やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

2014年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年06月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

2014年5月のまとめ

 Wii Uの『マリオカート8』が発売しましたね。
 私が「マリオカート」シリーズやレースゲーム自体が苦手だという話は昔に書いたので置いておくとして、ちょっと気になることがあったのでこの欄に書いておきます。


 「社長が訊く」やらないんだ??

 「社長が訊く」とはWii発売直前の2006年からの任天堂名物企画で、新しい商品を発売する際に「社長自ら製作者にインタビューする」ページのことです。一覧を見てもらえれば分かりますが、これまでにもたくさんのインタビューが行われてきました。ザッと数えて150回以上。

 しかし、『マリオカート8』では「社長が訊く」が行われませんでした。
 最後に「社長が訊く」が行われた商品は昨年末発売の『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』なので、2014年になってから発売された商品では「社長が訊く」が行われていないんです。『星のカービィ トリプルデラックス』も、『ドラゴンクエストモンスターズ2』も、『マリオパーティ アイランドツアー』も、「社長が訊く」は行われませんでした。

 今年発売のソフトじゃないですけど、『妖怪ウォッチ』や『パズドラZ』なんかのサードの大ヒットソフトにも「社長が訊く」をやってくれないかなーなんて考えていましたが。その気配はないですね。

 他のソフトはともかく『マリオカート8』は「Wii U最後の花火」になるかも知れないソフトです。Wii Uを盛り上げる最後のチャンスになるかも知れません。このタイミングでも「社長が訊く」をやらないというのは、正直驚きました。いや、というか……とうとう時期が来たかと。



 「社長が訊く」をやったところで売上は大して上がらないから、もうやめにしよう―――ということなんでしょう。
 業績が恐ろしく低迷している今の任天堂が、社長自らスケジュールを合わせてインタビューなんてしている余裕あるのかよって話になってしまうのでしょうし。確かに資料的な価値や、読み物としての面白さはありますが、売上に繋がらないのならもう「社長が訊く」をやめてしまっても仕方ないのかなーと。

 実際問題……インタビューとは言えあれだけの長文の記事を読もうって人は相当限られていると思いますし、ニンテンドーダイレクトやニャニャニャ!ネコマリオタイムのように長尺のプロモーション映像にした方がYouTube等で観てくれる人が多いってデータもあるんでしょうしねぇ。



 なんとなく……一つの時代が終わって、新しい時代に切り替わった、そういう寂しさのようなものを感じています。

マリオカート8マリオカート8

任天堂 2014-05-29
売り上げランキング : 1

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 「2014年5月のまとめ」は私事・創作活動の報告などが大半なので、今月も読みたい人だけ「続きを読む」をクリックして下さいな。

≫ 「続きを読む」

| ひび雑記 | 17:54 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

何故ぼくはそのゲームを途中でやめてしまったのか

 現実ゲームさんがとても面白い記事を書かれていたので、自分も便乗して語りたくなりました。
 元々は『ゼビウス』や『ドルアーガの塔』で知られる遠藤雅伸さんが行っている調査で、ゲームデザイン論の論文や研究発表大会に活用されるとか。調査に協力するためには、こういう記事で書くのではなくて氏のブログに短くまとめてコメントする必要があるので、記事が書き終わった後にやろうと思います。

 人はなぜゲームをやめてしまうのか?
 プレイヤーが途中でゲームをやめる理由調査(続報)


 理由が思い出せる限り、なるべく列挙します。
 「このゲームは途中でやめた」と書くと「途中でやめた分際で語るんじゃねえ!」「最近の若者はすぐに投げ出す!」と怒られるのがインターネットですが、こういう機会があると「やめた理由」を堂々と語れるのでありがたいですね!



○ 『ゼルダの伝説』(ファミリーコンピュータ)
ゼルダの伝説 【ファミコンディスクシステム】
ゼルダの伝説 【ファミコンディスクシステム】

 実機ではなく、Wiiのバーチャルコンソールでプレイして挫折しました。20代後半。
 自分の初ゼルダはスーファミの『神々のトライフォース』で、その後に『夢をみる島』『ふしぎのぼうし』とプレイしてクリアしていて「ゼルダ大好き!」と公言していたほどでした。なので、未プレイだった初代『ゼルダの伝説』をバーチャルコンソールでプレイしてみたのですが……

 『神トラ』以後のゼルダシリーズとは全然違うんですね。
 当時のゲームはそういうゲームが多かったのですが「友達同士で情報を交換して進む」ことが前提なので、まずどこに行けばイイのかがさっぱり分かりませんでした。その辺はもう割り切って攻略サイトを見ながらプレイしてみると、今度はアクションゲームとしての難易度の高さに唸らされます。

 それでも何とか後半までは進めたのですが、盾が喰われたり薬をガンガン使わなくちゃならなかったりで、とにかくルピー(お金)が足りなくなってしまいました。セーブも死んだ時にしかできないシステムだったので、「盾喰われたからリセットだー!」とか出来ませんでしたし……地道にルピーを稼ぐというのも手でしたが、当時色々と時間がない時期だったので面倒くさくてやめてしまいました。

 今検索してみると、ルピーを増やす裏技や、どこでもセーブできる裏技があったそうで。その辺も「友達同士で情報交換すると楽になる」当時のスタンダードだったのかなぁと思いました。それこそ『スーパーマリオブラザーズ』だってワープ土管なしでクリアするのは大変ですし。
 Wii Uのバーチャルコンソールならば「まるごとバックアップ」もありますし、いつかリベンジしたいなーと思っています。

理由:死んだ時にしかセーブできないシステムゆえに、慢性的なルピー不足で力尽きた

(関連記事:『ドラクエ』以前のRPG:『ゼルダの伝説』紹介
(関連記事:自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”
(関連記事:昔の名作ゲームを今遊んでも100%の面白さを味わえるワケがない


○ 『ファイナルファンタジー』(ファミリーコンピュータ)
ファイナルファンタジー
ファイナルファンタジー

 これもリアルタイムでのプレイではありません。
 ファイナルファンタジーシリーズは、ファミコン時代は『II』と『III』を兄がプレイしているのを見ていて「とにかく難しいゲーム」という印象があって。スーファミ時代の『V』と『VI』を自分で買ってプレイしたらものすごく面白くて、ちゃんと最後までプレイできて―――じゃあ!ファミコン版の『I』からプレイしてクリアしていこう!と思い、高校生の頃に友達に借りて実機でプレイを始めました。

 2番目の町で挫折しました。
 このゲームは「セーブ」をするためには「宿屋」に泊まらなければならず、「宿屋」に泊まるためにはお金がかかります。ちょっと10分プレイしようかなーと起動して、レベル稼ぎ&資金稼ぎをしてセーブしてやめようとすると、宿屋に泊まる分のお金を取られるのでちっともお金が貯まらず挫折してしまいました。

 ↑の初代『ゼルダ』もそうですが、家庭用ゲーム機に「ゲームの進行状況をセーブする」というシステムが加わった初期の頃はセーブシステムがまだまだ不完全ですから、今のように「ちょっと10分プレイしてセーブしてやめよう」って遊び方ができなかったんですね。
 なので、こちらもバーチャルコンソールでいつかリベンジしたいと思っています。

理由:「ちょっと10分のプレイ」では、セーブするためにどんどんお金がなくなってしまったから


○ 『ロマンシング サ・ガ』(スーパーファミコン)
ロマンシング サ・ガ
ロマンシング サ・ガ

 これはほぼリアルタイムのプレイです。小学生の頃かな。
 スーパーファミコンを『ストリートファイターII』のために買ってしばらく経ってから「何かRPGを1本遊びたいなぁ……」と、中古屋さんで迷いに迷って選んだのがコレでした。なので、発売から1~2年は経過していたと思います。

 どうもバッテリーバックアップの電池がイカレてしまっていたのか、セーブデータが恐ろしく消えやすくてほとんど進めませんでした。以後「中古でゲームを買う」のを好まなくなったのは、これが理由です。
 また、ゲームシステム自体も全く理解していなかったので、「がむしゃらにレベル上げしていると敵も強くなって逆効果」というのはこのブログを始めてから教えてもらって知ることが出来ました。思った以上に深いゲームだったんだなぁ、とこれもまたバーチャルコンソールでいつかリベンジしたいと思っています。

理由:中古屋で買ったらセーブがマトモに出来ない状態だった


○ 『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』(スーパーファミコン)
ファイアーエムブレム 聖戦の系譜
ファイアーエムブレム 聖戦の系譜

 これは発売日に買ってプレイしていました。恐らく中学生の頃。
 前作『ファイアーエムブレム 紋章の謎』が大好きで大好きで大好きだったため、念願のシリーズ最新作だぞー!と情報を入れずに発売日に購入してプレイしたのですが……システムが大幅に変更になっていたため、『紋章の謎』が大好きだった自分にとってはコレジャナイ感が強かったのです。

 ただ、そうは言っても3章クリアくらいまではプレイしていました。
 倦怠感を覚えたのは仲間が増えてきたから。『紋章の謎』のように「使用キャラ」を絞って出撃させるのではなく、仲間全員出撃させて移動させるとか、仲間全員を闘技場でレベルを上げるとか、仲間が増えれば増えるほどプレイに時間がかかるようになってどんどん面倒くさくなってきてしまったのです。

 ゲーム自体にハマっていればまた違ったんでしょうが……「面倒くさい」という理由で投げ出してしまった、恐らく私にとって初めてのゲームです。機会があればこれもバーチャルコンソールで……ってフォローが続きすぎて、「それホントに思ってんの?」と思われてそうですね(笑)。

理由:大好きだった前作との違いと、とにかくたくさんのキャラを動かす面倒くささゆえに


○ 『ファイアーエムブレム トラキア776』(スーパーファミコン)
ファイアーエムブレム トラキア 776
ファイアーエムブレム トラキア 776

 『聖戦の系譜』をコレジャナイ感で脱落した数年後、大学生になって友達の家に遊びに行ったら置いてあったのがこのゲームでした。「ファイアーエムブレム好きなの?俺も好きなんだ!貸してよ」とコミュニケーションの一つで借りて帰りました。次の日、泣きながら返しました。あまりの難易度の高さに「俺が悪かった」と。

 システムは『紋章の謎』の頃に近くなったので「コレだよ!これこれ!」と思いながら1面クリア。2面で早速仲間が死ぬ→リセット→やり直したらまた仲間が死ぬ→リセット→やり直したらまた仲間が死ぬ→リセット……『紋章の謎』をクリアしたくらいで「俺もファイアーエムブレム好きなんだ!」とか言っててごめんなさいと思いました。

 これはマジで「まるごとバックアップ」のあるWii Uのバーチャルコンソールでリベンジしたいですねぇ。その前に『聖戦の系譜』やらないとストーリー分からなさそうですが。

理由:とにかく難しくて2面から先に進めなかった


○ 『ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡』(ゲームキューブ)
ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡
ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡

 これはWiiが出てから、ゲームキューブ互換機能でプレイしました。20代の頃。
 『紋章の謎』に近いシステム、簡単すぎず難しすぎない難易度、可愛い女性キャラクター……と、私の思い描いた理想のファイアーエムブレムだ!と楽しくプレイを続けていたのですが。

 途中どうしても仲間にならないキャラがいて(ジルという女性キャラクター)……「ストーリー上まだ仲間にならないのかな」と気にせずに進めていたら、もうそのキャラは出てこなくて、なんかそのコの親とか上司とかも対戦することになって。よく分からなくて検索してみたら、「ストーリー上まだ仲間にならないのかな」と思った面で相手から話しかけられると仲間になるという条件だったそうで。

 「仲間にならなかったキャラがいる」のと、「それは女のコから話しかけられなかったからだ」というのとで、気持ちの糸が切れてしまいました。攻略サイトを見ないと「どうやれば仲間になるのか」が分からないキャラがその後も出てきたので、もうそこでやめてしまいました。

理由:攻略サイトを見ないと「どうすれば仲間になるのか」が分からないキャラが出てきてしまい、攻略サイトを見たくない自分はそこで投げてしまった


○ 『サカつく2002 Jリーグ プロサッカークラブをつくろう!』(PS2)
サカつく2002 J.LEAGUEプロサッカークラブをつくろう!
サカつく2002 J.LEAGUEプロサッカークラブをつくろう!

理由:何年かけても、J2の最下位争いが続いたから

○ 『ポケットサッカーリーグ カルチョビット』(ニンテンドー3DS)
ポケットサッカーリーグ カルチョビット
ポケットサッカーリーグ カルチョビット

理由:N1リーグに上がるまでは順調だったのだけど、N1では何年も残留争いが続いていたのでやめてしまった

 シミュレーションゲームは、私にとって「好き」なんだけど「クリアできたことがない」ジャンルです。ゲームによってどこで壁が来るのかは違うのですが、ガムシャラにプレイしているとそれ以上進展しなくなってしまう場面が出てきて、そこから先はどうすればイイのか分からなくなってしまうのです。

 シミュレーションゲームのセンスがある人はまた違うのでしょうし、ないならないなりに攻略本や攻略サイトを見て研究すればイイのですが……なるべくそうしたものを見たくない自分は途中で挫折してしまうことがほとんどです。また、ジャンルとしてとても時間がかかるというのも大きいかな。


○ 『レゴ® シティ アンダーカバー』(Wii U)
レゴ(R)シティ アンダーカバー
レゴ(R)シティ アンダーカバー

理由:進行不能バグで、終盤まで進めたセーブデータが使えなくなったから


○ 『新・光神話 パルテナの鏡』(ニンテンドー3DS)
新・光神話 パルテナの鏡
新・光神話 パルテナの鏡

 このゲームについて語るのは気が重いので避けていました。
 元々すごく「賛否両論」なゲームではあると思います。それまでの3Dアクションシューティングの操作体系を根本から見直した分、「今まで通りでイイのに!」と思う人と、「今まで遊びづらかったから助かる!」と思う人がいて当然だと思います。私は断然後者です。それまでの3Dアクションシューティングがボタンやスティックをたくさん使うから苦手だったのに比べて、ものすごく操作しやすいゲームだったと思います。

 でも……どんなに操作しやすくても、「3Dアクション」ゲームには違いないんですね。
 私が「3Dアクション」のゲームが嫌いな理由は、「カメラの映っていないところを脳内補完するのが苦手」なため「画面外から攻撃されて死んでも理不尽だとしか思わない」し「敵を倒しても何故倒せたのかがよく分からない」からなんです。それは操作しやすくなった『新パルテナ』でも一緒でした。

