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何故ぼくはフローラを結婚相手に選んだのか~1992年にあったゲームの分水嶺

※ この記事はゲーム版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』のネタバレを含みます……というか、記事タイトルがネタバレです!
※ 劇場版『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』については観ていないので語りませんし、ネタバレもありません。



 チラッとTwitterで話したことなんですが、もうちょっとしっかり文章にまとめた方がイイかなと思ったのでブログに書きます。

 『ドラゴンクエストV』というゲームは、ストーリーの中盤で「結婚相手」を選ぶイベントが起こります。スーファミ版では「幼馴染のビアンカ」と「その町のお嬢様:フローラ」の二択で、このイベントを通過しなくてはゲームが進まない強制イベントです。
 そして、選んだ方のキャラがお嫁さんとなって一緒に冒険することになり、更にストーリーが進むと子供も生まれます。この子供の髪の色が、ビアンカを選んでいると金髪、フローラを選んでいると青髪になるのも芸が細かいんですよね。


 この「ビアンカかフローラか」論争というのは、何十年間もゲーム好きの間で話のタネになっていて。「ストーリーの流れでは絶対にビアンカでしょ」「幼馴染を裏切ってフローラを選ぶヤツは人でなしだ」みたいに、その人の人間性をはかる指針になっているところもありました。

 ゲームの攻略的に見ると「フローラの方が戦力にはなる」「金持ちの義父が支援してくれる」とフローラの方にメリットがあるのに対して、「ストーリーの流れではビアンカを選ぶのが普通」「選ばれなかった場合のビアンカは山奥でずっと父親の世話をするはめになって可哀想」とストーリー的にはビアンカが正規ルートっぽいカンジがするのも確かです。そんなこと言われるビアンカのお父さんも可哀想じゃない?


 この辺がよく言われること。
 ただ、この「ビアンカかフローラか」論争であまり語られない要素があるな―――と思ったので、今日ここに記事を書くことにしたのです。
 このゲームが発売された1992年にこのゲームを遊んでいれば誰もが何となく分かったであろう“当時の空気感”みたいなものがあまり語り継がれていなくて、『ドラクエV』は遊んだことがないけど「ビアンカかフローラか」論争だけは知っている人とか、リメイクなどで後から遊んだという人も多くなってしまい。「ビアンカかフローラか」論争が、「ストーリー的にはビアンカ」「ゲーム攻略的にはフローラ」みたいな単純な二択にされているのは大事な本質が抜けているだろうと私は思うんですね。


 つまり、「ゲームデザインとしてのフローラの存在意義」について、語る人があまりに少ないと思うのです。



◇ それはそうと1992年のスーファミタイトルってやばくない?
・1月28日 『ロマンシング サ・ガ』
・3月7日 『弟切草』
・6月10日 『ストリートファイターII』 ※ アーケード版は1991年稼働開始
・7月14日 『マリオペイント』
・8月27日 『スーパーマリオカート』
・9月27日 『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』
・10月30日 『真・女神転生』
・12月6日 『ファイナルファンタジーV』

 時代を切り開いた名作が次々と発売されている年なのです。
 スーファミ本体発売が1990年11月21日ですから、ハード2年目に入って「スーファミの性能を活かした新しいゲーム」がどんどん出ている時期―――この時期に『ドラクエV』は発売されたんですね。あの『ドラクエ』がとうとうスーパーファミコンで出るぞ!と。


 んで、ちょっと話をズラします。
 このブログを長く読んでいる人なら耳にタコができるほど読んだ話だと思いますが、「ファミコン→ スーパーファミコン」にゲームが移行するにあたって、『ドラクエ』や『ゼルダ』はかなり別のゲームに変化しているんですよね。
 ヒントも最小限で「さぁ!好きなところに行くがよい!うっかり強敵だらけのところに足を踏み入れて死んでも知らんぞ!」というファミコン時代から、「そっちはまだ行っちゃダメ。だから、岩で区切っておくね。ここでストーリー進めてこのアイテムを手に入れたころには強くなっているだろうから、そうしたらここ通れるようになるよ。安心でしょ?」というスーファミ時代に変わりました。

 自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”


 「自分で考えて冒険するゲーム」から、「ストーリーを追うゲーム」へ。
 『ドラクエII』でよく語られる思い出話が「ロンダルキアが地獄すぎた」とか「水門の鍵とかどこにあるか分かるワケねーだろ」といった冒険の難所についてのものが多いのに対して、『ドラクエV』でよく語られる思い出話が「ビアンカとフローラどっち選んだ?」とか「キラーパンサーのシーンが泣けた」といったストーリーについてのものが多いのも、象徴的だと思うんですね。


 もちろんそれで『ドラクエV』も、この後の『FFV』も大ヒットしたから「当時の需要にマッチした」と私は思うのですが……このスーファミ時代は「日本のRPGはロール(役割)をプレイングする(演じる)ゲームではなくなってしまった」「一本道のストーリーを追うだけのジャンルになってしまった」とよく言われたものです。
 そして、それは後のプレステ時代につながり、「ムービー偏重でゲームというより映画みたい」「これはもうゲームでなくてイイのでは?」みたいに言う人が出てきて―――その流れで、未だに「海外のゲームは自由度が高い。日本のゲームは一本道のストーリーを追うだけ。日本人は自由度が高いと何をしてイイか分からなくなるから」みたいに言ってる人がいるくらいですからね。その話題、1992年の時点で散々語られたヤツですよ!?20年以上前からタイムスリップしてきたの!?


 しかし、流石の堀井雄二です。
 『ドラクエV』が「一本道のストーリーを追うゲーム」になってしまったところに、一つの爆弾を落とすワケですよ。それが「ビアンカかフローラか」の二択です。「自分で考えて冒険するゲーム」から「ストーリーを追うゲーム」になってしまったから、そのストーリー部分に「自分で考えなくてはならない二択」をぶちこんだのです。


 つまり、ですね。
 「フローラという選択肢」は、ゲームにおけるマルチシナリオ・マルチエンディングの走りだと思うんですね。


◇ 「自分の選択」がゲームに反映される時代が来た、1992年
 マルチシナリオ・マルチエンディングの定義は難しくて、『信長の野望』(1983年~)とか『三國志』(1985年~)のような歴史シミュレーションも「自分だけのシナリオが展開するゲーム」と言い張ることも出来るのですが……自分の肌感覚としては、やはりこの「1992年」が時代が変わった瞬間だったと思うんですね。


 一つには、フリーシナリオRPG『ロマンシング サ・ガ』。
 実はこのゲーム「選んだ主人公によってちがう展開をするのは序盤だけ」みたいに言われることもあるのですが、最初に選ぶ8人の主人公によってスタート地点が変わったり、起こるイベントがプレイヤーが行く場所次第だったりすることで、プレイヤーの数だけちがう冒険があるゲームでした。
 当時の自分にはシステムが複雑すぎて、クリア出来なかったですね……そのくらい斬新すぎるゲームでした。

 もう一つは、サウンドノベルの草分け『弟切草』。
 「正解を探すアドベンチャーゲーム」ではなく、「選んだ選択肢によってストーリーが分岐するアドベンチャーゲーム」として作られていて、何度も遊んで別のエンディングを目指すゲームでした。まだスーパーファミコンを持っていなかった自分が、友達の家で初めて見てぶったまげたゲームNo.1でしたよ。こんなゲームが世の中にあるのかと思ったものです。


 「存在しなかった」とまでは言いきれませんが(例えば1991年発売の『くにおくんの時代劇だよ全員集合』なんかもマルチシナリオと言えなくも……ない、か?)ファミコン時代には「選択肢によってストーリー展開がまったく変わるゲーム」って相当珍しかったと思うんですね。
 形としては「はい/いいえ」という選択肢が用意されているのだけど、正解は「はい」であって、「いいえ」を選んでも「そんな、ひどい…」と言われるだけで永遠とループし続けるとか。「世界の半分をやろう」に「はい」を答えるとその場でゲームオーバーとか(これもある意味では「マルチエンディング」の先駆けか?)―――選択肢は用意されていても、正解の方の選択肢は決まっているというのがファミコン時代のスタンダードだったと思うんですね。


 そこに来た『ドラゴンクエストV』です。
 当時の私は、発売日にこのゲームを買った兄貴のプレイを後ろから眺めていたのですが……「ビアンカかフローラか」を選ぶシーンでは、「いやいや、どうせコレはビアンカが正解であって。フローラを選んでも、なんだかんだストーリーが進まないでビアンカを選ばされるんだろ?」と兄弟で話したのを覚えています。

