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変わらない価値のあるもの

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2011年7月のまとめ

 ニンテンドー3DSが8月11日に値下げされるとの発表がされました。
 発売後半年という時期に25000円→15000円に値下げという異例の事態に、色んな人が色んな意見を飛び交わしていますけど………当然「既に3DSを持っている人」と「まだ3DSを持っていない人」というだけでも意見は違うでしょうし、立場によって意見が違うのは当然の話。



 つーこって、僕の意見を書いておきます。
 僕は「まだ3DSを持っていない人」ですけども、それを差し引いてでも今回の値下げは「英断」だと思っています。3DSの価格が発表された頃から「これじゃ日本のゲーム業界終わっちゃうよー」と批判していた身としては、半年遅れでもこの価格に下げてきたことは「日本のゲーム業界が生き残る道」を見せてくれたと思います。


 携帯ゲーム機というのは、据置ゲーム機と違って「一人一台」が求められます。
 WiiはWii1台で家族が対戦できますが、3DSは3DSが2台なければ対戦が出来ないんです。同じスタート25000円でも全然イミが違うんです。加えて3DSはDSiに引き続いて「個人専用」の色が強いゲーム機なので、Wiiの時のように「家族みんなで遊ぶから25000円は安いな」とは思われないんです。


 3DSの方向性に関しては「立体視がどーだ」「3Dアクションばっかとかどーだ」と色々と批判してきた僕ですけど、それでもやはり一番のネックは価格だったと思いますよ。価格が高いから普及しない、普及しないからソフトが出なくなる、ソフトが出ないから普及しない――というデススパイラル。

 このまま放っておけば「緩やかな死」を待つしかない現状、取れる「一番威力のデカイカード」を使ってきたと思いますよ。キラーソフトは今から作ってもポンと出るまでに2年とかかかっちゃいますし、新型が出せるような状態でもないです。現行機の値下げは極めて妥当な判断だと思います。



 とは言え、「既に3DSを持っている人」にとっては複雑デスヨネー。
 長い目で見れば、これでゲーム機が普及すればソフトも売れるようになって色んなソフトも出てくるようになってユーザーとしても満足な未来になる…………と思いますけど、理屈で分かったとしても感情は納得できないでしょう。

 お詫びサービスとして行われる「アンバサダー・プログラム」も、自分はイマイチだと思っちゃいます。
 「3DSを真っ先に買った人」は、立体視だとかジャイロセンサーだとかすれ違い通信だとか「今までのゲーム機には出来ないゲーム」「3DSにしか出来ないゲーム」を求めて買った人が大半でしょうよ。そういう人へのお詫びが、「今までのゲーム機のゲーム」ってなんじゃそりゃ。


 まぁ、ソフトがないからこんなことになっているので「弾不足」なのはどうしようもないんですけど。
 Wiiの時の方針で考えると、「先に3DSを買っていた人には10000円分のニンテンドーポイントをチャージします」とするのが一番スマートだったと思います。10000円分全部DSiウェアに注ぎ込んだら、何というパラダイス!!

 ですが、Wii&DSiの「ポイント制度」から3DSでは「金券制度」になったみたい(?)で、どうも簡単にポイントをプレゼントとか出来なくなったみたい(?)で。どうも「やることなすこと裏目裏目」感の強いゲーム機になっちゃったなぁと思います。ソフトの評判なんかは良いんで、普及台数が増えると状況も変わるとは思うんですけどね。



 話変わって、宣言。
 自分も3DSを買うことにしました。値下げ後、普通に手に入ったら。

 自分は立体視は出来ませんし、大型版(DSiLLのような)が欲しいのは確かなんですけど、15000円ならば後で新型が出て2台目を買うことになっても納得出来る価格ですし。DSiウェアが遊べる2台目のゲーム機が欲しかったところなんで丁度イイです。

 DSiウェア版『絵心教室(後期)』をやろうと思っていたんですけど、果たしてどっちの機種でやるべきか。3DSはタッチパネルの感度が上がっているみたいな意見もあるんですよね。画面の大きなDSiLLか、タッチパネルの感度が良い3DSか。うむ、悩むところ。


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 「2011年7月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」か「記事URL」をクリックして下さいな。

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| ひび雑記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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近況報告2011夏&節電宣言

 本日、作成していた投稿用漫画が完成したので郵送してきました。
 今回立てた目標は「速度を上げる」ことでして、1クール(4・5・6月)で1本の作品を描くことを目指して取り組んできました。んで、結果、今日は7月29日ですので「丸々1ヶ月オーバー」という。ハッハッハ!こりゃ笑うしかねーや!


 ということで、今回は持ち込みにしようと考えていたんですけど、時間の都合上郵送での投稿となりました。4ヶ月で1本なら自分にとってはそんなに遅いペースではないとは言え、「速度を上げる」ために色んな施策をこらしてコレかーというのは正直なところ。


 まー、言い訳はしないで。
 次また頑張ります。内容自体は自分でも「アベレージの高いものが出来た」と思っています。




 さてと。
 本来なら7月1日から始めようと思っていたんですけど、漫画の完成がここまで長引いたことで本日から自分の生活を夏限定の節電モードにしようと思っています!


 今回、“なるべく”しようと思っているのは二点。
 期限は……9月いっぱいまでを予定しています。変更する可能性もなくもないですけど。


・エアコンは使わない
・午前9時~午後9時の間は、パソコン・テレビ・据置型ゲーム機を使用しない



 「なるべく」というところがミソ。
 サッカーW杯の予選とかサッカー五輪の予選とか、「どうしても観たい」時はテレビを観ますし。友達が遊びに来た時なんかはエアコンもWiiも起動します。すごく緩いルールだと自分でも思います(笑)。そもそも僕は普段からエアコンを使いませんし、昼間にテレビなんて観ませんし。


 もちろんコレを「みんなもやれ!」と言う気はないですし、現在の電力使用率を見ると各企業さんの努力が半端なかったおかげか平日昼で76%とかで、ぶっちゃけ僕が節電する意味なんてほとんどないんですけどさ。
 でも、なんか毎回「プチ断食」をやっていたみたいに、「無駄な電気を使わない生活」をすることで自分自身に何か芽生えるんじゃないかなーと思ったのです。だから、こんな長い期間を設定しているんですけど、マジで電力余りまくりで虚しくなったら早々に撤回するかもです(笑)。



 んで、なんでわざわざこんなことを宣言したかというと……
 自分はブログもmixiもTwitterもパソコンで行っているため、昼間は節電のためにそれらが出来ないんですよ。むしろそれを封印することも今回の狙いでもあるんですけど――――そのため、その時間はTwitterでは呟きませんし、ブログやmixiの更新は早朝にしようと思っています。

 FC2ブログは予約投稿が出来ますし、今までもコレを使って夕方投稿にしていたんですけど……
 どうせならまぁ、自分と同じ生活リズムでブログも更新した方が新鮮かなと、節電モード期間中のみ早朝更新にする予定です。これでアクセス数が跳ね上がったら10月以降も早朝にするかも知れませんが(笑)。




 それと……3月に投稿した漫画は賞にかからなかったので、いつもの通りアップする予定ですが……
 普段原稿を返却してくれる賞なんですけど、今回まだ返却されていないんですよね……郵便局に預けた直後に震災があったので、ひょっとして紛失してる??コピーは取ってあるので大事には至りませんが、原稿が帰ってこないのは辛いすなあ。

| ひび雑記 | 16:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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その「ゲームのルール」、何秒で説明できます?

 「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」から、ゲームの複雑化を考えるという記事を書きながら思ったこと。
 まぁ「そんな当たり前なことを今更文字にする!?」って話なんですけど……「ゲーム」とは「ルール」のことなんだなと思いました。

 『パックマン』のルールは、「敵に捕まらずにドットを全て回収すれば勝ち」というもの。
 『スーパーマリオブラザーズ』のルールは、「敵に当たらず、穴にも落っこちずに、ゴールまで辿り着ければ勝ち」というもの。


 「ゲーム」とは「ルールの創造」なんですよね。すっげえ当たり前なことですけど。
 そして、この「ルール」には「大まかなルール」だけでなく「細かいルール」が沢山付随されていきます。『パックマン』には「パワーエサを食べると立場が逆転する」とか、『スーパーマリオブラザーズ』には「トゲのある敵は踏んではいけない」みたいな細かいルールがありますよね。
 シリーズ作品が続いたり、後追い作品が沢山出てくると、こうしたルールがどんどん増えて、なおかつ細分化されていきます。


 『鬼ごっこ』に「高いところなら鬼に捕まらない」というルールが追加されて『高鬼』になったように―――ゲームも進化に伴って、どんどんどんどん「ルール」が追加されて複雑になっていったのです。




 確か半年前に『スーパーマリオRPG』を母にプレイさせていた時だったと思うんですけど……
 「死んでる系の敵(アンデッドのことね)には炎の技が効いて、海の敵には雷の技が効くんだよ」と母に説明しながら、「ん?どういう理屈だ?」と自分で疑問に思ったことがありました。


 ゾンビに炎が効く。これは何となく分かるような気がする。
 ガイコツの敵に炎が効く?……そうか?コイツら既に火葬済みみたいなカッコしてね?
 幽霊に炎が効く?……なんで?誰か試した人いるの??

 海洋生物っぽい敵に雷が効くのもよく分からない。
 「水は電気を通しやすいから」という理屈なのかも知れませんが、それだと主人公達も感電しないか?その船は絶縁体ででも出来ているの?



 この「アンデッドには炎の技が効く」「海の敵には雷の技が効く」というのはどのゲームが初出なのかは知りませんが、自分は子どもの頃に『ファイナルファンタジー』シリーズで刷り込まれて以降、最近まで何の疑問も持っていませんでした。

 どんどん追加されたルールを「そんなの普通でしょ?」と思っていたら、初心者には全く通じず、初心者には「自分の知らないルールが沢山あってワケ分からない」と思われてしまっているケース―――ゲームに限らず、どんな分野でもあることですよね。




 “最近のゲーム”って一括りにしちゃうと、そうでないゲームも沢山あるんで誤解招きかねませんけど。“最近のゲーム”ってローカルルールだらけになった『大富豪(大貧民)』みたいだなぁと思うことがよくあります。
 ベースはよく知っているゲームなんですけど、それぞれに細かいローカルルールが設定されているので、まず最初に「8流しあり?」「あり」「革命は?」「革命なきゃ話にならないっしょ」「ピンポンは?」「何それ」「3は2に勝てる?」「スペードだけだっけ?」「あれ?クローバーじゃなかった?」「ハートの3は…」「最初の人でしょ?」と小一時間ルール確認をしなきゃならない、みたいな。


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 何年か前、自分はこのブログで「TVCMで売れるゲームのジャンルは限られてきている」と書きました
 「任天堂はお金がたくさんあるからTVCMをバンバン打てるから売れるけど、ウチはお金がないからムリだ」みたいな発言に対して、「任天堂がバンバンTVCM打った『タクトオブマジック』はもっと売れなかったよ……」という一連の流れ。その後に発売された『レギンレイヴ』も『ゼノブレイド』も購入者の評判の高さに見合わず、どんなにTVCMをしても大きな成果をあげられませんでした。


 これは別にゲハ的な問題ではなくて、「TVCMという短い尺」では「ゲームの複雑なルール」を説明出来なくなってしまったということなんだと思います。貴方の大好きなそのゲームのルールを、TVCMの30秒だとか15秒だとかで説明出来ますか?