(関連記事:3Dアクションゲームが苦手です

 ゲームとしては「簡単だ」とは言いませんが、難易度調整で下げれば多分最後までプレイは出来たんじゃないかと思います。でも、遊んでいて「何が楽しいのかが分からない……」と思いながらプレイしていたので、5面クリアのところでやめてしまいました。
 「3Dアクション」のゲームを好きな人には「また言ってやがるよ!」と思われているでしょうから本当に申し訳ないのですし、だからなるべく語らないようにしていたのですが……語らないと今後も「どうしてこんなに面白いゲームが売れないんだ!」という嘆きがなくならなさそうだったので、この機会に語っておきました。

理由:カメラを自分で制御するゲームは、敵が見えないのでゲームオーバーになった時もクリアした時も納得がいかない


◇ まとめ
 『どうぶつの森』や『ラブプラス』など「終わりのないゲーム」はどこかで飽きてやめるしかないので、わざわざ書くこともないかなと省きました。
 この他にも「何となくやめてしまったゲーム」はたくさんあります。特に友達に借りたけどすぐにやめてしまったゲームを入れたらキリがないので、ブログで話題にして面白そうなものを優先して書きました。


 傾向を見てみると……「セーブが壊れている」「バグでセーブデータが使えなくなった」という二例はもうしょうがないとして、多いのは「どうすればいいのか分からなくなってやめた」という理由ですね。ルピー不足に音をあげた『ゼルダ』、半端ない難易度で打ちのめされた『トラキア』、仲間になるキャラを仲間に出来ずに気持ちが切れてしまった『蒼炎の軌跡』、途中で壁にぶつかってしまうシミュレーションゲーム……

 これらのゲームは、攻略本や攻略サイトを見て「どう遊べばイイのか」を調べてから進めば良かったものも多いと思います。実際、『ゼルダ』や『サカつく』は攻略サイト見ましたし、『蒼炎の軌跡』もやめる前に攻略サイトを読みました。でも、そうすると「攻略サイトに書かれていることを実行するだけ」で楽しくなかったんですね。

 恐らくこの記事を読んでいる人の中には「文句を言わずに攻略サイトを見りゃイイじゃん」「下手くそなくせに攻略サイトを見たくないとか我侭言うな」と思った人もいらっしゃると思います。作っている人達からしても、攻略本や攻略サイトを前提に考えて作っているゲームもあると思います。
 なので、本当の理由は「私が“攻略本や攻略サイトを見ながらプレイする”ことが嫌いだから」なんだと思うのです。それらを見ながらでも楽しめる人には絶対に理解されない理由だと思いますし、「見ればイイじゃん」「それじゃ楽しくないんだもの」と議論が平行線になってしまうことでしょう。それはやはり自分がゲームに何を求めているかという話ですからね。


 あとはまぁ……「シリーズ作品だから手を出す」と挫折することが多いですね。
 『神トラ』好きだから初代『ゼルダ』手を出したら全然違うゲーム過ぎて挫折。スーファミ時代の『FF』が好きだからファミコン時代の『FF』に手を出したら難しすぎて挫折。『紋章の謎』が好きだったから『聖戦の系譜』に手を出したらシステムが根本から変わっていてコレジャナイ感が強くて挫折。

 好きなゲームから過去作に遡ると「不便」だったり「未完成」だったりを感じてしまうのに、好きなゲームの続編をプレイすると「余計なものを足すんじゃねえ!」と思ってしまうのだから、人間の好みって難しいです。


 「私の傾向」を「みなさんもそうでしょ?」なんて言う気はありません。こうやって自分の傾向を見てみることで「自分がどんなゲームを欲しているのか」が見えてくるんじゃないかと思うのです。みなさんも時間のある時にでもどうぞ。遠藤氏の調査に協力する人は、遠藤氏のブログにてどうぞ。

遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況中継遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況中継
株式会社モバイル&ゲームスタジオ

ソフトバンククリエイティブ 2012-03-30
売り上げランキング : 197520

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲーム雑記 | 17:58 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

自分の感想すら、記憶に捏造されるミステリー

 今年の1月からチョコチョコと進めていたアニメ版『氷菓』の再視聴が終わったので、『氷菓』を始めとする<古典部シリーズ>の原作を読み始めました。
 んで、それをきっかけにアニメ版『氷菓』のリアルタイム時の自分の感想はどうだったのかなーと気になったので、自分のTwitterを検索してみたところ……













 あ……れ……?
 割と「絶賛」していますね。しかも、「世間では酷評する人が多いけど俺はこのアニメが好きだ!」くらいのテンションで絶賛していますね。正直これは意外でした。例えば、2014年1月の記事“「このアニメは○話から面白くなるよ」の意味”では、2周目を観始めた『氷菓』について私はこう書いているのです。

<以下、引用>
 『境界の彼方』に限らず、アニメでは「序盤は関係性が出来上がる」→「中盤はそこからの日常を描く」という構成の作品はたくさんあります。
 話題のきっかけとなった『氷菓』のアニメをちょうど自分は序盤だけ観返していたのですが、1周目の自分が観た時の「1~6話はあんまり面白くない」「7話以降は普通に面白い」という感想から2周目の自分もやっぱりズレそうにないなというところです。最終話まで観て「このアニメが大好きだ」と思った上でも、「1~6話はあんまり面白くない」んです。

 というのも、このアニメの序盤は「折木が変わる」「古典部の4人が仲間になる」関係性を描いていて、7話以降はそうして出来上がった関係から“古典部の外”に話が向かっていくんです。
 『氷菓』も『境界の彼方』同様に、「序盤は関係性が出来上がる」→「中盤はそこからの日常を描く」アニメと言えて。自分は『境界の彼方』は序盤も中盤も楽しかったけど、『氷菓』は序盤イマイチで中盤から面白くなると感じていたんだと分かりました。

</ここまで>

 2012年の自分は『氷菓』は第1話から絶賛していたのに、2014年の自分は『氷菓』は第7話から面白くなると言っているのです。これは2年間で好みが変わったという話ではなく、2014年の自分が「2012年の自分は『氷菓』は序盤は面白くないと思っていて、今の自分もそう思う」と言っているのです。

 や、ややこしい……


 しかし、これ……理由は何となく分かるんですね。
 2012年の自分は第5話と第6話の感想は呟いていないみたいなんです。「5話と6話が面白くなかった」から。それで、第7話を観る直前に「7話が面白くなかったもう観るのを辞めよう」と思いながら観たのを覚えているのです。実際に、第7話の感想はTwitterに呟かれていました。



 そう。第4話までの絶賛のテンションから一転して「脱落しようか」と悩んでいたことがこのツイートから読み取れますし、第7話に本当に大満足だったことが分かります。
 以後の感想はそれほど呟かれていないのですが、恐らく第7話以降の『氷菓』については2012年の自分も2014年の自分も絶賛傾向ではあるんでしょう。



 さて、どうして私は「自分の感想」を誤解して覚えていたのでしょうか?
 それは恐らく「5話・6話があまり楽しめなかった」→「7話が面白かった!」という落差ゆえに、「『氷菓』は7話から面白くなって、1~6話はイマイチだった」という記憶が上書きされてしまったんじゃないかと思うのです。あまりに強烈な記憶が入り込んだが故に、それまでの記憶よりも“分かりやすいストーリー”を捏造して作り上げてしまったと言いますか。実際には1~4話は結構楽しんでいたみたいなのに!

 こういうことって、頻繁にあることなのかもなぁって思うのです。
 今回はたまたま「1話ごとの感想」をTwitterに記しておいて、後から検索できる環境が整っていたから、それを自分で見つめ直すことが出来ましたが―――本当は楽しい時間を過ごしていたのに「楽しくなかった記憶」を捏造してしまっていることに気付かないことがよくあると思うのです。


 例えば、長期連載漫画の終盤がグダグダだったから「楽しかった頃の時間」を忘れて「駄作」と思ってしまったり。
 途中結構イライラする面もあったけど、ラスボスとのバトルの演出が格好良かったから「神ゲー!」と思ってしまったり。
 フラレ方が酷かったから、好きだった時期のことなんてすっかり忘れて「酷い女だった!」と思ってしまったり。


 そう考えていくと……Twitterに日常の「感想」とか「感情」を呟いていくのって、自分の記憶が都合よく捏造してしまった情報ではない、リアルタイムの情報を蓄積させられる大きな意義があるのかも知れませんね。まぁ、それが人によっては「黒歴史」と言えるのかも知れませんが(笑)。

氷菓 限定版 第1巻 [Blu-ray]氷菓 限定版 第1巻 [Blu-ray]

角川書店 2012-06-29
売り上げランキング : 1612

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ひび雑記 | 17:54 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

キンドルで漫画を売りたい人に向けてKDPが本気出してきた!

 5月19日の朝―――
 Amazonが行っている電子書籍サービス「キンドル」の、個人が出版社を介さずとも電子書籍を発売できるサービス「キンドル ダイレクト・パブリッシング(以下KDP)」の運営からメールが届きました。文章をコピペすると「コラッ!」と怒られそうなので、要約しますと。

 「今までKDPにアップロードできる電子書籍のファイルは50MBが上限でしたが、その上限を650MBに変更しました」


 って、オイ!!
 その10日前に、「50MBの上限に収まりきらなかったので3冊に分けて出版します」って漫画短編集を発売したばかりなんですけど!!もう3ヶ月早く教えてくれませんですかね!!


 『春夏秋冬オクテット』3冊同時発売しているので、みなさん買ってくださいね!
 告知記事はこちらです![PR]

 自分がキンドル版の製作を始めた2月にガイドラインを調べた際には「50MB」が上限だと確かに書かれていたのですが、今調べてみるとどうやら3月にはそこが書き替わっていたという話もあって、メールで教えてもらえたのが5月……「もうちょっと早く教えてくれないかなぁ」というのは本音ですが、これで「KDPで漫画を発売する」際の最大のネックだった容量問題が解決しました。
 これまでのレギュレーションだと、どんなに画質を落としても120ページ前後が限界じゃないかなーと思っていましたが……その容量制限が13倍に跳ね上がったので、1560ページの漫画が200円で売れるということ?そんな単純な計算でもないか(笑)。




 また、もう一つ……
 これは昨年の8月から変わっていたらしいのですが、自分は気付いていませんでした。

 70%ロイヤリティを選んだ際、それまでは「配信コスト」として「1MB=1円」が差し引かれる計算だったのですが……10MB以上の本に関しては「配信コスト」がかからないようになっていたそうです。

 なんのこっちゃ分からんという人に向けて説明しますと、「ロイヤリティ」というのは超単純に言ってその本が売れた際に著者に入る収入のことです。
 KDPで電子書籍を販売するとロイヤリティは「35%」か「70%」かを選べて、当然「70%」の方が得だろうと思われるのですが、「70%」を選ぶには条件があることと、2013年7月以前は「70%」から「配信コスト」が差し引かれていたんですね。ちなみに私が分割せずに『春夏秋冬オクテット』を発売したパブーは一律「70%」のロイヤリティで「配信コスト」もかかりません。


 思考訓練として、パブーで発売している“分割していない”『春夏秋冬オクテット』(88MB)(300円)をキンドルでも発売したら、私に入る収入は1冊辺り幾らになるのかを計算してみましょう。
 以前のKDPでは50MB以上のMOBIファイルはアップロードできなかったので、「現実ではありえない」思考訓練なのですが、「こんなに得になったのか!」と分かるためにも例として出してみます。

<キンドル・35%ロイヤリティを選んだ場合>
 300円×0.35=105円の収入

<キンドル・70%ロイヤリティを選んだ場合/2013年7月以前>
 300円×0.7-88=122円の収入

<キンドル・70%ロイヤリティを選んだ場合/2013年8月以降>
 300円×0.7=210円の収入

<パブーの場合>
 300円×0.7=210円の収入


 ということで「配信コスト」によって、同じ70%のロイヤリティを選んでも他社に比べて明らかに収入が減ってしまっていたKDPですが。10MB以上の本には「配信コスト」がかからなくなった現在なら、他社に比べてのデメリットが随分となくなったと言えます。

(関連記事:キンドル(Kindle)とは
(関連:キンドルで自作漫画を出版する際に注意したい「容量」と「最低価格」について



 もちろんこれらの変更が恩恵を受けるのは「漫画」に限った話ではありません。
 「写真集」でも「絵本」でも「レシピ本」でも「ライトノベル」でも、KDPで発売しようとした際には大きなメリットです。今回同時に変更された点で「活字の本で使える画像ファイルの1枚辺りの上限が127KBから5MBに変わりました」というものがあったので、ライトノベルなんかも恩恵が大きいと思います。

 ただ、やはり……これは「日本の漫画家」を狙い撃ちにした変更じゃないのかなと私は思うのです。この「10MB以上の本は配信コストが無料です」という仕様は、世界中で日本だけなんです。
 細かいところを見れば日本が不利なところがあるかも知れませんが、自分が見た限り「KDPで大容量の本を発売しようと考える」と日本は相当優遇されているように思えますし、日本市場を獲るためには大容量の本が売れるようにしなければならないとAmazonが認識しているように思えます。まぁ……漫画ではなくて、日本の女性に写真集を出して欲しいのかも知れませんが(笑)。


 そういう意味では、ようやく「KDPが本気だ!」と言える変更点だったのは間違いないです。自分がKDPで何を出すのかということもありますが、この変更点でKDPでどんな本が出てくるのか非常に楽しみです。

Kindle Fire HDX 7 16GB タブレットKindle Fire HDX 7 16GB タブレット

Amazon 2013-11-28
売り上げランキング : 44

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 余談:しかしKDPで「70%ロイヤリティ」を選ぶ難しさ
 とは言え……という話。

 去年の5月に「キンドルで自作漫画を出版する際に注意したい「容量」と「最低価格」について」という記事を書いた時から変更になったのか、それとも自分が読み違えていたのか、正直よく分からないのですが。

 KDPで「70%ロイヤリティ」を選ぶ条件が、思った以上に厳しいな……というところです。

 1年前の記事には「70%のロイヤリティオプションを選ぶためには、90日間は他の手段でデジタル本を販売・配布しちゃダメだよ」という規約があると書いてあるのですが、今KDPの規約を読み返してみると……70%ロイヤリティを選ぶには「90日間ではなくて“ずっと”キンドル以外でデジタル本を販売・配布しちゃダメだよ」と書かれているみたいです。

 もちろん……例えば、ゲーム業界でも「全部のハードで出します」というゲームよりも「任天堂機だけで出します」というゲームの方がニンテンドーダイレクトで紹介してもらえるみたいなことがありますし。「キンドルでだけ出します」という本を優遇するのは分かりますし、ビジネスとして当然のことだとは思います。

