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『Splatoon3』に期待すること

 今日はネタがないので、マジメな記事です。
 あぁ~しまったなぁ、「マジメな記事を書くときはネタがなくて仕方なかった時です」と言ってしまっていただけに、ネタがなくて困っていたことがバレてしまう~。困った~、困った~、ネタがなかったんだ~、許してくれや~。


 『Splatoon』の1作目は2015年5月28日にWii U用ソフトとして発売され、大苦戦したハード専用で出たにも関わらず、日本国内で100万本以上の売上と、全世界で500万本近い売り上げを達成しました。

 『Splatoon2』は2017年7月21日にNintendo Switch用ソフトとして発売され、日本国内で300万本以上の売上と、全世界で900万本以上の売上を達成し、今も売れ続けています。
 前作から2年2ヶ月という短いスパンで発売されたのは、「Wii Uで生まれたヒット作の勢いをNintendo Switchの立ち上げに活かしたかった」という商品戦略と、Wii U向けに作られたソフトはNintendo Switchに移植しやすいために「1作目に作った素材を活かしやすかった」という理由があるのかなと思います。Nintendo Switchの『スマブラSP』で「全員参戦」が叶ったのは、Wii U版『スマブラfor』を作っていて、有料DLCで過去作のファイターを復活させていたのが大きかったみたいな話ね。



 では、『Splatoon3』はいつ発売になるのか?
 1作目から2作目の2年2ヶ月という短いスパンの理由は上の通りなので、2作目から3作目のスパンが同様の短さになるワケではありません。というか、2017年7月の2年2ヶ月後は2019年9月ですからね。

 任天堂の自社開発のシリーズは「新しい遊び」を提案できない限りは新作を発売せず、「新しい遊び」を提案できるタイミングは新ハードへの切り替え時になることが多いので、1つのシリーズで1ハード1作品ずつになっているものは結構あります。
 例えば、『マリオカート』はそうですね。スーファミ、64、GBA、ゲームキューブ、DS、Wii、3DS、Wii U……Nintendo Switchで出た『8DX』は完全版的な移植だからNintendo Switchにもう1作が出るかは分かりませんが、今のところ各機種1作品ずつしか出ていません。Newになってからの『2Dマリオ』とか、外伝や海外版を除いた『どうぶつの森』とかもそうと言えるかな。


 なので、『Splatoon3』が発売されるのは「Nintendo Switchの次世代機」という可能性も全然あると思いますし、『2』が『1』の延長線にあるものだったからこそ『3』は“最初からNintendo Switch専用で作った”ガラッとリニューアルしたものを持ってくる可能性もあると思います。
 新作でしか出来ない「新しい遊び」を実現できるか次第なんで―――



 では、その「新しい遊び」とは何なのか。
 私の「期待」と「予想」の半々くらいで、今の内に書いておこうと思います。ひょっとしたら今年のE3とかで『Splatoon3』が発表されちゃうかも知れませんし!



 私は、『Splatoon3』には「bot導入」をしてほしいと思っています。
 botとは……オンラインゲームにおける対戦相手をCPUが担当することです。


 例えば、昨年の秋には『フォートナイト』にbotが導入されて話題にもなりました。

 次のシーズンより「ボット」が登場! 「フォートナイト」、マッチメイキングアップデート情報を公開

 古来「対戦ゲーム」とは「人と人」で対戦するものでした。囲碁とか将棋とか、そんなヤツね。コンピューターゲームが普及して「人とCPU」が対戦できるようになるも、やはり「人と人」との対戦に比べると「人とCPU」の対戦は物足りないという声も多かったです。私くらいの実力だと「人」も「CPU」もどちらも「俺を容赦なくボコボコにする」ので区別つきませんでしたけどね。
 なので、オンラインゲームが普及すると、自宅で一人で遊びながらオンライン越しに「人と人」が対戦できるゲームが増えていきます。やっぱり「人と人」で対戦できるのはサイコーだぜ!と、みんなで遊べるオンラインゲームがどんどん進化していきます。その進化の先が『フォートナイト』のような「100人で対戦するバトルロイヤル」と言えるでしょう。

 ただ、そうすると「100人も集まらない」とか「同じような実力の人とマッチングさせたいけど初心者は100人もいない」といった問題も出てきます。『フォートナイト』のこのbotは、「熟練者にカモにされるしかなかった初心者の練習相手」として導入されたらしいんですね。

 対戦する「人」がいない人のために「CPU」対戦が生まれ、オンラインゲームの普及によってやっぱり「人」との対戦が最高だぜと思ったけど、それを補うためにやはり「CPU」の存在が重要視される―――ちょっとしたSF感がありますね(笑)。



 このbotの精度(どれくらいちゃんと動けるのか)次第ですけど、「人間を補填するCPU」というのは『Splatoon』が抱えていたいくつかの問題を解決すると思うんです。

 1つには「回線落ち」対策です。
 ナワバリバトルでもガチマッチでも、『Splatoon』は4人vs.4人のゲームです。もし1人が回線の都合で抜けてしまった場合、4人vs.3人になって3人チームは蹂躙されるだけの時間が続くのが常でした。ここを、botが埋めてくれるのなら―――消化試合がガクンと減ることでしょう(botが弱いから負けただとか、botが強すぎるから負けたみたいな文句を言う人も出てくるかもですが)。