 そうしたら数日後、兄貴のクラスメイトの中には「フローラを選んで、フローラと結婚して、フローラの子供が生まれた」と言い張っているヤツがいるという噂を聞くのです。「いやいや、それってアレでしょ?高橋名人が指にバネ仕込んで逮捕された、みたいなデマでしょ?」と思ったら、ホントでやんの。ホントにフローラと結婚できるでやんの。
 この衝撃って、予め「ビアンカかフローラか結婚相手を選べるゲーム」として知った上で始めた人には絶対味わえないものだったと思います。


 ファミコン時代の自由度なんて、初代『ゼルダ』にしても『ドラクエII』にしても、「必ず行かなくちゃいけない場所」を好きな順番で行けるくらいの自由度だったと今なら思います。スーファミ時代の自由度は、「自分の選択によってストーリーが変わる」という衝撃だったのです。
 今の若い人に説明するなら、『ブレス オブ ザ ワイルド』で「明らかに正規の解法じゃない方法でクリアしちゃって、え?イイの?と思った」ようなあの衝撃を―――1992年に『ドラクエV』を遊んだキッズ達は受けたのです。本当にビアンカと結婚しなくてイイの?フローラと結婚しちゃってイイの?と。

 ちなみに、同じ1992年の『ファイナルファンタジーV』もラストバトルの内容によってエンディングが変わるという要素があります。これは流石に「自分の選択によってストーリーが変わる」とまでは言えないと思いますが、同じ1992年の二大RPGの比較としてなかなか面白いなと思います。



 恐らく、若い人からすると「自分が選んだ選択肢によってストーリーが変わる」なんてことは何の衝撃もないんじゃないかと思います。この後、マルチシナリオ・マルチエンディングのゲームなんて山ほど出てきますからね。「それが普通じゃん」「ストーリーが変わらない選択肢なんて意味があるの?」くらいの感覚かも知れません。

 しかし、マルチエンディングのRPGとして有名な『クロノ・トリガー』は1995年発売ですから、この3年後。プレイヤーの選択によって好きなヒロインと結ばれるマルチエンディングの恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル』は1994年発売ですから、この2年後のゲームなんです。
 PCのゲームも考慮すると、『ときメモ』につながる系譜として……例えば『卒業』や『同級生』は1992年、『プリンセスメーカー』でも1991年が初出です。


 先の『ロマサガ1』や『弟切草』の例のように、1992年当時ってマルチシナリオ・マルチエンディングのゲームは最先端のトレンドだったんだと思うのです。ゲームに使えるスペックと容量が増えたことで、こんなことも出来るようになったぞという流行だったのだと思うんですね。

 そこに『ドラクエ』が持ってきたのが「ビアンカかフローラか」という、結婚相手の二択だったのですよ。

 『ドラクエ』シリーズは元々「ゼロから画期的なものを生み出すシリーズ」というよりかは、既にあるものを万人向けに編集してその魅力を伝えるシリーズだと思うんですね。PC向けのRPG自体は『ウィザードリィ』や『ウルティマ』などたくさんあったところ、日本のファミコンユーザーでも楽しめるRPGとして初代『ドラクエ』は生まれたワケですし。

 「マルチシナリオの要素」も、別に「初めてマルチシナリオを採用したゲームはドラクエVだ」なんてことは言いませんが、あの当時に「自分の選択によってゲームのストーリーが変わってしまうんだという体験」を初めて味わった人が多かったのがドラクエVのビアンカかフローラの二択だったとは言えると思います。



 その観点が、「ビアンカかフローラか」論争には欠けていると思うんです。
 若い人の中には、「ビアンカを選ばないなんて人でなしだ」とか「むしろビアンカ以外の選択肢を用意する意味が分からない」とまで言う人がいます。マルチシナリオやマルチエンディングが当たり前にある時代の人間からすると、そういう感想になるのかーって思いました。当たり前にあるものは、それがなかった時代のことなんて考えられないというか。


 少なくとも発売日近辺に『ドラクエV』を買って結婚相手にフローラを選んだ人は、「フローラと結婚すれば金持ちの義父が支援してくれる」とか「フローラはイオナズンを覚える」みたいな理由で選んでいません。そういう理由でフローラを選ぶ人が出てくるのは、攻略本などが発売されて情報が出そろってからの話です。

 今のインターネット時代、配信開始日のソシャゲでも「有利なキャラが出揃うまでリセマラする」みたいな攻略方法が当然なのかも知れませんが。1992年時点の日本ではインターネットはほぼ普及していません。何も分からないそういう状況でフローラを選んだ人達を「金に目がくらんだ」みたいに言うのは、当時の皮膚感覚としてはありえません。


 じゃあ、彼らはどうしてフローラを選んだんだ?って思いますか?
 「お金目当て」でも、「イオナズン目当て」でも、「子供の髪色を青色にしたくて」でもなくて。

 我が家では「兄が買ったゲームは兄がクリアするまで弟は触ってはいけない」という決まりがあるので、私が『ドラクエV』をプレイ開始したのはもうちょっと後だったと思いますが……何を隠そう、私は「フローラ」をお嫁さんに選んだ人間です。その私からフローラを選んだ人間の理由を語らせてもらえば。

 選択肢によってストーリーが分岐するのを見たかったんです。

 ストーリー上では明らかに「ビアンカを選べ」と言っている。
 そもそも発売前からビアンカが「唯一のヒロイン」みたいな扱いで宣伝されてた。
 パッケージにもソフトにも「ワシが嫁やで」と言わんばかりの顔で描かれていた。
 でも、それに逆らうことが出来る。

 ゲームが進化したことで、「用意されたストーリー」に逆らうことが出来たのです。
 生まれて初めて、ゲームに逆らうことが出来た―――その象徴がフローラなのです。


 これは、もっと本格的な「マルチシナリオ」のゲームである『ロマサガ1』や『弟切草』よりも強烈な体験でした。「8人の主人公の中から1人を選ぶ」とか「選択肢によってストーリーが分岐する」以上に、「明らかに用意されているヒロインじゃない方を選ぶ」という体験は背徳的で印象深いものですからね(強いて挙げるなら『ロマサガ1』のアイスソードの選択肢はこれに近いかも)(私は当時そこまで行けなかったけど)




 一応言っておきますが、「だから、フローラ派はエライんだ」みたいな話じゃないですよ?
 ビアンカを選ぼうが、フローラを選ぼうが、デボラを選ぼうが、人の自由だと思います。

 ただ、未だに熱く議論される「ビアンカかフローラか」論争で、1992年当時には確実にあった「フローラを選ぶことが出来るだなんてこのゲームはすごい!」という衝撃が何故だか語り継がれないのがもどかしかったのです。それが語り継がれなかった結果、「フローラを選ぶような男は金に目がくらんだクズ野郎だ」みたいに言う人があふれているのはホントどうかと思いますよ。

 「ビアンカかフローラか結婚相手にどっちを選ぶ?」って場面で、攻略サイトを開いて「お、フローラを選ぶと資金援助してもらえるのか。よーし、フローラを選ぶぞー」ってやると思っているの?
 ゲームにおける選択肢を、攻略サイトを読み込んですべて最適なものを選んでいるという考え自体が私はキライですわ。自分の頭で考えろよ!そのために、わざわざ堀井雄二は「二択」を提示してくれたって言うのに!


| ゲーム雑記 | 17:50 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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「大体どのくらいの頻度でセーブできるか」って、ゲームにおいて重視しませんか?

 過去に似たような記事を書いたことがありますし、生配信でも話した内容なんですけど……時間もネタもないので、ちょっとみなさんに聞いてみたい話を書こうと思います。


 例えばゲームを買うかどうか悩んでて、レビュー等で情報を調べてから買おうとする際、
 「セーブポイントが出てくる頻度」みたいな情報って気にしませんか?



