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変わらない価値のあるもの

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2014年4月のまとめ

 地味に続けていた『春夏秋冬オクテット』のキンドル版の製作作業も、ようやくゴールが見えてきました。
 しかし、このタイミングで出すとキンドルのゴールデンウィークキャンペーンにぶつかって誰にも知られずにひっそりと流されてしまいそうなので、焦らずにゴールデンウィーク明けくらいのタイミングでの発売を目指そうと思います。



 というワケで、去年もあったキンドルのゴールデンウィークキャンペーン。
 今年も様々な漫画の1巻が安くなっております

 去年のラインナップに比べて数が少ないなーと思う人もいらっしゃるかもですけど、ゴールデンウィークキャンペーン以外のキャンペーンも同時期に行われていて、

 ジャンプコミックス、ヤングジャンプコミックスは「集英社 春マン キャンペーン」で1巻が100円になっていたり(5月7日まで)アクションコミックスの一部作品が安くなっていたりライトノベルが全体的にすげー割引になっていたり………

 最近は、“この期間を過ぎると読めなくなる”という「期間限定 無料お試し版」で作品の序盤を配信している漫画も多くて……正直もう、何が何やらです(笑)。


 とりあえず去年同様に、自分がこのキャンペーンで初めて読んでみて面白かったものを紹介していきますか。去年とちがって「1冊で完結」のモノがあまりないのが、紹介する立場としてはちょっとネックかなぁ。
 キャンペーンの価格は変動するので、私が記事を書いた時点からアナタが記事を読んでいる時点で価格が変わっている可能性もあります。御注文の際にには必ず価格を確認してください。




 『我妻さんは俺のヨメ』1巻。99円で購入しました。
 マガジンSPECIAL→週刊少年マガジンで現在も連載中のラブコメで、コミックスは10巻まで出ています。

 学校では最下層の非モテグループに属している主人公が、クラスのアイドル我妻さんとラブラブ結婚生活をしている未来に「タイムスリップをして」見てきたことで、現在は一度も喋ったこともない我妻さんと結婚すべく頑張っていく漫画だそうです。
 設定は以前から知っていて、そんなに興味を惹かれないので読んでいなかったのですが……今回この機会に読んでみたら、我妻さんが現在も未来もすげー可愛くて、主人公は(顔自体はそんなに悪くないのに)本当に気持ち悪くて(笑)、でもそんな気持ち悪い彼が勇気をふり絞って行動していくところが予想外に面白かったです。この漫画は「負け犬達のワンスアゲイン」漫画だったのですよ!

 2巻以降も是非読みたいのだけど、現在10巻まで出ていて今後もガシガシ新刊が出そうなので……ちょっと様子見しようかな。




 『くちびる ためいき さくらいろ』新装版1巻。99円で購入しました。
 ゴールデンウィークキャンペーンと言えば、百合だーっ!ということで、去年に引き続き百合作品を紹介。

 元々は2006年に一迅社の百合姫コミックスから発売していたオムニバス作品ですが、その後この作者が『GIRL FRIENDS』を双葉社のコミックハイ!でヒットさせたことで、コミックハイ!で新たな5話を掲載して全2巻として再編集されたのがこの双葉社からの新装版となるみたいです。

 この1巻は、最初の4話は主人公がそれぞれちがう1話完結の物語ですが、5~7話は第1話に出てきた二人の“その後”を描いていて。「1話完結だから1巻だけ読んでも大丈夫かなー」と思って読み始めましたが、やはり2巻も気になる展開なので後で2巻も買って読もうと思います(笑)。

 “主人公がそれぞれちがう1話完結”も実は舞台となっている学校が一緒なので、こっちに出てきたキャラがこっちにも出てくる―――みたいなことがあるのが好きです。3話ではウダウダ悩みまくっていた安部ちゃんが、他の人の視点から見ると「ただののろけ」にしか見えないのが可愛い。





 『ぼくは麻理のなか』1巻。99円で購入しました。
 『惡の華』がヒット中の押見修造先生が、漫画アクションで現在も月1連載している漫画です。現在までに2巻まで発売されています。

 ほぼ引きこもり状態だった主人公の男が、ストーキングしていた女子高生の体になってしまうという“入れ替わり”ものです。独特なのは、“入れ替わり”ものの定番の設定である「自分が相手の体になる代わりに相手が自分の体になる」という設定ではなく、主人公の体には主人公の心が残り、女子高生の体には主人公の心が入ってしまったというところです。
 それ故に、「女子高生の心はどこに行ってしまったのか」「女子高生はどういう人間だったのか」という謎がストーリーの推進力になっているのが非常に面白かったです。


 しかし、あっという間に読み終わってしまうので、こちらももうちょっと巻が進んでから続きを読もうかな……



 とりあえずこんなもので。
 1月の角川のキャンペーンみたいに「全巻安いからこの機会に全巻買っちゃえ!」とはいかず、「1巻だけ安い」だけでは物足りなくなっているところは正直あります。今は1巻だけ期間限定無料お試し版として配信している作品も多いですしねぇ。


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 「2014年4月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」をクリックして下さいな。

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| ひび雑記 | 18:02 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『おおかみこども』の母が完璧超人に見えたのなら、それは……

※ この記事は映画版『おおかみこどもの雨と雪』のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。

 どうして今この話題……と言われそうですけど、年末に録画していた金曜ロードSHOWをようやく観ることができたので、私としては「今一番熱い話題」なのです(笑)。

 私にとって細田守監督の作品は、いつも「世間でものすごく評価されててみんな大好きだから、別に俺が観て楽しめる映画じゃないんだろうなー」くらいのテンションで観て、実際に観たら全力で土下座して「すいません、超面白かったです!」と絶賛しているくらいの距離感の作品です。
 『時をかける少女』も『サマーウォーズ』も『おおかみこどもの雨と雪』も、観る前は「今回はあんまり俺の好きそうな映画じゃないな」と思っているのだけど、観てみたらどれも大好きです。『おおかみこどもの雨と雪』もすげえ面白かったし、三作品の中でも一番好きかも知れません。



 「映像としての面白さ」は語り始めるとキリがないくらいですが、特に自分が好きなのは「教室を映すカメラが横にスクロールして時間経過を表現するシーン」とクライマックスの「雪ちゃんが草平に告白するシーンのカーテンの使い方」でした。
 カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→狼になっている→カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→人間に戻っている→カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→でも人間のまま―――という見せ方をすることによって、これから雪ちゃんが人間として生きることを見せているという。見事な表現。



 とまぁ、「映像としての面白さ」だけでも語りたいことはたくさんあるのですが……
 『おおかみこどもの雨と雪』を楽しめなかった人の意見で、ちょっと気になる意見を見かけました。

 主人公の花が、どんな困難でも笑顔で乗り越えてしまう完全無欠の完璧超人すぎて感情移入できなかった―――というもの。


 もちろんどんな娯楽作品だって「賛否両論あるもの」ですし、私が楽しめたものは必ずしも世界中の人が楽しめるワケではないと日々思っているのですが……この件に関しては、「いや、そこはこう観るんだよ」と一つアドバイスをするだけで作品の見え方が180度変わると思ったので書かなければと思ったのです。



 だって、この『おおかみこどもの雨と雪』は、モノローグの語り部が雪ちゃんであることから分かるように「子ども達の視点で見る母親の物語」なんですもの。

 実際には全然完璧ではなく、苦しんで悩んで、ある意味では自暴自棄な意志と、周囲の人達と、とてつもない幸運に恵まれて何とか「12年間の子育て」を成し遂げることができた母親の苦労を―――子ども達はちっとも分かっていないという物語なんですもの。



 例えば、分かりやすいシーン。

「私達を育てた12年の月日を母は振り返って、まるでおとぎ話のように一瞬だった―――と笑いました。とても満足げに遥か遠くの峰を見るように。その笑顔が、私はとても、嬉しいのです。」

 これはラストシーンの雪ちゃんのモノローグ。
 “母の笑顔”を全肯定しているモノローグです。彼女は語り部でありながら、「知らない」のです。


「それを見て、父さんが突然思いついたんだって。
花のように笑顔を絶やさない子に育つようにって……つらい時とか苦しい時も、とりあえずでもムリヤリでも笑っていろって。そしたら、大抵乗り越えられるからって。
だからね、父さんのお葬式の時、ずっと笑っていたの。そしたら親戚の人に不謹慎だってすごく怒られてしまって……」


 これは雪ちゃんが生まれる前、花が“彼”に話した台詞です。
 雪ちゃんは「知らない」んですね。母はつらくないから笑うのではなく、つらかったり苦しかったりした時にこそムリヤリ笑っていることを……これは作中でも韮崎のおじいさんに否定されていましたね。そういう生き方は良くない、と。
 でも、娘である雪ちゃんにとっては、その“母の笑顔”が全てを肯定している笑顔に見えているのです。



 私が『おおかみこどもの雨と雪』を大好きだと言うのは、この部分で。
 1本の映画の中で、「母親にとっての物語」と「子ども達にとっての物語」が全くちがうものとして受け取れるようになっているところなのです。



 というか、子どもって親の苦労を何も分かってねえんだな!!

 あれだけ苦労をかけて育てられたのに、母に一言も言わずに山に入ってしまう雨くんは明確だけど……
 自分達を育てるために、ボロボロになりながら田舎に逃げてきて、やっとの思いで野菜を育てて……という母の苦労も知らずに、草平と「(親がいなければ)働けばイイ」とか「早く大人になりたい」みたいな会話をしている雪ちゃんも大概です。それをしてきた親がどれだけ大変だったのか視聴者は知っているけど、子どもである雪ちゃんは分かっていないという。

 また、母親である花は花で、“成長”しようとしている雨くんのことを土壇場まで「どこかで震えて泣いているんじゃ」と言っていたりで。母親は母親で息子のことを何も分かってねえんだな!というのも面白いところ(笑)。
 花は娘である雪ちゃんとはイイ距離感で、ワンピース縫ってあげたり(大学生の頃の自分の一張羅に似ているところがポイント)、草平くんとのことも口を出さなかったりで、上手くやれていたのに。息子である雨くんとは、「どんどん未知のイキモノになっていく」ことを受け入れられないとか。この辺も「母と娘の関係」と「母と息子の関係」のちがいを端的に表していてすごく好きなところです。




 「子から見た母親」は、立派で完全無欠でどんな苦境も笑顔で乗り越えられる完璧超人のように見えるけど……
 「視聴者から見た母親」は、弱い部分や傲慢なところもあって、未完成な人間が“何とか母親をやっているだけ”なことが分かるし。
 「母から見た子」は、可愛くて可愛くて守ってあげなきゃいけない存在なのだけど……
 「視聴者から見た子」は、自分勝手で、親の気持ちなんか知らずにどんどん大人になろうとしていくことが分かるし。

 “視聴者”は“神の視点”を与えられているけど、“キャラクター”は“神の視点”ではないので私達より知らないことが多いのです。
 語り部である雪ちゃんですら母親のことを正確には理解できていないように、「子にとっての母」も「母にとっての子」も未知のイキモノなんだということがしっかり描かれているから、自分はこの映画が大好きなのです。



 「主人公の花が、どんな困難でも笑顔で乗り越えてしまう完全無欠の完璧超人すぎて感情移入できなかった―――」という、この映画を楽しめなかった人の意見も、(語り部である)雪ちゃんの視点だけでこの物語を見てしまえば、そう見えるのが納得ですし。母親ってそういうものだよねというある意味では理想の母親像を描いているだけとも言えるのだけど。
 そこから一歩引いてみて、「雪ちゃんの語る世界が全てではない」と思って観てみると、母親が子どもには見せていない弱さをたくさん抱えているイキモノであることが分かって、親も子もちゃんと「生きているキャラクター」として見えてくるんじゃないかと思うのです。




 すっごい私事なんですけど……
 現在、私の母親は入院していて、優しくて明るかった母親が周りの人達にキツくあたっていたりする様子を見てショックを受けていたんですけど。何の因果かこのタイミングで『おおかみこどもの雨と雪』を観て、私がずっと思っていた「優しくて明るかった母親」像も、雪ちゃんが花に抱いていた“笑顔でなんでも乗り切ってしまう母親像”と同じようなもので。
 私の母親も、花と同じようにものすごく苦労して私達兄弟を育てながら、その苦労を一切見せずに「優しくて明るい姿」だけを子ども達に見せていたんだなと分かりました。

 このタイミングで、この作品に出会えて良かった。
 作品のクオリティももちろん凄まじいものがありましたけど、それ以上に私にとって「自分を救ってくれた大好きな1本の映画」になりました。