 2つ目には「初心者」救済です。
 『フォートナイト』が狙ったのはまさにこれですが、既に熟練者しかいないようなオンラインゲームに初心者が飛び込んでもボコボコにされるだけなので、「あんまり強くないbot」を混ぜることでバランスを取る&初心者の練習相手になるという狙いです。
 『Splatoon』は初心者向けのチュートリアルとして1人用の「ヒーローモード」を用意していますが、「ヒーローモード」をクリアしたところで私の実力はC+~B-です。ナワバリバトルやガチマッチの立ち回りは「ヒーローモード」では学べないんですね。それを学ばせるためにはbotとの対戦はイイ練習台になるかなと思います。

 3つ目は「ヒーローモードのレパートリー」です
 これは2つ目の問題と重なるかも知れませんが……『Splatoon』で一番重要なのは「味方の動きに合わせて動くこと」「敵の動きをよく見ること」だったりします。私にはそれができないので、気が付いたら3人とかに囲まれててボコボコにされる日々。

 「ヒーローモード」自体も1作目・2作目・オクトエキスパンションと来たので、流石にもう新鮮味がなくなってきたところなので―――「AIで動く仲間と共闘できるヒーローモード」とか激アツじゃないですか? 例えば、敵陣に突っ込むアオリちゃんをサポートして彼女を殺させないように頑張るステージとか、ひたすら敵の攻撃に耐えながら高台からホタルちゃんがチャージャーで敵を撃ち落としてくれるのを待つステージとか。

 4つ目は「人数が足りない時」の補填です。
 1つ目に近い話ですが、あちらは対戦中に誰かが抜けてしまった補填で、今度の話は対戦する前から人数が足りないからbot加えようぜーという話です。
 『Splatoon2』に「サーモンラン」が入ったのって「Nintendo Switchが持ち運びできるゲーム機だから」だと思うんですね。Nintendo Switchなら外に持っていって友達同士で対戦ゲームが出来るけど、流石にナワバリバトルを遊ぶ4人vs.4人の8人を揃えられる友達グループはそうそうないでしょう。だから、「4人集まれば遊べるモード」として「サーモンラン」は考えられたのだと思います。

 ただ、4人も集まらない時だってあるし、2人でもナワバリバトルを遊びたい時だってありますよね。そうした時にbotをメンバーに入れられるなら「やまなし・bot・bot・bot」vs.「友達・bot・bot・bot」で対戦することが出来るのです!いや、まぁNintendo Switchの性能でそういうことが出来るのかは分かりませんが、理想論としてはね。
 もちろんこれはオンライン越しのプライベートマッチでもそう。人数が揃わない時にbotで補填できるのなら遊びの幅は広がりそうですよね。

 そして、さっきから「人間の代わりになるCPU」のことをbot、botと繰り返し言ってきましたが……例えばこれが『Splatoon』シリーズの歴代キャラだとしたら、印象は変わるんじゃないでしょうか。「やまなし・ホタルちゃん・ヒメちゃん・じじい」vs.「友達・アオリちゃん・イイダ・ブキチ」って対戦だったら、すげえ燃えるでしょ? ブキチってインクかけられると死ぬの?

 任天堂だったら、『Splatoon』だったら、botを導入するにしてもそこに「仲間集め」みたいな新たな遊びを入れてくるんじゃないかと思うんですね。そして、そこに「仲間として登場する」新たなキャラクターを生むことも出来ますし。



 ということで、ネタがないので書かれたマジメな記事でした。
 明日はちゃんとふざけたしょーもない記事を書けるように頑張ります!

 

| ゲーム雑記 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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そもそも「ゲームが上手いですね」と言うのも失礼ではないか

 今年になって、私はもう「ゲームが下手」を名乗るのをやめたのですが……やめようかとはずっと前から悩んでいて、最終的に「もうやめる」と決め手になったのは以下の考えにたどり着いたからです。


 そもそも、「ゲームが上手い」とか「ゲームが下手」なんて概念を持ったのが間違いだったんじゃないのか。

 ゲーム実況をやるようになって、視聴者の方と一緒に『Splatoon』みたいなオンラインゲームをやっていると「この人はゲームが上手いなぁ」と思う人はたくさんいます。
 例えば、私には使いこなせないテクニカルなブキとかキャラとかを見事に使いこなすとか、そのゲームのコツというかツボみたいなものを把握するのが早いとか、ギリジャン(ギリギリのタイミングでジャンプすること)が出来るから自分には届かない場所までジャンプできるとか―――私には持っていない能力を持っている人、は確実にいます。『カカない』の一条鴎の描写なんかは、その影響を受けているんですね。


 だから、相対的に見たら「あの人達に比べれば自分なんか下手だ」と思ってしまっても仕方ないと思います(私がゲームが下手と言い出したのはゲーム実況を始める前なので、その人達が直接の理由ではありませんが)。
 でも、それってアフターグロウのみんなと比べて自分が凡人だと思っていたつぐみちゃんと一緒じゃないですか。「“こんな私”なんて、どこにもいないですよ? いるのは、何かに向かって毎日少しずつ成長していく“私”だけです。」と、私の中の麻弥さんに諭される!


 とまぁ、隙あらば『バンドリ』の話をねじこもうとする……
 『バンドリ』アニメ3期をよろしくね!