 改めて考えるきっかけになったのは『じんるいのみなさまへ』で―――
 あのゲームに対する自分の評価は「不満点はたくさんあるけど志は買うので好きなゲーム!」なんですけど、その不満点の代表例がセーブ周りで、紹介記事でもそこはハッキリとダメだと書かせてもらいました。

 『じんるいのみなさまへ』紹介/満点ではないけれど、唯一無二の「日常系アニメの中に入れる」ゲーム

 「そもそもどんなゲームか知らん」人に説明すると、キャラクター達の会話を眺める「ノベルパート」と、キャラクターを動かして秋葉原の街を移動する「探索パート」で構成されているようなゲームです。ゲームオーバー要素とかはありません。
 んで、このゲームのセーブできるタイミングというのが、「ノベルパート」では章の終わりのみ、「探索パート」では1日の終わりのみなんです。「探索パート」の1日の終わりには食材を使うのが普通と考えると、セーブするために食材が必要とも言えて、ノーリスクではないんですね。


 この「好きなタイミングでセーブできない」「セーブできる頻度が少ない」ことが私の不満点で、他人にこのゲームを薦められるかどうかを考えたときに頭を抱えてしまうマイナスポイントで、だから紹介記事でも批判したのですが……

 他の人のレビューを読んでも、ここを批判している人ってほぼいなかったんです。
 このゲームを絶賛している人はもちろん、酷評気味だったファミ通のクロスレビューでも、「マップに現在地が表示されない」みたいなことしか書かれずに、セーブ周りについては誰も触れていませんでした。


 「これだからファミ通は一般人の視点に欠けてるなぁ」みたいなことを言ってたら、あれ?ひょっとして世間一般の価値観からズレているのは俺の方だったのかと思えてきたのです。今までゲームの紹介記事を書く際には、なるべくセーブ周りについての説明を書こうと気を遣ってきたのですが、ひょっとしてこの情報は俺以外誰も重視していないのか?と。


 「重視しない人もいる」というのは分からなくはなくて……
 今のゲーム機は大体スリープモードが完備されているので、1本のゲームを一気にプレイする人だったら「セーブなしで最初から最後までスリープだけでクリアする」みたいな人も多いと思うんですね。セーブポイントの頻度を気にするかどうか以前に、セーブすらしないでクリアする人もいるだろうと。

 しかし、私みたいに、Nintendo Switchのソフトだけでも『じんるいのみなさまへ』と『スーパーマリオメーカー2』と『Downwell』と『プチコン4』を同時並行で遊ぼうとした人にはその方法は使えません。スリープモードはあくまで「1本のゲームを遊び続ける」ことしか出来ませんからね。ゲームの切り替えをしようとすると、スリープではないセーブをする必要があるのです。

 だから、私は『じんるいのみなさまへ』のセーブ方式が不満だったんですね。



 また、ファミ通のクロスレビュアーのような「プロのゲームライター」さんの場合、仕事でゲームをプレイするワケですから、1日の余暇時間の合間にプレイする私のような人間とはとらえ方がちがうんだろうなとも思います。
 分かりやすい例を出すと、「1日30分しかゲームを遊べない人」と「1日10時間ゲームを遊んでいる人」なら、セーブポイントの捉え方は変わりますよね。「1日30分しかゲームを遊べない人」は30分以内にセーブポイントまで辿りつけなかったらその日のゲームは進捗ゼロですというのもありえるくらいなのですが、「1日10時間ゲームを遊んでいる人」ならセーブポイントの頻度なんて気にしないと思うんですね。

 私はどちらかというと「1日30分しかゲームを遊べない人」側なんですけど、今ゲーム機でゲームを遊んでいる人は「熱心なゲーム好き」が多いでしょうから、10時間は言い過ぎだとしても「1日2~3時間ゲームを遊んでいる人」なんて全然珍しくないと思うんですね。もしくは休日などの「2~3時間のまとまった時間がなければゲームを起動しない人」とか。


 そういう人が多いのなら、セーブポイントの頻度は「2~3時間に1回出てきます」でも問題ないし(ゲームオーバーの際にどこからやり直しになるのかは重要だと思いますが)、いちいちセーブポイントの頻度なんて気にしないのかなぁと。



 みなさんは気にしますか?
 誰も気にしないのなら、ゲーム紹介記事でも今後触れなくてもイイかなと考えているので、意見を聞かせてもらえたらありがたいです。

| ゲーム雑記 | 17:52 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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セグメントゲームズさんに誘われてラジオで喋ってきました & Skype結構イイねという話

 セグメントゲームズのpartygameさんに「ゲームについてラジオで一緒に喋りませんか?」と誘われたので、ゲストという形で一緒に喋ってきました。YouTubeで聴けるのでみんなも聴いてね!



 「話したいテーマはありますか?」と事前に言われていたので、恐らく「私とおなじように宇宙飛行士タイプのpartygameさん」にずっと聞いてみたかったこととして「遊んだことのないシリーズやジャンルのゲームってありますか?」をテーマとして挙げさせてもらいました。予想外の話に発展していって、一人喋りのゲーム実況とはまたちがう楽しい時間を過ごさせていただきました。


 内容について語っちゃうとネタバレになるので、そちらは是非動画で観てください。ゲーム好きな人なら「分かる分かる」とか「うそぉ!」とか思いながら聴ける話がどんどん出てくると思いますよ!





 さて、ラジオの内容とは別個でちょっと考えたこと。
 「ラジオで一緒に喋ってきた」と言ってもSkypeでつないで電話のように喋っただけなのですが、私実はSkypeって初めて使ったんですよ。元々友達がほとんどいないし、数少ない友達もインターネットが家にない人ばかりだし、PC用のマイクを買ったのもゲーム実況をする時に初めて買ったくらいですし。

 「こんなにクリアに聴けるんだー」って思いました。
 昨年、『スーパーマリオブラザーズ3』をフレンドの人とオンライン協力プレイで一緒にクリアする配信をやったのですが、その時はNintendo Switch Onlineの公式アプリのボイスチャットを使ったため。音がプツプツ途切れたり、回線が途中で切れちゃったり、あんまりクオリティ高くないなと思ったんですね。

 もちろん今回は2人ともPCにマイクをつないだから音声がクリアになっただけで、スマホからSkypeをするとここまでクリアじゃないのかも知れませんし。Nintendo Switch Onlineの公式アプリは、例えば『Splatoon2』でプライベートマッチをやった際、「味方のチームだけボイスチャットが聞こえるようになる」みたいなゲームと連動したボイスチャットが出来るというのがウリなのですが。

 もし次に「フレンドと一緒にボイスチャットありで何かのゲームに挑戦する」機会があるのなら、Skypeという選択肢もありかなーと思ったんですね。その方が「ボイスチャットには参加したいけど声バレしたくないからボイスチェンジャー使いたい」みたいな人も参加できると思いますし、選択肢が増えると思うんですね。

| ゲーム雑記 | 17:55 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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運ゲー、アドリブゲー、覚えゲー

 以前の生配信で出た話題なのですが、言いたいことをちゃんと言い切れないまま終わっちゃってその後語る機会がなかったため、ブログにしっかりと自分の考えをまとめておこうと思います。


 「アドリブゲー」と「覚えゲー」の違いは、どこにあるのか?

 例えば、従来の格闘ゲームはコンボを覚える「覚えゲー」だったのに対して、『スマブラ』はダメージ蓄積量によって吹っ飛ぶ距離が変わるので同じコンボが毎回成立しない「アドリブゲー」を目指した―――みたいなことはよく言われるのですが。従来の格闘ゲームだって「アドリブゲー」として楽しんでいた人達はいるし、『スマブラ』も「覚えゲー」だと言っている人もいますよね。


 「○○は覚えゲーだ」「いや、○○はアドリブゲーだ」と、話が噛み合わないことが何故起こるのか――――

 それは、同じゲームを遊んでいても、ゲームが下手な人には「運ゲー」だったり「アドリブゲー」だったりするのに、ゲームが上手い人にとっては「覚えゲー」になるからだと思うんですね。



tetris-adrob.jpg
<画像はNintendo Switch用ソフト『テトリス99』より引用>

 分かりやすく、多くの人が一度はプレイしたことがありそうな『テトリス』で例えましょう。

 私くらいのへっぽこゲーマーからすると『テトリス』って「運ゲー」なんですよ。
 テキトーに積みあがった形に、きっちり合うブロックが次に落ちてくるかどうかが“ランダムで”決まるので―――運が良ければ生き残れるけど、運が悪ければ瞬間で死ぬゲームなんです。『テトリス99』やっても基本70~80位くらいなんですが、時たま20~30位くらいになれるのはたまたま欲しいブロックが落ちてきたってだけなんですね。


 んで、恐らくもうちょっと上手くなっていくと『テトリス』は「アドリブゲー」になっていくと思うんですね。
 落ちてくるブロックは“ランダム”で決まるとは言え、瞬間瞬間の“とっさの判断”で対応していくゲームになるんじゃないかと思われます。運要素で左右されない立ち回りが出来るかどうかのゲームになっていって、『テトリス99』に昔はなかった(よね?)「好きなブロックをキープしておけるHOLD機能」や「NEXTが6つ先まで表示される」があるのも、運をアドリブで制御できるようにするためだと思われます。私には使いこなせませんけどね!