 ネックなのはむしろ「どうやって宣伝していけばイイのか」という問題。
 販売促進のために「第1話だけWEBで読めます」ってのも、キンドル独占のレギュレーションに違反するので……「70%のロイヤリティ」は選べないんです。


 ちなみに、全てのキンドル本は「冒頭10%」を無料サンプルとして読むことが出来るので……この「冒頭10%」をWEBに載っけるのはどうもOKみたい?ただ、この「冒頭10%」はページ数ではなく容量で計算されるみたいなので、漫画の場合は狙ったところまでをサンプルにするのは難しそうです。
 既に発売した『春夏秋冬オクテット』のキンドル版3冊を、とりあえず無料サンプルを送信して読んでみたところ……『春夏』は『shine』の12ページ目まで、『秋』は『コマンド?→A/B/C』の8ページ目まで、『冬』は『絵のない世界』の7ページ目まででした。

 思ったよりも短いですよね……これだと販売促進にはなかなか難しそうです。



 と考えると、実際に電子書籍を販売していくにあたって。
 例えば、最初の3ヶ月間は「キンドル独占」にして「WEBでの公開もしない」。この間は「70%のロイヤリティ」がもらえて―――4ヶ月目になる直前に、キンドルを「35%のロイヤリティ」に変更。
 4ヶ月目から「他社の電子書籍サービスでも発売」して、「WEBで第1話を公開」開始。キンドルでもらえるのは「35%のロイヤリティ」になるけど、パブーでは「70%のロイヤリティ」がもらえる。

 こういうスケジュールが妥当なところですかね。
 「PCで読みたいからキンドルだけじゃなくてパブーでも出して」と言われたことがありますし、「WEBで第1話を公開」をしないと目にもかけてもらえないんじゃないかという不安もありますし。こうすれば「1円でも多く稼ぎ」つつ、「みんなに読んでもらえる」んじゃないかと今の段階では考えていますが。果たして。

※ 5月27日:一部に分かりづらい表現があったので修正しました

ソニック&オールスターレーシング TRANSFORMEDソニック&オールスターレーシング TRANSFORMED

セガ 2014-05-15
売り上げランキング : 485

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ソニック&オールスターレーシング TRANSFORMEDソニック&オールスターレーシング TRANSFORMED

セガ 2014-05-15
売り上げランキング : 387

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 漫画作成 | 17:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

延々と『ピクロス』をやり続けてしまう

 バーチャルコンソールで『マーヴェラス ~もうひとつの宝島~』をクリア後の自分は、「次は何のゲームをやろうかなー」と「2本で1本プレゼントキャンペーン」でもらっていた3DSの『新・光神話 パルテナの鏡』をプレイ開始して、5面で「もう無理」とさじを投げて、去年の30円キャンペーンの時に買っていたバーチャルコンソールの『ファイアーエムブレム 紋章の謎』を再開しようとMiiverseに決意表明をして、やっぱり気が重いなーとなかなか再開できていません。

 どちらのゲームのファンの皆様にも断っておきたいのは、別にそれらのゲームが駄目なゲームだとかそういうことを言いたいのではなくて……「今の自分にはなかなかキツイ」だけなのです。“苦労してまでゲームをする精神力”が今の自分にはないのです。
 3Dアクションは元々自分にとって「楽しみ方がよく分からないジャンル」で、シミュレーションRPGは「マゾいジャンル」で、どちらも今の自分にはキツかったのです。

(関連記事:我々は何が楽しくてゲームをするのか


 んで、じゃあどうしているのか……と言うと、延々と『ピクロスe2』をやっています。

 「『ピクロス』って何それ、美味いの?」と言う人のために簡単に説明すると、元々は紙の本のパズルで「お絵描きロジック」「イラストロジック」と呼ばれていたものを、任天堂がゲーム化した際の名前が『ピクロス』なのです。なので、全く同じルールのパズルゲームでも、他社から出す場合は違う名称だったりします。
 詳しい遊び方を知りたい方は、『ピクロスDS』の公式サイト「ピクロスの遊び方」が分かりやすいのでそちらをご覧くださいな。


 私は元々、雑誌に付いてきた「お絵描きロジック」がそこそこ好きで、Wiiを買った時にはバーチャルコンソールの『スーパーピクロス』を全問クリアして、3DSを買った時には『ピクロスe』を全問クリアして、クラブニンテンドーの景品でもらった『クラブニンテンドーピクロス』を全問クリアして……というカンジで。

 節目・節目でプレイしていて何となく全問クリアしているけど、特に「シリーズが出たら絶対にプレイしてクリアしてやる!」というほどの熱はない―――というよく分からない“好き”度のシリーズです。



 「好きなゲームのシリーズは何ですか?」と訊かれたら、恐らく私は「ゼルダ」とか「スーファミ時代のFF」とか答えると思います。好きなゲームと訊かれて「ピクロス」と答えるほど好きなシリーズではないです。でも、正直「ゼルダ」よりも「FF」よりも、シリーズへの信頼感は大きいです。どんなにつらい時でも「ピクロスなら何も考えずに楽しめる」という安心のブランド力を感じています。


 何故か―――

1.ルールが既に自分の身に付いている
 新しく何かを覚える必要がないので、頭を使わなくてイイ

2.「1問」ごとに区切られているので、数分の空き時間で遊べることが分かっている
 RPG等で「セーブポイントに着いたけど先の展開が気になるのでやめるにやめられない!」みたいなことがなく、やめ時が明確だし、プレイ前に大体かかる時間も想像できる

3.過去に「全問クリアしたことがある」という安心感
 『新パルテナ』のように全く新しく始めるゲームで、苦手な3Dアクションだと「俺に出来るかなぁ……」という不安があるけど。過去に三作クリアしている『ピクロス』ならば「俺には出来るだろう」という安心で始めることができる

4.失敗した際のリスクも少ない
 『ピクロス』のような面クリア型のパズルゲームの場合、失敗したところで「その問題を最初からやり直せばイイ」だけ。通常モードの場合は、タイムアタックにペナルティが付くだけでクリア自体は普通に出来るようになっているし。要はゲームオーバーに大した恐怖心を抱かなくてイイ

5.それでいて、ちゃんと達成感・爽快感を得られる
 だからと言ってゲームとしてつまらなかったら意味がないのだけど、「白いページ」を1マス1マス理詰めで埋めていって、最終的に「絵」が出来上がるというのはそれだけで達成感が得られる



 私の場合、これが『ピクロス』ですけど……恐らく人それぞれ違うと思うのです。
 「このシリーズならば自分が安心して楽しめるぞ」というシリーズがみんなそれぞれあると思うのです。人によってはそれが『マリオ』だったり『ドラクエ』だったり『モンハン』だったり『ポケモン』だったりするのでしょう。

 シリーズ作品への安心感は、「このシリーズはいつも面白い」という面白さの保証だけでなく、「どうやって遊ぶのか」「どのくらいの時間で遊べるのか」「これならクリアできるはず」という想像がプレイ前にできるという保証も大きいと思うのです。

 「日本ではシリーズ作品ばかり売れて、新規作品が売れない!」「日本人は保守的だ!」みたいな意見をインターネット上ではよく目にしますけど、「新規作品が売れない」理由よりも、「シリーズ作品が売れる」理由の方にこそ重要なものが隠れているんじゃないかって思うのです。


 なので……何も考えずに延々と『ピクロス』やっている私は、DSの『立体ピクロス』には手を出さなかったんですね。新しい『ピクロス』だから。新しいことを覚えなくちゃならないし、ワンプレイでどのくらい時間がかかるのか未知のゲームだから。
 2Dマリオが売れまくっても3Dマリオが売れなかった時代のような話で、確かに『立体ピクロス』は評判がものすごく良かったので興味がなかったワケではないのですが……つらいことがあって何も考えたくないけど『ピクロス』だけは遊べるという時に、『立体ピクロス』は手が出せないのです。

 これは別に『立体ピクロス』に限った話でなくて……「いつもと同じ」ゲームを遊びたいという人に向けて、「すごく面白いゲームなんだよ!」「斬新なゲームなんだよ!」と新作のゲームを薦めるのは逆効果なのかもなぁと。精神的にキツイことになっている今の自分は考えたのです。

ピクロスDSピクロスDS

任天堂 2007-01-25
売り上げランキング : 5669

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
立体ピクロス立体ピクロス

任天堂 2009-03-12
売り上げランキング : 2067

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲームプレイ日記 | 17:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

見開きで読むか1ページごとに読むか、電子書籍時代で漫画はどうなる

 日本版のキンドルが始まって、もう1年半が経過しました。
 キンドルに限った話ではありませんが、電子書籍はしょっちゅう期間限定セールを行うこともあって、自分の場合「新しい作品に手を出す」時には電子書籍で買うことが圧倒的に多くなりました(※1)

(※1:流石に、紙の本で集めている漫画の続刊は紙の本で買いますけど)


 んで、最近ちょっと気になることがあります。
 電子書籍の漫画をタブレット端末で読む場合……縦に持つと「1ページごと」に表示され、横に持つと「見開き」で表示されます。

1pagegoto1.jpg
<縦に持った場合>

mihiraki1.jpg
<横に持った場合>

 「されます」と自信満々に書きましたが、機種によっては「されない」ものもあるみたいですね。設定で変えることやロックすることも出来ます。とりあえずこの記事は「される機種で読んだ」自分の経験をベースに語ります。



 作品によっては「見開き」で表示した際に、左右のページがきっちり合わさって「見開きの絵」が「1枚の絵」に見えるようにしてくれるところもあって。物理的にどうしても2枚の紙に分かれてしまう紙の本と比較して、電子書籍で漫画を読む利点に思えるところですね。問題は「全部の作品がそうではない」ところですが(笑)。

1pagegoto2.jpg
<『ヤマノススメ』1巻より・縦に持った場合>

mihiraki2.jpg
<『ヤマノススメ』1巻より・横に持った場合>



 ということもあって……
 電子書籍で漫画を読む場合、私はほとんど「見開き」表示にして読んでいます。
 7インチのタブレット端末に「2ページ表示」するとかなり小さくなってしまいますが、元々小さい文字を読むのが苦手ではなかったため、抵抗があったのは最初だけですぐに慣れました。
 紙の本で読むために作られている漫画は「見開きで読むこと」を前提にコマ割されているでしょうし、それを電子書籍に“移植”したものはやはり「見開きで読む」方が作者の意図通りに楽しめるんじゃないかと思いましたんで。


 ただ、恐らく「見開き」表示だと画面が小さくなるから、「1ページごと」に読んでいるよって人もいることでしょう。タブレット端末やキンドルペーパーホワイトならまだしも、スマートフォンのようなもっと画面の小さい端末で読んでいる人もいるでしょうし、そもそも「見開き」表示にする必要のない漫画も多いですもんね。4コマ漫画とか。
 先ほど私は“ほとんど「見開き」表示にして読んでいます。”と書きましたが、4コマ漫画は「1ページごと」に読んでいます。コマ割の変化がありませんし、文字も多いですから。



 この「読む人がそれぞれの好みの環境で読むことが出来る」というのは、電子書籍最大の利点だと私は思っています。以前に、大型タブレットならば紙の本の単行本より大きなサイズで読めるという話を書いたことがありましたよね。

(関連記事:サイズが小さくならない漫画単行本――電子書籍の可能性


 ただ、同時に……「読み手の環境を統一できない」ことは欠点でもあるなと最近は思うようになりました。

 作り手としては「見開きで読む人もいる」「1ページごとに読む人もいる」状況ですから、どちらに合わせて作ればイイのか難しいと思うのです。
 先ほどの『ヤマノススメ』の見開き絵は1ページ目だけ見てもよく分からなかったことでしょう。見開きで読む人に合わせて「見開きの絵」を使うと、1ページごとに表示している人には「ん?何だこの絵?」→「あー、見開きだったのかコレ」と思われてしまうのです。せっかくの見せ場なのに!
 逆に1ページごとに読む人に合わせて「見開きの絵」を使わないと、「見開きの絵」を期待して見開きで読んでいる人には物足りなく思われてしまうかもですし。


 また、読み手としても「どちらで読めばイイのか」分からない状況だと思います。
 初めて読む作品の場合「見開きを使う漫画なのか」「字は細かいのか」なんて分かりませんし、もっと言うとこれから電子書籍で漫画を読もうって人がどのサイズの端末を買えばイイのか悩むと思うのです。

 環境が自由に選べることによって、どれを選べばイイのか分からなくなる――――キーコンフィグなどの細かい設定をプレイヤーが選べるゲームの方が、どう設定してイイのか分からなくなる、みたいな話が電子書籍にもあると思うのです。


 KDPで「電子書籍でしか読めない漫画」を発売した自分が思うに、それなら作者の側から「この漫画は見開きで読むことを想定して作りました」「この漫画は1ページごとに読むことを想定して作りました」と提示することも手かなと思いましたが……
 実際に今、電子書籍で漫画を読んでいる人が「見開き」と「1ページごと」どちらで読んでいるのかが気になったので、困った時のアンケートを取ろうと思います!!