 でも、マジメな話……パソコンが壊れて、一人でずっと『ポケモン緑』のレベル上げをしている間、iPadを横に置いて『バンドリ』のイベントストーリーをオート再生していたので、いろんなことを考えたんですね。「天才」と「凡人」の話とか、「夢」と「努力」の話とか、「仲間」と「劣等感」の話とか、そういうものが詰め込まれているのが『バンドリ』ですからね。
 この世界のすべての悩みは『バンドリ』に入っているのです!(ただし、父親以外の男性は決してカメラに映らない)



 そもそも「ゲームが上手い人」に「ゲームが上手いですね」と言うのは失礼じゃないかと思うのです。

 「美人」は「美人ですね」と言われ慣れているから喜ばない―――みたいなことではなくて。
 例えば、その人がすっっっごい難しいゲームをクリアした時に、「頑張りましたね!」とか「すごいですね!」とかじゃなくて、「ゲームが上手いですね」って言うの失礼でしょって思うのです。その人だってハンバーガー片手にクリアしたワケじゃなくて、頭と肉体をフル回転させて、何度も何度も何度もコンティニューして、諦めずにクリアしたというのに……あたかもその人には最初から「その能力」が備わっていたからクリアできた、みたいな「ゲームが上手いですね」って言葉は決して誉め言葉じゃないでしょう。


 ゲーム以外の例で考えましょうか。
 『マンガは描ける』で手の内を晒してからはあまり言われなくなりましたが、私も昔「絵が描けるなんてイイですね」と言われたことがあります。いや、別に描けないから!絵が描けて当然なんて思ったこと一度もありませんから!毎回毎回「今回こそ、完成しないんじゃないか……」という不安と戦いながら描いていますし、実際に描いている最中に挫折して諦めた絵だっていっぱいありますよ。

 この世界を「絵が描ける人」と「絵が描けない人」に二分するんじゃないっ!
 いるのは、絵を描こうと毎日少しずつ成長していく“私”だけなんですよ!!!


 でも、「絵が描けるなんてイイですね」なんて言う人は、絵を描ける人はあたかもその人に生まれつき「絵を描く能力」が備わっていたから描けたと思っているのでしょう。
 ちがいますよ!私なんかが言うのはおこがましいですけど、きっと現在「神絵師」と言われるような人達も、こどもの頃から何千時間・何万時間と絵を描き続け、絵を描いていない時も絵以外のものから学び続けて、そうして積み上げてきたものに更に「何時間もかけて1枚の絵を仕上げる」という過程を上乗せして美麗なイラストを生み出しているんですよ。

 「絵が描けてイイですね」じゃない!
 そのためにしてきた努力と、犠牲にしてきた時間を、なかったことにするんじゃないっ!!

 「私が何でもできると思わないで」ですよ!千聖さんが陰でどれだけの努力をしているのか、薫さんが誰にも見せない努力をどれだけしているのか、ロゼリアのベーシストとしてふさわしい演奏をするために指をボロボロにしながらリサ姉がどれだけの努力をしてきたのか、私達は見てきたじゃないか!


 とまぁ、隙あらば『バンドリ』の話をねじこもうとする……
 『バンドリ』アニメ3期をよろしくね!




 ネタとして言ってくる人がほとんどかも知れませんが、ゲーム実況をしていて死ぬ思いでゲームをクリアした後に「○○をクリア出来るんからゲームが上手いじゃないですか」って言われると結構傷つくんですよ。
 『ゼルダの伝説』で、ライクライクに盾を食われて泣いたあの日も!『スペランカー』で、あと1つのジャンプでクリアというところで失敗して最初からになったあの日も!『リンクの冒険』で、視聴者から「わざと敵に当たりにいっているの?」「ウチの母親の方がまだ上手い」と言われて落ち込んだあの日も!

 全部なかったことにして、あたかも私に最初からその能力が備わっていたからクリア出来たかのような「ゲームが上手いじゃないですか」って言葉は傷つくんですよ。

 ゲームが上手いからクリア出来たんじゃない!
 クリアするまで何ヶ月間も諦めなかっただけなんですよ!



 しかし、そう言われてしまうのは「ゲームが下手」という言葉を使っているからではと思ったんですね。「ゲームが下手」という概念を持ったからこそ「ゲームが上手い」という対立概念が生まれてしまったのだろうと。
 この世界を「絵が描ける人」と「絵が描けない人」に二分してしまう人のように、この世界を「ゲームが下手な人」と「ゲームが上手い人」に二分化して考えてしまっていたんじゃないか……ならば、「ゲームが上手い」なんて失礼な誉め言葉を撲滅するために、「ゲームが下手な人」を名乗るのをやめよう、いくつか理由はあるのですが一つの理由はそんなカンジでした。


 つまり、私は「ゲームが下手」なんじゃないです。
 毎日少しずつ成長しているだけなんです。


 ということで、『バンドリ』アニメ3期をよろしくね!



 

| ゲーム雑記 | 21:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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香川県の「ゲームは平日60分まで」条例案について、未成年の方々に言っておきたいただ一つのこと

 最近こんなニュースが話題になっていました。

 香川県、ゲーム利用時間を規制する条例案がネットで物議

 香川県議会の条例案に、未成年者のゲームの利用時間を制限しようとしたものが盛り込まれていたという話です。「ゲームは1日60分まで」というキャッチーなフレーズで拡散されていましたが、条例素案の全文を載せている記事があったのでそれを見てみると、若干ニュアンスはちがうかなと思いました。


 【ゲームは1日1時間】香川県ネット・ゲーム依存症対策条例の素案全文

<以下、引用>
(子どものスマートフォン使用等の制限)

第18条 保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする。

2 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなスマートフォン等の使用に当たっては、1日当たりの使用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とするとともに、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめるルールを遵守させるものとする。

</ここまで>


 「ネット・ゲーム」とは「オンラインゲーム」のことではなく、(定義)の項目で「インターネット及びコンピュータゲームをいう。」と書かれてありますから、「インターネットとゲームの両方を合わせて60分」なのです。「ゲームは1日1時間」どころではありません。
 NetFlixで映画を観ようが、クックパッドでレシピを見ながら料理をしようが、Spotifyで音楽を聴こうが、全部インターネットを使っているから1時間までね!生活水準を香川県だけ20世紀に戻すつもりなの??