 そして、達人クラスになると『テトリス』は「覚えゲー」になるらしいんですよ。
 初心者~中級者には聞いたこともない「Tスピン」という、凸型のブロックを回転させてスキマに埋め込むテクニックを達人たちは使いこなしていまして。『テトリス』を極めていくと、最終的にはこの「Tスピンが出来る形」と「そこに埋め込むためにはどのタイミングでどっち回転のボタンを何回押すのか」を覚えるゲームになるらしいんですね。

 「んなバカな」という人は、↓こちらのブログをお読みください。

テトリス講座 Vol.10 絶対に覚えておきたいTスピンテンプレ集
テトリス講座 Vol.10-2 絶対に覚えておきたいTスピンテンプレ集【2】

 『テトリス』の解説で「火力の底上げ」って言葉が出てくるとは……(笑)
 『テトリス』を「運ゲー」だと思っている私には怪文書にすら思えてきます。「やまなしさんもこれを覚えたら強くなるんじゃ?」と思った人がいるかもですが、私は未だに「AボタンとBボタンのどちらを押すと右回転なのか左回転なのか」すら覚えられていないんですよ!無理に決まっているじゃないですか!




 ということで、同じゲームであってもプレイヤーの熟練度によって「運ゲー」か、「アドリブゲー」か、「覚えゲー」かは変わるのです。
 例えば私、「スマブラ以前の格闘ゲームはコンボを覚える覚えゲーだった」という話がちっともピンと来ないのは、私はコンボを覚えられないどころか、コンボが出せたことがないレベルだからです。波動拳ですら6回に1回くらいしか出せない自分がコンボを覚えたところで何の役にも立ちません。だから、格闘ゲームは基本ガチャガチャとボタンを押して当たればラッキーという「運ゲー」です。

 レースゲームやリズムゲームも「何度も同じコースを遊んで覚えていく覚えゲーですよ」と言われるのですが、何を覚えればイイのかすらよく分かりません。「このカーブは何十回と挑戦しても曲がれない」とか「ここのスライドでいつも失敗してコンボが途切れる」みたいなことは覚えられるけど、それを覚えても次もまた同じ失敗をするだけです。

 それでも最近のゲームは難易度調整とか自分と同じレベルの人とのマッチングとかが充実しているため、そんなレベルでも全然楽しく遊べてしまうんですね。だから、私にとってのレースゲームやリズムゲームは「アドリブゲー」という感覚なのです。



◇ 「運ゲー」と「アドリブゲー」の境界線
 ゲームに“ランダム要素”を入れる目的は、「最適解を覚えれば絶対勝てる覚えゲー」ではなくすためと言えて、友達同士で集まって遊ぶ対戦用ゲームなんかでは重要な要素になります。
 例えば、『スマブラ』『マリオカート』『マリオパーティ』なんかは“ランダム要素”を意図的に入れることで、「どのアイテムが入手できるか」次第で初心者でも中級者と互角に戦えたりするのです。これは、トランプみたいなアナログゲームにも言えることですね。


 しかし、じゃあそれらのゲームが完全に「運ゲー」かというとそうではなくて、先の『テトリス』と同様に“ランダム要素”に左右されない立ち回りが出来るかどうかが問われるゲームだと思うんですね。上手い人相手にはゴールデンハンマー持って突撃しても避けられるし、上手い人は碌なアイテムが出なくても最初から最後までずっと1位をキープできるし、道中いろんなことがあっても最終的には上手い人が1位になるし。

 運が良くて勝てることはあっても、運が悪くて負けることはなく、負けたのは運に左右されるような立ち回りしか出来なかったから―――というべきか。


downwell-adrib.jpg
<画像はNintendo Switch版『Downwell』より引用>

 イメージしやすそうなのは、ローグライクに代表される「ランダム生成」のゲームです。

 例えば、この『Downwell』は毎回地形が変わるので「地形を覚えて最適な動きをする」みたいな攻略法は出来ず、手に入るアイテムも毎回変わるので、序盤で強力なアイテムを手に入れたことでサクサクと進めてしまうこともあります。
 しかし、じゃあ完全に「クリアできるかどうかは運次第」かというと決してそんなことはなく、その都度その都度で手に入ったアイテムを活かした立ち回りをしていくことによって、(キャラクターではなく)プレイヤーに経験値が溜まっていって「最初はワールド2にも行けなかった」のが「ワールド3には安定して行けるようになる」とか「1時間やればワールド4は1回くらい行けるようになる」みたいにどんどん先に進めるようになるのです。

 なので、「ランダム生成」のゲームは基本的に、「運ゲー」ではなくて「アドリブゲー」だと思うんですね。



◇ 「アドリブゲー」と「覚えゲー」の境界線
 「覚えゲー」の定義というのは難しくて、「何も覚えなくても全く不利にならないゲーム」なんて世の中にはほとんどないとは思います。
 極端な話、「ジャンプするために押すのはAボタンかBボタンか」くらいは覚えないとゲームなんて遊べませんし。操作方法がスーパーシンプルな『パックマン』ですら敵の色によって動きがちがう、みたいな覚える要素がありますからね。


 ということで、代表的なWEB百科事典ではどう書かれているのか調べてみました。

覚えゲー - Wikipedia
<以下、引用>
 ゲームに現れる規則性・法則性、およびそれに基づく攻略手順(パターン)を覚え、その通りにプレイすることで楽に攻略できるゲームのこと。パターンゲーともいう。肯定的な意味でも、蔑称としても用いられる。パターンを覚える過程で何度もゲームオーバーを繰り返すことになるため、「死んで覚えるゲーム」を略して死にゲーと呼ばれることもある。
</ここまで


覚えゲーとは(オボエゲーとは) - ニコニコ大百科
<以下、引用>
 ゲームを進めていく上で、特定のパターンや情報などを「覚える」ことで有利に進めることが出来る、または覚えることが必須の作業とされるようなバランスのゲームについてこう呼ばれる。類似語として、特にアクションゲームなどの死亡・撃墜などを伴う物の場合は特に「死にゲー」とも呼ばれる。
</ここまで>


覚えゲーとは - はてなキーワード - はてなダイアリー
<以下、引用>
 ビデオゲーム、特にシューティングゲームや音楽ゲームなど広義のアクションゲームにおいては、ゲームを有利に進められるようになる方法のひとつとして、敵の出現パターンなどを「記憶する」ことが求められる。

 その度合いが強いゲーム、すなわち、ゲームの進行を覚えるほどゲーム上の目標を達成しやすくなる、もっといえば「覚えさえすればうまくなる」ゲームが「覚えゲー」である。

</ここまで>


 共通で書かれているのは「パターン」という言葉。
 敵の出現位置や動きが毎回同じなため、何度も同じステージ(等)を繰り返し挑戦することでその対処法を覚えることが求められるゲームといったところでしょうか。もちろん『Cuphead』みたいに「数パターンある動きの中からランダムで1つ選ばれる」というゲームも「覚えゲー」になるのでしょうが。


salmonrun-adrib.jpg
<画像はNintendo Switch用ソフト『Splatoon2』より引用>

 例えば、『Splatoon2』の「サーモンラン」は、出てくる敵(シャケ)の特性や、こちらのブキの特徴、ステージのギミックなど覚えなくてはならないことが多数あるのだけど……敵(シャケ)の出現パターンは一定ではなく、毎回変わるので、「覚えゲー」ではないと言えるのだと思います。



 しかし、この定義だと格闘ゲームは「覚えゲー」ではないってことになりませんかね。敵の動きは(CPU戦であっても)毎回変わるワケですし。コンボでハメちゃえば相手が動くことも出来ずに倒せるみたいなこと?

 また、この定義だと『スーパーマリオブラザーズ』みたいなアクションゲームも全部「覚えゲー」ってことにならないかなと思うのですが、『スーパーマリオ』の場合は地形や敵の出現パターンを覚えていたところであまり有利にはならないってのがミソですかね(無限ループなどは除く)。
 でも、そうか……私くらいの実力だと『スーパーマリオブラザーズ』は「アドリブゲー」なのだけど、最速クリアを目指すRTA勢にとっては地形や敵の出現パターンは絶対に覚えなくちゃいけない「覚えゲー」になるってことか。それを言い出すと『ブレス オブ ザ ワイルド』とか、すべてのゲームが「覚えゲー」になっちゃいそうだけど(笑)。



 昨年『ドラキュラX』を血を吐きながらクリアしたときにも思ったことなんですが、何十回やってもまったく勝てる気のしなかった中ボスも、攻略サイトを見て「この動きをしてきたときはこうやって避ける」「この動きをしてきたときはこうやって避ける」といったパターンと対処法をそのまんま実践したらあっさり勝てたりして―――

 敵のパターンを覚えてそれにあった対処をするという「覚えゲー」は、攻略本とか攻略記事のビジネスとムチャクチャ相性がイイんですね。
 プロのゲームライターの方々が何度も挑戦してそこで覚えた「記憶」を、そのまま譲り受けてプレイできるので自力で何十回とやられて覚える必要がないのです!

