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変わらない価値のあるもの

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2009年10月のまとめ

 とりあえず、皆さんにお知らせします。




 黒い物体

 先日、とうとうPS3を購入しました。
 「PS3を買おうと思う」みたいな話はmixiの方で8月からずーっと語ってきたことで、予定では今の作業が一段落した12月というつもりだったのですが。今の内に動き始めておかないと色々と後手に回りそうだなと思い、この段階での購入に踏み切りました。

 今後にHDD増量とかされても気にしないぜ!



 んで、「ソフトは何を買ったの?」とお思いの方もいらっしゃるでしょうからソチラも晒しておきます。
 これもmixiの方に既に書いていたことですけどね。


 ピンクなのにブルーレイ

 『けいおん!』のブルーレイです。

 「オマエそんなんでゲーム好き名乗るんじゃねえ!」という声が聴こえてきそうですね。
 知るかっ!今はゲームやる時間ないんだよ!楽しみにしていたブルーレイもまだ観られていませんし……時間を、そして出来ればお金も下さい、神様仏様稲尾様。



 モニターについても、ちょっと書いておきます。
 我が家には2台テレビがありまして―――1つ目が居間にあるHDテレビで、Wiiもこれに繋いであります。HDMI端子があるのでPS3もコレに繋げればイイのですが、母親が「掃除の邪魔になるものは置くな!」と仰っているので居間には置く場所がありません。

 んで、2つ目が自室のSDテレビ。
 PS3をSDテレビで遊ぼうとすると文字が潰れて読みにくい、みたいな話は散々聞いていたので―――こちらは避けたいです。しかし、自分はほとんどテレビを観ない人間なので、PS3のためだけにHDテレビを自室に買うのも勿体ないですよね。


 ということで、普段は自室に置いておいて、使う時だけ居間に持っていくことにしました。ぎゃ、逆転の発想!苦し紛れとも言う。

 自室でも体験版とか『まいにちいっしょ』とかゲームアーカイブスくらいはやっちゃおうかなーと、SDテレビ+付属のAVケーブルでチラッと起動してみたのですが。Playstation@Storeの文字が、まず読めませんでした。
 いや、読めないことはないんですよ?目を細めて心の眼でモザイクの向こう側を見るようにすれば、何となく書いてあることが分からなくはないくらいには読めるんですが……こんなんでゲーム出来ねえだろ(笑)。


 ちなみに、普通のメニュー画面(と言うのかアレは?)の文字は難なく読めました。ノーモザイク!
 どうやらテレビ&ケーブルの解像度によって文字を変えてくれているみたい?それなら、Playstation@Storeの文字もそうしてくれればいいのにね。


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 「2009年10月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」か「記事URL」をクリックして下さいな。

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| ひび雑記 | 18:22 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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見方を少し変えるだけで人生は楽しくなる

 先週月曜日の『アクセス』(@TBSラジオ)に森永卓郎さんがゲスト出演されていて、非常に興味深い話をされていました。
 今では「ケチだ」「セコい」「守銭奴だ」と言われることに何の抵抗もない森永さんだけど、節約を始めた頃は辛かったそうな。そんな時に伊集院光さんと話す機会があって、伊集院さんが「自分は“デブ”と言われると嬉しい」と言っていたことに衝撃を受け、楽になったのだとか。


 “デブ”とか“守銭奴”とか、蔑称になりかねないそうした言葉も、
 キャラとして楽しめば良いじゃないか、と思ったそうなのです。



 伊集院さんが森永さんの発言を聞いたら「俺のせいにしないでくれよ!」と嫌がりそうですね(笑)。僕は別に森永さんのことを好きではないですけど(伊集院さんのことは大好きです)、森永さんが言わんとすることは凄くよく分かります。


 自分の場合、最近の“モテない”宣言とかもそうですけど……
 かつて色んなサイトさんに「“貧乳好き”と言えばアイツ」みたいに持ち上げられた時期がありまして。それまでの自分は自分が“貧乳好き”であることに「マイノリティの負い目」みたいなものを感じていて、あまり大っぴらに語ってこなかったのですが―――その看板を背負っちゃった方が正直に生きられるし楽しいんじゃないかと、アレをきっかけに思えるようになったんです。

 だからまー、その後に色々ありましたけど。
 あの当時、自分を「“貧乳好き”と言えばアイツ」と言ってくれた人達に物凄く感謝をしています。
 マイノリティだって良いじゃない。見方を変えれば人生は楽しくなるんだぜ。



 さてさて。
 コレに通じるような話で、もう1コ森永さんの発言で頷けた話が「節約って楽しいんですよ」というもの。さっきも書いたように自分は森永さんのことを別に好きではないんだけど、ひょっとしたらこれは同族嫌悪なのかもと思い始めました(笑)。


 自分の場合は「お金の節約」というよりは、自分の決めたルールの中で「ストイックになること」は面白いって感覚ですかね。「ストイック」という言葉がアレだったら、「一生懸命」だとか「何かに必死になっている」だとかに置き換えてもらって結構です。
 喩えば、ダイエットなんかは究極の趣味だと思うのですよ。「お腹いっぱい食べたい!」「甘いものが食べたい!」という内なる欲求と戦って、「俺は!負けない!」と打ち勝った時の達成感と言いますか。世の中の「お腹いっぱい食べている人」や「甘いものを食べている人」を見て、「俺は勝ったぞ!」と優越感に浸れるというか。その人達は恐らく単にダイエットをしていないだけなんですけど(笑)。


 自分で自分に枷をハメるマゾヒズムとか、自分に陶酔するナルシシズムとはちょっと違う(重なっている部分ももちろんあるけど)―――
 目標に向かって走っている達成感がそこにはあると思うのですよ。“充実感”とか“緊張感”という言葉もあるかな。



 「お金をケチっている人」とか「御飯をお腹いっぱい食べられない人」って書くと、多分ほとんどの人はマイナスイメージを持つと思うんですよ。「可哀想だ」とか「哀れだ」とか「自分はあんな風になってはいけない」とか。
 でも、ちょっと見方を変えると、物凄く楽しいし、物凄く充実したものになるんですよ。



 漫画描きなんか、もう限りなく「ストイック」でなければならない作業ですし。
 趣味の分野で言っても、スポーツとかゲームとかで「もっと上手くなりたい」というのも「ストイック」の表れじゃないですか。その分野に興味がない人から見れば「なんであんなことに一生懸命になっているの?」と思うものでも、必死にやるのが楽しいことって沢山あると思うのです。


 ブログもそうですよね。
 毎日更新するとか毎週更新するとかの決め事って、別に誰かから決められたワケでもなくて―――単に、続けると楽しいじゃないですか。辛い時とかやめたくなる時とかがないワケではないけれど、それでも「ストイック」に続けることで“充実した日々”が送れるワケじゃないですか。



 そう考えると……“モテない”も突き詰めていくとすげー楽しいものになるんじゃないか、と問題提起したところで今日の記事は終わりです。
 自分は“モテない”を突き詰めてブログのネタにしているから凄く楽しいし、「俺、モテなくて良かった!」と心の底から思っていますが……こんな例は少数でしょうから。もうちょっと一般化して「モテないというのもこんなに面白いんだぜ!」と思える話を考えたいなぁと思ったり。卑屈とかにはならずにね。

(関連記事:「彼女はいません」が恥ずかしくない社会へ


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| ひび雑記 | 17:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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未経験者の方々に捧げる『ゼルダの伝説』シリーズのススメ(後編)

 前回:未経験者の方々に捧げる『ゼルダの伝説』シリーズのススメ(前編)の続きです。


 前回の記事は『ゼルダ』シリーズの外枠だけを語って肝腎の内容については何にも触れないまま終わってしまったので、今日は『ゼルダの伝説』という作品が「何を楽しむゲームなのか」を語ろうかなと思います。



3時限目.『ゼルダの伝説』とは「探索」を楽しむゲームである
 これは以前に書いた記事の補足です。
 『ゼルダの伝説』というゲームは「探索」「ボス戦」「ミニゲーム」の3つから成り立っていると僕は思っています。「ミニゲーム」は……僕は『ゼルダ』に限らずRPGでは「ミニゲーム」や「やりこみ要素」は完全スルーするので語れることはありません。


 なので、とりあえずこの項では「探索」について語ろうと思います。
 『ゼルダの伝説』シリーズには「オートマッピング機能」が付いています。フィールド及びダンジョン内にて、「行ったことがあるエリア」「まだ行ったことがないエリア」を色で分けてくれるのです。

 こうされると、「全部「行ったことがあるエリア」にしたい!」と思ってしまうのが人間の欲求なのですが……ただ単に走るだけでは、ほとんどのエリアには到達出来ません。
 ダンジョン内では鍵を使わないと開けられない扉、スイッチを押さないと通れない道、爆弾を使わないと開けられないヒビ壁……などなど。フィールドでは、草を刈らないと通れなかったり、泳げるようにならないと行けなかったり、イベントを起こさないと障害物があったり……などなど。


 これはよく「謎解き要素」とか「パズル的要素」と言われると思うのですが、実は自分はそうは思っていません。いや、頭を使わないといけない部分もありますけど、大半の場合は「先にこっちのフラグを立てておかないと、ここはまだ通れないよ」という“RPGではよくあるフラグ立てシステム”だと思うのです。

 この道を通るには、あそこのスイッチを押さなくてはならない→でも、剣では届かない場所にある→弓矢かブーメランが必要→弓矢は「1番のダンジョン」にある→先に「1番のダンジョン」をクリアしなければこの道は通れない。

 こんなカンジ。
 初代はそうでもないんですけど(ポーンとフィールドに放り出されて「さぁ!好きに進め!」とされる)、スーファミの『神々のトライフォース』以降は細かくフラグ管理されて、順々に行動範囲が広がるように設計されています。


 ダンジョン攻略→新アイテムをゲット→行動範囲が広がる→「探索」出来るエリアが広がる→新たなダンジョンに行けるようになる→新アイテムをゲット→以下ループ

 物凄く簡略化して説明すると、『ゼルダの伝説』というのはこういうゲームなのです。
 「新たなダンジョンに行けるようになる」ためにはフィールドでイベント起こしたり、住人の話を聞いたりしなきゃならないこともありますが―――メインはやっぱり「探索」で、中でも「ダンジョンの探索」が一番の楽しみだと言えます。

 「最初は行動範囲が狭い」けれど、「アイテムを入手することによって行動範囲が広がる」ことによって「成長している感覚が味わえる」のです。そのためのオートマッピング機能なんですよね。マップが埋まっていく様子を見るだけで、「成長している」達成感が得られるということです。



 なので、『ゼルダの伝説』シリーズの作品は―――
・フィールドの広さはどのくらいか
・ダンジョンの数は幾つあるのか
・一つ一つのダンジョンの長さはどのくらいか
・ダンジョンのバリエ-ションやギミックはどうか
・ダンジョンのギミックでは入手したアイテムをどの程度使わせるのか

 こういう要素が評価に直結します。
 「色んなダンジョン」が求められるので、森だったり砂漠だったり水中だったりと様々な場所に行くことになり、そのため『ゼルダの伝説』シリーズは任天堂のゲームの中でもグラフィックを求められることが多いですね。2Dであっても3Dであっても。
 グラフィックに説得力がないと「はるばる雪山までやってきたなー」などと思えませんから。

 まとめ:『ゼルダの伝説』の「探索」は、一つ一つフラグを立てていく作業と言えるのかも



4時限目.求められるのは「記憶力」と「応用力」
 とは言え、やっぱり「頭を使うゲーム」だとは思います。
 前編で紹介したコメントを下さった方のように「ゲームに頭を使いたくない」という人には、やっぱり向いていないと思います。


 まずは「記憶力」。
 『ゼルダの伝説』の伝統として、先に行けない場所を見せておくというものがあります。
 これは前項の「探索をさせたいゲーム」というところにも繋がるんですが……爆弾を持っていない時期にヒビ壁を見せて「何だろうこの壁?何かありそうだけど何にも起きないなぁ」と最初に思わせておいて、後に爆弾を入手させて「これであの壁を壊すのか!」と気付かせるということですね。事前に「まだ行けない場所」見せておくことで、「探索できるエリアが広がった!」と思えるのです。

 でも、「記憶力」がなくてヒビ壁があったことを忘れてしまうとそうは思えないですよね。
 ダンジョン内で鍵を入手して、一つ前の部屋に開かない扉があったことを思い出せないとなかなか先に進めません。

 「そんな馬鹿なヤツいねーよ!」と思われるかも知れませんし、連続して遊んでいる場合はそうそう忘れないと思うのですが……ゲームを遊ぶ時間がなくて“週末に1時間ずつ遊ぶ”スタイルの人などは、来週の週末まで覚えていられるかって話なんですよ。

 そういう意味では、やっぱり『ドラクエ』『FF』ほど万人が楽しめるゲームではないかなと思ってしまうのです。
 携帯ゲーム機で出ている『ゼルダ』は、「1時間ごとでも楽しめる」ようにセーブ後再開ポイントやらワープゾーンやらを考えられている印象はあるんですけどね。なので、時間のない人は携帯機の『ゼルダ』から入るのがイイのかも。



 次に「応用力」。
 これが『ゼルダの伝説』の一番の醍醐味だと自分は思っています。「俺だけが解けた」感と言いますか。もちろん世界中の人が「ここは俺だけが解けたんじゃないか!」と勘違いしているんですけど(笑)。

 「謎解き」と一言で言ってしまうと全然その魅力が伝わらないと思うので……
 「手持ちのアイテムをどう工夫して使えるのか」と、具体化して書こうと思います。『ゼルダ』大好きな人からすると「その説明じゃ不十分だ!」と思われるかも知れませんが、大目に見てください。


 攻撃すると道が開ける“スイッチ”があるとします。
 剣で攻撃すると道が開けました―――これが“基礎”。ここまでは誰でも分かるように作られています。
 しかし、先に進むと今度は剣では届かない場所にスイッチがあります。
 手持ちのアイテム欄を見て、弓矢でスイッチを攻撃すると道が開けました―――これが“応用”。この例では弓矢を使いましたが、実際には爆弾を投げてもイイし、ブーメランでもイイし、その辺に落っこちているツボを持ち上げて投げてもイイ。そうした幅を持たせていることで、自分で工夫して解いたと思えるんですよ。


 こうやって自分で考えさせて”応用”させることによって、「自分で工夫して解いている感」をズーッと味わうのが『ゼルダ』なんです。学校の勉強が出来るかどうかというよりは、「工夫の出来る人」が向いているというか。


 しかし、この「ゼルダの文法」って、言ってしまえば「任天堂の文法」なんですよ。
 『スーパーマリオ』シリーズでも、最初にアクションの“基礎”を教え込んで、それを“応用”させることを意識させていますよね。普通のジャンプでは届かないブロックも、パタパタを踏んづけて二段ジャンプすると取れる、みたいな。