 親子で話し合ってルールを決めようとか、依存症につながるような使用には気をつけさせようといった点は別に悪くないと思うのだけど、最後に怒涛のように「60分まで」とか「午後10時まで」のルールを提示して「遵守させるものとする」と言っているのが……前項で「親子で話し合ってルールを決めよう」と書いたのは何だったの?と言いたくなります。数行後で話し合う余地を奪ってるじゃねえか!



 とまぁ、この条例案についての怒りやツッコミはそこら中で言われていることでしょうし、10日遅れくらいでわざわざ書くことでもないかなとも思ったのですが……もしこの条例案がそのまま通ったらこんなルールを遵守させられる未成年の方々に、たった一つだけ言っておきたいことがあります。



 この案を出した人は県議会議員です。
 つまり、選挙で「大人」がたくさんこの議員に投票したから当選して、そうして当選した人達がこうやってルールを作っていくのです。


 私は香川県民ではありませんから私の一票でこの人が当選したなんてことはありませんが、同じ「大人」として申し訳なく思います。ごめんなさい。だから、数年後か十数年かは分かりませんが、あなたたちが選挙権を得た年齢になった時に思い出してほしいのです。


 自分が選挙に行かなくても、「大人」がちゃんとした人を選んで投票してくれるだろう―――なんて思ってはいけません。放っておいたらこういう人が選挙に受かってしまうのです。こと選挙に関しては「大人」はちゃんとしていないのです。

 国会議員でも県議会議員でも「またろくでもないことを言い出した人がいるぞ」と話題になるたび、私は思うのです。そうした議員を当選させたのは「大人」達じゃないかと。何百何千何万という票を得たから、その人達は議員を名乗れているワケで。



 だから、私は未成年の方々―――いや、今回の件で少なからず怒っているような人達全員に、お願いしたい!


 選挙権を手に入れたら、選挙に行こう!

 私が言いたいのは、それだけです。

| ゲーム雑記 | 21:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゲームプレイヤーは「仕方なく」攻略情報を見るんだ

 唐突に、Twitterでこんなアンケートを取っていました。
 答えてくださった皆様、感謝です!



 このアンケートを取りたくなったのは、↓の岩崎さんのツイートを見かけて「ホント?」と確かめたかったからです。



 自分のフォロワーさん中心のアンケートですから偏りもあるでしょうが、「最初から正解を欲しがる」を想定した「ほとんど攻略を見ながらプレイする」は0人でした。しかし、その一方で「攻略を見るくらいならそのゲームをやめちゃう」も7%と少なく―――「自分で考えずに攻略に頼りっきり」な人も、「攻略をまったく使わずに全て自力でプレイする」という人も、どちらも少ないという結果になりました。


 「必要そうなところだけ攻略でチェックする」と「難しくて自力ではどうしようもなくなったら攻略を見る」は、どちらも「自力でプレイしつつ、補助として攻略を使う」ということでは共通です。それが攻略本なのか攻略サイトなのかは分かりませんが、ゲームプレイに「攻略情報」は欠かせないと言っちゃってイイのかなと思います。



 しかし、これ……少し思ったのは、「ゲーム開発者」と「ゲームプレイヤー」の意識の差です。
 岩崎さんの意識が「ゲーム開発者」を代表するものなのかは分かりませんが、もし仮に「ゲーム開発者」の人が「攻略本が売れまくっているんだから、ゲームプレイヤーは最初から攻略本読んでるヤツばっかだろ」と思っていたとしても、実際の「ゲームプレイヤー」は「どうしてもクリア出来ないから仕方なく攻略本を買ってきてそれを読みながらヒィヒィ言いながらクリアした」という人だったりするワケで……


 どうりで「攻略本を作る出版社と癒着してるの?」と言いたくなるような難しいゲームがたくさん作られるワケだ!



 私は別にゲームが下手じゃないですけど、このブログに「こどもの頃○○がクリアできなかった」「××が難しかった」と書くたびに「攻略本を読まないオマエが悪い」「“攻略本を読んだら負けだ”みたいなちっぽけなプライドに縛られてるオマエが悪い」と言われてきました。要は「オマエはゲームが下手なんじゃない、せっかくある攻略本を読もうとしないチンケなプライドが悪い」と言われるんです。


 えっと……

 でも、私、すごく疑問なんですけど……




 「攻略本」を買うお金なんてどこから出るんですか?