―投票は受付終了しました。結果は後日、別の記事で書く予定です―



 これは「4コマ漫画」等のコマ割が固定されている漫画ではなく、普通のコマ割が固定されていない漫画を“どんな漫画なのかも知らずに”読む場合に、とりあえずどうやって読むのかという質問です。「作品に依るよ」と思われるでしょうが、とりあえず最初はどう読むのかを知りたいのです。

 電子書籍に限った話なので、「電子書籍なんて読んだことがありません」という人は申し訳ないですが参加対象外です。
 電子書籍のサービスはキンドルに限りませんし、使う端末もタブレット端末やキンドルペーパーホワイトに限らず、パソコンやスマホで読んでいるという人も意見をくださると助かります。コメントで「使っている端末は○インチの××です」みたいなことを書いてくださるとありがたいかな。

 「もっと拡大して読んでいる」は、例えば1ページの上半分ずつ表示させて読んでいるとか、1コマずつ表示させるサービスで読んでいるとか―――画面の小さいスマホ等では活用している人がいるんじゃないかと思ったので選択肢に加えました。
 「その他」は、その三つの選択肢のどれでもカバーしきれない場合、私が想像もしていないような読み方をしている場合は、コメントでそれを教えて欲しいなと思ったので選択肢に入れてあります。



 電子書籍の今後の発展のため―――なんてお題目ではなく、単純に「みんなはどうなんだろう?」と知的好奇心を掻きたてられたのでアンケートにご協力いただけるとありがたいです。

ヤマノススメ 1 (アース・スターコミックス)ヤマノススメ 1 (アース・スターコミックス)
しろ

アース・スター エンターテイメント 2013-04-26
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
春夏秋冬オクテット(秋): やまなしレイ漫画短編集春夏秋冬オクテット(秋): やまなしレイ漫画短編集
やまなしレイ

やまなしレイ 2014-05-09
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 漫画読み雑記 | 17:56 | comments:4 | trackbacks:1 | TOP↑

≫ EDIT

どうして『トモダチコレクション』には同性婚の仕様が入らなかったのか

 これについては語らずにはいられまい。

 任天堂に批判の声=ゲーム内で同性婚認めず-米
 同性婚、ゲーム続編では可能に=任天堂米法人が謝罪

 任天堂が、ニンテンドーDS用ソフト・ニンテンドー3DS用ソフトとして発売していた『トモダチコレクション』シリーズを、この度海外でも発売することになったのですが……ゲームの仕様上「同性同士では結婚できない」ため、アメリカに住むゲイの男性が「同性婚の要素を取り入れて欲しい」というWEB上のキャンペーンを始めました(ここに詳しくまとめられています)。
 任天堂がそれに対して「このゲームは面白い別世界でのもので、現実をシミュレートするものではありません。」と回答したことによって火種が大きくなり、海外メディアからも批判され、任天堂も謝罪し「今作にパッチ等で対応するのは不可能なので続編を出す際には検討する」と回答を修正した形になりました。

 何故、海外でこれほどまでに批判を受けたのか―――に関して、とても良い記事があったので紹介します。

 任天堂「トモダチコレクション」同性婚問題はなぜ大騒動になったのか




 さて……『トモダチコレクション』を実際にプレイしていて、紹介記事も書いた私ですから。
 「ゲーマーとして」この問題について語っておかなければならないと思います。

 まず一つ大事なのは……このゲームはまず「自分の分身」を作らされることです。よくあるゲームのように「主人公の名前を決めてください」と言われるのではなく、プレイヤー自身の分身として「名前」も「顔」も「性格」も「声」も似せたキャラを作るようゲーム側から指示されるのです。
 例えば、私が自分の分身となる「やまなし」というキャラを最初に作ると、「やまなし」が一人目の住人になるので、他の住人からプレイヤーの方が「やまなしのそっくりさん」と言われるほどです。お、俺が「やまなし」だったはずなのに……!

 そして、もう一つ……このゲームのキャラは「自分の分身」であっても自分で操作することはできず、自我を持って勝手に行動します。告白の許可などのコントロールはできますが、誰を好きになるのかはプレイヤーが決めることはできません。

 なので……同じ結婚・出産の要素があるゲームであっても、『ファイアーエムブレム』シリーズのように「キャラクター同士を結婚させるゲーム」や、『牧場物語』『ルーンファクトリー』シリーズのように「プレイヤーが誰と交際するのかを選べるゲーム」とは事情がちょっと違うのです。

 「自分そっくりのキャラ」が、「勝手に動いて」、「(本来は男性が好きなのに)女性と交際している」様を見せつけられたら―――「現実とは違う面白世界のゲームなんですよー」と説明されたとしても、まだまだ偏見と迫害に晒され続けている同性愛者の方々からすると納得できないことだと思います。


 任天堂を擁護する人達が「ゲームと現実をごっちゃにするな」「現実とちがうパートナーと結ばれるのも面白いじゃないか」と言っているのを見かけたこともあります。しかし、それを言うと私だって「自分のMii」と「俺の嫁のMii」を結婚させようと必死にプレイしていたのです。好きな人と結ばれたいという願望をゲームに求めることがおかしいだなんて私には言えません。
 同性愛者のプレイヤーは私のような遊び方が出来ないんです。「婚約者のMiiとゲーム内で結婚したいと望んでいるのに、それができない。」というゲイの男性の嘆きは、決して無視されて良い話ではないと思うのです。




 ……ということを踏まえて。
 では、何故に製作スタッフは「同性婚」の要素を入れなかったのでしょう。

 この御時世ですから「同性愛なんてものがこの世に存在するとは思えなかった」なんて人達ばかりだったとは思えませんし、ゲームに「結婚」の要素を入れる際に「男と女で」という条件に限ったのにはそれなりの理由があったのだと思いますし。
 実際、日本ではシリーズ累計500万本以上売っているにも関わらず、「同性婚がない仕様」は騒動にならなかったんですよね。「私は絶対に『トモダチコレクション』を買わない」と言っている日本人の同性愛者はいましたが、それがメディアで報道されることも、任天堂が謝罪することもありませんでした。

 「ゲーマー」であり、「百合好き」でもある自分の立場から、その辺を考えていけたらなと思います。


1.「作るのが楽」だから
 HNI_0072.jpg

 このゲームの「性別」は、Miiを作成した際に「男」か「女」かを決めるだけです。
 「身体的な性別が男性だったら、好きになるのは女性」
 「身体的な性別が女性だったら、好きになるのは男性」

 自動的にそう決めた方が「作るのが楽」なのは間違いないと思います。

 人間をそう二分した方が「作るのが楽」というのは、ゲームに限った話じゃありません。
 トイレが何故「男子トイレ/女子トイレ」の二つなのか、浴場が何故「男湯/女湯」の二つなのか―――それらは全て「身体的な性別が男性だったら、好きになるのは女性」「身体的な性別が女性だったら、好きになるのは男性」という前提にした方が楽だからですよね。そんなに何種類もトイレや浴場を分けられませんから。

 このゲームがセクシャルマイノリティの人達の気持ちに応えようとしたなら、例えば「身体的な性別は“男”か“女”か」「性自認は“男”か“女”か」「恋愛対象は“男”か“女”か“両方”か」を一人一人のキャラを登録する際に全員に入力しなければならないでしょう(※1)

(※1:もちろん、これでもカバーできないような人もいらっしゃると思います)


 そして……例えば「身体的な性別が男で、性自認が男で、恋愛対象が男」の人が「身体的な性別が男で、性自認が男で、恋愛対象が女」の人を好きになっても、その二人をくっ付けてイイものなのか。「身体的な性別が女で、性自認が男で、恋愛対象が女」の人と「身体的な性別が女で、性自認が女で、恋愛対象が女」が恋人同士になってイイものなのか。

 正直よく分からんと思うのですよ。
 現実でも、恐らく「当人達の気持ち次第」としか答えが出ない話を―――キャラクター達が勝手に恋愛をして結婚するこのゲームに当てはめるというのは、ものすごく大変なことだと思うのです。私は『トモダチコレクション』に「同性婚」の仕様を入れて欲しかったと思っていますけど、同時に「入れようとしたらムチャクチャ大変だろうなー」とも思ってしまっています。



 まぁ、こういうややこしい設定を全部取っ払って、「住人になったキャラは全員、男でも女でも構わずくっついて結婚する」という思いきった仕様にする手もありますが……それはそれで別の揉め事を起こしそうな気もしますしねぇ。


2.ゲームの仕様として「子どもを作る」のをどうすればイイのか
 後述しますけど……実はこの「ゲームと同性婚の話」について、『トモダチコレクション』の騒動が起こる前に『ルーンファクトリー』シリーズについてブログに記事を書こうと思っていました。「女同士で結婚させることが出来たのなら『ルーンファクトリー4』を買ったのに!」と。

 ただ……『牧場物語』にしろ、『ルーンファクトリー』にしろ、あのシリーズにおける「結婚」とは「子どもを作って」「生命を次の世代に繋いでいく」というテーマがあるのでしょうから。そこがやはり難しい話になるのかと思います。
 『ファイアーエムブレム』シリーズもそうですよね。親世代で結婚した組み合わせによって、生まれてきた子どもの能力が変わり、今度はその子ども世代が戦いに向かっていくという。


 やはり、ここは目を背けられない問題だと思うのです。
 「同性愛者のカップル」では「結婚」しても「子どもを作る」ことは出来ない―――という。

 そのため「子どもを作る」ことがゲームデザインの中で重要な意味を持つゲームにおいては、「同性婚」の仕様を入れづらいと思うのです。
 この話をしていたら、『牧場物語』シリーズでも『コロボックルステーション for ガール』では女性同士で結婚できるという話を聞きました。百合ゲー好きの間では有名なゲームなんですってね。ただ、女性同士で結婚した場合も「神様から授かる」という形で「子どもができる」のだとか。


 それはイイのか??

 女性同士で結婚出来るゲームは素晴らしいと思うのだけど、「子どもを作る」ことがゲームデザインの中で重要な意味を持つから「女性同士でも子どもができる」って……同性愛者の人達はどう思うんでしょう。


 『トモダチコレクション』の話に戻します。
 『トモダチコレクション』は3DS版で「子どもを作る」要素が加わり、この子どもが「すれちがい通信」で旅をするというのが目玉の新機能となっていますし、ゲームとしても「子どもができる」ことを一区切りとしています。
 もし仮に「同性婚」の要素を入れていたとしたら、この「子どもができる」要素をどうするべきか悩みますよね。「同性婚では子どもができない」とすれば目玉機能を提供することができませんし、「同性婚でも子どもができる」のでもイイのか、「同性婚だと養子をもらえる」というリアルな設定にするべきなのか。

 「子どもができる」前の妊婦姿ですら「生々しいから」と没にしているゲームなので、その辺のさじ加減は非常に難しかったと思いますし。同性婚自体を入れないという選択をしてしまったことにも、自分はかなり同情的です。



3.「同性愛者ではない人達」はどう思うのか
 先ほど私は「女同士で結婚させることが出来たのなら『ルーンファクトリー4』を買ったのに!」と書きました。
 私自身は「身体的な性別が男で、性自認が男で、恋愛対象が女」の異性愛者ですが、女のコと女のコを描いた「百合」が大好きです。自分も含めた全ての男性は絶滅して、全ての女性が女性と付き合っていればイイのにと思っているくらいの百合脳です。だから、女のコの主人公キャラクターを女のコのヒロインと結婚させてグヘヘしたかったのです。


 『トモダチコレクション』を買った時にも、正直考えました。
 「女のコ同士で結婚させられたら最高なのに」と。そうすれば全キャラ女のコのMiiにして、百合交際・百合結婚しまくりでグヘヘグヘヘだぞ!と。


 実際、『トモダチコレクション』の次回作が「同性婚を検討」と発表された際に、百合好きやBL好きの人々は狂喜乱舞していましたよね。しかし、これって「同性愛」を「見世物」として消費している行為であって、「同性愛者」の人達に一番失礼な行為なんじゃないかって思ったりもするのです。



 今のは同性愛を「肯定する」人達が逆に失礼じゃないかって葛藤なのですが、もっとシンプルに同性愛を「否定する」人達もいると思います。哀しい話ですが。

 セクシャルマイノリティに対する偏見はまだまだ残っていると思いますし、特に子どもの間では「いじめ」の温床に使われないのかという心配もあります。今の子どももそうかは分かりませんが、私が子どもの頃は「このホモ野郎」と相手を軟弱なヤツとして罵る悪口として使っている同級生もいましたもの。
 いじめる対象のトモダチを敢えて「同性愛者」の設定にして、誰とも結婚できないようにして笑いものにしたり――――みたいなことが起こったら、それはそれで差別を助長する行為だとも思います。


 「同性愛」の概念を持ち込まなかったことで「差別的」と言われてしまった任天堂ですが、
 「同性愛」の概念を持ち込んだら持ち込んだで「差別的」なことが行われてしまったんじゃないかと想像できます。


 『トモダチコレクション』は、日本人が日本市場向けに作ったゲームです。
 日本市場をターゲットに考えた際、「同性愛」の概念を持ち込んで起こるイザコザを懸念して、“無難に”「同性愛」の概念のない世界を作ってしまった……というのは分からなくもないです。実際、日本市場で500万本売っていた時には問題にならなかったのですからね。

 しかし、日本では“無難に”で済んでいたことが、海外では“無難に”ではなかった。
 「同性愛の概念のない世界」を作ったことが、「差別的な主張」として受け止められてしまった―――単純に、ローカライズのミスだと言えるかも知れませんね。日本向けに作ったゲームを現地の文化に合わせることなく発売したから問題が発生したという。



 私自身は「百合好き」ですし、現実でもゲームでも「同性婚」は認められていって欲しいと思っていますが(もちろん女性同士だけでなく男性同士でも)……
 現状だと「同性婚の仕様を入れないなんて任天堂はアホだ!」とも言い切れず、同情する気持ちが大きいです。自分が仮に製作スタッフだったとしても「入れたいけど難しいよね……」と思っていたと思います。そのくらい、複雑な問題を孕んでいるのだと。


 ただ、逆に言うと「チャンス」だと思うんですね。
 今回の騒動によって。日本で500万本以上を売り上げた『トモダチコレクション』シリーズが、続編を出す場合は「同性婚」ができるように検討すると発表しているのですから。もう言い訳する必要はありません。
 「やっぱり続編は作りませんでしたー」なんて逃げずに、「同性愛」の要素としっかりと向き合ってゲームデザインの中に盛り込んで、宣伝の中にも盛り込んで、「見世物」にも「いじめの温床」にもならないように出来たのなら―――日本での「同性愛」に対する偏見も変わってくると思いますし、任天堂に対するイメージも変わってくると思います。

 今回のニュースの反応で「相変わらず任天堂は保守的だな」というものも見かけまして、「え?」と思ったのだけど、世間のイメージはやっぱりそんなところなのでしょうしね。



 それはそうと……購入から1年経った自分の『トモダチコレクション 新生活』、もうすっかり起動していないのですが……「すれちがい通信」でわんさか子ども達がやってきたり、「いつの間に通信」で旅立った子どもからの手紙が来たりで、起動する気がないのに緑や青のランプが点灯するので仕方なく重い腰を上げて起動するって日々が続いています。

 3DSの「すれちがい通信」「ダウンロード版」の仕様を聞いた時は、「もう遊んでいないゲームでもすれちがえるなんて最高じゃん」「ソフト入れ替えずにすれちがい確認できるなんて最高じゃん!」なんて言っていたんですけどね……

| ゲーム雑記 | 17:44 | comments:13 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『春夏秋冬オクテット』キャラクター人気投票の結果発表です!

 昨年の夏にパブーで発売していた漫画短編集『春夏秋冬オクテット』を、この度キンドルでも(三冊に分けて)発売しました。その告知記事はこちらです。




 そしてまぁ……覚えてくださっている人がどれだけいるのか分かりませんが、パブー版発売の際の宣伝企画の一つで「キャラクター人気投票」を行ったのに、まだ結果を発表していなかったことに気付きました。発表用の漫画は秋には描いていたのですが、スキャンすらし忘れていたという……


 ということで、キンドル版発売に合わせて発表したいと思います!

