「一旦通ってしまった不正、それはもはやイカサマでも反則でもない―――正義だ つまり、ヤツラの不正を許してしまうお前らが間抜けなだけなのさ」
甲斐谷忍の代表作と言えば、90年代後半にドラマ化されてワインブームを起こした『ソムリエ』でしょうか。ドラマ化と言えば、最近にもドラマ化された『LIAR GAME』があります。それともジャンプっ子的に言えば『翠山ポリスギャング』でしょうか。 描かれた順番は逆ですが、『ONE OUTS』はこれらの中では『LIAR GAME』に最も近いように思います。僕が『LIAR GAME』の第1話を読んだ際に、「野球漫画じゃない『ONE OUTS』だ」と思ったくらいですから。(僕はドラマ観たことはないけど)『LIAR GAME』が好きで、野球観戦がそこそこ好きだって人にはドンピシャでオススメな漫画。
野球漫画でありながら、甲斐谷先生は「あらゆる野球漫画へのアンチテーゼ」と作者コメントに書いています。曰く――― ・主人公のピッチャーが剛速球を投げない ・努力と根性が、必ずしも勝利には結びつかない ・主人公が悪党
これまでの野球漫画の定石とは一線を画したこれらの要素は、なるほど『ONE OUTS』が他の野球漫画とは違うところだと思います。ですが、同時にこうも思う。
この男、相当やり手のペテン師だ―――と。
ネタバレにならない程度に『ONE OUTS』のあらすじを紹介するならこんなカンジ―――
沖縄の賭野球で無敗だった渡久地は、万年リーグ最下位のプロ野球チーム:リカオンズに入団し、ワンナウト単位の出来払い“ONE OUTS契約”を結びます。ルールは単純、 ・渡久地がピッチャーとして1アウトを取るごとに500万円の出来高払いが発生 ・逆に、渡久地がピッチャー時に失点をすると、1失点ごとに5000万円のマイナスが発生
この契約だと、防御率2.7点の投手でも「プラスマイナス0」という新人ピッチャーには厳し過ぎる計算になります。もちろん現実のプロ野球では、こうした完全出来高払いの契約は禁止されています(作中でも禁止はされているんですけどね…) 後々の展開で、幾つかルール追加やルール改正が行われますが……この漫画はこうしてずっと、限定条件を与えられたスポーツ漫画として描かれていくのです。
“ONE OUTS契約”という限定条件と、「あらゆる野球漫画へのアンチテーゼ」という甲斐谷先生の信念……これらが混ざり合って『ONE OUTS』が傑作になったのは間違いないと思いますが、実は甲斐谷先生は一番大事なところをボカしてコメントしているのです。
「あんな重要な手の内は隠しておく。それが勝負の鉄則だ。 ところが、城丘は実にご丁寧にマスコミに手の内を喋りまくった。なぜか――― 喋ることで、肝心なことを隠せるからさ」
奇しくも、作中で渡久地が智将:城丘と対決した際に放った言葉が、この漫画の一番重要な部分を表しているのです。
○ そもそも、スポーツ漫画は何故面白い? 漫画とは“キャラクターを描くもの”です。そして、“キャラクターは目的を持っている”ものです。のび太はしずかちゃんに誉められたいのだし、悟空は強いヤツと戦いたいのだし、吉岡一門は宮本武蔵を殺してしまいたいのです。 全てのキャラは(作中で明示されているかはともかく)目的を持っていて、だからこそ読者は「あー、コイツは○○したいんだな」と感情移入が出来るのです。新人漫画賞なんかのアドバイスで、「主人公が何故そういう行動を取るのか分かりやすく描け」と言われるのはそのためなんですよね。
スポーツ漫画というのは、その点で物凄く分かりやすいのです。 スポーツをしている人のほとんどは「試合に勝ちたい」と思っていますからね。湘北と海南が戦っていても、西浦と桐青が戦っていても、矢吹丈とホセ・メンドーサが戦っていても、スポーツ漫画はお互いの「勝ちたい」という意志のぶつかり合いなのです。 強い意志を持つ人は、それだけで輝いているのです。
加えて―――スポーツ漫画は一つ一つの勝利が次に繋がって、最終的な大きな目標を目指しているケースが多いです。「全国制覇」だとか、「W杯出場」だとか、「南を甲子園に連れて行く」だとか。
その意味で、少年漫画で高校スポーツが多く描かれるというのは、漫画のターゲット層や青春の甘酸っぱさなんかを描きたいという意図だけでなく、短期的な目標(=1試合ごとの勝利)と長期的な目標(=全国制覇など)がイコールで繋がりやすいということも大きいのかなと思います。 高校スポーツのほとんどはトーナメント戦だから、負けた時点で上には進めなくなってしまいますからね。