 また、「何十回とやられて覚える必要のあるゲーム」というのは一人のプレイヤーからたくさんお金を巻き上げるアーケードゲームのビジネスとも相性が良くて、アーケードゲームに勢いのあった時代には適応したジャンルだったのかなと思われます。「覚えゲー」の代表と言われる、シューティングゲーム、格闘ゲーム、レースゲーム、リズムゲーム、全部アーケードゲームの人気ジャンルでしたもんね。

 そして、そのビジネスモデルは現在は「スタミナ制のスマホ用ゲーム」に受け継がれているんじゃないかと、『ドクターマリオワールド』の制限時間付きステージをプレイしていて思います。このゲームには多少の“ランダム要素”はあると思うんですが、大まかな配置は決まっているので何度も何度もプレイして「このカプセルが来た場合はこっちに」「このカプセルが来た場合はこっちに」と最適解を想定してあらかじめ覚えていく必要があるという。

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<画像はiOS版『ドクターマリオワールド』より引用>

 すっごく面白いゲームですが、時間が足りなくてゲームオーバーになると「(課金したら入手できる)ダイヤを使えば10秒だけ続きが出来るけどどうする?」って言われるのはすっげえイラっとします。『猫のニャッホ』の時にもあったからスマホ用のパズルゲームにはよくある仕様なんでしょうけど、ゲーマー的には「ぜってえコンティニュー=課金しねえでクリアしてやるかんな!」って思うもんじゃないかなぁ。


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何故ぼくはゲームを「積む」のか

 カウントしている「積みゲー」の数がとうとう230本を超えてしまいました。

 ただまぁ、この「積みゲー」の定義は「私が今後プレイする予定のゲームで既に入手しているもの」というカンジなので、毎月3本ずつ増える『ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Online』のソフトとか、2週に1本くらいのペースで配っているEpic Gamesストアの無料配布ゲームとか、福袋から出てきたけどいらないやと友達が置いていったゲームとかも含んでいるんですけどね。

 「私が選んで買ったゲームを積む」ケースというのは、福袋から出てきたものを除けば、セールになっているソフトを「セール期間中に買っておいて後で遊ぼう」としたまま何年も遊んでいないケースがほとんどで……
 新作ソフトは買ったら最優先ですぐに遊ぶようにはしています。しかし、『じんるいのみなさまへ』の翌日に『スーパーマリオメーカー2』が発売されるみたいなことが起こると、両方買って片方積んじゃうのはしょうがないんですよね。9月なんて、メガドラミニと『ゼルダ』と『ライザちゃん』と『ドラクエ』を買う予定なんですけど、どうなっちゃうんだろう(笑)。



 さて……これは、以前の生配信でも話したことと重なるところもあるのですが。
 同じようにゲームが大好きな人であっても、こんな風にたくさんゲームを積んでいる私のような者を見ると「どうしてすぐに遊びもしないゲームを買っているの?バカなの?」と言いたくなる人もいると思うんですね。

 あなたは、「一つのゲーム」を何周もプレイしますか?

 それは1年前に書いたこの記事である程度説明が出来ます(というか1年前のこの記事によると、1年前の時点では積みゲー107本だったそうですよ。1年で倍以上に増えている!!)
 1つのゲームをとことん遊びつくす「天文学者タイプ」と、色んなゲームを片っ端から遊びたい「宇宙飛行士タイプ」がいて―――宇宙飛行士は天文学者を見て「どうして同じゲームを何度もプレイしているの?」「どうして1000時間も同じゲームやってるの?」と思うのだけど、天文学者は宇宙飛行士を見て「どうして全部のエンディングを見ないうちにやめちゃうの?」「どうしていっぺんにゲームを何本も買うの?」と思うのだという。

 私は断然「宇宙飛行士タイプ」で―――
 これはゲームだけじゃなくて、漫画もアニメも映画も小説もそうで、1つの作品を何度も何度も読み返したりはせず、なるべくいろんな作品を知りたいと思っているんですね。だから、「積みゲー」以上に「積み本」も多いという。




 んで、これを書くと負け惜しみみたいに聞こえるかもですが……
 私は自分のことを「ゲームが下手」だと思っているし、そう名乗っていますが、そもそもゲームを「上手くなりたい」という欲がそんなにないんですよ。苦労せずに上手くなったらラッキーだけど、そのためにわざわざ苦労したくはないなくらいのカンジ。

 私にとって、ゲームというのは「知りたい」という欲なんですよ。
 次から次へと新しい惑星に旅立ちたい宇宙飛行士のように、すべてのゲームを「知りたい」し「遊びたい」と思っているのです。世の中に自分の「知らないゲーム」があるとものすごく損した気分になるので、出来るだけ多くの作品を「遊びたい」んですね。だから、1つのゲームを極めたいみたいな欲は薄いのです。

 世の中にあるゲームは「既に遊んだことのあるもの」か「これから遊ぶ予定のもの」のどちらかで、「これから遊ぶ予定のもの」がセールされていたら「いずれ遊ぶんだから今のうちに買っておこう!」となるのです。


 でも、もちろん現実的に一人の人間が世にあるすべてのゲームを遊ぶことは不可能なので、「既に遊んだことのあるゲームのリメイク」とか「既に遊んだことのあるゲームの続編」とか「既に遊んだことのあるゲームに似たゲーム」とかは優先度が低くなってしまうんですね。
 昔から私がブログに書いてあまり共感されてこなかった「好きな漫画がアニメ化されてもあまり観る気がしない」とか「好きなゲームの続編には興味が湧かない」とかも、これで説明がつくのです。それは「既に知っているもの」だから、それに時間を割くくらいなら「知らないもの」に手を出したい―――と。



 ……と、ここまでは今までにもブログで書いたり、生配信で語ったりしたことなので、今日話したい本題はここからです。では、ゲームを「知る」というのは、どこまで遊べば「知った」とみなして良いのだろうか??



◇ 何故ぼくはゲームを「クリア」しようとするのか
 私はこのブログに月に1~2度「近況報告」の記事を書き、その期間中に遊んだすべてのゲームの感想を残すことにしています。
 どうしてそんなことをやっているのかというと、宇宙飛行士タイプの私が片っ端からゲームを遊んで「知って」いっても、次から次へと新しいゲームを始めると遊んだゲームのことを忘れていってしまうので……かつてはメディアマーカーというサイトに感想を書き残していたのを、メディアマーカーが終わってしまったのでブログに書くようになったというカンジです。


 んで、どうして自分でそう設定しちゃったのかは分からないんですが……
 遊んだゲームを「クリアした」「(クリアのないゲームなので)引退した」「ギブアップした」「まだプレイ継続中」「ちょっとプレイ中断中」に分類して、「継続中」と「中断中」を除き、「クリア&引退」したゲームの割合が75%以上になることを目標にすると自分の中で決めています。

 つまり、1本ゲームを「ギブアップ」したら、3本ゲームを「クリア」ないし「引退」くらいまで遊ばなくてはならないということです。おかげで、難易度の高いファミコンのゲームとか迂闊に始められなくなってしまいましたよ!(笑)


 ぶっちゃけた話、ゲームを「ただ知りたい」だけならどんなゲームも30分だけ遊んで「ハイハイ、分かった分かった」と終わらせていきゃ良いんですね。そうすれば積みゲーなんてガンガン消化できますし。「遊びもしないゲームをどうして買うの?バカなの?」みたいな幻聴に悩まされる必要もなくなります。

 でも、ゲームってある程度まで遊ばないとその本質が分からないとも思うんです。単純に「最後まで遊ばないとストーリーが分からない」というだけの話じゃなくて。
 例えば『ファイナルファンタジーVIII』なんかは、中盤くらいまでは「ひたすら召喚獣を呼ぶ」だけで戦闘はゴリ押し出来ちゃいます。でも、終盤はそれでは何ともならなくなって、ジャンクションシステムをしっかり使いこなすことでゲームの面白さが分かるようになっているのです。このゲームを序盤だけ遊んで「FF8は召喚獣でゴリ押しできるゲーム」なんて言う人は、果たしてこのゲームを「知っている」と言えるのかという。

 同じようなことは色んなゲームにも言えて、例えば『スーパーマリオブラザーズ』の序盤は「Bダッシュを使わなくてもクリアできる」けど、終盤は「Bダッシュジャンプが出来ないと物理的にクリア不可能になっている」とか。『巨人のドシン』はクリア(エンディング)を目指すと「どの色の住民をどう配置するのか」を考えるシミュレーションゲームになるとか。『ハングオンGP'95』は22日目にしてようやく「「あと1秒を縮めるため」にどのラインで走れば如何に減速を少なく出来るかを考えるパズルゲーム」だと分かったとか。


 そのゲームの「ツボ」が分かるにはある程度のプレイ時間は必要なんですね。
 その目安が「クリア」しているかどうかだと考え、ゲームが「上手くなりたい」とは思わなくても、ゲームを「知る」ためにはクリアまで遊ばなくちゃならない――――最低限どのゲームも「クリア」を目指して遊ぶようにした結果、1本のゲームに長く時間がかかって積みゲーが全然減らないという。だから、積みゲーが増える一方なのはイイことなのです!ゲームをしっかり理解しようとしているからなのです!





