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変わらない価値のあるもの

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2016年2月の活動報告

 リニューアル後、2発目です!
 アクセス数はリニューアル前とあんま変わりませんでした!


<2016年2月の購入金額>
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 意識してそうしたワケではないのですが、まとめてみたら(必要経費ではない)趣味の出費額が先月に近い数字となっていました。今月は特に「音楽」にお金を使ったのですが、その分「本(電子書籍含む)」に使う額が少なくてバランスが取れていて、自分の趣味に費やす平均額が見えた気がします。
 私は「音楽」も「本」も「出たら買う」というよりかは「欲しいときに買う」ことが多いため、1ヶ月に使える趣味の時間が決まっている分だけ1ヶ月に使う趣味の金額も近いものになるのかも知れませんね。

 ブログで娯楽商品を応援していたり、自分でもお金を払ってもらって電子書籍を買ってもらったりする立場なのですから、こういう記事を公開すると決めた時から「趣味に使うお金を節約することはやめよう」と考えていました。
 お金の話になると「節約した方がエライ」「散財するのは良くない」という価値観にどうしてもなりがちなのですが、お金を使うことで生産者に還元されるワケですから……例えば来月末に「今月はまだ8000円しか使っていないな」という事態になったら、5000円分のキンドル本を一気買いするくらいの意識で行こうと思います。

 そういう意識だから「積み本」「積みゲー」がなくならないような気もしますが(笑)。


<2016年2月の購入本数>
◇ 本・雑誌(電子書籍も含む):17冊
 紙の本:0冊
 電子書籍:13冊
 電子書籍(無料の本):4冊

◇ ゲーム(ダウンロードのゲームも含む):5本
 ダウンロード専売のゲーム:5本

 先月の購入本数が「本・雑誌(電子書籍も含む):18冊」「ゲーム(ダウンロードのゲームも含む):6本」だったので、こちらも近い数字になるのは興味深いですね。「セールしていたから買ったけどまだ開いていないもの」も「無料配布していたからとりあえずダウンロードだけしておいたもの」も「読みたかったからセールじゃないけど買ったもの」もごっちゃなのに、同じくらいの数字になるとは。


<2016年2月の読了数>
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◇ 本・漫画・雑誌(電子書籍も含む):20冊(再読3冊)
 紙の本:1冊(再読0冊)
 自炊した本:3冊(再読3冊)
 電子書籍:16冊(再読0冊)

◇ ゲーム(ダウンロードのゲームも含む):4本
 パッケージソフト:0本
 過去ソフトのデジタル販売(バーチャルコンソール等):0本
 ダウンロード専売のゲーム:4本

 無料の電子書籍も一緒にカウントすることにしました。
 ゲームは「クリア」ではなくて「クリアできなくて諦めた」ものも含んでいます。今後出てくるかは分かりませんが、読書も「途中で読むのを諦めた(辞めた)」ものが出てきたらそれも「読了」扱いにするつもりです。

 「読書」「ゲーム」ともに実数は先月より微増。
 読書は17冊購入で20冊読了ですが、再読が3冊なのでトータルの「積み本」の数は変わっていません。
 ゲームは5本購入で4本プレイ完了なので、消化率が先月より上昇しました。しかし、このペースでも毎月「積みゲー」が増え続けていくんですよね……「積みゲー」がなくなる日は来るのか……?



【今月のピックアップ】
任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代 (角川新書)
任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代 (角川新書)

 毎月、私が読了した「本」「電子書籍」「ゲーム」「映画」「音楽」の中からジャンル問わずオススメしたい作品を1つだけピックアップするコーナーです。

 今月は『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』です。
 この本は1997年に発売された『横井軍平ゲーム館』という本を下敷きに、2010年に書かれた『ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』という本を加筆修正・改題して、2015年に新書化した本です。私が読んだのは、更にその電子書籍版。ややこしい!!

 1965年~1996年の間、任天堂に在籍していた横井軍平さんを追った1冊です。
 若い人の中にはもう横井さんを知らないという人がいるでしょうが、そういう人にも是非オススメしたいです。この本の何が面白いかと言えば、「ファミコン発売前の任天堂」を知ることが出来る1冊なのが面白いのです。花札屋だった任天堂に横井さんが入社して、ヒット商品を生み出し、任天堂の事業もヒット商品に合わせて変わっていって、そしてファミコンが誕生するという様を、「横井軍平」という一人の人物を中心にして追っていくことで非常に分かりやすくスリリングに読めるのが魅力なのです。

 知識として「任天堂は花札屋だった」とか「仕事をサボって作っていたウルトラハンドで横井さんは玩具開発者に引き上げられた」なんて話は知っていましたが、「どうして花札がそんなに売れたのか」とか「遊びで作ったウルトラハンドが大ヒットした後に、ヒットする商品を狙って作らなければならなくなった横井さんの葛藤」とか、今まで考えてこなかった“一歩先の話”を考えさせてくれる本でした。

 そして、ファミコン以前から「遊び」を提案してきた横井さんにとって「ファミコン以後の任天堂」が「ゲーム」に注力していくことはどうだったのか……この本の著者が最近のゲームをあまり好きではないということもあるんでしょうけど、かなり考えさせられる話でした。
 「どうしてゲームボーイはモノクロだったのか」「どうしてバーチャルボーイはモノクロだったのか」「どうしてワンダースワンはモノクロだったのか」……この話は現代にも通じる話でしたし、ワンダースワンにはとてつもなく先鋭的な周辺機器が出ていたという話を最近も伊集院さんがファミ通の本に書かれていましたが、あれも横井さんの考えていた未来だったのかもなぁなんて思ったりして。

 「ゲームとは何なのか」をもう一度考え直したくなる本でした。



<2016年2月のゲームプレイ時間>
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 現在の自分は「3DSで遊べる10時間で終わるゲーム」を連続プレイ中なので、どうしてもWii Uは『Wii Fit』以外起動する時間がなくてTOP3を晒す意味もないかなと思ったのですが……『ニンテンドーランド』が入っていましたね。甥っ子が遊びに来た時にみんなで遊んだものです。
 来月はTOP3がちゃんと並ぶかな!?


【今月のピックアップ】
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<画像はDSiウェア『G.Gシリーズ 忍カラクリ伝2』より引用>

 「遊んだゲーム」に関して語りきれないことがあった場合のみ書かれる不定期コーナー。

 今月はDSiウェア『G.Gシリーズ 忍カラクリ伝2』です。
 G.GシリーズはGenterpriseという会社がシリーズ化して展開していたDSiウェアのことで、「GameらしいGame」の頭文字を取って「G.Gシリーズ」だったとのことです。元西武ライオンズのG.G.佐藤とは関係がありません。
 というのも、DSiウェアが始まった2008年~2009年前半くらいまで、DSiウェアは任天堂が展開する「実用アプリ」や「過去のゲームからの切り売り」「Art Styleシリーズというパズルゲーム」ばかりだったんですね。そこに対して「G.Gシリーズ」は、「完全新作の」「様々なジャンルの」「ゲームらしいゲームを」「200円という低価格で」提案していったのです。

 後に『大籠城』や『ラビ×ラビ』、『フォトファイターX』『スカイジャンパーソル』などDSiウェアは「200円で様々なジャンルのゲームが遊べる魅力的な市場」になるのだけど、その先頭を突き進んでいたのがこの「G.Gシリーズ」だったと言えますね。


 『忍カラクリ伝』1作目は2009年10月に発売され、シリーズの中でも非常に好評だったためか2010年9月にこの『忍カラクリ伝2』が発売されます。私は1作目はプレイしていませんが、2作目は「プレイキャラが2人になって、接近戦特化と遠距離戦特化のキャラのどちらかを選べるようになっている」「強制スクロール面が入ってステージのバリエーションが増える」「20面ずつの3難易度を最初に選べるようになる」と、遊びやすくなった上に更なる魅力を加えたような続編になったみたいですね。


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<画像はDSiウェア『G.Gシリーズ 忍カラクリ伝2』より引用>

 このゲームの特徴を一言で説明すると「トランポリンアクション」であること。
 プレイヤーキャラである忍者は立ち止まることは出来ず、常にジャンプを繰り返します。

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<画像はDSiウェア『G.Gシリーズ 忍カラクリ伝2』より引用>

 しかし、このトランポリンのように跳ねる「黄色い足場」は忍者が乗ると落下してしまうため、一つの足場でずっとジャンプし続けることは出来ません。落下してしまう足場から足場に飛び移りながら敵と戦うアクションゲームと言えますね。

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<写真はDSiウェア『G.Gシリーズ 忍カラクリ伝2』の画像を加工したものです>

 「強制スクロール面」はまた違うのですが……「固定画面の面」は、落下してしまった足場の代わりに別のところに足場が出てきます。2枚前の写真と見比べてもらえば、オレンジ色の丸で囲んだところに足場が新たに出てきているのが分かると思います。制限時間以内ならば、画面全体の足場の総数は変わらないんですね(制限時間を越えると足場が出てこなくなるのでどんどん足場が少なくなってしまう)。

 この「新たに足場が出てくる場所」が毎回違うため、同じステージであっても「どこに足場が出てくるのか」で違う立ち回りが必要になるのです。「左に足場が出来てくれれば左から登って楽にクリア出来るんだけど……うわー、右に出来たー。右ルートで進まなきゃならねええええ」みたいに、毎回“最適な攻略法”を取れないアドリブ性がものすごく楽しかったです。

 最初はマトモに動かせないキャラも慣れてくれば自在に操作出来るようになる「俺、上手くなってる…!」感が絶妙で、なおかつ「油断して落下すると一発で死ぬ」緊張感とも常に隣り合わせで、それでいてコンティニューは無限なので繰り返しプレイすればゴリ押しでクリア出来るとも言えるし、二人のキャラは特徴が違うので2本分楽しめるし……

 「3DSで遊べる10時間以内で終わる面白いゲーム」を募集しなければ私はプレイしなかったであろうゲームですが、ムチャクチャ面白かったです。オススメしてくださった方には、本当に感謝です。
 とにかくルールが超面白いので、「2人同時プレイに対応すれば足場の奪い合いになって面白そう」とか「ギミックを増やしてもっとハチャメチャなゲームにしても面白そう」とか続編が出たら更に化ける可能性もあると思っちゃうのですが。開発会社が破産してしまったので続編が出る可能性は低いと思われます。すごく残念……


<2016年2月のブログ>
貴方は「何を求めて」ゲームをしていますか
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 日数は短いけれど、今月書いた記事のアクセス数トップはこの記事でした。
 毎年1月~2月はブログのアクセス数が落ちるものなのだけど、今年は特に落ち込み具合が酷いな……と思っていましたが。昨年末にウチの記事をよく紹介してくださった個人ニュースサイトさんが立て続けに更新終了orニュース紹介終了してしまったため、その分だけアクセス数が半減してしまった模様。

 アクセス数そのものよりも、長年「ニュースサイトさんに紹介してもらえるような面白い記事を書こう」をモチベーションにしてきただけあって……ブログそのもののモチベーションを保つのがなかなか厳しい状況ですね。

 そんな中、この記事は更新した日の「Twitterからのアクセス数」が高くて一歩抜け出したカンジでした。クリックされた数もさることながら、「リツイートなどで記事を紹介してくださった方が“自分が何を求めてゲームをしているのか”をそれぞれ語ってくれた」ことが大きかったみたいですね。こういう「読んだ人が自分も語りたくなる記事」を今後は目指していくべきかなーなんて考えています。


Wii UのバーチャルコンソールはWiiよりもこんなに進化している!
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 過去に書いた記事の中でのアクセス数トップはこちらでした!
 2013年3月の記事ですね。まだWii Uのバーチャルコンソールが正式に始まる前の記事ですよ。

 ほぼ検索エンジンからのアクセスなのですが、試しにGoogleで「Wii U バーチャルコンソール」で検索してみたら「任天堂の公式ページ」「任天堂のランキングページ」「Wikipedia」「この記事」という順で出てきました。4番目!
 でもまぁ、これもWii Uに興味を持ってもらえている時期だけの話なので、NX(仮)が出たらガコっとアクセス数はなくなるんでしょうね。その流れも見ていったら面白そうです。


Twitterで「自分の作品」を宣伝するのはダメなのかい?
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 今月の「アクセス数はイマイチだったけど、自分としてはとても愛着のある記事なのでここで紹介して読んでいない人にも読んでもらいたい記事」はこちら。

 「アクセス数はイマイチ」と書きましたけど、スタートダッシュは「Twitterからのアクセス数」もそこそこあって好調でした。しかし、「Twitterからのアクセス数」以外は皆無だったためピタリとアクセスが止まってしまいました。
 「検索エンジンから来てもらう」とか「個人ニュースサイトさんで紹介してもらう」といったアクセスに比べて、「Twitterから来てもらう」アクセスはログがどんどん流れて行ってしまうため1~2日で波が終わってしまうんですね。そこから次に繋げることが出来ないとこんな有様になるという。

 記事内容からしても「Twitterでの宣伝はアリかナシか」という話から「フリーミアムの問題点」の話にシフトしていくので、Twitterで記事タイトルだけ見て「おっ、Twitterの話題だ」とアクセスしてくれた人が期待していた内容と違ってしまったのかなとも思います。最初から「フリーミアムの問題点」1本に絞った話にすれば良かったのかなーなんて思うのですが、それだと更にとっつき悪い記事になった気もする……



<2016年2月の創作活動報告>
・電子書籍用の漫画第3話、下描き18ページ目まで終了(11ページ進みました)
・電子書籍用の漫画第3話、ペン入れ16ページ目まで終了(11ページ進みました)
・小説、1行も進んでいません

 下描き・ペン入れともに「11ページ進んだ」という今月。
 自分の作画スピードとしては、そこまで悪くはないけれど言うほど良くもないペースかなぁ。サッカー中継と『幻影異聞録』がなくなったため、先月よりは良かったです。ただ、3月中に3話を完成させたいという目標からすると若干厳しいかなと思います。遠すぎる目標を書いても仕方ないので、下描き・ペン入れともに1ヶ月で15ページくらいのペースを目標にしようと考えています。




 それでは、今月はこの辺で。

| ひび雑記 | 17:57 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゲームが下手な人こそ、プレイ動画をアップロードするべきなのかも

 まさかの没記事からの復活記事です。


 ちょっと前に、ネタに煮詰まって煮詰まってもう何も書くものがないという時にひねりだした記事で「過去に書いたけど公開しなかった没記事を振り返る」記事を書きました。そこで70件の没記事を読んでいたら「これ、今なら違った角度で書けるんじゃないのか……?」と思ったものもあったので、その中から幾つかリベンジして書こうと思います!