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| アニメ雑記 | 17:58 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゲームに対して「ボリュームが少ない」と言うのは“文句”なのか

 この話題をTwitterで話していたらちょっと論点が行き違っちゃったので、長文が書けるブログにて自分の考えをしっかり書いておこうと思います。


 今の自分がプレイしている『キミの勇者』に限らず、自分がゲームに対してよく書く“文句”に「プレイ時間がダラダラと長い」ことがあります。『ピクダン』の時も、『怪獣が出る金曜日』の時もそれを書いて、「たかが数百円払っただけでお客様は神様気分ですか」と言われたこともありましたっけ。


 んで、今回もそうだったんですけど……
 「プレイ時間の短いゲームを出したら、ネット上で“ボリュームが少ない”と叩かれるでしょう」とか、「今のゲーム市場で大ヒットしているゲームは“長く楽しめるゲーム”が多いんだから、あなたの感性がズレているんですよ」とか、こういう話を書くと言われることが多いです。

 確かにそれはその通り。
 “文句”を書いたからには、それに対する“批判”を浴びても仕方ないです。




 しかし、ちょっと言わせてください。
 私は「ボリュームが大きいゲーム」がダメだとも、「長く楽しめるゲーム」がダメだとも言っていません。私が文句があるのは「プレイ時間がダラダラと長いゲーム」です。ボリュームもないし、長くも楽しめないゲームなのに、「とりあえず水かさだけを足してダラダラとプレイ時間を延ばしているだけのゲーム」がダメだと言っているのです。

 言葉を整理したら、より直接的に攻撃的な表現になってしまった(笑)。




1.「長く」楽しめて、「面白い」ゲーム ←最強
2.「短い」んだけど、「面白い」ゲーム ←「もっと遊びたかった」という不満が出る
3.「長い」んだけど、「つまらない」ゲーム ←延々と続く苦行
4.「短い」し、「つまらない」ゲーム ←むしろ早く終わってくれてありがとう



 私が文句を言っているのは「3」の「長くてつまらないゲーム」です。
 いや、本質的には「つまらないから長く感じるゲーム」です。ただただ同じことの繰り返し作業だけを続けさせられるから、単純なプレイ時間以上に苦しさを感じてしまうのです。『怪獣が出る金曜日』のやりこみ要素なんてたかが数時間だったのに、1枚のカードを手に入れるために何十回もカードバトルをしなくちゃいけない上にフルボイスのナレーションがスキップできないから永遠に続く苦行のように思えたのです。


 「1」の「長くて面白いゲーム」には、何の文句もないです。
 というか、私が今まで絶賛してきたゲームにだって「ボリュームたっぷりで長く楽しめるゲーム」がありましたしね。『ルーンファクトリー3』だって『とびだせ どうぶつの森』だって『カルチョビット』だって100時間単位で遊んでいましたし、『ゴーバケーション』や『ファミリーフィッシング』は「面白いものをたくさんつめこんでいる」ことを絶賛してきました。

 実際、それらのゲームは「面白いこと」が次から次へと起こるので「プレイ時間が長いゲーム」とも思わなかったんですね。気が付けばずっとこのゲームばっかやっているなぁ、と。


 結局のところ、「プレイ時間が長い!」と私が“文句”を言うゲームというのは、「プレイ時間が長い」ことが問題ではなく「つまらない」ことが問題なんだ――――という話も以前に書きましたっけ(笑)。

(関連記事:「ゲームに飽きるのは時間じゃないんだ」という当たり前な話



 ということで、今日語りたいのは「3」でも「1」でもないんです。
 「2」の「短いけど面白いゲーム」についてです。

 「プレイ時間の短いゲームを出したら、ネット上で“ボリュームが少ない”と叩かれるでしょう」というのが私にはどうしても納得がいきません。
 例えば『ピクミン3』の時も、『神トラ2』の時も、「ネット上ではボリュームが少ないと非難されている」という話が出てきました。でも、それって「もっと長く遊びたかった」ってことじゃないんですか?

 それは果たして「文句」なのか?「非難」なのか?


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 最近のトレンドである「基本無料のオンラインゲーム」の場合は別ですけど、パッケージソフトでもダウンロードソフトでも「最初にソフトの価格を払う」ビジネスモデルの場合、プレイヤーが「もうこんなゲームは懲り懲りだ」と終わるよりも「あー!面白かった!」と終わった方が次に繋がるのです。

 続編が出たら続編を買おうという気持ちになりますし。
 同じスタッフの新作が出たらそれを買おうという気持ちになりますし。
 この「○○」というメーカーは信頼できるなと思われますし。


 「もっと長く遊びたかった」と思われるというのは、“次に繋がる”という視点で考えればそれほど悪いことではありませんし。ゲーム開発の1本辺りの期間が短かった頃、例えばファミコン時代の『ドラゴンクエスト』新作が行列を作るほどだったのなんかは、「新作への渇望」が強かったからだと思いますもの。



 もちろん限度はあります。次の『ゼルダ』が「ダンジョン1コだけで2時間でエンディングです。定価8000円」ってもし言われたら「ふざけんじゃねえ!」と私も怒りますけど(笑)。
 『神々のトライフォース2』くらいのダンジョン数(12コ)とプレイ時間(1周15~20時間くらい)で、「ボリュームが少ない」とか「プレイ時間が短い」と言われるのは、あまりに密度の高い楽しい時間すぎて「あっという間に終わってしまった」ように思えるだけじゃないかなぁと思うのです。私が『怪獣が出る金曜日』のやりこみ要素のたかが数時間を永遠に感じていたことの逆現象で。

 この「文句」を真に受けられて、次回作ではマップが広大になったり、同じダンジョンに何度も潜らされたり、面倒な採集イベントが増えたりして、プレイ時間が倍になりました!って言われても、密度が2分の1に薄まっただけで全然楽しくなさそうですもの。
 密度のことは置いといて……据置機の『ゼルダ』のプレイ時間って、携帯機『ゼルダ』の何倍もかかりますけど、別に売れていないですし。プレイ時間が増えたところで売上が上がるワケでもないと思うんですけどね。




 そもそもですよ。
 「プレイ時間の短いゲームを出したら、ネット上で“ボリュームが少ない”と叩かれるから出せない」というのなら、ネット上で「ダラダラとプレイ時間を引き延ばしているゲームはダメだ!」とこんなにも私が叩いているのにどうしてそういうゲームが出続けるんですか!
 ここはネットじゃないんですか!私の意見だけ黙殺されるんですか!



 ……とまぁ、被害妄想は置いといて。
 『ピクミン3』にしても、『神トラ2』にしても、「これくらいのボリュームが自分には丁度イイ」と言っている人はネット上でたくさん見かけます。プレイ時間の短いゲームを出すことに肯定的な人もちゃんとネットで発言しているんです。
 それなのに、「ボリュームが少ない」「プレイ時間が短い」と言っている人だけを取り上げて「ネットで叩かれるからそういうゲームは出せないんだ」と言うのは、誉めている記事を無視して貶している記事ばかりをリツイートしているのと変わらなくないかって思うのです。ネットを勝手に「貶している人しかいない場所」と思わないでください!「誉めている人だってたくさんいる」んですよ!!



 もう1ヶ月以上、プレイ中の『キミの勇者』を延々とdisっている私が言っても説得力が皆無な気もする(笑)。裏を返せば、プレイ時間の長いゲームは、何十時間もかけてクリアするまで他のゲームに手を出せない分だけブログでdisられ続けるということで。

 むしろ、「4」の「短くてつまらないゲーム」の方がまだありがたいんじゃないかと思えてきた末期感。私は本当にゲーム好きなんだろうかと不安になってきました。面白いゲームが遊びたいなぁ……


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| ゲーム雑記 | 17:57 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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霊丸はどうして「1日4発」という設定なのか

※ この記事は漫画版『幽遊白書』全19巻のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。

 何故かこのタイミングで語りたくなった話題です。
 1990年代前半の週刊少年ジャンプを代表する『幽遊白書』という漫画があります。連載開始当初は「霊体になってしまった幽助が生き返るまでを描く」1話完結の物語でしたが、単行本でいう3巻からは「霊界探偵となった幽助が悪い妖怪をやっつける」バトル漫画へと路線が変わりました。

 『てんで性悪キューピット』や初期『幽遊白書』も好きだったのですが、当時の自分は「この作者もようやく王道バトル漫画を描いてくれるのか!」と嬉しくなったことを覚えています。
 冨樫義博先生がどういう漫画家なのかまだ理解していなかった自分は、“王道バトル漫画”と認識していましたし。その後に大人気になっていく『幽遊白書』の捉えられ方というのはそういうものだったと思います。『ドラクエ』に対する『FF』みたいな位置の、『ドラゴンボール』に対する『幽遊白書』みたいな、“もう一つの王道”的なバトル漫画の立ち位置。



 しかし、その後に『レベルE』や『ハンター×ハンター』を描く冨樫先生の作風を見るに、『てんで性悪キューピット』も『幽遊白書』も決して“王道”の漫画ではなかったことが分かったのです。設定は“王道”でありながら、そこから絶妙に“外す”ことによる面白さというか。“ひねくれている”と表現した方が分かりやすいかな。

 「暗黒武術会編」がジャンプ的トーナメントバトルのアンチテーゼだったり、「“領域(テリトリー)”」が『ジョジョ』の“幽波紋(スタンド)”のパロディだったり、という話は以前に書きました。冨樫先生の漫画は、“王道”を知っている人がその“外し”を楽しめるように作られている漫画だと思うのです。

(関連記事:“パクリ”と紙一重の“パロディ”だった『幽遊白書』




 ということを踏まえて、今日の本題です。
 『幽遊白書』における幽助の「霊丸」って、変な設定ですよね。


 霊界探偵になったばかりの幽助は、霊丸を「1日1発だけ撃てる」設定でした。
 「1日1発だけ撃てる」って何よ?とは思います(笑)。
 何時間眠れば回復するのか、日付が変われば回復するのか、イマイチ条件が分かりません。

 その後、幻海師範との修行を経て、幽助は霊丸・霊光弾を「力を調節して何発か撃てるようになった」と言っていましたが……

 この設定変更はマズイと思ったのか、「暗黒武術会編」に入ってすぐに「1日4発が限界」という台詞があって。以降、原作での霊丸は「1日4発だけ撃てる」という設定を守ることになります(※1)

(※1:アニメ版はこれらの設定通りではなく、この回数以上の霊丸を撃ったこともあるらしいんですけどね)



 この設定、当時の私はよく分かりませんでした。『ドラゴンボール』のかめはめ波も、『ダイの大冒険』のアバンストラッシュも、回数制限なんてありませんでしたから。
 でも、冨樫先生が後に『ハンター×ハンター』を描くということを知っている今の私なら、これは明確に意図があってこういう設定にしたことが分かるのです。

 必殺技は“限定条件下でしか使えない”というルールを課すことで、主人公達にリスクを背負わせているのです。クラピカのチェーンジェイルは幻影旅団にしか使えない、みたいなルール。

 当然、読者がそれを知ることで「霊丸はあと1発しか撃てない」というドキドキと、「どこで霊丸を使うんだろう」と作者との駆け引きができるという――――この霊丸の妙な設定こそが、冨樫先生の作風を分かりやすく見せている設定だったのだと今なら思うのです。


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○ 霊丸が「1日1発しか撃てない」時期
 原作の3巻と4巻の途中までが、これにあたります。
 この時期に撃った霊丸は4発。しかしこれ、読み返すとよくできているんですね。

・岩本に一撃→ その後、霊丸が撃てなくなったことで剛鬼にボコボコにやられる
・剛鬼に一撃→ 捨て身の霊丸で大逆転勝利
・飛影に一撃→ 霊丸が避けられた!と思ったら鏡に跳ね返って背中から直撃
・牙野に一撃→ 三連戦の一戦目に使ってしまうので、残り二試合は霊丸なしで戦うことに


 最初の「1日1発」は新たに得た必殺技を見せるための1発でした。
 しかし、同時にその後に剛鬼にボコボコにやられる姿を描くことで、「霊丸を撃ってしまった後は戦力が激減する」ことを幽助にも読者にも伝えることになります。これにより「1日1発の霊丸」の重みが増したんですね。

 飛影戦はそこを逆手にとり、俊敏な飛影によって「霊丸が避けられた!」と思ったところに、鏡に跳ね返った霊丸が飛影の背中を直撃して倒すという展開になりました。これは「霊丸は1日1発しか撃てない」「それを外せば幽助に勝ち目がない」と読者が知っているからこその展開なんですね。