 『どうぶつの森』とかでもそうです。まず「果物を売るとお金になるよー」と教えといて、果物のある木を揺することを覚えさせる。そうすると「果物のない木も揺すってみようか」と思え、揺するとお金やら家具やらが落っこちてくることがある。たまに蜂の巣も落ちてくる(笑)。
 蜂に刺された状態で住人と話すと「薬を飲んでゆっくりしな」と言われるので薬を買って治すと、今度は住人の方が風邪を引いて「薬を買ってきてあげよう!」と“応用”させるように考えられているのです。

 『Wii Fit Plus』ですらもそうです。
 「サイクリング」の旗を全部獲るだけなら簡単に出来るのだけど、効率よく回って星4つを獲るためには犬を上手く使わなくてはなりません。その為に、如何に無駄なく犬を迎えに行くか……を考えていくと、「エキスパートコース」では遠回りしないと犬を迎えに行けないようになっているという。
 「犬抜きで最短距離で回収する」か、「遠回りしてでも犬を仲間にする」かを、考えさせるのです。性格悪いよね、任天堂の人は!と思わなくもないです(笑)。


 任天堂のゲームが好きな人って、こういう部分が好きなんだと思うのです。
 「最後の一手は自分で考えなくてはならない」―――だから、「自分でクリアしてやった感」が味わえるという。決して「任天堂」という会社名が好きなワケではないのです。
 でも、外枠しか見ていない人からは「任天堂のゲームが好きなヤツはゲーマーではない!」みたいに言われるんですよね。僕達は中身の話がしたいのに。



 閑話休題。
 『ゼルダの伝説』の場合はアイテムを沢山入手するので、これらのゲームよりももっと「手札が多い」複雑な印象はあります。『スーパーマリオ』は「ジャンプ」「踏んづける」「隠しブロックを探す」くらいしかなかったりするし(笑)。
 でも、『ゼルダの伝説』も1つ1つアイテムを入手して増やしていくので、実際にやってみるとそこまで複雑ではなかったりします。主人公が成長していくのに合わせて、プレイヤーも成長している感を味わえるというか。

 何と言うか……『ゼルダの伝説』は最も「任天堂イズム」が色濃いゲームだと思うのです。「任天堂イズム」の濃度と密度を上げていくと『ゼルダの伝説』になるというか。



 まとめ:多くの任天堂ゲームと同じように、「自分で工夫してクリアした」感が味わえるのが『ゼルダの伝説』である


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 『ふしぎのぼうし』はカプコン開発なんですけどね!

 5時限目.難易度はどうなの?
 『ゼルダの伝説』というゲームは「アクションで戦わなければならない」し「頭も使わなければならない」と敬遠する人が多いとよく聞きます。逆に、『ゼルダ』が好きな人は「アクションも出来るし頭も使えるのが楽しい」と言います。僕もそう思っています。

 ただ、難易度の話をすると、この2つはお互いに補い合う関係なんだと思うのです。
 もちろん最低限のアクション、最低限の頭脳は必要なんですが―――アクションが苦手な人は手間と頭を使ってアイテム収集することで補えるし(ハートのかけらや妖精など)、頭を使うのが苦手だけどアクションに自信があるって人ならば寄り道せずにガンガン進めばイイのだと思います。

 いや、やっぱりある程度「工夫」はしないとアクション上手くてもキツイか(笑)。


 個別に、まずは「アクションの難易度」から語ると―――
 昔の作品は最近の作品と比べると難しいと思います。初代なんてダンジョンに辿り着くまでに死にまくりましたもの。
 これを以前に書いたら「それはアナタの努力が足りないからです」みたいなことを言われたのでそれを踏まえて、「アクションゲームが下手糞で努力もしたくない自分のような人間のクズにとっては初代『ゼルダ』は難しかったです」と書いておきます。

 やったのが小学生の頃だったこともあるのだけど、スーファミ版『神々のトライフォース』も頻繁に死にまくっていた記憶があります。『神トラ』はMPの概念があって、しょっちゅうMP切れに泣かされていたっけなぁ……
 それに比べると、最近の作品は「ゲームオーバー」自体あまりならなくなりましたね。操作に慣れているという前提ですけど。『ふしぎのぼうし』はラスボスで初めてゲームオーバー画面を観ましたし、『トワイライトプリンセス』は(アナログスティックに慣れてからは)1度も死なずにクリアしましたし。そう言えば、『トワイライトプリンセス』はラスボスの最後の最後でビンを使い切って倒すという理想的な難易度でしたよ。アクションゲームが下手糞で努力もしたくない自分のような人間のクズにとっては、ですけど。



 で、次に「謎解きの難易度」について―――
 『ゼルダの伝説』で「詰まった」「コレ以上進めない」と言っている人がいたら、ほとんどの場合は「解法が分からなくて」というケースです。そこを必死に考えるのが楽しいし「やった!先に進めた!」という瞬間は、久々のお通じくらいの爽快感があるのですが……

 困ったらネットで調べちゃえばイイんじゃないかな!
 もちろん自力で解くのが面白いゲームなんで、「2時間も同じところから進めなかった場合はネットに頼る」みたいな制限をかけた方が楽しいと思いますけど。先に進めない場合は「自分の中の先入観に邪魔されている」ことが多いので、一人の頭脳だと厳しいかもとも思うのです。

 逆に言うと、凝り固まった視野を広げる訓練になるとも言えますけど。


 作り手側もやっぱり「途中で詰んでしまう人が多い」のは辛いらしく、シリーズを重ねるごとにヒント機能が充実している気はします。『トワイライトプリンセス』のミドナヒントはあまりにも的確すぎて、「コイツを倒しているのは俺なのかミドナなのか」と悩んだくらいです(笑)。
 「自分で解きたい!」という人は敢えてヒントを聞かないで進むという手もありそうですね。自分はぬるま湯に浸かった人間なのでムリです。ボス戦の度に「教えてくだせえ、ミドナ様」と頭を下げていました。

 まとめ:「アクション」も「頭脳」も必要だけど、どちらも救済措置が用意されている……と思う


6時限目.で、何が目的のゲームなの?
 勇者になって悪いヤツを倒して世界を救うゲームです。

 その一点は『ドラゴンクエスト』と一緒ですよね。
 剣を持って、お城や森や火山や洞窟や雪山や遺跡や砂漠や湖を冒険して、世界中の困った人を助けて世界中の悪いヤツをやっつける―――ゲーム内容は全然違う2つの作品ですが、目的だけは一緒というのが面白いです。


 ゲームの内側の部分は、『マリオ』や任天堂のゲームが好きな人にこそオススメできる作品だと思うのですが。もちろん外側の部分も大事ですよね―――剣とか弓矢とか爆弾とかにワクワク出来る人じゃないと、やっぱり『ゼルダ』にはワクワク出来ないのかもなぁと思ったりします。

 『トワイライトプリンセス』は、細かい不満点はもう半端なく出てくる作品ではあったんですけど―――
 “勇者になれる”というその一点で最高のゲームでした。馬に乗って草原を駆け回り、一騎打ちをしたり馬車を守ったり。時には西部劇のようだったり、時にはチャンバラだったり。空飛ぶドラゴンの背後に回って剣を突きつけたり。

 子どもの頃に夢見た“勇者”を体現出来る―――
 『ドラゴンクエスト』ももちろんそんな王道ゲームですが、『ゼルダの伝説』もまたそんな王道ゲームだと思うのです。


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○ まとめのまとめ
・『ゼルダ』は、『ドラクエ』よりも『マリオ』っぽい作品
・シリーズのどの作品からでもどうぞ
・“本編”と“外伝”があるけど、未経験者の方々はどれからでもどうぞ
・一つ一つフラグを立てていくのが楽しい
・「自分で工夫してクリアした」感が味わえる
・「アクション」も「頭脳」も必要だけど、どちらも救済措置が用意されている
子どもの頃に夢見た“勇者”を体現出来る―――



 誤解して欲しくないんですけど……
 『ゼルダの伝説』というゲームが「全ての人にとって楽しいゲーム」だとは思いません。それは『ゼルダ』に限らず、『マリオ』を楽しめない人だって『ドラクエ』を楽しめない人だっていますからね。全ての娯楽はやっぱり「自分に合うかどうか」が大事なんですよ。


 でも、本当は「自分に合っている」のに、誤った先入観で手を出してこなかった人が沢山いると思うんですよ。そういう方々が「あれ?『ゼルダ』って自分に向いているのかも?」と思ってもらえ、そして手を出した結果「面白かった!」と思ってもらえたらなと、この記事を書きました。


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| ゲーム雑記 | 17:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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未経験者の方々に捧げる『ゼルダの伝説』シリーズのススメ(前編)

 最近のウチのブログでは「ゲームの面白さとは何か?」みたいなことを考える記事が多く。
 その際に、古典というか教科書的な存在として『スーパーマリオブラザーズ』『ドラゴンクエスト』『ゼルダの伝説』を例に出すことが度々あるのですが……他の2つに比べて『ゼルダの伝説』って、シリーズを1本も遊んだことがない人が多いんじゃないかと、ふと思いました。海外市場ではともかく日本市場ではね。


 喩えば、2Dマリオ最新作の『Newスーパーマリオブラザーズ』は500万本オーバーの売上げで、ドラクエ最新作の『ドラゴンクエストIX』は300~400万本クラス。一方のゼルダで言えば最新作『夢幻の砂時計』が80~90万本辺りで、本編最新作の『トワイライトプリンセス』は50万本付近です。

 シリーズ最高売上げで比較しても―――マリオは『スーパーマリオブラザーズ』の681万本、ドラクエは先ほど書いた『ドラゴンクエストIX』の400万本弱くらいで、ゼルダは初代の169万本だそうな。超超超一線級の『マリオ』『ドラクエ』『FF』『ポケモン』からは、ちょっと離された売上げなんですよね。



 そういう理由で、『ゼルダの伝説』シリーズを全くプレイしたことがない人&プレイしたことがあるけれどどういうゲームなのかはイマイチ分かっていない人が多いんじゃないかと思いまして―――
 僕なんかが偉そうに語れる身分ではないのですが、「ゼルダってのはこういうゲームなんですよ」という解説をそういう方々に向けて書いてみようかなと思うのです。



 と考えたのも……きっかけは「RPGにレベルアップ制度は必要ですか?」という記事に頂いたコメントからです。興味深いコメントなので、引用させてもらいます。

<以下、引用>
-前略-
 ちなみにスターオーシャンやテイルズなどでも、レベルさえ思い切り上げれば、本編のラスボスはプレーヤーが操作するキャラは攻撃ボタンを連打するだけで勝てるようになってます。バカでもエンディングは見れます、みたいな。
 ともかく、ゼルダのようなアクションRPGだと、そういうのは無理じゃないですか。真正面から特攻して斬り付けるだけだと絶対にクリアできない(私はクリアできなかった)。
-後略-
</ここまで>



 多分、『ゼルダ』が大好きな人は「えぇっ!」と驚いたと思うのです。
 僕も最初読んだ時は驚きました。「ゼルダってそういうゲームじゃないよ!」と。


 ですが、冷静になって考えてみると「なるほど。興味深い御意見だな」と思うようになりました。
 『ゼルダの伝説』というゲームは誤解をされているのだなと、見えてきたのです。



 歴史のお勉強をまず最初に。
 初代『ゼルダの伝説』の発売は1986年2月21日、
 初代『ドラゴンクエスト』の発売は1986年5月27日です。『ゼルダ』は『ドラクエ』よりも前に誕生したゲームなんですよ。


 「だから何だよ!歴史とかマジうぜーよ!」と思うかも知れませんが、まーちょっと読んで下さい。
 『ファイナルファンタジー』や『ポケットモンスター』は、『ドラゴンクエスト』のヒット以後に生まれたゲームです。上で挙げられている『スターオーシャン』や『テイルズオブ』もそうです。
 だから、『ドラゴンクエスト』の文法がある程度は通用するのです。僕自身はやったことがない作品も含まれていますが、普通に考えればそうします。だって『ドラクエ』シリーズを楽しんだ人に「こっちも遊んでね!」と売り出したゲームですからね。

 初期『ファイナルファンタジー』が如何に『ドラゴンクエスト』のアンチテーゼを目指していても、それはあくまで『ドラゴンクエスト』ありきのアンチテーゼなんですよ。


 でも、『ゼルダの伝説』は『ドラゴンクエスト』以前からあったゲームです。
 だから、『ドラゴンクエスト』の文法で遊んでもしっくり来ません。同じようなジャンルに思われるかも知れませんが、全然別のゲームデザインから生まれているんですよ。アンチテーゼですらありません。
 野球とサッカーくらい別の種目なんですよ。ざっくり言うと“球技”だけどね、みたいな話。



 このコメントを下さった人を否定したいワケじゃないですよ。こういう御意見こそ大事。
 多分、こういう誤解をしている人って沢山いると思うんですよ。

 本来ならば『ゼルダ』シリーズを物凄く楽しめる人が、このように「アレでしょ?『ゼルダ』って『ドラクエ』みたいなゲームでしょ?」と食わず嫌いをしているかも知れない―――だからこそ、『ゼルダ』というゲームがどういうゲームなのか語ってみようじゃないかと思うのですよ。



1時限目.『ゼルダの伝説』に似ているのは『スーパーマリオブラザーズ』である
 この記事は『ゼルダの伝説』の予備知識が全くない人にも読んでもらいたい記事なので、物凄く基本的なところから語り始めようと思います。

 『ゼルダの伝説』シリーズを開発・発売しているのは任天堂です。
 ※ ただし、『ふしぎの木の実』『ふしぎのぼうし』はカプコン開発
 なので任天堂の機種でしか遊べません。逆に言うと、バーチャルボーイと64DDを除く全ての任天堂機種に『ゼルダ』シリーズは発売されています。それだけ任天堂が大事にしているソフトなんです。


 初代『ゼルダの伝説』のプロデューサー・ディレクターは宮本茂さん。マリオシリーズの作者でもある人ですね。
 なので、『ゼルダの伝説』は『スーパーマリオブラザーズ』に非常によく似たゲームになっています。少なくとも『ドラゴンクエスト』よりは『スーパーマリオブラザーズ』に似ていると思いますよ。

 先ほど引用させてもらったコメントを受けて、“敵キャラ”について語りますと……
 『スーパーマリオブラザーズ』の敵キャラ―――喩えば、トゲゾーは踏んづけることが出来ませんし、メットにファイアーボールは効きませんよね。それぞれの敵キャラに個性があって、弱点があって、それに応じた戦い方をしなくてはなりません。
 「ハンマーブロスは下から叩けば倒せる」と思っていたら、平地で佇んでいるハンマーブロスが出てきて絶望したりとかね。


 『ゼルダの伝説』の敵キャラも一緒です―――剣が効く敵、弓矢が効く敵、爆弾が効く敵。様々な敵キャラが出てくるのです。ストーリーが進めば剣が強化されることもあるのだけど、剣が効かない敵には剣は効きません。
 この敵にはこっちの武器が効くのでは?これとこれを組み合わせれば楽に倒せるのでは?と考えるのが楽しいゲームなのです。

 もっと言うと、『ゼルダ』シリーズには“絶対に倒せない敵”がいますしね。『スーパーマリオ』シリーズにもテレサとかドッスンとか倒せない敵キャラが沢山いるのと同様に、『ゼルダ』の敵キャラはどっちかと言うと“障害物”なんですよ。
 だから、エンカウントもしませんし、倒さずにも進めますし(倒さないと進めないところももちろんありますけど)、倒したところでレベルが上がるワケでもありませんし、敵の強さが<弱い←→強い>という一つの列に並んでもいません。『ドラゴンクエスト』とは“敵キャラ”の概念が違うんですよ。



 なので、『ゼルダの伝説』シリーズは『マリオ』シリーズが好きな人にこそオススメします。
 剣を持って魔王を倒して世界を救うみたいな外枠だけを見ると「マリオよりもドラクエに近いのでは?」と思うかも知れませんが、中身は全然ドラクエではありませんし、「ドラクエの戦闘をアクションにしたゲーム」と思って手を出すと失敗すると思います。

 個人的には、「マリオを複雑にしたのがゼルダ」だと思っています。
 宮本さんは「マリオとゼルダの差は成長の有無にある」と仰っているそうですね。マリオが一時的な“パワーアップ”しかしないのに対して、ゼルダの主人公リンクは道中で手に入れた武器・道具を蓄積させて“成長”しますからね。

 攻撃手段・行動手段が増える分だけ、『ゼルダ』は『マリオ』よりも複雑。
 その分、アクションのシビアさはないですけどね。マリオが「アクション:頭脳=8:2」くらいだとしたら、ゼルダは「アクション:頭脳=3:7」くらい?もちろん作品にも依るんですけど。


 まとめ:『ゼルダの伝説』シリーズは、『スーパーマリオ』シリーズが好きで「もうちょっと複雑なゲームも遊んでみたいなぁ」という人には是非是非オススメ!