 「ゲームのプレイ動画を他人に見せる勇気があるのか?」

 2008年5月に書いて、7割くらい書いたところで没にした記事です。
 当時既にYouTubeやニコニコ動画などに「ゲームのプレイ動画」をアップロードする人がいて、それを私はずっと「著作権的にどうなの?」と否定していたのですが、2008年5月にPS3がプレイ動画をYouTubeにアップロードできる機能を公式に付けたというニュースが出たのです。

 その後ゲームのプレイ動画や生配信はどんどん盛んになって、今ではすっかり当たり前になり、状況は8年間で随分変わったと言えるのですが……


 私の考えは、2008年の時も、2016年の今も、似たようなことを思っているというのが面白かったのです。「自分みたいな下手くそな人が遊んでいる動画なんて誰も観たくないだろう」と。

 ま、「私はゲームが下手か」というのは以前コメント欄で議論になりましたが、少なくとも「私がゲームが上手い」ということはないというのは恐らく多くの人が納得してくれるんじゃないかと思います。10段階の成績で2や1ということはなくても、9や10でもないことは異論はないんじゃないかと思います。


 プレイ動画を公開してそれをたくさんの人に観てもらえる人というのは、「10段階の成績で9や10」くらいゲームが上手い人とか。あとは人気者とか。企画を考えるのが上手い人とか。実況するのなら喋りが面白い人とか。そういう一部の選ばれし精鋭達だけだろうと私は思っているんですね。
 私みたいにゲームが上手くなくて、人望もなくて、企画力もなくて、喋りも面白くなくて、包茎な人間がプレイ動画を公開したとしてもほとんどの人が観ないと思うんです。だから、今までずっとプレイ動画や生配信には興味なく生きてきたのですが……



 最近、ふと「ゲームが下手な人こそプレイ動画を公開するべきなんじゃないのか」と思い立ったのです。「ゲームが下手な人が見ている景色」を可視化して、ゲームが上手い人にも見えるようにすることは大事なんじゃないのかと思ったのです。

 極端な例を書きますと……
 この話、多分初めてブログに書くと思うんですけど……私、子どもの頃『スーパーマリオブラザーズ』の「1-2」がどうしてもクリア出来なかったんですよ。これは単に下手くそというよりかは「暗いステージが怖かった」からなんですが。何度プレイしても、同じところで落っこちて死んでしまうのでした。

 小学校高学年くらいになると、暗いステージも特に怖くなくなるのでクリア出来るようになりましたが……それ以前の子どもの頃の私にとって『スーパーマリオブラザーズ』は「1-1」と「1-2」の2ステージしか遊べないゲームだったんです。だから、正直……その頃は『スーパーマリオブラザーズ』はあんまり好きじゃありませんでした。全2面のゲームじゃ、さすがにボリュームが少なすぎですからね(笑)。

 しかし、ゲームが上手い人ほど「いやいや、『スーパーマリオブラザーズ』は1-1を遊ぶだけでも面白いんですよ」「誰もがみんなクリア出来るワケじゃない、挑戦することが楽しいんだ」「すぐに諦めるから上手くならないんだ」と言ってきたりします。それじゃあ、子どもの頃の私が『スーパーマリオブラザーズ』の「1-1」と「1-2」だけを、5~6時間ずっとプレイする様を生配信したらちゃんと観てくれるんでしょうね!途中抜けも、編集カットも、早送りもしちゃダメですよ!!


 今のは極端な例ですけど……
 世間で絶賛されているゲームを「クリア出来なかった」「楽しめなかった」と言うと、そのゲームのファンからものすごい説教を受けたりするんですけど。下手くそな人が何十回やり直してもクリア出来ない様子や、コンティニューのたびにものすごい手前からやり直しさせられて同じ場面を何十回も観るハメになっている様子は、可視化して「ゲームが上手い人」にも見せるべきじゃないのかなぁと思うのです。


 ぶっちゃけた話、「ゲームが下手な人のプレイ動画」は面白くないと思いますよ。
 この話をすると、「いやいやいや。有野課長のプレイ動画は面白いじゃないですか」とか言う人いるんですけど!私達からしたら、有野課長はムチャクチャゲーム上手い人ですよ!私が「10段階で4」だったら、課長は「10段階で7」くらいですよ!
 しかも、その有野課長の動画ですら、「編集があるから観ていられる。生放送はグダグダになって観ていられない」という人もいますからね。


 だから、もし下手な人がプレイする様子を生配信するのなら、「視聴者すらイライラして誰も観なくなったらそのゲームは終了」みたいなルールにすればイイんじゃないですかね。「自分みたいな下手くそな人が遊んでいる動画なんて誰も観たくないだろう」を逆手にとった考えです。
 「どうしてこんなに素晴らしいゲームを最後までプレイしないんですか!上手くなろうとせずに諦めるなんて根性がなさすぎです!」って言われたら「オマエも生配信を観てくれなかったじゃないか!」と言い返せばイイんです!責任転嫁!

 まぁ……マジメな話、「ゲームが下手な人」が生配信をするのなら「ゲームが上手い人」がコメントでアドバイスしてあげることで壁を乗り越えられるという可能性もありますし。ひょっとしたらゲームを作っている(or作ろうと志している)側からすれば、「下手な人はこんなところで詰まるのか」みたいな勉強になるかも知れませんしね。





 現在自分が「10時間で終わるゲームを連続でプレイ中」の3DSではプレイ動画の公開・配信は難しい(面倒くさい)でしょうから、それらが全部終わったら「Wii Uでのプレイ動画の生配信」でもやってみましょうかね。機材は何が必要なんでしょう?その前に「10時間で終わる3DSのゲーム」が残り20本あるんですけど、いつ終わるんでしょう?

下手くそ下手くそ
中澤 佑二

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| ゲーム雑記 | 17:58 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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「小説から入る人」「漫画から入る人」「アニメから入る人」「実写映画から入る人」

 すっごい今更ですが、私『ニンジャスレイヤー』にハマりました。
 「ハマりました」というと語弊があるか……「すっげえ面白いなあ!と思いました」くらいが妥当な表現かも知れません。詳細はまた後で。


 どんな人気作品であっても御存じない人がいるだろうというのがこのブログのポリシーなので、『ニンジャスレイヤー』も「何それ?」という人に向けてなるべく簡単に説明しようと思います。
 『ニンジャスレイヤー』はアメリカ人のコンビが書いているWEB小説が原作で、「サイバーパンク」と「外国人が思っていそうな間違った日本観」が融合したような世界観の作品です。日本語翻訳版は2010年からTwitterで連載開始、インターネット上での無料公開や二次創作の歓迎などで幅広い人気を獲得しました。Twitterでの連載をまとめた書籍版も2012年からエンターブレイン刊で発売されていて、電子書籍では第一部のみが発売されているみたいですね。



 さて、ここからは私の話。
 『ニンジャスレイヤー』の特徴として「発表されるエピソードは時系列がバラバラ」なので「どのエピソードから読み始めても大丈夫!」とのことなんですが、とは言え何の基本情報も知らずに読み始めるのはなぁ……と、私は完全に出遅れてしまっていました。「どのエピソードから読み始めても大丈夫」と言われていたので、どこから読み始めてイイのか分からずずっと手を出せずにいたんですね。

 2015年4月、『ニンジャスレイヤー』はアニメ化します。ニコニコ動画やGyaOなどのインターネット動画配信サービスで1話15分、全26話配信され、2016年春にはスペシャル・エディシヨン版として(恐らくそれらを再編集した形で)テレビアニメとして放送されることが予告されています。
 小説版に出遅れた自分は「よし、アニメ版から入ろう!」とアニメから観てみることにしました。アニメは当然「原作を知らない人」も観ることを想定しているでしょうから、予備知識ゼロでも楽しめると思ったんですね。こういう「原作に出遅れたからアニメの開始を入口にする」ということを私はよくやるので、いいタイミングになるだろうと。

 そしたら、アニメ版があまり肌に合いませんでした。
 Twitterの自分のタイムラインでも「賛否両論まっぷたつ」だったので、かなり好みが分かれるアニメ化だったのだと思うのですが……当時の私の感想ツイートをツイセーブで読んでみたところ「表現は嫌いじゃない」「けど、ストーリーが何もない」「目のアップが多すぎる」といったカンジで、テンポや作画の点であまり好きじゃなかったみたいですね。3話で視聴を脱落していました。




 ということで、小説版に出遅れ、アニメ版は楽しめず、私にとって『ニンジャスレイヤー』は「自分はハマれなかったけど楽しんでいるファンがたくさんいる作品」という位置付けでした。好きではないけれど特に嫌っているワケでもなくて、「ああ、『ニンジャスレイヤー』。人気だよねー」くらいの距離感でした。

 そうしたらです。
 いつ買ったのか覚えていないのですが、キンドルのクラウドを眺めていたら「まとめ買い」で漫画版『ニンジャスレイヤー』(無印)の当時出ていた全巻を購入していたのです。多分、セールか何かで安かったから衝動で買っちゃっていたんだと思います。

 せっかく買ったんだから気乗りしないけど読むかーと、積み本を崩す目的で読み始めたのが先日。「超面白ぇええええええ!」と一気に読んでしまって、「まとめ買い」した後に出た巻も全て買ってしまって、それも全部読んでしまって、この衝動を何か形にしたいと思ってしまって今この記事を書いてしまっているのです。
 圧倒的な画力による迫力、各エピソードごとに視点となるキャラが違うので世界を多角的に捉えられる構成、「コワイ!」に代表される変なナレーション、女のコの可愛さとエロさ、強い者が生き残るという容赦のなさによる緊張感……などなどなど。グロさとエロさは多少あるので耐性のない人には薦めませんが、大丈夫な人には是非オススメ。

 『ニンジャスレイヤー』は基本的にWEBで無料配信もされていて、書籍版の購入は「利便性」と「支援」の意味合いが強いので……読んだことのない人は試しにWEBで読んでみるのもイイかもですね。togetterのまとめはニンジャスレイヤー Wiki*にも載っていますし、1巻の1話から読み始めたい人はこちらからどうぞ
 個人的には「キルゾーン・スモトリ」「ラスト・ガール・スタンディング」「アトロシティ・イン・ネオサイタマシティ」辺りが好きかなぁ。




 さて、実を言うとここからが本題です。
 この記事の冒頭で私は、“「ハマりました」というと語弊がある”と書きました。ここまで説明した通り、どころかそれ以上に『ニンジャスレイヤー』は様々なメディアミックス展開を行っていて、日本語で出ている版に限定しても……

・Twitterで原作小説版が連載中
・それをまとめた書籍版が発売中
 (電子書籍版は第一部のみ発売)

・漫画版『(無印)』がコンプティーク&コンプエースで連載中
・それをTwitterでも無料配信中
・それをまとめた書籍版も発売中 ←私が読んだのはコレ!

・漫画版『グラマラス・キラーズ』がpixivコミック→B's-LOG COMICで連載(されていた?)
・それをTwitterでも無料配信中
・それをまとめた書籍版も発売中

・漫画版『殺(キルズ)』がニコニコ静画の「水曜日のシリウス」で連載中
・それをTwitterでも無料配信中
・それをまとめた書籍版も発売中

・アニメ版『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』がWEB配信中(現在は有料)
・それをまとめたBlu-ray/DVDも発売中
・2016年春から「スペシャル・エディシヨン版」としてテレビ放送予定

・その他、様々な特典で「オーディオドラマ」も存在する


 多いわ!
 これら全部を網羅していないと「ハマりました」と言う資格はないような気がしてしまいますが、私が「超面白ぇえええええ!」と夢中になって読んだのはこの中のたった一つなんですね。だから、私は冒頭で“「ハマりました」というと語弊がある”と書いたのです。

 恐らくこの記事を書いたことで、ガチ勢の方々から「これも読め」「これも読め」「これもいいぞ」と薦められまくると思うんですけど……私がハマったのはあくまで漫画版『(無印)』ですし、Twitterの無料配信で6巻の続きを読むつもりも今のところはありません。私はあくまで「電子書籍」という形で読みたいので、続きは気になりますが7巻が発売されるまで待とうと思います。
 原作小説版は第二部以降も電子書籍で出るのなら買いたいんですけど、出ないのかなぁ……




 メディアミックスって、「入口」を増やすことなんだなぁと今回の件で私は思いました。
 小説版は出遅れて、アニメ版は楽しめなかった私が、漫画版は楽しめたワケですから―――もし『ニンジャスレイヤー』に漫画版がなかったら、私は一生この作品を「自分には楽しめないもの」と思っていたと思うんですね。今は漫画版にハマったこともあって、テレビで放送されるアニメ版ももう1回ちゃんと観てみようかなと思っています。


 私はライフスタイルとしてはまだ「小説」も読むし、「アニメ」も観るし、「漫画」も読みますけど……
 人によっては「小説は読むけど漫画もアニメも観ない」とか、「アニメは観るけど小説も漫画も読まない」ってライフスタイルな人もいると思いますし。私が「Twitterで読む気はしないから電子書籍で出るのを待つ」と言っているのとは逆に、「お金を払いたくないからTwitterで無料で読めるのは嬉しい」と思っている子どももいると思うんですね。

 幅広いメディアミックス展開をしているからこそ、そうした幅広い層をカバー出来ているのが『ニンジャスレイヤー』なんだと思いましたし。メディアミックスって本来はそういうものなのかもなぁと。


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↑ ちなみに、これは小説版(紙の本)の1巻です。


 『ニンジャスレイヤー』の話はここまで。
 ここからは一般的な話を書きます。

 漫画やアニメが、実写映画化されたり実写ドラマ化されたりすると、ファンが悲鳴をあげるというのはよくあることだと思います。二次元キャラが三次元の役者さんになることで「イメージと違う!」と言われ、原作と全然違う設定に変えられることで「原作軽視だ!」と叩かれ、「実写化なんて一体誰が喜ぶんだ」と言う人までいます。
 自分も、自分が大好きな作品が実写化されたとしたら……例えば、もし『けいおん!』が実写映画化されるなんて話が出てきたら合戦の準備を始めると思います。


 でも、世の中には「漫画やアニメは観ないけど、実写の映画とかドラマは観る」って人は結構いて、恐らくそういう人に観てもらうためのメディアミックス展開なんですよね。
 元からの『けいおん!』ファンは「『けいおん!』が実写化だって!わーい!絶対観に行くぞー!」だなんて思わないけれど、今まで『けいおん!』を読んでも観てもこなかった人達に「『けいおん!』って聞いたことあるけど映画化するなら映画だけ観てみようかな」と思ってもらうための展開なのでしょう。