 続く幻海師範の弟子選び編では、牙野戦→風丸戦→乱童戦という三連戦の一戦目に「1日1発の霊丸」を使ってしまう展開になります。剛鬼との戦いで読者は「霊丸を撃ってしまった後は戦力が激減する」と分かっていますから、この絶望感ったらないですよ。悟空が瞬殺された大猿ベジータに、悟飯とクリリンで挑むみたいな話。



 「1日1発の霊丸」という設定を使って、如何に読者をハラハラドキドキさせるのか―――よくできているなぁと思うとともに、「霊丸を撃ってしまったボロボロの状況で風丸戦→乱童戦を勝つ」ということをやってしまったので、「1日1発の霊丸」という設定はここで終わるんですね。
 これ以降は「霊丸がもう撃てない!どうしよう!」と読者がハラハラドキドキできませんから。子どもの頃は気付きませんでしたが、よく出来ていますねー。


○ 霊丸が「力を調節して何発か撃てるようになった」時期
 原作の4巻途中~6巻途中まで。
 ショットガン(霊光弾)が霊丸と同じようにカウントされる―――という設定は、暗黒武術会編で追加された設定なので。この時期の「幽助が何発霊丸を撃ったのか」は非常に曖昧だったりします。


【四聖獣編】
・不良どもにショットガンを一撃→新技を見せるお披露目
・朱雀に霊丸を一撃→右腕一本で弾かれる
・朱雀(集団)にショットガンを一撃→一人倒しそこない朱雀復活
・命を燃やして再び朱雀(集団)にショットガンを放つ

 幻海師範との修行を経て、「今までの霊丸が効かない敵」に対して新技であるショットガンで立ち向かうのがこの朱雀戦です。そのためにわざわざ朱雀が7人に増える技を使うのですが(笑)。ここで使っているのも「4発」なんですよね。


【垂金編】
・蛭江に霊丸を一撃→今までとっておきだった霊丸を何発も撃てると見せるため
・戸愚呂に霊丸を一撃→兄者の盾に防がれる
・桑原に霊丸を放ってロケット噴射のようにして戸愚呂を倒す

 陰魔鬼戦で使っているのはショットガンではないか―――とは思うのですが、よく分からないので省きました。ここで重要なのは「霊丸は力を調節して何発も撃てるようになった」という設定変更。
 これがあるからこそ桑原の背中に敢えて撃つということができたのですが、今までのように「1日1発しか撃てない」という設定ではなくなったことを読者に伝えるために最初のザコ戦で敢えて霊丸を使っているという。また、戸愚呂戦でも最初の一撃は盾に防がれて「普通の霊丸では効かない」ことを最初に見せているという。無駄がないですねー。


 しかし、“何発でも撃てる”分、「1日1発しか撃てない」時期とちがってハラハラドキドキが弱くなってしまったというか、普通のバトル漫画になってしまっているところはあるんですね。なので、早々に設定変更されるという。



○ 霊丸が「「1日4発」撃てるようになった時期
 原作では6巻の途中の暗黒武術会編から。

【六遊怪チーム戦】
・会場に霊丸を一撃→「1日4発」という設定変更を読者に伝える
・酎のエネルギー弾と霊丸が相打ち
・酎の巨大エネルギー弾に対し、二発連射でぶち抜く

 最初の一発は顔見せ。
 次の一発で実力が互角と見せて、残り二発をどう使うのか―――と思わせたところで“連射”という予想外の展開に持ってくるという。今まで使っていない技だし、それ故に幽助はこの後は霊丸が使えなくなってしまうという枷にもなるのです。

 「1日4発」という設定を上手く使っていますね。



【Dr.イチガキチーム戦&魔性使いチーム戦】
・爆拳戦で地面に霊丸を一撃→霧を吹っ飛ばすのに使う
・陣戦で空中に逃げた陣に向かって霊丸を一撃→爆風障壁で避けられる
・陣戦で修羅旋風拳と相打ちで霊丸を放つ→突風を利用されて直撃を避けられる
・霊光弾でW修羅旋風拳を弾き飛ばして倒す

 物語作りにおいての基本が「起承転結」と言われることがあるように、「1日4発」という数字は「起承転結」に沿ったものだという見方もできるんですね。
 最初の一発は挨拶代わり、二発目も状況を変えるものでもなく、三発目はストーリー上でも重要な一撃で、四発目でストーリーが幕を閉じる。撃っても撃っても霊丸が当たらない陣に、最後ようやく霊光弾を当てるというこの戦いこそが「1日4発」という設定を使いこなしているバトルだと思います。

 しかも、この霊光弾は初出しの必殺技ではなくて、前から使っていたショットガンの真の姿だというのも上手いですね。


【戸愚呂チーム戦】
・80%の戸愚呂(弟)に霊丸を一撃→幽助も呪霊錠を付けていたので禄に効かず
・100%の戸愚呂(弟)に霊丸を一撃→気合だけでかき消される
・覚醒した幽助が予告代わりにわざと外す
・100%中の100%の戸愚呂(弟)に全生命力を賭けた霊丸を放つ

 戸愚呂(弟)のパワーが上がって、幽助もパワーが上がって―――という典型的なインフレバトルになってしまっているのだけど、霊丸の「1日4発」という制限があることでアクセントになっていることが分かります。一発目は効かない、二発目は効かない、三発目はわざと外す、四発目でガチンコ勝負。これも「起承転結」ですね。

 しかし、この霊丸の「1日4発」という設定はインフレバトルとあまり相性が良くないんじゃないかと思いますね。これまでは「1日4発」という設定が「あと1発しか撃てない」とか「外したらどうするんだ」というハラハラになっていたのだけど、ここまで来ると「霊丸がまだ1発残っているから決着は付かないよね」的な“インフレバトルの上限”になってしまっているというか。


 この後、『幽遊白書』は“能力に目覚めた人間達との戦い”に進むのだけど……「もうインフレバトルは無理だ」という判断があったと考えれば妥当な展開ですし。再びインフレバトルになってしまう仙水との戦いで破綻していくのも必然だったというか。

(関連記事:「霊丸がまだ1発残っているから決着は付かないよね」


【仙水戦】
・トラックで逃げる仙水達に向かって霊丸を一撃→烈蹴紅球波で相殺される
・刃霧の投げる無数の刃物を叩き落すためにショットガンを一撃放つ
・気鋼闘衣をまとった仙水に霊丸を放つ→力を持て余しているために外してしまう
・雷禅に乗っ取られた状態で極大霊丸を放って仙水を倒してしまう

 戸愚呂(弟)戦で「どんどん強くなる戸愚呂(弟)」に「どんどん強くなる霊丸を放つ」というインフレバトルをやってしまったので、それ以後の『幽遊白書』では霊丸をそういう使い方をしないんですね。もちろん仙水戦を読みながら「あと2発しか撃てない」と子どもの頃の私は思っていましたが、実際に使われた2発は戸愚呂(弟)戦のような“力と力のぶつかり合い”ではなかったという。


 冨樫先生が「戸愚呂兄弟辺りから主人公達を描くのに飽きて、敵サイドのキャラを描くのが楽しくなった」とどこかで語ったのを読んだ記憶があるのですが、これは霊丸の設定にも言えることで……
 「1日1発」という設定の時はそれを見事に活かしていたし、「1日4発」という設定になったばかりの酎戦や陣戦はそれを見事に活かしていたのだけど。仙水戦辺りではもうこの設定に飽きてしまっている感がありました。“上手く活かすアイディアがなかった”と言うべきか。


 そういう意味では、霊丸の使われ方一つだけを見ても人気絶頂の頃にありながら『幽遊白書』の連載が終わってしまった理由が分からなくもないなと思うのです。



【三行まとめ】
・「1日1発」も「1日4発」も、その設定を活かした面白さがしっかり描かれていた
・「新しい面白さ」のために霊丸の設定は変更されていったと言えるのだけど……
・それ以降のアイディアが生まれなかったことが『幽遊白書』終了の一因になったのかも



 あ、そうそう。
 霊丸を使ったシーンはここに記した以外にもありますからね。思いつく限りで、幻海の最後の試練前と、幻海が死んだ後と、神谷戦と、雷禅に向かって―――と。
 ただ、「1日4発」の設定とは関係がなかったので特に触れませんでした。

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| 漫画読み雑記 | 17:56 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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RPGにおける「とにかく敵のHPが高い」問題と、SRPGにおける「とにかく敵が多い」問題

 私は相変わらず『キミの勇者』プレイ中です。
 プレイ時間は20時間なので恐らく半分くらい進んだと思うのですが、雑魚敵のHPも高いので戦闘に時間がかかるのがつらくなってきました……1匹の雑魚敵を倒すのに4人全員でタコ殴りにして1ターンかかるので、3匹出てきたら3ターン、4匹出てきたら4ターンかかるのが確定してしまうという。エンカウントするたびにため息をついてしまいます。

 戦闘後にSPが回復するシステムがあるので、「ガンガン必殺技を使って雑魚敵を倒そう」ということなのかも知れませんが……この必殺技もキャラが動いたり喋ったりするのに時間がかかるので、使うのが億劫という。


 他のゲームだったら別にそういうものかと思うんですけど、「1プレイ30分のRPG」を謳っていて、そのために企業ロゴまで出なくしているのにとにかく雑魚戦に時間がかかるのは何なんだろうな……と、正直。




 さて、そこで思い出した話がありました。
 “強敵”だったり“難しい面”だったりを出すために、RPGだったら「とにかく敵のHPを上げる」とか、SRPGだったら「とにかく敵をたくさん出す」ことでしかゲームバランスを取れないゲームは“ダメなゲーム”だっ!という意見を、随分前にネットのどこかで読んだことがあったのです。

 その時は「そうかー」くらいにしか思っていなかったのですが、今とても実感しています。



 RPGでの「HPの高い敵」とか、SRPGでの「たくさんの敵」は、ただただプレイヤーの時間を奪うだけなんです。
 “難しい”のではなく“面倒くさい”だけ。

 あまりに倒すのに時間がかかってしまうのでこちらのMPや回復アイテムが尽きてしまう―――という“兵糧攻め”みたいなこともなくはないですが、「敵のHPが上がっても」「敵の数が増えても」それほど難易度は変わらないんだと思うのです(※1)
 実際、『キミの勇者』は回復アイテムをものすごくたくさん持てるので、どれだけHPの高い雑魚敵が出てこようとも、全滅の危機は全く感じないんですよね。『ドラクエII』の時のような「持てるアイテム数に限りがあってMP回復アイテムが超貴重なので、残りアイテムとMPと相談して進むか戻るか悩む」みたいなことにはなりません。

(※1:いや、SRPGでたくさんの敵に囲まれて一斉攻撃されるのはやっぱり難しいか(笑)。『ファイアーエムブレム』みたいに地形を利用して囲まれないように出来るゲームは別ですけど)



 私はこの他に「アクションゲームで一つのステージが長い」とか「アクションゲームでコンティニューポイントが少ない」のもあまり好きではありません。リトライした際に「やり直す箇所」が長くなってしまうので、やたら時間がかかるなーと思ってしまうからです。

 でも、本当に問題なのは“長い”ことではないと、この記事を書きながら思いました。
 “ただ長い”とか“同じことを延々と繰り返させられる”とか“ボリュームが水増しされている”と感じてしまうことこそが問題なのです。


 RPGにおける「敵のHPが高い」問題と、SRPGにおける「敵が多い」問題もそうです。
 本当の問題は「敵のHPが高い」ことでも「敵が多い」ことでもなく、“それでしかゲームバランスに変化をつけられない”ことにこそあるのだと思うのです。

 雑魚敵でもボス敵でも、バリエーション豊かな敵が出せず、ただ似たような攻撃をしてくる敵が「HPが高くなる」「数が多くなる」だけではそりゃ飽きてしまうし……飽きてしまうから「長い」「面倒くさい」と思ってしまうんでしょう。
 作っている人達だって「買ってくれた人がイライラするように敵のHPを上げまくってプレイ時間を水増しさせてやるぜ!」なんて思ってそうしているワケではないでしょう。さっきのダンジョンより強い敵を配置しようと考えた結果、そうなってしまっただけの話なんでしょう。

(関連記事:「ゲームに飽きるのは時間じゃないんだ」という当たり前な話



 去年プレイした『MOTHER2』や、今年プレイした『ドラクエII』が最後まで全く飽きることなく突っ走れたので気にしていなかったのですが。コマンドRPGって「プレイヤーを飽きさせない」のがムチャクチャ大変なジャンルのゲームなのではないかって思えてきました。