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2時限目.シリーズ沢山あるけど、どれからやればイイの?
 アナタが持っている機種ので、OK。
 「WiiもDSも持っていない!Xbox360では出ないの!?」と言う人がいましたら、Xbox360で『ゼルダ』が出ることは99%ありえないので、押し入れの中からゲームボーイかファミコンかスーパーファミコンを出してくるとイイと思いますよ。最近の任天堂機があるならそれに越したことはないですけど。


 シリーズが沢山出ているからと言って、初代から手を出す必要はありません。
 よく「1作目からやらないなんてけしからん!」みたいなことを言う人がいるんですけど、そういう人には「けしからなくて結構」「私はアナタに感心してもらいたくてゲームをするワケではありません」と答えておきましょう。

 『ゼルダ』に限らず全てのシリーズに言えることなんですけど―――80年代のゲームは80年代のユーザーに向けて作られたゲームですし、最近のゲームは最近のユーザーに向けて作られたゲームですし。2009年を生きている人が80年代にヒットしたゲームを楽しめるかって話ですよ。
 もちろん例外になる“時代を越える名作”は沢山ありますけど、新しいシリーズに手を出す時に昔の作品から手を出さなきゃならないなんて決まりはありません。



 『ゼルダ』の話に戻します。
 基本的にはシリーズのストーリーは繋がっていませんし(設定は繋がっているけれど知らなければ気にならない程度です)、そもそも『ゼルダ』はストーリーを楽しむゲームではありません。
 『夢をみる島』のようにストーリーが素晴らしい作品も中にはありますけど……あくまで主役はゲーム内容であって、ストーリーは添え物だと思っているファンが『ゼルダ』の場合は大半かと思います。

 んでんで。
 シリーズ未経験者の方々に、興味湧いてきたからどれか一作から始めてみようかな♪と思ってもらいたくてこの記事を書いているのですが―――そういう人は恐らく、「評判の良い作品からやりたいなぁ」と思うんじゃないでしょうか。
 でも、『ゼルダ』シリーズって「初めてやったゼルダを最高傑作とする」人が多いシリーズなんですよ。僕も最初に遊んだのが『神々のトライフォース』なのでこれが最高傑作だと思っているのだけど、初代から入った人は初代を最高傑作とする人が多いし、『時のオカリナ』から入った人は『時のオカリナ』を最高傑作とする人が多いし。あんまし参考にならないんですよ。


 だからまー、「持っている機種」で「なるべくなら最近の」で―――
 あとは「携帯機か据置機か」とか「2Dか3Dか」とかの好みとか、「絵柄」の好みとかで選んだ方が良いかもしれませんね。
 『トワイライトプリンセス』は自分も物凄く楽しんだゲームですけど、敵キャラがリアルでグロかったりするので(蜘蛛とか目ン玉とか)、女のコや小さい子にはなかなか勧めづらいと思っています。逆に『ふしぎのぼうし』は絵本のような世界観なので、リアル嗜好の人には勧めづらいかも。


 まとめ:どれから手を出しても構わない!



2時限目の補習.“本編”ってどの作品のことを言うの?
 「どの作品から手を出しても構わない」と書いた数行後に書くのもアレなんですけど……
 『ゼルダ』シリーズというのは、”本編”と“外伝”に分かれていてそれを目安にするのもイイんじゃないかと思ったので書いておきます。


 “本編”とは―――
 任天堂の最新の据置機種で発売する王道作品で、全て一から世界観を築いて作られる作品です(厳密には長い歴史がそれぞれ繋がってはいるのですが)。現在では特に任天堂のエース格が集結して作ることが多く、任天堂内でも最大規模で動いているプロジェクトだそうです。

 スクウェアにおける『ファイナルファンタジー』のナンバリングタイトルみたいなものですね。


 “外伝”とは―――
 その“本編”で描かれた世界観を使って作られる派生作品で、開発が少人数だったり、システムが挑戦的なものだったりするそうです。ということで、ちょっと以前に書いたリストに再登場してもらいましょう。


● 『ゼルダの伝説』(ディスクシステム/86年)→『リンクの冒険』(ディスクシステム/87年)
● 『神々のトライフォース』(スーファミ/91年)→『夢をみる島』(ゲームボーイ/93年)
● 『時のオカリナ』(64/98年)→『ムジュラの仮面』(64/00年)
● 『風のタクト』(ゲームキューブ/02年)→『夢幻の砂時計』(DS/07年)『大地の汽笛』(DS/09年)
● 『トワイライトプリンセス』(ゲームキューブ&Wii/06年)→『ボウガントレーニング』(Wii/08年)
※ この他に『ふしぎの木の実』『ふしぎのぼうし』『4つの剣』『4つの剣+』がある


 それぞれの行の一番左が“本編”『ゼルダ』で、右がそこから派生している“外伝”になります。
 “外伝”は挑戦的というか実験的な作品が多く、『リンクの冒険』『リンクのボウガントレーニング』などはジャンル自体違います。『ドラゴンクエスト』と『ドラゴンクエストソード』くらい違うと思っておけばイイ……かなぁ。

 しかし、人員と予算を最大限にかけた王道作品たる“本編”よりも、「新しいことをやってみよう」とチャレンジした“外伝”の方が面白いということもあるので。“外伝”である『夢をみる島』『ムジュラの仮面』『夢幻の砂時計』も、「シリーズ最高傑作」と挙げる人は少なくないですね。


 なので、“本編”からでも“外伝”からでも好きな作品から手を出してみるとイイと思いますよ。
 『リンクの冒険』『リンクのボウガントレーニング』はジャンルが違うので「これがあの噂のゼルダか!」と思われてもアレなんですけど、“世界観を知る”ということは出来ますからね。


 まとめ:任天堂の最新の据置機種で発売する王道作品が“本編”


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○ とりあえずの3行まとめ
・『ゼルダ』は、『ドラクエ』よりも『マリオ』っぽい作品
・シリーズのどの作品からでもどうぞ
・“本編”と“外伝”があるけど、未経験者の方々はどれからでもどうぞ



 長くなってしまったので今日はココまで。
 ゲーム内容には全く触れていないし、「2時限目で授業終了」というまさかの展開で終わらせてしまうのも面白い気がするのですが……今日の話で「興味湧いた!やってみよう!」と思える人はほとんどいないと思うので(笑)、次回に続きます。


(関連記事:『ゼルダの伝説』シリーズの主人公は誰?という問題

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| ゲーム雑記 | 17:49 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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考察:男だって、男同士に萌えるよね!

 「萌える」なんて言葉は既に死語と化している―――
 なんて話を聞いたことがあるのですが、「萌える」以外に「萌える」という感情を表す言葉がないので何に置き換えたらイイのやら。強いて言うなら「キュンキュンする」とかですかね?

 「男だって、男同士にキュンキュンするよね!」

 今日の記事タイトルはこっちの方が良かったろうか。
 いやでも、これは何か一線踏み越えた感があるような……





 こないだ書いた記事「○○と喋っている時の△△」が好き!に、ボーイズラブについてのコメントを頂きまして、自分も思うところのある話題なので今日はそのことについて書いてみます。

 僕個人の思想としてはただ一点、「色々な人がいるから世の中は面白い」ですから。
 僕自身はボーイズラブを嗜好しませんけど、ボーイズラブを嗜む人達は尊敬しているし興味があるし応援しています。自分ではギャルゲーやらないけどギャルゲー好きな人は好き、みたいな話です。特に自分は百合スキーですし、考え方としても通じるものがあるんじゃないかと思っています。

 ただまぁ……
 だからこそと言うべきか。「○○を好き!」と言っている人に「好きなのはおかしい!気持ち悪い!」と責めるのは許せませんし、同様に「○○には興味が持てない!」と言っている人にムリヤリ「○○を好きになれ!」と押し付けるのも許せないので―――何が正しいかみたいな論争になってしまうとゲンナリしてしまいます。カップリング論争とかは特に。



 そもそも「好き嫌い」に「正しい」なんかあるワケなくて。
 「好き嫌い」が自分と合致している人の方が気が合うワケでもなくて。適度に重なって適度にズレているくらいが丁度いいことは沢山あって。「自分とは違う価値観を否定しない」方が世の中は楽しくなるのになーと思ったりするワケですよ。




 と、ここで前回の「○○と喋っている時の△△」が好き!の話に戻します。あの話って、男同士の関係にも当てはまることだと思うのですよ。僕にはボーイズラブ嗜好はないけれど、男キャラに対しても「○○と喋っている時の△△が好き!」は凄く良く分かります。

 何度か書いていることですけど……
 自分は、『スラムダンク』の流川楓が宮城リョータと話す時に「~~っす」ととりあえずの敬語で話すのがすげー好きなんです。流川って男前だしモテモテだしストイックだし何でも器用にこなすし(勉強はアレだけど)、同級生の男目線だと「何てイヤなヤツだ!」と思わなくもないのだけど。
 パスをくれる宮城には信頼を寄せていて、(頼み方はムチャクチャ下手くそだけど)お願いをしたりしていて、多分先輩(宮城リョータ)の目線だと「可愛い後輩」の一面もあるんじゃないかと思うのです。宮城と流川はポジションが全然違うというのもありますが。

(関連記事:敬語萌え


 もちろん僕は「流川×宮城」のボーイズラブが読みたいワケじゃないです。
 でも、「流川と宮城の信頼関係」にはキュンキュンするワケですよ。キュンキュンという言葉がアレだったら、「なごむ」とか「憧れる」とか「ほっこりする」とかでも良いですよ。ほっこり~♪


 その違いは凄く大きいように思えるけど、「あっちの連中は理解できない!」と言うほど遠いものでもないんじゃないかとも思うのです。
 これと似たような話は何度か書いてきて、女性キャラを観る時の男からしても「好きなキャラ全てにエロスを想像出来るワケではない」ですよね。同じように「このキャラが好き!」「この作品が好き!」と言っている人でも、そこにエロを求められる人と求められない人には分かれるのですよ。

(関連記事:「エロイと思うキャラ」と「エロ同人誌を描きたいキャラ」は別
(関連記事:「エロに繋がる萌え」と「エロに繋がらない萌え」


 最近の作品で言えば―――
 僕は『けいおん!』キャラでエロは想像出来ません。エロ絵もなるべく観たくありません。『かなめも』とか『レールガン』も同様です。
 でも、『化物語』は余裕でいけます。『ささめきこと』も多分大丈夫。もっと言うと(現在の自分は)『あずまんが大王』でもいけます。でも、『よつばと』はムリ。

 そういう違いって自分でもよく分かんないんですよねー。
 多分「好きなキャラ」という大きな棚の中に色んな引き出しがあって、同じ「好きなキャラ」でも「エロOK」と「エロNG」という別々の引き出しに入っているというか。


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 もちろん「自分は『けいおん!』のエロを見たくない」からといって、「『けいおん!』のエロを見たい人」「『けいおん!』のエロを描きたい人」を否定しているワケじゃないですよ。それこそボーイズラブを嗜好する人達と同様に、尊敬しているし興味があるし応援しています。


 喩えば、同じように「唯憂姉妹が好きだ!」という人であっても。
 「唯憂がエロイことをしているのを観たい人」「チューくらいまでがベストな人」「舌が入っているとキツい人」「プラトニックが一番だよという人」「原作準拠な人」―――沢山いるワケですよ。唯憂に限らず、百合作品ではよくある議論じゃないですか。
 そして、そんなに沢山いる人達を十把一絡げで「百合ヲタ」と言ってしまう。中にいる人達はそれぞれ全く別々の嗜好だというのに、一つの容器に放り込んでラベルを貼り付けてその名前だけ見て中身を理解した気になってしまうってよくあることじゃないですか。



 でも、ホントは全然違う。
 人間は液体じゃないから、一つのビンに入れて振ってもシャッフルされないのですよ。逆に「舌が入っていると何故許せないのか」「いやむしろそっちの方がイイじゃないか」みたいにぶつかり合ってしまうワケですよ。
 その議論も不毛だから、自己紹介の時に予め「僕は唯憂姉妹が好きですが舌が入っているチューはちょっとキツイです。アナタはどうですか?」みたいに言っておくのがイイんじゃないかと僕は思うのですが。あ、ちなみに僕は舌までならアリ派です。




 「女同士に萌える」からと言って、「女同士のエロが観たい」かはまた別の話ですし。
 「男同士に萌える」からと言って、「男同士のエロが観たい」かはまた別の話ですし。
 それは「男女」でもそうです。「みうらとジャンボには萌える」けど、「そのエロが観たい」かは別の話。


 別の話だけど―――そこは、ものすごく遠いようで。
 何かのきっかけでポンと飛び越えられるくらいの距離の時もある―――そんな風に思うのです。


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| ヒンヌー | 17:52 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゲームをさせるためには“御褒美”が必要だ

 以前に予告した“ゲームの御褒美”についての記事です。
 大ざっぱに考えると、コンピューターゲームは3つの要素で成り立っていると思うのです。

1.ルールがあって
2.成功・失敗の審判をコンピューターがしてくれて
3.成功すれば御褒美がもらえる



 正確に言うと「コンピューターゲーム」ではないアナログなゲームにも当てはまることではあるのですが……コンピューターゲームは2の「審判」と3の「御褒美」をコンピューターがやってくれることによって、様々な「ルール」を作ることが出来たというのが普及した一つの要因なのかもと思いました。


 どのゲームを買おうか迷った時、そのゲームを買うか悩んだ時―――
 もしくはそうした人達に対しての判断材料になるゲーム雑誌やゲームレビューサイトに書かれる時―――多くの場合は1の「ルール」に注目しがちですよね。別にそれが悪いとは言わないのだけど、そのゲームを楽しめるかどうかは実は3の「御褒美」も重要なんじゃないかとここ最近の記事を書きながら思ったのですよ。



 喩えば、『スーパーマリオブラザーズ』。
 1-1という最初のステージをクリアすると、どんな御褒美がもらえると思いますか?