 『ルーンファクトリー』シリーズのTVCMを死ぬほど観てきた自分が、初めて今『ルーンファクトリー3』をプレイしているんですけど……良い意味で「TVCMの印象と全然違え!」って思いましたもの。TVCMは「ギャルゲー風RPG」みたいなカンジじゃないですか。でも、『ルーンファクトリー3』におけるギャルゲー要素って5%くらいしかないんですよん。
 詰め込みすぎているゲームって、TVCMでは一側面しか見せられないから勿体ないよなーと思いましたよ。




◆ TVCMで魅力を伝えられているケース1:シリーズ作品
 『ドラゴンクエスト』なんかは分かりやすく、「ドラクエの新作が出るぞー!」だけのCMを流したりしますよね。大人気シリーズというのは、それだけで過去作品のファンが「ドラクエの新作」というイメージが持てるんです。

 既に大部分の「ルール」を覚えてもらっているので、新たな「ルール」を説明する必要がない。

 『マリオ』とか『どうぶつの森』とかの任天堂の人気シリーズのTVCMは、「新作が出るぞ」と「新しくなったのはここだぞ」をきっちり見せようとしますよね。
 もちろん複数バージョンのTVCMを用意できる資金力は大きいのですが、どんなに複数バージョンのTVCMを大量に流しても「シリーズ作品ではない新作」や「それほどファンが多くないシリーズ」では任天堂の資金力を持ってしてもそれなりの売上げにしかなりません。



◆ TVCMで魅力を伝えられているケース2:ゲーム以外からルールを拝借
 「みんなが知っているルールをゲームに落とし込む」作品のことです。

 『Wii Sports』は分かりやすく「テニスのルールはみんなが知っているからTVCMでどういうゲームか分かる」ゲームですけど、これは別に『Wii Sports』に限った話じゃないですよね。
 ファミコン初期の頃からスポーツゲームや麻雀ゲームなんかは根強い人気があったタイトルですし、プレステ以降の新ハードが出た際の『リッジレーサー』の役割も通じるものがあると思います。「ただ走るだけでしょ?」という安心感が『リッジ』にはあるんです。多分。


 『えいご漬け』とか『お料理ナビ』とか、ああいうタッチジェネレーションズのソフト達の大ヒットを――――「あんなのすぐに飽きられるよwwww」とバカにしていた人達は、「何故あれが売れたのか」を真剣に考えていなかったのが残念です。

 「TVCMを見ただけでどういうゲームか分かった」から、「このゲームなら自分にも出来そう!」と思えたんですよ。


 遊んでみたら万人受けするゲームだったのに、それがTVCMでは伝えられなくて誰にも認知されないまま消えていったゲームとか……いくつ見てきたことだろう。



◆ TVCMで魅力を伝えられているケース3:もういっそのことルールは見せない
 「どうやって遊ばれるのか」を見せる作品。
 ゲームの映像が流れるバージョンもありますけど、PSP版の『モンハン』の「PSPを持ち寄って遊ぼう!」というTVCMはやっぱり秀逸ですよね。実際のゲームは細かいルールが多くて求道的なアクションゲームなんですけど、とにかくみんなでワイワイ遊ぼうぜ!と思わせてくれるTVCMという。

 よくよく考えれば、ボウリングだってカラオケだって「みんなでワイワイやって楽しむ」娯楽って、「一人でストイックに極めようとすると果てしない道」ですもんね。


 ついでに書いておきますけど。
 そのゲームを遊んでいる人を映すTVCMは、「どうやって遊ばれるのか」を見せないと意味がないんですよ。任天堂ですら『ゼルダ』や『メトロイド』を一人黙々と遊んでいる姿を映したりしましたけど、ゲームを一人で遊ぶことなんて普通ですから!わざわざTVCMでアピールすることでもないでしょうが!
 ま、まぁ……『Wii Sports』なんかの「みんなで遊んでいる姿」で、「Wiiは一人では遊ばないゲーム機なんだ」という誤解を防ぐためという意図ではあったのかもですが。

 『Wii Sports』や『トモダチコレクション』も、ここに当てはまりますね。「どうやって遊ぶか」がTVCMでも伝わってくるという。
 

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 ふむふむ。
 「ゲーム」を「ルール」という視点で考え直すと、色々なものが見えてきますね。


 自分は『ニンテンドーチャンネル』で各ソフトの紹介映像を観るのが好きなんですけど……
 パズルゲームの類は確実に「このゲームはどういうルールのゲームか」の説明に時間を割くのに対して、RPGの紹介映像はルール説明一切なしでキャラクターの立ち絵と主題歌だけが延々と流れたりするものも多いです。名前は……出さないでおきますけど、今『ニンテンドーチャンネル』を起動すると「コレもコレもコレもじゃねえか!」って思うと思います(笑)。


 自分はそういうゲームに対して「売る気あんの?」と思っちゃうんですけど、映像を作っている側からすると「みんなRPGのルールくらい知ってるでしょ?」「それと大体同じですよ」くらいの感覚なのかなーと思いました。知っている人に向けての映像だから、わざわざRPGのルール説明なんかせず、その分の時間をキャラクター説明に割きたいと。

 んで、売れなかったら「ゲームらしいゲームが売れない!」と言う、と(笑)。
 「ゲームらしいゲーム」というのは「ゲーム独自の複雑で多様化したルールのゲーム」で、それを楽しめる「ゲーマー」は「そうしたルールを説明しないでついてこれる人」と考えると――――なるほど、ゲーマーの人達が世を嘆く理由も分かってきそうです。本人は大富豪をやりたいのに、世間ではババ抜きが流行っている、みたいな。

| ゲーム雑記 | 18:29 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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「テレビなんて面白くないから観てないわー」「その発言はムジュンしています!」「!?」

 タイムリーなようで、ちっともタイムリーではない話題。

 自分はスポーツとアニメ以外ほとんどテレビを観ない人間なので、「テレビを観ることが普通」だと思っている人から理由を訊かれることがちょくちょくあります。そこで自分が「いやー、テレビって観てても面白くないからさー」と言おうものなら、鬼の首を獲ったかのように「異議あり!」と言われるのです。


 「テレビを観ていない人間が、「テレビは面白くない」と分かるワケがない!
 その発言はムジュンしています!!!」


 「なななななななな、何ぃいいいいいいい!!?」




 自分はこれ、酷い揚げ足取りだと思います。
 行間を読めば分かる話じゃないですか、1から100まで全部説明しなきゃ分からないのかよ。


 「いやー、(昔はテレビを観ていたんだけど)テレビって観てても面白くない(ことに気付いた)から(最近はちっとも観なくなっちゃった。)さー(私と踊りませんか?)」の略なんだよ!それくらいは察してくれよ!そして私と踊ってくれよ!!




 ………さてと。
 自分のことは棚に揚げまして、これと同じようなことはそこら中で言われていることだと思います。

・「アニメなんか面白くないから観ないわー」と言っている人はアニメを観ていない
・「最近のゲームは面白くないからやらないわー」と言っている人は最近のゲームをしていない
・「エロゲーなんてやると強姦したくなるに決まってるわー」と言っている人はエロゲーをしていない
・「女子サッカーなんてレベル低いから観ないわー」と言っている人は女子サッカーを観ていなかった
・「彼女なんか作っても碌なことないわー」と言っている俺には彼女がいない



 「食わず嫌い」をしているのに「知ったかぶって」そんなものに価値がないと言い切る人はいますよね。ドキッ。
 そういう人に「1コも観ていないのに分かったようなことを言うな!」「ちゃんと観てから判断しろよ!」と言いたくなるのは当然ですし、正論だと思います。だから誰か俺と踊ってください。



 しかしね。
 「1コも知らない」ならまだ話は早いんです。「1コも知らないくせに!」と言えますから。


 問題は、ちゃんと「2~3コ手を出してみた」けど、その2~3コがたまたま「酷いもの」だった場合の話です。


 例えば、今現在「深夜アニメ」が毎週何本放送されているのか分かりませんが、仮に30本だった場合―――その内の3本を観て3本とも面白くなかった人は「何だよ、深夜アニメなんて面白くねえじゃん」って思ってしまうものです。たまたまその3本が「ワースト3」の作品だったとしても。

 そういう人に「ちゃんと30本全部観てから文句を言えよ!!」って言っても、逆効果です。
 だって物理的に週30本のアニメを観る時間を取れる人なんていませんし、絶対に不可能な条件を突きつけられた時点で「アニメヲタクって面倒クセえ人達なんだな……」と思われてしまいます。それこそ何十万人もいるアニメヲタクの内の一人がたまたま面倒くさい人だっただけなのに、アニメヲタク全員が面倒くさい人と思われてしまうのです。



 極論に思われるかも知れませんが、こういうことは日常的に起こっています。

 ゲハ的な話題はあまりしたくないんですけど……
 「任天堂のゲームは子どもっぽい」って言われた時に、「いやいやいやそうでないゲームは沢山あるじゃんかよ」と僕らは思いますけど。でも、世間の認知度で任天堂のゲームを上位から並べて『マリオ』『ポケモン』『どうぶつの森』『カービィ』が来ることを考えれば、そう世間に認識されてもおかしくないと思いますよ。


 凶悪犯罪を起こした人が漫画とかゲームとかを趣味にしていた場合、マスコミが「漫画やゲームが犯罪を生んだんだ!」「漫画やゲームを好きな人間は全員犯罪者予備軍なんだ!」と“ただ一つの事例”でバッシングを始めて――――バッシングされた僕らは僕らで、たった一つのバッシングで「マスコミに携わっている人間は全員酷いヤツらだ!」と思ってしまうじゃないですか。




 “全体”を見るには時間が足りない。
 だから“一部”を見て、“全体”を理解した気になってしまう――――


 これはもう仕方がないことだと思うんです。
 僕もされているし、僕もしているんです。


 そういう時に「“全体”を見ろよ!」と言っても逆効果なんです。
 そんな時間は物理的に取れませんから、「なんかウザイこと言ってるヤツいる」で終わってしまうんです。



 ならば……
 例えばテレビを観ない僕がどうしたらテレビを観たくなるかと言うと、「もっとテレビを観なよ!」と言われるよりも「○○って番組は面白いからコレだけは観て!」と言われた時だと思うのです。


 “全体”を見るには時間が足りないから。
 “イイ一部分”を見てもらって、“イイ全体”だと思ってもらう――――





 30本の深夜アニメの中から、「これだけはオススメの1本」を言えれば“深夜アニメ全体”のイメージが変わるのです。もちろんテレビとか深夜アニメに限らず、漫画でも映画でも小説でもエッセイでもゲームでもJPOPでもそう。「オススメの1本」があるかないかで全然違うんです。


 “特定の人”に薦める場合は、「その人が好きそうなもの」を分析する必要があります。

 しかし、例えば「ブログに書く」ケースのように不特定多数の人に向けて「オススメの1本」を選ぶのは難しいですよね。
 色んな人が読んでいるのだからと、色んな人に向けて「オススメの10本!」とかつい書いちゃいます。でも、今まで手を出してこなかった人がいきなり10本は手を出してくれません。1本も手を出してくれません。十兎を追うものは一兎をも得ずです。


 だから、“アベレージの高いもの”って大事なんですよ。
 100人いたら、80人くらいは「面白いね」と言える“アベレージの高さ”は大事なのです。

 100人中1人しか「面白いね」と言えないものももちろん立派なんですけど、そういうものが存在していられるのは“アベレージが高いもの”があるからこそなんです。ということで、こないだの「舌が肥えること」の記事に繋がってくるのですね。





 えっと……何の話から始まっていたんでしたっけ(笑)。



【困った時の三行まとめ】
・「興味がない」と言っている人に「全部見ろ!」と言うのは逆効果
・「これだけはオススメの1本」を教えてあげるのが吉
・そのためには、“アベレージの高いもの”って大事だよね



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| ひび雑記 | 18:07 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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Wii U発売前に、Wiiスピークの思い出を語ろうぜ!

 Wiiというゲーム機は、恐らく史上最も「周辺機器を売ったゲーム機」だと思います。
 2本目のWiiリモコンを同梱した『はじめてのWii』、バランスWiiボードを同梱した『Wii Fit』、Wiiハンドルを同梱した『マリオカートWii』、Wiiモーションプラスを同梱した『Wii Sports Resort』――――などなど。

 ソフトと周辺機器を同梱することで中古市場に苦しむことがなくなりロングセラーを連発した……(売る側は周辺機器を「いつか使うかも」と手放せず、買う側は「他人の使ったコントローラは使いたくない」と新品を買う)と、自分は推測していますけど。
 その反面、「使うコントローラが分かりづらい」ことでプレイヤーもメーカーも混乱し、同梱ソフト以外は「モーションプラス“にも”対応」みたいな中途半端な対応ソフトしか出なかったという残念なところもあったと思います。



 なので、Wii Uは液晶コントローラだけじゃなくてWiiリモコンプラス+ヌンチャクも本体に同梱して、「Wiiリモコンプラスの操作」をデフォルトでサポートして欲しいんですが……今日はこの話がメインではありませんでした(笑)。




 今日のメインはこちら。
 こうして沢山の種類が出たWiiのコントローラ達は、次世代機Wii Uでも「Wiiリモコン(もしくはWiiリモコンプラス)は最大4本まで同時に接続できる。ヌンチャクやクラシックコントローラ、クラシックコントローラPRO、バランスWiiボードなど、あらゆるWiiコントローラや入力装置に対応する。」とアナウンスされているのですが……恐らく、その中でも対応されなさそうな周辺機器が一つだけあるのです。



 それは「Wiiスピーク」です。


 Wiiスピークとは「Wiiでボイスチャットをするために必要な専用機器」で、2008年11月20日発売の『街へいこうよ どうぶつの森』との同梱版が発売され、単品では2008年12月4日に発売されました。
 『街森』ソフト単品では5800円、Wiiスピーク単体では3500円という定価でしたが……同梱版は7800円で「1500円もお得!」という価格設定でした。正直……この売り方は大失敗だったと思います。「任天堂はWiiスピークを普及させたくないに違いない」と思うほどでした。



 その理由を書く前に……ちょいと思い出語り。
 2008年の4月に僕は「Wiiにボイスチャットが付く日を大胆予想(妄想)!」という記事を書いています。
 当時はまだWiiスピークが発表される前でして、「Wiiのここがダメなんだ!」と批判される要素のTOP5に「ボイスチャットがない」ということがあったのです。2008年1月の『スマブラX』、4月の『マリオカートWii』以前は「オンライン対応ソフトが少ない!」と批判されていたのですが、オンライン対応ソフトが発売されると今度は「ボイスチャットがないからダメなんだ!」

 そして、実際にWiiスピークが発売されたら「声出してチャットなんかしたくねえよ!」という批判が出てきて、何をやっても文句言う人はいるんだなと悟ったのです(笑)。



 さて、Wiiスピークの失敗要因を挙げます。

・まず、すごく値段が高い(単品3500円はもちろん、『街森』同梱2000円でも高い)
・『街森』もソフト単品版とWiiスピーク同梱版の2バージョンを出してしまった
・Wiiスピーク同梱版はあまり売れずにWiiスピーク自体があまり普及しなかった
・その結果、対応ソフトもほとんど出ないまま終わった



 これがもし「『街森』はWiiスピーク同梱版のみ6800円で発売」だったら違う未来になったんじゃないかと思います。
 5800円と7800円の商品があることで多くの人が5800円を選び、Wiiスピークはその存在をほとんど知られないまま幕を閉じました。
 発売から3年近くが経ちますが、対応ソフトは『街へいこうよ どうぶつの森』『FOREVER BLUE 海の呼び声』『桃太郎電鉄2010 戦国・維新のヒーロー大集合!の巻』『Tetris Party Premium』の4本のパッケージソフトと、Wiiウェアの『UNO』、Wiiスピークを買うと無料ダウンロードできる『Wiiスピークチャンネル』の6本だけです。

(関連記事:Wiiスピークは要らない子なん?



