぞ。
父に訊いてみると、今度は更に新説「4月29日がみどりの日になった時に5月4日が祝日になったんじゃなかったっけ?」とのこと。つまり1989年以降は5月4日が祝日になったという説ですね。はて……これも僕の記憶と一致しません。 僕は1981年生まれなので、1989年の時点で8歳(小学2年生)なんです。父の説があっていると、小学1年生の時には5月4日に学校へ行っているということになります。そもそも、その2年前(1986年)から幼稚園に通っていましたし。
家族全員の証言がすれ違う、まさに真相は『藪の中』――――――
とはなりません。 今の時代、困った時はインターネットです。
Wikipedia先生に訊いてみましょう。
5月4日が「国民の休日」となったのは、1985年12月27日の祝日法改正以降だそうです。 ただし、この「国民の休日」は「日曜日」や「振り替え休日」のように“元から休みの日の場合”は適用されなかったので、5月4日が日曜日だった1986年、月曜日で振り替え休日だった1987年は適用されず、初めて適用されたのが1988年とのことでした。
なるほど! 幼い頃の僕の記憶は正しかった!
僕が小学校に通い始めた1988年はもちろん、幼稚園に通い始めた1986年の時点で5月4日は「休みの日」だったんですね。納得。
そう考えると……5月4日に学校へ通ったことがあるという人は、遅くとも1985年に小学校へ入学した人ということになります。1985年に満7歳になる人(早生まれの人は満6歳)というのは、1978年生まれということですよね。
つまり……今年(2008年)30歳になるという人が、ギリギリ「5月4日に学校へ行ったことがある」人となるのです。
母の証言がアレだった理由も何となく分かりました。僕の兄貴は1977年生まれなので、兄貴は5月4日に学校へ行ったことがあるんですよ。「お前も小学校の頃は5月4日に学校へ行ってたじゃないか」という勘違いは、兄貴と僕を混同したということですね。
「だから何だ」と若い人は思うことでしょうが…… 実を言うと、この1978年生まれ付近というのは文化的に大きな意味を持っていたりするのです。ギリ団塊ジュニア世代というか、ポスト団塊ジュニア世代と言いますか(Wikipedia参照)。 とにかく人口が多かった世代なんですよね。地域にもよるんですが、ウチの小学校なんかは上の世代と僕の世代と下の世代で露骨にクラス数が違いましたもの。1学年5クラス・4クラス・3クラスと、学年が幼くなるほどクラス数が減っていました。
「それがどうした」と思うことなかれ。 子どもの人口が多いというコトは、そこにかけられる消費も多く、子ども世代に向けたヒット作が爆発的なビジネスチャンスになるということです。 分かりやすい例を挙げると……少年ジャンプの超黄金期とか、ファミコンブームが当てはまりますね。今でもこの世代(30代前半くらい)の人口は変わらず多いワケで、これらの世代に向けてその時代のリバイバル商品が出続けるというのもそういう理由なんでしょう。
ちなみに、偶然もあるんですが……少年ジャンプの発行部数が少年マガジンに抜かれた時期(1997年11月)と、任天堂がプレイステーション陣営にシェア争いで敗れた時期(1996〜1997年頃?)がほぼ同じ時期というのが興味深いですね。
まぁ、97年に『ONE PIECE』開始して世代交代を上手く行った少年ジャンプと(2002年に首位奪還)、2005年に新規ユーザーを大量獲得するまで苦しみ続けた任天堂では歩んだ道が違いますが…… この辺は漫画とゲームの違いがありますからね。こないだの話題で出てきたコストの面もありますし、「ジャンプとマガジンを両方読む」人は少なくないけど「プレステと64の両方を買う」人は少数派というか。
話が逸れまくりました。 要は、現在の30代前半の層(5月4日に学校行ったことがある人達)をどう獲得するかがマーケティングの鍵になるということです。手軽に遊べるDSやWiiが売れたのだって、そういう理由が大きかったでしょうしね(DVD目当てにPS2が売れた理由も当てはまるかも)。
なるほど……団塊世代がムチャクチャ人口多くて、その子ども世代の団塊ジュニア&ポスト団塊ジュニア世代の人口も多くてそこに向けた商品がヒットするということは……“団塊ジュニア&ポスト団塊ジュニア”の子ども世代である団塊ジュニアジュニアやポスト団塊ジュニアジュニアを狙った商品も狙い目というコトか!! ……とはならず、実際にはこの世代は「子どもを作らない」「結婚しない」人が多いから、政治家の人達が少子化を何とかしなくちゃならん!と息巻いているんでしょうね。そうすれば経済も一気に活性化するだろうと。