 “1-2が遊べる”権利なんですよ。
 ここで「ハア?1-2が遊べるなんてちっとも嬉しくねえよ。御褒美をくれるならおっぱいを見せてくれよ」と思う人には、『スーパーマリオブラザーズ』は向いていません。おっぱいが見たいなら素直にエロ本を買ってきましょう。


 不思議な話じゃないですか。
 『スーパーマリオブラザーズ』というゲームの中には、最初から全てのステージが入っているワケですよ。技術的には1-1をクリアしなくても1-2を遊べるように出来るワケです。「3-4のクッパ手前から始めたい」みたいなことだって、本来なら出来るワケじゃないですか(多分)。

 でも、それでは面白いゲームにはなりません。
 1-1をクリアしなければ1-2が遊べない、1-2をクリアしなければ1-3が遊べない、1-3をクリアしなければ1-4が遊べない―――とされているからこそ、一つ一つのステージを楽しめるのだし、クリアしていくことで「俺うまくなっている」感が味わえるのですよ。


 ま、世の中にはステージセレクトのあるゲームもありますけどね(笑)。
 そもそも『スーパーマリオブラザーズ』にもワープ土管ありますけどね(笑)。
 でも、ワープ土管も「隠し要素を見つける喜び」とか「隠し要素を教えあう喜び」とかの“御褒美”だと思うのですよ。初代『ゼルダ』の「ミンナニハナイショダヨ」みたいな話で、情報探しと情報交換も一つのゲームになっているというか。


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● ストーリーは“御褒美”だ
 「プレイヤーが成長するゲームと、キャラクターが成長するゲーム」という記事を書いた際、コメント欄にて「RPGなどではストーリーによってキャラクターが“人間的に”成長することもありますよね」という御意見を頂きました。なるほど、興味深い話です。


 ゲームに限らず、映画でも小説でも漫画でもアニメでも―――
 もっと言うとフィクションではない分野(スポーツ選手とかアイドルとか俳優さんとか)でも―――

 人間が成長していく過程を見ると、それだけで達成感(爽快感)を覚えられるんですよね。
 自分自身は何もしていないのに、何にも持ってなかったヒロインが最終的に「ここが私達の武道館です!」と歌うだけで感動して泣けるワケですからね。よくよく考えると不思議な現象です。



 RPGなどストーリーのあるゲームで「成長」が描かれるのも、それがより多くの人にとって「達成感」になってそれが「御褒美」になるからなのかなーと思うのです。
 今はそうでもないんですけど。昔、ストーリーメインというかムービーメインのRPGが大流行していた頃。ならゲーム部分要らないからストーリーだけ切り取って見せてくれればイイじゃん、なんて毒づいていたことがあります。10代の頃の話だから大目に見て下さいな。

 でも、それって「1-1クリアしていないけど1-2をやらせろ」と言っているようなものですよね。
 麻雀出来ないけどおっぱい見たいから友達に脱衣麻雀をやらせるようなものですよね。どうして俺はこっちを太字にしたのだろう。喩えとしては1行目の方が分かりやすかったのに。



● 成長は“御褒美”だ
 前回記事で書いたことに通じるのですが―――
 成長をするということは、それだけで「達成感」が得られ、それだけで「御褒美」になるのです。

 “それだけで”というのは語弊があるか。
 「達成感」を感じさせられない“成長”には意味がないと言った方がイイですかね。良いゲームというのは、この部分を物凄くキッチリ考えて作ってあると思うのですよ。


 『ドラゴンクエスト』シリーズなんかはすげー分かりやすいですよね。
 レベル1では2発攻撃しないと倒せない敵が、レベル2に上がると1発で倒せるようになる―――みたいな。

 『ゼルダの伝説』シリーズもそう。
 『ゼルダ』ってゲームは、言ってしまえば「さっきまで行けなかった場所に今は行けるようになったぜ」という達成感を延々と浴び続けるゲームですからね。「扉が開かない→周囲を見渡す→カギあった→扉が開いたぜ!」「壁にヒビある→開ける方法がないので先に進む→爆弾を入手→さっきの壁に戻って穴開けよう!」



 んでんで。
 RPGなどで「ゲームのキャラクターが成長する」のと同様に、アクションゲームなどで「プレイヤー自身が成長する」のもまた“達成感”を覚えられる“御褒美”になるのですが。成長を実感出来ない人にとっては“御褒美”にはならないんですよね。

 成長というのはあくまで「相対的に」しか判断出来ないものなので。
 喩えばAくんと『ウイイレ』を勝負して今日はAくんが勝って、また会う時までに自分は物凄く練習をして上手くなったはずなのに、Aくんも同じくらい練習をしているからまたAくんが勝って―――となると、「自分、ゲーム向いていないんだなぁ」と思ってしまうのです。

 そのため、「プレイヤー自身が成長するゲーム」というのはハイスコアやらゴーストやらで「過去の自分と比較」させたり、オンラインランキングで「比較対象を全国に」させたり(Aくんと違って練習していない人は追い抜けるから)、難易度設定を細かくして「コンピューターを指針に」させたりするワケなんですが―――

 それでも、「上手くなっている気がしないなぁ……」と思って辞めてしまうことって多いですよね。
 まー、全てのゲームは「いつかは辞める」のだから、そんなに気にすることではないのでしょうが。



● 演出は“御褒美”だ
 格闘ゲームが大ブームになった頃―――
 自分は何をモチベーションにしていたのかなーと漠然と思い出してみました。「目の前の対戦相手に勝ちたい」というのはまず一つ。これを突き詰めていくと「俺より強いヤツに勝ちたい」になっていくのでしょうが、正直自分はそういう気は起きませんでした。

 何かさ……ちょっと思い出すと、
 『ストII』を初めてやった頃って波動拳が出せただけで嬉しかったじゃないですか。

 それだけで達成感が得られたのだと思うのですよ。
 コマンド入力して必殺技が出せた、連続技が決まった、コンボが繋がった―――格ゲーが楽しく思えていた頃って、多分こういう(パッと見)小さな喜びを味わえていたんだなーと思い出しました。別に、みんながみんな1位を目指していたワケではないのです。


 なるほど、そう考えると……
 『ストII』で必殺技を出すと「はどーけん!」などと喋ってくれた理由も分かりますよね。波動拳の色が派手だったのとか、スピニングバードキックが無駄にアクロバティックな動きをするのとかも分かる気がします。あれは「コマンドを入力して必殺技を出す」だけで爽快感が得られるように考えられた演出だったのですね。


 『ドラクエ』のレベルアップの音とか、
 『ゼルダ』の謎解いた時のティロリロリロリン♪という効果音とか、
 『スーパーマリオ』でファイアーフラワー取った時だけマリオの服の色が変わるとかも、そうか。

 プレイヤーに「やったぜ!」と思わせる演出が“御褒美”になっているというか。



 『Wii Fit Plus』の「足踏みパレード」なんか最たるもので。
 ゲーム内容をざっくり説明すればタイミングに合わせてリモコンとヌンチャクを振るというシンプル極まりない音ゲーなんですが……「パーフェクト」なタイミングで振るとリモコンが気持ち良い音・気持ち良い振動をして、「パーフェクト」を繋げていくと後ろにどんどん仲間(広場にいるMii)がニコニコ続いてくるという。(バランスボードの使わせ方も上手いのだけど、長くなるので割愛します)

 ハイスコア狙いはすぐに上限が見えてしまうのだけど、「やってて気持ち良い」のでついプレイしたくなります。「足踏みパレード」だけ切り取ってWiiウェアで新作ゲームとして出してくれませんかね。



 いやまぁ、こういうのってゲームを作る人からすれば「基本の基本」なんでしょうけど。
 全てのゲームがこういうところがきっちり出来ているワケではなくて、でもゲームをやっていて楽しいと思えるかどうかはこういうところに気を使われているか次第じゃないかと思うのです。出来ていないゲームの具体名とかは言わんけどさ。


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● けつろん!
 喩えばRPGの感想とかで「ストーリーが面白くなかったのでクソゲー」みたいなことが書かれているのを見ると、「RPGにストーリーってそんなに必要か?」なんて的外れなことを今までの自分は思ってきたワケなんですが。今回の記事を書いて、「クソゲー」と言いたくなる気持ちも分かるようになりました。


 “御褒美”が嬉しくないものだったら、ゲーム自体やる気になれないもんね。
 賞金1000万円の大会と、賞品カメムシ1000万匹の大会―――どちらが優勝したいかと言えば、カメムシマニアの人以外は1000万円の方を選ぶワケで。「クリアしてみたらストーリーがクソだったRPG」は「優勝したら賞品がカメムシだった」みたいなことなのかな。


 “ゲームの御褒美”という視点で『Wii Fit』や『Wii Fit Plus』を考えると面白いですよ。
 「体重が減っていく」かどうかは、ぶっちゃけあのゲームでは副次的な要素でしかなくて。
 それぞれのトレーニングにはグレードがあって(初級・上級・超上級など)、それぞれにハイスコアランキングがあって、得点によって星が4段階で評価されてそれがメニューから確認できて。筋トレやヨガで高得点を出すとトレーナーの人が拍手してくれて、バランスゲームなんかだとMiiが物凄く喜んでくれて。

 すごくゲームとしての基礎が出来ている(高得点を出したい!と思わせてくれる)ゲームだと思うのです。だからやっぱ「あんなのはゲームじゃない」という意見が、自分にはピンと来ないんですよねー。


 自分はやったことがないのだけどXbox360の実績システムとかも似た感じですよね?
 細かい目標を沢山設定して、一つ一つ達成する度に「よくやった!」と誉めてくれる。達成した後にもらえる“御褒美”こそが大事だと分かっているからこそのシステムだと思うのです。


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| ゲーム雑記 | 18:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「○○と喋っている時の△△」が好き!

 好きなものを「好き!」と言えるのって楽しいですよね。

 「一番好きなキャラはだれ?」症候群(情報元:ゴルゴ31さん)


 別に意識して決めているワケではないけれど……漫画でもアニメでも映画でも、自分もまず「好きなキャラ」が作品内に出来るどうかを真っ先に見ます。「好きなキャラ」が一人の時もあれば、「コイツとコイツとコイツは好きなキャラ」みたいにざっくり捉える時もあるし、「コイツと喋っている時のコイツが好きだなぁ」と思う時もあります。

 もちろん途中で、「やっぱコイツも良いなぁ!」と心変わりすることもあるのだけど……
 いずれにせよ自分の中に「コイツが好きだ」という線を一本通しておくと、その作品に俄然と興味が湧いてくるというか。「もっと出番ないかなー」、「いや、でも滅多に出番がないからイイんじゃないか!」と思えるのです。

 ぶっちゃけ『けいおん!』のスタートもそうでしたよ。
 「唯に妹いるみたいだから、妹にもっと出番ないかなー。姉妹でイチャイチャしてくれないかなー」と第1話の段階では思っていました。まさかその後にあんな姉妹フィーバーが起ころうとは思いもせず。


 逆に言うと、「好きになれるキャラ」が一人もいないと、どんなにストーリーが面白くてもなかなかテンションを上げられません。いや、面白いのは面白いんですけど、「面白い作品」と「好きな作品」は別のベクトルなんだと思うのです。
 あくまで自分の話ですけどね。以前こういうことをチラッと書いて「それはおかしい!」と言われたこともあるので、みんながみんなそうだとは思っていませんけど。とりあえず自分の中では、「好きな作品」になるかどうかは「好きなキャラ」がいるかどうかで決まっているんです。




 これは他の分野で考えた方が分かりやすいですかね。
 好きな選手がいるとスポーツを観るのが楽しくなるし、好きなパーソナリティがいるとラジオを聴きたくなるし、好きなタレントがいるとテレビを観たくなるし、好きなブログが1コあると「そろそろ更新しているかなー」とパソコンを立ち上げたくなるし。

 「○○が好き!」という感情は、取っ掛かりとして非常に大切なんだと思うのです。


 しかし、そう考えると「関係性萌え」ってそこから一歩踏み出した面白い嗜好ですよね。
 「○○が好き!」「○○は俺の嫁!」「○○の膝の裏をなめ回したい!」というのは分かりやすく、どストレートな欲求だと思うのですが。「△△と喋っている時の○○が好き!」って、ワンステップ経由しているワケじゃないですか。


 「阪神タイガースが好き!」というよりも、「巨人と戦っている時の阪神タイガースが好き!」みたいなカンジでしょうか。スポーツで“伝統の一戦”とか“ダービー”とか“クラシコ”とか名前を付けて煽るってのも、これに通じるものがあるのかも。
 「ハンカチ王子」単体よりも、「ハンカチ王子vsまーくん」の方が盛り上がるみたいなことで。


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 人間には色んな側面があります。
 高校の友達と一緒に歩いていたら、たまたまソイツの中学時代の友達にバッタリ会って、「コイツ、高校と中学じゃキャラ違うんだな」と思ったことってありますよね?ああいうことは誰にでもあることだと思うんです。「母ちゃん、電話の時だけ声が高くなるよな」みたいな。


 喩えば、平沢唯というキャラで言えば。
 澪の前で見せる顔、律の前で見せる顔、紬の前で見せる顔、梓の前で見せる顔、憂の前で見せる顔、和の前で見せる顔、さわちゃんの前で見せる顔―――それぞれ全部違うワケですよ。

 どの唯が好き?と聞かれて「全部好きです」と答えるとこの記事が成り立たないので(笑)、
 「憂と喋っている時の唯が好き!」と答えるとすると、これが唯憂姉妹萌えなんですよね。ものすごくシンプルに捉えると、そういうことだと思うのです。



 ここをどんどんどんどん突き詰めていくと「カップリング萌え」とかになるのでしょうけど……恋愛感情があるかとか一線を越えるかとかの議論よりももっと手前に、「○○にしか見せない△△の一面」が好きだというのが根本にあるのかも知れんぞと思ったのですよ。
 



 このブログで何度か話題になった「渚は俺の嫁」と思えるのか問題も、こう考えると分かりやすくて―――
 「古河渚は岡崎朋也の嫁」で、「自分は岡崎朋也ではない」のにも関わらず、「何故自分は古河渚が好きなんだろう?」という疑問の答えはシンプルで。自分は「朋也と喋っている時の渚」が好きだったんですよ。

(関連記事:ヒロインは誰のもの?