 しかし、問題は「クリアのないゲーム」ですよ。
 というか、2010年代のゲームは「インターネットに繋がっていることが前提の運営型のゲーム」が主流なので、「クリアしたかどうか」ってもうあんまり重要じゃないんですね。

 例えば、現在の日本で主流のスマホゲーム―――ガチャでキャラを集めて編成して育成していくゲームは、ステージもストーリーもどんどん追加されていくので「遊び尽くす」ことは不可能なんですね。サービスが終わるまで付き合うしかありませんし、人気がある限りはサービスは終わりません。

 そういうゲームはどこで「知った」とみなしてイイのか。どこまで遊べば次の惑星に向かってイイのか。
 春アニメの原作ゲームを遊ぶチャレンジの時、その時点で配信されているステージ&ストーリーを全部プレイしようとしてウンザリしちゃったように。無理に全部やろうとするとゲームを嫌いになるので、どこで見切りを付ければイイのか悩むところなんですね。


 それこそスマホのゲームに限らず、『Splatoon』だって『スマブラ』だって、一応「一人用のモードをクリアすればエンディング」だけど「本編は対戦モード」だと言えるので……
 『Splatoon2』を「ちゃんと知る」ためにはウデマエXまで上がらなくちゃならないとか言われたら、私は発狂するしかないと思うんですね。シリーズ400時間くらいやってても、未だにウデマエC+とB-の間くらいだし。ウデマエXに到達するためには、山籠もりとかして仙人に教えを乞わなきゃならないレベルですよ。その間、他の積みゲー崩してたら仙人から怒られますかね?


 でもまぁ、こういうことを突き詰めていくと「オンライン対戦のないパーティゲーム」を一人で遊んでも、そのゲームを「知った」と言えるのかって話になっちゃうんですよね。Epic Gamesストアの次の無料配布ソフトが『Overcooked』なんだけど、1作目にはオンラインモードないので(2作目にはある)、このゲームを一人で遊んで果たして「知った」と言えるのかとは思います。


 つまり……何だ?
 「世の中にあるゲームを全部知りたい!」とか言う前に、私は「現実で友達を作る」という経験をまずは知っておかなくちゃいけなかったということか。死にたい(一度死んで小学生からやり直したい)。


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クラウドゲームが狙う層、および狙うタイミング

 色んなニュースが出てきたのですっかり誰も話題にしなくなってしまいましたが、E3近辺でGoogleのクラウドゲームサービスSTADIAの料金体系が発表されていました。と言っても、まだ日本でのサービスは発表されていないので、海外での話ですね。

 Googleのゲームストリーミング「Stadia」、日本を除く14カ国で11月開始 月額9.99ドル 無料プランは2020年から

 月額9.99ドルの有料会員(Stadia Pro)になると無料ゲームタイトルが追加されていくみたいですが、Netflixのような「有料会員は全作品を遊び放題」という制度ではなく、基本は買い切り(有料会員だと値引きあり)、有料会員のみ「無料で遊べるタイトル」が追加されていくそうでPS Plusのフリープレイみたいな仕組みになるのかなぁと思います。

 個人的には、無料会員(Stadia Base)でもソフトを買えば遊べるのはありがたいなぁと思っています。「有料会員は全作品を遊び放題」にしたら月額料金がいくらになっちゃうんだとも思っていましたしね。



 さて、STADIAに限らないクラウドゲーム―――
 もちろん「ラグ」の話や、「サービスをいつまで続けてくれるんだ」という不安や、「クラウドゲーム同士のプラットフォーム争い」が始まるであろうことに暗くなったりもしますが……そういう「始まってみなければ分からない話」は置いときまして。



 クラウドゲームに対する「認識のズレ」について今日は書いておこうと思います。

 というのもですね。
 今現在バリバリにゲームを遊んでいる人達がクラウドゲームに対して、「私!お客様代表ですよ!」みたいな顔して「興味が持てない」「今までのゲーム機で何が問題あるんだ」「むしろ今までのゲーム機が潰されそうで心配」と言っているのを見ると「ん?」と思うんですね。


 クラウドゲームが狙う層は、「ゲーム機を持っていない人達」だと思うんですよ。

 PS4とか、Xbox Oneとか、Nintendo Switchとか、最新のゲームも動くスペックのPCとか、そういうのを一つも持っていない人達を狙ったサービスがクラウドゲームだと思うんです。既にPS4を持っている人が「PS4があるからクラウドゲームなんていらない」と言っていても、「何を当たり前なことを言っているんだ」って話なんです。


 ちょっとクラウドゲームから離れた話をします。
 『UNDERTALE』が流行っていた頃、「Steamというところで売っているので、ゲーム機を持っていなくても遊べるんですよ!」と薦めている人がいて驚いたことがありました。私の認識では、「最新のゲームが動くスペックのパソコン」を持っている人は「最新のゲーム機」を持っている人より少ないと思っていたんですね。
 しかし、『UNDERTALE』ならばそこそこのスペックのパソコンでも動くことでしょうし、総務省の調査によると「パソコンの普及率」と「インターネットに接続できるゲーム機の普及率」は2~3倍の比率でパソコンの方が普及しているのです。「ゲーム機を持っていなくても遊べるよ」という薦め方は間違っていなかったんですね。


 クラウドゲームに話を戻します。
 クラウドゲームの場合は、更に「パソコン」すら要りません。現実的にはプラットフォームごとに対応機種は変わっていくのでしょうが、理想的には「インターネットにつながって」「モニターが付いている」機械ならば何でも最新のゲームが遊べてしまうのです。パソコンのスペックが低かろうが問題ありません。『UNDERTALE』どころではなく、『Doom Eternal』や『Assassin's Creed Odyssey』みたいなゲームだってバリバリに遊べます。

 ゲーム機を持っていない人に好きなゲームをオススメして「でもPS4持っていないしなぁ」「でもNintendo Switch持っていないしなぁ」「でもパソコンのスペックがしょぼしょぼだからなぁ」と言われたことが、ゲーム好きな人だったら一度や二度はあるでしょう。クラウドゲームなら「○○持っていないから遊べない」と言われないのです!

 まぁ……私の友人達みたいに、自宅にインターネット回線がつながっていない人には「でもウチはインターネット引いていないしなぁ」と言われるでしょうが(笑)。


 ということで、ですね。
 クラウドゲームが狙うのは、今現在PS4やNintendo Switchを遊んでいる人達からそれらのゲーム機を取り上げて「こっちを遊んでよ」と言うのではなく、PS4やNintendo Switchを持っていない人達に「ゲーム機を買わなくてもあれらのゲームが遊べちゃうんだぜ」と言うことでなので。

 PS4やNintendo Switchと食い合うものではなく、PS4やNintendo Switchを既に持っている人が魅力を感じなくても当然のことなのです。





 ここまでが前提の話で、ここからが本題です。
 「最新のゲーム機(およびゲームが動く端末)」を持っていない人でも「最新のゲーム」が遊べちゃうのがクラウドゲームなのだから、「最新のゲーム機(およびゲームが動く端末)」を持っている人が魅力を感じないのは当然―――と書いてきました。

 しかし、クラウドゲームを仕掛ける側からすると“「最新のゲーム機(およびゲームが動く端末)」を持っていない人”だけを対象にしてはビジネスが厳しそうだなって思うと思うんです。だって、ゲームが好きな人ほどゲーム機だったりゲームが動くスペックのパソコンは持っているでしょうから。



