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| 考察:私服は口ほどにモノを言う |
僕はエロゲーをほとんどやらない人間なんですが、それでも面白かった記事。
エロゲキャラの私服(情報元:ふぇいばりっとでいずさん)
たくさんある意見の中で特に多いのはこの二つ。 「いつも同じ私服だな」と、「私服がダサい」―――
「ダサい」かどうかは作品によって違うと思いますし、私服がダサくないエロゲーだって世の中にはあるんじゃないかと思うのですが……「いつも同じ私服」というのはよくよく考えてみると面白い現象だなと思いました。
エロゲー(ギャルゲー)が「いつも同じ私服」なのは、私服を複数パターン用意するとその分だけ立ち絵を用意しなきゃならないからですよね?それが出来ないのは容量制限のためだったり、絵師の仕事量の限界であったりするということで…… 逆に、家庭用ゲームやPCゲームでヒロインを着せ替えられる(非エロ)ゲームが増えているのは、容量が増えたことや、3DCG技術が向上したことで絵師への負担がなくなったことが言えるんだろうなぁと思います(立ち絵ではないエロゲーならばまた違った話になる)。
まぁ、エロゲーに詳しくない僕がエロゲーのことを語ってもアレなんで……他分野だとどうなんだろうという話を考えてみます。 アニメに関しては―――上の記事でも触れられていますが、設定画を元に複数の人間が作画に関わるので私服のパターンが限られてしまうのは致し方ないのかなーと思います。私服の数だけ設定画が必要になってしまうワケですからね。 原作漫画では毎度違う服を着ていた(そして、ディティールが凄まじかった)『苺ましまろ』ですら、アニメだとパターン化されていてガッカリしたような印象があります。
では、漫画は? 上述の『苺ましまろ』の例があるように、一人で描く漫画の場合は作者のサジ加減次第で何とかなってしまうんですよね。そりゃデザインの手間だとか、カタログ見て「こんなカンジにしようっと」と選ぶ時間はかかるかも知れませんけど、アニメやエロゲーで私服パターンを増やす労力に比べれば微々たるものではないかと思います。
もちろん……週刊連載なんて超人技を繰り広げている人々からすれば、その「微々たる労力」すら惜しまなきゃならないんでしょうけど。僕みたいなアマチュアな人間は、色んな服を描いた方が勉強にも刺激にもなるし、キャラの私服は出来る限り替えるように心がけてきたのですが……
そんな中、上述の記事に気になる意見が―――
・逆に私服が毎回違う漫画とかはイラッとくる。
そ、そうなのか! 当然ながらこれが全ての人の意見ではないとは言え、これまで僕が良かれと思ってやっていたことが「イラッとくる」人もいるんだと改めて痛感しました。いやでもしかし、作る側の“労力”とか“時間”といった都合ではなく、読者の側も「キャラの私服はいつも一緒がイイ」と思ってしまう根拠とは一体何なのか……非常に気になる意見でした。
予想1:誰が誰だか分からなくなるから ここからは僕の予想。
「漫画家の画力では、髪型と服装でしかキャラを描き分けられない」みたいな揶揄がありますけど(自分は+輪郭+体型があると思うのですけど)、それって卵が先か鶏が先かという話であって、漫画という媒体では髪型と服装でキャラを描き分けなきゃならない鉄則があるんだと僕は思っています。
そりゃ、漫画が顔アップだけ描いていればイイ媒体だったら、目鼻口&表情の特徴でキャラを描き分ける文化が生まれていたと思うんですけど…… 実際にはカメラはグルグル動いて、「遠くから描かれている構図」や「上からの構図」「下からの構図」「背中からの構図」などが必要になるので、顔が映らない構図であってもキャラを見分けられるような特徴が求められていったんですよね。
なので……漫画のキャラを個体認識するためには、目鼻口&表情よりも、髪型や服装の特徴を覚えることが重要になり。キャラの服装をコロコロ替えることは、「せっかくキャラの特徴を覚えたのに変えるんじゃねえよ!」と思われかねないのかもと思いました。
その作品の熱心なファンとか、単行本で一気に読んでいる人とかならば変化もまた楽しめる要素なんでしょうが……パラパラと漫画雑誌をめくってたまーに読む程度の人からすると、「あれ?このキャラってこないだのあのキャラ?」と誰が誰だか分からなくなるのかも知れませんね。 喩えば、僕なんかも作品の中で「黒髪ショートカットはこのコ一人」みたいなバランスを考えてキャラ配置していますけど……もし仮に雑誌の中の一つの作品だった場合、全作品に黒髪ショートカットのコが一人ずついたら、結果として読者はごっちゃになってしまうのかも……。
予想2.個性がなくなる これは良い面・悪い面の両方があることだとは思いますが…… 服装というのは「キャラを表している大事な要素」です。学生服はもちろん“その学校の生徒である”という属性表示ですし、私服もパンツルックなのかスカートなのか、スカート丈はどのくらいなのか、ソックスは、靴は、うんたらかんたら。
服装って最も印象に残る部分ですもんね。 “現実に近い”かどうかは、この際関係なくて……そりゃ実際にはお嬢様だってジャージを着るだろうし、おならもするんだろうけど、漫画の作中でジャージを着たりおならをしたりするとこまで描いてしまうと読者には「お嬢様だ」とは思ってもらえないんですよね。
読者に「白いワンピースの女のコ」と覚えてもらったのなら、最後までそのイメージを貫き通すべきという意見も分からなくもないです。
もちろん、そのイメージの枠組みの中でどうやりくりをするのかとか、そうしたイメージを崩すことでギャップを生み出すというのも非常に楽しいことなんですけど―――作者が楽しむ前に、まず読者にイメージを植え付けることが重要だというのは確かに忘れがちだったなぁと思いました。
パッと思いついたのは、この二つ。 確かに「キャラの私服を毎日替える」ことは最適解ではなくて、失うものもあるんだなーと思いました。最終的にはどこに優先順位を持ってくるかという話になるんでしょうけど。単純に「いつも同じ私服なんて手抜きだ!」とは言い切れないことが分かりました。
とは言え、上で「服をコロコロ替えると個性がなくなる」と書いておいてアレなんですけど、「ずっと同じ私服を着ている」以上に「色んな私服に着替えるのだけど、一貫した“らしさ”がある」方が個性が出るとは思います。 もちろん、それをやるには“ある程度の尺”が必要で、その尺を読ませる覚悟とか、そもそも(自分の好みとは違う)キャラごとの服のセンスというものを表現しきれなきゃならないワケで―――リスクも非常に大きいんですけど。
裏返すと、「私服はいつも一緒」もまた最適解ではないことが言えるんじゃないかと思ったのです。
(参考記事:『よつばと!』風香のファッションチェック〜)
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