 プレイ時間が短いと中古に売られがちで、飽きさせずに長く遊ばせようとするとその分だけアイディアが必要で、多様な成長システムを採用すると「どんな育て方をしてもクリアできるように」しなくてはならないし……作っている人達も大変だったろうなと思います。ボロクソに批判した後に慌ててフォローしているみたいですけど(笑)。


 いや、ホント……このゲームを作った人や、このゲームを大好きな人からすると、「そんなに文句があるなら、こんな記事を書くんじゃなくてさっさと辞めて他のゲームを遊んでくれ!」と思われていそうで心が痛いんですけど。どうにかして……今回は最後までプレイしたいんです。一度放り投げてしまったゲームだからこそ。


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| ゲーム雑記 | 17:58 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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後悔を背負って生きる者の物語。『銀河パトロール ジャコ』全1巻紹介

【三つのオススメポイント】
・「これぞ鳥山明の漫画!」という世界観
・過去を変えようとする主人公「大盛博士」が何を意味するのか
・徹頭徹尾ムダのない“完成度の高いエンターテイメント作品”


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○ 「これぞ鳥山明の漫画!」という世界観
 この漫画は2013年7月から週刊少年ジャンプに短期集中連載された鳥山明先生の最新作です。自分はもうしばらく少年ジャンプ本誌を読んでいないので、この漫画のことも知らなかったのですが……入院している父に兄が差し入れていたのを見て、自分も借りて読んでみました。

 すんげえ面白かったです。
 「これぞ鳥山明先生の漫画だぜ!」と唸ったほどに。

 恐らく私が紹介するまでもなく御存知の方も多い作品でしょうけど、作品を御存知の方には「やまなしがこの漫画のどこをススメるのか」を楽しんでもらえればなと思って書きます。ネタバレはなるべくしないように紹介するので、みなさんもコメント欄などで物語の核心部分には触れないようにお願いします。



 「鳥山明」という漫画家に対してどういうイメージを持っているかは、恐らく世代によってちがうんだろうなと思います。『Dr.スランプ』のイメージの人も、初期『ドラゴンボール』のイメージの人も、後期『ドラゴンボール』のイメージの人も、漫画は一切読んだことがなくて『ドラゴンクエスト』のモンスターの絵を描いている人だって認識の人もいらっしゃることでしょう。

 私もこの作品を読むまでは、どうしても後期『ドラゴンボール』のイメージが強かったので、すっかり忘れていました。鳥山明という超天才は、“世界を魅力的に描く天才”だったのだ―――と。

 メカを“メカっぽく”描き、背景にも動物達を描きこむことで“背景”が“舞台”になり、どの角度からも空間を描くことができるデッサン力を持っていて……その技術の高さと描き込みの細かさにより、魅力的な世界を作り出していた漫画家だったと思うのです。


 後期『ドラゴンボール』は確かにバトル漫画家としてのイメージが強くなっていましたが、初期の短編~『Dr.スランプ』~初期『ドラゴンボール』は“魅力的な世界を描く人”という認識で作品が楽しまれていたと思うのです。
 『Dr.スランプ』はペンギン村が非常に魅力的に描かれていて「あの村が大好きだ!」と思わせられたし、初期『ドラゴンボール』はそこから更に進んで「何も知らない主人公:孫悟空が世界を冒険して世界の魅力を知っていく作品」でしたものね。



 この『銀河パトロール ジャコ』も、まさにあの頃の鳥山明先生の作品にワクワクさせられた気分を思い出す作品でした。メカも、動物も、都会の賑やかさも、自然の美しさもしっかり描かれていて、この世界に入り込まされてしまうのです。
 こういう作品を描かせても、やはりレベルがとてつもなく高いですね。



○ 過去を変えようとする主人公「大盛博士」が何を意味するのか
 自分がこの漫画を「すごく好きだ」と思ったのはこの部分です。
 この漫画の主人公は、一応名目上は「凶悪宇宙人から地球を守るために送り込まれた銀河パトロール隊員:ジャコ」なのですが……自分はやはりこの漫画の主人公は、「ジャコが出会う地球人:大盛徳之進」だと思うのです。

 大盛博士は67歳のおじいちゃん。
 元々は時空工学の権威でタイムマシンの研究を島で行っていましたが、大事故により妻やスタッフを多数失い、タイムマシン研究も凍結してしまいます。その後悔を背負った大盛博士は島に残り、たった一人でタイムマシンの開発を続けるのです。死なせてしまった妻やスタッフ達を、過去に戻って救うために。


 つまり、大盛博士というキャラは「死んでしまった者達のために過去を改変しようとしている」キャラなんです。



 こういうキャラ自体はそれほど珍しいキャラではないかも知れません。
 しかし、この作品におけるこのキャラというのは、実はダブルミーニングになっていて。詳しくは核心部分のネタバレになるので書きませんけど、大盛博士というキャラは鳥山先生自身であって、この物語は鳥山先生自身が「過去を改変すること」に向き合って描いた物語じゃないかと思うのです。

 そういう視点で考えれば、このダブルミーニングが作中でどういう結末を迎えるのかの意味が更にちがって見えるんじゃないかと思いますし。同じようにたくさんの後悔を抱えて生きている私達に対して、非常に優しい結末だったなと思うのです。



○ 徹頭徹尾ムダのない“完成度の高いエンターテイメント作品”
 『ドラゴンボール』は超長期連載になってしまった上に、後期の人造人間編や魔人ブウ編は路線変更・設定変更・伏線無視が目に付くこともあって……「鳥山明という漫画家は行き当たりばったりでストーリーを描いている」みたいな認識の人もいるんじゃないでしょうか。

 しかし、このブログで散々書いてきたように、『ドラゴンボール』ってものすごくよく考えられているストーリーなんですよ。「○○編」ごとに飽きさせない工夫、盛り上げる工夫がしっかりされているという。

(関連記事:『ドラゴンボール』におけるインフレバトルの葛藤
(関連記事:天津飯にはどうして「かめはめ波が効かない」のか?
(関連記事:「ピッコロ大魔王」編の衝撃は半端なかった
(関連記事:ベジータは誰に敗れたのか?
(関連記事:コルド大王は“旧世代の象徴”だったのだと今更ながらに気付きました
(関連記事:真にセルを倒したのは誰だったのか


 この『銀河パトロール ジャコ』は最初から短期集中連載とのことで「10+1話」と決まってのストーリーですから、ものすごくキレイにまとまっていて、序盤の何気ない描写が後半にしっかり活きてくるところが多いです。
 ムダなシーンのないコンパクトにまとめられた良質なストーリーになっているのです。『Dr.スランプ』なんかは1話完結の話が多かったですし、元々短編がものすごく上手い漫画家さんだったのでしょうしね。


 それでいて、やはり鳥山先生は生粋のエンターテイナーなんです。
 読者を楽しませる、ワクワクさせる、ドキドキさせる、スカッとさせる―――それが最優先で、確かにダブルミーニングで考えさせるところがないワケでもないのですが、そんな小難しいことを考えなくて頭空っぽで読んでもしっかり面白い作品になっているのも見事です。



○ 総評
 この紹介記事は「核心部分のネタバレ」にはなるべく触れないように書きました。
 ただ、その「核心部分のネタバレ」はプロモーション等でガンガン押し出されているし、Twitterで感想を呟いている人もそこを第一に触れる人が多かったですし、私の兄が父に差し入れした時にもそのネタバレをしてから渡したみたいですし。確かにそこを言わないと興味を惹かれないと、そこを言いたくなる気持ちも分かるのですが。


 私は、なるべくなら「何も知らない」状態で読み始めて欲しいなぁと思います。


 鳥山明という20世紀後半を代表する漫画家の最新作として、当時を知っている人はもちろん、知らない人にも是非手に取ってもらいたい一作です。そこで興味を持ったのなら、過去作に手を出せばイイのですしね。


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| 漫画紹介 | 17:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「アニメ好きな人」と「ゲーム好きな人」はイコールじゃないよね?

 随分と前だけど、仲の良いフォロワーさんがTwitterで呟いていたのを見て「確かにどうしてなんだろうな……」と思ったことがありました。記憶を頼りに復元すると、こんなカンジ。


「“ヲタク”という言葉を聞くと“アニメやゲームが好きな人”というイメージを持つ人が多いけど、“アニメが好きな人”と“ゲームが好きな人”って必ずしもイコールじゃないよね」(※1)


 このフォロワーさんは“アニメはほとんど観ないけど、ゲームは超好きな人”でした。
 私は基本的には“アニメは大好き、ゲームも大好きな人”です。
 他のフォロワーさんには“アニメは大好きだけど、ゲームはほとんどやらない人”も大勢います。


 “漫画が好きな人”が“アニメが好きな人”に近いというのは、「アニメ」はかつて「テレビ漫画」と呼ばれていたので、まだ分からなくもないのですが……“アニメ”や“映画”などの再生されるものを眺めるメディアと、“ゲーム”という自分で上達・攻略をしなくてはならないメディアは正反対の位置にあるものなので。

 色んなジャンル分けで「アニメ・ゲーム」と一括りにされているのを見ると、確かに違和感を覚えますね。

(※1:“ヲタク”という言葉の定義についても語ろうかなと思ったのですが、この記事で語りたいこととは全然ちがう展開になっちゃうのでやめます)



 それにまぁ……当たり前なことなんですけど。
 人間に与えられた“趣味に使える時間”は有限なので、“たくさんのアニメを観ている人”にはゲームを遊ぶ時間なんて残されないし、“たくさんのゲームを遊ぶ人”にはアニメを片っ端からチェックする時間なんてありません。
 私なんかはどっちもそこそこ半々くらいに時間を配分していますが、観られるアニメは週3~4本で、時間のかかるゲームは一切やらないと割り切っています。“たくさんのアニメを観ている人”にも“たくさんのゲームを遊ぶ人”にもなれないんですね。

 そうは言いつつ、私のTwitterのタイムラインにはRPGやりながらバンダイチャンネルの見放題アニメを漠然と流し観ている人とかもいますけど(笑)。ああいう人ってどういう脳の使い方をしているのかしら。すごいわ。





 というワケで……「アニメ」と「ゲーム」は全く別のメディアですし、「アニメ好きな人」と「ゲーム好きな人」は全く別の趣味の人達だと思うのですが。
 でも、どっちも興味がない人の気持ちを考えれば、「アニメ好きな人」と「ゲーム好きな人」を一緒くたにしたいのも分からなくはないです。

 例えば「車ヲタク」と「鉄道ヲタク」って当事者からすると全然ちがう人種なんだと思うのですが、どっちにも興味がない私からすると「車・鉄道ヲタク」というジャンル分けがされていたとしても何とも思わないですもの。「どっちも人が乗って動くものじゃん。あと多分、鉄で出来ている」くらいのイメージ(笑)。

 興味がない人からすると、共通点があるなら一つにまとめちゃっても問題なく見えるんじゃないかと思うのです。




 では、「アニメ」と「ゲーム」の共通点って何でしょ?