結局のところ、祝日の話はあんま関係なかったですね……
最後に蛇足ながら、今回一番驚いたのは「国民の休日」とは5月4日のことではなくて、祝日と祝日にはさまれた日が休みになるという制度なので―――来年2009年の9月22日も「国民の休日」になるだろうってことでした(Wikipedia参照)。
スゲー!こんなこと、俺とWikipedia先生しか知らないんじゃないか!と思ってググってみたら、大量にページが出てきました(笑)。何だ……割かし、みんなフツーに知っていることだったのか。
[記事URL]
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| ヒロインは誰のもの? |
昨日はWii・DSで新作ソフトの発売日が発表されたり、今日は『マリカWii』の発売日だったりするんですが……今日は敢えてゲームの話じゃなくて、こっちの話題です。
僕らは自分自身が渚と人生を送りたいわけじゃない(情報元:まさかてさん)
記事内で話題にされている『ai sp@ce』の公式サイトはこちら。『CLANNAD』『SHUFFLE!』『D.C.II』といった美少女ゲームのキャラを『Second Life』チックなMMO上に表現したゲームということで…… まず最初にこのゲームのことを知った僕の感想は「これはねーだろ」だったんですが、僕はこの3作品を『CLANNAD』アニメくらいしか知らないので、「元々はマルチエンディングのPCゲームだったんだから原作ファンは受け入れているのかもなぁ」と思ったんです。受け入れられないのはアニメから入った自分のような人間だからなんだ、と。
なので、この記事を読んで「あ……そういうワケでもなかったんだ」「原作ゲームのファンも受け入れていないんだ」と安心しました(笑)。
『CLANNAD』キャラの中で僕が一番好きなキャラは渚ですが、じゃあ「渚たんは俺の嫁!」と思ってゲーム内で共同生活が出来るかというと……正直ムリ。だって、俺の大好きな渚たんは俺のことなんて好きになるワケないじゃん。
……というのは、敢えて卑屈な表現をしてみたんですが。半分くらいは本気です。 アニメ版しか知らない自分なんでひょっとしたら原作ゲームファンはまた違うことを思うのかも知れませんが。僕が知っている渚は岡崎朋也のことが好きで、それは渚というキャラから切り離すことが出来なくて、僕は岡崎朋也ではないんですよ。だから「渚たんと共同生活が出来るよ!」と言われても、「オマエの居場所はここじゃねえだろ」と思ってしまうというか。
岡崎朋也に感情移入することも、渚たんに感情移入することもあるけれど、それはあくまで「自分じゃないから」なんですよね。二次元と三次元の間には超えられない壁がある=プレイヤーは主人公でないことを分かっているからこそ、彼女らの幸せを願えるんだ……と青臭いことを言ってみました。
でも、どうなんでしょう…… これって二次元の美少女キャラだから違和感あるのですかね。個人的には「好きなアイドルとゲーム内で共同生活できるよ!」というゲームだったとしても、正直ムリです。ゲームじゃなくてもムリ。「好きなアイドルと結婚したい」とか、とてもじゃないが思えないですよ。
アイドルもそうだし、二次元のキャラもそうなんですが。 自分を好きになってくれることが絶対にないと分かっているからこそ惹かれるんだと思うのです。届かない夢だから追いかけたくなるというか。
少なくとも「お金を払ってゲームを買うと憧れの美少女キャラと共同生活が出来るよ!」というのは、どうにも腑に落ちないといいますか。 いや、それを言い出すと元々の原作ゲームもお金出して買うものなんですが、生活まで支配するというのはキャラに対する冒涜というか。好きだったアイドルが高額なギャラに惹かれて脱いじゃった、みたいな感覚というか。
でもなぁ……卑怯な言い方ですけど、これも「人による」んでしょうね。 喩えば格ゲーのヒロイン相手の恋愛シミュレーションとかもあるワケで、それを「アリ」と思う人もいれば、「それはねーよ」と思う人もいるワケで。原作好きで、MMOのこれも興味があるという人もいて当然ですよね。それが原作好きな人の何割くらいいるのかは置いといて。
どうでも良いけど、女性向け恋愛ゲームと男性向け恋愛ゲームを1セットにして売り出そうとしているDS版『デイズ オブ メモリーズ2』はどうかしていると思います(Wikipedia参照)。誰が喜ぶんだそれ。
たまたま……無関係なはずの別のブログで、一本の線として繋がってしまった記事がこちら。
ヒロインが男性キャラと結ばれること、祝福します? それとも怒ります?