 このWiiスピーク―――自分は結構好きだったんですよ。
 『街森』発売直後はちょくちょくオンラインに繋いで色んな人と交流させてもらい、最初に繋いだ時はWiiスピークを持っていなかった人も「みんながWiiスピーク持っているから自分も買っちゃいました」と後から買ったほどで、体験しなければ魅力の分からない商品の一つだったのかなと思います。

 このブログを読んでいる人はスカイプとかの経験がある人が多いかもですが、Wiiのメイン層はそういうものに詳しくない人が多かったでしょうし、そういう人に魅力を伝えるためにもムリヤリにでも同梱版のみの販売で押し切れば良かったのにと思います。

 普及させてしまえば対応ソフトも出たでしょうし、そうすれば購入者にも「元が取れた」と思わせられたことでしょう。いや、ホントさ……『モンハン3』に非対応とかどういうことだよ。




 あと、Wiiスピークへの不満点というワケではないのですが……
 Wiiというゲーム機自体に「リビングに置かれることが多い」「ソフトごとにしかフレンドリストが作れないので他のゲームをしている時は合流できない」などの要因があって、構造的にボイスチャットに不向きだったのも確かですね。我が家の場合、台所に母親がいるから居間でWiiスピークを使えないやってことが結構ありましたし。そもそも『街森』でフレンド接続すること自体が難しかったですもんね。


 「楽しかった思い出」は沢山あるんですけど、それゆえに「ここがこうだったらなー」と思うところも沢山ありました。このまま黒歴史扱いにはしないで欲しいし、もしWiiに後継機が出るのならその欠点を克服して欲しい、とずっと思っていました。




 ということで、Wii U。
 実は―――Wiiスピークが抱えていた欠点を克服したゲーム機になりそうなんですよね。


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 Wii Uのコンセプト映像にビデオチャットのシーンがあります。
 Wii Uの液晶画面付きコントローラには「マイク」と「カメラ」と「スピーカー」と「ヘッドホン端子」が付いていますから、Wiiスピークはもう要らない子なんですよね。


 Wiiスピークは普及しなかったから、その魅力が知られなかったし、対応ソフトも出ませんでした。
 しかし、Wii Uは本体を買った人全員がマイクの付いた「液晶画面付きコントローラ」を持っているワケですから、ビデオチャットもボイスチャットも思いのままに対応できます。今の時点で「声出してチャットなんかしたくねえよ」と言っている人も、実際に使ってみたら「意外にイケる」と思えるかも知れません。


 何よりデフォルトでボイスチャット機能が付いているのだから、今度は『どうぶつの森』だけでなく『マリオカート』にも『スマッシュブラザーズ』にもボイスチャットを付けて欲しいですよね。
 むしろああいうせわしないゲームこそがワーキャー叫んで楽しいのだし、ああいう幅広い年齢に受けているゲームこそがボイスチャットの魅力を伝えるに相応しいゲームだと思うのですよ。




 また、対応するかはゲームソフト次第だと思いますが、Wii Uは「コントローラだけで遊べるゲーム機」ですから、リビングでボイスチャットをするのに抵抗がある人は自室で遊べばイイということになります。
 3DSに搭載されているような「フレンドリスト機能」をWii Uにも搭載してくれれば『ビデオチャットチャンネル(仮名)』だけで永遠に喋ってられそう!どうせならピクトチャット機能も付けて欲しい!




 もちろん「マイク」があるメリットはボイスチャットだけではありません。
 DSのソフトにあまり詳しくない人は「DSだってマイク付いていたけどほとんど活用しなかったじゃん」とお思いかも知れませんけど、『フォトファイターX』や『うごくメモ帳』のように「創作系のゲーム」には必須の要素でしたし、『えいご漬け』で自分の発音を確認するとか『お料理ナビ』で音声操作をするとかの活用もされていましたし、「マイクがある」というだけで作れるゲームの幅はグンと広がるんです。

 それこそ沢山のボタンやスティックを使えない人でも、マイクは使えますからね。
 パーティゲームなんかでも様々な用途がありそうです。



 うーむ、夢が広がりんぐ。
 ここまで期待に胸膨らませておいて、実際にWii Uが発売された時に「日本だとボイスチャットが流行らなさそうだから日本版は非対応です!」とか言われたらどうしましょう(笑)。


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| ゲーム雑記 | 17:36 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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『ももたろう』はどうして面白いのか

 「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」が「遊び」界のメジャータイトルだとしたら、『ももたろう』は「昔話」界の大メジャータイトルですよね。日本では世界各国からやってきた昔話・童話が親しまれていますが、その中でもダントツの知名度を誇っていると思います。



 ひょっとしたら『ももたろう』って日本一有名な“ストーリー”かも知れませんね。
 『ドラゴンボール』や『ガンダム』ですら、『ももたろう』の知名度に比べたら“一部の人しか知らないマイナーな作品”でしかないんですよ!


 「好きか嫌いか」は置いといて……
 この作品がこれだけ日本中で知られているのは、多くの人から「面白い」と思われているからですし、これだけ多くの人からそう思われるのは「素晴らしい」完成度の高さがあるからだと思うのです。
 何故、僕らは『ももたろう』を「面白い」と思うのか―――分析してみる価値はあるな。といった理由で、『ももたろう』のストーリーを分析してみることにしました。



 なお、この記事では『ももたろう』の簡単なあらすじとともに分析した文章を載せるため、『ももたろう』のストーリーの重大なネタバレを含みます。未読の方はご注意くださいな。





1.昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 恐らく日本一有名な「ストーリーの出だし」の文章でしょう。
 たった一行で設定説明を済ませてしまう「昔々あるところに~」も凄いのですが、自分が注目するのは“日常描写”です。特に「洗濯」というフレーズは小さな子どもでも知っている作業で、この物語世界の住人も自分達と同じように日々の生活を送っているということが分かるのです。


 つまり、この物語は「僕達の日常」と地続きの場所から始まっているんだよと知らしめる効果があるのです。




2.おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました。
 家に持ち帰り、おじいさんと二人で食べようとしているとその桃が割れて中から赤ん坊が産まれたのです。二人はその赤ん坊に「桃太郎」と名付けて育てることにしました。


 「僕達の日常」から一転、「非日常世界からやってくる主人公」の登場シーンです。
 強烈な印象が残る登場シーンであることともに、桃から産まれるという「なんじゃそりゃ」な出自ということで、この主人公は普通とは違う特別な存在なことが分かります。


 今の言葉で表現するならば、「厨二病」的設定の特別な主人公ということになります。
 生まれながらにして特別な運命を背負い、生まれながらにして他とは違う選ばれた存在なんです。
 大人からすると恥ずかしい「日本一」という幟を堂々と掲げられるのも、この作品が「厨二病的作品」だと考えると納得が出来ますよね。



 また、「桃から産まれたという独特の設定」と「キャラクター名としての桃太郎」と「作品名としての『ももたろう』」がイコールで繋がっている点も見逃せません。
 これが「桃から産まれた“たけし”という主人公が活躍する『鬼ヶ島道中記』」という作品だったら、これだけの大ヒット作品にはならなかったことでしょう。『ももたろう』という作品は非常にシンプルかつキャッチーな要素で構成されている作品だと分析できるのです。




3.成長した桃太郎は「鬼が人々を苦しめている」ということを知り、鬼ヶ島へ鬼退治に向かうことにしました。おばあさんは旅立つ桃太郎に、手土産として「きび団子」を持たせました。

 桃太郎の旅立つ理由。ここで「悪い鬼をやっつける」という明確な目的があることが大きいです。
 「鬼には鬼の事情があるのでは」とか「人々の方にも非があったのではないか」という描写は、大人読者にとっては深みが増す描写かも知れませんが、子ども読者にとってはあまりテンションの上がるものではありません。
 また、『一寸法師』のように「なんか俺、立派になりたいから都へ行くよ!」というアバウトな目標で出発されても、自分探しの旅などしたことのない子ども読者としては感情移入がしにくいのです。

 「鬼=悪いやつ」「人々=かわいそう」「桃太郎=それを助けようとするカッコイイ人」くらいのシンプルな構造だから、この作品は万人が楽しめる大ヒット作品になったのです。


 また、ここでおばあさんが「きび団子」を渡すのも重要です。
 当然これが後に犬・猿・雉を仲間にするキーアイテムとなるので、言ってしまえば「伏線が張られた」状態です。
 「きび団子」なしで犬・猿・雉が仲間になるのでは「御都合主義だなー」と読者に思われてしまいますし、それを渡す人物が“生まれた時から桃太郎を育てていたおばあさん”という読者にとってもなじみのキャラクターだというのが大きいです。

 それに加え、「きび団子」は物販品にもなります。
 『けいおん!』の作中で登場人物が歌った歌がCDになって発売されるとか、『タイガー&バニー』の作中でブルーローズが実在の炭酸飲料を飲んで宣伝をするように―――読者が『ももたろう』に出てくる「きび団子」を食べたい!と思うことで土産品店の経営が潤うという効果があるのです。作品と商品のタイアップの“先駆け”とも言える要素ですね。




4.桃太郎は道中、犬・猿・雉に出会い、それぞれに「きび団子をくれたら家来になってあげるよ」と言われました。桃太郎はそれぞれにきび団子を与え、犬・猿・雉とともに鬼ヶ島を目指すこととなりました。

 漫画家を目指している人ならば、一度は編集者さんに「キャラクターを削れ」「余計なシーンが多すぎる」とダメ出しをされたことがあるでしょう。キャラクターの多さは読者を混乱させますし、余計なシーンは退屈なだけです。

 桃太郎が犬・猿・雉を仲間にするシーンは一見すると「余計なシーン」です。
 ストーリーラインだけを見てみると、犬・猿・雉は登場しなくてもストーリーに影響がないんです。本来なら削っても構わない場面なんです。なのに、削られることなく「『ももたろう』と言えば犬・猿・雉」と定着しているんです。



 何故なら、桃太郎というキャラクターは「生まれつき特別」「選ばれた存在」な主人公なため、読者からすると人間味を感じられず、あまり感情移入ができないんです。「厨二病的主人公」としてのメリットがあった一方で、デメリットも背負ってしまったのです。

 そこで、犬・猿・雉の出番です。
 『ドラゴンボール』でクリリンに感情移入する人が多いように、『ダイの大冒険』でポップに感情移入する人が多いように―――「特別な存在」としての主人公の横で。「特別ではない、どこにでもいる存在」としてのサブキャラクターが頑張ることで読者は勇気をもらえるんです。ポップ系のサブキャラクターの原点は「犬・猿・雉」にあるんです!


 また……これは「鬼」や「おじいさん」「おばあさん」にも言えることなんですが。
 『ももたろう』という作品に出てくるキャラクターは、桃太郎以外は「犬」「猿」「雉」とキャラクター名を持たないんです。「犬」は「犬」、「猿」は「猿」。『ももたろう』に出てくる「犬」はこの犬しか存在しないのですが、ポチでもジローでもジョンでもなく「犬」であるために、読者があらかじめ何となくの「犬のイメージ」を持つことができるのです。

 極端な話、ここで仲間になるのが「犬・猿・雉」ではなく村の人間や旅人だった場合、「桃太郎以外のキャラクターも掘り下げなくてはならない」という面倒なことになってしまいます。昔話のサブキャラクターに動物が多いのは、こういう理由なのかも知れませんね。



5.とうとう鬼ヶ島に着いた桃太郎一行!

