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| 『ドラクエ』の主人公に自分の名前を付けられますか? |
ちょっと前に「ヒロインは誰のもの?」という記事を書いて、『CLANNAD』の主人公は自分じゃないよねという自分の意見を述べたんですが……
コメント欄には結構自分と違う意見が頂けて、「なるほど。こういう考えもあるのか」と面白かったです。貴重なコメントを下さった皆様に感謝です。
主人公“だけ”に感情移入して物語を楽しめるのか―――という切り口は、かなり広がりそうな議論ですよね。 喩えば、群像劇なんかは「主人公“だけ”が活躍する」ワケではないのでそうした見方をすると爽快感に欠けますし、逆に僕みたいな群像劇好きからすると「主人公“だけ”がイイ思いをする」話というのは好きになれなかったりします。浮気とか二股とかをしている主人公が出てくると、まず「浮気をされている人」の気持ちになっちゃうんですよ。だから、『DEATH NOTE』の月が嫌いなのです。
ただまぁ……この切り口は最終的には「人それぞれ」になっちゃうでしょうし、どこまでも広がって終着点が見えそうにないので。今日は敢えてゲームの話に限定して、“ゲームの主人公に感情移入するのか”に注目をしたいと思います。
『マリオ』は誰がプレイしても主人公が「マリオ」だけど(あ、ルイージの場合もある)、『ゼルダ』はプレイした人の数だけ主人公の名前がある。
「主人公に名前が付けられるのか」というのは、分かりやすい基準ですよね。 もちろん……『ゼルダ』の場合は「リンク」という名前でプレイしている人が多いと思いますが、最初に主人公の名前を決められる(変更できる)かどうかという基準だとブレないかなと。
映画的・演劇的と言われる『ファイナルファンタジー』シリーズですら、僕がプレイしたことがある『10』までは全て主人公の名前を決められる(変更できる)ようになっていたと思います。若干、記憶違い&リメイクによる変更とかはあるかも知れませんが…… 『4』はネミングウェイ出てくるまで変えられないっけ?うーん、記憶が曖昧。
ちょっと面白いなと思ったのが『10』。 確か、その頃の『FF』シリーズは“仲間になるキャラは全員名前を変更できる”システムが多かったと思うんですが、『10』は台詞に音声が付くことで仲間の名前の変更が出来なかったんですよ。「ユウナ」を「ふさえ」とかにしたくても、収録されている音声は直せませんからね。 でも、主人公の名前だけは変更できるんです。そのため、せっかく付けた名前なんですが仲間達は自分の名前を呼んでくれず、「キミ」とか「オマエ」とかで呼ばれるんですよ。
だったら、最初から主人公の名前を変更できなくすれば良くね? 「今回からは音声が付いたんで、全部のキャラの名前を変更できません」としても、大部分の人は納得したと思うんですよ。でも、それをせず、主人公の名前を変更できるシステムを守ったワケです。これは正直意外でした。 あれだけ映画的で「プレイヤーは観ているだけ」と言われている『FF』が、「主人公に自分の名前を付けて遊べる」仕様を貫き通すとは……
僕は『FF12』はプレイしていないんですけど(PS2が速攻で壊れたからね)、『12』はどうだったんですかね?これで主人公に名前を付けられなくなっていたら、『10』の「キミ」が不評だったということでしょうか。 つーか、もし『FF13』でも主人公に名前を付けられるとしたら「ライトニング」さんの立場はどうなるんですか!?光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士「カツどんたべたろう」とかにしたら全然別のゲームっぽいじゃないか!(何の心配だ)
『FF』シリーズとは対極的に、「主人公=自分だと思える」と言われている『ドラゴンクエスト』ですが……実は僕は『ドラクエ』の主人公を自分だと思えたことがないんです。これは『ゼルダ』もそう。主人公に台詞がないのは単に無口なヤツという気しかしません。
これは……世代的な問題なんでしょうが。 81年生まれの僕にとっては、88年発売『ドラゴンクエスト3』の存在が大きいんです。実際には自分がプレイしていたというよりは、兄貴のソフトだったんで兄貴がプレイしているのを観ていたことの方が多かったんですが……
あのゲームは(最初から酒場にいるキャラを除けば)仲間全員分の名前を自由に決められる上に、デフォルトの名前が存在しません。これがまずハードル高いですよね。勇者に自分の名前を入れることは出来ても、仲間3人分の名前を付けようとしても、俺、友達3人もいねーやとなるのです。
まぁ、僕に友達がいなさ過ぎるのはともかく……「仲間の中に一人くらい女のコを入れたいなぁ」と思っても、主人公に自分の名前を付けて、仲間に好きな女のコの名前を付けるなんて出来るワケないじゃないですか。家族にも見られるし、ひょっとしたら明日友達が出来てその友達が家に遊びに来て「ドラクエ3あるんだ?ちょっとデータ見せてよ」となるかも知れないじゃないですか!