 1年単位でお小遣いをせっせと貯めて1本のゲームソフトを買うとか、年に1度のクリスマスのプレゼントでゲームソフトをもらうとかの生活をしていたので、「攻略本」を買う余裕なんてなかったですよ。自分の周りも「攻略本」を持っているような人はあまりいなくて、そのお金があれば別のゲームを買ったり、別の趣味に使ったりって人ばかりでした。

 実際、『ドラクエ』とか『FF』がどんどんどんどん簡単になっていったのは「攻略本がなくてもクリア出来るように」という配慮だったと思いますし、ファミコン後期~プレステ時代くらいまで日本でRPGが人気だったのは「攻略本がなくてもレベルさえ上げればクリア出来る」と思われてたのが大きかったんじゃないかと思うんですね。
 まぁ、実際の当時のRPGは、『FF8』みたいなヤツが出てきて「レベルを上げまくったら逆に勝てなくなった!」と悲鳴が上がったりするんですけど(笑)。



 少なくとも「ゲーム開発者」の人達には、「ゲームプレイヤー」が攻略を見るのが当然のようなゲームは作って欲しくないなぁと私は思ってしまいます。インターネットが普及している現在なら、「攻略本」を買うお金がないこどもも、無料で「攻略サイト」を見るからイイじゃんって思うかも知れませんが……

 私の好きなマイナーなダウンロードゲームとかだと、国内には攻略情報を書いている人が誰にもいなくて、海外にはレビューを書いていたり攻略情報を書いている人がいるみたいだから何とか翻訳しながら読む―――みたいなことが起こるなんですよ!ゲームをクリアする技術よりも、英語を読み解く技術が欲しい!


| ゲーム雑記 | 21:00 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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エンディングまで行かないと真価が分からないゲームはどうしよう

※ この記事はスーパーファミコン用ソフト『デア ラングリッサー』の結末部分までのネタバレを含みます。多分。

 今年の実質新年一発目の記事「ゲームはクリアしない主義」を提唱&実践していくと宣言しました。
 そこから10日弱が経過してどうなったかというと、ブログの毎日更新やキンドル本を出したり週イチでTwitterに漫画を載せようと頑張ったりしていて、そもそもゲームを遊ぶ時間がほとんど取れていないという……

 でもまぁ、逆に考えると「クリアしなくてイイんだ」と思うことで時間がない中でも気楽にゲームを遊べるとも言えるか。Nintendo Switchで『サバクのネズミ団!改。』を2時間ほど、プレイ動画を作ると言っていた『ペーパーマリオRPG』を1時間ほどプレイしました。



 さて、今日はそんな「ゲームはクリアしない主義」の裏表の話を書きます。
 あの記事に書いたように、私は基本的には「ゲームなんて無理してクリアしなくてもイイ」と思っているのですが、一部「クリアしなければ本当の面白さを味わえないゲーム」もあるのも確かなんですね。そこでちょっと悩んでいることがあるのです。


lang2019-5-1-2.jpg
<画像はWiiバーチャルコンソール版『デア ラングリッサー』より引用>

 悩んでいるのは、今12章だか13章くらいまでプレイしたまま半年間放置してしまっている『デア ラングリッサー』というゲームです。
 このゲームは元々『ラングリッサーII』というタイトルでメガドライブ用ソフトとして1994年に発売されたゲームで(メガドラミニにも入っているよ!)、『デア ラングリッサー』というタイトルでスーファミ用ソフトとしてリメイクされたのが今作です。そのバーチャルコンソール版を、Wiiショッピングチャンネル終了直前にブログ読者の方から「もう買えなくなっちゃうので」とWiiポイントをいただく形でプレゼントしてもらっていたのです。

 ちなみに『だれもカノジョのカオをしらない』の中で一条鴎ちゃんが「三すくみ」の例として『ラングリッサー』シリーズの名前を出していたシーンがあったはず。全話読んだみなさんなら覚えていますよね!


 ウォーシミュレーションゲームとシミュレーションRPGの中間くらいのゲームで、どこでもセーブできるとは言え、育成と戦略に結構頭を使うゲームで……12章だか13章くらいまでプレイしたところまでは良かったのですが、昨年の6月にリアル私が「起立性低血圧」を発症してガッツリとしたゲームが遊べなくなっちゃったんですね。

 「体調が回復したら再開すればイイやー」と放置することにしたら、もうどうやって遊ぶゲームなのか、どのキャラがどういう立ち位置なのか、ウチの軍がどういう戦力なのかをすっかり忘れてしまって、再開するに再開できなくて半年が経過してしまったという次第です。


 「ゲームはクリアしない主義」なら、ここでもう遊ぶのをやめてもイイと思います。
 どういうゲームなのかはもう分かっているし、十分にもう楽しんだし、主人公以外では敵を倒せなくなってきたから主人公に経験値が集まって仲間達の育成が不十分でこれ多分終盤詰むなとも当時書いていたし……無理してクリアをする必要はないと思うんです。このゲームが「プレゼントしてもらったもの」でなければ。


 「プレゼントされたゲームなんだからクリアまで遊ばなくちゃ」という義務感があるというワケではないです。ゲームをプレゼントしてくれる人も私に楽しんでほしいのであって、イヤイヤプレイしてほしくはないことくらいは私にも分かります。


 問題なのは、このゲーム―――
 『デア ラングリッサー』というタイトルでGoogle検索をすると、1ページ目に「初めて遊んだ人は絶対に絶望するバッドエンド率99%のゲーム」という記事が出てくるようなゲームなのです。


 このゲームを始めたばかりの昨年の春、例えば『ファイアーエムブレム』みたいなゲームとはあまりにシステムがちがっていて苦戦して2面もクリア出来なくて、「そうだ、Wiiのバーチャルコンソール公式サイトにはアドバイスとか書いてあったはずだぞ」とタイトルで検索したらその文字が最初に飛び込んできて。


 ははーん?
 『デア ラングリッサー』をプレゼントしてくれた人は、俺にバッドエンド突入させてトラウマ作ってほしかったんだなとそこで分かってしまったのです。何せ、その人が過去にプレゼントしてもらった他のゲームもエンディングが未だにトラウマだったりするからな!