 話が前後してしまいますが……
 「鬼ヶ島」というロケーションとネーミングも素晴らしいですよね。

 「島」であるために、「桃太郎が育った村」と「鬼の本拠地である島」は別の場所であることが分かるのです。しかも、「おじいさんが山へ柴刈りに、おばあさんが川へ洗濯に」という冒頭の描写があるため、何となく「山から川が海になるまでの距離を歩かなくてはならない」という距離を感じることが出来るのです。

 ストーリーを紡ぐ時、この“距離”を描写するのは非常に難しいです。
 Googeleマップを見せて「こんなに歩いたんですよ!」と見せるワケにもいきませんからね。


 そこを、「山」から「海」という表現であっさり描写しているというのは流石です。



6.何だかんだで桃太郎一行は鬼を倒しましたとさ、めでたしめでたし。

 さて、この『ももたろう』という物語。
 「鬼ヶ島に着く」まではかなり細かいディティールで中身を覚えていると思うのですが、「どうやって鬼を倒したのか」は覚えていないものですよね。これは絵本や語り部によって、省略していたり細部が異なっていたりするからじゃないかと思います。

 しかし、その一方で。結末だけは皆が覚えていますよね。
 僕もそれなりに長い人生を生きてきましたが、「『ももたろう』って最後どっちが勝つんだっけ?」と言ってきた人とは未だかつて一人も出会ったことがありません。『ももたろう』という物語を知っているほぼ全員が、「最後は桃太郎サイドが勝つ」と覚えているんです。


 これって結構凄いことで……
 自分は実は『きんたろう』とか『かぐやひめ』の結末を覚えていません。『こぶとりじいさん』や『はなさかじいさん』なんかも、「何となくこんなカンジだったかな……」という曖昧な記憶しかないんです。


 人間は「どっちが勝ったか」は覚えるものです。
 『ももたろう』もそうですし、『さるかに合戦』も「どっちが勝ったか」皆さん覚えていますよね。

 しかし、「どう勝ったか」の部分は実はどうでもイイのです。
 前述の『一寸法師』や『さるかに合戦』は緻密な伏線が張られた知的バトル描写が魅力の昔話だと思うのですが、それゆえに『ももたろう』よりも上級者向けで「人を選ぶ」のです。


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 こうやって分析していくと、『ももたろう』という作品は現代の漫画やアニメの“一つのテンプレ”の原型になっていることが分かります。
 かくいう自分も、昔描いた漫画に『ももたろう』と非常に似た構造の作品がありました。もちろん描いた当人は意識していなかったのですが、子どもの頃に読んだストーリーから「王道と言えばこんなカンジだろう」と根っこに染み込んでいたのだと思います。



 そういう視点で考えると、『ももたろう』の完成度の高さ・ムダのなさは目を見張ります。
 数ある昔話の中でもトップクラスの知名度を誇るのも納得です。


 しかし、一方で「王道になりすぎたからこそ“一番好きな昔話”には挙げづらい」という哀しい側面もあると思います。映画でも音楽でも小説でも「一番好きな○○は?」と質問された際、そこで挙げるのは「自分だからこそ好きな作品」になると思うのです。


 合コンで「一番好きな昔話は何ですか?」と訊かれた時、『ももたろう』とは答えにくいですよね。

 「俺、陰湿な復讐劇だから『さるかに合戦』が一番好きかなー」
 「私は『シンデレラ』の苦境にもめげずに耐え忍ぶところが好き」
 「僕は『つるの恩返し』の、開けちゃダメだと分かっているのにって緊張感がイイな」


 ちなみに僕が一番好きな昔話は『うさぎとかめ』です。
 「色んな人がいるから世界は面白い」と考えていますから、うさぎと亀がお互いにそれぞれの良さを出し合って戦うところが好きなのです。人じゃねーけど、やつら。



 最も有名で、最も「優れている」からと言って、最も「好きな作品」に挙げられるかは別問題。
 昔話業界にも言える話なんだなーと思いました。


(関連記事:「好きな作品」と「面白い作品」と「素晴らしい作品」は別


【まとめ・『ももたろう』の注目ポイント】
・“日常”→“非日常”へ
・個性的な主人公と、非個性的なサブキャラクター達
・「鬼を倒す」という明確な目標がストーリーの推進剤となっている
・伏線にも物販品にもなっている「きび団子」
・「桃太郎が鬼に勝った」という結末が重要

| 漫画作成 | 17:50 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」から、ゲームの複雑化を考える

 「ボタンがごっちゃになってしまう病」という記事から派生して、ゲームの使うボタン数についてTwitterであれこれ喋っていたら興味深い反応をもらいました。「パックマンなんかボタンを使わずにレバー1本で遊べますもんね」と。


 これって忘れがちですけど、重要なことだと思うのです。
 『パックマン』(80年)もそうですし、もっと古い『PONG』(72年)とか『ブロックくずし』(76年)とかも確か「ボタンを使わないゲーム」でしたよね。しかし、当時大ブームだった『スペースインベーダー』(78年)は「方向操作+1ボタン」でしたし、後の『ゼビウス』(83年)や『スーパーマリオブラザーズ』(85年)の頃には「方向操作+2ボタン」が主流になっていました。

 『パックマン』って実は、複雑化していく当時のコンピューターゲームの中で「敢えてボタンを使わないゲーム」を提案した“ゲーム人口の拡大”を狙ったソフトだったんですよね。(ポップなデザインも女性受けを狙ったと言われています)




 ところで、この『パックマン』というゲーム―――
 子どもの頃に遊んでいた「鬼ごっこ」とほぼ同じルールなんです。
 『スペースインベーダー』という「敵を殲滅するゲーム」「敵から防衛するゲーム」が大ブームになった後、「ゲーム人口の拡大」を狙って「鬼ごっこ」をゲーム化したというのは興味深いなと、ふと思いました。

 ということで今日は、「遊び」の複雑化と「ゲーム」の複雑化の共通点、及び僕らの根底にある「遊び」がどの程度「ゲーム」の中に落とし込まれているのかを考えていこうかなと思います。「コンピューターゲーム好きが、“遊び”を再分析するとこう見える」という切り口と言えばイイですかね。





ケース1.鬼ごっこ
【ルール】 参加者を「鬼」と「子」に分け、「鬼」は「逃げ回る子」を追いかけて捕まえ(タッチすれ)ば勝利となる。


 流石に「遊び」回の看板タイトル。非常にシンプルで分かりやすいルールです。
 複雑なルールを覚える必要がないので小さな子どもでも遊べますし、道具は不要・場所も問わないためにいつでもどこでも遊べるという“非常にユーザーフレンドリー”な「遊び」になっています。全国に普及しているのも頷けます。発明した人は偉い!(笑)


【似たようなゲーム】
 何と言っても、『パックマン』。
 パックマンは「子」となって、モンスター(鬼)から逃げ回りつつドットを全て回収するという―――言わば「鬼ごっこ」のゲーム版のようなゲームなのです。
 パックマンは通常モンスターから逃げ回る「子」の役目なのですが、パワークッキーを取った時だけは攻守交替して逃げ回るモンスターを追いかける「鬼」の役目になるというのも面白いですね。




ケース2.かくれんぼ
【ルール】 参加者を「鬼」と「子」に分け、隠れた「子」を「鬼」が全て見つけることが出来たら「鬼」の勝利となる。


 「鬼ごっこ」と並ぶ「遊び」回の二大メジャータイトルですね。
 「かくれんぼ」が秀逸なのは、「鬼ごっこ」が持つアクション要素を廃することで“誰にでも遊べる”遊びという位置を確率しているところだと思います。「鬼ごっこ」は足の速い子が有利なため、どうしても年齢差や運動神経が響いてしまいます。そのために、ハンデだったり手加減だったりをしないと「遊び」として成立しないことが多くなってしまうんですよね。

 それに比べて「かくれんぼ」は、体の小さい子どもは子どもなりに有利だったり、知恵を使うことでより見つからない場所に隠れられるなどの要素も多くなり―――鬼ごっこよりは複雑なのだけど、その分だけ万人に楽しめる「遊び」になっていると思います。


 「鬼ごっこ」と「かくれんぼ」は『スーパーマリオブラザーズ』と『ドラゴンクエスト』の関係に似ているかもしれませんね。『マリオ』で挫けてしまった人でも、『ドラクエ』なら「自分にも遊べる!」と大ブームになったのですから。


【似たようなゲーム】
 「隠されたものを見つける」というゲームは非常に多いですね。
 それこそ『ドラゴンクエスト』の宝箱なんかは「スタッフが隠したアイテムをプレイヤーが見つける」という遊びですし、『さんまの名探偵』や『逆転裁判』のようなアドベンチャーゲームにも「該当する箇所を見つける」楽しみがあります。

 逆に「プレイヤーが隠れる」というのは、プログラムされたコンピューターから隠れるという限定的な遊びになってしまうためにそれほど数が多くないですね。厳密には「かくれんぼ」とはちょっと違うんですが、『メタルギア』シリーズに代表されるスニーキングアクションくらいでしょうか。


 面白いアイディアだなと思ったのは『Wii Party』の「リモコンかくれんぼ」です。
 「かくれんぼ」というのは立地が極めて重要な「遊び」ですから、ガチでゲーム化しようとすると箱庭空間を作らねばなりません。隠れた痕跡まで分かる箱庭空間を作るのは大変なのですが、そこを裏返して「隠すのはアナタの部屋です」と発想したのはお見事。アイディアの勝利ですね。




ケース3.高鬼
【ルール】 大まかには「鬼ごっこ」に似たルールだが、「高いところにいる子を鬼は捕まえることができない」「子は一定時間以上は同じ高い場所にいることは出来ない」というルールが追加されている。


 非常に多くの派生系タイトルと、ローカルルールを擁するこれらの「遊び」。
 他にも代表的なものとして……「指定した色に触っている間は捕まらない」という「いろ鬼」や、「こおりと宣言すると鬼に捕まらないが味方にタッチしてもらわないと動けない」という「こおり鬼」、「影を隠すことで自分の身を守ることできる」という「かげ鬼」などの「遊び」があります。


 これらは全て、「鬼ごっこ」に「子の無敵時間」という要素を加えた「遊び」です。
 「鬼ごっこ」というのは非常にシンプルで誰にでも分かる「遊び」なんですが、前述したように「足の速さ」で有利・不利が決まってしまう欠点を抱えています。なので、その不利さを解消するために「子の無敵時間」という要素を加えたんですね。


 「熟練者以外でも楽しめる遊び」を目指した結果、「ルールの複雑化」と「タイトルの多様化」を生んだという……コンピューターゲームの世界でも似たようなことはたびたび起こりますよね。



【似たようなゲーム】
 『パックマン』が「ボタンを使わないシンプルなゲーム」として大ヒットした後、「基本的には敵からは逃げ回る」けど「やり過ごす方法はある」というゲームが沢山出てきます。
 『マッピー』(83年)はドアの開閉によって、『バーガータイム』(82年)は胡椒によって、『ロードランナー』(83年)は穴を掘ることによって「敵をやり過ごす」ことが出来ます。ジャンプによって敵を避けられる『ドンキーコング』(81年)もここに入れてもイイのかも。

 これらのゲームの目的は敵を殲滅することではないのですが、敵から逃げ回るルールにそれぞれのソフト独特の「やり過ごし方」を加えることで戦略性を増している―――という。
 もちろんこれらのソフトも名作だったんですけど、「ゲームが複雑になっている」印象と、当時のゲームに詳しくない人は「どれも似たようなゲームに見える…」感はあるんじゃないかなと思います。




ケース4.缶けり
【ルール】 「かくれんぼ」の発展形の「遊び」。隠れた「子」を「鬼」が探すのは一緒だが、「鬼」は「所定の位置にある空き缶」を踏むことで「子」の捕獲を確定することが出来、「子」は「所定の位置にある空き缶」を蹴りだすことで捕獲済みの「子」を解放することが出来る。


 「かくれんぼ」に「防衛」の要素を加えた高度な「遊び」です。
 「かくれんぼ」の隠れる能力・「鬼ごっこ」の走力に加えて、“どう攻略するか”の戦略性が重要になってきます。「子」は「鬼」の目を引きつけている間に缶を蹴ろうとし、「鬼」はそう見せかけることで「子」をあぶりだそうとするのです。
 また、缶を蹴ることで捕獲されていた仲間を解放できるというルールで、「目的」に爽快感と達成感が増し、「子」同士で連帯感を持つことも出来るという側面があります。


 様々な「屋外遊び」が持つ色んな要素を一つに集約したようなタイトルなため、非常に奥深く、コアな「遊び」ファンからは高い支持を集めている一方で………ルールが複雑なために小さい子どもにはなかなか理解出来なかったり、人数によってはあまり面白くならなかったりするというマイナス点も否めません。


 ルールが複雑化・高度化することで、コアなファンから支持される一方でライトなファンを切り捨ててしまっている……うーむ。このブログで何度書いてきた文言でしょうか。



【似たようなゲーム】
 まんま似たようなゲームというワケではありませんが……
 「様々なゲームの要素を一つに集約」した点や、「目的地に到達することが目的」という点を考えると、『スーパーマリオブラザーズ』なんかが近いのかなぁと思います。ほら、最終目的地に辿り着くとピーチ姫から「もう1回最初からやり直しね」と言われるところも似ていますし(笑)。




ケース5.ドロケイ(ケイドロ)
【ルール】 基本的な構造は「缶けり」と一緒だが、「ドロケイ」は「鬼=警察」「子=泥棒」と“チーム戦”が前提のゲームデザインになっている。また、「缶けり」が「かくれんぼ」のように「見つけること」で捕獲出来るのに比べ、「ドロケイ」は「鬼ごっこ」のように体に直接タッチしなければ捕獲したことにならない。


 非常に多くのローカルルールがありますし、呼び名すら様々だと思いますが、一応基本的なルールはこんなカンジでしょうか。チーム戦になったことで「缶けり」よりも更に戦略性が増し、タッチをされなければ捕獲されないために走力が重要になっています。