 「人気投票の結果を漫画で発表する」ってのは、漫画描きの一つの夢ですよね。
 その夢を叶えられて幸せでした。


 あ、画像は全てクリックすると少し拡大するようになっています。



touhyoukekka1.jpg


touhyoukekka2-2.jpg


touhyoukekka3-2.jpg




 まさかの1~3位が男性キャラ独占という結果に。
 「どの作品のキャラが人気」ということもなく、割と分散したなーという印象でした。


 ということで、投票してくださった皆々様、本当にありがとうございます。
 こういう企画をやることはもうないでしょうから、とてもイイ思い出になりました。


 それでは『春夏秋冬オクテット』をよろしくお願いします。
 キンドル読める端末持っていないから無理だよー、という人はパソコンで読めるパブーでも出ていますから是非どうぞ。

| 春夏秋冬オクテット | 17:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

これぞ大冒険!『マーヴェラス ~もうひとつの宝島~』紹介

【三つのオススメポイント】
・任天堂のアドベンチャーゲームの集大成であり、到達点
・勇者ではない「普通の子ども達」の大冒険が描かれる
・取っつきやすく始まり、終盤は歯ごたえ十分という流石の難易度調整


『マーヴェラス ~もうひとつの宝島~』
 スーパーファミコン用/アクションアドベンチャー
 任天堂
 1996.10.26発売
 公式サイト
 Wii Uバーチャルコンソール用
 2014.2.12配信開始/762円+消費税
 公式サイト

マーヴェラス もうひとつの宝島マーヴェラス もうひとつの宝島

任天堂 1996-10-26
売り上げランキング : 15034

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

※ この紹介記事はWii Uバーチャルコンソールにてダウンロード販売されたものをプレイして書いているので、オリジナルのスーパーファミコン版とは内容が異なっている可能性があります。

○ 任天堂のアドベンチャーゲームの集大成であり、到達点
 何と言っても、青沼英二さんの初ディレクター作品です。
 1991年に発売された『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』に触発された青沼さん(当時の姓は小野塚さん)が、「自分なりのゼルダ的な作品を作ろう」と作ったのがこのゲームで―――このゲームの成果を買われてか、後に青沼さんは『ゼルダ』製作に関わることになり、現在では『ゼルダ』シリーズを統括しているプロデューサーになっているという流れです。

 要約すると、『ゼルダ』が大好きな人が作ったゲームで、その人が後に『ゼルダ』を作る人になるくらいこのゲームは『ゼルダ』シリーズと密接な関係にあるということですね。


 という話を聞いていたので、自分はプレイ前は「現代版『ゼルダ』」みたいなイメージでこのゲームを考えていたのですが、実際にプレイしたらそんなに『ゼルダ』じゃなかったです!!
 公式サイトには、『鬼ケ島』と『ゼルダ』が手を組んだようなゲームと書かれてたように……どっちかと言うと『新・鬼ヶ島』や後の『はじまりの森』のような「任天堂のテキストアドベンチャー」の系譜を受け継ぎつつ、「任天堂のアクションアドベンチャー」の代表作である『ゼルダの伝説』シリーズのエッセンスを盛り込んだようなゲームになっていました。

 「テキストアドベンチャー+時々アクション」と表現すべきですかね。
 普段の画面は『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』のような見下ろし型の2Dアクションアドベンチャーそのままですし、操作感覚もとても『神々のトライフォース』に近いのですが……サーチシステムで画面の好きなところを調べたり、時折アップの表示になったり、遊んでいる感覚は「テキストアドベンチャー」のそちらの方に近いと思われます。

 marvelas1-2.jpg
<普段の見下ろし型の画面>


 marvelas2-2.jpg
<時々出てくるアップの画面>


 「テキストアドベンチャー」の系譜なので、ストーリーも非常に凝っています。
 それぞれ異なる島を舞台にした全5章で、それぞれの章ごとに異なる魅力があって、章によってはなかなか歯ごたえのあるアクション操作が求められたりもします。
 後述しますが、それ故に「アクションゲームが苦手だからアドベンチャーゲームを遊びたい」という人には苦しいゲームになるかも知れませんが、アクションもアドベンチャーも好きな人にとっては「次から次へと新しい遊びを提供される」おもちゃ箱のようなゲームと捉えられると思います。


 「テキストアドベンチャー」と「アクションアドベンチャー」の融合という意味では「集大成」と言えますし、この完成度の高さは「到達点」と言っても過言ではないと思います。
 自分のクリア時間は14時間(ネタバレ防止のために文字を反転させて読んでください)。ダラダラと同じことが続いたりはしない密度の濃さを保ちながら、テキストアドベンチャーとしてはなかなかのボリュームだと思います。


 元々はスーパーファミコン用CD-ROMシステム版として開発されていたものが頓挫してしまったこともあり、発売時期が既にNINTENDO64が発売された後の上にゲームボーイの『ポケモン』人気が凄まじかった1996年秋となってしまって、知名度は低く“スーパーファミコン末期の隠れた名作”という不名誉な呼ばれ方をされるこのゲームですが。

 確かに、このゲームはスーパーファミコンを代表するゲームだと思いますもの。
 そのくらい完成度の高い盛りだくさんのゲームでした。



○ 勇者ではない「普通の子ども達」の大冒険が描かれる
 冒頭から書いたように「『ゼルダ』シリーズと密接な関係にある」このゲームですが、『ゼルダ』とは対照的なコンセプトのゲームだと思います。主人公は「普通の子ども達」なのです。

 例えば『ゼルダ』シリーズで主人公が使う武器と言えば、「弓矢」とか「ブーメラン」「爆弾」などですね。「剣」や「盾」ももちろん装備しています。
 しかし、『マーヴェラス』の主人公達は「普通の子ども達」ですから、「野球のボール」で遠くの敵をやっつけたり、「サッカーシューズ」で草を刈ったり、「釣竿」で遠くのものを取ったり。私達の身近にあるものをアイテムとして使うのです。これが『ゼルダ』とは違った魅力を出している一つの要因だと思います。


 また、このゲームの主人公は「三人のチーム」です。
 小さいけど素早い動きのディオン、太っているけど力持ちのマックス、のっぽで機械操作が得意のジャックの三人を切り替えながら進みます。

 「えー、三人のキャラを切り替えながら進むなんて大変そう」と思われるかも知れません。確かに自分も『新・鬼ヶ島』をプレイした際には、主人公の切り替えは「楽しい」というより「手順が増えて大変」と思った記憶があります。
 ただ、こちらのゲームは「操作キャラの切り替えがとても早い」「見下ろし型の画面なので位置関係が分かりやすい」「ワンボタンで三人並んで動かすことができる」と、プレイヤーがとにかく操作しやすいように心がけられているのです。

 その上で、「三人の主人公でなければ解けない仕掛け」もくどくない程度に出てきていて……それぞれのキャラが持っているアイテムを駆使するボスとのバトルは『ゼルダ』的でありながら、主人公一人だけを操作する『ゼルダ』では出来ない解法を求められるので。
 『ゼルダ』の単なる「劣化コピー」に留まらず、『ゼルダ』には出来ない面白さをしっかりと追求したゲームになっているというのがすごいです。



 主人公達のチビ・デブ・ノッポの三人は『ズッコケ三人組』を連想させる王道の組み合わせですし、全体的に「児童文学」っぽく、ストーリーも島から島へと渡る大冒険となっています。この「島」一つ一つが特徴的で、それぞれの場所で全然違う雰囲気のゲームになっているのにもワクワクさせられます。
 私が特にお気に入りなのは、第3章の島。決して明るいだけではない任天堂のダークサイドが見えるあの島は、『MOTHER』シリーズっぽい気もしますし、サスペンス要素もあってゾクゾクしながらプレイしていました。

 『新・鬼ヶ島』が「ふぁみこんむかし話」、『はじまりの森』が「ファミコン文庫」という副題を付けているのだから、こちらは「ファミコン冒険小説」という副題を付ければもっと知名度が上がり……そうにはないか(笑)。



○ 取っつきやすく始まり、終盤は歯ごたえ十分という流石の難易度調整
 今も昔も、任天堂のゲームの魅力と言えば「難易度調整」にこそあると思います。
 序盤は簡単なお使いが続きます。説明書を読まなくても、このゲームの操作方法、このゲームの世界観、このゲームならではの解法を伝えるチュートリアルからしっかり始まります。

 序盤はアクション操作の要求は少なめで、アドベンチャー部分も「ヒント」をもらえます。
 ピラックという鳥を呼び出せばいつでもヒントをもらえるのです。この「常に付いてくる相方が謎解きのヒントを教えてくれる」のは、後の『ゼルダ』シリーズの定番なのですが……後の『ゼルダ』が「じゃあ常にヒント聞き続ければイイんじゃね」という問題に直面して、最新作『神々のトライフォース2』にて「ヒントはゲームコインと引き換えにしかもらえない」という落としどころにたどり着くのですが。

 『マーヴェラス』はこの時点で「ヒントはラックロックと引き換えにしかもらえない」んですね。
 ラックロックは(やりこみ要素を無視すれば)余る人がほとんどでしょうが、ヒントをもらうのに心理的なブレーキをちゃんとかけさせられている辺り、この時点でよく考えられているなーと。


 章が進むと、徐々にアクション要素が強まり、アドベンチャー部分の「ヒント」も不十分になっていきます。ピラックに言われるがままに進めれば良かった序盤から、徐々に“自分の力で”解いていかなければならなくなるのです。これがこのゲームには「自分で冒険している」感があると感じる一因でもあります。

 終盤はアクションゲームとしても、アドベンチャーゲームとしても、それなりの歯ごたえに。
 この難易度調整は見事だと思いますが。正直、自分は「Miiverse」と「まるごとバックアップ」がなければ心が折れていたかも知れません(笑)。5章の見えない床とか、「まるごとバックアップ」なしでやるとどうするのよ……


 ということで、このゲームの「欠点」というか、こういう人にはオススメできないかなーという「弱点」を考えると。「アクションゲーム」の要素も「アドベンチャーゲーム」の要素も盛りだくさんに詰め込まれているが故に、「どうしてもアクションゲームは無理」って人にも「どうしても謎解きは無理」って人にもオススメできないという弱点はあるかなと思います。
 このジレンマは『ゼルダ』ですら抱えている弱点だから、なかなか難しいですね……

(関連記事:「アクションゲームが苦手な人でも安心して楽しめます!」の裏表


○ 総評
 ゲームとしての完成度はズバ抜けていて、任天堂のスーパーファミコンソフトの中でも『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』や『MOTHER2』等とも肩を並べられる作品だと思います。『ゼルダ』シリーズが好きな人、アクションアドベンチャーのゲームが好きな人、アクションゲームもアドベンチャーゲームも両方好きな人には是非オススメです。


 「冒険してる!」というワクワク感がこんなにも味わえるゲームはそうそうないと思いますし、出てくるキャラクターやテキストもイイ味出しているんですよねぇ。チマチマ動くドット絵も見事。

 ネット上でレビューを検索しても絶賛の嵐のゲームなんですが、知名度の低さゆえに「続編」も「リメイク」も出ていませんし、このゲームの流れを汲んだ「アドベンチャーゲーム」自体を任天堂はもう出していないんですよね。残念。バーチャルコンソールでバカ売れして、「マーヴェラスみたいなゲームをまた作ろう!」となってくれないものかしら。

 そう考えてしまうくらい魅力的なゲームでした。

マーヴェラスもうひとつの宝島―任天堂公式ガイドブック (ワンダーライフスペシャル)マーヴェラスもうひとつの宝島―任天堂公式ガイドブック (ワンダーライフスペシャル)

小学館 1996-12
売り上げランキング : 686340

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲーム紹介 | 17:50 | comments:5 | trackbacks:1 | TOP↑

≫ EDIT

「強い敵に挑む主人公」の物語と、「強い主人公に挑む敵」の物語

※ この記事は漫画版『幽遊白書』全19巻と、漫画版『ハンター×ハンター』32巻までのネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。


 最近Twitterでよく見かけるのが「俺TUEEE系作品」の話題。
 私はその例として挙げられている『ソードアートオンライン』や『魔法科高校の劣等生』を読んでいないし観ていないので、否定も肯定も出来ませんし、どこが議論のポイントになっているのかもよく分かっていないのですが……この話題をきっかけに思い出した、すごく面白い記事がありました。



 ジョジョの第二部と第三部はお話の構図が対照的だと思った不倒城さん)

 しんざきさんの切り口は「言われてみて初めて気付いたけど、どうして今まで気付かなかったんだ!」と腑に落ちるものばかりですが、この記事もまさに。どうして今まで気付かなかったんだ!と、読んだ当時悔しさすら感じました。


 『ジョジョの奇妙な冒険』第二部は、「柱の男」達という超超超強い敵との戦いの物語でした。どのくらい超超超強いかと言うと、第一部でアレだけ主人公達を苦しめた「吸血鬼」を食糧としてしか見ていないくらいの強さです。「食物連鎖の頂点」であり、インフレバトルの頂点。
 それに挑む主人公ジョセフ・ジョースターは、「柱の男」達よりも圧倒的に弱いのだけど、ありとあらゆる手を使って最強の敵を何とかして倒していくのです。つまり、『ジョジョ』二部は「最強の敵」に「搦め手で挑む主人公」を描く物語なのです。


 それと対照的に、現在アニメが放送されている『ジョジョの奇妙な冒険』第三部は主人公チームがムチャクチャ強いです。主人公である空条承太郎がそもそも作中で最強クラスの強さであるのに加え、仲間達もそこそこの強さと知性とメンタルを持ち合わせていて、磐石のチームと言えます(※1)
 ディオからの刺客として主人公チームに挑むスタンド使い達は、なので「ありとあらゆる手を使って主人公達を倒そう」としてきます。正攻法では適わないから、正体を隠し、標的を一人ずつ、暗殺者のように狙ってくるのです。もし正攻法で戦ったのなら主人公チームが瞬殺できるような相手にも苦しめられる恐怖がありますし、敵側も「承太郎には絶対に適わないから、ポルナレフだけを狙おう」みたいなことをやってくるのです(笑)。

 つまり、『ジョジョ』三部は「最強クラスの主人公チーム」に「搦め手で挑む敵」を描く物語なのです。

(※1:流石に終盤は敵も鬼のような強さになっていきますが、その辺はネタバレになるので伏せておきます)



 さて、何故このタイミングで2年前のしんざきさんの記事を思い出したかと言うと……
 先日『幽遊白書』についての記事を書いて、『幽遊白書』の「バトルの描き方」の変遷を見ていったことで……この『ジョジョ』二部と三部の話に当てはめられるなと思ったのです。