 例えば、小説が原作の実写映画なんてものすごくたくさんありますよね。私は、原作の小説を読んだことがなくても実写映画を観ますし、実写映画が面白かったとしても原作の小説を読むことはほとんどありません。同じタイトルの作品が「原作小説」と「実写映画」の2本あるけれど、どちらか片方だけチェックしておけばイイやくらいの感覚で「実写映画」を観ています。

 漫画やアニメの「実写化」のメインターゲットはそういう人達だと思うんですね。
 『ニンジャスレイヤー』の小説版に出遅れた、アニメ版は楽しめなかった、でも漫画版を読んだら楽しかった私みたいな感じで。漫画版は読む気がしない、アニメ版も観る気がしない、でも実写映画化するなら2時間で観終わるから観てみようかなみたいな人。




 「実写化」だけが槍玉にあげられることが多いですけど、「アニメ化」だって似たような側面はあると思います。
 例えば私、『アイドルマスター』や『シンデレラガールズ』のアニメは大好きですけど、原作にあたるゲームはプレイしていませんし。「アニメは大好きだったけど原作漫画は読まなくてもいいや」「アニメは大好きだったけど原作小説は読まなくてもいいや」という人は結構いるみたいで、ウチのブログでアニメが終わった後に「原作漫画との違い」とか「原作小説との違い」みたいな記事を書くと結構なアクセス数になるし、「原作はそうだったんだ!」というコメントも結構いただくんですね。

 熱量の高いガチ勢のファンの人からすると、「○○を愛しているのなら小説版も漫画版もアニメ版もゲーム版も実写映画版も全部チェックしなくちゃダメだろう!」という意見もあるかと思うんですけど……逆に言うと、「ゲームはやらない」「漫画は読まない」「小説は読まない」という人でもアニメは楽しんでいたということで、メディアミックス展開によって「その人の観たいメディア」で観られる選択肢が与えられた結果、ファンじゃなかった人をファンにすることが出来たという証明でもあると思うのです。



 ということで、↓こちらが漫画版『無印』のコミックスです。
 7巻の発売が待ち遠しいです。

【紙の本】
ニンジャスレイヤー (1)  ~マシン・オブ・ヴェンジェンス~ (カドカワコミックス・エース) ニンジャスレイヤー (2)~ラスト・ガール・スタンディング (イチ)~ (カドカワコミックス・エース) ニンジャスレイヤー (3) ~ラスト・ガール・スタンディング (二)~ (カドカワコミックス・エース) ニンジャスレイヤー (4) ~アトロシティ・イン・ネオサイタマシティ~ (カドカワコミックス・エース) ニンジャスレイヤー (5) ~ワン・ミニット・ビフォア・ザ・タヌキ~ (カドカワコミックス・エース) ニンジャスレイヤー (6) ~スリー・ダーティー・ニンジャボンド~ (カドカワコミックス・エース)

【キンドル本】
ニンジャスレイヤー(1) ~マシン・オブ・ヴェンジェンス~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース) ニンジャスレイヤー(2) ~ラスト・ガール・スタンディング(イチ)~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース) ニンジャスレイヤー(3) ~ラスト・ガール・スタンディング(ニ)~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース) ニンジャスレイヤー(4) ~アトロシティ・イン・ネオサイタマシティ~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース) ニンジャスレイヤー(5) ~ワン・ミニット・ビフォア・ザ・タヌキ~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース) ニンジャスレイヤー(6) ~スリー・ダーティー・ニンジャボンド~<ニンジャスレイヤー> (角川コミックス・エース)

| ひび雑記 | 17:54 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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貴方は「何を求めて」ゲームをしていますか

 言われてみれば、今まで考えてこなかったなーというお話。



 同じように「ゲームが好きです」と言っている人でも、それぞれの人がゲームに求めているものは全然違うんですよね。ある人にとっては極上のゲームが別のある人にとっては全然興味がないゲームになってしまったり、今流行っているゲームを遊んでみても全然楽しめなかったりするのも、「俺はもう時代についていけないのかなぁ」ということではなくて「ただ求めているものが違う」というだけのことなんだと思います。



 フォロワーさんが「旅行」という言葉を使ったときに、私はハッとしました。
 私の中に「ゲーム=旅行」という感覚はあまりなかったんですね。
 しかし、ゲームを「旅行」と考えると、現実には行くのが難しいところにも安価で手軽に行けるツールになるとも言えます。火山の中だって、極寒の雪山だって、砂漠だって、宇宙だって、ファンタジー世界だって、ゲームだったら好きなように歩き回ることが出来ます。
 『グランド・セフト・オート』シリーズや『Fallout』シリーズが発売されると、「またこの時期が来たな。しばらくあっちの世界に行ってくるぜ」とゲームの世界にどっぷりハマるファンも多いですが……アレは年末年始の時期に「1年に1回のイベントだから」と海外旅行に行くのを楽しみにしている人達に近いのかなぁと思います。

 対応ハードを持っていれば数千円のソフト代金だけで行けますし、暑かったり寒かったり宇宙船が壊れたり命の危険を心配したりという不安もありません。こう書いてみると、「旅行」より快適なんじゃないのか「ゲームでの旅行」って!
 「旅行」が目的でゲームを遊ぶのなら、「自由度」とか「美しいグラフィック」とかが重要になっていきますよね。逆に、「パズル性」とか「戦略性」とか「ハラハラドキドキの緊張感」なんかは求められないのかなぁと思います。



 では、他のケースは……と考えてみたところ。
 「旅行」も広く定義をとれば当てはまるのですが、「何かの擬似体験」をしたくてゲームをするという人も多いんじゃないかなぁと思います。例えば、レースゲームとかドライブゲームなんかは分かりやすいですよね。実際にはなることが難しいレーサーや、乗るのが難しい高級車にも乗れる「体験」が出来ます。
 スポーツゲームなんかも「体験」ですし、シミュレーションゲームも“指揮官”とか“市長”とか“アイドルのプロデューサー”を「体験」するゲームだと言えますし、育成系のゲームもこれに当てはまるのかも知れませんね。現実には存在しないポケモンを自分の手で育てられるという「体験」が出来るゲームです。

 『どうぶつの森』なんかは“一人暮らし”の「体験」ゲームとして、自分の好きな服を着て、自分の好きなように部屋を模様替えして、お金を稼いで、ご近所さんと交流して……ってゲームですから、実際にはまだまだ“一人暮らし”なんて出来ない子どもが夢中になるのも分かりますよね。
 『マインクラフト』も「体験」のゲームだと思うんですけど、あれは一体何を「体験」しているのでしょう。開拓者?神?

 「体験」を目的でゲームを遊ぶのなら、求められるのは「リアリティ」と「臨場感」なのかなぁと思います。ウソの世界を作ってそこで疑似体験をさせているだけなのですが、ウソの世界をウソの世界と思わせないことが重要なのかなぁと思います。そのためには「グラフィック」も重要でしょうし、逆に「デフォルメ」のセンスも必要でしょう。『カルチョビット』があのグラフィックなのにリアルな動きに見えてくるみたいなこともありますしね。

 逆に、そんなに必要のないものを考えると……「キャラクター性」とか「ストーリー性」はあまり重要じゃないと思います。「決められたストーリーを進んでいる」感覚が強くなると、「疑似体験をしている」という感覚が薄れてきますから。



 あとは、ゲームを「対戦する競技」として捉えている人も多いことでしょう。
 “将棋”とか“麻雀”のような「人と向き合って勝負する遊び」の延長線にあるもので、コンピューターゲーム黎明期の『PONG』がまさに「2人用の卓球」でしたから、昔も今も「対戦ゲーム」はゲームにとって花形だったと言えると思います。『マリオブラザーズ』、『ファミスタ』、『テトリス』、『ストリートファイターII』、『マリオカート』、『バーチャファイター』、『みんなでGOLF』、『スマッシュブラザーズ』、『ウイニングイレブン』、『Wii Sports』……
 近年ではゲーム機がインターネットに繋がるようになり、オンライン対戦できるようになったジャンルも多いですよね。FPS、TPS、RTS……スポーツ系のオンライン対戦(ほぼ)専用TPS『Splatoon』が今もヒットしているように、ゲームに「対戦」を求めている人は今もたくさんいるのでしょう。

 「対戦」を目的にゲームを遊ぶのなら、一つには「ルール」が重要なのは言うまでもありません。それと、他の目的でゲームを遊んでいる人からすれば意外なのが「公平性」を重視する人が多いこと。
 例えば「このキャラが強い」とか「この武器が強い」みたいなことが「対戦ゲーム」ではマイナス評価になったりします。他のジャンルなら例えば『ファイアーエムブレム』でオグマが強すぎるからこのゲームはダメだみたいなことは言われないと思うのですが、「対戦ゲーム」だとそういうことが許されないためバランス調整が命だという。
 しかし、逆に「実力差が出すぎるゲームだと初心者が遊べない」ため、初心者でも勝てる偶発的な要素を入れたりするゲームも多いのが「対戦ゲーム」の難しいところ。



 他には、ゲームに「ストーリー」を求める人もいますね。
 『ポートピア連続殺人事件』のような「コマンド選択型アドベンチャーゲーム」や、『ドラゴンクエスト』のような「和製RPG」、『弟切草』のような「サウンドノベル」から派生した「ビジュアルノベル」……などなど。日本においてはゲームで「ストーリー」を語ることが重視されたこともあって、90年代は「観ているだけのゲームでイイのか」みたいな批判も多かったですね。
 「体験」をゲームに求める人の項で「ストーリー性は重視されない」と書きましたが、逆に考えるとストーリー性を重視することで「映画の主人公」「推理小説の主人公」「ラノベの主人公」を擬似体験させるという見方も出来ます。

 ゲームに「ストーリー」を求める人が重視するのは、「ストーリーのクオリティ」および「魅力的なキャラクター」というところですかね。逆に、「ストーリー」を重視する人からすれば「自由度」とか「ゲームバランス」とかは二の次じゃないかなと思います。「主人公が無個性だからダメだ」と批判されたりとか、「時間のない人は有料DLCを使えばレベルが上がってサクサク進めるようになります」というゲームだとか、「ストーリー」を重視しない人からすれば「なんじゃそりゃ」という話も「ストーリー」を重視する人にとっては大事なのかなぁと思います。


 自分はあまり詳しくないんで深くは語りませんが、ゲームの中に「コレクション要素」を求める人もいますよね。『ポケモン』の原点は「昆虫採集」にあるという話ですし、コンピューターゲーム以前からあった人間の「収集欲」をゲームの中に見出しているということなのかも知れません。
 ガチャを回してレア度の高いキャラを出そうとしたり、『どうぶつの森』で毎日お店に行って持っていない家具が出ていないかチェックしたり、RPGで全部のアイテムをコンプしようとしたり。



 考えていけば他にも出てきそうですが、時間もないのでこの辺で。

 これらの要素は、当然「1つのゲームあたり1つの要素」というワケではありません。
 『ドラゴンクエスト』だったら世界中を冒険するという点では「旅行」だし、パーティを自由に育成していく様は「体験」だし、当然「ストーリー」もあるし。対戦型のFPSだったら、兵士の「体験」でありつつ、「対戦」ゲームでもあるし。

 また、プレイヤー側も「私が好きなのはコレ!」と一つに絞れるのではなく、「コレとコレの要素は好きだけど、コレは重視しないなぁ」みたいに重視するものとしないものに分かれるだけですし、同じ人でもカレーを食べたい日もあれば湯豆腐を食べたい日もあるように「先週と重視しているものが違う」ということもあると思います。


 今の私で言うと……
 「旅行」→△
 広い空間よりも、狭くても密度の濃い空間を探索したいです。
 あと、基本的に超方向音痴なのと、3Dアクションゲームが苦手なので、風景を見ている余裕がないというのも大きいですが。

 「体験」→×
 もちろんモノに依りますけど、今はあまり「何になりたい」みたいな疑似体験欲がないんですね。今私が一番なりたいのは「布団に入って寝る人」です(意訳:眠い)。

 「対戦」→×
 コンピューター対戦はそうでもないんですが、対人戦はやはり苦手だなーと『Splatoon』を通過して思いました。相手をボコボコにやっつけても相手から恨まれるだろうし、味方の脚を引っ張れば味方からウザがられるだろうし、勝っても負けても気を遣ってしまいます。あと、オンライン対戦は「時間の拘束力」が強いのもちょっとキツイんですねぇ。

 「ストーリー」→△
 今現在は「10時間以内にクリア出来るゲーム」を中心に遊んでいることもあって、ストーリーを重視する気持ちはあまりないですね。『幻影異聞録』も『ナゾのミニゲーム』もストーリー目当てに買ったワケではなかったけれど、最終的に「ストーリーも意外に面白かったな、ラッキー」くらいの感覚でした。

 「コレクション」→△
 図鑑を埋めるタイプのコレクション要素は好きなんですけど、所有できるモンスターの数が決まっているのでどれかを手放さなきゃならないとか、モンスターの成長のためにこっちの要らないモンスターを合成させるみたいな要素は苦手。「所有しているものがなくなる」ことが極端に苦手なのです。えぇ、エリクサーを最後まで使えないタイプです私。
 あと、「こんなもんコンプ出来るかボケエ」という面倒くさいものは最初から目指さないので、私にとってはないのと一緒とも言えます。『どうぶつの森』の家具とかね。


 こう振り返ってみると、世間でゲームに求められているものを私はあんまり求めていないんだなぁと思います。でも、これは私に限った話ではなく、「みんなが絶賛しているゲームを自分は楽しめない」という経験をしたことのある人はこれで説明できると思うのです。「みんながおかしくなった」でもなく「自分がおかしくなった」でもなく、それだけ「ゲーム」というものが幅広い欲を満たすものになったというか。


 ちなみに、今の私がゲームに一番求めているのはコレです。



 身も蓋もないことを言うと、私にとってゲームって「クリアした」という快感をくれる快楽装置なんです。
 「クリアした」というのは全クリということじゃなくて、ステージ単位だったり、ダンジョン単位だったり、クエスト単位だったりするのですが、20~30分で「達成感」を味わえるというのが私がゲームに求めているものなのかなと思います。私は喫煙者じゃないですけど、喫煙者の人が「ちょっと一服してくるわ」とタバコを吸うみたいな感覚で、私は「ちょっと『ラビラビ』1面だけクリアしてくるわー」と起動したいです。


 私は中高生の頃「問題集を解く」のが楽しかったんです。勉強って「暗記する」とか「ノートにまとめる」とか「ひたすら教科書を読む」とか地道な作業もしなくてはならなくて、そういう作業は楽しくなかったのですが、そうして身につけたものを駆使して「問題集を解く」のは気持ち良かったんですね。次から次へと問題を解いていって正解していくというのは気持ちが良いし、そうすると「もっと難しい問題」「もっと捻りのある問題」と難易度を上げたくなっていくものなんです。


 私がゲームに求めているのはこの感覚なんですね。
 大人になると「次から次へと正解していく気持ちよさ」なんてまあ味わえなくなってしまうじゃないですか。辛抱と忍耐と「これで良かったのだろうか」という不安につきまとわれて生きていくしかなくて、「正解です!」なんて言ってもらえることなんてほとんどなくなってしまいます。でも、ゲームだけは白黒がハッキリして「クリアです!」と言ってくれるのです。

 よく「子どもはどうしてゲームを遊びたがるのか」という話で、「親が誉めてくれなくてもゲームは誉めてくれるから」みたいな答えが出てきますが、大人にとってもそうだと思うんですね。「このコマ、背景が細かくて全然描き終らねえええええええ。気分転換にゲームやろうっと」と起動するのは、ゲームなら短時間で「クリアです!」と達成感をくれるからなんです。


 なので、私はなるべく「出題」と「解法」と「クリア」がハッキリしているゲームが好きです。逆に「自由度」とか「公平性」とかは求めていません。アクションパズルが好きだとか、(最近はあまり出来ていないけど)SRPGが好きだとか、アクションゲームは3Dより2Dが好きだとか、『幻影異聞録#FE』の戦闘が好きだとかは、これで説明がつきます。





 その他、私がゲームに求めているのは「ボタンを触る感覚」もあります。
 これを書くとドン引きされそうですが……私はボタンを押したくてゲームをしているというところもあるので、時間がなくてしばらくゲームを遊べない時にはコントローラだけ持って真っ暗な画面を見ながらひたすらポチポチボタンを押して気持ち良くなっていることがあります。ほら!今、すごくドン引きされているの自分でも分かりますよ!