 「警察」側には見張り役や巡回ルートの割り振りなどの役割分担が必要で、「泥棒」側は「泥棒」側で囮役や情報伝達役などの役割分担が必要になってきます。そうした役割分担があるために、「警察」側は誰を優先して捕まえるのかという部分まで重要になるという。


 「屋外遊び」の究極の形ですね。もはやこれはスポーツなんじゃないかというほどに。
 隠れる能力・走る能力・作戦を練る能力・チームワーク・予想外の事態に対処できる能力……などなど、総合的な能力がなければこの「遊び」を制することは出来ないのです。


 この奥深さゆえ絶大な人気と熱中度を備えている「遊び」ですが、それゆえに「缶けり」以上に「間口が狭い」のも確かです。誰かが小さい弟なんかを連れてきちゃうと「戦略」を理解されないどころか、捕まった際に「○○くんはどっちに逃げたよー」とあっさりゲロっちゃったりする事態も起こりかねません。

 また、「非常に時間がかかる」のも確か。
 1時間あっても遊び足りず、本格的にやると午後をまるまる消化することになってしまい、いつの間にか「塾の時間だ」「スイミングの時間だ」と人数が減っていることもしばしば。


 ハマれば物凄く面白いのだけど、それを楽しむ環境はかなり限定されている―――という。
 ふーむ。この文言も何度書いてきたことか。



【似たようなゲーム】
 “チーム戦”ということで考えると、タワーディフェンスのようなリアルタイムストラテジー(RTS)のゲームがコレに近いのかも知れませんが……「ドロケイ」の魅力というのは、一人で全てを指揮する楽しさではなく、別の意志と視点を持った仲間との協力にありますからね。「自分が捕まってもう終わりだと絶望していたら、○○くんが颯爽と助けに来てくれた」みたいな。

 そう考えると、(自分がほとんど知らない)海外製FPSのように大人数でチームを組んで戦えるオンラインゲームがコレに一番近いのだと思いますし―――逆に考えると、そこから銃を撃つ要素を廃して「ドロケイオンライン」を作った方が日本では受けるんじゃないかと思ったり。



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 小学校高学年くらいになると、「屋外遊び」で言えば「ドロケイ(ケイドロ)」、「トランプ遊び」で言えば「大富豪(大貧民)」なんかが人気になると思います。ルールが複雑な分だけ、戦略性に富み、毎回違った展開で楽しませてくれるからです。

 しかし、そうした複雑なルールを理解できない年少者がいる場合や、時間や体力が十分でない場合は、そうした複雑な「遊び」ではなく―――「屋外遊び」で言えば「かくれんぼ」とか、「トランプ遊び」で言えば「ババ抜き」なんかが重宝すると思うのです。



 どちらが優れているか、ということではなく。
 TPOに合わせて、求められる複雑さが違う―――というだけの話だと自分は思います。





 「ドロケイこそが“遊び”らしい“遊び”だろうが!」とか、
 「かくれんぼなんかやっているヤツはにわかファンだから、すぐに“遊び”をやめるに決まっている!」とか、「コアゲーマーvsライトゲーマー」の構造にしたがる人々の意見に当てはめてみると不思議なカンジになりました(笑)。




○ 蛇足
 この記事を書く際に、「そういやこんなソフトがあったらしいなー」と検索してみました。

 『パックマンvs.』(ゲームキューブ版)
 『パックマンvs.』(ニンテンドーDS版)


 一人のプレイヤーはパックマン(「鬼ごっこ」で言う「子」)になって、残りのプレイヤーはモンスター(「鬼ごっこ」で言う「鬼」)になるという対戦用パックマンがあったらしいです。自分はゲームキューブを持っていなかったんで存在も「聞いたことがある」程度でしか知らなかったんですが、調べてみたらこの記事の切り口に非常に近いものを感じるソフトだったと思います。


 Wii Uの液晶画面付きコントローラなら、こういうゲームも普通に出せそうですよね。
 E3で試遊ソフトとして出ていた『Chase Mii』というゲームはまんま『パックマンvs.』でしたし(そもそも『パックマンvs.』自体がナムコと任天堂のコラボで作られたゲーム)、“もう一つの液晶画面”があることでこういう遊び方が出来るんだという典型例ですよね。


 Wiiが得意だった多人数プレイのゲームは、液晶コンがあることでまた新たな領域に入るのかも知れませんね。

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| ひび雑記 | 18:22 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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舌が肥えること・目が肥えることは幸せなのだろうか

 自分はいわゆる「舌がお子様」な人間でして、「高級なもの」の判別ができません。
 「どうしても食べられないもの」はありますけど(マヨネーズとか)、そうでないものならば3万円する肉も150円のハンバーガーも「美味しい」という一緒のカテゴリーにしか入れられません。高級な料理というのがよく分からんのです。「いっぱい食べられるのが御馳走」みたいなカンジ。



 いい年齢した大人がそれでイイのか、と世間では言われるのかも知れませんが。
 別にそれで困ったことはありませんし、そっちの方が幸せだとも思うんですよ。舌が肥えてしまって「安いメシなど食べられませんわ!」みたいになってしまったら、毎日の食費が大変になってしまうじゃないですか。


 150円で、3万円分の幸せが得られる―――って考えると、直さない方がイイと思いますもの。
 裏を返すと「3万円出しても150円分の幸せしか得られない」とも言えますけど(笑)。







 さて、この話……娯楽作品に対しても言えることだなぁって思うのです。
 漫画でも映画でもゲームでもアニメでも、「ここが素晴らしくて」「ここがダメ!」みたいに分析・考察して“良い作品”かどうかを判別できる人よりも、「全部面白いですー」って思える人の方が絶対に幸せですよね。

 これはまぁ……名前は出しませんけど、「世間では絶賛されているけど自分はイマイチ楽しめなかった」ものに出会った際に思ったことで。自分は何故その作品がダメなのかを論理的に説明できるんですけど、そんなことに何の意味があるのかなと。そんなことより、みんなが楽しめているものを自分が楽しめないなんて悔しいというのがまず一番に思ったのです。

 逆に、「世間ではあまり評価されていないけど自分はすげー楽しめた」ものに出会うと、自分はみんなより幸せを一つ多く手に入れられたんだと嬉しくなります。



 楽しいことが沢山あった方が絶対幸せですもん。
 楽しいものに沢山出会えた方が幸せじゃないですか。





 例えば、作品を作る立場だとかその企画を選別する立場の人は「目が肥えている」必要はあると思いますよ。この作品ならばどのくらい売れるだろうから、とりあえずこれだけの予算が投資できる、みたいなことを考えなければ娯楽作品も作られませんからね。

 でも、それを楽しむユーザーにはその必要がないとも思うんです。

 喩えば、「映画鑑賞」にハマり始めた頃は全てが新鮮だから「映画ってこんなに面白いんだ!」と思えるんだけど、そうして自分が楽しんだ作品をプロの批評家がケチョンケチョンに貶しているのを見てしょんぼりする―――みたいなことって誰にでもあると思います。


 批評家の意見なんか気にせず「俺は楽しかった!」の方が絶対幸せですよ。
 そう考えると、レビューサイトなんてものは……いや、これ以上は言うまい(笑)。

(関連記事:「あんなのが売れるなんて理解できない」とか言っている評論家って何なの
(関連記事:「好きな作品」と「面白い作品」と「素晴らしい作品」は別



 自分は大人になってから絵を描き始めた人間でして、今でも「描けるようになった」とは思っていませんけど、自分で必死こいて絵を描いていると――――今まで気が付かなかった「あー、この漫画家さんって実は絵が超上手いんだ」と気付くようになったり、逆に「この場面、手を抜いているなぁ」「ロングで描くとすげー時間かかるからアップで誤魔化しているんだな」ということに気付くようになったり。

 正直、「気付いていない」頃の方が純粋に楽しめていたと思うんですよね。


 Twitterを見ていると、定期的に「絵が上手い漫画家を見極めるにはここを見ればイイんだ!」みたいな話を見かけるんですけど……それ何のイミがあるんですかね?今まで分かっていなかったなら、それでイイじゃないですか。
 それで明日から作品を楽しめなくなったら、一つ幸せを失うワケですよ。




 「素晴らしいもの」至上主義というか、「素晴らしいもの」コンプレックスというか。
 評論家の評価なんか関係なく、自分が「楽しい!」「大好き!」と思えたのならそれでイイじゃんと思えますし、「楽しい!」「大好き!」と思えるものが沢山ある人の方が絶対に幸せですよ。


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○ 自分への反論
 ……というのは、理想論。
 上に書いたことに嘘があるワケではありませんが、「現実はこうならないんだよなぁ」というのも確か。


 どうしたって「楽しめない作品」って出会っちゃいますもんね。
 そういう時、「何故この作品が自分は楽しめないのか」「この作品は他の作品と比べてどう異質なのか」「自分に向いている作品とは何か」が分からないと―――「自分は映画には向いていないんだなぁ」とか「自分は読書には向いていないんだなぁ」と思っちゃうものです。

 だから、分析・考察することにもイミがありますし。
 レビューサイトも大事なんですよ!!!今、俺すげーひよっている気がする!!




 何度も書いていることですけど……
 「ゲームなんて自分には出来ない」と言っていた母が『脳トレ』にハマり、「タッチペン以外は使えない」と言っていた母が『おいでよ どうぶつの森』でボタン操作を覚え、「敵の出るゲームはイヤだ」と言っていた母が『ドラゴンクエスト9』にハマり、「アクションゲームは手が追いつかない」と言っていた母が『ルーンファクトリー3』にハマったということを考えると。


 自分が何故それを楽しめないかって、実は本人にもよく分からないんだなって思います。
 これは自分にも言えます。「レベル上げゲーは嫌い」と言っていたのに、今では『ルーンファクトリー3』で住民のレベル上げまで始めましたから(笑)。「嫌いな理由」が「本当の嫌いな理由」じゃないことって沢山あるんですよ!





 最初の「舌がお子様」な話に戻りますと……
 自分みたいに判別できない人ばかりになっちゃうと、「安くて量の多い料理」が一番ということになって、資本力のある会社が大量生産大量消費で押し切って中小企業や個人経営のところは苦しくなってしまいます。料理もそうですし、衣料品なんかも今はそうなりつつありますよね。

 娯楽業界もその方向に進んでいくとしたら、厳しい未来が待っていると思うのです。
 電子書籍とかゲームのダウンロード販売とか、ひょっとしたら古本・中古販売の問題にも関わってくることかも知れませんが………「安さ勝負」に進んでしまって薄利多売の世界になると、作り手はどんどん脱落していくと思うのです。


 だから、電子書籍やゲームのダウンロード販売は「安い」以外の魅力を提示しなければならないし、消費者としても「安い」ことばかりを持ち上げないようにしなければなぁと反省しました。
 自分が大絶賛した200円のDSiウェア『ラビ×ラビ』が、3DSの新作(外伝)だと700円になっていたことで……ちょっと考えてしまいました。700円でも全然イイよ!3DS持っていないけど、本体買ったら絶対買うから!


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『スーパーマリオワールド』の失敗

 「ボタンがごっちゃになってしまう病」という記事に書くつもりだったのに、すっかり書くのを忘れていたことを今日は書きます。人間なんだから、物忘れだってするさ!『脳トレ』やんなきゃ!




 『スーパーマリオワールド』とは、1990年11月21日に新型ゲーム機スーパーファミコンと同時発売されたソフトの一つです。スーパーマリオブラザーズシリーズ4作目にあたり、日本国内の売上げは355万本だそうです。これは『スーパーマリオカート』に続くスーファミソフト第2位の記録。

 最初に言っておくと、自分は全てのマリオシリーズの中で最もこの『スーパーマリオワールド』が好きです。
 マントマリオはジャンプ時の落下スピードを遅くできるし、ヨッシーの二段ジャンプを使うとすんでのところで落下を防ぐことができるし、スピンジャンプを使えばトゲ系の敵をやりこめることができるし、クリアした面は何度でも挑戦できるし途中抜けが出来るのでアイテムだけ取ってくることができるし………


 何より、
 「情報」さえあれば、スターロードを使っていきなり序盤でクッパ城まで飛ぶことが出来ることと、上級者向けに終盤の面よりも難しいスペシャルコースという超難度コースも用意されていること。


 この作品が最初かどうかは分かりませんけど、「初心者救済」と「熟練者にはひたすらやりこみ」を両立した“先駆け”のゲームの一つだと思っています。
 今も多くのゲームのPVやTVCMで使われる言葉ですよね、「誰にでも楽しめる!」「やりこみ要素も満載!」って。その源流は1990年頃から存在しているのです。





 さて、こんな風に自分は大好きな『スーパーマリオワールド』ですが。
 自分の大好きさ加減と比べて、任天堂自身はあまり評価していないのかなーと思うことが多々あります。


 このソフト以後、しばらくの間は2Dマリオシリーズって作られなくなるんですよね。
 メインのマリオは『マリオ64』『マリオサンシャイン』といった3Dアクションに移り、2Dマリオシリーズは携帯機の移植・リメイクものしか出なくなります。
 自分は『スーパーマリオワールド』が大好きだったので、NINTENDO64時代は不思議で仕方ありませんでした。「どうして任天堂は2Dマリオの新作を出さないんだろう?FFやドラクエに逃げられたのは仕方ないとしても、2Dマリオを出せば64ごと買うって人は多いだろうに」と。