これは「メインヒロインの条件」という記事を書いた際に書こうと思って忘れていたんですが(……)、僕がメインヒロインをあまり好きにならない理由というのは「どうせ主人公とくっ付くんだろ」と思っているからなんです。 100%ではないですけど、50%以上の確率でメインヒロインは男主人公とくっ付く……ならば、最初から好きになるのはメインヒロインではなく二番手・三番手ヒロインにしておこうと思うのです。特にハーレムアニメの場合、“独り身のまま終わる”ことが多いですからね。
あれ?でも、これだと“誰ともくっ付かなかった”二番手・三番手ヒロインを集めてMMOにすることには異論がないということになるような。渚は岡崎のものだけど、「風子は俺の嫁!」ならばイイのか?そうか?
そう言えば、カップリング論争とかもありますもんね。 僕がジャンプ感想をやっていた時代―――ジャンプのとある漫画(男主人公にヒロイン1・ヒロイン2がいるとする)で、男主人公とヒロイン1のカップリングを推していた女性が、ヒロイン1の出番がなくてヒロイン2の出番がある回は「この漫画はもう終わった」とボロクソに叩きまくり、ヒロイン1が出てくると「やっぱり信じていて良かった」と絶賛しているのを見かけて「日本はどうなってしまうんだろう」と思っていたんですが(笑)。 ※ 一応書いておきますけど、『いちご100%』のことではありません。ハーレム漫画だったこういう論争も主な楽しみ方の一つだと思うんですけど、このケースはバトル漫画でした。
そこまで激しい人達というのは少数派だとしても、「誰と誰がくっ付く」というのはその作品のファンにとって重要なことなんですよね。ガッカリさせることもあれば、このカップリングは萌えるぜ!と思われることもあるので、生半可な気持ちで描けることじゃないのでしょう。
自分の話にシフトさせて申し訳ないのですが…… 以前、僕がWEBで描いている『ちのしあわせ家族』という漫画で。百合要員だと思われていた(らしい)ヒロインが男主人公を好きになるエピソードを描いたら、男主人公に対して「あのヤロー!許せねえ!」というコメントを頂いたことがありました。 ああいうのって、作者からすると凄く嬉しいんですよ。そこまでキャラに愛着を持って一喜一憂してくれるファンなんてそうそういるもんじゃないですし、こっちともしても(それが怒りの方向だったとしても)読者の感情を大きく動かせたことはこれ以上ない喜びだったりするのです。
『ARIA』に関しては僕は読んだことがないので推測でしかないのですが…… 「誰が誰のことを好きになる」とか「誰と誰がくっ付く」ことは、言ってしまえば作者にとっての大バクチですし。スポーツ漫画における「どっちが勝つのか」くらいに苦渋の決断をすることなんだと思うんです。 そう思うと、『ARIA』のそれって『SLAM DUNK』の最終回っぽくないですか?「えー!?唐突にー!?」とは思うし、腑に落ちないところはありましたが、それでもまぁ作者のやり遂げてやった感に「これもアリかな」と思えるというか。
つまり、何だろう。 「ヒロインは誰のもの?」という質問をされたのなら、きっと「作品と、作品を愛する全ての人のもの」だと僕は答えると思います。 今回のMMO化も、メディアミックス展開なんかも共通だと思うんですが……きっと「作品への愛」と「お金儲け」が天秤にかけられて、最終的に「これって単にお金儲けのためだけにやってるよね」「ちっとも原作を愛していないよね」と思われた時に反発を受けているのかもなーと思いました。
ウチらしい外道な蛇足。 エロ同人の世界で言うと、ヒロインの相手役が「作中に出てくる男キャラ」なのか「作中には全く出てこないオリジナルの男」なのかは面白い考察対象かも知れません。前者ならば作中のカップリング論争の延長線上だと思うんですが、後者の場合は意図的に自らの要素を加えてしまっているワケですからね。 メインヒロインなのか、二番手・三番手ヒロインなのか。作中でくっ付く相手がいるのか、いないのか―――なんかの違いごとに分析していくと面白いことが見えそうな気がしますね。
そう言えば、百合というかレズものというか、女同士のエロ同人ってほとんどが「作中に出てくる女性キャラ」同士の組み合わせですよね。その違いというのも不思議な話で……男性向けエロ同人を描いているのは男の方が多いだろうに、「作中の男キャラ」よりも「作中の女キャラ」の方が描きやすい(描く気になる)ということなんでしょうか。
深い。 エロ同人誌を山ほど持っているという御人は、分析してみたらどうでしょう?