 いや、もっと言うと……
 全てのバトル漫画やスポーツ漫画は、『ジョジョ』二部のような「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語と、『ジョジョ』三部のような「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語で分析・説明できるんじゃないかと思ったのです。



 では、『幽遊白書』を例に出すと……
 霊界探偵になったばかりの幽助の戦いは、「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語なのです。剛鬼にしろ、飛影にしろ、牙野にしろ、風丸にしろ、乱堂にしろ、全て普通の状態で戦ったら幽助は適わない相手です。じゃあどうやって倒すのか―――で使われるのが「1日1発しか撃てない霊丸」で、この一撃でのみ幽助に逆転のチャンスが与えられているのです。

 四聖獣編も、「飛影vs青龍」は例外ですが、「蔵馬vs玄武」も「桑原vs白虎」も「幽助vs朱雀」も全て敵側の方が強いところを逆転の一手で打ち破るという戦力構造になっているのです。この頃の『幽遊白書』は『ジョジョ』二部的な物語と言えるのです。


 しかし、これが暗黒武術会に入ると戦力構造が変わります。
 最初に戦う六遊会チームは、「蔵馬vs呂屠」は微妙ですが、「桑原vs鈴駒」「幽助vs酎」は“実力が近しいもの同士の対決”になっています。結果こそ瞬殺でしたが「飛影vs是流」も未完成の黒龍波を使わざるを得なかったくらいなので、実力差はそれほど大きくなかったと思います。

 六遊会チーム戦は、戦力差のあまりないチームとの真っ向勝負だったと言えます。


 Dr.イチガキチーム戦は、ガチンコの戦いが出来なかったので省くとして……


 続く魔性使いチーム戦、裏御伽チーム戦は……「幽助vs陣」のような例外もありますが、基本的には主人公チームの方が戦力が充実してしまっているため、主人公チームにのみハンデを背負わせ敵側も搦め手を駆使して戦うようになりました。
 魔性使いチーム戦は大会運営サイドからの罠で「2人vs5人の勝ち抜き戦」にさせられた上に、蔵馬は1戦目で妖気を封じられて大ピンチになりましたし。裏御伽チーム戦は幽助と覆面戦士不在な上に、特殊な闇アイテムを駆使して実力以上のものを見せる敵に苦戦させられました。


 この二戦は『ジョジョ』三部のような「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語の傾向がありますし、「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語の究極だった戸愚呂チーム戦を経て、暗黒武術会以後の“魔界の扉”編はまさにそういう話になっていきます。
 仙水忍を例外とすれば、“魔界の扉”編に出てくる敵は「強さ」という点では大したことのない連中ばかりです。しかし、主人公達の能力を研究し、「相手の力を最小限に抑え、自分達の能力を最大限に生かす戦法」を取ってくる相手に苦しめられるのです。

 そもそも“領域(テリトリー)”が“幽波紋(スタンド)”のパロディだから当然なのかも知れませんが、この時期の『幽遊白書』は『ジョジョ』三部のような「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語だと言えるのです。

(関連記事:“パクリ”と紙一重の“パロディ”だった『幽遊白書』



 「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語と、「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語―――どちらが面白いかと言うと、どちらにもそれぞれちがった面白さがあるとしか言いようがないのですが。『ジョジョ』にしろ『幽白』にしろ、「強い敵に挑む主人公」→「強い主人公に挑む敵」の順に戦力構造が変わっているというのが興味深いです。

 『幽遊白書』は確か作者に「途中から主人公達を描くのに飽きてしまい、敵側を描く方が楽しくなった」と言われていたと思うのですが、まさに今回の話に繋がると思うのです。「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語はネタに限界があるのです。
 吸血鬼が出てきましたー→強いですー→何とか倒しましたー→もっと強い柱の男が出てきましたー→超強いですー→何とか倒しましたー、という流れで、もし第三部で単純に「柱の男よりももっと強い敵」を出しただけだったら強さのインフレが進むだけだったと思いますし。読者としても“慣れ”てしまいます。


 『幽遊白書』もこのワンパターン化を防ぐため、剛鬼戦・飛影戦は「霊丸で逆転して何とか倒す」、乱童戦は「霊丸使えない状態で何とか倒す」、朱雀戦は「命を削ってでも倒す」、戸愚呂兄弟戦は「味方を撃ってでも倒す」と工夫を凝らしていましたが……
 暗黒武術会に入ってからは戦力構造を変えて、「敵側が搦め手を使ってくる」ようになるというのは―――「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語の方が、構造的に次から次へと新しい敵を出せるのでネタが続きやすいところがあるのかなと。


 「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」はどんどん強い敵を出さなければいけませんが、「強い主人公に“弱者”である敵が挑む」物語は敵が弱ければ弱いほど面白いですからね。
 こんなに弱い敵に、強い主人公が苦しめられるのにハラハラドキドキさせられるのです。『幽遊白書』で言えば、「影を踏まれただけで負ける」「あついと言っただけで負ける」みたいな。搦め手で挑んでくる敵は、作者のアイディアが続く限りはずっと新しいことが起こせますし、個性的な戦いをしてくる敵を出せますし、作品の寿命を長引かせる効果があるとも言えます。




 『ジョジョ』や『幽遊白書』に限らず、色んな作品を「強い敵に挑む主人公」の物語と「強い主人公に挑む敵」の物語という切り口で分析してみると面白いと思います。

 例えば『ドカベン』も、不知火や土門と戦う時は「超強い敵に主人公達が挑む」戦いと言えるのだけど、明訓高校が常勝チームになっていくと搦め手を駆使するブルートレイン高校や山田を全打席敬遠する中二美夫のように「強い主人公に搦め手で挑む敵」が現れたりするという。

 『スラムダンク』は基本的に敵側の方が強いチームのことがほとんどで「強い敵チームに挑む主人公チーム」の物語なのですが、ネタバレになるのでどの試合かは言いませんけど、大量点をリードして追われる身になって初めて自分達が分析されて追い詰められるという試合があります。あの試合の終盤は「強い主人公チームに挑む敵チーム」の物語になっているとも言えますね。




 多くのバトル漫画やスポーツ漫画は、「強い敵に挑む主人公」の物語と「強い主人公に挑む敵」の物語の両方を併用していると思いますし。併用することによって、どちらか一辺倒になるワンパターン化を防いでいるとも言えますね。『幽遊白書』において搦め手を駆使していたはずの仙水忍こそが実は最強だったというのは、冨樫先生流の“ハズシ”だったと考えれば合点がいきます。


 「俺TUEEE系作品」への批判については、私はそれらの作品を読んでいないし観ていないので何とも言えないのですが、議論の根本にあるものは「主人公が最強かどうか」よりも「ワンパターン化しているかどうか」にあるんじゃないかなと『ジョジョ』と『幽遊白書』の話を考えて思った次第であります。

 また、「超強い主人公」をわざわざ描くのは、その「超強い主人公」を描きたいというよりかは「その超強い主人公に挑む敵キャラ」を描きたいって作者も多いと思います。そういう戦力構造の方が個性的な敵キャラを次々と出せますからね。
 「超強い主人公」だけを見て、作者や読者に対して「現実で何も出来ない人が超強い主人公に自己を投影しているに過ぎない」とか言う人いるんですけど、主人公だけで作品が出来ているワケじゃないのですよ!


ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 8~17巻(第3部)セット (集英社文庫―コミック版)ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 8~17巻(第3部)セット (集英社文庫―コミック版)
荒木 飛呂彦

集英社 2003-06-12
売り上げランキング : 451

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 余談:実は『幽遊白書』とはちがうアプローチの『ハンター×ハンター』
 ここからは余談です。
 霊丸の話と今回の話と、『幽遊白書』のバトルの変遷を連続で振り返ってみて思ったのですが……同じ作者の漫画である『ハンター×ハンター』は、一貫して「強い敵に挑む主人公」の物語なんですよね。


 序盤こそゴンが「飛びぬけた才能を持った野生児」として描かれていますが、ハンター試験編→天空闘技場編ではヒソカの方が遥かに格上だと描かれていますし、ヨークシン編では幻影旅団の方が遥かに強いと描かれていますし、グリードアイランド編では“爆弾魔”の方が実力者でしたし、キメラアント編もキメラアント軍団の方が圧倒的に戦力が整っています。

 『幽遊白書』が「強い敵に挑む主人公」の物語→「強い主人公に挑む敵」の物語に変遷していったのとは対照的に、『ハンター×ハンター』はずっと「強い敵に挑む主人公」の物語なんですね。だからこそ、ずっと「ゴンとキルアの成長物語」でい続けられたのですが。



 『ハンター×ハンター』は『幽遊白書』よりもよっぽど長期連載になっているのだけど、どうしてそれで「ネタギレ」とか「主人公を描くのに飽きる」とかにならないのかと言うと……『ハンター×ハンター』って、「○○編」で毎回“主人公チーム”が変わるんですよね。
 ゴンとキルアは毎回固定ですが、ヨークシン編ではクラピカ達の物語が並行して描かれていましたし、グリードアイランド編ではビスケだったりゴレイヌだったりが加わっていましたし、キメラアント編では会長やナックル&シュートなど多数の仲間とチームを組んで戦う話でした。

 また、“主人公チーム”が変わるということと密接に関わっている話なんですが、『ハンター×ハンター』って別に「ゴンとキルアが敵をやっつけてメデタシメデタシ」みたいな終わり方をしないんですね。ハンター試験編ではヒソカに「借り」が出来たまま終わるし、天空闘技場編では試合に負けて終わっているし、ヨークシン編は団長を一時無力化しただけで終わってしまったし、グリードアイランド編だけは珍しくゴンとキルアが成し遂げて終わったのですが、キメラアント編はゴンもキルアも関係ないところで決着が付いてしまっていました。


 『幽遊白書』がキャラクター人気の非常に高いジャンプのバトル漫画の看板作品になってしまったために、主人公達を描くのに飽きてしまっても描き続けなければならなかったのとは対照的に。
 『ハンター×ハンター』はハンター試験が終わった時点で人気キャラのクラピカを別行動にまわす等、どんな人気キャラであっても主人公を変え続けることで作品としてのネタを保ち続けるという方法を選んだのかもなぁと思います。なので、『ハンター×ハンター』は『ジョジョ』二部的な「超強い敵に“弱者”である主人公が挑む」物語を、32巻までずっと続けられているという。

(関連記事:群像劇としての『ハンター×ハンター』


HUNTER×HUNTER (1-32巻セット 以降続巻)HUNTER×HUNTER (1-32巻セット 以降続巻)
冨樫 義博


売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 漫画読み雑記 | 17:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

キンドル版『春夏秋冬オクテット』販売開始しました!!

 昨年の夏にパブーから発売した『春夏秋冬オクテット』に対して、多数あった「キンドルで出して欲しい」というリクエストにようやく応えることが出来ました!


春夏秋冬オクテット(春夏): やまなしレイ漫画短編集
春夏秋冬オクテット(秋): やまなしレイ漫画短編集
春夏秋冬オクテット(冬): やまなしレイ漫画短編集

 三冊同時発売で、価格はそれぞれ200円です。
 上巻にあたる『(春夏)』には『shine』『shining』『エロ本を買いにいこう!』『アタシハ許サレマスカ』の4本が収録、中巻にあたる『(秋)』には『コマンド?→A/B/C』『コンティニュー?→Yes/No』の2本を収録、下巻にあたる『(冬)』には『絵のない世界』『たのしみのない家族』の2本を収録しています。

 どうして三冊に分けるのかとか、どうしてこの価格なのかとかは、こことかこことかこことかこことかの流れを読んでくださればありがたいです。


 内容は、パブー版とほぼ一緒です。
 「ほぼ」ということで、異なる点を今から書きます。

1.「表紙」「目次のイラスト」「あとがき漫画」は描き下ろしです。
 元々が一冊だったものを三冊に分けて出すのだから、新たに描かなくてはいけないところが出てきますよね……三冊とも同じ表紙というワケにもいきませんし(笑)。


2.『(秋)』『(冬)』には「おまけページ」を追加
 『(春夏)』は容量が限界ギリギリでしたが、『(秋)』と『(冬)』は一冊に収められないものを二冊に分けただけあって容量に余裕が出来ました。なので、パブー版を出した時の販売促進用のイラストや、それぞれの作品の初期設定画などをおまけとして収録しました。

3.縦横のサイズが微妙にちがう
 すっごい細かいことですが……
 元々『春夏秋冬オクテット』はキンドルでのみ出すつもりで、手元のキンドルファイアHDで一番見栄えが良かった解像度「800×1050」で全ページを作っていました。今回出したキンドル版はこれを使っています。
 ただ、昨年の夏にキンドル版を挫折してパブー版を製作した際、パブーで出す場合には解像度「724×1024」と決まっていたために全ページこの解像度で作り直したんですね。

 じゃあ、画質はどうなのか……というと。パブー版もPerfectViewerで読むとサイズに合わせて補正してくれる機能があるので、描いた本人が2枚の画像を見比べても分からないレベルです(笑)。

<左がキンドル版、右がパブー版をPerfectViewerで表示した画像>
<どちらもクリックで拡大表示されます>
oct-kindle2.png oct-paboo2.png

 キンドル版の方が若干クッキリしていますかね……
 明らかにちがう部分としては、「キンドル版は上下が狭い」です。縦横比率の問題で上下のタチキリの部分は犠牲にしました。

 それにしてもこういう記事を書く際にいつもこのシーンが使われて、睦月くんがパンツの人になってしまわないか心配です。



 もちろんパブー版を買ってくださった人にもキンドル版を買ってもらえたら嬉しいですけど、基本的にはパブー版を買ってくださらなかった人に向けて作っています。キンドルの方が「お金を払って電子書籍を読む」というハードルが遥かに低いのは確かですからね。よろしくお願いします!!そしてカスタマーレビューを書いてください!



※ この企画は終了しました


○ 『春夏秋冬オクテット』の手描きPOPを掲載してくれるブログ&サイトを募集!
 パブー版の時に行った企画を、今回も行おうと思います。
 パブー版を宣伝してくださった人でも、再びキンドル版を宣伝してくださるのなら今回も応募してくださってもちろん歓迎ですよ!


 詳しいレギュレーションは当時の記事を!

 【お申し込みメールフォーム】


<一連の流れの一例>
1.“あなた”がメールフォームから必要事項を記入して送信
お名前:やまなしレイ
メールアドレス:yamanashirei@gmail.com
ホームページURL:http://yamanashirei.blog86.fc2.com/
リクエストするイラスト:
 やまなしレイさん、こんにちは!やまなしレイというものです。
 ブログ、たまに拝見しています!