 ちなみに2Dマリオが出ていない間も任天堂は、『スーパードンキーコング』シリーズや『星のカービィ』シリーズや派生ソフトである『ヨッシー』シリーズといった2Dアクションゲームを出しています(『カービィ』と『ヨッシー』は64でも2Dアクションとして出た)。しかし、2Dマリオの新作だけは頑なに出さなかったのです。トップシェアから落っこちても。



 もちろんこの記事を書いている2011年の時点では「何を今更」な話ではあります。
 2006年に16年ぶりの2Dマリオシリーズ最新作『Newスーパーマリオブラザーズ』が、2009年には『NewスーパーマリオブラザーズWii』が大ヒットしていて、今度のWii Uでも(製品化は正式に発表されていませんが)2Dマリオの映像が流れているなど……現在の任天堂最大のキラータイトルとして大暴れしているワケですが。

 以前の「社長が訊く」で宮本さんはこう仰っていました。


<以下、引用>
岩田「2004年にファミコンミニを発売しましたよね。
あのとき『スーパーマリオブラザーズ』も再登場しましたが、宮本さんはどんな印象を持ちましたか?」

宮本「昔はゲームを遊んでいたのに遊ばなくなっている人がどんどん増えているという感があって、
それは理屈ではわかっていたつもりなんですけど実感として足りていなかったんです。
というのも、やっぱり自分もゲーマーですし、まわりにもゲームが好きな人が集まっていますから。
だからファミコンミニのときにそういう声を聞いて、「そうか・・・マリオのことは覚えていてもゲームのことを忘れている人がそんなに多いのか」 ということが、とても強く実感できました。」

岩田「だから、ファミコン20周年や、そのあとにスーパーマリオ20周年に取り組んだことは わたしたち自身にとってもすごく意味がありましたよね。」

宮本「そう思います。
ただ、ゲームからいくら遠ざかっても 『マリオ』で遊んだ思い出は忘れられてはいない・・・。
その頃『マリオ』も3Dに展開していましたから、 ゲーム機の進歩とともに発展していく『マリオ』誰でも遊べるベーシックな『マリオ』という、2つの路線があるなという話になりました。
そんなことを手塚さんと話していたら「次をつくるとしたら、横スクロールマリオかなあ」ということになりまして。」

岩田「それがDS版の『Newスーパーマリオ』になったんですね。」

宮本「ええ。
でもやっぱり技術を追いかけているほうからすると「えっ、いまさら2Dで横スクロールですか?」となるんですけど、「ポリゴンや3Dを使ってもいいから、 横スクロールでゲームをつくったほうがたくさんの人にとって遊びやすいものになるのと違うのか?」と。

だから、「原点に帰った『マリオ』をつくろう」という話になったんです。
そこで名前に『New』をつけたんですね。」
</ここまで>

※ 改行、強調は引用者の手で加えました。


 どうもファミコンミニをやってみたら「昔はゲームやっていたけど今はやっていない」という人が想像以上に多いと気付き、じゃあ今更だけど2Dマリオも作ってみるか―――という流れだったみたいです。自分は何か明確なポリシーみたいなものがあって「2Dマリオだけはもう二度と作らない!」と16年間作られなかったのかなと思っていたので、正直意外でした。

 同時に、色んなことが納得できました。
 任天堂からすると『スーパーマリオワールド』以降、「2Dマリオはもう求められていないだろう」くらいの意識だったのかなと。




 それを裏付けるように……
 16年ぶりに発売されたDSの『Newマリオ』は――――自分がスーファミの『スーパーマリオワールド』に抱いていた「好きだった理由」を全てそぎ落としているのです。マントマリオもヨッシーもスピンジャンプもなければ、前のコースに戻ってアイテムドーピングすることも面倒になりました(もう一度クリアしないとアイテムが持ち越せない仕様になった)。


 『Newマリオ』の大ヒットって、『スーパーマリオワールド』の否定から始まっているのではないかとすら思うのです。


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○ 斜陽の始まりだったスーパーファミコン時代
 マントマリオやヨッシー、スピンジャンプの廃止は「初心者には複雑」と判断したゆえの削除だと思います。マントマリオは「飛べる人」「飛べない人」が分かれてしまったと言われていますし、スピンジャンプに関しては「必要なボタン数が増えた」弊害を生んでしまいました。


 マリオシリーズの原点である『ドンキーコング』や『マリオブラザーズ』は「十字キー+ジャンプボタン」のゲームでした。『スーパーマリオブラザーズ』になって「十字キー+ダッシュボタン+ジャンプボタン」のゲームになりました。
 そして、『スーパーマリオワールド』は「十字キー+ダッシュボタン+ジャンプボタン+スピンジャンプボタン」と、必要なボタンがシリーズ最多になってしまったんです。

 ちなみにDSの『Newマリオ』は「十字キー+ダッシュボタン+ジャンプボタン」に戻り、Wiiの『NewマリオWii』は「十字キー+ダッシュボタン+ジャンプボタン」に「リモコンを振ってスピン」という要素が加わりました。
 DS版は特に宣伝コピーに「十字ボタンと2つのボタンだけのマリオ」と書いてあったように、使うボタン数を最重要視したプロモーションになっていたんですよね。



 Wiiの発売前、宮本さんはゲームコントローラのボタン数に関してニンドリのインタビューにこう答えています。

<以下、引用>
宮本「ファミコンでは、A、Bボタンを組み合わせて使ったり、同時押しにしたりしていたのを、スーパーファミコンのときには、YボタンやXボタンに振り分けるとか、できるだけシンプルな操作に少しずつ変えていったわけです。
 そうすることによって、使いやすくなったと思っていたんですけど、やっぱりボタンの種類が増えていくこと自体が複雑化への道だったんです。

 Wiiではモーションセンサーだとか、左右がバラバラに動かせるとか、さまざまな要素が足されたんで、ボタンは思いっきりシンプルに割り切ろうとバッサリ削りました。まぁそれでも、複雑と思う人にはまだ複雑だと思いますけど(笑)。
</ここまで>

※ 改行、強調は引用者の手で加えました。




 スーファミのボタン数を増やしたのは「初心者救済」のためだったのに、結果的には「ついてこれない人を増やす結果」になってしまった―――これはボタン数に限らず、『スーパーマリオワールド』の各要素にも言える話だと思います。


 「スターロードによるショートカット」と「やりこみ要素のスペシャルコース」。
 Wii版は友達宅で中盤くらいまでしかプレイしていないので分からなくて申し訳ないのですが、少なくともDS版『Newマリオ』にはスターロードほどの大幅なショートカットはありませんでしたし(最終ワールドの1面に飛ばされはするけど)、超難度コースが別に用意されているワケでもありませんでした(同じコースでのスターコイン集めがやりこみ要素になっている)。


 多分、「万人向けのつもりで作ったショートカットとかスペシャルコースだけど、多分あれは万人向けじゃなかったんだよ」と考えたということなんじゃないかと思います。少なくとも、シリーズ仕切りなおしのDS版には入れなかったということは。




 スーパーファミコンという時代は、良い意味でも悪い意味でも「ついてこれるヤツだけついてこーい!」的な勢いのあったファミコンのゲーム達が、誰にでも楽しめるように行儀よく「万人向け」になっていった時代だったと思います。
 『ゼルダの伝説』にしても『ファイナルファンタジー』にしても、ファミコン時代は「子どもには難しいゲーム」だったところ、スーパーファミコン時代になって随分と「万人向け」になったと思います。『ファイナルファンタジー5』なんかはまさに「初心者には取っ付きやすく」「やりこもうとすればひたすら難しい」ゲームの代表格だと思いますし、『スーパーマリオワールド』とも通じるところがあるのですが………



 しかし、そんな『ファイナルファンタジー』シリーズも「ファミコン時代の方が良かった」という声はありまして。「難しくて良かった」という話ならただ単に難易度の問題なんですけど、「スーファミ以降は遊びにくくなった」という意見があって驚いたという話は以前にも書きました。

 「万人向け」を目指したがゆえに、そこからふるい落とされてしまった人達は確実にいるんです。スーパーファミコンの時代って実はそういう問題を内包していたのかなぁと思うのです。


(関連記事:アクティブ・タイム・バトル(ATB)は“アクション要素”なのか?



 ちなみに……
 2Dマリオシリーズは「新作が出なかった」という分かりやすい例ですけど、『ファイナルファンタジー』シリーズも「毎回システムを変えている」ことで通じる部分はあるんですよね。単に「万人向け」を目指すなら、『5』でも『6』でも『7』でも、どれかのシステムをずっと使えばイイのに――――そうではなく、毎回新しいシステムを入れることで、時にはかなりの「取っ付きにくいゲーム」にしているのです。



 『マリオ』とか『FF』とか、何百万本も売れるゲームがこうやって「万人向けって何なんだろう」と悩んでいたであろうことを考えると――――未だに「誰にでも楽しめる!」「やりこみ要素も満載!」という言葉をとりあえずPVに入れちゃうゲームって……と思わなくもないです。


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| ゲーム雑記 | 18:26 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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考察:「低身長萌え」なのか、「身長差萌え」なのか

 俺達が萌えるのは「データ」ではない。「キャラクター」なのだ。    多分。



 「低身長の女のコって可愛いよね!」とTwitterで話をしていて盛り上がっていました。
 二次元でも三次元でも低身長の女のコというのは絶大な人気を誇ります。分かりやすい例を挙げますと、やっぱり『けいおん!』のあずにゃん人気というのは「小さくて可愛い」というところに帰結されると思うのです。メインキャラクターの中では最も背が低く、ソデに腕が足りてなく、猫かわいがりされていて――――でも、誰よりも一生懸命で。

 あずにゃんの身長が高かったら、あの人気にはならなかったと思うのです。



 さてさて、そんな話をTwitterでしていたら興味深いことを言われました。

 「“低身長の女のコ”って、何を基準にしての“低身長”なんでしょう?」と。



 仮に「平均身長と比較しての低身長」だとしたら――――
 高校1年生女子の平均身長は「156~157cm」ですから、設定身長「150cm」のあずにゃんは「平均よりは低い」程度なんですよ。リアル150cm前後の三次元女子が「あずにゃんって小さくて可愛いよね」と言っていると、アナタも同じくらいの身長ですから!と心の中でツッコミを入れてしまったりするのですが。




 実は、そのギャップこそが「二次元と三次元の差」を象徴しているとも思うのです。
 つまり、僕達「三次元」の世界での150cmと、あずにゃんの住む「けいおん!という作品」世界での150cmでは意味合いが違うのだろうと。



 僕達は「150cm」という設定上の数字に対して「小さくて可愛い」と思うワケではないです。
 あの作品世界の中で「小さくて可愛い」と描かれているから、あずにゃんは「小さくて可愛い」んです。

(関連記事:そろそろ身長の話をしようじゃないか


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○ 「誰と比較」するのか?
 『花咲くいろは』の主人公:緒花は設定身長が147cmらしいのですが、アニメが始まった当初は特に低身長なキャラクターという気がしませんでした。比較対象がボーイフレンドの孝ちゃんだったり、大人キャラの巴さんだったため、それくらいが普通だろうと思っていました。

 しかし、4話辺りから同い年の菜子とコンビで描かれることが多くなったため、「あー確かに低身長なんだなぁ」と実感するようになりました。菜子の設定身長は分かりませんが、二人が並んで歩いている絵を見ると165cm以上はありそうなカンジ。(※1


 比較対象があることで、初めて「低身長キャラ」は成り立つんです。


※1 『花咲くいろは』の女性キャラは中の人と身長が同じなのでは?という説があるんですが、結名は戸松さんほど背が高くなさそうなのでそれはないんじゃないかなーと思います。そもそもキャストをオーディションで決める前に身長の設定は決まっているでしょうし(笑)。




 『けいおん!』のあずにゃんにしても、『花咲くいろは』の緒花にしても、同年代の女性キャラの集団の中で描かれるから「低身長キャラ」になるという理屈で考えると。これは、女性キャラがたくさん出てくる日常系アニメだと凄く分かりやすくて……

 逆に、『シュタインズ・ゲート』のように、「男主人公と女性キャラ」という組み合わせの多い作品の場合―――主人公である岡部との比較で背が高い・低いは分かっても、女性キャラ同士でどのキャラが低身長かはイマイチ分からない(=低身長キャラは成り立たない)と考えることも出来ます。



 もちろん「男主人公」と比較して「背の小さい女ヒロイン」というのはいますけど、その場合は「低身長キャラ」ではなく「身長差のあるカプ」という新たな萌えになるんじゃないかなぁと思います。


 「低身長キャラ萌え」は“点”の萌えですが、「身長差カプ萌え」は“線”の萌え。
 これはどちらかというと「組み合わせ論」になるので今日の記事では控えますが、この2つは派生系の関係でありながら「遠くて近い」「近くて遠い」関係だと思っています。



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○ 「俺と比較」するのか?
 十代の頃、雑誌のグラビアなんかを眺めていると必ず書いている「その女のコのプロフィール」を必ずチェックして、「このコは俺より身長がある」とか「このコは俺より身長が低い」と気にしていました。もしこのアイドルと付き合ったら、俺の方が背が低いから一緒に歩いていて彼女に申し訳ないとか何たらかんたら。



 もっと世の中には心配しなきゃならないことがあるでしょうが!
 どうして、100%付き合えないグラビアアイドルに対して、「もし付き合ったら」をシミュレーションして落ち込んでいたんだ10代の自分!でも、アラウンド160の男ならみんなすることだよね!?



 そういうこともあってか、二次元の女性達の身長には「160cmの壁」があるというのが僕の持論です。
 例えば『けいおん!』で言うと、他のキャラと比較して澪は「背が高くて大人っぽい」外見をしているという設定なので――――「唯・律・紬・梓」と比較して背が高い数字でありつつ、テレビの向こう側にいる男性視聴者に「もし澪が俺と付き合ったら、俺の方が背が低いから一緒に歩いていて澪に申し訳ないな」と思われない数字にしなければならないんです。


 その結果が160cm。




 グラビアアイドルの身長も、二次元美少女の身長も、所詮は「データ」です。
 そこに萌えるワケでは決してない。

 でも、男ってのは「もし俺と付き合ったら」と考えてしまう生き物なので、こういうデータを気にしてしまうのです。「データ」ってのは二次元と三次元を繋ぐ、歪んだ扉なんです。(同じ「150cm」という数字でも意味合いが違うので、“歪んだ”という意味)


 これは多分、血液型の設定とかもそうなんじゃないかなぁ。
 それ自体が意味あるものではないのだけど、血液型の設定があることでファンの人が相性占いとかで楽しめるという。

(関連記事:キャラ作りに血液型や誕生日の設定は必要だろうか?


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| ヒンヌー | 18:21 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボタンがごっちゃになってしまう病

 ここ数年の自分は、「(脳トレ以前は)ゲームをほとんどやっていなかった母親にゲームをやらせてみる」ブームでして―――
 現在、母はDSの『ルーンファクトリー3』をプレイ中です。戦闘がアクションなのでアクションゲームの下手な母には心配もあったのですが、『ドラクエ』や『どうぶつの森』で「レベル上げ大好き」「作業大好き」と言っていた延長で、思いっきりレベルを上げてゴリ押しプレイで問題なく楽しんでいる模様です。目標レベル40のダンジョンに70になってから入っていますからね(笑)。



 さて、そんな風に「アクションゲームが苦手な母がアクションゲームを遊ぶ」様子で気付いたことが幾つかあります。アクションゲームが得意な人だけ見ていても絶対に分からない「アクションゲームが苦手です」と言っている人は、どうしてアクションゲームが苦手なのか?研究なのです。

 アクションゲームが苦手と言う人は、「反射神経がない」「運動神経がない」「自分には向いていない」と仰っていますが―――僕だって壊滅的に運動神経はありませんけどアクションゲームは普通に遊べます。
 ゲームに対して「あんなに早くボタンを動かせない」と言っている人がピアノは弾けたりするように、アクションゲームを苦手だと言っている人の原因は実は他のところにあるんじゃないのかと自分はずっと考えていました。



 母のプレイの大きな特徴として、「ボタンがごっちゃになる」というものがあります。
 『ルーンファクトリー3』の場合、頭上に掲げているアイテムを「Aボタン=相手にあげる」「Bボタン=自分で食べる」「YボタンorXボタン=リュックにしまう」という操作で画面上にもガイドが常時表示されているのですが。母はこれがごっちゃになっちゃうので。

 「ごはんを持ってきて」と女のコに頼まれて、ごはんを持ってきてわざわざそのコの目の前でムシャムシャ食ったりしているのです(笑)。



 『ルーンファクトリー3』はよく出来ているゲームなので、戦闘なんかは「物理攻撃はBボタンのみ」「YボタンorXボタンには魔法を割り振れるのだけど別に使わなくてもイイ」とシンプルに仕上げてあって。母はうんとレベル上げして戦闘中はBボタン連打で何とかしているのですが――――

 むしろアクション性の低そうな「住民とのコミュニケーション」とか「農作業」でボタンを間違えることが多いそうです。収穫中のサツマイモを生のままその場で食い始めたり(笑)。




 これは別にウチの母に限った話じゃないと思います。
 ファミコンからスーファミに切り替わった際、「こんなにボタン増えて使いこなせるかなぁ……」と当時の僕は不安でしたもの。それでも今から思えば、「ファミコンの十字キー+ABボタン」を1stステップとして習得していた自分は「スーファミの十字キー+ABXYLRボタン」にそれほど難しさを感じませんでしたが。

 今から初めてゲームを遊ぶって人は、いきなり「方向キー+2本のアナログスティック+ABXY+LR×2」というボタンだらけのコントローラを使わなくてはならず。そういえば「スタートボタン&セレクトボタン」とか「ホームボタン」とかもあったりするから更にややこしくて――――


 そりゃ「こんな複雑なもの自分には使いこなせないんじゃないかな」ってビビっちゃいますよ。


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○ 「ジャンプボタンがAボタンじゃない」だけでクソゲー扱い
 そう言えば、もう一つ。
 あれだけ毎日のように『Dr.マリオ』をやっていた母ですが、『ルーンファクトリー3』を始めた途端に一切やらなくなりました。理由を訊いてみたところ、母曰く「せっかく覚えた(ルーンファクトリー3の)操作を忘れちゃうじゃない!」とのこと。


 これも分からなくはないです。
 自分も『ルーンファクトリー3』をプレイしていて、敵の攻撃を喰らいそうな時に思わずLボタンを押してしまうクセがあるのです。Lボタンは『スマッシュブラザーズX』で「ガード」や「緊急回避」のボタンで、他のゲームでもとっさにこれを押してしまうのですが、『ルーンファクトリー3』でLボタンを押すとアイテムショートカットメニューが開くだけというか「ガード」も「緊急回避」もこのゲームにはないんですけど(笑)。

 全く別のゲームで染み込んだクセが、他のゲームでも出てしまうことってありますよね。



 『パワプロ』が初めて出てきた時、『ファミスタ』の操作が身体に染み込んでいたため、バックホームしたい局面で1塁に投げちゃった―――を繰り返した人が日本中にどれだけいたことでしょう!!
 『ストII』方式のガードに慣れていたため、『バーチャファイター』のガードの仕方が未だによく分からないのは僕だけじゃないはず!!

 『スーパーマリオ』が流行った時期に、後追いで出た2Dアクションゲームなのに、ジャンプがAボタンじゃなくて上ボタンだってだけで当時の僕らは「操作しづらい!クソゲーだ!」と言っていました。「ジャンプボタンが上ボタンなゲームはクソゲー」の法則。
 後に『ストII』で撤回することになるのですが、まぁそれは置いといて。




 オリジナリティ溢れる複雑なゲームほど、「このボタンは○○」「このボタンは××」と様々な操作を沢山のボタンに割り振られて「こんなに色んなことが出来ますよ!!」と声高に言ってくれるのですけど―――
 プレイする側からするとそんなに覚えられないし、何とか覚えたとしても、その操作を忘れないように同時並行で他のゲームとかは遊べません。全部の格闘ゲームに波動拳コマンドが共通していたみたいに、3Dアクションゲームは操作方法を統一してくれないものですかね。

 「最近のゲームは売れなくなってしまった」の原因の一つに、一番大きいのは「1本辺りのプレイ時間が延びた」だと思いますが、その次くらいに「1つ1つのゲームで覚えなきゃいけないことが多くて複数のゲームを同時に遊べない」があると僕は考えています。

 あと、不況とサービス残業時間の増加と少子化。原因はいっぱいありますねおっぱい。


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○ Wiiが成し得なかった“革命”~その4.ボタン数を減らす戦い
 このタイミングでこの記事を書くのには理由があります。
 3DSが出て、来年にはWii Uが出るというこのタイミング―――今こそ「DSやWiiがヒットした時代」を考察するタイミングだと思うのです。僕はDSやWiiのヒットの要因は「ボタン数を減らす戦い」に挑んだからだと思っています。


 DSはタッチペンだけで遊べるゲームが沢山出ました。
 Wiiに関しては、意図的にボタン数を減らしました。

 ゲームとは沢山のボタンを使いこなすことだ―――と思っている人に対しても、「アナタにも出来ますよ」というゲームを提供できたからDSやWiiはヒットしたんだと思うのです。
 そして、Wiiが失速した原因は、にも関わらず「やっぱり沢山のボタンを使うゲームもイイよね!」とクラシックコントローラ推奨のゲームばかりを出すようになったからだと思っています。Wiiに期待した人達は「そういうゲームは自分には遊べない」と思ったから、ボタンを沢山使わないWiiに期待したというのに。



 さて、ここで。
 こないだの任天堂の株主総会における質疑応答で、Wii Uについて岩田社長が興味深いことを仰っています。このページのA4-2です。

<以下、引用>
 Wiiに関して、(最終的にはあまり深く受け入れていただけなかったお客様に)ご満足いただけなかったポイントというのは、大きく分けると二つございまして、一つは画質です。<中略>

 もう一つが、この新しい操作法というのは、今までの得意な操作法をお持ちの方にとっては、あまり歓迎されなかったというポイントがございました。
 Wii Uのコンセプトに「Deeper and Wider」、すなわち「より深く、より広く」というものがあり、「より深く」の部分は、例えば、ゲームをもっと深く遊びたいので、「絵はきれいな方がいい」、あるいは、「自分の慣れた操作体系で遊びたい」、すなわち「ボタンがたくさんあってスティックがたくさんあって、という操作体系の方が良いんだ」という方には、その方のリクエストに応えられるようにしようといたしました。
 ですから、先ほどから何度かお見せしたWii Uのコントローラに、スティックやボタンがいっぱいついているのは、そういう方たちの操作体系の経験をそのまま活かしていただけるようにしようということです。

 一方で、実際このコントローラを持っていただくと、第一印象で感じるほど、大きくて邪魔で重いものではないんですけれども、心理的な抵抗をお持ちの方はやはりいらっしゃるかもしれないので、そういう方にはどういう提案を用意するかということも、われわれ自身は併せて考えなければいけないということも議論しています。
</ここまで>

※ 中略、改行、強調は引用者によるものです。



 「Wiiが失速した原因は何か?」を語る際、
 自分のように「クラシックコントローラに執着したから」と言っている人と、「クラシックコントローラを同梱しなかったから」と言っている人の両方がいます。
 もちろん僕は前者なんですが、Wii Uのコントローラがクラシックコントローラに液晶画面やタッチパネルやジャイロセンサーを足したものだということを考えると――――恐らく任天堂は後者だと思っているのでしょう。今度はクラコンを標準装備にしたからゲーマーにも支持されるはずだ、と。


(関連記事:Wiiが成し得なかった“革命”~その1.アイディア勝負のWiiウェア
(関連記事:Wiiが成し得なかった“革命”~その2.予備知識の要らないゲーム
(関連記事:Wiiが成し得なかった“革命”~その3.クラシックコントローラの呪縛
(関連記事:Wii後継機は「片手のWiiリモコン路線」か「両手の従来型コントローラ路線」か



 結果は蓋を開けてみないと分かりませんが……
 僕は、少なくとも日本にはもう「沢山のボタンを使うゲームが好きな人」ってそれほど残っていないんじゃないかと思っています。Wiiを支持しなかった人達は「任天堂は俺達コアゲーマーを見捨てるのか!」と言っていましたけど、そういう人達が沢山いてPS3やXbox360のゲームソフトを買いまくっていたのかというと―――売上げを見ると、そうではなかったことは分かるじゃないですか。

 哀しいけど「沢山のボタンを使うゲーム」の市場規模はどんどん縮小しているんです。




 ――――と、断言したいところに『モンハン』は大ヒットしているからややこしいんですけど(笑)。



 自分は3DSの苦戦も「ボタンやスティックを使いこなすゲームばかり出ている(と思われている)」ことに原因があると思っているので、Wii Uも同じ方向性に進むと苦しくなると思っています。DSやWiiが成功した理由に立ち返って、「ボタンやスティックを使わなくて良いゲーム」が出てこないとゲーム市場はどんどん縮小していってしまうと思います。


 3DSは「ジャイロセンサー」や「ARゲーム」が。
 Wii Uは「タッチパネル」と「カメラ」とやっぱり「ジャイロセンサー」が――――

 両機種ともに「前機種にはなかった入力装置」を使いこなしたゲームを作って、「ボタンやスティックを使いこなせない人達」にも認知してもらえるかが鍵になるんじゃないかと思っています。


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| ゲーム雑記 | 18:04 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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アニメ『花咲くいろは』各話感想メモまとめ(1話~13話)

 またしても、mixiにメモしていたアニメ感想をまとめる記事です。
 過去の文章の流用だから手軽に書けると思ったら、自分の感想を読み返してコメント追記しなきゃならないのですげー時間かかる記事なのねこれ!ここの部分は毎回コピペ!