 一つには「アニメもゲームも“子どもが好きなもの”でしょ?」というイメージがあるかと思います。
 もちろん、大人になってもアニメが好きな人、大人になってもゲームが好きな人がいるから市場が成り立っているのですが……同世代の友達を見れば、大人になるにつれて「アニメが好きな友達」「ゲームが好きな友達」がどんどん減っていっているし、『脳トレ』ブームの頃のゲームを除けばどちらもあまり堂々と大人が「好き」と宣言しづらい状況ではあります。


 もう一つには、「アニメ好きもゲーム好きも“萌え”とか“声優”とかを好きな人達でしょ?」というイメージもあるかなと思います。
 ゲームと言ってイメージするものが『テトリス』とか『グランツーリスモ』だったら「え?『テトリス』のどのブロックに萌えるのかって?」とまぁマニアックにも程があると思うのですが(※2)……パソコンゲームの歴史を見れば初期の頃からアダルトゲームがありましたし、90年代に入ってからのギャルゲーの台頭と、PCエンジンCD-ROM以降は大量の音声を収録することが出来るようになりましたし、アニメムービーの再生も容易になりましたし。

 ゲームには「アニメのようなゲーム」というジャンルがあるのは確かです。

(※2:『テトリス』のブロックは正式には“テトリミノ”と呼びます)



 逆に、アニメにも「ゲームのアニメ化」というジャンルがあるとも言えます。
 『ポケモン』や『妖怪ウォッチ』や『アイカツ!』のようにゲームとアニメの企画が連動しているメディアミックス商品もあれば、例えばPC用の美少女ゲームのアニメ化なんかは以前から根強い需要のあるジャンルでしたし、『シュタインズゲート』『ペルソナ4』『アイドルマスター』『ダンガンロンパ』など“既に人気のゲーム”を原作にアニメ化してそのタイミングでゲームの新作も投入する商品なんかも最近ではよくありますよね。今季で言えば『アトリエ』がそうか。




 アニメの『アイマス』は大好きだけど、ゲームの『アイマス』は一切やっていないという人もいますし……同じ名前の商品であってもアニメとゲームのファン層はイコールではないと思うのですが、商品展開としてアニメとゲームが互いに宣伝効果を生むことはありますし。
 「ゲームとは無縁なアニメ」「アニメとは無縁なゲーム」がいっぱいあったとしても、「ゲームっぽいアニメ」「アニメっぽいゲーム」が目立つことで、「アニメ」と「ゲーム」が一括りにされるのかもなぁと思いました。


 まぁ、それこそ“「女ばかりのアニメ」は本当に多いのか問題”にも近い話で。一部のヒット作が目立ちすぎて、それが全体的な傾向に思えるってのはあるかと思います。




 私自身の嗜好で言うと、「ゲームのアニメ化」は元のゲームを知らなくてもすんなり楽しめます。でも「アニメっぽいゲーム」はそんなに好きじゃないんだなぁというのを最近よく考えています。
 自分がゲームに求めているのは“手触り”とか“テンポ”とか“爽快感”なので、声優さんが喋ったりアニメーションが豪華に動き回ったりするかどうかよりも、「触って気持ち良いか」「小まめに中断できるか」「遊び終わって気分が晴れるか」の方が重要で。

 私は「アニメ」も「ゲーム」も大好きだけど、その二つに求めているものはちがうんだなと思いますし、「アニメ・ゲーム」と一括りにされることへの違和感の根本はココなのかなと思いました。


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| ゲーム雑記 | 17:51 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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「嫌いなキャラがいない世界」を欲する時

 自分は、毎年3月の年度末に「今年度観たアニメの中でお気に入りTOP5」を記しています。あくまで“私の好み”の話ですから大々的に「みんな読んでくれー!」と言うのではなく、個人的なメモとしてWEB上に残しておこうとしているだけなんですけど……


 WEB上に残すことで「その時の自分の精神状態」がよく分かるTOP5になっているなと思いますね。特に今年は、分かりやすく「嫌いなキャラがいない作品」を上位に並べているように思えます。

1.『銀の匙 Silver Spoon』
2.『境界の彼方』
3.『ガンダムビルドファイターズ』
4.『未確認で進行形』
5.『進撃の巨人』


 『進撃の巨人』はそうでもないですし、『ガンダムビルドファイターズ』はマシタ会長のことが大嫌いでしたけど(笑)。『銀の匙』『境界の彼方』『未確認で進行形』は、私にとって「嫌いなキャラがいない」ことで大好きになれた作品でした。

 これは前季のアニメ視聴ラインナップを決める時にも、今季のアニメ視聴ラインナップを決める時にも思ったことなんですが……今の私は、両親ともに入院をしていて、経済的にも肉体的にも不安を抱えているので精神的に相当キちゃっている状況です。
 こんな中でアニメを観る際にアニメに求めるのは「癒し」であり「安らぎ」なのだから、わざわざ「嫌いなキャラ」を観てストレスを溜めるのではなく、「登場キャラクターみんな大好き」という作品を欲してしまうのは仕方のないことだと思うのです。



 “悪意”が存在しないアニメを観たい時

 これは去年の夏アニメ『たまゆら もあぐれっしぶ』についての記事でした。
 あの頃の自分はまだこういう精神状態ではありませんでした。だから『たまゆら』よりも『進撃の巨人』が楽しめました。しかし、今の自分は『進撃の巨人』を楽しめる状態ではないんですね。きっと今観たら打ちのめされてしまいます。


<以下、引用>
 アニメを楽しめるかどうかは、私達次第だと思うんです。
 それは「訓練」とか「ひねくれ」とかじゃなくて、「自分がそれを欲しているか」という話。お腹が空いている時に食べるカツカレーは美味しいけれど、炎天下を10kmの走り込みをした後にカツカレーは食べられない、みたいな。

 <中略>

 でも、きっと。
 またいつか『たまゆら』のような「“悪意”が存在しないアニメ」を欲する時が来るんです。
 味付けの濃いものばかり食べ過ぎると家庭料理とかスローフードを求めるように、その時には『たまゆら』を観ればイイんです。

</ここまで>



 ただ、今の自分が欲しているものは「“悪意”が存在しないアニメ」というよりかは「嫌いなキャラがいないアニメ」かなと思います。
 前季の『未確認で進行形』には“嫉妬”も“劣等感”も“孤独”もありました。終盤に向けてシリアスな展開もありました。でも、出てくるキャラクターがみんなバカでみんな大好きだったから、私はこのアニメに癒されました。10話だったか、このはが仁子ちゃんに情報提供するシーンで私は「このアニメが本当に大好きだ」と思えました。



 詳しく書くとネタバレになるから具体名は出しませんが、『境界の彼方』には“敵”がちゃんと出てきます。原作では“世の中には悪い人がいる”というもっと分かりやすい表現がされていました。この作品は原作・アニメともに「“悪意”が存在する作品」だと思います。

 でも、私はその“悪い人”も嫌いになれなかったので、この作品が大好きだったのだと思います。“敵”もちゃんと理由があって行動していることが分かったから、“良い人”も“悪い人”も“敵”も“味方”も“男”も“女”も全員大好きでした。それは別に私が博愛主義者だからということではなく、最終話で主人公がとった行動を思い出せば、この作品が描いていたものはそういうことだと思えますしね。



 『銀の匙』が好きだったのも、出てくるキャラクターみんなが大好きだったということもありますし。そもそもこの作者の代表作『鋼の錬金術師』も、「誰もが“世界”を構成する一つ」を描いていた作品ですもんね。『鋼の錬金術師』はバトル漫画だったので“敵”が出てきましたけど、どうしようもなく憎い連中として描かれるワケではなかったので、“敵”のポジションのキャラも非常に人気が高かったですもんね。

 『銀の匙』は学園青春モノだから“敵”は出てこないし、序盤のピザを作る回の時点で酪農科・農業科・食品加工科・農業土木工学科・森林科学科と「色んな人の協力があって食べ物は出来る」と描いていて。だからもう、あの作品に出てくるキャラは誰一人嫌いになれなくて。あのアニメを1位にしたのも、やっぱりそこが一番大きかったのかなと思います。




 もちろんコレは“今の精神状態の私”が“好きなもの”というだけですから……みなさんにも当てはまるなんてことは思いません。
 みんながみんな「好きなキャラ」がちがうように、「嫌いなキャラ」もちがうことでしょう。『境界の彼方』の“敵”や『鋼の錬金術師』の“敵”が嫌いだったという人もいるでしょうしね。




 私がわざわざこんなことを文章化してまで語りたいのは……「嫌いなキャラ」がいることで成り立つストーリーだってあるのに、「嫌いなキャラ」がいない作品ばかりを選んでいてイイのだろうかということです。
 「嫌いなキャラ」をやっつけるストーリーとか、「嫌いなキャラ」が成長して「大好きなキャラ」になるストーリーとか、周りが「嫌いなキャラ」ばかりだからこそ際立つ主人公の孤独とか……「嫌いなキャラがいないアニメ」ばかりを選んでいる今の自分は、そういうものには出会えないんだなと思わなくもないんです。


 まだ第1話を観ただけなんですけど、今季の『悪魔のリドル』をどうするべきか悩み中……ストーリーとしても設定としてもすごく面白そうなのだけど、(一人を除いて)登場人物全員イヤなヤツという『アウトレイジ』のような作品で、まさに“「嫌いなキャラ」がいることで成り立つストーリー”になりそうなんですが。観続ける精神力が今の自分にあるのかどうか不安なのです。



 『けいおん!』が人気だった頃に批判意見としてよく言われていた「このアニメにはストーリーがない」とか。『たまゆら』に言われた「善意だけで出来ているアニメは毒だ」とか――――あの辺の表現はイマイチピンと来なかったんですけど、「嫌いなキャラのいない世界では物足りない」という表現ならば分からなくもないんですね。

 もちろん「嫌いなキャラ」は主観ですから、『けいおん!』や『たまゆら』に対して「私はあずにゃんが嫌いだ」「楓にょんも嫌いだ」という人が世の中に何人かはいるのは分かるのですが……それは作り手が意図していない「嫌いなキャラ」なので。
 作り手がしっかり意図して「みんなが嫌いになるキャラ」を出して、そこまでして描きたいものがあるんだ―――という作品でなかったことは確かなので。そういう批判は分からなくもないですし。


 逆に言うと、そういった「嫌いなキャラ」を排除していった世界にこそ「癒し」があるからこそ、あの頃も今も日常アニメに一定の需要があるんだと思いますしね。まだ観ていないけど『ご注文はうさぎですか?』も観ておくべきかなー。

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| ひび雑記 | 17:59 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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新作『スマッシュブラザーズ』、リストラされるキャラは結局誰だ!?

 4月9日、任天堂は「大乱闘スマッシュブラザーズ Direct」を公開し、ニンテンドー3DS用とWii U用に開発されている『スマッシュブラザーズ』についての発表を行いました。





 3DS版は2014年春、Wii U版は2014年冬発売予定のことです。
 「Wii U版の方が後なのかよ!」とは思うけど、据置機のソフトの方が開発に時間がかかるんでしょうしね……しかし、これだと「スマブラのためにWii U買おう」って人がどれだけいるのか。


 3DS版とWii U版はファイターは共通。
 ただし、両機種でステージは異なります(基本的に3DS版が携帯機のソフトにちなんだステージで、Wii U版が据置機のソフトにちなんだステージ)。今回発表された“3DS版にしかないモード:フィールドスマッシュ”のように、Wii U版にはWii U版にしかないモードが入っているんじゃないかと思われます。


 しかし、今日の話題は両機種共通の“ファイター”についてです。
 参戦が発表されているキャラも多くなってきたので、まとめてみようと思います。
 今作がシリーズ初参戦のキャラは「★」で表記します。


マリオ
ルイージ
ピーチ
クッパ
ヨッシー
ロゼッタ&チコ
ドンキーコング
ディディーコング
リンク
トゥーンリンク
ゼルダ
シーク
サムス
ゼロスーツサムス
カービィ
デデデ
フォックス
ピカチュウ
ルカリオ
リザードン
ゲッコウガ
ピット
ロックマン
むらびと
Wii Fitトレーナー
ピクミン&オリマー
ソニック
マルス
リトル・マック


 現在のところ発表されているのは29名。
 こうやってまとめてみると「あれ?あのキャラってまだ参戦発表されていないんだ?」というキャラも結構いますね。リストラされているのか、それともこれから発表されるのかは分かりませんが……

 今回のダイレクトで印象を受けたのは「システムとして複雑だったキャラを分かりやすくしよう」ということでした。
 これまでの「ゼルダ←→シーク」「サムス←→ゼロスーツサムス」という“一つのキャラで二人のキャラを切り替えられる”という要素を、今作ではバッサリ別キャラ扱いにしているのが分かりやすいですね。前作では「ポケモントレーナー」の操る3つのポケモンの一つだった「リザードン」が単独キャラに昇格しているのもそういうことでしょう。

 「ピクミン&オリマー」も同時に連れられるピクミンの数が6匹から3匹に変更になりましたが、桜井さん曰く「数が絞られる&色の順番が決まっていることでマネージメントが重要に」ということですね。何色のピクミンをどう使うのかという戦略が重要になると。




 さてさて、今日の記事は「なるほど、これまでに29名も発表されているのか。では、あとどのくらいのキャラが未発表なのかな」という話です。
 前作『大乱闘スマッシュブラザーズX』は35名(もしくは39名)でしたが、桜井さんは恐らく「どんどんキャラ数を足していくのがシリーズの正しい進化ではない」と考えておられるでしょうし……全体の数はそれほど増えず、新しく参戦したキャラがいる一方で、ひっそりといなくなるキャラも出てくると私は予想します。


 ということで、この機会に過去作の参戦キャラもまとめてみようと思います。
 3DS版&Wii U版に参戦が発表されているキャラは「○」で、発表されていないキャラは「×」で表記します。「隠しキャラクター」も列挙することになるので、過去作のネタバレが気になるという人は読まない方がイイと思います。


【ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ】
マリオ
ヨッシー
ドンキーコング
リンク
サムス
カービィ
フォックス
ピカチュウ

<隠しキャラクター>
ルイージ
×プリン
×キャプテン・ファルコン
×ネス


 以上、12名。
 最初はこんな人数から始まったんですね。ルイージは置いといて、まさに“任天堂オールスター”の名に相応しく主人公クラスのキャラが結集したメンバーだと言えます。



【大乱闘スマッシュブラザーズDX】
マリオ
ピーチ
クッパ
ヨッシー
ドンキーコング
リンク
ゼルダ
 ○シーク
サムス
カービィ
フォックス
ピカチュウ
×キャプテン・ファルコン
×ネス
×アイスクライマー

<隠しキャラクター>
ルイージ
×ドクターマリオ
×プリン
×ミュウツー
×ピチュー
マルス
×ロイ
×Mr.ゲーム&ウォッチ
×ファルコ
×ガノンドロフ
×こどもリンク


 以上、25名。シークも別キャラ扱いでカウントすれば26名。
 「モデル替えキャラ」を入れることで、非常にバラエティ豊かなメンバーが揃いました。




【大乱闘スマッシュブラザーズX】
マリオ
ピーチ
クッパ
ヨッシー
ドンキーコング
ディディーコング
リンク
ゼルダ
 ○シーク
サムス
 ○ゼロスーツサムス
カービィ
×メタナイト
デデデ
フォックス
ピカチュウ
×アイスクライマー
ピット
×ワリオ
×アイク
×ポケモントレーナー
 ○リザードン
 ×ゼニガメ
 ×フシギソウ
×スネーク
×リュカ
ソニック
ピクミン&オリマー

<隠しキャラクター>
×ネス
マルス
ルイージ
×ファルコ
×ウルフ
×キャプテン・ファルコン
ルカリオ
×プリン
×ロボット
×Mr.ゲーム&ウォッチ
×ガノンドロフ
トゥーンリンク


 以上、35名。
 シーク、ゼロスーツサムスを別キャラとしてカウントして、「ポケモントレーナー」ではなく「リザードン」「ゼニガメ」「フシギソウ」という3キャラとカウントすると、39名。

 隠しキャラを含めない“発売前に明らかになっていたキャラ”の数は23名(もしくは27名)なので、実は最新作の『スマブラ』は“発売前に明らかになっていたキャラ”の数で既に『スマブラX』を越えているんですね。





 さて……見てもらえば分かるとおり、「シリーズに登場していたのに今作ではまだ参戦が発表されていないキャラ」の中には「過去作でも隠しキャラクターだったキャラ」が多くいます。例えば「プリン」なんかは過去の作品で全て「隠しキャラクター」だったワケですから、今作でも参戦した場合は「隠しキャラクター」になると思われます。発売前に明らかにならなくても不思議はないんですね。

 ということで……「×」印の付いた「シリーズに登場していたのに今作ではまだ参戦が発表されていないキャラ」を整理してみて、個別に考えていきましょう。




×ドクターマリオ
 ……『DX』の隠しキャラとして参戦。『X』でも参戦しなかったので、今作での参戦の可能性は低そう。

×ワリオ
 ……『X』で初参戦。現在でも彼主役のゲームが定期的に登場している上に、強烈な個性のキャラなので「出ない」可能性の方が考えられないのだけど。意外にもまだ参戦が告知されていないんですね。

×キャプテン・ファルコン
 ……初代や『X』では隠しキャラとして、『DX』では通常キャラとして参戦。『F-ZERO』シリーズ自体が継続されていない状況なので参戦しないんじゃないかという不安もありますが、初代から皆勤で参戦しているキャラなので隠しキャラとして出てくるんじゃないかと思うのですが。

×ネス
×リュカ

 ……ネスは初代や『X』では隠しキャラとして、『DX』では通常キャラとして参戦。リュカは『X』で初参戦。『MOTHER』シリーズもシリーズが継続されていないのだけど、ネスは皆勤で参戦しているキャラですし、“他にはない絵柄”のキャラなのでどちらかは出るとは思うんですけど。その場合はネス継続で、リュカがリストラですかねぇ。

×アイスクライマー
 ……レトロゲーム枠は分からないところ。「二人セットのキャラ」ということで前作までは参戦されていましたが、今作では「ロゼッタ&チコ」がいますし、キャラの性能を分かりやすくする方向性の今作では続投は厳しいんじゃないかと予想します。

×プリン
×ミュウツー
×ピチュー
×ポケモントレーナー
 ×ゼニガメ
 ×フシギソウ

 ……『ポケモン』勢は既に4キャラが参戦発表されていて、プリンは間違いなく「隠しキャラ」として入るでしょうから。残りは1~2枠ですかね。世間ではミュウツーの復活を切望する声が大きいようですが、果たして。

×Mr.ゲーム&ウォッチ
 ……この手のキャラは「キャラ選択画面」の中に「え?こんなヤツいるの!?」と思わせるための枠として確保したいところだと思うのですが、出るとしても「隠しキャラクター」としてでしょうね。

×ファルコ
×ウルフ

 ……この辺が難しいですね。『スターフォックス』はシリーズが継続していない状況なので、(「モデル替え」だとしても)そんなに枠を用意するかなーというところ。リストラ候補かなーと予想しています。

×ガノンドロフ
×こどもリンク

 ……トゥーンリンクの参戦で、こどもリンク参戦の可能性は低いと思います。ガノンドロフはどうですかね。出すんだったら「モデル替え」じゃないガノンドロフで見てみたい気もしますが、そもそもキャプテン・ファルコンすらリストラされかねないし。

×メタナイト
 ……「戦艦ハルバード」というステージはWii U版のステージとして続投しているんですよね。それなのにファイターとしての参戦が発表されていないということは、出ないのか、それともヨッシーのように「作るのに時間がかかっているのでまだ見せられない」のか

×ロイ
×アイク

 ……『ファイアーエムブレム』枠。『DX』のロイは『封印の剣』発売前だったからで、『X』のアイクは『蒼炎の軌跡』『暁の女神』の発売後だったからなので。今作にもあと一つ『ファイアーエムブレム』枠があるのなら、また別のキャラになるんじゃないかなと思います。
 個人的には似通った主人公キャラよりも、チキみたいなマムクートの参戦が見たいんですけど……

×スネーク
 ……任天堂以外の作品で、前作に出ていて、今の時点で発表されていないということは可能性は低そうですね。

×ロボット
 ……このキャラは「亜空の使者」のストーリーがあってこそのキャラなので、多分リストラされてるんじゃないかと思います!





 現時点で発表されているのが29名で、前作のファイターが39名なので……まだ参戦が発表されていないファイターが10名+ちょっとだと考えると。
 「ワリオ」「キャプテン・ファルコン」「ネス」「プリン」「Mr.ゲーム&ウォッチ」「ガノンドロフ」が続投、「ポケモン枠」「ファイアーエムブレム枠」があと一つずつ、ロボットみたいな「意外な枠」が一つ、あとまだ発表されていない「サプライズ枠」が一つだと予想しておきます。

 3DS版が発売される夏までにE3がありますからね。
 E3で3DS版&Wii U版共通の“最後のサプライズ参戦”を発表し、夏の3DS版発売に弾みをつけて、Wii U版の販促は秋頃に「3DS版にはないモードや連携要素」を発表ってカンジになるんじゃないかと思います。


 プロモーション的なことを考えれば“最後のサプライズ参戦”をE3まで温存しておいていないワケがないと思うのですが、去年の「ロックマン」「むらびと」「Wii Fitトレーナー」を越えるインパクトは流石に難しいか(笑)。


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| ゲーム雑記 | 17:56 | comments:21 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ファン」が「評論家」になってしまう瞬間

 ちょっと前の話題ですが、他人事ではないPOSTがTwitterで流れてきました。






 私は自分を「ファン」だと思っています。
 漫画を読むのも、アニメを観るのも、ラジオを聴くのも、スポーツを観るのも、ゲームを遊ぶのも、漫画ファンでありアニメファンでありラジオファンでありスポーツファンでありゲームファンであるからです。楽しい!大好き!という感情がまず第一に来るのです。

 もし私のことを過大に評価していただいて「あの人は評論家だ」とか「あの人の分析は常に正しい」みたいに思ってくださる人がいたら申し訳ないんですけど、私は私が語るのは主観的な「楽しい!」「大好き」であるべきだと思っています。






 しかし、「楽しい!」と思う気持ちが「大好き!」となり、こんな大好きなものだから「応援したい!」と思い、まだこれを知らない人に向けて「オススメしたい!」と行動に移し始めると……語っていることが、単純な「楽しい!」「大好き!」では収まらなくなってしまうのです。

 私は“自分が楽しいもの”が“みんなが楽しめるもの”だとは思わないので、この“自分が楽しいもの”がどういう人に薦められて、どういう人には薦められないのかを考えてしまいます。その結果、「この作品はココが良いからこういう人にオススメで、ソコは悪いからそういう人には薦められません」みたいな“悪かったところ探し”をしてしまうことが多々あります。


 「好き」だけ語っている内は楽しかったのに、
 「オススメできるか」を語り始めると楽しくなくなってしまう――――


 なので、“「ファン」は度が過ぎると「評論家」になってしまって~~”というこの方のPOSTがすごくよく分かるのです。もちろん本物の「評論家」のようになれればイイのですが、見よう見まねで“作品の悪いところを批判”するだけの「評論家もどき」「批評家もどき」に私自身何度もなっていたと反省することが多いです。
 何度も自分の中で葛藤してきた問題で、以前にもブログで似たようなことを書いたことがあると思うんですが。その度に、だからこうすればイイんだ、だからこうあるべきなんだと思っても、ふと気付いたらまたこの問題に戻ってきてしまうのです。

 というか……前回の記事もそんなカンジでしたしね……




 また、ブログを定期的に更新しようと思うと、「好き」だけではネタが続かないという問題もあります。そう簡単に「大好き!」と言えるものに出会えるワケではありませんから、「ここは好きなんだけど、そこがちょっとなー」という作品を話題にするしかない時もあって。

 だんだんそうなると、「俺は本当にファンなのか??」と自分の立ち位置が分からなくなってしまうという。「俺は本当にゲームが好きなのか??」と思いながら、今ゲームしていますもの私。




 毎年そうなんですけど、何故だか私は「1~3月放送の冬アニメ」に夢中になることが多くて。今年は『未確認で進行形』、去年は『たまこまーけっと』、一昨年は『あの夏で待ってる』、その前は『まどか☆マギカ』―――その反動で「4~6月放送の春アニメ」になかなかハマれないということがあるんですね。

 現状もそう。
 『未確認で進行形』だけでなく『いなり、こんこん、恋いろは。』や『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』と、2クールものの『銀の匙』と『ガンダムビルドファイターズ』が終わってしまって。この喪失感の中、なかなか春アニメの話題を「楽しい!」と叫べない気分で。


 「俺は本当にアニメが好きなのか??」と思いながら、アニメを観ている現状。
 なかなかね、「大好き!」と言えるものに出会えることってありませんから。




 それと……今ちょっと家族の容態も深刻なところがあって、そのせいでゲームもアニメも楽しめていないところが多少あると思うんですけど。ブログに「楽しい!」「大好き!」と書くほどの気分にもなれないんですね。
 そういう時は“作品の悪いところを批判”するだけの「評論家もどき」「批評家もどき」になってしまいがちなのかなぁと。荒んだ精神状態の時は、荒んだ発想が出てきやすいというか。


 この気持ちを全部吹き飛ばすくらい「大好き」な作品に出会えたら、そんな作品こそが本当の「大好き」なんでしょうけどね。こういう時は「大好き」な旧作を引っ張り出してくるべきかなー。


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| ひび雑記 | 17:53 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ゲームに飽きるのは時間じゃないんだ」という当たり前な話

 5年半前に買ってプレイしていたけど途中でやめてしまっていたDSソフト『キミの勇者』を、3月になって最初から始めた――――という話は以前に書きました。
 5年半前にやめてしまった理由は「漫画を描く時間を確保したかったから」とか「コンボを探すのが面倒だったから」とか、“それっぽい”理由を自分の中に作って納得していたのですが……2014年の今プレイをしていて、そういう理由は後付だったんじゃないかなと思ってきました。