 リクエストは「魔法少女姿のシャインちゃん」をお願いします。
 『shine』の頃のロリロリなシャインちゃんがイイです。



2.リクエストを受けて、私がイラストを描く
 作業には数日・数週間かかることがあるかも知れません。


3.“あなた”のメールアドレスに返信が届く
 やまなしレイさん、ありがとうございます。
 リクエストに応えて手描きPOPを描きました。添付ファイルに付けて送ります。

 今後とも、漫画とブログをよろしくお願いします。


4.“あなた”が手描きPOPを紹介記事に載せる
記事タイトル:漫画を紹介します

 やまなしレイさんから手描きPOPを頂きました!

シャイン@魔法少女調整


 『春夏秋冬オクテット』という漫画短編集を電子書籍で発売しているそうです。
 ロリロリなシャインちゃんが出てくる『shine』は試し読みで冒頭が読めるので是非!


</こんなカンジ>


 基本的にはパブー版の時と同じレギュレーションですから、当時の記事を読んでいただければイイのですが……一つ今回だけの注意点として、今回はAmazonのアフィリエイトを行っている人にお願いしたいです。
 「“あなた”のブログやサイト」で「“あなた”が普段使っているアフィリエイトのID」で「私の本」を紹介して欲しいのです。この辺のIDとか何とかが分からない人だと、様々な問題が起こりそうなので今回は御遠慮お願いしたいというところです。

 あ、でもパブー版の宣伝POPも今でも募集していますんで、そちらはどなたでも構いませんよー。


 では、みなさん。どうかよろしくお願いします。
 何か分からないことがあったらコメント欄にて質問してください。出来る限り答えます。

 【お申し込みメールフォーム】

| 春夏秋冬オクテット | 18:57 | comments:1 | trackbacks:1 | TOP↑

≫ EDIT

やっぱり僕は『ごちうさ』に癒される

 『ごちうさ』というのは『ご注文はうさぎですか?』の略です。


 この辺の事情はちょくちょくブログやTwitterにも書いていますが……現在の我が家は両親ともに入院中でして、二人ともキレイサッパリ健康になって退院してくれるみたいな展開は無理そうで、今後ずっと大変な日々は続きそうだなという状況です。こんな大変な目に合っているんだから、これを元ネタにして漫画を描いてやるぜ!と思うくらいヘビーな生活が続いていますから……


 「ヘビーなアニメは観たくないなぁ……」「アニメを観ている時くらいは何も考えずに癒されたいなぁ……」と、今季の視聴ラインナップに『ご注文はうさぎですか?』を入れました。

 まぁ、これが癒される癒される。



 こんなことを書くと『ごちうさ』ファンに怒られそうですけど、私はこのアニメを特に面白いだとかみんなにもオススメだとか言う気はありません。「普通の日常系アニメだな……」くらいの温度です。作品のファンですらないのかも知れません。

 キャラ配置も既視感たっぷりで……

・ココア:いつも笑顔の天然ボケ。=唯
・チノ:↑の人に愛されまくりのツッコミ役。小さい。=梓
・リゼ:男っぽい喋り方にスタイル良くてカッコイイけど、可愛い服も着たい。=澪
・シャロ:↑の人に憧れている。一番普通のコっぽい。=純
・千夜:おっとりぽわぽわしているもう一人の天然ボケ。=ムギ



 あれ……何か、一人足りないような気もするんだけど……

 まぁ、それは置いといて。
 そんなワケで、観ていて「新鮮さ」とか「斬新さ」とかは特に感じないのですが。それが逆に「安心」とか「心地よさ」を生んでいて、一週間に一度『ごちうさ』が放送されるのが楽しみになっているのです。
 シリアスさもヘビーさも要らない、もっと言うと面白さとか何が起こるかワクワクドキドキとかですらなくても構わない、一週間頑張って生きていれば『ごちうさ』が放送されるんだというルーティンが私の持っている唯一の「楽しみな予定」になっているのです。



 いや、流石に自分で書いてて「それはどうかな……」と思ったんですけど(笑)。
 「面白い作品」って、アニメでも漫画でも映画でも小説でもゲームでもイイんですけど……「面白い作品」って「つらい」ところがあるじゃないですか。

 「面白さ」にも色んな種類がありますけど、その中の一つに「“つらさ”を乗り越えるカタルシス」というものがあって……「嫌な敵をやっつける」とか「滅びかけている世界を救う」とか「絶望的な状況でも希望を信じて進む」とか、それらはすごく面白いし爽快なんですけど。
 「カタルシス」にたどり着く前の「嫌な敵」とか「滅びかけている世界」とか「絶望的な状況」を描いている段階で、今の自分はつらくつらくて耐えられなくなってしまうのです。



 だから……
 こう言っちゃアレなんですけど……『ごちうさ』より面白いアニメはきっとたくさんあります。というか私だって今季『一週間フレンズ。』も『ハイキュー!!』も『キャプテン・アース』も観ていますからね。でも、『ごちうさ』のような「全くつらくないアニメ」が存在してくれていることで、私は癒しをもらえているんです。


 “悪意”が存在しないアニメを観たい時

 これは去年の夏アニメ『たまゆら もあぐれっしぶ』の頃の記事です。
 『けいおん!』だって「成長」だったり「別れ」だったりシリアスな要素はありました。『たまゆら』だって、お父さんのことだったり将来のことだったりシリアスな要素はありました。しかし、『ごちうさ』は(4話まで観た)今のところそういう要素は皆無なように観えます。でも、それが今の自分にはありがたい。

 「面白いかどうか」という価値観だけでは測れない、「今の自分にとって救いになってくれるかどうか」という価値観が娯楽にはあると思うのです。客観性なんかない、一般化もできない、自分にしか分からない自分だけの価値観が。


 そこを忘れては、「娯楽の価値」というものを見失ってしまうと思うのです。
 「面白いかどうか」でも「優れているかどうか」でもない、「自分にとってありがたいかどうか」。私が「俺が面白くないものは存在しなくてイイ」なんて意見に同意できないのは、そういう理由です。


ご注文はうさぎですか? 第1巻 (イベント優先販売申込券付き 初回限定版) [Blu-ray]ご注文はうさぎですか? 第1巻 (イベント優先販売申込券付き 初回限定版) [Blu-ray]

NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン 2014-06-20
売り上げランキング : 172

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 余談
 『ごちうさ』は番組ラジオもやっていて、こちらは普通に面白いしオススメです(笑)。佐倉さんは誰と組んでも面白い番組にしてしまうラジオスキルを持っていますね。



 それはそうと、番組内で水瀬さんが佐倉さんのことを「お姉ちゃん」と呼ぶのに(これは作中でココアがチノに「お姉ちゃん」と呼んでと言っているからなのですが)、すごくキュンキュンしています。
 ということは、私が好きなのは「姉妹愛」とか「百合」とかではなく「お・ね・え・ちゃ・ん」という5音の並びなんじゃないかと思えてきました。確かに『未確認で進行形』で小紅が紅緒のことを「姉様」と呼ぶのにはそんなにときめきませんでしたし。この5音に一体どんな秘密がっ。

| アニメ雑記 | 17:52 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

何故「Wiiは“勝ちハード”だ」とは思えなかったのか

 「定義が曖昧なものについて語る」のは炎上の元ですが、Wii U、PS4が発売されて、Xbox Oneの日本国内の発売日も決まった今のタイミングだからこそ語っておこうと思います。“ゲームの勝ちハード”とは何なのか、何故ユーザーがそんなものに一生懸命になるのか―――



 もう「前世代機」と呼ぶべきなのか、Xbox360、PS3、Wiiの世代のゲーム機について“勝ちハード”を語る際に「最初はWiiがダッシュしたけどすぐに息切れしたので、PS3が逆転して“勝ちハード”になった」と言っている人をよく見かけます。日本国内の話ですね。
 私はこの意見に完全同意はしないのですが(理由は後述します)、「そう言っている人がいるのも分かる」レベルでは納得します。


 しかし、これって不思議なもので……
 「何故WiiよりもPS3が“勝ちハード”に思えるのか」は、なかなか説明しづらいのです。


 例えば、国内の本体普及台数で比較すると――――
 Wiiは1275万台PS3は956万台だそうです(どちらもWikipediaの数字です)。

 本体の普及台数で言えば、Wiiの方がPS3よりも普及しているのです。


 では、ハードではなくソフトで比較してみると―――
 国内100万本以上を売り上げたミリオンセラータイトルで言うと、Wiiが14本あるのに対して、PS3は『ファイナルファンタジーXIII』の1本のみ(データはゲームデータ博物館さん参照)。

 話題になった大ヒットソフトの数で言っても、Wiiの方が多いように思えます。




 ここまでの流れで誤解されたかも知れませんが、私は別に「Wiiの方がPS3よりも真の“勝ちハード”なんだ!!」と言いたいワケではありません。私は、WiiもPS3もXbox360も“勝ちハード”になれなかったと思っていますし、「据置ハードには勝利者のいない世代」だったと考えています(重ねて書きますけど、国内の話ね)

 “勝ちハード”はニンテンドーDS国内普及台数3296万台、国内ミリオン36本)で。
 それに続いたのはPSP国内普及台数1926万台、国内ミリオン3本)で、WiiとPS3がしていたのはせいぜい「3位争い」だと私は思っていますもの。


 ただ、まぁ……
 私は「Wii Uのライバルは3DS」という記事を書いていたくらいですから、こう考えていますが。
 「据置ハードと携帯ハードは別物」と考えている人もいるでしょうし、「PS3が“勝ちハード”になった」と言っている人は据置ハード三機種の中で、って意味で言っているのでしょうね。それだったらまぁ、分からなくもないです。



 では、再びこの問いに戻ります。
 「何故WiiよりもPS3が“勝ちハード”に思えるのか」

 私はWiiというハードが大好きでしたし、夢中になって遊んでいました。
 しかし、そんな私でも「Wiiは“勝ちハード”だった」とは思いません。一度たりとも思ったことはありません。『Wii Sports』『Wii Fit』で本体が飛ぶように売れまくっていた2007年の時ですら、「Wiiはどうやったら“勝ちハード”になれるんだろうな」と思っていたくらいです。

 本体が売れまくっていても、ソフトが売れまくっていても、“勝ちハード”に思えなかったんですね。2007年のWiiと比較しても、今の3DSや、今のPS3の方がまだ“勝ちハード”に思えますもの。



 それはつまり、私にとっての“勝ちハード”の定義が「本体がたくさん普及するのが“勝ちハード”」でも「ミリオンセラーのソフトがたくさん出るのが“勝ちハード”」でもなくて、「なんとなくソフトが集まってくるのが“勝ちハード”」と考えていたからなんです。


 Wiiは(少なくとも2007年頃は)ハードもソフトも売れまくっていました。しかし、ソフトは集まってきませんでした。なので“勝ちハード”とは思えなかったのです。つまり、私の思う“勝ちハード”の定義は、売上ではなかったのです。

Wii SportsWii Sports

任天堂 2006-12-02
売り上げランキング : 500

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

○ 何故、ユーザーは“勝ちハード”を望むのか
 ネット上でゲームについて熱く語っている人の中には「そんなにゲームが好きなら全機種買えばイイ」と言う人がいます。「モンハン遊びたいけど3DS持っていないからVitaで出せ」とか「ベヨネッタ2のためだけにWii U買いたくないからPS3で出せ」とか言う人に対して、よく言われる言葉なんですけど………

 「遊びたいゲームは持っている機種で出て欲しい」って願うのは普通のことだと私は思います。趣味なんだからなるべく出費は抑えたいし、部屋にゲーム機がどんどん増えるよりかは持っている機種で遊べる方が楽ですもん。



 持っている機種が“勝ちハード”になって欲しい心理は、これが前提だと思います。
・持っている機種が普及する→サードメーカーが「この機種なら売れそうだ」とソフトを出してくれる→遊びたいソフトが持っている機種でバシバシ出てくれる→余計な出費(他の機種を買うとか)を出さずに遊びたいゲームが遊べてハッピー!

 逆に、持っている機種が“勝ちハード”にならなかった時の哀しさと言ったら……
・持っている機種がちっとも売れない→サードメーカーが「ここに出しても売れなさそうだ」とソフトを全く出さない→遊びたいソフトは持っていない機種で出まくる→遊びたいゲームを遊べない!不幸だ!!



 これが基本的な“勝ちハード”の流れ。
 しかし、実際には「普及台数」だけでは“勝ちハード”かどうかは決まらないんですよね。


【Wii】
・本体がガンガン売れまくる(2007年頃は)→でも、サードメーカーのソフトはあまり売れない→サードメーカーが「Wiiに出しても売れなさそうだ」とソフトを出さなくなってくる→PSPやPS3はサードメーカーのソフトがどんどん出ている(ように思える)→Wiiでは遊びたいゲームを遊べない!不幸だ!!

【PS3】
・本体普及台数はそれほどでもなかった(2009年までは)→他機種とのマルチや、後発完全版ででもソフトが出る→他機種版よりもソフトが売れる→サードメーカーが「PS3なら売れそうだ」とソフトを出してくれる→遊びたいソフトがPS3でバシバシ出てくれる→PS3なら余計な出費(他の機種を買うとか)を出さずに遊びたいゲームが遊べてハッピー!


