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やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

2014年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年11月

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レビューに点数を表示したくなる気持ち……分かります!

 自分にとっても思うところのある話題だったので……

 【お知らせ】インサイドではゲームレビューに点数を付けますiNSIDEさん)


 いきなり話が変わっちゃって申し訳ないんですが……
 現在、私は桜井政博さんのコラム本を1巻から一気に読んでいるところです。桜井政博さんというのは『星のカービィ』シリーズの生みの親で、最近では『スマッシュブラザーズ』や『新パルテナ』を作っている人です。ファミ通に連載コラムを持っていて、それをまとめた本が現在のところ6冊発売中です。

 自分が桜井さんに共感できるのは、桜井さんが「世の中には色んな価値観があるから、このコラムに書くのはあくまで“私の価値観”でしかない」というスタンスなところです。だからコラム本のタイトルも「桜井政博のゲームについて思うこと」なんですね。


 自覚している人もいれば自覚していない人もいるのですが、世の中には「“正しい考え”というものが存在していて、それを全ての人が持つべきだし、それを持たない人間は間違っている」と言う人もいます。私も「色んな考えがあるから世界は面白い」というスタンスでブログを書いていますから、もう何百回と言われてきました。
 そういう人からすると「自分の価値観はたくさんある価値観の一つに過ぎないんだよ」というのは“逃げ”とか“言い訳”のように思えるかも知れませんが……桜井さんの場合は、実際に作品でそれを実践しているんですよね。

 桜井さん自身は、年間100本とかのゲームを遊ぶ“超ゲーム好き”です。
 しかし、桜井さんが「ゲームを作る」場合、そういう“超ゲーム好き”のためのゲームを作るのではなく、“初めてゲームを遊ぶ人”に向けて『星のカービィ』を作ったりするワケです。

 「自分にとってのゲームって、自分がつくって自分で遊ぶためのものではないんです」という言葉があるように、桜井さんにとって「自分が遊びたいゲーム」と「自分が作らなければならないゲーム」は別だと言えて。
 それは、(少なくとも)二つの価値観があると思っていなければ出来ないことですよね。「俺が楽しいゲームは万人が楽しいに決まっている」と思っていたら、こういうことはしませんから。



 さて……冒頭の「ゲームレビューに点数を付ける」ことについて。
 iNSIDEさんのあの記事に対して、Twitterのタイムラインを見ていたら「どうしてわざわざ今更そんなこと宣言すんの?」という声をチラホラ見かけました。まぁ、確かにこそっとやっておけばイイじゃんとは思います。

 私は「作品」に「点数」を付けて評価すること自体が無茶だと思っています。
 先ほどの桜井さんの話で言えば、桜井さんが好きな“超ゲーム好き”のためのゲームと、桜井さんが作る“初めてゲームを遊ぶ人”のための『星のカービィ』―――どちらがイイ作品なんかなんて決めようがないじゃないですか。

 例えば、自分にとっての「好き」を数値化することなら出来ると思いますよ。
 私が今年遊んだゲームで言えば……『ドラゴンクエストII』と『クニットアンダーグラウンド』のどちらが好きかを、それぞれに点数を付けてランキングに並べることは出来ると思います。全く別ジャンルの二つのゲームですけど、あくまで「私の好みに合ってるランキング」ですからね。

 しかし、「どちらの方が優れているか」なんて分かりません。点数を付けてランキングにすることは出来ませんし、することに何の意味があるのか分かりません。
 「どちらの方がみんなにオススメできるか」を考えればもっと分かりやすいですが、勧める相手がどういう人でどういうゲームが好きでどのくらいの時間とお金をゲームにかけられるのかが分からなければ勧めようがありません。


 「ゲームレビューに点数を付ける」ことに対して、「一人の人しか点数を付けないのなら偏らないか心配だ」という声を目にしましたが。偏るに決まってるじゃん。というか、偏らないレビューって何?
 一人の人間が“超ゲーム好き”と“初めてゲームを遊ぶ人”の両方の視点を持てるワケがないし、仮に持てたとしてもいちいちそれを全部書くのが「偏らないレビュー」なの?“初めてゲームを遊ぶ人”には難しいけれど、過去にゲームを1本でもクリアしたことがあるくらいの人にはちょうどいい難易度で、年間100本ゲームを遊ぶ人にとっては目新しいゲームでもないのでやる必要はないと思います、75点。これはもちろん僕がテキトーに書いた例えですけど、「75点」って誰にとっての75点だって思いますよね。


 ということで、「レビューに点数を付ける」のは良くない!反対だ!
 とは言えないから困るもんなんです。気持ちは分からなくはないし、ぶっちゃけ私も付けたくなる気持ちはあります。次から付けようかと悩むくらいです。

 だって、みんな「レビューの文章」なんて読まないじゃないですか。


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○ 「文章」ではなく「点数」で評価するメリット
 長年ブログを続けていますと、自分が狙って書いたことが相手に全く伝わらなかったことなんてしょっちゅうです。


 自分がよく使う構成……実はこの記事も意図してそういう構成にしているんですけど、「今まではAだと思っていたけど、実はBだったんだよ!」前半と後半で正反対のことを書く構成を私はよく使います。当然これは「B」が私の言いたいことであり、「A」は「B」に説得力を持たせるための“私が否定しようとしている意見”です。「A」には「過去の自分が思っていたこと」「誰誰さんが言っていたこと」「一般的にそう思っている人が多そうなこと」なんかを持ってくることが多いですね。