 この記事は軽い気持ちで書き始めたのだけど、意外に深い話かもですね。

 平沢唯が本当に「俺の嫁」になったとして―――という仮定はブッ飛びすぎていますが(笑)。
 喩えば『ラブプラス平沢唯バージョン』が出たとして―――そこで見せてくれる顔は、「自分の前で見せる顔」であって「憂の前で見せる顔」ではないワケです。それは果たして自分が好きな平沢唯なのか??と、考えてみたりするワケです。


 いや、さっき「どの唯が好き?」「全部好きです」とか書いちゃったから、自分でもこの例はどうかと思うのだけどね(笑)。読者目線・視聴者目線をどこに合わせるのかを考える上で、重要な話だと今更ながらに思ったのです。


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| ひび雑記 | 17:54 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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『ラブプラス』の続編を予想(妄想)する

 最近ちょっと重くて堅っ苦しい話が続いていたので、今日はライトな話題にします。

 自分の大好きな『枯れた知識の水平思考』さんがTwitterで「ラブプラス2ってどうするんだろう」と呟かれていたので、自分も漠然と考えてみました。
 あ、ちなみに僕はTwitterも『ラブプラス』もやっていません。あんなに楽しそうなものに手を出したら原稿なんてやらなくなるに決まっているじゃないですか!(威張るな)でも、マジメな話、その2つ(Twitterと『ラブプラス』)って似た魅力を持っていますよね。魅力というか魔力というか。



 さてさて。『ラブプラス』というのは“終わりのないゲーム”です。
 正確に言うと、プレイヤーが飽きるまでは終わらないゲームです。『nintendogs』『脳トレ』『どうぶつの森』『トモダチコレクション』等々……ニンテンドーDSではこうしたゲームがヒットしてきましたし、もっと以前に遡ると『たまごっち』なんかが転機だと思うのですが(“観察するゲーム”はもっと以前からありましたけど。アップルタウン物語とか)

 こうしたゲームは、続編を売るのが難しいんじゃないかという一つの不安要素があります。何故なら「飽きて終わる人」は、続編が出た際には既にお腹いっぱいになっていることが多いから。エンディングがあって「このゲームはここまでですよ」と言ってくれる作品とは違うのです。
 『どうぶつの森』のWii版が出た時、「DS版と同じことをまたしなくちゃならないのかよ」と敬遠した人も多かったと聞きます(あの作品に関しては携帯機と据置機の差という気もしますけど)。


 そういう意味で、自分はコナミが『ラブプラス』の続編・シリーズソフトをどう展開していくのかが非常に気になりますし。自分でも予想(妄想)してみようと思いました。




ケース1.ヒロイン3人継続+データ引継ぎのアッパーバージョン
 その名も『ラブプラスPlus』です(笑)。

 前作を楽しんでくれた人のために、セーブデータをそのまま引き継ぐことも可能にして、前作のヒロインはそのままヒロインとして登場してくれるという正統派の続編です。
 対応機種が“DSの次の携帯機”ならば、会話のバリエーションを増やしたり、グラフィックを強化したり、ヒロインを追加したりなんかもそれほど難しくないはず。データ引継ぎも簡単でしょうしね(互換性をどうするのか任天堂は今考えているだろうけど)。

 ネックは、「セーブデータを引き継ぐ」ことを前提にすると出せる機種が限定されてしまうこと。
 DSか“DSの次の携帯機”かの二択になってしまいますよね。大穴でWiiという選択肢もありますけど、この手のゲームは据置機では難しいでしょうし。
 “DSの次の携帯機”がどういうカタチになるのか分からない内は動き出せそうにないけれど、もたもたしていると今支持してくれているユーザーが飽きてしまうかも知れないという問題もあります。


 メリット:1作目のユーザーがそのまま2作目に移行しやすい
 デメリット:投入時期が非常に悩ましい



ケース2.全く違うターゲットを狙いに行くアザーバージョン
 『ラブプラスother side』とでも言うべきか。新規ユーザーを狙いに行く展開です。

 分かりやすいのは、女性向けに『Girl's Side』を出すという例。
 ノウハウはそのまま使えますし、『ラブプラス』ブランドも定着しましたし(多分…)、「これの彼氏バージョンが出ないかなぁ」と思っている女性ユーザーは確実にいるはず。DSで『ときメモGirl's Side』がヒットしたくらいですし。


 あとはまぁ、シンプルに「違うヒロイン」を出すバージョンとかね。
 もちろん『ラブプラス』は「ヒロインが自分の好みに合わせてくれる」ゲームなのだけど……「彼女にするならアホな子が良い!」とか「元気っこが良い!」とか「キャラデザがタイプじゃない!」みたいな意見もあるでしょうし、ヒロイン総取替えという選択肢もありえるのかなと。

 ヒロイン総取替えは前作ファンを裏切る形になるというのが最大のネックですけど。
 いずれの場合も、前作と通信したりデータ連動したりで遊べる要素があると良いですよね。


 メリット:新規ユーザーの獲得を狙える
 デメリット:1作目のユーザーは喜ばない商品展開とも思える



ケース3.いっそのこと「彼女」以外の関係にするチャレンジ
 『ラブプラス妹バージョン』とか、
 『ラブプラス姉バージョン』とかね!

 ほら、ネットでもよく見かけるじゃないですか。「妹が欲しかった」とか「姉が欲しかった」とか。
 リアルにその願望を叶えてくれるとともに、「妹」や「姉」ならば前作の「彼女」と共存したって構わないワケですよ。むしろ、妹に「彼女に合わせろ」とせがまれて、前作と通信することで二人の会話が聞けるとか。

 ホントにこのゲームを作ってくれるなら、女性主人公(プレイヤー)にも対応して欲しいですね。
 「妹が欲しかったよ!」という女のコがこのゲームをやって「お姉ちゃん」と呼ばれて悶えているのを想像して僕が悶えています。


 究極的な『ラブプラス娘バージョン』というのは如何でしょうか(息子でも可)。
 自分の子どもを育ててイチャイチャするのだけど、前作のデータがあると前作のヒロインが母親になってくれるとか。当然のことながら母親によって子どもの見た目や性格が変わるとか、考えただけでも「もう三次元なんて要らねえな」と思わずにいられませんっ!

 これをマジでコナミが出したら「あなたが神か…!」と思うけれど、今度ばっかしは「ラブプラスのせいで少子化がますます止まらないじゃないか!」と怒られても仕方がない気がしますね(笑)。


 メリット:コアな要望に応えられる
 デメリット:マニアックすぎるにも程がある


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 自分は『ラブプラス』は『ドラゴンクエスト』になりうる存在だと思っています。
 “起源”ではないけれど、最も上手くこの手のジャンルを“組み立てた”ことによって道を切り拓いたと思うのです。だから、『ラブプラス』自身(コナミ自身)からもシリーズソフト・続編ソフトを上手く展開して欲しいですし、同時に他メーカーもどんどん追随して欲しいです。

 まー……『ラブプラス』が大ヒットしたと言っても、ギャルゲーの市場規模自体が狭いので現在10万本前後の売上げらしく。もっと売上げは伸びていくでしょうし、このソフト単体ではこの数字でも十分に大成功なのですけど……
 フォロワーが成功できる市場かと考えると、微妙なところではありますよね。特に“終わりのないジャンル”はフォロワーがなかなか成功出来ていませんし。



 他のメーカーもそうなんですけど、コナミの“売れるゲーム”というのは10年前・20年前から続いているシリーズソフトがほとんどじゃないですか。『メタルギア』も『ウイイレ』も『パワプロ』も。『グラディウス』や『ドラキュラ』は言うまでもなく。比較的新しい『クイズマジックアカデミー』ですら2003年、6年前からのシリーズなんですよね。

 DSという特殊な市場で誕生した『ラブプラス』という新しいブランドを、大切に育てて欲しいなぁと思うのです。


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| ゲーム雑記 | 17:53 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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結婚されることがショックなのか、結婚されて失われるものがショックなのか

 色々と考えさせられるなーと思った話。

 全声優ファンは「國府田マリ子コピペ」を心の片隅に留めて置くべきだと思う
 (情報元:すくぅうみうぎさん)


 このコピペを読んだ時はそれほど深くは考えなかったのですが……
 この記事を紹介したすくみうさんの記事だとか、こないだウチで書いた「二次元と三次元の狭間で」に寄せられた「実在している人には出会える可能性があるじゃないか」という御意見だとかを思い出して、「そういう人もいるんだなー」と考えさせられました。



 自分は「好きな声優さんと結婚したい」なんて思ったことがないです。
 「好きな声優さんと結婚したい」と思っている人をバカにしているワケじゃないですよ。自分なんて大マジメに「平沢唯と結婚したい」と公言していて、たまに本当に結婚していると思いこんでいる時があるくらいですもの。どうかしている度で言えば自分の方が上な自信はある!


 自分は「大好きな人には会いたくない」という考えの持ち主で。
 声優さんもそうだしアイドルとか俳優さんとかもそうですし、漫画家・ゲームクリエイター・スポーツ選手などなどもそう。男女関係なく、大好きな人・尊敬している人にはなるべく会いたくないです。

 自分は大の西武ライオンズファンで、ライオンズの選手が大好きですけど……
 もし仮に「中島裕之選手に会わせてやろうか?」と言われても、会ってみて、もしナカジに「何だこのキモイ奴は」なんて思われたら明日から私どうやって生きていけばいいのと真っ先に思ってしまうのですよ。
 分かってますよ、ナカジはそんなことは言わない。でも、「そんなことは言わない」ナカジにすら嫌われてしまったら、自分はこれから先ライオンズの試合を応援出来なくなってしまうのですよ。



 だから、声優さんにはなるべく「自分には関係のないところで幸せになって欲しい」と思っていますし、結婚を発表されたら素直に「おめでとう」と思います。「チャラチャラした奴じゃなきゃいいなー」とか「浮気しそうな男はやめておけよ」とか「相手が14歳年上って!」とかは思うけど、どっちかというとお父さん目線です。

 あと、声優さんという職業―――喩えばアニメとかラジオとかは、体型命のグラビアアイドルなどの職業と違って「結婚されて失われる価値」はそれほどないと自分は思っていて。もちろん結婚や出産によって引退するとか仕事減らすとかの選択肢はあるけど、なるべくその後も続けて欲しいなーと思っています。
 特にラジオは“生身の自分”を感じさせるものだから、下手に結婚を隠すとかよりも、井上喜久子さんみたいに娘さんを「かわいいかわいい」と溺愛している様を聴かせてくれた方が自分は嬉しいです。



 ただ、これはもちろん僕の考えでしかなくて。
 「結婚されてショックを受ける」ファンが多いのも間違いないし、そうしたファンの人達が支えているからこそビジネスとして成り立っているのも確かですし。結婚されることによって「結婚されてショックを受ける」ファンがファンをやめてしまえば、ビジネスとして成り立たなくなることだってありますよね。

 僕は、誰が結婚しようともそのこと自体はショックではないけれど、その結果としてその人のファンが減ってラジオが終わったりだとかCDを出さなくなったりとかしてしまったなら哀しいです。それって、過程が違うだけで、言っていることは大して変わっていないのかもなーとも思うのです。


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 テレビドラマに出ているような女優さんとかって、結婚したからその人の価値がなくなるワケでもなくて。逆に、結婚によって女性からの支持が上がったり、「母親」のイメージでTVCMとかドラマや映画のキャスティングの幅が広がったりするもので。

 もちろん人にも依るし、そういう人はごく一部なのかも知れませんけど……


 最初の記事にあったような、声優さんが「結婚を発表することによって商品価値が下がるから結婚を公表していない」みたいな話ってすごく寂しい話だなーと思うのです。ファンがどうのというよりも、ビジネスモデルの形として。
 なんだろう…具体的な名前を出すのは避けますけど、30歳前後の女性声優さんっていっぱいいるワケじゃないですか。現実的にはそろそろ結婚適齢期が……って年齢なワケで。そういう人達が「結婚しました」と発表したとして、(ビジネスにならなくなってしまうほど)ファンが離れてしまうのか、もしくはそう思われているのか。考え始めると、どよ~んとしてしまうのです。




 そういや、ちょっと話変わるんですけど(実は根本では繋がっていると思うんですけど)。
 何年か前までは女性声優さんに「百合」属性を付けて、誰と誰はペアでみたいなのが流行っていたと思うのですが。最近はそういうのを聞かなくなった気がしません?自分がそっちにアンテナ伸ばさなくなっただけですかね。百合アニメは相変わらず沢山あるというのに。

 「女性声優さんは百合アニメをどう思って演じているのか」は割りと気になる話。
 『超電磁砲<レールガン>』の黒子さんとかは「新井さん、ものすっげえ楽しそうに演じているなー」と思うのだけど。ああいう“女の子を好きな女の子”は仕事と割り切ってやっているのか、「こういう可能性もあるのかもね」と思っているのか。色んな人に訊いてみたいです。


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| ひび雑記 | 17:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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プレイヤーが成長するゲームと、キャラクターが成長するゲーム

 日曜日に書いた「RPGにレベルアップ制度は必要ですか?」という記事に想像以上の反響がありまして、様々な形で御意見を頂きました。一つ一つ大切に読ませてもらっています。ありがとうございます。

 「自分とは違う意見」はもちろん、「自分の認識間違いへのご指摘」もありまして。
 『ロマサガ』の話で、「ロマサガはこちらが強くなると合わせて敵も強くなるゲーム」という指摘を受けました。やったことがあるのに知らんかったです。それだったら、あの文脈のあの例には相応しくないですね。後で『FF2』に直しておきます。

 指摘して下さってありがとうございます。



 さて、ここからが本文。
 頂いた御意見の中で特に多かったのは、「レベル制度があるおかげで、RPGはゲームが苦手な人でもクリアできる」というものでした。僕もそう思いますし、以前にも書いたことがあります(これとか)。

 なので、そうした意見に反対したいワケでは決してないのですが―――
 それは「キャラクターが成長するゲーム」のメリットの大きな一面で、その裏側にはもう一方の大きなメリットがあるんじゃないかと僕は考えています。こっちにはあまり言及していなかったので、書いてみようかなと。


 ということで……
 前回の記事のまとめというか、僕自身の頭の中を整理するところから始めたいと思います。




0.前回の記事で書いたこと
・ゲームには“プレイヤーが上達する”のと“ゲーム内キャラが強くなる”の二つの成長要素がある
・『ドラクエ』のレベルアップ制度は“ゲーム内キャラが強くなる”を急速に普及させた
・レベルアップ制度以外にも“ゲーム内キャラが強くなる”システムはある(『ゼルダ』方式など)
・レベルアップ制度は「プレイヤーに戦闘をさせたいゲーム」
・『ゼルダ』方式は「プレイヤーに探索をさせたいゲーム」
・多くのRPGにはその両方の要素がある



1.“プレイヤーが上達する”『スーパーマリオブラザーズ』等
 当然ながら、かつてのゲームには“ゲーム内キャラが強くなる”要素はありませんでした。パックマンが相手をムシャムシャ食い始めたり、マリオがキノコでデカくなったり、ビックバイパーがオプションを従えたりはしましたが……あれはあくまで一時的な「パワーアップ」であり、永続的な「成長」ではありませんでした。

 当時のコンピューターゲームはアーケードが中心だったと考えれば話は分かりやすいですよね。
 今みたいにユーザー情報を登録とかが出来ない時代でしたし、お金を入れて遊んでくれるお客さんをどんどん交代させる仕組みを考えれば「成長」は重要ではなかったのだと思います。『ドルアーガの塔』はどうなんだ?というのは一先ず忘れます(笑)。


 ここでは分かりやすく、より多くの人が遊んだことがある『スーパーマリオブラザーズ』を例に出します。
 今日初めて『スーパーマリオ』を遊んだ人も、20年『スーパーマリオ』をやりこんだ人も、平等に同じ強さのマリオを使わなくてはなりませんよね。横からクリボーに当たれば死んでしまうし、キノコを獲れば大きくなる―――違うのはプレイヤーの力量だけ。

 こうしたゲームを遊ぶモチベーションは「昨日より上手くなりたい」というものです。
 「昨日より上手くなりたい」という言葉ではピンと来ない人のために補足説明をしますと……『スーパーマリオブラザーズ』のようなステージ制の場合は「昨日は4-2で死んじゃったから今日はその次まで行けるようにしたいな」という目安がハッキリしていて、また多彩なステージが用意されているので「次はどんなステージなんだろうな」と期待が持てるのです。

 “目安”と“御褒美”。


 そう言えば。
 よく「アクションゲームが苦手だ」という文脈で「マリオですらクリアできない」を例に出す人がいるんですけど……『スーパーマリオブラザーズ』ってクリアが目標のゲームじゃないですからね。「上手くなる」ことが目標のゲームですから。8-4をクリアしても裏1-1が始まるだけなように、クリアしたからといって特別な御褒美がもらえるワケではありません。
 「クリアしなければそのゲ-ムを味わったことにならない」みたいな話は、ストーリー重視のRPGなんかには当てはまりますけど、こういう「上手くなる」ことが目標のゲームには当てはまらないと思うのですよ。だから、「クリアできない」ことを恥じる必要はありませんよ。



 話を戻して。
 “プレイヤーが上達する”ゲームは、今も昔も人気があります。
 『スーパーマリオ』以前のシューティングゲーム全盛の時代や、90年代の格ゲーブームや音ゲーブームとか、最近で言えば『脳トレ』や『Wii Fit』だって“プレイヤーが上達する”ゲームです。こういうゲームが30年間も人気なのだから、人間というのは“上達する”ことそのものに快感を覚えられる生物なんだと思うのです。


 でも、「ちょっと待てよ、やまなし」という声が自分の内から聞こえてきます。
 「今オマエが挙げたゲームのジャンル、ほとんど衰退してね?」と。性格悪いね、俺の中の俺。流石俺。


 “プレイヤーが上達する”ゲームって瞬間的には物凄く人気になるのだけど―――
 その人気を持続するのは非常に難しい、というのが今日の本題になる予定です。


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1-2.“上達したプレイヤー”をターゲットにした『スーパーマリオブラザーズ2』
1-3.“上達していないプレイヤー”をターゲットにした『Newスーパーマリオブラザーズ』

 『スーパーマリオブラザーズ』は“プレイヤーを上達させる”ゲームでした。
 もちろん全てのプレイヤーには個人差があるので、“上達具合”というのは千差万別だったと思います。8-4までクリアできた人、4-2で死んでしまった人、1-2のグラフィックが怖くて泣き出してしまった人、相変わらず最初のクリボーが越えられない人、そもそも『スーパーマリオブラザーズ』をやったことがない人。


 さて、これだけ様々な“上達具合”に分かれてしまって、続編はどの辺りをターゲットにしましょうかね?
 もし同じ難易度のゲームを『スーパーマリオブラザーズ2』として発売した場合、8-4までクリアできた人はもう“上達の余地”がないんですよ。いやまぁ、縛りプレイとかすりゃイイんだろうけど、上手くなってもそれを披露する場所がないのです。

 なので、『スーパーマリオブラザーズ2』というのは前作を8-4までクリアできた人をターゲットにしました。つまり“上達しきった人”をターゲットにしたワケですね。その結果、2Dマリオ史上最難のゲームが誕生し、生半可な気持ちで手を出した人はこぞって脱落してしまいました。


 そう考えると、『スーパーマリオブラザーズ3』『スーパーマリオワールド』の方向性が見えてきますよね。難易度自体は初代『スーパーマリオブラザーズ』と同じくらいにして、アクションやステージ構成の方を多彩にしたワケです。
 初心者には“上達する”楽しみを与え、熟練者には新しいアクション(しっぽマリオとかヨッシーとか)で新鮮さを味わってもらいたい―――と。


 でも、その結果として「ゲームが複雑になってしまった」。
 2Dマリオの場合はそれが数字には出ませんでしたけど、シューティングにしろ格ゲーにしろ音ゲーにしろ、複雑になりすぎて初心者お断りなジャンルになってしまった例は幾つも思いつきますよね。『スーパーマリオワールド』以降、2Dマリオがしばらく出なくなったのもそれを危惧してのことだったのかなーと思います。


 で、DSで出た『Newマリオ』ですよ。
 十数年ぶりの新作2Dマリオは、初心者でも楽しめるマリオを目指しました。『スーパーマリオブラザーズ2』とは逆に、下の方にターゲットを合わせたワケです。結果、熟練者からは「難易度が低すぎる」と批判されまくるハメに。

 まー、難易度を除いても疑問符の残る作品だったとは思いますが(マメマリオとかコウラマリオとか)、あそこまで批判をされてしまうと、アクションゲームのシリーズものって大変だよなぁとちょっと同情的になってしまうというか。



 “プレイヤーが上達する”ゲームというのは、ずっとこの問題を抱えていくのかなーと思ったのです。
 続編は“上達した人”に合わせるべきか、“上達していない人”に合わせるべきか―――

 もちろんどちらの人も楽しめるように、様々な工夫がされてきましたけど(難易度設定や隠しステージなど)。それでも批判はありますからね。『Newマリオ』は「クリアだけなら簡単だけど、オールクリアは難易度が上がる」ゲームでしたけど、「クリアが簡単すぎる!」と叩かれていましたし。
 そう考えると……Wii版『Newマリオ』に「ヘルプ機能」(ガイド機能?スキップ機能?)を付けるというのは必然的な選択と言えるのかも。初心者を熟練者に引っ張り上げようとする策。実際に見てみないと何ともコメントしづらいですが。



2.“ゲーム内キャラが強くなる”RPG
 日本製ゲームで初めて「成長」の概念を取り入れた作品が何なのかは分かりませんが、世間一般に最も普及させたゲームは『ドラゴンクエスト』で間違いないだろうってのは前の記事に書いた通りです。日本では「成長」のあるゲームを「RPG要素もあるよ!」と言うようになったほどですからね。

 歴史というのは、後から考えると“そうなることが当然”かのように見えるもので。
 永続的な「成長」が重宝されるゲームが出てきたのは、(アーケードでは出来ない)家庭用ゲームならではのソフトが求められたとか。パスワードやバッテリーバックアップが出てきたことにより、手軽に「前回の続きから遊ぶ」ことが可能になったとか。『ゼビウス』以降の「友達同士で隠し要素を教えあう」「隠し要素が雑誌に特集される」文化を見事に受け継いだとか。アクションやシューティングが苦手な人が楽しめるコマンド式だったとか。

 『ドラゴンクエスト』シリーズというのは、全く新しいものを生み出す作品というよりは、既にあるものを最大限に活かしてその魅力を伝える作品とも言えて(『ドラクエ9』の「すれちがい通信」とかもそうですよね)。
 パスワードだってバッテリーバックアップだって、別に『ドラゴンクエスト』が発明したワケじゃないのですが。恐らく最も重宝されたのは『ドラゴンクエスト』や、その後に続いたRPG達だったんじゃないかと思うのです。『ドラゴンクエスト』がなかったらゲームの歴史はどうなっていたんでしょうね。


 「レベルアップ制度」というのもその一つ。
 生み出したのは『ドラゴンクエスト』ではないのだけど、その魅力を伝え、最も恩恵を受けたのは『ドラゴンクエスト』とそれに続いた各RPGだったのだろうと思うのです。

 その恩恵の一つに「ゲームが苦手な人でも(時間さえかければ)クリア出来る」ということがよく言われる―――という話は冒頭に書きました。しかし、もう1つ大きな恩恵があるという話をここまで引っ張ってきたワケなんですが(ここまで読んで下さったアナタは偉い!)。




 それは、どんなにゲームが上手い人でもレベル1から始めなくてはならないということです。

 あー、えー、たまに初期レベルが1ではないRPGとかもありますが。
 「どんなプレイヤーでもスタートラインが一緒」という意味です。『ドラゴンクエスト』をクリアしたからと言って、『ドラゴンクエスト2』がレベル30から始まるワケではないですよね。“ゲーム内キャラが強くなるゲーム”は、基本的には主人公が弱さMAXのところから始まるんですよ。
※ 最近ではデータ引継ぎ出来る作品とかもありますけど、あれって“成長を味わえない”という意味で自分の首を絞めていると思うのだけど……自分はそうしたソフトは買わないのでよく分からん。


 だから、「成長している」という実感が味わえる。
 “プレイヤーが上達するゲーム”―――喩えば『スーパーマリオブラザーズ』と比較すると対照的で、“プレイヤーが上達するゲーム”は1度上達しきってしまうとレベル1には戻れないんですよ。「成長している」実感が味わえるのは人生に1度だけ。だからアクションゲームはシステムの独自性が求められるのです。

 もちろんRPGだって「頭を使う」し「プレイヤーのスキルが向上する」ことはあるんですけど。
 ラスボスを倒して、「やったー!世界を救ったぞー!」と物凄く強くなった気になって。2周目を始めたら序盤でいきなり苦戦して戸惑うことってあるじゃないですか。世界を救えたほど成長していたのは、俺じゃなくてゲームのキャラだったのか!みたいな。



 レベルアップ制度のRPGは「ゲームが下手な人」でも楽しめる万人向けの作品―――というのは確かにそうなんですが、「ゲームが上手な人」でもレベル1からの成長を実感出来るという意味でも万人向けの作品じゃないかなぁと思うのです。



 『ドラゴンクエスト』が大ヒットして、後のシリーズソフトも大ヒットして、そこから多くのフォロワーが生まれて『ファイナルファンタジー』を始めとする大ヒットシリーズもそこからバンバン生まれていくワケなのですが。それは“ゲーム内キャラが強くなる”という成長要素を持っていたからじゃないでしょうか。


 逆に言うと、“プレイヤーが上達するゲーム”……アクションでもシューティングでも格ゲーでも音ゲーでも『脳トレ』系ソフトでも、『ファイナルファンタジー』のように大ヒットするフォロワー作品が生まれなかったのも仕方がないんじゃないかと思うのです。

 いや、音ゲーは微妙か。
 何が『ドラゴンクエスト』で何が『ファイナルファンタジー』なのか良く分からないし。最も売れた音ゲーって、ひょっとして『リズム天国ゴールド』?だったら衰退自体していない気もしますね。メインはアーケードだって人も多いから、家庭用1本辺りの売上げで比較するのも違うか。それを言い始めると、格ゲーもそうだけど(笑)。


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○ とりあえずの結論というか余談というか
 ゲームには「長期的な目標」と「短期的な達成感」があって。
 “プレイヤーが上達する”のも“ゲーム内キャラが強くなる”のも、「短期的な達成感」の一つだと思うんですけど。


 “ゲーム内キャラが強くなる”実感はどんなプレイヤーでも平等に味わえるのに対して、
 “プレイヤーが上達する”のはプレイヤーによっては味わえたり味わえなかったりするのかなーと。


 自分は『脳トレ』や『Wii Fit』は「長期的な目標に向けて」「トライ&エラーを繰り返して上手くなっていく」ゲームだと思っているので、物凄く「ゲームらしいゲーム」だと思いますし、あれを「あんなのはゲームじゃない」と言う意見はピンと来ないというのは以前にも沢山書きましたが……
 喩えば『脳トレ』買ってきていきなり脳年齢20歳が出ちゃった人とか、『Wii Fit』を買う前から継続的な運動をしていた人とかにとっては、RPGをレベル99から始めるようなもので。“上達する”実感が味わえなくても仕方がないのかなーと思ったのです。


 後はまぁ、“上達している”証というか目安みたいなものがあるかどうかってのも大きいか。
 『スーパーマリオブラザーズ』の「昨日は4-2まで行ったから今日はそれを超えたい」とか、ハイスコアを狙うゲームとか、レースゲームでタイムアタックを目指すとか、俺より強かったアイツに勝ったとか。こういう目安がないと継続的に楽しみにくいですよね。

 RPGのレベルアップ制度は、その「成長」が分かりやすく数値化されたシステムとも言えて。
 「レベル20」より「レベル21」の方が強いと誰もが思うワケですよ。実感はなくとも、数字が上がっただけで「強くなった」「成長した」と積み上げた気になれるのです。シミュレーションゲームや育成ゲームにも同じことは言えるんですけど、RPGのレベルアップ制度はその中でも究極の分かりやすさとも言えます。



 何か、レベルアップ制度サイコー!!みたいな記事になってしまいました(笑)。
 でも、逆に言うと。作品ごとにレベル1から積み上げ直さなきゃならないのが面倒だと思う人は多いだろうし、現在のRPGが「人気シリーズ以外は売れない」「携帯ゲーム機じゃないと売れない」ジャンルになってしまったのも必然というか。
 そしてRPGが据置ゲーム機では売れないので、RPGが市場を引っ張ってきた日本では「据置ゲーム機に元気がない」となってしまうワケです→あぁ、据置ゲーム機はお先真っ暗だ!


 と、毎度毎度の結論になりましたとさ。
 とりあえず今日の記事を書きまして、何となく「次は“ゲームの御褒美”について考えようかなー」と考えてみたり。

| ゲーム雑記 | 18:21 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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考察:男は男からの評価の中に生き、女は女からの評価の中で生きている

 記事タイトルを考えるのが苦手です。
 最近は「~~だろうか?」みたいな疑問文タイトルが続いていたので変化を付けたかったのだけど、今日のように断定口調だと「断定するのはおかしい!」と怒られそうですし、かといって記事タイトルのお尻に「~~と、頭がどうかしている私めが考えてみましたが、皆様はどう思うでしょう?」と付けると長くなってしまいますし。うーん。

 とりあえず。
 このブログは、僕がその変人っぷりを活かして“世間の多数派とはちょっと違う考え”を書いていくブログですから。貴方の意見と違っていても、それは当然のことですよと前置きをしておきます。




 こっから本文~。
 先週の月曜日だったか、『小島慶子キラ☆キラ』(@TBSラジオ)の中でスポーツライターの小林信也さんが興味深いことを仰っていました。小林さんは“カツラを着用している"ことを公言なさっている方で、そのためカツラの相談や薄毛の相談をよく受けるそうなんですが……

 「どうしてカツラを被ることにしたんですか?」というストレートな質問に「どうしてだったっけかな……」と考えさせられた、とか。


・薄毛に悩み、カツラの着用を考え始めたのは20代中盤
・「女にモテたいからでしょ?」とよく言われるのだが、当時既に結婚は決まっていた
どちらかというと、「同性(男)からの目線」が気になっていた
・禿げていることで「アイツ、男として終わったな」と見られるのが怖かった
・実際、女性にとって「男性の禿げ」ってどう?