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 同じように「ゲームソフト」という区分で呼ばれていて、「ゲーム屋さん」に一緒に売られていて、「ゲーム好きだよ」だと言われるものであっても……中身として求められているものは「旅行」だったり「疑似体験」だったり「対戦競技」だったり「ストーリー」だったり「コレクション」だったり「問題集」だったりするんだから、ゲームって様々な欲望に応える幅を持っているんだなぁって思います。


 例えば、「本」という分野だって、「地図帳」「漫画」「TRPGのルールブック」「ヌード写真集」「大学受験用参考書」などなどなど様々なものがありますが……「本が好きです」と言えるのは「小説」とか「ノンフィクション」とか「学術書」くらいであって、そうでないと「本が好きです」「へぇ、どんな本を読んでいるんですか?」「ヌード写真集です」「それって好きなのは本じゃなくてヌードじゃないの?」となっちゃうと思うんですね。

 「ゲーム」は、海外のオープンワールドゲームを遊んでいる人も、『どうぶつの森』で家具を並び替えている人も、格ゲーのコンボを日々鍛錬している人も、エロゲーのストーリーにボロボロ泣いている人も、ガチャ回している人も、作業の息抜きにアクションパズルを1面だけ進める人も……みんな「ゲームが好きです」って言っていて、自分達が主流だと思っているというのは面白い話だなぁと思います。

 それぞれのゲームに求められているものは違うから、普段遊ばないゲームを遊んでみると「重視されているところ」も全然違っていて、それが面白くもあるのだけど、「何だよこれ!」と言いたくなることもあるという。なんでこんなもんをみんな面白いと言ってるの!?と。
 でも、それって普段「推理小説」を読んでいる人が「ヌード写真集」を読んで、「何が面白いのかさっぱり分からない!」と言っているようなことだと思うんですね。「本」は「推理小説」と「ヌード写真集」が全然違うものだというのが分かっているので、それぞれのファンが罵りあったりしませんが。「ゲーム」は全部「自分達がゲームだ!」と思っているので、「オープンワールドのゲームが好きな人」が「和製RPGを好きな人」を「オマエらが楽しんでいるのはゲームなんかじゃない!」と罵ったりするという。


 私は、人によって「ゲームに求めるもの」は違うのだから、自分の求めていないゲームが存在することも許容できるような世の中になって欲しいなぁと思います。「ヌード写真集」が好きな人も、「ヌード写真集」に興味がない人も、「ヌード写真集」が存在することを許容できる世界になって欲しいです。あと、「ヌード写真集」が欲しいです。


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| ゲーム雑記 | 17:56 | comments:19 | trackbacks:0 | TOP↑

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どのタイミングで「作っているもの」を諦めるか

 「これはとても面白い記事になるにちがいない!」と自信と期待を込めて2日間かけて書いた記事が、読み返してみたら全然面白くない上に、こんな記事を公開したらコメント欄で「全然面白くねーんだよ!死ね!」「文章書くの向いていないんだからさっさとブログやめてください」「異常な意見をインターネットに流すのは害悪」とボコボコに言われるだろうし、記事の一部分だけを切り取られて「2ちゃんねる→まとめブログ」とロンダリングされて「○○を批判しているヤツがいたぞー!殺せー!」と火炙りにされるかも知れないし、それが数日で収まるならともかく何年も何年も何年も罵詈雑言を浴びせてくるコメントが続いていく記事になるんだろうな……と思ったので、全没にしました。




 ということで、ブログに書くネタもなければ時間もありません。
 こんな状況でもササッと書き上げられそうな話題を考えて、今日は「書いている記事が面白くなかったとして、どのタイミングで没にするのか」を書こうと思います。

 実を言うと……「書いていた記事が面白くならなかったので途中で没にする」ことは今回が初めてではありません。ブログの記事管理ページから「下書き状態のまま公開していない記事」を絞りこんでみたら、「書いていた記事が面白くならなかったので途中で没にした記事」が70件ありました。
 昨年10月にこのブログは「2000記事に到達しました!」とか言っていましたが、その内の70件は公開されていなくて前回の記事が2059番目なんですから……このブログ、「公開された記事」単位では実はまだ2000記事目に到達していないんじゃないですか!不正発覚!万死に値する!あー、また「早くブログやめてください」ってコメントが付いてしまう!!!



 この「途中で没にした記事」70件も、今読み返すと結構面白くて……

 2007年10月には『Wii Fit』発売前に「『Wii Fit』がヒットしないであろう7つの理由」という記事を書き始めていました。『Wii Fit』はその後に大ヒットしたので、後に「やっぱり書いておけば良かったー」と後悔したものですが、今読み返してみたところ1つ目の理由を書き上げたところで断念して没にしたみたいです。流石に7つは多かったか(笑)。

 2008年5月には「俺達は女子高生が好きなんじゃない!女子高生の制服が好きなんだ!」という記事を書いているんですけど、これ……没にしたんですっけ。書き上げて公開した記憶もあるんですけど、リストには「下書き」のまま残っていますね。読み返してみると児ポ法関連の真面目な記事みたいで、途中で論理破綻していることに気付いて断念したみたい。

 同じく2008年5月に、「ゲームのプレイ動画を他人に見せる勇気があるのか?」という記事を書いています。読んでみるとPS3の『まいにちいっしょ』のプレイ動画をYouTubeにアップできるようになったそうで、それに対して「自分みたいにゲームが下手くそな人間は、自分のプレイ動画をアップしたいだなんて思わない」と書いたところで炎上しそうだと思って書くのを辞めたみたいです。
 今なら一周まわって炎上なんてしなさそうな記事ですけどね(笑)。当時は今以上にゲームハード間のあれこれに疲れてて過敏だったのだと思います。

 2009年6月「「不倫は社会を崩壊させかねない極悪行為」と認識してもらいたい」は、今書けばアクセス数が稼げそうな記事ですね(笑)。読み返してみると、当時聴いていたラジオ番組『アクセス』に「最近の若者は草食男子なんて言われてて情けない。俺なんて奥さんいるけど他に6人の女性と付き合っている」と言っていた人が出ていて、それに激怒して書き始めた記事なのですが―――みんながみんな『アクセス』聴いているワケじゃないよなと断念したのでした。

 2009年9月「マリオは何故に左→右に走るのか?」、これも没にしていたのか。
 読み返してみると、書き始めてから「当時の他のゲームはどうだったのか」の情報が足りなくて断念したみたいです。これは断念して正解だったかなーと思います。

 2014年5月「絵描きが「下手でゴメンなさい」と言ってはいけない理由」、「へぇ、何だろう……気になる……」と読み返してみたら理由を書く前に断念してやがった!言ってはいけない理由は何なのですか!?気になるんですけど!

 2014年7月には「「社長が訊く」でインタビューされた人リスト」という記事を書き始めていました。それまでの「社長が訊く」に登場した人を全てリスト化しようというプロジェクトだったのですが、『スーパーマリオギャラクシー』まで進めたところで膨大な時間がかかることに気付いて断念したみたいです。その前に気付け。

 2015年2月「『ドラゴンボール』は「健全な漫画」だったか?」もリスト化の記事でした。どこかで見かけた「最近のアニメはとにかく女性キャラをたくさん出してエロイことをさせるアニメばかりで見るに耐えられない。私が子どもの頃にワクワクしながら観ていた『ドラゴンボール』のようなアニメに戻って欲しい」という意見に反発し、『ドラゴンボール』におけるエロイシーンをリスト化しようとした記事でした。
 しかし、文字だけ読んでもちっとも面白くならなかったので1巻の終盤で断念。

 2015年11月「『スーパーマリオメーカー』で学ぶ、家庭用ゲームの歴史」は、『スーパーマリオメーカー』で作られているコースを見ていると、「観ているだけのムービーゲーム」とか「一本道のゲーム」とか「高難度化」とか「人気キャラを使っただけの捻りのないゲーム」とか、普段みんなが「だから日本のゲームはダメなんだ」と言っているようなコースが多いよねという記事でした。
 ただ、書いている途中に「せっかく楽しくコースを作っている人に水をさすみたいだな」と思ったので断念したのでした。




 ……と、こんな風に没にしてきた記事がたくさんあるのですが、今回のように「ほぼ最後まで書き上げた上で没にするケース」というのはめったにありません。大抵の場合は記事を書き始めた序盤で、「コレはダメだな」と見切りをつけて没にしてしまいます。

 ブログの更新は「時間との戦い」です。
 自分の場合はブログは「2日に1回」のペースを目指して書いているので、最初の10分で「コレはダメだな」と見切りをつけて没にしてしまえば傷口は浅いのですが、2日間まるまる使って書き上げたものが「コレはダメだな」となった場合はもう何も出来ません。残された時間は0秒、使える文章は0行。何もない。ネタもなければ時間もない。

 なので、これまではそういう事態になったら「せっかく書き上げたものを没にするのはもったいないから公開しよう」とアップしてきました。そして炎上して、後悔するのです。「こんなものを書くなんて最低ですね!早くブログやめてください」とか言われてもしょうがないじゃないですか!こっちだって面白くないものを書こうとして面白くない記事を書いているんじゃねえんだよ!!!




 まぁ……ブログだったら、無駄になる時間は「2日」で済むんですけど。
 大抵の創作活動は1作品を作るのにもっともっともっと膨大な時間がかかるので、途中で没にしてしまった時の無駄になる時間はもっともっともっと大きくなってしまい、「後に退けない」状態になるのです。

 『マンガは描ける!』の宣伝企画で、「じゃあ、実際にマンガを描いてみよう!」という連載記事を書いたことがありました。
 マンガが出来上がるまでには、「企画を立てる」「プロットを作る」「シナリオを書く」「コンテを切る」「キャラデザをする」「ネームを描く」「下描きをする」「ペン入れをする」「消しゴムをかける」「修正をする」「ベタを塗る」「トーンを貼って削る」という作業が必要なのですが(詳しくは連載記事を読んでね!)……終盤に「俺が今描いているこのマンガ、あんまり面白くなくね?」と気付いても遅いのです。
 引き返せるのは「ネーム」までですかねぇ……「下描き」が終わった段階で「あんまり面白くなくね?」と気付いたところで、それまでにかかった膨大な時間を無駄にしたくないので、最後まで仕上げてしまうことが多いです。本当は「企画」の段階でしっかり見極めたいのだけど、毎回毎回そんな上手くいくワケではないのです……!


 なので、マンガに限った話ではなく、アニメでもゲームでも映画でも「どこが面白いと思って作ってんだコレは」と言いたくなる作品に出会った時、私は責める気になれないんですね。「後に退けなくなったんだろうなぁ……」と少し同情してしまうのです。
 企画の段階では面白くなるに違いないと思って始まった、そのまま進んだ、進んだ、進んだ、進んだ……「あれ?あんまり面白くなくね?」と思った時点ではもう引き返せなくなってしまったんだろうなと。そこまでにかかった費用を考えると、これを全没にすることには出来ない―――ということで世に出てしまった作品もたくさんあると思うんです。何とは言いませんけど。


 逆に、自信満々に「どうだ!これは面白いだろ!最高の作品を作っちゃったぞ!」と世に出されるものほど、私は「いや、貴方達が面白いと思っているものを私は面白いと思いません」と躊躇なくボロクソに書けるんですけど。そうすると炎上して、「早くブログやめてください」と言われるという(笑)。


 このブログ自身、諦めるタイミングを見誤ったのかもなぁと思ったりもします。

あきらめ上手は生き方上手あきらめ上手は生き方上手
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| ひび雑記 | 17:50 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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『思い出きろく帳』から消えた思い出たち

 今月2月26日でニンテンドー3DSは5周年ですね。
 Wii U3周年の時に書いた「今まで自分が遊んだソフトをプレイ時間順に並べて3行レビュー」という記事を3DSでもやろうと思っていたのですが、不可能なことが分かりました。


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 写真は3DS内蔵ソフト『思い出きろく帳』からです。
 私はこれまで(体験版やDSのソフトも含めてですが)247本のソフトをこの3DSでプレイしてきたと表示されていますね。


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 しかし、「遊んだ時間ランキング」には97位までしか載っていないのです。
 247-97=150本のソフトがこのランキングからは消滅してしまっているのです。


 「247本のソフトの内、上位97位までがランキングされているのでは?」と思われるかもですが、「毎日のきろく」の方で2011年のランキングを見てみると10時間以上遊んでいるソフトでも「????」と表示されているものがたくさんあります。プレイ時間は記録されているのだけれど、何のソフトか分かりません。


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 2011年は、6位・7位・10位・13位・16位・20位・24位・26位が「????」となっていて。2012年は、7位・11位・27位・29位が「????」となっています。


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 「最近起動していないソフト」から順番に記録が消えている―――というワケではなく、2011年に友達から借りてそれ以降は起動していない『マリオ3Dランド』は消えていなくて、2012年に20時間以上プレイしている7位『????』というソフトは消えているので……どういう基準で消えているのかよく分かりません。そもそも『思い出きろく帳』の公式サイトには「最大256本までソフトを登録できます」と書かれています。

 自分が覚えていないだけで、寝ぼけて「ソフトの記録を片っ端から消してってやるぜーーーー!」と削除していったんじゃないかと思うくらい不可思議な事態です。




 というワケで、3DSでの「今まで自分が遊んだソフトをプレイ時間順に並べて3行レビュー」は無理なのです。この企画は「今まで遊んだ全ソフト」をレビューするから面白いのであって、その中の97本(しかもどういう基準で選ばれた97本なのかは不明)だけをレビューしても面白くならないでしょう。期待していた人がいらしたら申し訳ありません。

 それはさておき、この「記録が消えたソフト達」が何なのか気になりますね……2012年の7位のソフトなんか、20時間以上プレイしているのに何のソフトだか思い出せないワケですからね……






 しかし、それを調べる術はもうないのです……

 と、思いきや!!


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 『いつの間に交換日記』があるじゃないか!!
 というのも、『いつの間に交換日記』では年末にフレンドさん達と一緒に「その年のプレイ時間トップ10」を投稿しあって、それを集計してランキングにして発表するということをしていました。当然私も「その年のプレイ時間トップ10」を投稿しているので、『いつの間に交換日記』を起動すれば自分の「2011年のプレイ時間トップ10」「2012年のプレイ時間トップ10」は振り返ることが出来ます!


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<2011年>
 1位:3DSサウンド 66:04
 2位:インターネットブラウザー 46:55
 3位:3DSカメラ 30:55
 4位:いきものづくり クリエイトーイ 22:10
 5位:いつの間に交換日記 21:43
 6位:ピクロスe 15:53
 7位:DS文学全集 15:52
 8位:ニンテンドーeショップ 13:06
 9位:睡眠記録 めざまし時計 12:01
 10位:熱血硬派くにおくんすぺしゃる 11:09

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<2012年>
 1位:牧場物語 はじまりの大地 667:33
 2位:いつの間に交換日記 168:23
 3位:カルチョビット 77:59
 4位:ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング 40:29
 5位:引ク押ス 30:28
 6位:3DSサウンド 22:35
 7位:ゼルダの伝説 夢幻の砂時計 22:31
 8位:カルチョビット体験版 22:10
 9位:ニンテンドーeショップ 17:49
 10位:すれちがいMii広場 17:12


 太字が「????」になっていたソフト達です。
 こう見ると「クリア後は一度も起動していないソフト」から優先して消えていっているように思えます。『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』を私がプレイしていたのは、確か2012年の1月頃です。『カルチョビット体験版』も製品版にセーブデータを移してからは一度も起動していないと思いますが、製品版の発売が2012年の7月です。
 最後に起動したのが2012年の1月の『夢幻の砂時計』が消えて、2012年7月の『カルチョビット体験版』が残っているということから考えると……単純に最後に起動したのが古いものから消えていっているのかなと推測できます。


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 「最後に遊んだ日ランキング」で並び替えれば一目瞭然でした。
 2012年7月の『カルチョビット体験版』より以前のソフトがごそっと消えています。ただし、『ARゲームズ』『ダウンロードプレイ』のような内蔵ソフトや、『ポケモン立体図鑑』『いつの間にテレビ』のような初期ダウンロードソフトは内蔵ソフト扱いなのか消えていません。

 『マリオ3Dランド』だけが特別浮いているのですが……これも考えてみれば理由が分かりました。


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 「すれちがい通信」の枠に入れたまま放置していたため、この12枠に入っているソフトはどうやら『思い出きろく帳』からは消えないみたいです。「すれちがい通信」はすれちがったままずっと放置していたので、すっかり忘れていました。





 ということで……謎は解決しました!スッキリ!
 しかし、それでも3DSでの「今まで自分が遊んだソフトをプレイ時間順に並べて3行レビュー」は労力的に無理そうです。

 「ソフト図鑑から消えたソフトも1回起動すればソフト図鑑に戻る」という話も聞いたことがあるのですが、150本もある消えたソフトがどれなのか予想して全て起動するのはとてもしんどいですし……そもそもパッケージソフトは、もう既に持っていないソフトもあります。こういう企画は2~3年ごとにやっておかないと、こうやって消えてしまうものもあるんだと今回の件で学びました。

 20時間も遊んだゲームのことを忘れるなよ、という自分へのツッコミは封印しておきます。


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| ゲームプレイ日記 | 17:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「リア充爆発しろ!」は何故「爆発しろ」なのか

 今日はバレンタインですね!
 Amazonの「ほしい物リスト」を使って、「本命チョコなんてどうせもらえないんだから誰か俺に義理TENGAをくれ!」みたいなことをやろうかとも考えたのですが間に合いませんでした!来年やりますか!?(気が早い)


 さて……せっかくバレンタインなんだからそれに相応しい話題を書きたいなーと思ったので、今日は「リア充爆発しろ!」について考えます。この言葉、最近では一時期ほど見かけなくなった気もしますが、すっごい不思議な言葉だと思うんです。

 どうして「爆発しろ」なのでしょうか?
 充実していない人間が、充実している人間を妬んだ言葉だというのは分かります。しかし、それならば「死ね」とか「殺す」とか「48時間以内に遺体の発見がかなり難しい場所で自殺しろ」とかだって構わないはずです。何故わざわざ「爆発しろ」なんて言葉が選ばれたのでしょうか。『デスマッチラブコメ』をプレイした人なら分かると思いますが、実際にリア充が爆発したら関係ない一般人も大量に巻き込まれて酷い迷惑なんですよ!


 リア充爆発しろ (りあじゅうばくはつしろ)とは【ピクシブ百科事典】

 困ったときのピクシブ百科事典だ!

<以下、引用>
 「リア充爆発しろ」とは、近年、意味が変わりつつあるがリアルが充実しているリア充(主に恋愛方面で)な人に対し嫉妬と羨望を込めて一方的に非難するセリフ。なぜ「爆発しろ」なのかは不明(一説では『爆発』はド直球な『死ね』の言い回しを避けた為とも)。
</ここまで>

 不明なのか……。
 ただ「死ね」という言い回しを避けたというのはかなり有力な説のような気がしますね。2000年代後半、2007年~2008年頃には「ネット上に殺害予告を書き込むと通報され逮捕される」ということが話題になっていました。2008年は秋葉原の事件があった年です。

 例えば、「今○○駅前のイルミネーションを眺めているリア充ども全員死ねよ」みたいな書き込みがあったら殺害予告とも受け取れます。殺害予告と思われないために、現実に起こすのが難しい「爆発しろ」という言葉に置き換えられたと考えられますね。
 「リア充爆発しろ!」という言葉がいつから使われ始めたのかは分かりませんが、2009年には『リア充爆発しろ!』という曲が作られていて、Twitterの普及とともに使われるようになったという説もあるので、あくまで推測ですが「2007年~2008年頃から“死ね”という言葉が避けられるようになり」「Twitterが普及した2008年~2009年頃から“爆発しろ”という言葉に置き換わっていった」と考えるとタイミング的にはピッタリです。

 ただ……爆弾事件とかが頻繁に起こる国だったら、「爆発しろ!」も十分に「犯罪予告っぽい」と思うのですが……



 爆発しろ!/ 同人用語の基礎知識

 そもそも「爆発しろ!」という言葉がいつからあるのか。

<以下、引用>
 こうした表現は パソ通 の時代から存在し、また インターネット の 掲示板 やら チャット の世界でも良く使われる言葉ですが、とりわけ2007年頃から広まったミニブログ Twitter (ツイッター) の 「つぶやき」 で、2009年頃から数多くつぶやかれるようになり、新しい流行語のような形で広がっています。
</ここまで>

 ふむふむ……「爆発しろ」という言葉自体はパソコン通信の時代から存在していたのだけど、こちらもTwitterの時代になって広まっていったと言われているんですね。
 「爆発しろ」という言葉には「爆発オチ」のようなコミカルなイメージがあると書かれていますが、個人的には「そうかなぁ…」と思っています。「リア充爆発しろ!」という言葉を見た時に私が最初にイメージしたのは、今度アニメ化する『ジョジョの奇妙な冒険』第4部に登場する「触れたものを爆弾に変える」敵です。遺体すら残されない徹底的な破壊がされるという印象を私は持っています。

 敵を爆発させて殺すという描写は『ジョジョ』に限った話ではなく、『ドラゴンボール』などにも度々登場しますし、記事で紹介されている1981年の映画『スキャナーズ』の影響で『AKIRA』や『北斗の拳』でも見られたとWikipediaには書かれていますね。『スキャナーズ』という映画は見たことがないのですが、『AKIRA』や『北斗の拳』は「爆発して跡形もなくなくなる」というよりは「人体の内部から破裂して死ぬ」という描写だったと思います。『AKIRA』ももう15年くらい前に読んだきりなので記憶が曖昧ですが……


 そもそも特撮モノでは、相手をやっつけると爆発して消えてなくなる―――というのが定番ですよね。これはいつからなんだろうと検索してみたら、Yahoo知恵袋にて説明してくれている人がいました。

 『ウルトラマン』などの時代ではこちらの必殺技で敵が爆発することもあるけれど、消えてなくなるワケではなく死体は残っていた。『仮面ライダー』の途中から相手をやっつけると爆発して木っ端微塵になるようにした結果、「一瞬で」「派手に」「分かりやすく」「それでいて残虐ではなく」相手をやっつけたことが分かる演出として重宝されるようになった――――ということですか。
 「いつからあるのか」の真偽は分かりませんが、演出の効果としては「なるほど!」と頷けることばかりです。そう言えば、ロボットアニメでも「倒した敵ロボットが爆発する」のは定番ですが、敵が爆発して死んでくれると生々しさがなくなってエンターテイメントになるんですよね。やっているのは人殺しなのに。逆に、爆発させずに相手がコックピットの中で圧死していることの多い『鉄血のオルフェンズ』だと、爽快感というよりも残虐性というか「人殺しをしている」感覚が強まります。

 「リア充爆発しろ!」という言葉に使われる「爆発」のイメージは、特撮やロボットアニメにおける「敵をやっつけた爆発」じゃないのかと私は思います。


 リア充が憎いだけだったら「リア充消滅しろ」とか「リア充いなくなれ」とかだってイイじゃないですか。「リア充爆発しろ」以前は「もげろ」なんて言葉もありましたっけ。私、「もげろ」は割と好きな言葉ですね。「チ●コさえなくなれば許してやるよ」という謎の妥協点を提示しているところが(笑)。

 「リア充爆発しろ」が敢えて「爆発」という言葉を使っているのは、「一瞬で」「派手に」「分かりやすく」「それでいて残虐ではなく」というエンターテイメント性がこめられているように思えますし、何より「悪が成敗される」という価値観がベースにあるように思えます(※1)

(※1:もちろん「リア充爆発しろ」という言葉を使っている人が本気で「リア充=悪、自分達=正義」だなんて思っているということではなく、「僻んでいるだけの自分達が正義を自称することのおかしさ=どんな悪役も自分達を正義だと思っている」という皮肉を自虐しているのでしょう)



 ちなみに「リア充」については既に調べている人がいて、2005年には「リアル充実組」だったものが2006年初頭に「リア充」と縮めて呼ばれるようになって、2007年頃にブログなどで普及、2008年になると一般的な言葉になったと書かれていますね。
 「ネット流行語大賞2007」では「リア充」は21位なことから考えるに、仰られる通り2007年ではまだ今ほど浸透はしていなかったんじゃないかと思います。22位が「購入厨」、23位が「オプーナ」というのが時代を感じますね(笑)。



 Twitter日本語版のスタートと普及が2008年~2009年頃。
 「リア充」という言葉の誕生と普及が2006年~2008年頃。
 「爆発しろ」という言葉は昔からあったけれど、Twitterの普及+「リア充」という言葉との組み合わせで、「リア充爆発しろ」が2009年の時点で流行語化していた――――こんなところですかね。

 思った以上に「最近の言葉」なんですね。
 いや、まぁ2006年を「最近」と呼ぶのは私がオッサンだからなのかも知れませんが、「リア充」という言葉が生まれてまだ10年しか経っていない=10年より前には「リア充」という言葉はなかったというのは意外でしたし、「リア充爆発しろ」が定着したのはTwitter以後というのも意外でした。

 「リア充」にしても「リア充爆発しろ」にしても、こういう概念はもっと昔からあったと思うんですね。しかし、ここ10年の間にそれらの言葉が生まれたことによって概念がイメージしやすくなったし、共有化しやすくなった―――


 そう考えていくと……「リア充爆発しろ!」は何故「爆発しろ」なのかではなくて、「爆発しろ」というイメージのしやすい言葉だったからこそ「リア充爆発しろ!」という言葉は定着したと言えるのかなと思いました。


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「隠しコマンド」って分かります?「裏技」って分かります?