 こういう構成の記事を書くと、半分くらいの確率で「Aなんて間違っているぞ!」という批判が来ます。前半だけ読んで後半は読んでくれなかったり、前半を読んだ時点で「後半もきっと同じようなことを言っているんだろうな」と思い込んでいるから後半も180度違う解釈になったりするんだろうと思います。

 ゲームレビューじゃないですけど、「世間では○○って叩かれていますよね。でも、私は○○ってこんなメリットがあると思うんです。もっと○○が広まって欲しいです!」と書いたら「○○の悪口を言うな!」ってコメントが付いたこともあったっけ……数ヶ月落ち込みました。



 ゲームレビューで言えば、「本当によく出来たゲーム!歴史に残る名作ゲームなだけあるわー。ただ、アクションゲームとしての難易度は高いのでアクションゲーム苦手な人にはキツイかも」と書いたら、「この程度で難易度が高いとか!昔はもっと難易度の高いゲームがたくさんあったのに、最近の若い者は!」とコメントが付いたり。
 「最近の流行とは違うけれど、俺はこういうゲームが大好き!もっともっと応援していきたい!」って書いたら、「(最近流行の)○○が萎えるって言われてもそういうゲームは昔からある!知識もないのに語るな!」ってTwitterで拡散されたり。




 こういうことを愚痴ると、「オマエの文章が読者を誤解させるような下手くそな文章なのが悪いんだろう」って言われるでしょうし、そこは別に否定しませんけど……自分のブログに限らず、今のインターネットって「俺の大好きな○○が批判された!」ってのに飢えているって思うんです。
 「◇◇が任天堂を批判したぞおおおおお!拡散して殺せええええええええ!」とRTがまわってきてゲンナリすることしょっちゅうですもの。見てみても「え……これで批判って言われちゃうの……」ということも多いですし。みんなリンチ出来る対象を探すのに必死。


 だから、「誤解を招かないためにレビューに点数を付ける」気持ちは凄く分かるんです。
 “批判もしていないのに「批判したぞ!拡散して殺せ!」と言われるリスク”を、最後にチョコッと点数載せるだけで防げるなら安いもんだろうと思います。まぁ、そういう人は「数字も読まない」可能性もありますけど。

 「誤解されないためには結論を記事の冒頭に書いてみたらどうでしょうか?」って言われたことがあるんですけど、記事のタイトルも読まない人は多いですからねぇ……『MOTHER2』の記事を書いたら「MOTHER1は違ったぞ!」ってコメント付いた時は、「MOTHER1とMOTHER2は別のゲームです」から説明しないといけないのかと思ったっけ……



 もう一つ。
 これはiNSIDEさんの話とは違いますけど、例えばファミ通のクロスレビューだったら「レビューの文章は読まないけど点数だけは見る」って人が多いんですね。
 日本人の知能が低下しているから長い文章が読めない―――って話ではなく、世の中にたくさんのゲームが溢れていて、その一つ一つのソフトにレビューが書かれているって状況だと。全部のレビュー記事をしっかり読む時間のある人なんて限られていると思うんです。最近はそうでもないけど、ファミ通のクロスレビューの点数だけが話題になっていたのって象徴的だったと思います。大多数の人は本文なんか読んでないで、「この点数はないわー」とか言ってる。

 逆に「点数」から興味を持つパターンもあると思うんですね。
 記事の冒頭とか、タイトルとか、一覧のページに「点数」が書いてあったら……「このゲーム、全く知らないけど高得点だな!読んでみよう!」と思ってもらえるとか、あとはネタバレがイヤな人からするとレビュー記事なんて読みたくはないけど「点数が高いのだけ確認したから買おう」と思ってもらえるとか。




 他がどうかは知りませんけど、ウチのブログは「私が好きなゲーム」を紹介して「もっと売れればイイ」と思って紹介記事を書いているのですから。「イイゲームかどうか」とか「客観的な評価がうんぬんかんぬん」とか関係なく、「俺の好きな順」に点数にして並べたって問題はないはずなんですよね。

 それはつまり、世の中にあるたくさんの価値観の中から、「私の価値観」を提示することにもなるのだから―――



 んで、思うことなんですけど……
 ファミ通のクロスレビューでも、iNSIDEさんのレビューでも、“レビュアーの過去レビューしたソフトの点数の一覧”が見られると「そのレビュアーの価値観」が伝わりやすいんじゃないかなと思います。点数の高い順から一気に並べると視覚的に分かりやすい。レビュー本数が少ない人は今まで遊んできたソフトを並べてもイイかも。

・この人は俺の嫌いなゲームに高得点を付けているから参考にならないな、とか。
・俺の大好きな○○に高得点を付けている人が、他に高得点付けているソフトがあるからやってみよう、とか。
・この人はRPGに高得点を付ける傾向があるからRPGは話半分に読もう、とか。


 「レビューに点数を付ける」からには徹底してそういうことまでやっちゃえばイイと思うんですよ。そうすればレビュアーの自己満足だけじゃなく、読者にとっても有益な情報になるだろうと。



 まぁ……ただ、それを徹底してやるにしても、人気ソフトが全く肌に合わない場合にそれを点数にしちゃうのって勇気がいるんですよねぇ。
 例えば私は3Dアクションゲームが大嫌いなので、「自分の価値観」を提示するために点数を一覧にして並べると、3Dアクションは軒並み「100点満点中2点」とかになっちゃうと思うんです。そうするとまぁ炎上するでしょうし、「やまなしが任天堂を批判したぞおおおおお!拡散して殺せええええええええ!」ってなりそう(笑)。


| ゲーム雑記 | 17:53 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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