 『キラ☆キラ』は平日昼間の番組なので主婦層からのメールが多く、小林さんのその話に多くの女性が「男性の禿げなんか気にしませんよ」という意見を寄せて、小林さん自身が「(カツラを着用するか悩んでいた)若い頃の自分に教えてやりたい…!」と感動をしたという。他人事ではない僕もひっそりと泣きました。
 まー、これが10代・20代の女性に聞いてみるとまた違う結果になるのかも知れませんし、「全ての女性が禿げを気にしない」とも言えないんですが(「禿げを気にしない女性が多かった」というだけで)。



 これと似たような話を書いたことがあるなーと思ったのです。
 ということで、まとめといて良かった傑作選の中から探してきました。


 貧乳コンプレックスが生まれる場所

 2008年11月の記事です。アニメ『かんなぎ』について。
 「貧乳コンプレックス」は女性同士のコミュニティの中で生まれ、「粗チ●コンプレックス」は男性同士のコミュニティの中で生まれるというお話。貧乳の女性がビキニを着たがらないのは、同じ女性から「貧乳のくせに…」と思われるのがイヤだからだそうな。



 普段からウチのブログを読んで下さっている人にとっては、「またその話かよ」とウンザリされる話と思うのですが。今日初めてこのブログを読んだという人もいらっしゃるでしょうから、そういう気持ちで0から書こうと思います。

 「男はみんな巨乳が好きなんだよね」なんて認識、絶対に間違っています。
 貧乳が好きだという男性、普通が好きだという男性、別におっぱいで人を判断しませんよという男性、やっぱり性格が大事だよねという男性―――世の中には色んな人がいるワケですよ。
 この例に限らず、「男はみんな○○だよね」という説は嘘だと思った方がイイです。少なくとも、「みんな」という言葉が「10割」とか「9割」の意味で使われているとは思わない方がイイです。せいぜい「4割」「5割」「6割」くらいですよ。



 では、なんでこんな間違った認識が声高に言われるのかというと―――
 これも「ヲタクはキモイ」論理と一緒ですよね。

・「巨乳が大好きだぜ!ヤッホウウウウ!」という男性←声が大きいので目立つ
・「胸よりも性格の方が大事だよ」という男性←「奇麗事を言っているだけ」扱い
・「貧乳が大好きだぜ!ヤッホウウウウ!」という男性←「そんな奴はキモヲタロリコン童貞に決まっているからノーカウント」扱い


 3番目、普通に言われます。オブラートに包む人もいればストレートにぶつけてくる人もいますけど、2年半の間に両手で数え切れないほど言われました。特に、自称“貧乳の女性”から。
 貧乳を好きだ好きだと言えば言うほど、貧乳女性から嫌われてしまうというジレンマ。ここで僕がへこたれて「オイラは貧乳好きっす!」と言うのをやめると、あら不思議、その内に世の中には「オイラは巨乳好きっす!」と言う男性しかいなくなりますね。


 「貧乳好きは男にあらず!」という定義を最初に決めておいて、「男はみんな巨乳が好きなんだよね」と言う。
 「Wiiを楽しんでいるような奴はゲーマーではない」という定義を最初に決めておいて、「ゲーマーはWiiでは満足しない」と主張している人みたいですよね。そりゃオマエが決めた定義の中ではそうなるだろうよ。

(関連記事:「貧乳好きな男」=「ロリコン」説を唱えているのは誰だ?


 女性が「貧乳には価値がない」「貧乳に興味のある男なんて存在しない」と評価を下したとしても、
 「貧乳が大好きだぜ!イヤッホオオオウ!」と思っている男は確実にいるということを主張しておきます。


 あと、ちょっと『かんなぎ』の話で思い出したんですけど……
 アニメ版でナギが仁の所有するエロ本を見つけて「仁は巨乳好き」と言いふらすシーンがあって(確か3話だったかな)。でもさ、意識してロリ系のものに手を出したりしない限り、大抵のエロ本やエロビデオって巨乳押しじゃない?
 喩えば「OLもののエロビデオが観たい!」と思ってもOLには「巨乳OL」みたいな冠が付いていて、否が応にも巨乳モノを手に取らなきゃならない状況に追い込まれてしまうことは多々あって。俺はOLの制服が大好きなだけなのに!何故に「巨乳」を見せ付けられなきゃならないんだ!って人まで、「巨乳好き」のレッテルを貼られるのはどうなんでしょう。


 まかり間違って「紳士を気取っている」と思われてもイヤなんで、正直なことを書きます―――
 顔が良ければ巨乳でも貧乳でもどっちでもイイよ。大半の男はそう思っているんじゃないかなー。


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 これは男性についてもそう。
 他人とチ●コの大きさを比べても意味がないじゃない。医療機関に相談が必要なレベルならともかく、平均値より2~3cm低い程度で「あぁ、俺は生きていけない」みたいに悩む必要はないと思うんですよ。こちとらダブルスコアだっての。それでも生きてるんだっての。


 こないだ書いた「ぼくたちが望んでいることは本当に「モテたい」なのだろうか?」もそうです。
 「モテる男」になればバラ色の人生が待っているはず、みたいな幻想をついつい抱きがちなんですが。全ての女性が「モテる男」を好きなワケではないじゃないですか。色んな人に愛想を振りまくっている男よりも、一途に想ってくれる男性がイイと思っている女性はいるはず。多分きっとおそらく願望。


 男の視点からしても。
 「モテる女」と「一途に想ってくれる女性」だったら、後者を選ぶ男は多いと思うんです。でも、女性同士のコミュニティの中では「モテる女」とか「恋愛経験が豊富な女」に価値があったりして。この辺を突き詰めていくと処女厨問題の中身が見えてきそうだけど、この話は一度痛い目見ているので気付かなかったことにする!


 「男性から見た女性の価値」と「女性から見た女性の価値」にはズレがあって、同じように「女性から見た男性の価値」と「男性から見た男性の価値」にはズレがあるんだと思うのです。
 そもそも「男はみんな○○」とか「女はみんな○○」って決め付けている時点で、視野を狭めているだけの下らない意見だと決め付けちゃって良いんじゃないかと(セルフ矛盾)。




 何百回だって言いますよ。
 「偽善だ」と罵られようが、「オマエが諸悪の根源だ」と叩かれようが。

 色んな人がいるから世の中は面白いんですよ。
 みんながみんな同じ価値観に生きていたら、他人なんかいなくても一緒です。
 アホな子だってそう、貧乳だってそう。そこに価値を見出さない人は沢山いるのかも知れないけど、それが大好きな自分がいるように。自分自身は価値がないと思っている“個性”が、誰かにとっては魅力的に映ることがあるのだと思うのです。色んな価値観を認めるというのはそういうことなんです。



 同性からの評価が低くても、それを評価してくれる異性もいるはずだよ―――
 ってスタートで書き始めたはずなのに、最終的には人類愛みたいになってもうた。


カツラーの秘密カツラーの秘密

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| ヒンヌー | 18:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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RPGにレベルアップ制度は必要ですか?

 最近のウチのブログ、疑問文の記事タイトルばかり続いている気が……


 なぜ我々は序盤でレベル上げをするのか?(情報元:痕跡症候群さん)

 非常に面白い話でした。
 僕は逆に「なるべくレベル上げをしない」「特に序盤は」という人間なので、このスレで語っている方々とは正反対な意見でした。自分には生み出せない意見に新鮮な驚きを覚えることが出来るとともに、そのおかげで「何故自分がそうなのか」が浮き彫りになりました。
 「自分とは違う意見から何を学べるか」が人生の幅に繋がるのだと思う昨今です。感謝感謝。


 まず自分。
 「レベル上げ」の定義は、恐らくこの場合は―――

・町の周辺でウロチョロして雑魚モンスターを倒して経験値を稼ぐ
・ダンジョンに入ったばかりのところでウロチョロして雑魚モンスターを倒して経験値を稼ぐ

みたいなことですよね。安全な場所で自分を鍛えてから先に進むというのが、この場合のレベル上げの定義だと思います。それが自分はイヤなんです。ダンジョンをどんどん進んで、生きるか死ぬかのところで成長していくのが楽しいと思うんですよ。練習ではなく、実戦で強くなってもらいたい。

 「安全な場所で敵を倒す」経験値と、「敵の拠点の内部でいつやられるかの不安と戦いながら敵を倒す」経験値では、同じ数値でも中身が違うだろう!と思い―――なので、自分はレベル上げはなるべくせずにガンガン進むことにしています。
 もちろん「なるべく」であって、必要に応じてやらなきゃいけない時もあるんですけどね。


 で、逆に「レベル上げ」をしてから進みたい人の心理を想像してみました。
 このスレを読んでみると「ゲームの隅々まで楽しみたい」からこそ、レベル上げをしているのかなぁと思いました。自分みたいに「成長」と「進行」を同時に味わうのではなく、「成長」は「成長」でじっくり楽しんで「進行」は「進行」で楽しみたいというか。

 感覚的には、「ゲームを始める前に説明書をじっくり読みたい」心理に近いのかな、と。
 自分は対照的に「説明書はネタバレになるから読まずに始める」という人間なので、「隅々まで楽しみたい」人と「テンポ重視で楽しみたい」人の差なのかなーと何となく思いました。




 そんなことを漠然と考えていて、ふと思ったことが今日の本題です。
 今日の記事タイトル「RPGにレベルアップ制度は必要ですか?」を読んで、「何言ってんだ、このバカ」と思った人も少なくないと思うのです。「RPGにレベルアップ制度は必要ですか?も何も、レベルアップ制度があるのがRPGだろうが」と思った人も少なくないでしょう。

 それもまた一つの定義ですよね。
 日本ではアクションゲームやシミュレーションゲームに「レベルアップ制度」を取り込んだものを、アクションRPGやシミュレーションRPGと呼んでいるくらいですから。RPG=「レベルアップ制度」と思っている人も多いことでしょう。

 RPGの元々の定義は…みたいな話は、自分はあまり興味がないです。ググれば分かることですし。
 「何故、レベルアップ制度のことを“RPG要素”と呼ぶ人が多いのか?」
 自分はこっちの方が興味深いです。

 日本においてRPGを普及させた第一人者は間違いなく『ドラゴンクエスト』シリーズです。
 つまり、日本におけるRPG要素というのは“『ドラゴンクエスト』要素”とも言い換えられると思うのです。「ドラクエっぽいゲーム」を「RPG」と呼んできたワケですからね。


 そう考えると、当時の人々が『ドラゴンクエスト』の何に一番注目したかが分かって面白いじゃないですか。
 「魔王を倒してお姫様を救う」とか「町の人々の話を聞く」とか「ダンジョンに潜って探索する」とか「コマンドを選んで戦う」とか「武器を買ったら装備をしないと意味がない」とか、そういうことではなくて。「レベルアップ制度」=「“プレイヤーが上達する”以外の、“ゲーム内キャラが強くなる”という成長要素を組み込んだ」ことにこそ、「『ドラゴンクエスト』ってすげーゲームが出てきたぞ」と思ったということじゃないですか。

 それはつまり、当時の人達が如何に「プレイヤー自身が上達する」という一軸の成長要素に限界を感じていたかって証明だと思うのです。
 もちろん「レベルアップ制度」を『ドラゴンクエスト』が発明したワケじゃないのですが、その概念を多くの日本人に認知させたのは『ドラゴンクエスト』だったんだろうなーというところで。



 根本の話に敢えて戻したいと思います。
 どうしてRPGにレベルアップ制度があるんだと思いますか?


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○ 「戦闘」によって成長する『ドラゴンクエスト』
 「レベルアップ制度」とは「戦闘によってキャラクターが成長し、その成長でその後の戦闘を優位に進めることが出来る制度」―――もっと噛み砕いて言うと、「戦闘」の「対価=御褒美」によって「戦闘を優位に進められるようになる」ことだと思っています。


 こういう「RPGとレベル上げ」の議論で、「レベル上げが嫌いならFF2とかレベルのないRPGをやれば良いじゃないか」とか言う人がいるんですけど。本質的にはレベルがあろうがなかろうが関係ないんですよ。
 レベルのない『FF2』だって、『FF5』のアビリティだって、『FF6』の魔法習得だって、「戦闘で得られる対価」によって成長するシステムには変わりがないのです。それは単にラベルを貼り替えただけで、本質は変わらないのです。

※ 指摘を受けて表現を変更しました


 「戦闘」で得られる御褒美によって、「戦闘」を優位に進めることが出来るようになるゲーム―――
 こうしたゲームはプレイヤーに何をさせたいかというと、「戦闘」をさせたいゲームに他ならないんですよね。「おっぱいを見せたいゲーム」ならば、戦闘後の御褒美に「おっぱい」を見せてくるでしょうし。



 この概念を更に広げて考えてみると……
 喩えば、雑魚モンスターを倒して得られる「お金」で武器防具を買うこととか。『モンスターハンター』でモンスターを倒して得た素材を使って新しい武器防具を作ることとか。『グランツーリスモ』でレースで勝った賞金で新しいパーツを手に入れることとかも、本質的には「レベルアップ制度」のそれと変わらないとも言えます。

 ちょっと屁理屈ではありますけどね。
 RPGの「お金」は「戦闘」以外でも入手出来ますし、武器防具以外にも使えますから。ただ、この考えは後々にまた出てくるのでその伏線として書いておきます。



○ 「探索」によって成長する『ゼルダの伝説』
 『ゼルダの伝説』シリーズは『ドラゴンクエスト』以前に生まれたゲームです。
 なので、「レベルアップ制度はない」し「戦闘はアクション」ですし「沢山の武器や防具が登場するワケでもありません」。『ドラゴンクエスト』とは違う系統のゲームなので、RPGというジャンルに入れない人も多いと思います(公式のジャンルもアクションアドベンチャーですし)。


 でも、やっぱり自分は『ドラゴンクエスト』と対比すべきは『ゼルダの伝説』だと思うのです。
 『ゼルダの伝説』に「レベルアップ制度」はありません。雑魚モンスターを倒すことによって得られるメリットは少ないです(時々ハートやお金を落とすくらい)。しかし、『ゼルダの伝説』もまた“ゲーム内キャラが強くなる”ゲームです。(宮本さん自ら、マリオとゼルダの違いは成長の有無にあると仰っていたそうですし)