ということで……我が家では、好きな漫画・アニメなんかからキャラの名前を拝借して「ドラゴンボールチーム」とか「ガンダムチーム」とかで編成していました。なので、僕にとって『ドラクエ3』の主人公は「自分自身」じゃなくて「ごくう」とか「あむろ」だったんですよ。
『ドラクエ』シリーズ自体は『4』以降、主人公の名前しか決められず“個性的な仲間と自分自身の冒険”というスタンスになっていくんですが……当時の『ドラクエ3』が他のゲームに与えた影響は凄まじく、多くのRPGは仲間のキャラ全員の名前を決められる仕様を取っていたように記憶しています。 『FF2』は確か公式の名前が存在していたはずですが、『FF3』は公式の名前が付いていなかったので、DSでリメイクされた際に名前が付いたことで驚きの声が上がりましたもんね。
『ドラクエ』シリーズ自体も『5』では「結婚イベント」があるために、主人公の性別が選べなくなりました。これは仕方ないことだと思うのですが、女性プレイヤーにとっては「主人公=自分自身」という遊び方は出来なくなってしまったんですよね。女主人公と花嫁の百合エンドというのも素晴らしいと思うんですが、それは流石にマニアック過ぎるのか、男主人公しか使えませんでしたね。 逆に、男プレイヤーからしてみると、「花嫁選び」や「子どもの名前を付ける」などといった人生の節目節目の選択が出来ることで没入度は増したのかも知れません。よくよく考えれば、『ドラクエ3』の酒場にいる仲間キャラの名前を主人公が決められるというのも妙な話ですし(笑)。
でも……正直、僕の場合は『ドラクエ5』で主人公に何て名前を付けたのか覚えていないんですよ。ビアンカやフローラは覚えているのだけど、主人公や子ども達にどんな名前を付けたのやら。 その頃になると「好きな漫画のキャラの名前を付ける」ことにも照れがあったので、スーファミ以降の『FF』のように公式の名前があるRPGの方が「名前を考えなくてイイなんて楽だ」と思った記憶があります。公式の名前があって、全部の仲間キャラの名前が変更できる『FF6』みたいなカタチが理想じゃないかと思っていました。
それ以降のゲームは大概、公式の名前を主人公に付けていましたしね…… あと、僕の場合……高校生くらい頃から主人公の性別を選べる際には、必ず女性主人公にしていました。だって男キャラなんて使ってても楽しくないじゃん。 『スパロボ』でも女性主人公を使っていたので、『スーパーロボット大戦アルファ』で使った主人公キャラがクスハで、クスハの声はまだまだ名の知れていない頃の高橋美佳子だったという運命!今や毎週ネットラジオ聴いてまっせ!まぁ……男主人公は杉田智和だったんですけどね(笑)。 ※ 確か、8人いる主人公の中にクスハ(cv.高橋美佳子)とブリット(cv.杉田智和)がいたんだったような……
この話をすると大抵「なんでオマエは男なのに女主人公使うんだ?」と言われるんですけど、僕にとっては主人公は自分自身ではないので、男だろうが女だろうが主人公は主人公という感覚なんですよ。
1.主人公の名前を決められるか(変更できるか) 2.その名前にデフォルトの名前があるのか 3.主人公の性別を決められるのか 4.主人公は台詞を喋るのか
個人的には「主人公が台詞を喋らない」からと言って、「主人公=自分」とは思えないんですよ。これは特に『トワプリ』やっていた時に思ったんですけど、グラフィックがリアルになっていけばなっていくほど、画面の主人公と現実の自分の違いを感じてしまいますからね。俺、こんなに鼻高くねーや、と。
なので……
5.主人公の容姿を自由に変更できるのか
この5つの要素によって「主人公=自分」と思える人の比率が決まっていくのかなーと思いました。『ドラクエ9』なんかはまさにこの方向性だそうですし、非ストーリー型のRPGはほぼこっちの方向に進んでいますよね。 でも、多分……みんな「自分の容姿に似せよう」なんて思わないんでしょうけど(笑)。僕はMMOやったことないですけど、いつものゲームの感覚で女主人公使ってもイイものなのか。喩えば、僕のような男がアナ・コッポラちゃんみたいな容姿のキャラを作って使ってもイイものなのか。
そう考えていくと……Wiiの『似顔絵チャンネル』は、落としどころが上手かったですよね。 パーツが限られていて、デフォルメされた顔しか作れないから、どんな人の顔を作ってもそれなりに愛嬌が出てくるという。リアル路線のPS3『Home』はどうなるんでしょうね。
でも、『Wii Fit』はともかく、『Wii Sports』ですら僕は「自分自身」じゃないMiiを使って遊んだりしています。あー、なんか僕の場合は「自分のことが嫌いすぎる」というだけな気がしてきました(笑)。もう、『ドラクエ』がどーのって話じゃないな、コレ。
まー、当たり前っちゃ当たり前のことなんですが。 「主人公=自分自身」だと思って遊んでいる人も、そうでない人も、同じように遊べる懐の深さがあるところが『ドラクエ』が売れ続ける理由なのかなーと思いました。どっちが多いんだという調べようがないことを考えるよりも、どっちでも遊べるのが一番ですからね。
そういう意味では、『FF10』で主人公だけ名前が変更できるということも理には適っていたのか。 納得。
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