 「本体が普及する=“勝ちハード”」だから「ソフトが集まる」のだと私はずっと思っていたのですが、「ソフトが集まるハード」=「“勝ちハード”」だったんです。本体の普及台数は必ずしも関係ないということを、本体が普及してもサードメーカーが次々と撤退していったWiiという特殊なハードが現れたことで気付けました。




 んで、ここからが重要な話なんですが……
 「遊びたいゲームが集まってくるのが“勝ちハード”」という定義で考えると、その人の「遊びたいゲーム」によって“勝ちハード”は変わってくると思うんです。

 例えば、スーパーファミコンよりもPCエンジンの方が性能的に向いているから、2DシューティングゲームはPCエンジンの方がたくさん出ていた―――とするならば、2Dシューティングゲーム好きな人にとってはスーパーファミコンよりもPCエンジンの方が“勝ちハード”なワケですよ。

 例えば、まだパソコンがクソ高くて規制が厳しくなる前の1996年頃までは、ちょっとエッチなゲームが好きな人にとってはプレイステーションよりもセガサターンの方が“勝ちハード”だったワケですよ。パソコンが普及して、ブロードバンドが普及して、海外経由で手軽に無修正エロが見られるような現代からすると、「おっぱいが見たくてゲーム機で必死にゲームしてた」というのは信じられないような話ですが(笑)。



 逆に言うと……Wiiは、いわゆる「普通のゲーム」はあまり売れず、そのためにサードメーカーが次々と撤退していってしまったのですが。「体感ゲーム」や「多人数プレイ用のゲーム」などはたくさん売れて、恐らく同時代のどのゲーム機よりも集まっていたと思うので、「体感ゲーム」や「多人数プレイ用のゲーム」が好きな人にとっては“勝ちハード”だったのかも知れませんね。(※1)

 「Wiiは“勝ちハード”だとは思えなかった」というのは、「普通のゲームも出て欲しい」という私個人の意見であって。「体感ゲーム」や「多人数プレイ用のゲーム」を遊びたくてWiiを買った人はそんなこと気にしていなかったかもなぁ……と、今更ながらに思ったワケですし。

(※1:あと、もちろん「任天堂のゲームが遊べれば満足」という人にとっても)


 ちょっと禁断の話題かも知れませんが。
 スマホは“勝ちハード”になるのか――――というのも、例えば『パズドラ』的な育成RPGが好きな人にとっては、そういうゲームが集まっている現状で既に“勝ちハード”なのかもって思います。
 育成RPG以外でも、スマホの操作方法でも問題ないゲームはたくさんあって、そういうゲームが好きな人達は「スマホがあればゲーム機なんていらない」「スマホがあれば無料でゲームが出来るのに、どうしてゲーム機なんか買うの」と言っていますし。

 逆に、「物理ボタンが絶対に必要なゲーム」が好きな人にとっては、「俺の好きな○○はスマホじゃ操作できねえよ!」と“勝ちハード”とは認められないってことなのかと思います。
 この状況は、ある意味では売れたゲームのジャンルが非常に偏っていたWiiに似ているとも言えますね。「普通のゲーム」が好きな人にとってはWiiは“勝ちハード”になれなかったように、「物理ボタンが絶対に必要なゲーム」が好きな人にとってはスマホは“勝ちハード”になれない、みたいな話。




 “勝ちハード”という言葉からは客観性というか「数字で表せるもの」でジャッジできそうな印象を受けてしまうのですが、結局は「自分の遊びたいゲームが出るか」次第なので、非常に主観的なものなんだって思うのです。

 「ドラクエが出たのが“勝ちハード”」という定義だったら客観的に誰の目で見ても分かりやすかったんですけどね。ドラクエ本編は“勝ちハード”を選んで発売されるから。ただ、それだと『ドラクエ10』が出たWiiもWii Uもパソコンも“勝ちハード”ということになってしまいます(笑)。スマホ&タブレット版もあるんですっけ。もうみんな“勝ちハード”!みんな一等賞だ!!
 それもまぁ、『ドラクエ10』がほぼオンライン専用というイレギュラーなソフトだったこともあるんですけど、「勝者のいない据置ハード」というイレギュラーな世代を象徴しているとも思います。


ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン (Wii版)ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン (Wii版)

スクウェア・エニックス 2013-09-26
売り上げランキング : 824

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ドラゴンクエストX 眠れる勇者と導きの盟友 オンラインドラゴンクエストX 眠れる勇者と導きの盟友 オンライン

スクウェア・エニックス 2013-12-05
売り上げランキング : 259

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

野々村病院の人々野々村病院の人々

エルフ(ELF) 1996-04-26
売り上げランキング : 15655

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲーム雑記 | 17:59 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『一週間フレンズ。』4話の“FUMIKIRI理論”に痺れる

※ この記事はアニメ版『一週間フレンズ。』第4話「友達とのけんか。」までのネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。

 原作はアニメが終わってから読むつもりなので、とりあえずアニメ版の話です。

 『一週間フレンズ。』の4話が素晴らしかったです。この作品の魅力は何と言っても「キャラクターがみんないいヤツ」なのに、「藤宮さんの設定ゆえに緊張感を保ち続けているストーリー」だと思うのですが……それにプラスして、自分は「心理描写を画面上の演出で伝える表現力」がとてもイイと思っています。


 4話は特に“踏切”の使い方が、まぁ素晴らしかった!素晴らしかった!
 演出アイテムとしての“踏切”については、『境界の彼方』のFOOD理論についての記事を書いた際にも書こうかと悩んだのですが……『境界の彼方』で使われたシーンはそれほど多くなかったので、結局記事にして書くことはありませんでした。


 そこから考えると、『一週間フレンズ。』の4話は“踏切”“踏切”また“踏切”と……“踏切”が3度も出てきて、その全てが登場人物達の心理の動きを表現していて、「念願の“踏切”演出のための回だ!」と膝を打ったくらいです。そんなことで感激していたのは私くらいでしょうけど(笑)。

 “FOOD理論”に対抗して“FUMIKIRI理論”を提唱したいのですが、汎用性が恐ろしく低いのでこの記事くらいでしか出番がなさそうです。




1度目
1weekf2.png
<『一週間フレンズ。』第4話より引用>


 長谷くんとケンカして早退した藤宮さんの帰り道。
 下りた遮断機によって、「こちら側」と「あちら側」が隔絶されていることが分かります。「あちら側」には人がいて、「しばらくおまちください」の言葉通り待っていれば「あちら側」へと渡れるのだけど、この時の藤宮さんは遮断機が上がるのを待たずに「こちら側」を進むのです。

 当然この「こちら側」と「あちら側」は、「藤宮さん」と「長谷くん」を暗喩していて――――踏切を待たずに進む藤宮さんを描写することで、他者を拒絶してしまっているこの時点での藤宮さんの心理も描いているという。



2度目
1weekf3.png
<『一週間フレンズ。』第4話より引用>

 記憶と日記帳をなくしてしまった藤宮さんのため、ひたすら日記帳を探す長谷くん―――を見つけて、藤宮さんは声をかけようとするけど“踏切”と“電車”に遮られて届かないというシーンです。

 ここは先ほどの暗喩より分かりやすく「こちら側」に「藤宮さん」がいて、「あちら側」に「長谷くん」がいて、さっきは「あちら側」を見向きもしなかった藤宮さんが「あちら側」に声をかけようとしているのです。
 他者と関わろうとしている藤宮さんの心理の変化(変化したことも本人は気付いていないけど)と、そのきっかけになっているのは長谷くんなんだとしっかり描いているという。



3度目

 1度目が「あちら側」に見向きもしない藤宮さんを描くことで「他者を拒絶している」心理を描いていて、2度目が「あちら側」に声をかけようとしている藤宮さんを描くことで「他者と関わろうとしている」心理の変化を描いていて――――

 となると、3度目に来るのは「他者を受け入れた」藤宮さんの心理を描くために、仲直りした長谷くんと藤宮さんが二人で“踏切”を渡るシーンが来るのかなぁ……と予想して観ていたのですが、そういうシーンはありませんでした。


 何だよー、“FUMIKIRI理論”が出来てないじゃんかよー、“FUMIKIRI理論”としては最後の仕上げが上手くないじゃんかよーなんて(勝手に)思っていたら。

 思っていたら。



1weekf4.png
<『一週間フレンズ。』第4話より引用>


 エンディングの最初の絵が「開いている踏切」の絵じゃねえかああああああ!!
 1度目でも2度目でも遮断機が下りて通れなかった踏切が、通じ合った二人の心を示すかのようにここでは「開いている」という。“FUMIKIRI理論”、見事に完遂。



 もちろんエンディングの絵というのは“4話のためだけの絵”ではないんですが、このエンディングの絵って最初が「開いている踏切」で、次が「高架下の道路」で、その次が 「長い階段」なんです。
 「踏切」が線路に阻まれた「こちら側」と「あちら側」を繋ぐ装置というのは、この記事で書いてきた通りですし。「高架下の道路」も、本来なら大きな道路や線路などで分断される「こちら側」と「あちら側」を繋ぐ装置ですし。「階段」もまた高低差によって繋がっていなかった「こちら側」と「あちら側」を繋ぐ装置なんですよね。どれも、本来なら何かに遮られていて別の空間であった「こちら側」と「あちら側」を繋ぐ装置。


 このエンディングの絵自体が、本来なら友達になんかなれなかったはずの「藤宮さん」と「長谷くん」が“人の意志の力で”繋がれているという暗喩になっていたことに4話にしてようやく気付けました。




 『一週間フレンズ。』のアニメは、こういう「台詞で説明するのではなく、演出アイテムで説明する心理描写」が多いのがとても好きです。“踏切”だけじゃなくて、“空”の描き方とか、“お弁当箱”の使い方とか、4話で言えば“テントウムシ”まで効果的に使っていました。


 今日の記事はその中でも“踏切”について語ったので、ついでに書いておきますと……このアニメの中では“駅”や“電車”も、色んなものの象徴として使われています。

 そもそもエンディングテーマの『奏』が“駅”を舞台にした曲ですしね。
 “駅”というのは、「別れ」の象徴でもあり、「旅立ち」の象徴でもあります。
 『奏』という曲自体は10年前の曲なので『一週間フレンズ。』のために書き下ろされた歌詞ではありませんし、この歌詞を見ると「最終回に長谷くんが死ぬんじゃないか」と不安になってくるのですが(笑)。

 アニメ第2話での「2週目の藤宮さん」と「長谷くん」の別れが“駅のホーム”で、藤宮さんが下りて、長谷くんは“電車”に乗って次の“駅”に進むのだけど藤宮さんは進めない―――というのが、どんなに仲良くなれても最終的には「藤宮さんを置いて長谷君は次の週に進む」しかないことをビジュアルで見せているようで、あのシーンもすごい好きです。




 というワケで、今季の推しアニメです。
 ストーリーもキャラクターもお気に入りですけど、画面を観ているのがとにかく楽しいです。

 「この記事を読んで興味出たけど観ていなかったよー」という人は、5月5日の夜にニコニコ生放送で「1~4話振り返り上映会」がありますんで(タイムシフト予約可)今からでもどうぞ!


一週間フレンズ。 vol.1 Blu-ray【初回生産限定版】一週間フレンズ。 vol.1 Blu-ray【初回生産限定版】

東宝 2014-06-18
売り上げランキング : 471

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「奏(かなで)」(TVアニメ『一週間フレンズ。』エンディングテーマ)「奏(かなで)」(TVアニメ『一週間フレンズ。』エンディングテーマ)
大橋卓弥 藤宮香織(CV.雨宮天)

東宝 2014-05-20
売り上げランキング : 111

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

虹のかけら(TVアニメ『一週間フレンズ。』オープニングテーマ)虹のかけら(TVアニメ『一週間フレンズ。』オープニングテーマ)
昆夏美

東宝 2014-05-20
売り上げランキング : 269

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| アニメ雑記 | 17:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

コンプ厨の心を折る「この期間しか取れませんよ」みたいなヤツ!

 『キミの勇者』は終盤。
 クエストは1番~49番まで全てクリアしたはずー、と思ってリストを眺めていたら……


 kimiyuu.png



 36番だけ空白になっていました。
 いつまで経っても現れない36番のクエストが気になって攻略サイトを見てみたら、第15章の間にしか出ないクエストだったそうです。今の私は21章……今からではもう受けられません。コカトリスタンプももう取れない……

 このゲームのクエストは「町ごとに受けられるクエストがちがう」上に、「ストーリーの進行がこの期間の間しか受けられないクエスト」があるので、章が変わるごとに世界中の町をまわって「新しいクエストが出ていないのか」を確認しなくてはいけません。
 しかも、この第15章というのは、第14章で敵の本拠地を攻略した後、凱旋で要塞に戻ってきたら唐突に終わってしまう特殊な章。攻略サイトにも「注意」が書かれていたくらい、普通にプレイしていたら取り逃してしまうクエストだったみたいで………ものの見事に「罠」にハマりました。



 ただでさえ、「ずーーーーっと同じことの繰り返しだ」とやる気が下降しまくっていたゲームなのに、更にやる気が失せてしまいました。こんなことなら最初からクエストなんて全部無視しておけば良かった……



 こういうことを書くと「コンプ厨うぜえwww」とか「アナタみたいに神経質で面倒くさい性格の人とは関わりたくないですね」とか散々言われますし、言われてきましたけど……
 でも、そもそも私が今更2008年に出たゲームをやっているのも「DSのソフトに買ったけどクリアせずに放置しちゃったゲームがあるのはキモチワルイからリベンジしよう」って思ったからですからね。私の性格が「コンプ厨」で「神経質」で「面倒くさい」んじゃなければ、今このタイミングで昔のゲームなんか引っ張り出してこないわ!


 でも、実際わざわざ「クエストリスト」という項目があってクリアしたクエストが一覧に並ぶようにしているのは、「コンプ厨にコンプリートを目指させるため」でしょうし。「コンプ厨うぜえwww」というのはちょっとちがうと思うんですけどね。




 これまでにも私は『キミの勇者』に限らず色んなゲームの、この手の「何も知らずにプレイしていたらもう取れないらしいのでコンプリートできませんでした」みたいな要素にハマってきました。

 『FF5』初回プレイの時にはカーバンクル取り逃しましたし、『FF6』初回プレイの時は青魔法を随分取り逃がした上にアイツとかアイツとか普通に死なせましたし。RPGの「あるあるネタ」の一つだと思います。
 もちろんそれらを知った時には「なんだよーもう取れないのかよー」とイラッとしたのですけど、でも『FF5』や『FF6』は面白いゲームなので「じゃあ2周目でリベンジするか」というモチベーションになったし実際にリベンジしたところもあります(『FF6』の青魔法はコンプしていないな)(ガウも)。




 そう考えると……恐らくこういう「ストーリーが進むとコンプリートできなくなってしまう要素」というのは、クリア後のプレイヤーに「2周目」を促す目的があるんじゃないかと思います。
 実際、『キミの勇者』は「二択の選択肢で選んだ方の一枚絵が手に入る」ストーリーピースという要素がありますから、「1周目」だけでは全部の要素を見られないようになっているんですものね。


 RPGというのは「クリアしたら終わり」「中古に売られがち」なジャンルだったので……発売日に買って急いでクリアしたとしても、「やり残したもの」が見えるようにしておけば「中古に売るんじゃなくてもう1周やるかー」と思わせられるって狙いならよく分かりますし。
 作っている側としては「このゲームは面白くない」だなんて思って作っているワケではないでしょうから、良かれと思ってこういう要素を入れているのかもなーと思いました。



 まぁ……私が『キミの勇者』の2周目をプレイすることはないでしょうけどね。40時間かかるらしいゲームが「2周目」前提って、どういうことなんだよ。


ファイナルファンタジーコレクションファイナルファンタジーコレクション

スクウェア 1999-03-11
売り上げランキング : 1717

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲームプレイ日記 | 17:55 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |