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| 考察:貧乳が萌えに変わる日 |
「おっぱいで年齢を表現する作品が多い理由」、「おっぱいから見たキャラ造形」、「おっぱいを活かすカメラアングル」と……比較的大きなおっぱいに関する考察を三連続で書いてきて、すっかり「アイツはおっぱい星の人だ」と思われていそうなのですが。
僕自身は、少し前まで「貧乳好きと言えばあの人!」とか「貧乳好きにオススメのサイト!」と紹介されることまであった貧乳派の人間でした。巨乳の魅力に気付いたのは自分で絵を描くようになったここ1年間くらいの話ですし、どちらかと言うと今でも貧乳派なんだと思います。
貧乳の何が素晴らしいかを語るのは後回しにして、自分が貧乳好きになったルーツはどこにあるのかなーと考えてみると……実は分からないものなんですよ。 10代の頃から「巨乳が素晴らしいと言われる文化」があまり好きではなかったんですけど、それはどちらかと言うと「Jリーグブームに対する冷めた目」とか「『FF8』がバカ売れすることに対するサターンユーザーの僻み」に近かったような気がします。
○ そもそも、何と比べて“貧”乳なんだ? これは「貧乳派の人」に限らず「ロリコン」と呼ばれる勇者達にも当てはまることだと思うんですけど……敢えて「貧乳が好きだ」とか、敢えて「幼女が好きだ」と言えるのって、自分の周りの基準値が「貧乳」や「幼女」じゃなくなった時なんですよね。
喩えば……ちょっと古い話ですけど。 僕が7〜8歳の頃に『ガンダムZZ』というロボットアニメが放映されていて、そこに出てくるエルピー・プルという女のコが僕は好きでした。彼女の設定年齢は10歳。 25歳の男が10歳の少女を好きだというと犯罪者予備軍のリストに入れられそうですが、7歳の男のコが10歳の少女を好きだというのならむしろ年上の大人っぽい女性に惹かれていると言えるんじゃないでしょうか。
もっと言うのならば、7歳の頃に好きだったキャラを大人になった今でも好きだというのは決してロリコンだとか少女愛好家という意味ではなく―――オッサンがいつまでも松田聖子が好きだとか、若い頃に聴いていたフォークソングを今でも口ずさんでしまうとか、そういうことなんじゃないかと思うのですよ。
ロリコンとは、いつまでも幼き日々の想いを忘れない純粋で尊い人々なんじゃないのか!!
………… …というのは、強引すぎますね。
色んな考え方があるとは思いますけど、僕なり考えてみたことを書くのならば……エルピー・プルは何歳の読者にとっても、妹キャラであるということなのかなと。
『ガンダムZZ』を知らない人のために作品を解説すると、14歳の少年ジュドー・アーシタ(設定は14歳だけど16〜17歳くらいに見えるよね…)がガンダムに乗ってネオジオン軍と戦いながら……実の妹とか、妹みたいに懐いてくるエルピー・プルとか、同い年の幼なじみとか、勝気な年上のお姉さんとか、おっぱいオバケとか、自分に執着する敵の指揮官等の女性キャラとイチャイチャするお話です。言ってみればハーレムアニメなワケです。
その中でエルピー・プルというのは、年下でジュドーによく懐いてくる明るい女のコだったのですが。10歳のこのコを見る僕の視点というのは、7歳の自分から見たソレではなく、14歳のジュドーを通す視点で見ていたんじゃないかと思い出せます。 つまり、7歳だろうが25歳だろうが92歳だろうが、視聴者にとってのエルピー・プルは常に4歳年下の妹みたいに懐いてくる少女だというのが僕の結論なのです。ルー・ルカでもキャラ・スーンでもハマーン・カーンでもなくエルピー・プルが好きだという人は、現在が何歳であろうとも「年下好き」の素質を持っているんじゃないかと思うのです。
ここでようやく、おっぱいの話に戻る。 つまり「貧乳好き」になるためには、「巨乳」だったり「普通」だったりなおっぱいがまず最初に基準とならなければならず―――第二次性徴前の時期には、クラスメイト全員が「つるぺた」や「貧乳」なワケですから敢えて「貧乳好き」になるのは難しいのではないかと思うのです。
○ 巨乳がビジネスになるような世の中 もちろん自分の周りの基準値が「クラスメイト」だけとは限りません。近所のキレイなお姉さんとか、実の姉だとか、保母さんとか、テレビの中の人だとか、好きな漫画のキャラが基準値になることも多いでしょう。 そうした周囲の「巨乳」なり「普通」なりに触れてこそ、「あ、これは小さなおっぱいなんだ」と初めて分かることができるワケです。
日本において巨乳に価値が見出されるようになったのはいつか―――なんて話を始めると、大橋巨泉がボインという言葉を思いついた時だとか、文明開化によって洋服が一般的になった時だとか、キリのない話になってしまいそうですね。 和服が一般的だった時代は貧乳の方が重宝(?)されたというので、当たり前なことですが、「巨乳の方が貧乳よりも絶対的に優れている」なんてことはありません。時代ごとに価値観は変わりますからね。
では、この現代日本では巨乳と貧乳のどちらがメインストリームなのかというと…… 「巨乳だけで」商品価値が見出されるのに対して、「貧乳は」ロリやら妹属性やらとセットにして売り出さないといけないことを考えると、やはり巨乳の方が“金の成る木”なのかなぁと思います。 これは「おっぱいで年齢を表現する作品が多い理由」で書いたこととも関連することですが―――「ロリ巨乳」と「ロリ貧乳」のニーズは結構いい勝負をするんじゃないかと思うのだけど、「巨乳のお姉さん」と「貧乳のお姉さん」だとまだまだ貧乳は厳しいんじゃないかと思うのです。
だとするならば…… あくまでも「巨乳好き」が本流であって、「貧乳萌え」はそのカウンターカルチャーなのでしょうね。 種の再生産に疑問を抱き同性愛に走るロックミュージシャンのようなものです。僕達はこの腐りきった社会に反抗するために、小さなおっぱいを愛でているのですよ!!
○ 貧乳がメインストリームになる日は来るのか? ここまでの話で「貧乳とは貧乳ではない存在があってこそ成り立つ」ことと、「現在のところはどちらかというと巨乳の方が人気がある」ことを述べてきました。
それでは、最大の疑問。 「貧乳に価値が出る=貧乳好きが多数派になる」ことがこれから先起こり得るのか?という話。
価値観なんて時代によって変わるものですし、現に昔の日本では貧乳こそが正義だったのでした(曲解)。弱い弱いと罵られ続けてきた阪神タイガーズや浦和レッズだって優勝したワケですし、いつか貧乳好きがメインストリームになることもあるのではないでしょうか。
……ところが、実を言うと僕はそれは可能性低いんじゃないかと思っています。 ひとくちに貧乳好きだと言っても、「つるぺた」をどう捉えるのかで実は派閥が出来ていたりもします。「つるぺたも認めるよ派」「つるぺたは認めずにAカップが最高だよ派」「つるぺたしか認めないよ派」ってな具合に。ちなみに僕は二番目で、つるぺたはちょっと苦手。 巨乳好きは対照的に分かりやすいですよね。流石に人の形としてどうよ?というラインはありますが、そのラインを超えない上限が“巨乳好きにとっての”共通の理想形なんじゃないでしょうか。
まず、一つ。貧乳好きは細分化され過ぎているということ。
後は、貧乳の形状うんぬんではなく「貧乳コンプレックスが好きな人」もいます。コンプレックス大好きな僕ももちろん好物ですが、これは貧乳がメインストリームになってしまうと味わえない感覚ですよね。
そして何より……前回の「おっぱいを活かすカメラアングル」は、このための布石だったのですけど…… 貧乳を活かすためにはカメラワークが難しいことが最大の問題じゃないかと思うのです。
超当然なことを書きますが、「巨乳とは大きなおっぱいのこと」です。 大きいということはそれだけ画面の中で自己主張をしてくれます。巨乳のヒロインがいるだけで、画面にメリハリが生まれるんですよ。背中におっぱいはありませんが、横からのアングルでも前からのアングルでもドドーンとおっぱいを主張してくれます。 巨乳のヒロインはバストアップの構図で立っているだけで、エロスなアピールをしてくれるんです。
逆に、貧乳ヒロインの場合……もちろん全体のバランスなども重要ではあるんですが、おっぱいだけでアピールするにはカメラアングルが限られてきます。前から貧乳を撮っても、おっぱいのラインが見えないのでエロスにはなかなか繋がらないんですよ。 喩えば僕なんかは、貧乳のコがノースリーブを着ている状態でワキとおっぱいの境目を横から撮る構図が世界で一番エロイと思っているんですけど……これを描くためには「貧乳のコが」「ノースリーブを着ていて」「ワキが見えるように」「横から映すアングル」と4段階の条件を踏まなければなりません。どんだけ限定された条件なんだよと。
もちろん僕みたいにマニアックな人間の心には届きますが、シチュエーションが限定されると絶対量は減っていきますし、巨乳のエロスの方が多く描かれれば描かれるほど新たな巨乳好きが増えるでしょうし、そういうファンに向けて巨乳のヒロインというのは(リアル/フィクション問わず)お金になるから多く登場する。以降、エンドレスにこれが続くワケですね。 まさに、おっぱいの再生産。
では、どうしたら良いのか? 別にどうしなくても良いですよね。 ゲーム機のシェア争いとは違うんですから、巨乳好きは巨乳を愛せば良いし、貧乳は貧乳を愛でれば良い。「巨乳ありきの貧乳」であるように「巨乳を活かすのもまた貧乳」ですから、どちらかが絶滅するなんてことはありえませんし…… 日本人の食文化の変化で、リアル世界では巨乳が増えつつあるという説は気になりますが。こればっかしはどうしようもないです(根拠もあるのか微妙ですし)。
肝要なのは、自分と違う趣味の人間も受け入れること。それでも自分の趣味は自分で大切にすること。おっぱい道は深く、そして果てしなく長いのです。
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