 だから、仕掛けるのは“「最新のゲーム機(およびゲームが動く端末)」を持っていない人”が多い時期なんです。

 つまり――――クラウドゲームを普及させる絶好のタイミングは、ゲーム機の世代交代のタイミングなんです。

 PS4は現在世界で9000万台以上普及しているそうです。
 XboxOneは現在世界で4000万台以上普及しているそうです。

 しかし、これらの後継機が2020年か2021年あたりに発売されるんじゃないかと言われています。当たり前ですが、PS5も次世代Xbox『Scarlett』も現時点では1台も普及していません。クラウドゲームの普及を図りたい人達からすれば「9000万台売れているPS4」や「4000万台売れているXboxOne」よりも、「まだ1台も売れていないPS5」や「まだ1台も売れていないScarlett」に勝負を仕掛けてくることでしょう。


 だから、STADIAはこの時期なんです。
 PS5やScarlettが出てくる前にインフラを整えておき、PS5やScarlettが発売されるタイミングで「STADIAならわざわざPS5やScarlettを買わなくても同じゲームが遊べますよ」と言える状況を作りたいのです。

 PS5やScarlettが幾らになるのかは分かりませんが……
 例えば「ゲーム機が4万円」+「ソフトが8千円」だとして、STADIAが「既に持っている端末と既に持っているコントローラを使えばソフト代8千円だけで遊べますよ」と言ってきたら、じゃあSTADIAでイイかなと考える人は結構いると思うんですね。だから私、STADIAのビジネスモデルが「有料会員は全作品を遊び放題」ではなく「基本的にはソフト買い切り」になったのだと思います。


 ゲームの歴史において、プラットフォーム争いは「独占コンテンツをいかに確保できるか」が重要でしたが。次のプラットフォーム戦争においては、STADIAが「独占タイトル」を幾つ確保できるかではなく「マルチタイトル」を幾つ用意できるかが鍵になると思います。


 逆に言うと、ゲーム機側は「独占タイトル」を幾つ確保できるかが重要になるので自社タイトルが今まで以上に重要になるし、汎用端末ではなく専用端末ゆえの「独自機能」が重要になると思っています。
 例えば、こうなる未来を意識したのかは分かりませんがNintendo Switchなんかは「クラウドゲームでは実現しづらい」ゲーム機だと思うんです。据置機のようで、携帯機にもなってどこででも遊べるのは、インターネットに繋がっていないと遊ぶことすら出来ないクラウドゲームには真似しづらいですし。コントローラが左右に分割してHD振動するので段ボールと合体するとリモコンカーになるのなんて、クラウドゲームには真似しようがないですもんね。

 そう考えると、PS5やScarlettも「独自機能」が重要かなと思うのです。
 例えばKinectみたいなコントローラを標準装備にしてしまえばクラウドゲームには真似できないかとか、PS1~PS4までの互換性を完備するという噂も「STADIAにはないPSの資産を活かす」という着眼点では妥当だと思いますし―――



 次のプラットフォーム争いは、3DOとかPS1とかセガサターンとかPCFXとかピピンアットマークとかバーチャルボーイとかNINTENDO64とかの“次世代ゲーム機戦争”以来の「どうなるかさっぱり分からない」「ここから先に何が残るのかも分からない」壮絶な争いになるんじゃないかと思っています。

(関連記事:クラウドゲームが普及したら、ぼくらのゲームライフはどう変わるのだろう?





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「睡眠」をどうエンターテイメントにするのか、『ポケモンSleep』を予想する

 『ポケモンGO』で「歩く」をエンターテイメントにした後は、『ポケモンSleep』で「睡眠」をエンターテイメントにするぞ!ということで、2020年開始予定のスマートデバイス向けアプリ『ポケモンSleep』が発表されました。




 「睡眠」と「ゲーム」について、私には一過言ありますよ!
 ちょうど10年前の2009年に、任天堂は『睡眠記録 めざまし時計』というDSiウェアを200円で発売しています。寝る前にゲームをセットしてスリープモードにして、目覚ましが鳴ったら(鳴る前でも)ボタンを押して「眠った時間」を記録、それをグラフ化してくれるという実用ソフトでした。

 唯なら俺の隣で寝ているよ。『睡眠記録 めざまし時計』紹介

 当時のレビューを読むと、「平沢憂が起こしに来てくれたボイスを目覚まし音に設定すれば、俺の横に平沢唯が寝ている気分になれる」というどうかしているとしか思えないことを書いているのですが……『ポケモンSleep』が発表された現在、実はあながち馬鹿にできたもんでもないと思うんですね。理由は後述します。


 ということで、今日は「睡眠」と「ゲーム」についての話をして、『ポケモンSleep』がどういうゲームになるのか、果てはその先にある「睡眠ゲーム」の未来を予想していきたいと思います。



0.任天堂のQOL事業とは別のシステム
 と、その前に……
 熱心な任天堂ファンの中には、今回の『ポケモンSleep』の発表で「生きていたのかQOL!」と思った人もいらっしゃるかも知れません。

 QOLというのは、任天堂がWii Uでズッコケた際に「ゲーム機が失敗したときのためにゲーム機以外の事業もやっておかないとヤバイで」と立ち上げを発表した健康事業で、第1弾が「睡眠センサー」だったんですね。発売されたワケではなくて発表されただけでしたが。
 枕元に置いておくだけで、マイクロ波の非接触センサーが身体の動き、呼吸、心拍などを計測し、自動計測されたデータをインターネット上のQOLクラウドサーバーに送り、そのデータから睡眠状態と疲労状態を見える化する―――という装置でした。この発表が2014年の10月です。

 睡眠と疲労を見える化する任天堂の「QOLセンサー」ねとらぼさんより)


 しかし、その後任天堂は「キャラクターIP戦略」としてスマートデバイス向けアプリを展開するようになり、QOLの続報も出てこなくなり、2018年の6月には共同開発を行っていたパナソニックが離脱したという報道が出ていました。

 任天堂、パナソニックが離脱し「QOL」事業化が遠のくt011.orgさんより)


  そして、今回出てきた『ポケモンSleep』と計測デバイス「ポケモンGO PLUS+」の説明によると、枕元に置いた装置の加速度センサーを使って睡眠時間を測定するとのことで……QOLの時に語られていた「マイクロ波の非接触センサー」とは別物なんですね。むしろ、今回任天堂が「加速度センサーで睡眠時間を測定する装置を発売する」と発表したことで、「QOLのマイクロ波の非接触センサー」の開発が断念されたことが分かってしまったというか。

 そして、「枕元に加速度センサーを置いて睡眠時間を測定する」アプリというのは、いろんなメーカーから既にスマホ用にたくさん出ています。なので、恐らく計測デバイス「ポケモンGO PLUS+」を買わなくても、スマホを枕元に置けば『ポケモンSleep』は遊べるのでしょう。




1.睡眠の「時間」と「周期」をグラフ化する?
 “「枕元に加速度センサーを置いて睡眠時間を測定する」アプリというのは、いろんなメーカーから既にスマホ用にたくさん出ている”と書きましたが、だから『ポケモンSleep』がダメだって話ではありませんからね?『ポケモンGO』だって『Ingress』という既に出ていたゲームをベースにしていましたし、既にある技術にポケモンのキャラと世界観を融合させるだけでも絶対的な魅力になると思います。

 では、既にたくさん出ているというスマホ用の睡眠測定アプリはどういうものなのか――――


 基本的には、記事冒頭で紹介したDSiウェア『睡眠記録 めざまし時計』と似たようなもので、寝る前にアプリをセットしてスリープモードにして、目覚ましが鳴ったら(鳴る前でも)タップして「眠った時間」を記録、それをグラフ化してくれるという実用アプリです。枕元に置く「加速度センサー」タイプのものと、多少離れたところにも置ける「マイク」タイプのものがありますね。

 んで、それらのセンサーによって「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の周期を判定して、眠りの浅い「レム睡眠」のときに目覚まし音を鳴らすみたいなことも出来るのです。例えば「6時30分~7時30分の間に目覚ましをかけて」とセットしておけば、その1時間の中で目覚めやすい「眠りの浅いタイミング」を狙って起こしてくれるんですね。

 これを毎日続けてグラフ化していけば、「自分が気持ちよく起きられるのは何時間睡眠だ」とか「何時に寝ると目覚めやすいか」みたいなことが分かってくるのかなと思います。



 恐らく『ポケモンSleep』も「睡眠時間のグラフ化」と「レム睡眠・ノンレム睡眠の周期の判定」「レム睡眠のタイミングでの目覚まし」は出来るだろうと思います。でなかったら、加速度センサー付きのデバイスなんてわざわざ発売しないでしょうし。

 ポイントはそのデータをどうゲームに使うのか、だと思います。
 DSiウェアでもアプリでも睡眠記録を取っていた私の意見を言わせてもらうと、ただグラフにするだけだとすぐに飽きちゃうんですね。10年前から「ただグラフに残す」だけのソフトはあるのだからなおさらです。

 そのグラフによって、ポケモンが独自の成長をしていくとか、変わったアイテムが手に入るとか、ゲームに変化が出てくることで「睡眠」はエンターテイメントになっていくと思うんですね。
 例えば、「毎日規則正しい時間に眠って起きている人」だと穏やかな性格のポケモンになるけど、「毎日寝ている時間が大きく変動する不規則な生活の人」だと激しい性格のポケモンになる―――みたいな。




2.「ゲームを遊んでいない時間」にゲームが進む放置ゲー?
 さて、「睡眠計測アプリ」は既にたくさん出ていると先ほど書きました。
 ならば、『ポケモンSleep』より以前から、「睡眠」と「ゲーム」を合わせたアプリはないのかなと思ったら……これも既にあるんですね。

sleepquest.jpg
<画像はiOS版『SLEEP QUEST by ねむゲー』より引用>

 このゲームはまくら株式会社という寝具メーカーから出ているアプリで、「プレイヤー」と「勇者」の睡眠時間が連動することで「プレイヤーの睡眠時間によって勇者のHPが回復される」というゲームシステムになっています。

 iOS版はこちら。Android版はページが消えている……?

 この記事を書くために数日プレイしてみたのですが、アイディアはイイのだけどゲームとしては工夫が足りず「勿体ないなぁ」という印象です。そりゃ寝具メーカーから出ている無料アプリで、広告も課金要素もないのだから、そんなに作りこめなかったのでしょうが。

 寝る前にゲームをセットしてスリープモードにして、目覚ましが鳴ったら(鳴る前でも)ボタンを押して「眠った時間」を記録(グラフ化はしてくれませんし、レム睡眠・ノンレム睡眠の判定もなし)―――睡眠時間に応じて勇者のHPが回復して、たくさん寝ると褒められて、あんまり寝ていないと心配されるみたいですね。
 日中は勇者が冒険に出ているためまったくやることなく、夜にまた寝ようとすると勇者が帰っていて、「HPが回復したおかげでこんなに冒険が出来ました!」とレベルが上がったりアイテムを持ち帰って部屋に飾っていたりするそうです。レベルが上がってもプレイヤーに得があるのかさっぱり分からないのだけど、とりあえずアイテムコンプが目標のゲームみたいです。

 ゲームデザインとして「プレイヤーが寝る前に成果を教えてもらえる」ようになっているのだけど、個人的にはこういうゲームは「起きた時に成果が欲しい」って思います。『ポケモンSleep』のコンセプトが「朝起きることが楽しくなるゲーム」なように、「睡眠」って「寝る」よりも「起きる」方が苦痛なワケですから、「起きる」時に楽しみを与えて欲しいのですよ。

 その辺は、ゲームメーカーのアプリじゃないからなぁってところなんですが……



 それはさておき。
 『ポケモンSleep』も、『SLEEP QUEST』と同様にプレイヤーが「睡眠」している間にパラメータが増減する放置ゲーになると思われます。流石に「眠っている間に、夢の中で操作しろ!」みたいなことは言わんでしょう(笑)。

 放置ゲーは究極的に言えば「遊ばなくても良いゲーム」です。
 就寝時と起床時以外にゲームを起動する必要がないのなら、『ポケモンGO』や「ポケモン本編」を遊ぶ時間を奪わなくても済みますし、むしろ『ポケモンSleep』で育ったポケモンを「ポケモン本編」に連れていけるみたいな機能があれば「放置ゲーで育てたキャラを別のゲームで活躍させられる」という新しい可能性にもなると思うんですね。

 「睡眠計測アプリ」は既に山のように出ているレッドオーシャンですが、「睡眠」と「ゲーム」の橋渡しになるアプリというのは、既に強力なコンテンツを持っているポケモンにとってはむしろブルーオーシャンなのかなと思います。




3.「ポケモンと暮らす」コミュニケーション系ソフト?
 とは言え、『SLEEP QUEST』みたいに「昼間は何もやることがない」ゲームにはしてこないと私は思っています。

 『ポケモンGO』のヒットって、「遊んでいる人」が街中を歩いて可視化されたことによって「私もやってみたい」と思わせたのが大きいと思うんですね。それに比べると「眠っている時だけ起動する」『ポケモンSleep』では、みんなが遊んでいる姿を見ることが出来ません。「そんなアプリが出た」ことすら知られないまま消えかねません。

 なので、「人に見せびらかしたくなる要素」みたいのを入れてくると思うんです。持ち歩けるスマートフォン用のアプリですしね。そうすると、「眠る」時以外でもポケモンと遊べる―――ポケリフレ的な要素を拡充してくるんじゃないかと予想します。


 記事の冒頭で「目覚ましの音を平沢憂にすれば俺の隣に平沢唯が寝ている気分が味わえる」なんてことを書きましたが、『ポケモンSleep』が発表された際の映像では「眠っているプレイヤーの横でピカチュウが寄り添って眠り始める」というイメージ映像が流れていました。「ピカチュウなら俺の隣で寝ているよ」です。

 「ポケモンが隣に寄り添って眠るイメージ」ならば、例えば相棒に設定したポケモンが朝起こしてくれるみたいな機能は入れてくると思うんですね。小さな子供だったらポケモンのぬいぐるみと一緒に寝てたりもするでしょうから、そうしたポケモンが起こしてくれるというのはワクワクする話ですし、もっと言うと『ポケモンSleep』と連動したスピーカーや振動機能が内蔵されたぬいぐるみとかも発売されるかも知れません。


 「ポケモン本編」のように「ポケモンを鍛えて敵に勝つ」みたいなバトル路線というより、「ポケモンが生活の中に入り込む」コミュニケーション系のソフトになるんじゃないかと私は予想します。『nintendogs』みたいなカンジで。なので、「睡眠」以外にも色んなコミュニケーションが取れるんじゃないかと思うのです。



 この「お気に入りのキャラが一緒に寝てくれて、朝起こしてくれる」のって、ポケモンに限らず、美少女キャラだったりイケメンキャラだったりで絶対需要があると思うのですが……どこもまだあまり手を付けていないように思います。
 それこそ『ラブプラス』なんかは目覚まし機能があったそうなんですが、もっと生活に根付いたカンジで、「朝起こしてくれる」だけじゃなくて「一緒に夕食を食べてくれる」とか「ヒマな時に話し相手になってくれる」みたいになってくれると―――そのポジションって、Alexaなんですよね(笑)。

 Alexaのポジションにゆくゆくは美少女キャラだったりイケメンキャラだったりが入るのかも知れないのだけど……とりあえず現時点で「生活を共にしてくれる」ポジションとして、『ポケモンSleep』はその位置を狙っているのかなぁと思います。


  
 ということで、私『ポケモンSleep』以上に「ポケモンSleepの後追い作品」とか「それらの作品によって変わる世界」に興味があります。

 「キャラクターと一緒に寄り添って寝ることが出来る」から、「自分の生活をキャラクターが共に過ごしてくれる」になっていけば、それはもうAR(拡張現実)の世界だと思います。1年後、2年後にそうなるとは言いませんが、10年後、20年後には「立体映像で作られたピカチュウが自分の部屋で普通に生活している」なんてこともあると思うんですね。

 それがポケモンキャラに留まらず、美少女キャラだったりイケメンキャラだったりにも出来たのなら「○○は俺の嫁」みたいなことも夢じゃないし、「○○は俺の嫁」ってある意味ではAR(拡張現実)だったのかもと思わなくもない。



 それはそうと、こんな記事を書きながら私ポケモンに全然詳しくなくて、私がプレイしたことあるポケモンのゲームは『ポケモンスナップ』と『名探偵ピカチュウの1作目(途中で話が終わるヤツ)』だけなんですけど……添い寝にふさわしくないポケモンもたくさんいますよね?
 巨大なポケモンは体長が10m以上あるらしいですし、常に燃えているポケモンとか、毒をまき散らすポケモンとか、一緒に寝るのは無茶じゃなかろうか。いや、むしろ電気毛布とか空気清浄機とかと連動して「このポケモンと添い寝すると暑くて寝苦しい」とか「このポケモンと添い寝すると息苦しい」とかすると、AR(拡張現実)としては完璧なのか……?

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