 ゲームの最序盤の話なのでそんなに気にしなくてもイイとは思うのですが、一応「隠し要素」ではあるので……この記事では3DSダウンロードソフト『ナゾのミニゲーム ちょいがえ』の序盤の“隠し要素”に関するネタバレを含みます。気になる人は、ここで引き返してください。




 さて、今日は画像から。

nazo1.jpg
nazo2.jpg
<画像は3DSダウンロードソフト『ナゾのミニゲーム ちょいがえ』より引用>

 みなさんは、この「コマンドを入力せよ」「YBYBXXX」というメッセージの意味が分かりますか?
 人によっては「意味が分かりますか?」と聞かれていることが意味分からないかも知れません。私も「意味が分からない人がいる」だなんて思っていなかったのですが、Miiverseを見ていたら「何を指示されているのかさっぱり分からない」と言っている人を複数人ほど見かけてハッとしました。

 最近のゲームには……ひょっとして「隠しコマンド」なんてないのか!?と。




 「隠しコマンド」について語る前に、まずはこのメッセージがどういう文脈で出てくるのかを説明するために『ナゾのミニゲーム ちょいがえ』についての話を書きます。

 『ナゾのミニゲーム ちょいがえ』とは2016年1月27日に甲南電機製作所から500円で3DS用ダウンロードソフトとして発売されたゲームで、2013年1月30日にDSiウェアで発売された『ナゾのミニゲーム』の3DS移植版となっています。

 このDSiウェア『ナゾのミニゲーム』は「DSiウェア末期の傑作」と評判だったのですが、絶賛する人はみな「完璧なゲームではないけど俺は好きなんだ!!」といったカンジな薦め方をしているのが気になっていました。
 んで、私は3DS版から始めてみて、ちょっと前にクリアをしていたのですが……今では「完璧なゲームではないけど俺は好きなんだ!!」と私も言っています(笑)。言っちゃえば「ダメなところ」もあるんだけど、それを補って余りある「大好きなところ」のあるゲームなんですよねぇ……

 このゲームを一行で説明するのなら、「シンプルなRPGの、レベル上げ作業を“ミニゲームを遊ぶこと”に置き換えたゲーム」です。ベースはRPG、だけど戦闘では経験値が一切入らず、レベル上げをするためにミニゲームを遊ぶ―――

 開発者のいのぽさんのブログによると、元々は新聞記者になって世界中のUMAを探し出すという世界観のゲームだったそうな。なので、収録されているミニゲームは、「雪男」とか「UFO」などの不思議なものを題材にしたものが多いのでしょう。

<雪男投げ>
ナゾのミニゲームちょいがえ (7)

<UFOミサイル>
ナゾのミニゲームちょいがえ (2)
<画像は3DSダウンロードソフト『ナゾのミニゲーム ちょいがえ』より引用>

 しかし、UMAを題材にしたミニゲームを多数収録するだけでは「繰り返し遊んでもらう」モチベーションにならず、すぐに飽きられてしまうんじゃないかと方向性が二転三転されたそうな。

 この話だけでも1つ記事に出来そうな面白い話ですね。DS&Wii時代に多かった「ミニゲーム集」って、単に「ミニゲームを集めること」よりも「そのミニゲームをどう遊ばせるのか」が重要だったと私は思います。
 例えば『脳を鍛える大人のDSトレーニング』は、ミニゲームを「脳を鍛えるトレーニングなんだ」と定義づけて、毎日プレイをさせて「それぞれのゲームは1日1回しか成績を残せず」数日間の成績が折れ線グラフになって比較されるという工夫がされていました。ミニゲーム自体はどこの会社でも作れそうなシンプルなものだったのですが、「遊ばせ方」がとても上手かったんですね。
 例えば『レイトン教授』シリーズは「クイズ」や「パズル」を集めたゲームと分析することも出来るのですが、レイトン教授達が訪れた町の人々がみんな「ナゾ」好きで、それらを解いていくことで町の人々との交流にもなるしストーリー進行にもなるという「遊ばせ方」が上手いゲームでした。

 逆に、あまり上手くなかった例なので具体名は出しませんが……「このミニゲームをクリアすればこっちのミニゲームが遊べるようになる」という「遊ばせ方」をしたゲームは、苦手なゲームや遊びたくないゲームもクリアしないといけないため、せっかく面白いミニゲームを多数収録していても「収録されているゲームを全部出せずに終わってしまった」と言われることもありました。



 では、『ナゾのミニゲーム』は最終的に「遊ばせ方」をどうしたのかと言うと……RPGをまるまる1本作ってしまって、そのミニゲームを遊べば遊ぶほどRPGの方のレベルが上がっていくので一石二鳥!としたのです。これならばミニゲームは繰り返し遊んでもらえるし、苦手なミニゲームをムリヤリ遊ばせることなく好きなミニゲームだけを遊んでもらえます。このアイディアはスゴイ!スゴイ、のだけど……


 「レベル上げ」は所詮「レベル上げ」で、仕方なくやらされるものなんですよね……
 新しいミニゲームがどんどん手に入る序盤は「どんなミニゲームだろう!」とワクワクして遊びに1階に戻るのですが、難易度違いのものしか手に入らなくなる中盤以降は、「あー、敵に勝てなくなってきた……仕方ない、1階に戻ってミニゲームでレベル上げしなきゃ……」と作業のようにミニゲームをするしかなくて。

 そうすると、どうしても「効率よく経験値を稼げるもの」を作業的にこなすだけになっちゃうんですね。具体的に言うと「全種目でS評価を目指すぞ!と苦手なミニゲームに挑戦する」よりも「確実にS評価が取れる得意なミニゲームだけを延々とプレイする」方が効率がイイのです。
 恐らく3DS版はそこからの改善策として、「この1回だけ特定のミニゲームの経験値が2倍になるフィーバータイム」や「連続で同じミニゲームを遊んでいると取得経験値にボーナスが付く」といった措置が取られていて、苦手なミニゲームも遊んでもらおうという意図は感じるのですが……ゲームデザインとしてチグハグな印象はどうしても受けてしまいました。



 ただ、じゃあダメなゲームなのかと言うとそうでもなく……
 後から追加したと言われているRPG部分はとてつもなく面白くて、グイグイ引っ張られるストーリー、敵も含めて魅力的なキャラクター達、1対1しかないシンプルなシステムなのに大量の装備品による「属性」や「状態異常」を考えたバトルは奥深く、敵キャラの位置が固定されているシンボルエンカウントなので探索の邪魔にもならず。

 そもそも「ミニゲーム」自体も別につまらないワケではなくて、作業のように遊ばされることだけがネックなだけなので……「すっごい美味いラーメン」と「すっごい美味いカレーライス」が同時に出てきて、「食い合わせがあんまり良くない……」のだけど、別々に食えば「美味いものが2つも食べられるじゃん!」みたいなゲームだなーというのが最終的な私の感想になりました。

 なので、「完璧なゲームではないけど俺は好きなんだ!!」と言いたくなるです。




 んで、ここからが本題。
 私は別にゲームレビューが書きたいワケではありませんし、私ごときがゲームの良し悪しをジャッジ出来るなんて思っていません。私が書きたいのは、あくまで「ゲームの隠しコマンド」の話です。

 この『ナゾのミニゲーム』の「RPG要素」で私が一番好きなのが、冒頭で紹介した「隠しコマンド」の探索だったのです。

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 再びいのぽさんのブログによると、元々のDSiウェア版に「隠しコマンド」の要素を入れたのは「ダウンロード数が落ちてくるなど下火になった際に発表して話題を作るため」だったそうです。つまりは販促のため。しかし、実際にソフトを発売したら「隠しコマンド」を発表する前に自力で見つけてしまう猛者達が現れて、見つけられたからにはしゃーないと公式サイトでの公開に踏み切ったそうです。

 このゲームにおける「隠しコマンド」とは、特定の場所で、特定のコマンドを入力すると、主人公が隠し部屋にワープして、そこのナゾを解くと「そこでしか手に入らない装備品」が手に入るというやりこみ要素です。クリアには必須ではありません。私はエンディング後に、攻略サイトを見て存在を知ったくらいです。



 最近のゲームだったら、発売後にインターネットを通してアップデートデータを送って更新したり、有料DLCで販売したりして、「新たなステージ」を追加するゲームも珍しくはありませんが……
 昔のゲームにはそういうことが出来なかったため、「散々遊びつくされたように見えるこのゲームにも実は隠し要素や隠しステージがあるんじゃないのか」みたいな都市伝説が生まれたりしていました。最近ちょうど当事者達のインタビューが記事になった『ゼビウス』における「ゼビウス星に行ける」という都市伝説だとか、『スーパーマリオブラザーズ』における「9-1に行ける」バグ技だとか(ファミコン本体を破壊しかねないという噂でした)。

 『ナゾのミニゲーム』のRPG部分は見た目からしてクラシックなドット絵ですし、1980年代のゲームが持っていた「このゲームにはまだまだ隠し要素や隠しステージがあるんじゃないのか」というワクワク感を再現しようとして、こういう「隠しコマンド」を入れていたんじゃないかと思います。

 私はDSiウェア版が出た頃には遊んでいなかったのですが、クリアしたと思ったら「隠しコマンド」が次々と発見されて隠し部屋が見つかるという経験をリアルタイムにしていた人達はそりゃあもう大興奮だったんじゃないでしょうか。



 さて、ここまではDSiウェア版の話でした。
 ここからは3DSダウンロードソフト版の話です。

 DSiウェア版では「一部の猛者」達に解析されてしまったことを受けてか、3DSダウンロード版では「隠しコマンド」を全てDSiウェア版から変更にして、ヒントをダンジョン内の「壁」に書くようにしたみたいです。冒頭の画像はその様子です。
 どの「壁」に書かれているかはノーヒント、冒頭の画像はずばりコマンドそのまま書いてありますがどんどん暗号化していきますし、コマンド入力をして隠し部屋に行ってもそこでもナゾ解きがあって、そこまで全部クリアすると「そこでしか手に入らない装備」がようやく1つ手に入る――――こういう隠し部屋が幾つもあるんですね。


 つまり……DSiウェア版では「誰にも見つけられない」ように仕込んで(結果的に猛者達に見つけられてしまったけど)、公式発表することで販売促進に繋げようとした隠し要素を。
 3DSダウンロード版では「頑張れば誰でも見つけられる」ようにしたけど、見つけるのと暗号を解くのとで「隠しコマンドを探す&考える」という新しい遊びに変えてしまったということですね。

 「探索」&「ナゾ解き」大好きな私としてはコレが楽しくて楽しくて、エンディング後もせっせとメモ取って暗号の解読に勤しんでいました。ゲーム以外の知識を必要とするところもあって、11階の暗号は「意味は分かるのだけど解読が自分には出来ない」と私はそこで詰んでしまっているのですが……隠し要素なので、これはこれでイイかなと思っています。
 恐らく、Miiverse対応ということで「分からないところはみんなで教えあってね」という狙いもあるんでしょうしね。現代版『ドルアーガの塔』です。Miiverseで総出になってもまだ解決できていない「死神」というナゾもあって、まだまだ終わらないぜ『ナゾのミニゲーム』。




 ですが、「コマンド入力って何ですか?何をすればイイんですか?」という人がMiiverseには何人もいたというのが冒頭の話です。ようやくここに戻ってきました。
 また、説明したように「隠し要素」はあくまで「隠し要素」であってクリアには必須ではないオマケ要素なんですが、「探すのが面倒くさい」「ナゾ解きが難しい」「ファミコン時代のような理不尽さを感じる」「CERO:Aなんだから子どもに解けないようなナゾはどうかと思う」といった批判的な書き込みもMiiverseではチラホラ見かけます。

 「CEROってそういうところじゃないような……」というのは置いといて。
 こういう「隠しコマンド」とか「裏技」みたいな「隠し要素」って1980年代~1990年代は「ゲームの華」だったと思うんですが、今ではそうでもないのかなぁと思ったのです。

 例えば、ファミコン&スーファミくらいの時代のゲーム雑誌には必ず「裏技のコーナー」がありました。色んなゲームの「裏技」を見つけたことが投稿されて、それを写真付きで紹介するというコーナーが何ページにも渡って載っていたんですね。
 恐らくコンピューターゲーム初期の「裏技」はスタッフが意図していない偶発的なものだったと思うのですが(『スーパーマリオブラザーズ』の無限1UPとかね)、「裏技」が人気になって「裏技のコーナー」が人気になっていくに従って、わざと「裏技」を入れるゲームも増えていったんじゃないかと考えられます。
 メーカー側からの情報提供もあったという話も聞きますし、そうでなかったとしても「裏技を紹介してもらう」ということはみんなが見ている「裏技コーナー」に商品の名前が載るという絶大な宣伝効果があったとも言えるのですから、じゃあ雑誌で大々的に紹介してもらえる大きな「裏技」を入れようと考えるのは自然な流れだと思います。

 「隠しコマンド」というのは特にその「裏技」の中でもメジャーなものでした。
 コナミの多数のゲームには「コナミコマンド」という隠しコマンドが採用されているのが有名でしたし、『ストII』の同キャラ対戦や『ストIIターボ』の速度を更に上げるためには「隠しコマンド」の入力が必須でした。スーファミ時代の格闘ゲームは「隠しコマンド」率が高かったような……

 だから、「コマンド入力って何ですか?」という人を見た時にはものすごく衝撃を受けてしまったんですね。私の中では「鉛筆って何ですか?」とか「醤油って何ですか?有名なんですか?」と聞かれたくらい、それを知らない人もいるのか!と驚くことでした。



 しかし、最近のゲーム雑誌―――例えばこないだ自分が買ったニンテンドードリームには「裏技のコーナー」がありませんでした。
 色んなゲームの情報が載っているゲーム雑誌の「裏技コーナー」と違い、インターネットの攻略サイトには「そのゲームのことしか」書かれていません。ゲーム雑誌の「裏技コーナー」があった時代に比べて、メーカーにとっても「裏技」を入れるメリットは少なくなったのかなと思いますし、そうして「裏技」を入れるソフトが減れば「裏技を楽しむ文化」もなくなっていくので……
 どれが卵でどれが鶏かは分かりませんが、「裏技のコーナー」も「裏技」も「裏技を楽しむ文化」もいつの間にか廃れてしまったのかなと思ったのです。

 そう考えると「コマンド入力って何ですか?」という人が出てくるのも当たり前なことのように思えます。



 そう言えば、今のゲームって「どこからが裏技か」がもうよく分かりませんものね。
 『どうぶつの森』なんて一人で遊んでいるだけでは分からない要素がたくさんあるので、「全部が裏技」のようでもあるし「全部が表技」のようでもあります。『スマブラ』の隠しキャラとか、メテオとか、説明書に書かれていないことは「裏技」なのかというとそうでもないでしょうし。
 例えば、スーファミの『第3次スーパーロボット大戦』の「真の最終面」を私が知ったのは「裏技のコーナー」だったのですが(今考えればすげえネタバレだな…)、最近のゲームに入っている「真の最終面」「隠しボス」「真のエンディング」を「裏技」と認識している人は少ないと思うんですね。それが珍しくなくなったことで、かつては「裏技」扱いだったものも「裏技」ではなくなる―――という。


 さてさて、記事を書くくらいなら検索もしてみようと「最近のゲームには“隠しコマンド”がないのかどうか」を調べてみました。結果的には「ないことはない」ように思います。

 例えば私が昨年クリアしたWii Uの『The Wonderful101』(2013年発売)にも、「特定の場所でコマンド入力をすると隠しキャラを購入できる(ゲーム内通貨でね)」隠し要素が入っていたとのことです。クリアしたけど知らんかった!
 これが「コマンド入力」かどうかはかなり微妙ですが、2015年を代表したソフト『Splatoon』のバトルドージョーで2P側もジャイロ操作ができる「裏技」は工作感があふれてて私は結構好きでした。実際に一人で試してみたところ、思った以上にゲームパッドの操作感覚に近くて「コレはコレで」と思ったものでした。

 検索して出てきたものにはPS3やDSのソフトのものあるので、「最近のゲームにはない」というワケでもないみたいです。



 しかし、検索するとそれ以上にわんさか出てくるのが「最近って裏技がなくなったよね」とか「最近って隠しコマンドってなくなったよね」という話題。実際にはないワケでもないと思うのですが、私も含めて「最近なくなったよね」と思っている人が多い模様です。
 考えてみれば、『The Wonderful101』も『Splatoon』も公式ブログや公式Twitterでコマンドを公開していて、『ナゾのミニゲーム』も元々は公式サイトで順次公開する予定でした。しかし、公式ブログや公式Twitterや公式サイトを見る人は「そのゲームに興味がある人」の中の一部でしょうし、ましてや発売から時間が経過してしまえば書かれたことすら気付かれなかったりするでしょうし……「なくなった」と思われても仕方がないのかも。

 インターネットが普及したことにより、攻略情報や裏技情報は「ゲーム雑誌」よりも「攻略wiki」などが速報性に優れているということでそちらがメインになり、ゲーム雑誌から「裏技のコーナー」がなくなり、「裏技のコーナー」がなくなったことでプレイヤーが「裏技」もなくなったものだと思うようになった―――こんなところですかね。



 で……書くのをすっかり忘れていたので、最後に書きますけど。
 「コマンドを入力せよ」「YBYBXXX」という指示は、その場所で「YボタンBボタンYボタンBボタンXボタンXボタンXボタン」の順に押すと何かが起こる―――という意味なんです。余計に分かりづらい気がする!