[記事URL]
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| キャラの魅力に頼る漫画・アニメと、スター選手をかき集める巨人と |
おっぱいのことばかり語っているような僕ですが、野球やサッカーなどのスポーツ中継も好きで、作画をしながらだとかご飯を食べながらよく見て(聴いて)います。 一応ひいきのチームはあるんですけど、「何が何でも西武ライオンズが勝たないと楽しくない!」というよりは「いい勝負をして欲しい」と思っているので……どっちかというと、特定のチームというよりもスポーツ自体を応援しているのかなぁと最近は思います。
そんな僕なんで、プロ野球中継などの「片方のチームを応援している中継」って理解出来なかったんですよ。 西武ライオンズと文化放送……だと例えが分かりにくいので、巨人と阪神の試合を関東の日本テレビで中継しているとすると。基本的には、巨人を応援する内容になるじゃないですか…… それはそれで「社風」とか「局風」でしょうから目くじらを立てるつもりはないんですけど、ビジネスとして考えると「関東に住んでいる阪神ファン」の視聴率をドブに捨てるようなもので「どうしてこんなことするんだろうなー」と長年の疑問でした。東京に引っ越してきたら全員巨人ファンになるワケでもないのに、関東に住んでいる人全員が巨人ファンだとでも思っているのだろうか、と。
でもでも、ついさっきの出来事。 テレビを付けたら、たまたま巨人対阪神の中継が日テレでやっていたんですよ。巨人も阪神も興味がない僕ですが、“いい勝負をして欲しい”と思っている僕ですから「どっちが勝ってるのかな」とスコアを見てみました。その時点のスコアは8-0でした。野球で8点差は決定的だろうなと、テレビの電源を消したんですが……そこで「アレ?」と気付いてしまいました。
僕みたいな“いい勝負をして欲しい”人は、点差が開くと見なくなってしまうんですよね。 でも、勝っているチームを応援している人は「今日は8点も勝ってゴキゲンだ!」と観続けるのでしょうし、負けているチームを応援している人は(数は減るでしょうが)「8点負けてても頑張ってくれー」と観続けるのでしょう。
そう考えると……視聴率を上げるためには、特定チームを応援する人を増やした方が得策で。そのためには、中継の中で片方のチームを応援し続けて、そのチームのファンを増やそうとするというのも分からなくはないのかなと思いました。
いやね……ジャンルは全然違いますけど、任天堂のゲーム人口拡大プロジェクトを味わってきた身としては、この野球中継のやり方はヌルいと感じますし。「巨人が強くなれば巨人戦の視聴率が上がるはず」みたいな考え方は、「重厚長大なゲームを作ればみんなが満足するはず」という一面的な感覚に近いと思うんですけど……
やっていることとしては「どうなんだろうなー」と思うことでも、やろうとしている方向性は理解出来ました。
ここからが本題。 こうしたことって「キャラ重視」に偏っている漫画・アニメも他人事じゃないのかもなーと思うのです。
喩えば、『CLANNAD』アニメを観ていて思ったこと……あのアニメは25話(24話だっけ?)を細かく「風子編」「ことみ編」のようにエピソードで分けて、その中でキッチリと起承転結を付けていったんですが。 それぞれのエピソードの“転”や“結”の辺りは「この後どうなっちゃんだろう」とドキドキワクワクして放送日を楽しみにしていたのに比べると、各エピソードの“起”“承”は「ビデオに録って1週間以内に観れれば良いかな」くらいのテンションになっちゃうんですよね。
もちろん“起”“承”があるから“転”“結”が盛り上がるんですけど、それは終わってみないと分からないことですから…… なので、作り手としても、シナリオの“起承転結”全体で楽しませるだけじゃなく、キャラのファンになってもらうことで視聴者(読者)のテンションを維持させなきゃならないんですよね。それは裏を返せば、キャラ萌えに付いてこれない人達を切り捨てるようなことなのですが……
あ、一応フォローしておきますけど……『CLANNAD』アニメを一例に出したのは“悪い例”ではなく“良い例”として、そうした視聴者のテンションを上手く考えて飽きさせない構成とテンポにしてあるなーと思ったからです。キャラがみんな憎めない人達でしたしね。 でも、ハッキリ言って途中で観るのをやめてしまったアニメは他に沢山ありますし、そうしたアニメは僕にとってキャラが好きになれなかった作品で、“起承転結”の“転結”まで観ようという気が起きずに脱落してしまったものだったのかなーと振り返って思いました。
でもなー。これは創作活動をしている自分も他人事じゃないんですけど…… キャラの魅力だけに頼って視聴者(読者)を引きつけ続けることにも限界があるでしょうし、FAでスター選手を集めてくる巨人と方向は変わらないような気もしちゃったりするのです。じゃーどうすれば良いのかと言われても答えなんかないんですけどさ。
[記事URL]
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