 ちょうど5年半前にやめてしまった辺りを、今プレイしているのですが……
 今の私も「ずっと同じことの繰り返しで飽きてきた」と思いながらプレイしていますもの。「時間がないから」とか「コンボがどうの」とかはそれっぽい理由ですが、シンプルに「面白くなくなったから」やめてしまったんじゃないかと思うのです。


 プレイ時間は15時間程度。
 元々私は「プレイ時間の長いゲーム」が好きではなくて、プレイ時間が短く済むDSiウェアなどのダウンロードソフトなんかを好んで遊んでいたのですが。もちろんクリアまでに15時間以上かかるゲームでも、最後まで飽きずにプレイしたゲームもたくさんあります。

 3DSの『思い出きろく帳』を見たら、『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』も『レイトン教授VS逆転裁判』も『ファミコンウォーズDS 失われた光』もプレイ時間20~30時間の間ですが最後まで楽しめましたし。『カルチョビット』は体験版も合わせたら100時間近くプレイしていました(流石にその辺で飽きてやめてしまったのですが)。
 Wii Uの『毎日のきろく』を見たら、同じコマンドRPGの『MOTHER2』は25時間、故あって途中でやめてしまったのですが『レゴシティ』は22時間のプレイ時間で。どちらも全く飽きずにプレイしていました。



 私が好きではなかったのは「プレイ時間の長いゲーム」ではなかったんです。
 「変化のないゲーム」が好きではなかったんです。



 前回の記事を書いて「昔のマイナーなゲームであっても話題に出したいのなら出してもイイと思いますよ!」という暖かいコメントやリプライをたくさんもらったので、『キミの勇者』の話を堂々と書きますけど。
 このゲームは「RPGの時間がかかる部分を削ろう」というコンセプトのゲームで、「ワールドマップはない」「街での行動はメニューを選ぶだけ」「イベントシーンはアドベンチャーゲームのような立ち絵での会話のみ」という大胆な切り捨て方をしていて、ゲームとしては「ダンジョン探索」と「戦闘」に特化したゲームなんです。

 なので……最初の頃は「面倒くさいことをやらなくてイイ!」「サクサク進む!」と喜んでプレイしていたのですが、10時間を越えた辺りで「ゲームとして全く変化がない」ことに飽きてきてしまったのです。

 言われたダンジョンに行く→ ザコ敵が出てきたらオート戦闘で倒す→ ダメージが蓄積されたら回復する→ ボスまでたどり着いたら全キャラの火力を集中して倒す

 最初のダンジョンも、今プレイしているダンジョンも、やっていることがほぼ一緒。
 仲間が増えても、敵が強力な技を使うようになっても、やることはほぼ一緒。



 「そんなのどんなコマンドRPGだってそうだろう」と思っていたのですが……
 例えば『ドラクエ2』で仲間が一人ずつ増えたり、新しい魔法を覚えたりした時の「今まで出来なかったことが出来るようになった」感とか。『MOTHER2』で新しい街に着いた時の「世界が広がっている」感とか。『ファイナルファンタジー』シリーズのイベントシーンの「グイグイ話を引っ張っていく」感とか、バリエーションに富んだボス戦のアトラクション感とか。

 そういうRPGの「プレイに時間がかかる部分」こそが、何十時間とプレイしても次から次へと新しいことが起こるので「次は何が起こるんだろう」と期待させてくれていたんです―――
 コマンドRPGなんてどこが作ってもそれなりのものが出来るだろうなんて舐めたことを思っていましたが、「最後まで飽きさせないRPG」と「途中で飽きてしまうRPG」の違いはあるんだなとつくづく考えさせられました。


 他の人のレビューを読む限り、今の自分の進行状況は半分くらいみたいなんですけど……どうしますかね。ここで投げ出すと5年半前と同じことになるので、少しずつでも進めるべきかと思うのですが。

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| ゲームプレイ日記 | 17:57 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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「原作通り」を再現するアニメと、「原作とは違う物語」を描くアニメ

※ 今日の記事は、なるべくネタバレしたくないけれど「具体的なネタバレをしないと伝わらない箇所」も多いので……ネタバレ箇所は文字色を隠すことにしました。ネタバレ部分は読みたい人だけ反転させて読んでください。


 1年前、このブログに「アニメの後に原作を読むススメ」という記事を書きました。
 原作至上主義者の自分は、原作→アニメの順に観ると「カットされた台詞」とか「原作とちがう展開」とか「読み言葉と書き言葉のちがいによるテンポの差」とかが気になって文句を言ってしまうのです。しかし、アニメ→原作の順に読むと「元々はこうだったものをああ再構成したのか」とか「アニメではよく分からなかったけど原作ではここが伏線になっていたのか」と後から分かるので面白い―――という記事でした。


 さて、そこから1年が経ちまして。
 この1年間で私は実際に「アニメが面白かったから原作も読んでみよう」と、『とある科学の超電磁砲』『銀の匙』『のんのんびより』『境界の彼方』『いなり、こんこん、恋いろは。』『未確認で進行形』の原作を読みました。
 ただし、あくまで「アニメ→原作」の順に読みたいので、2期があることを期待して読んだのはアニメになった巻まで――――『とある科学の超電磁砲』は7巻まで、『銀の匙』は9巻まで、『のんのんびより』は最新刊6巻まで、『境界の彼方』は1巻まで、『いなり、こんこん、恋いろは。』は5巻まで、『未確認で進行形』は最新刊5巻までしか読んでいませんが(※1)

(※1:ちょうど都合よく巻の区切りがイイことばかりでないので、アニメになっていないエピソードを読んでしまうこともあるんですけどね。『のんのんびより』の6巻なんかはアニメになったエピソードは1話だけでしたし)



 んで、今更なんですけど……
 一言に漫画や小説が原作のアニメと言っても、「原作通りの物語に進むアニメ」「原作とは違った物語が描かれるアニメ」があるんだなと思いました。


 『のんのんびより』のアニメは、割と「原作を忠実に再現しているアニメ」でした。
 第1話と最終話に“アニメとしての区切り”をカンジさせる描写がありましたし(以下ネタバレ:第1話で桜まで歩くシーンや、最終話で蛍が「ここに来て良かった」と言うシーンはアニメオリジナルのシーン)、ところどころにエピソードを強化する描写が足されていたりもするのだけど……
 基本的には「細かいギャグも含めて原作通りに再現したエピソード」を、並び替えて再構築している―――というアニメ化だったんですね。

 「この場面は原作では○○と××しかいなかったけど、アニメでは△△が加わっている」みたいなことはやらなかったんですね。例えば『未確認で進行形』では原作では2巻のラストまで出てこない末続このはが、アニメでは序盤から顔を出している―――みたいなことがありましたし、他のアニメでもよくあることだと思うのですが。『のんのんびより』ではこういうことは行われませんでした。
 アニメを観た際の自分は、第4話で夏休みにひかげが帰ってくるのに、その後れんげとほのかちゃんの話には全く絡まないことがすごく不思議だったのですが……原作だとあの話は別々の二つのエピソードなんですよね。だから、ほのかちゃんの話にはひかげは登場しないという。




 対照的に「原作とは違った物語が描かれるアニメ」だったのは『境界の彼方』でした。
 京アニにとってKAエスマ文庫の小説は「原作」ではなくて「原案」である――――という揶揄をどこかで見たことがありますが、それも分かるくらい原作とは全くちがうストーリー展開でした。どのくらいちがうかと言うと、一応原作通りに進んでいるなと言えるのは「第1話のAパート」までで、それ以降はほぼオリジナル展開でした。

 というか、栗山さんの設定も、秋人の設定も、美月の設定も、原作から大きく改変していますし……妖夢を倒して妖夢石を換金するという設定もアニメオリジナルですし。ビックリするくらいの別物でした。
 特に栗山さんは原作だと最初から凄腕の戦士なのですが、アニメでは妖夢を倒したことがない上にトラウマ持ちという最弱キャラに変わっていたので……原作ファンはアニメの栗山さんをどう思ったのだろうと私気になります。


 それでも「原作の魅力は会話劇」というアニメスタッフのインタビュー通り、原作の会話劇をアニメでは全くちがうシチュエーションで使ったりしていて。「アニメ→原作」の順に観ると「元はこんなシーンの台詞だったのかよ!」と驚けるので、アニメを好きだった人にも原作は結構オススメですが。

(関連:『境界の彼方』アニメでキャラを好きになった人達へ、原作小説その他のススメ




 この記事のサンプルとして面白そうなのは『とある科学の超電磁砲』でした。
 というか、『とある科学の超電磁砲』の原作を読んだ半年前にこの記事を考えたと言いますか……『とある科学の超電磁砲』のアニメは1期が「原作とは違った物語が描かれるアニメ」で、2期が「原作を忠実に再現しているアニメ」だったのです。

 『とある科学の超電磁砲』のアニメ1期が放送された2009年の段階だと、原作はシスターズ編の途中だったため、アニメでシスターズ編を描くことは出来ませんでした。なので、アニメ前半の1~12話で原作1~3巻に該当するレベルアッパー編を描き、アニメ後半の13~24話はアニメオリジナルエピソードを描くことになったのですが……
 アニメオリジナルエピソードになる後半を「表主人公:美琴/裏主人公:佐天さん」の物語にするために、原作のある前半のレベルアッパー編もところどころ改変されているんですね。銀行強盗とのバトルなんか、原作では美琴と黒子と初春の3人しかいないのですが、アニメでは佐天さんも含めた4人が遭遇して、アレが佐天さんの物語のスタートになっているという。


 なので2期もそういうカンジになるんだろうなーと思いきや……2期はアニメ1~16話が原作4~7巻のシスターズ編になるのですが割と「原作のまま」なんですね。
 一応、アニメ1期を受けて「ただ黙って待つ黒子や初春や佐天さん」の描写が足されてはいるのですが、本編『とある魔術の禁書目録』との矛盾を起こせないので、メインのストーリーラインは原作から大きく変えることも出来ず。17話以降のアニメオリジナルエピソードも、その後始末のような印象は正直受けました。

(関連記事:1期と2期は別物だった。アニメ『とある科学の超電磁砲S』感想


 ちょっとついでに語っておきたいこと。
 前の記事で「原作が連載中の漫画のアニメ化だと、アニメの中で伏線が回収されずに終わってしまう」ということを書きましたが、『とある科学の超電磁砲』のアニメ1期は“伏線をまるごとカット”しているのです。
 原作ではレベルアッパー編→シスターズ編という順番なので、レベルアッパー編のラストにシスターズ編の伏線が張られるのですが(以下ネタバレ:レベルアッパーのアイディアはシスターズのミサカネットワークからヒントを得たと木山先生が言うシーンが、アニメではなくなっている。それと、初春がレベルアッパーのワクチンを学園都市中に流している際に、原作ではアイテムの4人の台詞があるのだけど、アニメでは一瞬映るだけで台詞はなくなっている)、アニメ1期では前述した通りシスターズ編を描けなかったのでシスターズ編の伏線をカットしているのです。

 2期があるか分からないアニメ化の場合、「思わせぶりな伏線を張って終わる」のではなく、こうやって「回収できない伏線はカットする」方が自分はイイんじゃないかと思います。まぁ……残している作品も「気になる人は2期のためにブルーレイ買ってね」ということではなく、ストーリー上どうしても残さなくてはいけないから残しているだけだと思うんですけど。





 閑話休題。
 『とある科学の超電磁砲』1期のように「原作とは違った物語が描かれるアニメ」の方が自分はアニメとして好きだなと思っていて、例えば『けいおん!』の1期なんかも「原作とはちがう少女達の成長物語」として再構築されたアニメだからこそ大好きだったのですが――――

 1期が「原作とちがった展開」をしてしまったせいで、2期が「1期と矛盾した展開」になってしまうことがあるんですよね。『とある科学の超電磁砲』の2期でも、『けいおん!!』の2期でも、それを思いました。
(以下ネタバレ:『超電磁砲』の1期最終回で「自分一人ではできないことも仲間とならできる!」と言っていた美琴が、2期のシスターズ編では「これは私だけの問題」と一人で戦ってボロボロになってしまうとか。『けいおん!』1期では花火などを使って「この輝きは一瞬の輝き」「いつかはみんな離れ離れになる」と見せていたのに、2期のラストでは「みんなで一緒の大学に行く」という結末になってしまうとか


 制作会社も製作委員会も出版社も原作者もファンも、「アニメがヒットしたら2期」を期待していると思うのですが。「原作とは違った物語が描かれるアニメ」として1期がヒットしてしまった場合、2期を描く際にこんな落とし穴があるという。
 『境界の彼方』くらいぶっとんで最初から原作無視で進んでいる場合、2期で原作との矛盾なんか気にしないと思いますけど(笑)。