 でもまぁ、大人ですし、そこは見なかったフリをしてそのままクリアして、ぎゃーバッドエンドだー、つらいーと言うのが礼儀だよなとそのままプレイしていました。「ゲームはクリアしない主義」なのに、クリアまで遊ばなくてイイのかと悩んでいる理由はそこなのです。
 恐らく「やまなしさんにはバッドエンドに突入して絶望してほしい」という思いを込めてプレゼントしてもらったゲームを、途中でやめちゃったら「ただの面白いゲーム」で終わっちゃうじゃないですか。エンディングが衝撃的なゲームは、クリアしなければ本当の面白さを味わっていないのでは?と思うのです。

 そして、このゲームに限らず、「ゲームはクリアしない主義」を貫けば今後一切「エンディングが衝撃的なゲーム」とは出会えなくなると言えるのです。それでイイのか?と。



 しかし、一方で「衝撃的なエンディング」ということが分かっていれば、実際に何十時間かけて心身ともにボロボロになりながら苦労してクリアしてエンディングに到達したとしても、「あー、これが世間では衝撃的なエンディングって言われてるのね。ハイハイ、分かった」としか思わないでしょう。

 バッドエンドだとあらかじめ分かって到達するバッドエンドほど興ざめするものはないでしょう。

 多分アイツとアイツがああなぁって、アイツがこうなって、最後みんなそうなっちゃうんでしょ? それを確認するためだけに難しいゲームをクリアしなくちゃいけないだなんて……体調が良かったときならともかく、起立性低血圧になった際にそれで起動が億劫になってしまったのです。

 「エンディングが衝撃的なゲーム」なことがあらかじめ分かってしまったなら、その魅力を十分に堪能することは出来ないのです。



 でも、私がどんなに「エンディングが衝撃的なんて情報をあらかじめネタバレするんじゃないよ!」と言っても、「そんなものはネタバレに入りませんよ」と平然とみんな「エンディングが衝撃的」と記事中どころか記事タイトルに堂々と書くんですよ。じゃあ、アナタが俺の代わりに『デア ラングリッサー』の後半をクリアしてくれよ!





 ということで……
 今日の記事を書いている間に「ネタバレが嫌だって話を書いてもどーせ誰にも賛同されないし、あーアイツ本当めんどうくせーな。もうネットやめて死ぬまで黙っていればイイのにとしか思われていないんだろうな」と落ち込んできたので、『デア ラングリッサー』はここでやめまーす。

 うん!私の記憶ではこのゲーム、誰も死ななかったし、平和で楽しいゲームだった!
 それでイイや!


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ゲームキューブのコントローラで『スーパーマリオワールド』を遊ぶと難しい

 もうタイトルですべてを言い切ってしまったような気がする。


 こないだの正月に甥っ子がウチに来たので一緒にゲームを遊んだのですが、『スマブラSP』を遊ぶ際に甥っ子は「Joy-Con横持ち」で私は「ゲームキューブコントローラ」を使ったため、他のゲームも遊ぼうかとした流れでコントローラを切り替えるのも面倒くさくて全部のゲームを私はゲームキューブコントローラで遊んでいました。


 ゲームキューブとは、任天堂の据置ゲーム機の順番を簡単に並べると……

1.ファミリーコンピュータ(略してファミコン)
2.スーパーファミコン(略してスーファミ)
3.NINTENDO64(略して64)
4.ゲームキューブ(略してGC)
5.Wii
6.Wii U
7.Nintendo Switch(略してスイッチ)

 ということで、GCは3世代前のゲーム機なのですが、この時期に出た『スマブラDX』が人気で「スマブラはGCのコントローラで遊びたい」という人が多かったためWii UにもGCコン接続タップが発売され、それがNintendo Switchでも使えるんですね。流石に『Splatoon2』や『ブレスオブザワイルド』を遊ぼうとするとボタン数が足りなくて縛りプレイになっちゃうのですが、ボタン数の少ないゲームなら別に大丈夫だろーと思ったら……


 『スーパーファミコン Nintendo Switch Online』で『スーパーマリオワールド』を遊んだら、こんな操作方法になるんですね。

gc-world1.png

 2Dマリオにおいて「ダッシュボタンを押しながら走って、ジャンプボタンの飛距離を伸ばす」というのは基本テクニックです。最近のシリーズはダッシュなしでもクリアできるようになっているなんて話も聞きますが、『3』や『ワールド』だとダッシュなしだと空も飛べないはず。

 しかし、GCコンだと「ダッシュ」のボタンと「ジャンプ」のボタンが離れています。


gc-world2.png

 なので、こうやって「人差し指でダッシュボタン」「親指でジャンプボタン」を押さなくてはならないという。
 しかし、これ……脳がむっちゃ混乱するんですよ。ファミコンの頃からずっと「左にあるのがダッシュボタン」「右にあるのがジャンプボタン」と刷り込まれているため、とっさに逆のボタンを押してしまうのです。しかも、真ん中にどっちでもない「スピンジャンプ」があるのがややこしい。

 慣れ親しんだゲームでも新鮮な気持ちで楽しめる!
 みなさんも是非プレイしてみてください!