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| ゲーム雑記 | 18:02 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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“嘲笑するシーン”が苦手な人

 私自身はそのテレビ番組を観ていなかったのですが、先日Twitterのタイムラインを見ていたら某テレビのバラエティ番組で某プロレスラーの方が某アニメが好きだと熱く語ったところ某ひな壇にいる大多数から嘲笑されていたということが話題になっていました。「某」をつけても隠せてなくないかな!?

 タイムラインでの反応は「酷い」「またアニメが虐げられている」「こうやって嘲笑するくらいのことしか出来ないからテレビ離れとか起こるんだ」といったカンジに、番組を楽しみにしていた人達の失望感でいっぱいだったのですが……私はその番組を観ていないので番組に対してとやかく言う気はありません。そんなタイムラインを見ていてふと気付いたことがあったので、今日はその話を書こうと思います。


 そもそも私、「誰かが誰かを嘲笑する姿」を見るのが苦手なんだと気付きました。
 「嫌い」というより「苦手」。「直視できない」というか、「居たたまれない」というか、「逃げ出したくなる」のです。もし私がそのバラエティ番組を観ていたとしたら慌ててテレビの電源を消していただろうくらいに「苦手」なのです。今後はNG項目の一つに挙げようと思います。

 これは別に「アニメ好きが虐げられていたからヲタクが拒否反応でテレビ局を叩いている」みたいなことではなくて……
 子どもの頃から私は、例えば授業中に「簡単な問題が答えられない子」とか「体育や音楽で失敗してしまう子」をクスクス笑う“空気”がすごく苦手でしたし。総理大臣が漢字を読み間違えることをみんなで笑いものにしたりとか、車会社のTVCMで「免許を持っていないヤツはモテなくて当然」と笑いものにしたりとかの“空気”がものすごく苦手で、「うわああああああああああああ!」と逃げ出したくなってしまうのです。

 「それはオマエが嘲笑される側だからだろ?」ということではないのです。
 私は子どもの頃はそこそこ勉強が出来たので「問題が答えられない」みたいなことはなかったですし、漢字もそんなに苦手ではありませんし、普通自動車の運転免許も持っています。私は“私に近いかどうか”に関係なく、「誰かが誰かを嘲笑する姿」が耐えられないのです。

 もっと深く考えてみると、私には「嘲笑される人が可哀想」みたいな感情も特にありません。「嘲笑される側」に感情移入をしているとか、好きな人が「嘲笑されている」のが耐えられないとかではなく、「嘲笑している側」の露悪的なところを直視できないのです。



 "恥をかくシーン"が苦手な人たち

 昨年こんなことが話題になっていました。映画とかドラマとかアニメで「キャラクターが大勢の前で恥をかく」姿を見るのが耐えられない人がたくさんいて、検索してみると同じような悩みを持っている人は海外にも結構いるみたいなんですね。日本人特有の概念というワケでもないのは意外でした。

 私はこの話を読みながら「自分も比較的そうだな」と思いつつも、「決定的にそうなワケでもない」というのが分からなくてずっとモヤモヤしてました。でも、今回の「嘲笑」というキーワードが組み合わさって初めて、自分の苦手なものが分かったのです。私は「恥をかく」シーン自体は構わないのだけど、その後にそれを「嘲笑する」シーンが入ると途端に苦手になるのです。

 例えば、『けいおん!』の平沢唯とか『ラブライブ!』の高坂穂乃果とか『ご注文はうさぎですか?』のココアとか『がっこうぐらし!』の丈槍由紀とか、天然ボケが主人公のアニメだと「みんなの前で失敗して恥をかく」ことは頻繁にあります。でも、これらの作品の中では、彼女らを「嘲笑」する者はいません。ツッコミを入れたり、呆れたり、逆にパワーをもらったり……平沢唯がどんな失敗をしても、律っちゃんが「みんな唯のことが大好きだよ」と言ってあげるのがこれらの作品なのです。

 だから、これらの作品は「苦手」ではないのだけど……
 『のんのんびより』で小鞠が恥をかいて、それを夏海が笑うみたいなシーンは、実はものすごく「苦手」です。あれは「嘲笑」に見えてしまうため、居たたまれなくなってしまうのです。



 もちろん「みんなもそうでしょう?」と言う気はないです。
 テレビ番組で「嘲笑」する姿が延々と流されて、それを楽しんでいる人がいる以上、「誰かが誰かを嘲笑する」のが大好きだって人はたくさんいるんだと思います。それこそ「漢字を読み間違えた総理大臣」とか「免許がないからモテないTVCM」とかでゲラゲラ笑っている人はたくさんいましたからね。

 特に映画や漫画やアニメなどのフィクションは「誰かに迷惑をかけている」ワケではありません。フィクションの世界でそういうシーンを描いてそれをゲラゲラ笑える人がいるのならそれは立派なエンターテイメントだと思うのです。私自身は楽しめませんが、「小学生とセックスするエロ漫画を読む人がいてもイイと思う」のと同じくらい、楽しむ人がいるのならそれは娯楽として価値があるだろうと思います。




 私が興味があるのは、「どうして私は苦手なのか」という方なのです。
 物語を作る立場として考えても、この疑問は無視できなくて……自分で自分の作品を振り返ってみると、私の漫画には「恥をかくシーン」は結構あるんですね。ただ、それを「嘲笑するキャラクター」は登場しません。意識してそうしていたのではなく、恐らく無意識化で私は「私の苦手なシーン」を描かないように逃げてきたのです。

 そういう事実がある以上は、「私はどうして“嘲笑するシーン”が苦手なのか」と「“嘲笑するシーン”にはどういう演出意図があるのか」と「これから先は(演出上必要ならば)そういうシーンも描いた方がイイのか」を考えなければならないと思うのです。

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◇ 「嘲笑するシーン」とはどういうシーン?
 「嘲笑」という言葉を辞書で引くと、「人を馬鹿にして笑うこと」といった説明に行き着きます。ただ笑うのではなく「見下し」や「軽蔑」のニュアンスが混じった笑いなのかなと思います。


 ただ、私……さっきから散々「嘲笑するシーンが苦手」と書いてきましたが、必ずしも「人を馬鹿にして笑っている人」を見るのが100%苦手なワケではなくて―――
 例えば、誰にも出来ないようなことを成し遂げるほど能力の高い人が、「どうだ愚民ども!オマエらにはこんなことは出来ないだろう!俺はスゴイんだぞ!ワーハッハッハ!」と笑うような姿は別に嫌いではありません。「一人」が「多数」を見下して笑っているのは別に構わないんですね。


 また、ラジオなどで「一人」が「もう一人」に対して「そんなことも知らないの!?」とか「それは普通じゃないよ!」とツッコミを入れて笑うのも、それほど苦手ではありません。「一人」が「一人」を馬鹿にして笑うのは、私の中では「面白」の範疇に入っているんですね。
 ただ、これがスタッフも巻き込んで、その場の全員で「ここにいる全員知っているよ、知らないのキミだけだよ」とか「キミだけが普通じゃないよ」と笑い出したら途端に苦手になってしまうのです。「多数」が「一人」を馬鹿にして笑い始めるのが、私にとってはNGなんだと思うのです。


 例えば……ドラえもんがのび太に対して「キミは本当に馬鹿だなぁ」とか「世界中がキミみたいな頭になったらおしまいだ」みたいな酷いことを言うのは、私は全然「面白」だと思うんですけど。
 のび太がテストで0点をとって、先生に怒られている姿をクラスのみんなでクスクス笑っているのは、私には「面白」に感じられないんです。集団で一人を馬鹿にしている構図が、どうしても「イジメ」の構図に見えてしまうという理由がありそうですね。


 これは「学校のクラス」のような物理的に集まっている集団だけでなく、例えばTwitterなんかで「こんな馬鹿がいたぜ!」と晒してみんなで笑いものにしている姿も苦手です。しかし、「そういうのは好きではない」と何度も何度も言っていたら、今度は「頭のおかしいヤツらを擁護している人」と私の方にも矛先がまわってきて……なるほど、自分が苦手だったのはこの「同調圧力」の息苦しさだったのかと思ったことがあります。

 石を投げないものは、ヤツらの味方だ―――的な。


 例えば、のび太がテストで0点を取ってみんなから笑われている時、ジャイアンとかスネオはそれを率先して馬鹿にしていると思うのですが。しずかちゃんや出来杉くんは何を思っているのだろうと考えることがあるんですね。特に出来杉くんくらいの人ならば、「0点を取ったくらいで馬鹿にするのは良くない」くらいなことを考えてもおかしくないと思うのです。

 でも、それを言うことは許されません。
 ただみんながのび太を「嘲笑する空気」の中で黙るしかない―――イジメを黙認する人はイジメに加担しているのと同じだという理論で言えば。嘲笑を止めない時点で「個」を失い、「全体」の中に溶け込んで、弱い「個」を馬鹿にすることに加担していると言えます。あの瞬間、しずかちゃんはしずかちゃんでなくなるし、出来杉くんは出来杉くんでなくなって、ただ「のび太を嘲笑するマシーン」になるのです。



 一応言っておきますけど、しずかちゃんや出来杉くんは「例え話」であって、『ドラえもん』批判じゃないですよ。
 冒頭で紹介した某バラエティ番組で某プロレスラーが集団から嘲笑されていたという話―――私は番組を観ていなかったので他に誰が出ていたのかは分かりませんが、恐らく「嘲笑している側」の出演者の中にも「本当は馬鹿にするようなことではないのだけどこの場の空気に乗って嘲笑しなければならない」という人もいたんじゃないのかと思うのです。

 私はその空気が耐えられないのです。
 「個」を消して、「全体」の中に同化して、何も考えずにみんなと同じように「嘲笑しなければならない」という場が怖いのです。その場にいる全員が、意志を持たないマシーンのように見えて怖いのです。なんなら自分も「嘲笑しないと許されない」と強制されているようでつらいのです。


 思えば、「嘲笑するシーン」ほど直視できないというワケではないのですが……深夜のテレビショッピングのコーナーなどで、出演者が口を揃えて「この商品は素晴らしい!」と絶賛しているのも苦手です。
 知らない外国人ならばそんなに気になりませんが、知っている日本人のタレントさんだと「あの○○さんがただただ商品を絶賛するだけのマシーンになっている……!」と怖くなってしまうのです。そりゃ宣伝なんだからそうだろって話なんですが、あの「迂闊なことを言ってはならない」空気が恐怖なのです。



◇ 「馬鹿にする」ことで見える人間性
 ただ、そうは言っても「みんなで絶賛する姿」よりも「みんなで嘲笑する姿」の方がやはり苦手です。「嘲笑」という行為そのものに、何か見てはいけないものを見てしまったような感覚を覚えるのです。

 この記事だって言ってしまえばそうなのですが、人間は生きていれば何かを「批判」することがあるでしょう。気に喰わないこと、気に喰わない人、気に喰わない作品……そうしたものを悪く言いたくなってしまうことは誰にだってあると思います。
 しかし、何かを「批判」する時、私はいつも「攻撃をする瞬間が、自分が一番無防備になる瞬間だ」と意識するようにしています。そう考えるようになったのは、『ハンター×ハンター』の3巻にそう書いてあったからです(笑)。


 「面白かった」「楽しかった」と書くのなら、“作品”のことだけ語ればイイんです。
 しかし、「面白くなかった」「つまらなかった」と書く場合、「何故それが面白くなかったのか」「何故つまらなかったのか」を語らねばならず、そうするとどうしたって“自分”を語らないと説明が付かなくなるんですね。分かりやすく言うと、この人は「何に怒る人なのか」がバレてしまうのです。何は許せて、何は許せないのか、その人の「人となり」が曝け出されてしまうのです。

(関連記事:初心者のための“作品の誉め方”講座


 同様に、「嘲笑」という行為には、相手を見下すという批評性も込められているため、「その人が何を見下して生きているのか」がバレてしまうと思うのです。
 「0点を取ったのび太を笑う人」は、「勉強の出来ない人は笑ってイイ」と思っていることがバレますし。「体育や音楽でミスをした子を笑う人」は、「自分には簡単に出来ることが出来ない人もいる」ということが分からないことがバレますし。「漢字を読み間違えた総理大臣を笑う人」は、「こんな簡単なことも出来ないの?と馬鹿にする小学生時代から進歩していない」ことがバレますし。「免許を持っていない人はモテなくても仕方ないと笑う人」は、「モテない人間への差別意識」を持っていることがバレますし。


 「嘲笑している人」が「恥を晒している」だけなら別に構わないのですが……
 上の文章を読めば分かるように、誰かが「嘲笑することによって恥を晒している」姿を見た瞬間に、私の中にもその人達に対する「見下し」という批評性が生まれ、私もまた「自分がそういう人達を見下して生きている」という恥を自分の中に晒していることに気付いて耐えられなくなって、直視できなくなって、居たたまれなくなって、逃げ出したくなって、最終的には「もう死にたい」となるのです。


 つまり……「嘲笑」は「人を殺す」のですよ!
 「嘲笑している側」からしても、「嘲笑されている人」ではなく「モニターの向こうでそれを見ていた第三者」がいきなり自殺するのには「何故!!?」としか思えないでしょうけど(笑)。


◇ リスペクトのない「笑い」
 「いじめ」と「笑い」について

 3年前に書いた記事です。
 爆笑問題の太田さんが、田中さんに対して「チビ」「片玉」「奥さんに逃げられた」と馬鹿にすることは、本人は「お笑い」のためにやっているのだけど「いじめ」と何が違うのか―――といった話です。「笑う」というのは、本来は残酷なことなんだと、そこからの3年間ずっと私は考えていました。