 『ゼルダの伝説』の主人公は、アイテムによって成長をします。
 世界中に散らばっている「ハートのかけら」「ハートの器」を得ることで最大HPを上げ、ダンジョンやその他にあるアイテムを得ることで攻撃方法&行動範囲が広がり、ポイントポイントで武器や防具も強化される―――

 言ってしまえば、世界を「探索」することで強くなるゲームなんです。
 このゲームはプレイヤーに「探索」をしてもらいたいゲームなので、「戦闘」は「探索」の邪魔をする障害物に過ぎないのです(ボス戦は例外)。だから雑魚モンスターを倒したところで大した「御褒美」はもらえませんし、エンカウントがないので面倒くさかったら戦わなくても良かったりします。


 3ヶ月ほど前、僕は「コマンドRPGとアクションRPG、どちらが「メンドウクサイ」?」という記事を書きました。あの記事はとてもとても沢山の人に読んでもらえて、自分も凄く嬉しくて励みになったのですけど。
 敢えて言いますと、あの記事で論じていたことはちょっと的外れでしたよね。

 あの記事を読んで下さった皆々様、申し訳ありません。
 でも、「人間の考えは変わる」し、自分は常に「昨日の自分を越えよう」と思って生きているので、こういうこともあるんだと許して下さい。



 問題は「コマンドRPG」か「アクションRPG」かという区分ではなく、
 「戦闘をさせたいゲーム」か「探索をさせたいゲーム」かという区分にこそあったのだと思うのです。少なくとも2009年10月3日の自分はそう思うのです。


 だから、喩えば貴方の友達が「ゼルダみたいなゲームを探しているんだけどない?」と訊いてきた場合、薦めるべきは「戦闘がアクションのゲーム」ではないのです。戦闘がアクションかコマンドかとか、エンカウントがあるのかないのとかではなく―――薦めるべきは「探索をさせたいゲーム」なのです。

 『ゼルダの伝説』のアイテムは、基本的に「探索」によって得られます。
 (お金で買えるものもあるけど、お金も雑魚モンスターよりも宝箱から得られる額の方が多い)
 そして、そのアイテムによって何が得られるかというと、「探索」の能力が上がるんですよ。弓矢によって遠くのスイッチを押したり、クローショットで昇れなかった場所に昇ったりはもちろんのこと。剣の強化や最大HPの上昇なども、「探索」の邪魔をする雑魚モンスターを倒すのに役立ってくれるワケです。目的は「戦闘」ではなく「探索」。


 「探索」の「対価=御褒美」によって、「探索を優位に進められるようになる」のが『ゼルダの伝説』というゲームなんです。


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○ 「戦闘」と「探索」のバランス
 もちろん、「このゲームは戦闘をさせたいゲーム!」「こっちのゲームは探索をさせたいゲーム!」とキレイに二分されるワケではありません。『ドラゴンクエスト』にも「探索」の要素は沢山ありますからね。宝箱に入っているアイテムとかはまさに。


 RPGの「あるあるネタ」で―――
 「高い金を払って町で新しい武器を買ったのに、次のダンジョンでもっと強い武器が宝箱に入っていた。なんだよ!」というものがあると思います。あれって「戦闘の対価で得られるもの=町で買える武器」と「探索の対価で得られるもの=ダンジョンの宝箱に入っている武器」に対する価値観が、作り手と遊び手の間にギャップがあるということかと思います。

 自分はRPGの何が好きかって「探索」が好きなので……
 基本的に武器防具は拾い物で済ませます。「ゲーム中盤なのにまだ“ぬののふく”着てんのかよ!」と気付いた時は最新のものを買ってあげますけど、基本的には「探索」で得られるものを重視しています。



 この「戦闘」と「探索」のバランスという視点で色んなRPGを見てみると面白くて―――
 『FF』シリーズも『5』までは「戦闘の対価によって成長する」ゲームですよね。レベルやアビリティポイントは言うまでもなく、魔法をお金で買うというのも「戦闘の対価によって魔法を覚える」ということですし(『ドラクエ』でレベルが上がると魔法を覚えるのと大差はない)。

 でも、『6』で魔石が出てきた辺りから、「探索の対価によって成長する」要素が出てきました。新しい魔法を覚えるためには、世界を「探索」して魔石を探さなくてはならない(一部キャラは例外)―――『7』のマテリアも『9』のアビリティシステムも、言ってしまえばこの踏襲ですよね。
 んで、「探索」だけではダメで。魔石から魔法を覚えるためには「戦闘」も数こなさなきゃならないというバランスになっているワケです。


 『MOTHER』シリーズで、レベルが上がると雑魚モンスターが戦わないように逃げていく―――というのは、「戦闘」で得られる対価によって「探索」がしやすくなるという変わったゲームシステムですよね。自分はシリーズをやったことがないので、「探索」にどの程度の意味があるのかは分かりませんけど。



 そろそろ自分の結論。
 「レベルアップ制度」はRPGの一つの選択肢に過ぎない―――と、この記事を書きながら思いました。
 「戦闘の対価によって戦闘を優位に進められるようになる」システムは確かに理に適っているし、多くのRPGがそれに倣うのも当然なんですけど。
 「戦闘の対価によって探索を優位に進められるようになる」システムだって、「探索の対価によって戦闘を優位に進められるようになる」システムだって、「探索の対価によって探索を優位に進められるようになる」システムだって構わないワケですよ。


 結局は「何をさせたいゲームなのか」という話。
 そして、プレイヤーとしては「何がしたいのか」という話。「探索がしたい」時に、「戦闘をさせたい」RPGを遊んでもそれは面白いと思えるワケがありませんよね。コマンドRPGとかアクションRPGとか、そういうことではなかったんだと。自戒の念を込めてこの記事を書きました。

| ゲーム雑記 | 18:04 | comments:18 | trackbacks:1 | TOP↑

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『けいおん!』は“仲間”を描き、『かなめも』は“孤独”を描いた

※ この記事はアニメ版『けいおん!』全13話及び、アニメ版『かなめも』全13話のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。


 今日は『かなめも』アニメの話です。
 夏アニメが始まる際、自分は当初この作品を視聴予定リストに入れていなかったのですが……大好きだった『けいおん!』が6月に終わってしまって暫く放心状態だった時に、たまたまTVCMで「だいじょーぶい」が流れていまして。
 「あ、『かなめも』も豊崎さんが主役やるんだ」と、視聴することにしたのです。


 言ってしまえば、『けいおん!』→『かなめも』の流れで入ったクチです。
 掲載雑誌もそうですし、主役が豊崎さんってのもそうですし、作品のテイストも似たようなカンジで。ラジオで読まれたメールを聴いても、自分以外にも『けいおん!』からの流れで『かなめも』を観始めたって人は多かった印象です。まぁ、『けいおん!』を観ていた人が多かったというだけかも知れませんが。


 「祖母を亡くして一人ぼっちになってしまった中町かなが、女だらけの新聞専売所に住み込みで働く話」

 『けいおん!』同様、この作品も「女のコ同士のキャッキャッウフフ」を描いた作品でして。
 “楽器”が“新聞”に変わっただけで、やることは大差ないんだろうなーと思って観ていました。3話くらいまでは。
 4話の水着回、5話のお風呂回辺りで心がくじけそうになって、6~7話で持ち直して、8話からは本質的なモノが見えてきて、序盤に感じていた違和感の正体にようやく気付けました。


 『かなめも』は『けいおん!』を裏返した作品だったのだと。
 「大差ない作品」どころか、どっちかというと「正反対の作品」だと気付いたのです。


 もっと直接的な言葉を使いますと―――
 中町かなは、「平沢唯になれなかった」主人公だったのです。


 原作者もスタッフも制作会社もレコード会社も違う作品ですし、アニメの制作スケジュールを考えるに恐らくは「偶然」だと思うんですが。結果的に、『かなめも』は『けいおん!』に対する一つの回答になっていたのが興味深かったです。


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○ 『かなめも』はサブキャラクターを掘り下げない
 「女だらけの新聞専売所」ということでキャラクターが7人もいる作品なのですが、『かなめも』は終始“かな”を中心にして物語が進み、かな以外のキャラクターが「何故この専売所にいるのか?」は最後まで明かされませんでした。
 もっと言うと、かな(と美華)以外のキャラクターは既に“成長しきった”状態で第1話から登場しているので、第1話の彼女らと第13話の彼女らにはほとんど変化がありませんでした(それは、8話で描かれた過去編でも一緒)。

 『かなめも』はあくまで“中町かな”一人の成長を描いた物語だったのです。
 (敢えて言うならば美華も成長したのかも知れないけど……したのかなぁ…)


 『けいおん!』と比較すると凄く分かりやすいですよね。
 『けいおん!』の場合は順々に“メインとなるキャラクター”を入れ替え、1~3話は唯、4~6話は澪、7話は憂で、9~10話が梓、11話は律……と、それぞれメインの回を設け、それぞれが成長して軽音部の“仲間”になっていく過程を描きました。
 その結果、『けいおん!』はサブキャラクターの人気が非常に高い作品となりました。というか、澪や梓を「サブキャラクター」と評するのは抵抗あるくらいですもんね。



 なので、自分は『かなめも』に対して中盤くらいまで「こんだけキャラ揃っているのにどうして掘り下げないんだろう」と疑問でした。これだけのキャストがいるのに、勿体ないなーと思っていました。


 でもそれは、この作品が“かなの孤独”を描いていたからこそだったんですよね。
 必要以上に関係を深くは出来ない。もっと言うと、互いを「掛け替えのない存在」と思っているゆめ&ゆうきや、幼女ならば誰でもイイはるかさんなんかが、“かなの孤独”を際立たせていたというか。
 かなを象徴する「バリアー、バリアー、バリアー」という台詞は、言ってしまえばATフィールドですもんね。他人を拒絶する心の壁。



○ “大切な場所”や“掛け替えのない仲間”なんて出来やしない
 このアニメが牙を剥き始めたのは、間違いなく8話の「マリモ姉さん」からでしょう。

 「祖母を亡くして一人ぼっちになってしまった中町かなが、女だらけの新聞専売所に住み込みで働く話」って言葉にしてしまえば1行ちょっとで終わってしまうのだけど、よくよく考えなくても物凄く悲惨な境遇ですよね。
 そのため、かなは“独り”になることを恐れ、怖がり、「もう2度と体験したくない」と思っていた―――だから、専売所にやってきて“仲間”が出来たのが嬉しかったし、この場所にずっといたいと考えていたんじゃないかと思います。

 でも、専売所は「そんな場所」ではない。
 かつて専売所にいたマリモ姉さんが専売所を辞めて寂しくないかと尋ねたかなに、代理は「あなたもいつかはここを出て行くのよ」と言いました。かなだけじゃなく、ゆめもゆうきもひなたもはるかも、いつかは専売所を出て行くのです。

 象徴的だったのは11話。
 メンバーが順々に風邪で寝込んでしまう回だったのですが、かなが「代理がいなかったらここはどうなってしまうのー!」と焦っていたのとは対照的に、代理がいなくてもみんな普通に通常業務をこなしたんですよね。
 それはゆうきもゆめもかなも一緒。かつてこの場所にいたマリモ姉さんも一緒。誰かが抜けても、他の誰かで補えてしまう……当然ながら組織とはそういうものなのです。


 専売所は「永遠にいて良い場所」ではないし、従業員は「永遠の仲間」ではない―――
 そのことに気付いたかなは、ずっと“孤独”の恐怖と戦い続けることになります。



 この視点で『けいおん!』と比較してみると、残酷なまでに対照的ですよね。
 「勇気を出して一歩を踏み出せば大切な場所が見つかるから!」と、唯は言っていました。
 「律っちゃんの代わりなんていません!」「唯先輩がいないなら辞退すべきです!」、軽音部の5人は“あの5人”でしか成り立たない大切な掛け替えのない存在でした―――

 でも、誰もがそんな場所を見つけられるワケではありませんよね。
 『かなめも』の関係は、“たまたまあの専売所で働いている”関係に過ぎません。
 中町かなは平沢唯にはなれなかった―――“大切な場所”も“掛け替えのない仲間”も見つけられず、いつか再び自分が独りになる日を恐れていたのです。



○ 私もまだ“旅の途中”―――
 そんなかなの葛藤を救ってくれるのが、たまたま道端で会ったマリモ姉さん……というのは、「いくらなんでも御都合主義だろ!」と思わなくもなかったんですが(笑)。でも、マリモ姉さん以外にかなを救えるキャラはいないんですよね。


 マリモ姉さんは、かつて“かな”のポジションにいた人物。
 専売所を卒業した彼女は、新しい場所でまた彼女らしく生きていました。
 残してきた故郷を想って泣くよりも、旅で出会える沢山の楽しいことを大切にしたい―――


 おばあちゃんが死んでしまって“孤独”になってしまい、
 これから先も沢山の別れがあって“孤独”に直面していくんだろうけど、だからこそまた新しい出会いや出来事があるはず。


 最終話、自分の書いた日記帳をパラパラとめくっていたかなは、白紙のページ=おばあちゃんが死んでしまった日を見つけます。哀しい、とても哀しかった日の記憶。
 でも、13週かけてちょっとずつだけど成長したかなは、白紙のページを眺めながら「だいじょーぶい」と優しく微笑みます。ページをめくると、専売所のみんなや美華に出会えた日のページが―――またこれからも、沢山の楽しいことが待っているはず。

 新しい日記帳を欲しがっているかなのために、専売所のみんながこっそりとカンパをしてかなに渡します。そして、それに気付いたかなは、ひっそりとみんなへのお辞儀をします。
 “永遠にいられる場所”ではなかったかも知れない、“掛け替えのない仲間”ではなかったかも知れない。でも、ここで出会えた沢山の出来事や仲間は紛れもなく“掛け替えのない思い出”で、だからこそ今度は「迎える側」として新しい出会いを楽しみたい―――


 ずっとずっと“孤独”を描いてきたからこそ、
 それらが昇華されていくラスト2話はとてつもなく感動しました。本当に良い作品でした。


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 『けいおん!』と比較して「『かなめも』は素晴らしかった!」と言ってしまうと、『けいおん!』がダメな作品だと言っているように誤解されてしまうかも知れませんが……そういうことではないです。僕は『けいおん!』も大好きです。平沢唯は俺の嫁です。


 でも、『けいおん!』が描いていた「キラキラした青春の時間」は誰にでも訪れるワケではない、とも思うのです。
 『かなめも』は「それでもイイじゃない」と言ってくれました。かなは最後まで自転車に乗れませんでした。新聞屋さんとしてダメダメなのは本人が一番分かっているはず。でも、それもまた“旅の途中”なんですよ。



 ハデな作品ではなかったと思います。
 サブキャラクターを掘り下げない手法なんかは、この御時世ではリスキーな選択をしたとも思います。

 でも、この作品がそうまでして描きたかったものを自分は大切にしたいです。
 アニメの後半まで待たずに脱落してしまった人や、逆にラスト付近だけ観たって人もいるかも知れません。そういう人達に向けて、『かなめも』アニメが描こうとしていたものが少しでも伝われば良いなと思い、この記事を書きました。


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