逆に、プロ野球などの“リーグ戦”を描いた作品はそうではありません。 喩えば、去年のセ・リーグを優勝した中日ドラゴンズは87勝54敗5分という成績です。リアル世界では驚異的な勝率ですが、漫画の中で54回も負けた姿を描かなければなりません。 作中で大接戦が描かれていても「負けても、あと53回負けられるんだよな」とテンションが上がらない要因にもなりますし、「所詮140試合ある内の1試合なんだよな」と気付かれかねません。
別にプロ野球に限った話ではありません。 何とかの一つ覚えのように「絶対に負けられない戦い」なんて言葉を使っているテレビ局もありますが、サッカーW杯ですらアジア予選もグループリーグも“リーグ戦”です。世界のベスト16になるまでは、基本的には負けが許されているのです。 同じグループリーグ3試合でも、アトランタ五輪の時は2勝1敗でも決勝トーナメントには上がれず、05年のWユースは2分1敗で決勝トーナメントに進みました。高校野球のトーナメント戦のように“自分達で勝ち上がらなければ先に進めない”ワケではないんですよね。
なので、こうした“リーグ戦”の漫画を描く場合は、如何に“もう負けられない状況”を作るのかが鍵になってきます。でも、何かそれって興ざめじゃないですか? 作品を盛り上げるために、ワザと主人公達を窮地に追い込むワケで……やり方を間違えると、御都合主義臭が強くなってしまいます。
『ONE OUTS』はこうしたリーグ戦での“短期的な目標≠長期的な目標”というズレを逆手に取り、“ONE OUTS契約”という超短期的な目標を置くことで焦点を「この試合の勝ち負け」「ペナントレースの行方」「渡久地の年俸」という3つにしてきたんですね。コレは、作者自らが意識してやっていることだと思います。
言ってしまえば――― 「1試合ごとの勝ち負けなんて描いても楽しくないから、俺は1アウトごとの勝ち負けを描くぜ!」ってことなんでしょう。これまでのスポーツ漫画全般にケンカを売っていると言っても過言ではない(笑)
○ でも、プロスポーツってそういうもんなんだよね だからと言って、この作品を読んでいると甲斐谷先生がプロ野球を嫌いだとは思えません。むしろ、物凄くプロ野球を(というかスポーツ全般を?)愛しているんだなぁと感じてきます。 それは実際の球界をパロディにした世界観とか、細かい理論もさることながら―――“ONE OUTS契約”って実は「1プレイ1プレイに注目してもらうこと」の見直しなんですよね。
プロスポーツだから勝敗は確かに大事です。 ですが、結果だけなら試合後にスポーツニュースを観れば良いってことになってしまいます。ワンポイントで出てきて相手の4番を沈めるリリーフエースとか、送りバントを1球目で決めるか2球目で決めるかとか、チームの劣勢を三者連続三振で跳ね返して流れを呼び戻すピッチャーとか―――ダイジェストにするとカットされてしまうような1プレイ1プレイが観客を魅了するのだし、勝負を決めるのですよ。
『ONE OUTS』は“1アウト”“1失点”という最小単位の結果に注目させることによって、そこまでの過程の面白さを再確認させてくれました。スコアの上ならば、ソロホームランもホームスチールも1点は1点。ですが、観客や相手チームが受ける印象は全く別のものになるのです。それを、この作品は思い出させてくれました。
『ONE OUTS』以前にこうしたスポーツ漫画がなかったというワケではなく、古くから使われてきた手です。焦点を「試合の勝ち負け」だけじゃなく、「因縁のアイツとの勝負」とか「魔球の攻略」とか「控え選手の活躍」とか「手術前の子どもと約束したホームラン」だとかに合わせてきた歴史はあります。 しかし、作品全体に新しくルールを加えてしまったスポーツ漫画は『ONE OUTS』くらいではないでしょうか。この辺りは、福本漫画の影響なんかが強いんでしょうね(直接の影響か、間接的な影響かはともかく)。
万人にオススメする漫画というワケではありません。 僕自身も何度か「ちょっとテンポが遅いよなー」と挫折しかけたこともありました。
それでも、この作品はスポーツ漫画史の1ページに名を刻む傑作だと思います。 「最近面白いスポーツ漫画がないよなー」と思っているのならば、是非読んでもらいたい。
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テーマ:漫画の感想 - ジャンル:アニメ・コミック
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