 「何ボタンが何の操作にあたるのか」は時代時代だったり、そのゲーム機のコントローラだったりに合わせて変化するものなので……例えばNintendo Switchで、ファミコンやスーファミのゲームを遊ぶと混乱することって結構あるんですね。


 例えば、最近甥っ子が始めたというNintendo Switch用ソフト『マリオカート8DX』の操作方法はこちら。

switch-curt.png



 その後、「実はswitchでスーファミ版の最初の『マリオカート』が遊べるよ」と遊ばせた『スーパーマリオカート』の操作方法はこちら。

sfc-curt.png

 1コずつズレているという!
 甥っ子は大混乱して、更にハンドルアシストやジャイロ操作もないのでマトモに走れず、瞬く間に不機嫌になっていったとさ。いや~、最新作って偉大ですね。こどもでもちゃんと遊べるようになっているんだから。





 ちなみに甥っ子、『スーパーファミコン Nintendo Switch Online』の存在を知らなかったけど『ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Online』は知っていたそうで、初代『スーパーマリオブラザーズ』は巻き戻し機能を駆使して8-4までクリアしたそうです。ゲームが上手い!

 その『スーパーマリオブラザーズ』の操作方法はこちら。

fami-mario.png


 しかし、『スーパーファミコン Nintendo Switch Online』で初めて遊んだ『スーパーマリオワールド』の操作方法はこちら。

sfc-mario.png

 また1コずつズレているという!
 何度教えてもスピンジャンプを続ける甥っ子、案の定、飛距離の短いスピンジャンプでは届かずに落っこちまくる―――それでも巻き戻し機能を使ってゲラゲラ笑いながら遊んでいたから、名作は時代を経ても名作なんだななんて思ったものですが。

 リアルタイム世代からするとファミコン→スーファミではコントローラの形状が変わったのでボタン位置が変わったことに違和感はなかったのだけど、今Nintendo Switchでその両方を遊ぶと同じコントローラなので混乱するんだろうなぁなんて思ったりもしました。



 それはそうと、今回この記事を書くためにGCコンとJoy-Conの写真を撮ったのですが、時間のない合間に他の作業をしながら撮ったので……

joy-moto.png

 よく見たら、Joy-Conストラップの向きが逆!

 おかげで外し方が分からず、任天堂のホームページなどを見て悪戦苦闘しながら外すハメになりました。急いで雑に何かをしようと碌なことにならないというオチでした。

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ゲームが下手な人が、ゲームを楽しめるようになるコツ

 昨日の抱負にも書いたように、私はもう「ゲームが下手な人」を名乗るをやめましたし、自分のことを「ゲームが下手な人」だとは思わないようにします。そのケジメとして、最後に置き土産を残します。

 本当はゲームが下手でもないくせに、4年弱「ゲームが下手な人」を名乗っていろんなゲームに大苦戦する様子を見せてきた、その総決算を書き残しておきます。私みたいなまがいものではない、本当のゲームが下手な人に参考になってくれれば、この4年弱「ゲームが下手な人」を名乗ってきた罪も少しは緩和されるかなと思ったので。



 2019年の1年間のゲーム実況は、『巨人のドシン』から始まり、『ソウルハッカーズ』『ドラクエソード』『プリンセスメーカー』『零~眞紅の蝶~』『パーティクイズ MEGA Q』『タントアール』『ポケットモンスター緑』と挑戦して……特に、『ソウルハッカーズ』『零~眞紅の蝶~』『ポケットモンスター緑』の3本は終盤のあまりの難易度の高さに、「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」とずっと悲鳴をあげていました。

 しかし、それらのゲームも……序盤はものすごく楽しんでいたんですよ。
 「よく考えられたバランスだ」「よく出来ている」「たーのしー」と。

 そこからどんどんどんどん難易度が上がっていったり、また装備や育成などの選択肢が増えるとどうしてイイか分からずにトンチンカンなことしてしまったりで、終盤は手も足も出なくなっていく……というパターンを、どんなゲームでも繰り返してきました。そこで私、気づいちゃったんです。



 どんなゲームも真ん中あたりで辞めれば、「たーのしー」のまま終われるのでは?と。

 『ソウルハッカーズ』もディスク1枚目で終わりにしておけば、『零~眞紅の蝶~』も4章辺りで終わりにしておけば、『ポケットモンスター緑』もカスミを倒した辺りで終わりにしておけば、「楽しいゲームだったね!」で終われていたんですよ。クリアを目指して最後までプレイなんてしようとするから、「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」と苦しむことになるのです。

 「クリア」なんて、所詮はゲームメーカー側が提示した“枷”に過ぎません。
 我々がゲームを遊ぶのは「ゲームメーカーが想定した動きをなぞる」ためですか? ちがうでしょ! ゲームは、我々が楽しむために遊ぶものです!


 ゲームはもっと自由なはずなんです!
 「みんながクリアを目指しているから」と言って、私もクリアを目指してゲームをプレイする必要なんてないんです。「みんなが○○しているからオマエもそうしろ」とか「みんなが○○と考えているんだからオマエもそう考えろ」みたいな同調圧力かけてくるやつは、「人間はみんな死ぬんだからオマエも今死ね!」と頸動脈をぶった切ってやればイイんですよ!