(関連記事:アニメ『とある科学の超電磁砲<レールガン>』各話感想メモまとめ(1~12話)
(関連記事:アニメ『とある科学の超電磁砲<レールガン>』各話感想メモまとめ(13~24話)
(関連記事:アニメ『けいおん!!』各話感想メモまとめ(1~13話)
(関連記事:アニメ『けいおん!!』各話感想メモまとめ(14~26話)
(関連記事:アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』各話感想メモまとめ(1話~最終話)


<ルール>
・1話から13話までの感想メモをコピペ
・“13話まで観終っている”現在の自分のコメントを赤字で補足
・なので、基本的に13話までのネタバレを含みます
・思うがままに書いた感想なので、ところどころに間違いがあったりするでしょうが優しく許して下さいな


 ということで、今回の記事も超長くなることが予測されるので格納しました。
 続きは「続きを読む」か「記事URL」をクリックにて表示です。ではでは。

≫ 「続きを読む」

| アニメ雑記 | 17:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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3DS売上げ苦戦の原因は「DSに不満を持たれていなかったから」だと思う

 さて、書くか。

 自分は去年のE3の頃から1年通して「この方向性だとマズイんじゃないの?」「このソフトラインナップだとヤバイよ」「この価格だと苦戦するよ」と3DSを否定的に書き続けてきたんですけど、今更またそんなことを書いても「私3DSが苦戦することはずっと前から分かっていました」と言っているみたいで凄くカッコ悪いですし(笑)。

 僕が3DSが苦戦すると予想していた要因は、「日本では以前から3Dアクションゲームがマイナージャンル(※1)」「日本ではアナログスティック操作のゲームは売れない」「立体視に特化したハードと宣伝すると、大多数のユーザーが興味のない3Dアクションゲームばかりのゲーム機だと思われる」ということで―――

 これらの話はウチのブログでもう10回くらい書いてきましたから、ずっと読んでくださっている人には「もういいよ!その話は飽きたよ!!」と思われることでしょう(笑)。
 なので、今日はちょっと変わった視点から3DSの批判記事を書こうかなと思います。

※1 PSPの『モンハン』だけは大ヒットしているので、オフライン協力プレイがあると状況は変わりつつありますけどね。完全新作なPSPの『ゴッドイーター』は、PS3の『メタルギアソリッド4』、PS3&Xbox360の『バイオハザード5』等といった人気シリーズと同クラスの売上げを残しています。




 DSって多分、すげー満足度の高いゲーム機だったと思うんですよ。
 4バージョンも出したことで弱点が潰されていきましたし、外に持ち歩きたい人にはDSi、家で遊びたい人にはDSiLLと言ったように「それぞれに相応しいバージョン」が用意されたというのも大きいと思います。


 ゲームソフトを作る側からすると「DSのスペックだとグラフィックが…」とか「この解像度だと…」とか「十字キーだけだと3Dアクションゲームが…」と不満を抱いていたのかも知れませんが、DSのソフトを楽しんでいたような人達はそれが別に気にならないから楽しんでいたワケです。

 『ラブプラス』が20万本以上売れたにも関わらず「この20万人はラブプラスのグラフィックに不満があるに違いない!」と言われても、いやー不満がないから買っているんだと思いますよとしか言いようがないです。


 DSのスペックだと3Dアクションゲームを作りづらいというのはあったのかも知れませんが……『Newマリオ』はもちろん、『カービィ』2本に『ヨッシー』1本が100万本を越えているということを考えるとDSは2Dに特化したゲーム機と思われたからヒットしたとも言えると思うのです。

 「最近のゲームは複雑でついていけなかったけど、DSなら自分にも楽しめそうだな」と。


 DSのスペックに不満を持っていたのはゲームを作る側の人達だけで、ゲームを遊ぶ側の人達はDSで満足だったんじゃないか――――?(※2

 いや………正確に言うと、「スペック」というものが分からないような人達にも受け入れられたからDSやWiiはヒットしたって表現ですかね。
 3DS版の『レイトン教授』や『どうぶつの森』の映像を観て、「立体視使わなきゃ普通のDSでも遊べるんでしょ?」と本気で言っている人をリアルでもネットでも見かけたことがあるんですけど――――そういうものだと思うんですよ。立体視の機能を除くと、DSと3DSのスペックやグラフィックの差なんて分からないような人達に受け入れられたからDSというゲーム機は大ヒットしたんですよ。


※2 もちろんコレは「DSを楽しんでいた層」の話。
 「DSを楽しめなかった層」、もっと言うと「PSPに流れていった層」は別なので―――3DSの路線はこっちの層を狙ったという結果なんだと思います。





 当然この話は3DSに限った話ではありません。
 『428』の紹介記事を書いた際に、ファミコンからスーファミに切り替わった頃の話を書きました。

 スーファミが出た頃でも「グラフィックはファミコンのままでイイから『スーパーマリオワールド』とか『ファイナルファンタジー4』をファミコンでも出してくれないかなぁ」と小学生の僕は言っていました。『シムシティー』が出て、『弟切草』が出て、『ストリートファイターII』が出て、『スーパーマリオカート』が出て、どんどん「これはファミコンじゃムリだ」と言い訳できなくなりましたが。


 PS3が出た時も言われていましたよね。特に値下げ前は。
 「PS2に不満はないのでもっとPS2で頑張って欲しかった」「PS3はこんなスペック必要ないから、PS2.5くらいのスペックで価格を抑えて欲しかった」と言っている人を数多く見ました。僕はPS2に「壊れやすい」という不満点がありましたから同意は出来ませんけど(笑)、満足度の高いゲーム機は世代交代に苦しむんですよ。

(関連記事:どうして任天堂は「10代後半~20代中盤の層」に弱いのか?


 
 同じことはこれから発売するゲーム機―――PS VitaやWii Uにも言える話。
 自分はWiiに「遊んでいる間はテレビを占拠してしまうので長時間プレイするゲームが遊びにくい」という不満を持っていたので、Wii Uの液晶コンには凄く期待をしていますが。そうではないWiiユーザー、特に一人暮らしの人や自室のテレビにWiiを繋いでいるような人は「別にWiiのままで良いじゃん」って意見を持つんだろうなっと思うのです。

 「HD化すればWiiからWii Uに移行してくれるはずだ!」なんて甘っちょろいことを考えていたなら、3DSの立ち上げと同じ道を辿ることになると思いますよ。


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 自分は右目の視力がないので立体視が出来ませんし、解像度の違いもぶっちゃけよく分かりません。DSのグラフィックと3DSのグラフィックだと「カクカク具合が違う」くらいは分かりますけど、別にそこに不満はありませんでした。


 そういう僕の意識からすると、立体視とか解像度といった「グラフィック面の強化」は―――麻雀でいうドラのようなもので、絶対に買いたいソフト(『ドラクエ』や『ポケモン』のような人気シリーズや『脳トレ』のような話題作)についていると嬉しいものだけど、特に遊びたくもないソフトに立体視や高解像度が付いたとしても別に欲しいと思われないんじゃないかって思うのです。


 「今までは3Dアクションゲームが売れなかったけど、立体視がついたからコレで売れるようになるぞ!」って、そりゃ楽観的すぎるでしょうよ。



 逆に言うと、今どれだけ「3DS終わってるwwwww」と煽っても、『マリオカート』とか『どうぶつの森』とか『ポケモン』とか『ラブプラス』といった“絶対に遊びたいと思われているソフト”が出ればまた腹立つくらいに売れるんでしょうし、そういうソフトが出て初めて「ゲームに立体視が付くとこうなるんだ!」と思ってもらえると思うんです。

 自分の好みからすると、そういう“前世代の資産”としてのシリーズ作ではなくて、「これぞ3DSでしか出来ないゲームだ!」と思わせてくれる新規ソフトを出して欲しいんですけどね。スーファミの『弟切草』を見て、当時の自分が「これはファミコンじゃムリだ……」と度肝抜かれたようなソフトを。


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| ゲーム雑記 | 17:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「情報弱者は愚か者だ」という風潮こそがデマを蔓延させる

 3月の東日本大震災以降、それまで以上に目にも耳にもするようになった「デマ」という言葉。

 「どうして人はデマを信じてしまうのか―――?」

 これは「現代人だから」と限った話でも、「日本人だから」と限った話でもないと僕は思っています。
 NHKで放送されていた『爆笑問題のニッポンの教養』のFILE145によると、安政の大地震(1855年)時の記録にも、震災直後に同じようなデマが流れ、それを信じてはいけないという記録が残っているそうな。
 また、日本とアメリカでも同じ都市伝説が形を変えて広まっているという話もされていました(アメリカだとヒッチハイクの話だったけど、日本にはヒッチハイクが馴染まれていないのでタクシーに設定が変わって話が広まった)。





 よく「こんなデマを信じるなんて情報弱者もいいところだな!」と、デマを信じてしまった人を「情報弱者」と批判している人を見かけます。「詐欺に合うヤツが悪い」と同じような口調で「デマを信じるヤツが悪い」と言っている人――――


 でも、僕は、そういう「情報弱者は愚か者だ!」という空気こそが“デマを信じてしまう人”を生んでいると思います。

 “デマを信じてしまう人”の気持ちを考えれば分かる話です。
 彼ら(彼女ら)は別にそれを「デマだ」とは思っていませんし、自身のことを「情報弱者だ」とも思っていません。むしろ「情報弱者にはなりたくない」「みんなより早く情報を知らなくてはならないんだ」と焦っているんですよ。


 今まで知らなかった情報を見て「マジかよ!知らんかった!アブねー、情報弱者になるところだったよー」と信じ、「これを知らない人は情報弱者になっちゃうよな。可哀想だ、みんなにも教えてあげよう」と情報が拡散していく――――それが真実かどうかよりも、「情報弱者にはなりたくない」が先に来るのです(※1)。
 もちろん一部には悪意を持ってデマを広めるゲス野郎もいますけど、多くの場合は“劣等感”と“善意”がデマを広めていくんです。

※1.特に「これを知らないと損をする」とか「これを知らないと大変な目に合う」という情報(デマ含む)は、「情報弱者になりたくない」「みんなにも教えなきゃ」という感情を強く刺激します。




 頭の良い人はそうではない僕らのような人間の気持ちが分からんから「情報の真偽を見極められる力を持たなくてはならない」とか言うんですけど、江戸時代でだってアメリカでだって同じようにデマが広がっていることを考えれば、人間ってうっかり騙されちゃう生き物だと思うのですよ。

 ならば、デマに振り回されないようにするためにどうすればいいのか――――
 「情報弱者だってイイじゃない」とみんなが思えばイイと思うんす。




 あそことかあそことか、捏造垂れ流しブログってあるじゃないですか。
 ああいう人達はお仕事でやっているのだから非難されたくらいでやめはしないでしょうけど、それを真剣に信じてデマを広めてしまう読者達はどうしていなくならないのか――――と、真剣に考えてみたんですけど。

 前に読者の人が「あそこのブログを批判する人もいるみたいだけど、あそこがなくなったら不便だから困る」と言っているのを見かけて、色々と納得しました。
 「あそこを読んでいないと情報弱者になってしまう」「あそこを読んでいれば情報強者になれるんだ」と読者に思わせているから読者が集まるのであって、情報がデマかどうかは重要ではないし。むしろ公式なメディアでは扱われない際どい情報&過激な情報を扱った方が「情報弱者になりたくない!」という人を集められるので、最終的には捏造した情報にまで手を出すというのも世の常。ゴッドハンド!


 全ては「情報弱者は愚かだ」という空気が元なんです。



 これはインターネットの中だけの話ではありませんよね。

 テレビは言います。「テレビを観ないと時代遅れになっちゃうよ」と。
 新聞は書きます。「新聞を読まないと頭が悪くなっちゃうよ」と。



 結局どこもやっていることは一緒なんです。
 読者を集めるために「ウチを信じてさえいれば大丈夫」と言うんです。


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 もうそろそろ必死になって情報を追い回すのはやめませんかね?
 みんながみんなジェネラリストになる必要はないし、みんながそれぞれ「自分の知っていることを知っている」スペシャリストになればイイじゃないですか。



 必死になって情報を追いかけて得したことってどれくらいあります?
 情報を追いかけなくて損したことってどれくらいあります?


 原子炉の仕組みを知ったからと言って僕には何も出来ませんし、芸能人の恋愛が僕を幸せにすることはありませんし、「絶対に儲かる話があるんだよ」は絶対に儲かりませんし。必要のない情報にまみれて満足しているくらいなら、オナニーしている方がまだ生産性がありますよ(精子工場が稼動するという意味で)。

 情報なんて必要な時にだけ取り出せばイイのであって、
 重要なのはそれをどう使うかだろう――――って思います。


 何年もブログを続けてると……
 僕が「僕が当たり前のように知っていること」を書いただけで、それを知らない沢山の人から「驚いた!」と言われるなんてことはしょっちゅうあります。
 逆に、沢山の「驚いた!」というコメントが付いた記事には、必ずと言っていいほど「こんなこと俺は前から知っていた。今更語ることじゃないね」というコメントが付いてニヤニヤさせられます。



 「僕が知っていることを貴方は知らない」し、「貴方が知っていることを僕は知らない」んです。
 それでイイじゃないですか。「情報弱者」上等ですよ。
 それで生きづらいような社会ならば、それは社会の方に問題があるんです。






 こういう記事を書くと、ニュースサイトさん達からはすっげえ嫌われる気もしますね(笑)。
 こんな記事を紹介しちゃうニュースサイトさんは信じて大丈夫だと思いますよ!!!(最後ひよった)


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| ひび雑記 | 18:16 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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