 そう考えると……残りの3つ『銀の匙』『いなり、こんこん、恋いろは。』『未確認で進行形』は、「原作を忠実に再現しているアニメ」でありつつ、終盤の山場はオリジナル展開やオリジナルの構成にすることで「アニメとしてきっちりまとめる」作品になっていたと思いました。

 『銀の匙』は原作を読んでみて「アニメは思った以上に原作そのままなんだなぁ……」と思ったのですが、1クール目も2クール目も終盤は“盛り上がるところ”を作るためにエピソードの順番を変えていました。
(以下ネタバレ:御影が家族に夢を打ち明けるシーン、原作では時系列通りなのですが、アニメではその部分を後回しにして八軒が実家に帰る際に回想するという構成になっています。八軒のおかげで御影は一歩踏み出せたのだけど、そんな彼女を見て八軒は父との対峙に一歩を踏み出せた、という流れになっている


 『いなり、こんこん、恋いろは。』は、原作が元々ものすごく密度の高い漫画なのに、コミックス5冊分をアニメ10話に押し込めなくてならないので……カットされたエピソードがものすごく多いんですよね。
 特に、クラスの男子どもが「墨染さん」と「墨染さん以外」を区別している描写とかホント丁寧で(笑)。アニメだと尺の問題でカットされてしまった分、いなりと墨染さんの関係が描ききれていなかったなぁと思わなくもないんですね。だから、みんな!原作を読むんだ!!というのは置いといて……

 こちらも最終話に山場を持ってくるため、起こっている出来事は一緒なのですが展開を多少変えていました。(以下ネタバレ:原作ではいなりが神通力を返すと決めた時点で、天照様がうか様のところまでいなりをワープさせている。アニメではいなりが天岩戸まで走って飛んで狐達と一緒にこじ開けようとしている。


 “原作の途中で終わってしまうアニメ”ですから、最終回は「原作と矛盾しない範囲でアニメとして山場を作る」というのは現実的な手法かなと思います。


 『未確認で進行形』もアニメ最終話の展開は原作にない展開でした。同じ台詞も、ちがうシチュエーションになっていることで、よりドラマチックになっていました。アレも「原作と矛盾しない範囲でアニメとして山場を作る」ということかなと。
 『未確認で進行形』の原作は4コマ漫画なのですが、ストーリー性を強くしたいところでは4コマ漫画の枠をぶち壊して描かれているため。元々原作からしてストーリー性の強い原作ですし、アニメも「原作を忠実に再現しているアニメ」だったかなと思います。

 ただ、アニメは放送の時期に合わせて作中の季節を1~3月にしているので、バレンタインやホワイトデーのくだりはアニメオリジナルですし、どうやら紅緒達の年齢を変えているみたいです。原作には小紅と紅緒は2歳差という台詞があるのですが、アニメだと1学年差になっているみたいですからね。
 また作中の季節が1~3月になっていることで「雪」が効果的な演出アイテムになっているのも特徴でした。(以下ネタバレ:第1話の冒頭で街に雪が積もっているシーンから「非日常」が始まり、その雪はずーっと積もったまま。最終話で季節が春になって雪が融けるのだけど、白夜や真白がいる生活は「非日常」ではなく「日常」になったんだという演出監督もインタビューで、「雪を印象的に見せるためにキャラクターデザインに白いハイライトを入れている」と話されていましたしね。


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 ここまで書いてきたように、「漫画や小説のアニメ化!」と一言で言っても実は色んなタイプのアニメ化があるのです。「原作通りの物語に進むアニメ」と「原作とは違った物語が描かれるアニメ」―――――


 「原作通りの物語に進むアニメ」は以前の記事に書いたように、ストーリーの途中で終わってしまうという物足りなさがどうしてもあります(原作が既に完結しているものとかは別ですけど)。

 しかし、「原作とは違った物語が描かれるアニメ」は2期が作られる際に原作との矛盾が生まれてしまうことがありますし、原作ファンから「原作ではこうだったのにアニメだと改悪されている!」と叩かれる原因になることもあります。
 私はそれが不毛だと思うから「アニメ→原作」の順で観るようにしているのですが、好きな原作がアニメ化されたから観たいって人が多いのも分かりますし……「原作通りの物語に進むアニメ」と「原作とは違った物語が描かれるアニメ」のどちらが正しいみたいな簡単な話ではないんですね。




 個人的には、「アニメ→原作」の順で観ているのでアニメと原作の差が大きいほうが「2回楽しめる」感覚ができて好きです。『境界の彼方』のように別物のストーリーでも好きですし、『いなり、こんこん、恋いろは。』のようにアニメ化できなかったエピソードがたくさんあるのも好きです。

 アニメから入るとキャラの声が声優さんの声で脳内再生されるので、アニメ化されていない台詞も声優さんの声で聴こえてくるものですし―――と書いたら「なにそれキモイ」って言われそうですね(笑)。でももう、いなりの声は大空さんで脳内再生されるし、小紅の声は照井さんで脳内再生されるなぁ。



 ということで、みなさん。
 「好きだったアニメ」の「原作」も読んでみようぜ!


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| アニメ雑記 | 17:57 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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どうしてコマンドRPGで「盗む」をしたくなるのか

 リクエストがあったので書きます。
 ただ、本当に『キミの勇者』に限定した話を書いても誰もついてこれないと思うので、日本のコマンドRPGにおける「盗む」という選択肢についての話を書こうと思います。


 コマンドRPGにおける「盗む」とは―――
 「攻撃」や「魔法」などと並ぶ戦闘時のコマンドの一つで、戦っている相手から「アイテム」を一つ盗み出すコマンドのことです。あくまでも“戦っている相手”から盗むので、“既に倒した相手”からは盗めない=倒す前に盗まなくてはならないというのが大きな特徴です。死体からモノを抜き取る方が楽だと思うのですが、敵を倒した後にもらえる「ドロップアイテム」と、「戦闘中に敵から盗めるアイテム」は違うというのが一般的です。

 通常の「盗む」ではダメージを与えることができないので、「攻撃」や「魔法」などのコマンドを選ぶことができず、行動を一手犠牲にしてまで「盗む」必要がありますし。後述しますが、「盗む」を使えるのは特殊なキャラクターや特殊な職業であることが多いので、メンバー編成の段階で「盗むが使えるメンバー」を選ばなくてはなりません。





 この“コマンドRPGにおける「盗む」”がいつからあるのかは調べてもよく分かりませんでした。
 初期のTRPGからあったのか、『ウィザードリィ』からあったのか、初期『ドラゴンクエスト』にはなかったことは分かるのですが『ドラゴンクエスト』後に雨後の筍のごとく現れた和製RPGの中から生まれたのか――――よく分かりませんでした。
 ファミコン版『ファイナルファンタジー3』(1990年発売)には「盗む」が出てくるのですが、攻略サイトなどを見る限り、後のシリーズで見られるような「レアアイテムを盗める」ワケではなかったみたいですね。



 今日の記事タイトルは“どうしてコマンドRPGで「盗む」をしたくなるのか”にしましたが、実を言うと私は「盗む」があまり好きではありませんでした。行動を一手犠牲にすることで攻撃回数が減り、その分だけ味方がダメージを喰らう=回復アイテムやMPを消費するから。

 そんな私が「盗む」を使うようになったのは、1992年発売の『ファイナルファンタジー5』からです。しかも、1周目をクリアした後の2周目からです。
 1周目の私は前述したとおり「攻撃回数を減らしてまで“盗む”をするのは非効率だ」と思っていましたし、「盗む」を使えるシーフというジョブ(職業)は攻撃力が低くて戦闘に不向きだと思っていたので使わなかったのです。

 しかし、1周目をクリアした後、ネタバレ解禁して他の人の話を聞いてみると……どうも「盗む」でしか手に入らないレアアイテムがあるそうで、それを持っているのは倒してしまった中ボスだからもう手に入らないとのことでした。



 そこでようやく私は、「盗む」の価値と、「シーフ」の価値に気付くのです。
 昔「『ファイナルファンタジー5』と「ダッシュ」」という記事で書いたことがありますが、このゲームは「ジョブシステム」というものを本当によく考えて作っていると思います。

 シーフという職業は、ナイトやモンクほど攻撃力があるワケではありません。
 白魔道士のように回復魔法が使えるワケでも、黒魔道士のように全体攻撃ができるワケでもありません。実際、『ファイナルファンタジー』1作目においてはシーフは「縛りプレイが好きなコアなプレイヤー以外にはオススメできない」とか言われていましたからね。

 しかし、『ファイナルファンタジー5』のシーフは、移動速度が2倍になる「ダッシュ」、見えない通路を見つけてくれる「かくしつうろ」、これでしか手に入らないレアアイテムが手に入る「盗む」等の“戦闘には直接役に立たないけど便利な能力”をたくさん持っています。
 元々RPGのパーティ編成は「役割分担」が大事だったと思いますし、『ドラゴンクエスト3』の商人(戦闘終了後にもらえるお金が増える)なんかもこの源流の一つだと思うのですが、『ファイナルファンタジー5』のシーフは更に分かりやすい形で“攻撃力も低いし魔法も使えないキャラでも様々な能力で役に立つ”ことを気付かせてくれました。




 「盗む」というコマンドを選ぶと、その間「攻撃」や「魔法」は使えません。
 「シーフ」というジョブを選ぶと、その間「ナイト」や「白魔道士」にはなれません。

 コマンドRPGで「盗む」をするためには、「戦闘時の一手」を犠牲にするだけでなく、メンバー編成でも「盗む用のメンバー」を入れなくてはならないのです。それだけのリスクを「盗む」というコマンドは背負っているのです。

 例えば、続編『ファイナルファンタジー6』の「盗む」キャラは序盤の主人公格のロックなのですが、ストーリーが進むことでロックがメンバーから外れている間は「盗む」ことができませんし、終盤メンバーを自由に選べるようになってもロックをメンバーに入れなければ「盗む」ことはできません。
 ロックは決して弱いキャラではありませんが、ロックのために4人しか入れないメンバーの1枠が埋まってしまうというリスクを「盗む」は背負っているのです。


 この記事を書くきっかけになった『キミの勇者』もそうです。
 「盗む」が使えるのは、アロマというキャラだけ。攻撃力も高くなければ、魔法に特化したキャラでもありませんし。「盗む」を使うためには、その星技(魔法のようなもの)をセットしなければなりません。「盗む」が使えるキャラをメンバーに入れて、他の魔法ではなく「盗む」を使えるようにキャラをセッティングしなければなりません。



 『ファイナルファンタジー5』でも『ファイナルファンタジー6』でも『キミの勇者』でも、序盤は「敵にダメージを与えられない:盗む」しか使えないのだけど、中盤から「敵にダメージを与えたついでに盗む:ぶんどる」といった技が使えるようになるのですが……
 これを使えるようにするにも、アビリティ枠だったりアクセサリー枠だったりを1つ使ってそれを可能にするというリスクはありますね。





 ということで……「盗む」というのは非効率なんです。
 そんなに強くないキャラをメンバーに入れて、わざわざ戦闘に関係のないことをしてまで、手に入るものが「アイテム一つ」(笑)。
 だから、盗めるアイテムがその辺で手に入る回復アイテムばかりとか、盗める確率がムチャクチャ低いとかだと本当に腹が立ちます。


 『キミの勇者』の場合、「盗む」をしようとするとオート戦闘にできないので他のキャラも全員Aボタン連打しなければならずプレイ時間が延びる延びる。
 その上、最初は「盗む」成功率が恐ろしく低い……一つのダンジョンをクリアする間ずっと「盗む」をしていたのに、盗めたのはやくそう2コとか。現在の私のプレイ状況では「盗む」成功率を上げる装備を手に入れて、「ぶんどる」に匹敵する技を使えるようになったのでまだマシですが。1週間前はイーッってなりながらプレイしていましたし。今の段階では、ザコ戦でも中ボス戦でも碌なものが盗めていませんけど……

 しかし、ここでじゃあ「盗む」キャラを外すと、そこでしか手に入らない超レアアイテムを持った敵とか出てくるかも知れないし……と「盗む」を外すこともできないという(笑)。



【ということで、三行まとめ】
・「盗む」をするためには、コマンド・メンバーともにそれ用のものを選ぶ必要がある
・それだけのことをしているのだから、ちゃんとしたアイテムを盗んできてください
・元祖ではないだろうけど、『FF5』ってホントよくできたゲームだったと思う


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| ゲーム雑記 | 17:58 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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