 例えば、よく「私はゲームが下手なので『スーパーマリオブラザーズ』もクリアできません」みたいなことを言う人がいるんですが……『スーパーマリオブラザーズ』の8-4クリアなんて、超ゲームが上手いヤベエ奴らの天上世界ですよ。
 なんでか誤解されているみたいですが、私も『スーパーマリオブラザーズ』は「まるごとバックアップ」でのズルなしでクリアできたことありません。そもそも難しすぎて8-4を目指したことすらないレベルです。ゲームが下手ではない私でもそうなんです。

 だから、ゲームが下手なら8-4なんて高みを目指す必要ないんです。
 1-4クリアを目指すとか、それも難しいなら1-1クリアを目指すとか、それも難しいなら最初のクリボーに当たらないことを目指すとか……自分にふさわしい目標を立てて、自分なりに楽しめばイイんですよ。


 いつから私達は「ゲームはクリアしなくてはならないものだ」なんて考えるようになってしまったのか。




 だから私は、「ゲームはクリアしない」主義をここに提唱して、実践していこうと決めました。

 えらそうに「やれ、このゲームは神ゲーだ」とか「やれ、このゲームはクソゲーだ」とか、こちとらユーザー様だぞとふんぞり返ってゲームを“評価してやっている”気になっている人もいますが、ゲームなんて「私がそのゲームを楽しく遊ぶことが出来たか」「私がそのゲームを楽しく遊ぶこと出来なかったか」、重要なのは「私の遊び方」なんですよ。
 実際、世間ではクソゲーと言われている『たけしの挑戦状』実況はムチャクチャ楽しかったし、メガドラミニの中では最も人気がないらしい『パーティークイズ MEGA Q』実況も死ぬほど盛り上がりましたからね。


 キミに!「ゲームを楽しく遊ぶ才能」はあるのか!?



 こんな記事を書いたら、恐らく「ゲームはクリアをしなくてならない」なんて固定観念にとらわれている人達は私にこう言ってくるでしょう。「最後までゲームを遊ばないと作ってくれた人達に失礼でしょう」と。給食を残したら怒られるみたいな説教を、8-4まで作ったのに1-1で辞めちゃうのは宮本茂さんに失礼だろうと説教してくる人が現れるでしょう。

 私はそうは思いません。

 そのゲームを作った人に会ったとき、「アナタの作ったゲーム、死ぬほど難しくて後半ずっと「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」と思いながらプレイしていました。もう二度と遊びたくないです!」と言うのと、「アナタの作ったゲーム、前半しかプレイしていませんがムチャクチャ楽しかったです!ありがとうございます!」と言うの―――どっちが失礼ですか?

 私は、「そのゲームを一番楽しめる方法」で楽しむことが、ゲームを作ってくれた人に対する恩返しになると思うのです。ゲームを作った人達だって「つらい」って言いながら遊ばれたくはないでしょう!(ゲームを拷問器具だと思っているドSクリエイターを除けば)



 また、私はゲームが下手ではありませんが、「私はゲームが下手だ」と思っている人ならば新しいゲームが発売になった際に「面白そうだけど、自分には難しすぎてクリアできないだろうなぁ……」と買うのを諦めたことが1年に50回くらいはあることでしょう。
 そのゲームを作った人に会ったとき、「アナタの作ったゲーム、難しくてクリアできそうにないから買いませんでした!」と言うのと、「アナタの作ったゲーム、難しくてクリアできないだろうけど序盤だけでも遊ぼうと思って買いました!」と言うの―――どっちが喜ばれると思いますか?


 「ゲームはクリアしない」主義を持つことで、今まで手を出せてこなかった―――難しそうなゲーム、遊んだことのないジャンル、ボリュームが果てしなくて時間が消し飛ぶような超大作を気軽に買えるようにもなるのです。ゲームを作っている人達にとっては、絶対にそっちの方が嬉しいことでしょう。

 また、ゲームを遊ぶ側にとっても、限られた余暇時間の中でゲームを遊ぶ時間をやりくりしているワケで……「ゲームをクリアまで遊ばなくてはならない」から「ゲームは半分くらいまで遊べばイイや」に転換すれば、倍の数のゲームが遊べるようにもなります。世の中の名作たちを全部遊ぶには短すぎる人生、「ゲームはクリアしない」と考えることでそうした名作たちを1本でも多く遊べるようになるのですよ!



 もちろんゲームのレビューを書いているプロのライターさんなんかだと「クリアまで遊ばないとレビューを書いてはならない」ような気がしますし、クリアまで遊んでいない人のレビューなんて参考にはならないと思います。

 でも、我々はちがうでしょ?
 ただゲームを遊ぶために買っている私達は、クリアする義務も、レビューを書く義務もないんですよ。レビューを書くためにゲームを買っているのか? 楽しむために、娯楽のために、遊ぶために、ゲームを買っているのではなかったのか??

 だから私、「最後まで遊んだ上で書くゲーム紹介の記事」は今後ほとんど書かなくなると思います。結果的に最後まで遊べたゲームとか、ボタンを押しているだけで最後まで行けるノベルゲームとかなら書くかも知れませんが、ゲーム紹介記事を書くためにクリアを目指して遊んだりはしません。
 逆に言えば、発売したばかりのゲームの「ファーストインプレッション」記事とか、旧作でも「今遊んでいるゲームの感想」とかはバンバン書いていこうと思います。

 このブログもそうですし、ゲーム実況もそうですが、2020年からは「ゲームを楽しく遊んでいる様子」をたくさん見せていけたらなって思います。ゲームで苦しんでちゃいかんのですよ!


 これが、私が「ゲームが下手な人」に向けて書ける最後の記事です。
 何かの参考になれば幸いです。


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