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| 「ゲームらしいゲーム」という言葉も分からなくはない… |
毎度話題に取り上げさせてもらっている野安ゆきお氏のブログにて、「ゲームらしいゲーム」という記事が数回に分けてアップされていました(1、2、3)。暫く静観しようと思っていたのですが、書きたいことも出てきたのでちょっと僕の意見を。
「ゲームらしいゲーム」という言葉自体があやふやで各人の考えがあるはずなのに、どうにも大手ゲーム雑誌で特集されるような「豪華で」「長時間楽しめる」「(基本的には)1人プレイで楽しめる」ものに偏っているんじゃないか―――ということを、野安さんは仰られているんだと思います。その辺は同感。
でも、じゃあどうすれば良いのかという話になっちゃうと僕には分からない。ゲーム雑誌が攻略本を売ることで何とか成り立っている現状で、攻略本が不必要な“Touch!Generations”のゲームの特集ばかりをしろよというのは暴論だと思います。攻略本系ではない読み物として面白いゲーム雑誌は生まれた数だけ廃刊してしまうのが、出版業界の現実ですからね(まぁ…昔からそうだったような気もするけど)。
ちょっと思い出した言葉――― 「「読んで得する漫画」は人気があるようだ。 ビジネスがわかる、料理がわかる、経済がわかる、博打がわかる等々。 娯楽的要素はもちろん、うんちくや情報をも気楽に得ることができるのが喜ばれるのだろう。 ここで言っておかねばなるまい。 この漫画は「得」しません。 ただの娯楽です。」(井上雄彦『バガボンド』3巻帯より)
この文章を最初に読んだ時、僕は高校生だったので「イノタケかっけー!「得」に媚びなくても、「娯楽」だけで勝負できる漫画家はやっぱ偉いよ!」と思ったのですが―――今考えると、そういう単純な二元論(「娯楽」=格好良い、「得する漫画」=媚びている)の言葉じゃなかったんだと分かりますよ。 むしろ、自分には自分の描けるものを描くしかない―――『スラムダンク』は間違いなく日本中にバスケットのルールを知らしめた。でも、バスケだってあくまで娯楽であって、「得」はしない。それで良いじゃんか―――という自嘲にも似た自信なのだとオッサンになった今なら思います。
ゲームを作る側の人間も、遊ぶ側の人間も、価値観が変わっていくことが怖いのは当然だと思います。 いわゆる『脳トレ』系のソフトが「娯楽」としてではなく知育としての「得」ばかり注目されてしまう流れの中で、「娯楽」に人生賭けて頑張ってきた人達が複雑な気分になるのでしょう。
「ジャンルがどうの」とか 「飽きやすいがどう」とか 「製作費がどう」とか 「最新技術がどう」とか―――コロモしかないエビフライを食べさせられているように、ガチガチに理論武装して心が見えにくくなっていないかい。ただ単純に、ただ単に
「「得する」って「娯楽」よりもエライのかよっ!!」と叫んだ方が伝わると思いますよ。
もちろんコレも単純な二元論ではなく、任天堂の岩田社長に言わせると『脳トレ』はもちろん『お天気チャンネル』や『お料理ナビ』も「娯楽」であって、決して「得する」だけのソフトとして作ってるつもりじゃないんでしょうけどね。それは、コレらのCMを見るとよく分かります。
そして、ココから先はまさに「娯楽とは何だ?」という文化論の話になっていくので難しいですね。正答を出す必要はないけど、あまりに事象から離れすぎているので議論すること自体の価値が見えにくいというか…
この文脈で、『みんなで投票チャンネル』のCMや体験映像が追加されたというお話。
前回の体験映像で「結果発表見るとこもやらなきゃ意味ないじゃん」と思っていたんですが、ちゃんとその後に結果発表見るとこも配信してきましたね。なるほど、こういう作戦だったのか。どうでもいいけど、女のコ二人組の関係が気になります。ほら、微妙に敬語だったりするのが(笑)
CMも、前回のCMで話題にしていた「たいやきをどちらから食べる」の結果発表を最後に付けたり、ワールドアンケートで90万人が投票していることをアナウンスしたり。なかなか上手いCMですねー。 あと、おじいちゃんとお孫さんが一緒に考えるという画も幼女が可愛いな、ハァハァ「親子孫三世代が一緒に楽しめる」という意味で感慨深いですね。
そういう意味で、最近の僕のゲーム絡みの「娯楽」と言えばWii.comとTouch-DSの体験映像やCMを見ることです。なんだかんだ、人が笑っているところというのは見ていて楽しいんだなぁ。
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テーマ:任天堂 - ジャンル:ゲーム
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