 そこから3年後……
 今の私は、「笑い」には「笑わせてもらっている」という“敬意”があるんじゃないのかなぁと考えています。

 例えば、ラジオにしたってテレビにしたって、ものすごーーくたくさんあるバラエティ番組の中から「この番組を聴こう(観よう)」と選んで聴く(観る)ワケで。そこには「この人が出ている番組ならばきっと笑わせてくれるぞ」という期待があると思うんです。それは決して「見下し」とか「馬鹿にしている」といった嘲笑ではなくて、「尊敬」とか「好意」とか「愛着」があるからこその期待ではないかなと。


 逆に言うと、「嘲笑」にはそういう「尊敬」とか「好意」とか「愛着」が一切感じられないため、すごく気持ちの良くない笑いに感じてしまうんじゃないかなと思います。まぁ、「気持ちの良くない笑い」なんて主観でしかないので、一般化する気などさらさらありませんし、あくまで「私が苦手な理由」を語っているだけなんですけど……

 私の「笑い」の好みには、「尊敬」とか「好意」とか「愛着」が重要なんだと書きながら自分で思ってきました。
 考えてみると、ギャグ漫画でもキャラクターが好きになれないシュール系のギャグ漫画は昔も今も得意じゃないですし、二次元・三次元問わず人間的に好きになれない人が何を言っても笑えないところはあります。「笑う」のって実は、ものすごく繊細な感情なのかもなーと思いますね。

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【三行まとめ】
・みんなが嘲笑しているのだから全員しなければならない、みたいな空気に耐えられない
・「嘲笑している人」の醜い部分が見えてしまうのに耐えられない
・自分にとって「嘲笑」は、「気持ちの良くない笑い」なんだ


 あくまでこれは「私の理由」ですが、「私が“嘲笑するシーン”が苦手な理由」を自分なりに考えてみました。

 「おめーの好みなんて興味ねーよ、ばーか」という声が聞こえてきそうですが、重要なのはここからです。逆に考えればそれだけ心を揺さぶるシーンにはそれだけの効果があるとも言えるんですね。フィクションの中でそうしたシーンを入れる演出意図というのも分かる気がしてきました。

 「みんなが嘲笑しているのだから全員しなければならない」という空気は、「嘲笑されている側」のこれ以上ないほどの絶望的な孤独を描くことが出来ます。のび太がクラスの全員から笑われているシーンも、世界中の誰も自分の味方にはなってくれないというのび太の孤独を描くためには必要なんですね。そこで出来杉くんが「0点を取ったくらいで笑うのは良くないよ!」と言い出したら、のび太は孤独にならないのです。のび太→出来杉のフラグになってしまうのです。それはそれで……(笑)

 「嘲笑している人の醜い部分が見えてしまう」というのも、例えば主人公を「嘲笑する側」にまわらせて、「嘲笑する主人公の醜い部分を見せる」という狙いのシーンだったらこれ以上ない効果が出ると思います。

 「嘲笑は、気持ちの良くない笑い」だというのも、「笑わせよう」という狙いのシーンではなく「重苦しさを描くシーン」だったら狙い通りの効果が出ると思います。「嘲笑」ではないですけど、『灰と幻想のグリムガル』でランタがなんかワケの分からないことを言って、それで場の空気が悪くなる―――みたいなシーンは、「笑わせよう」ということではなく「重苦しさを描こう」という演出意図でしょうしね。



 そう考えていくと、今までは「ただ苦手」なだけで「描くのを逃げてきた」シーンでしたけど……効果を考えて使えば面白いことが出来そうだなと思えてきますよね。まぁ、冒頭で話題に出した某バラエティ番組がこういう効果を狙っていたとは思いませんけど(笑)。

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| ひび雑記 | 18:04 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』1stインプレッション/現代に蘇ったファミコン探偵倶楽部

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 2時間半ほどプレイした感想になります。
 ちなみに私は『ポケモン』はゲームもアニメもほぼ未体験ですが、『ポケモン』を全く知らない人でも問題なく楽しめると思います。



  『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』は2016年2月3日に発売された3DSダウンロードソフトです。発売は株式会社ポケモン、販売は任天堂、開発はクリーチャーズです。定価は1500円ですが2月29日までは20%オフの1200円にて販売されています


◇ 任天堂と「アドベンチャーゲーム」の歴史(読み飛ばし可)
 公式サイトに書かれているジャンルは「シネマティックアドベンチャー」とのことですが、ゲームのベースは「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」だと思ってもらえれば分かりやすいと思います。古くはファミコン版『ポートピア連続殺人事件』とか、最近では『逆転裁判』なんかが有名なジャンルですね。
 情報を集めてストーリーを進めるというゲームの構造はそれらの作品と同じなのだけど、『名探偵ピカチュウ』はストーリーの進行に合わせてCGムービーが流れるので「シネマティック」+「アドベンチャー」ということなんだと思います。



 任天堂のアドベンチャーゲームと言えば『ゼルダの伝説』シリーズに代表される「アクションアドベンチャー」が有名ですが、アクション要素の薄い「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」も昔から作っていて、なかなか歴史があります。
 1986年に任天堂はファミコンの周辺機器として、「大容量」で「セーブ可能」「500円で書き換え可能」なディスクシステムを発売します。詳しい話は省きますが、このディスクシステムは「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」に非常にマッチしていたため、1987年~『新・鬼ヶ島』、1988年~『ファミコン探偵倶楽部』、1989年~『遊遊記』、1991年~『タイムツイスト』と複数の「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」を発売していました。

 しかし、1986年にエニックスが『ドラゴンクエスト』を大ヒットさせて以降、国内のゲーム市場はすっかり「和製RPGブーム」になっていたので、「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」自体がかなり下火になってしまっていたと思います。
 1992年、スーパーファミコン用ソフトとしてチュンソフトが『弟切草』をヒットさせた後は、アドベンチャーゲームは「サウンドノベル」「ビジュアルノベル」と形を変えて再興していきますが……任天堂はこの波に全く乗りませんでした。


 1995年、任天堂は「サテラビュー」を使ったスーパーファミコン向け衛星データ放送サービス「スーパーファミコンアワー」を始めます。自分は未プレイなのですが「番組の放送時間内のみプレイできるゲーム」の配信を行っていたそうで、今で言う『Splatoon』の試射会とか3DSの『リアル脱出ゲーム』みたいなカンジだったのかなぁと思います。このサービスの中で、任天堂は1996年に『BS新・鬼ヶ島』、1997年に『BS探偵倶楽部 雪に消えた過去』を配信しています。

 サテラビューの作品は「その時間でしかプレイできない」「そもそもサテラビュー自体の普及率が低かった」ことから人気シリーズであってもプレイしたことのない人も多く、リメイクやバーチャルコンソール化を望む声も未だにありますね。『BSゼルダの伝説』『BSドラゴンクエストI』『BSファイアーエムブレム アカネイア戦記』……錚々たるメンツの中に『新・鬼ヶ島』や『ファミコン探偵倶楽部』といった「コマンド選択式のアドベンチャーゲーム」が入っていたというのは興味深い話です。


 1997年、任天堂はコンビニエンスストア大手のローソンと手を組んでスーパーファミコン用ソフトの書き換えサービス「ニンテンドウパワー」を始めます(2000年からはゲームボーイも書き換え可能に)。「ディスクシステムの再来」のようにも思えますし、「後のバーチャルコンソール」に繋がっているようにも思えますね。
 任天堂はここでもアドベンチャーゲームを複数投入していて、1997年には『BS新・鬼ヶ島』のリメイクとなる『平成 新・鬼ヶ島』、1998年にはディスクシステム版のリメイクである『ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女』、2000年にはHAL研究所がファミコン用ソフトとして発売していた『メタルスレイダーグローリー』のリメイクを発売、完全新作のソフトとしては1999年に『はじまりの森』を発売していました。



 「何の話をしてるんだ、ピカチュウの話はいつ始まるんだ」と思っている人も多いことでしょう。しかし、この話で任天堂が「コマンド選択式アドベンチャー」をディスクシステムとかサテラビューとかニンテンドウパワーといった「普通にゲーム屋さんに行って1本のソフトとして買ってくるビジネスモデル」とは違う方法で販売してきたことが分かると思います。
 アクションゲームやシューティングゲームは上達するために「何度も何度も繰り返し遊ぶ」ことが多かったのに対して、「コマンド選択式アドベンチャー」は遊び終わったらおしまいで他のゲームと同じ値段で売るのは割高なジャンルだったと言えます。書き換えではないパッケージソフト版も発売されていたのでそういう意図があったのかは分かりませんが、中古対策の意味合いもあったのかも知れませんね。
 500円で書き換えが出来たディスクシステム、放送時間のみに遊べたサテラビュー、2000円で書き換えが出来たニンテンドウパワー……これらはビジネスとして大成功したサービスだったとは思いませんが、最近のゲーム機がインターネットに繋いで出来ることとかなり共通しているんですね。

 なので、私は任天堂が2008年にWiiウェアで「ダウンロード専売のゲーム」を発売し始めた時に、「これでコマンド選択式アドベンチャーが復活するに違いない!」と思いました。『ファミコン探偵倶楽部』に続く『Wiiウェア探偵倶楽部』の始まりだ―――っ!と思ってから8年が経ちました。


 2001年、ゲームボーイアドバンス用ソフトとしてカプコンが発売した『逆転裁判』は当時既にとっくに下火だった「コマンド選択式アドベンチャー」を復活させます。アクションゲームなどが苦手な人でも『逆転裁判』は遊ぶという人も多く、「ゲーム人口の拡大」に大貢献したシリーズとなりました。
 また、2004年に発売されたニンテンドーDSのタッチパネルによる操作は「コマンド選択式アドベンチャー」に新たな遊びを盛り込んだことで、DSの前半くらいは「アクション要素のないアドベンチャー」はちょっとしたブームになっていて、色んな会社が作っていたんですよね。サクセスの『おさわり探偵 小沢里奈』、D3の『THE 鑑識官』、SNKプレイモアの『どきどき魔女神判』(ボス戦はアクションだけど)、レベルファイブの『レイトン教授』シリーズなどなどなど……「コマンド選択式アドベンチャー」も多方面に進化していて、非常にバラエティ豊かになっていた時期です。

 任天堂もこの時期、珍しく「普通にゲーム屋さんに行って1本のソフトとして買ってくるゲーム」として「アクション要素のないアドベンチャー」を発売していて……2005年に『アナザーコード 2つの記憶』、2006年に『プロジェクトハッカー 覚醒』、2007年に『ウィッシュルーム 天使の記憶』、2009年の『いろづきチンクルの恋のバルーントリップ』もそうかな、2010年に『ラストウィンドウ 真夜中の約束』、Wii用ソフトは2009年に『アナザーコード: R 記憶の扉』を出していますし……1年に1本くらいのペースで発売していたんですね。

 が、2010年『アナザーコード』『ウィッシュルーム』『ラストウィンドウ』を開発していたCINGが破産……言ってしまえば任天堂のアドベンチャーゲームを最もコンスタントに作っていた開発会社がなくなってしまい、それ以降は任天堂は「アクション要素のないアドベンチャー」を発売しなくなりました。
 もしCINGが健在だったら、3DSダウンロードソフトあたりで「安価で楽しめる推理アドベンチャー」をコンスタントに発売していたのかなーなんて最近まで夢想する日々でした。



 ということで!ようやくピカチュウの話ですよ!
 ディスクシステム、サテラビュー、ニンテンドウパワーと「時代を先取りしすぎたサービス」で展開されてきて、DS時代に花開いたかと思ったら開発会社がなくなってしまうなど、ずっと不遇だった任天堂の「コマンド選択式アドベンチャー」が、ダウンロード専売ゲームがメジャーになった現代にてようやく戻ってきたのです!

 しかも、主人公がピカチュウということで、こんなに話題になっているんですから……こんなに嬉しいことはありません!この火を絶やさないようにファーストインプレッション記事を気合入れて書きますよ!前置き長すぎるだろ!


◇ 遊びやすくなった「現代のアドベンチャーゲーム」
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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 ゲームはキャラクターを操作するタイプのアドベンチャーゲームです。
 スライドパッドで移動(十字キーでも歩けるけど走れない)、Aボタンで「話す」か「調べる」だけ。プレイヤーが操作するのは人間のティム君で、ピカチュウはそれを追いかけてくるのだけど、障害物などに上手く引っ掛けて追いかけてこられないように嫌がらせすることも出来ます(笑)。

 アドベンチャーゲームを全くやったことがない人に説明するのなら、『ドラゴンクエスト』のようなRPGから「戦闘」や「育成」の要素を抜いて「ストーリー」に特化したゲームと言えば伝わりやすいですかね。というか、『ドラゴンクエスト』が『ポートピア連続殺人事件』などのアドベンチャーゲームに「戦闘」や「育成」を足したゲームなんですけどね。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 マップにいるキャラクターに話しかけたり、マップにあるものを調べたりして、条件を満たせば「状況」が変わり、集めた証言や証拠を使って「推理」をするとストーリーが進行するというゲームになっています。
 キャラクターに話しかけると「何について聞くか」を選べるところが、「コマンド選択式アドベンチャー」らしいところですね。普段の台詞はフルボイスではありませんが、アドベンチャーゲームとしてのテンポを考えるとコレでイイと私は思います。


 「推理」をするゲームということで難しく思われるかも知れませんが、まだ自分が序盤ということを差し引いても難易度は低めかなと思います。マップにいるキャラクター全員に話しかけて調べられるところを全部調べるなど、面倒くさがらずに出来ることを全部やる「コマンド総当り」で先に進めます。『逆転裁判』のような「何回ミスしたらゲームオーバー」というシビアな要素もないそうなので、この手のアドベンチャーゲームを全くやったことのない人にも気軽に手を出して欲しいですね。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 ゲームとしてプレイヤーがやっていることは『ファミコン探偵倶楽部』の頃と変わりがないのですが、当然昔のゲームに比べて遊びやすくなっているところもたくさんあります。上の画像は「3DSの下画面」です。

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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 「捜査リスト」をタッチするか、Lボタンで、ティム君がまとめてくれたメモを読むことが出来ます。「証拠」「証言」「人物」「ポケモン」の情報が細かくアップデートされて、今がどんな状況だったかを読み返すことが出来ます。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 「推理メモ」をタッチするか、Rボタンで、「推理」をする画面になります。この画面は「自分達が今から何をしなければならないのか」という目的をいつでも確認できることと、実際に集めた情報から「推理」することでストーリーを進めることという二つの側面がありますね。

 ゲームの流れは、「推理メモ」に「しなければならないこと」が提示される→ 聞き込みをしたり、周囲を調べたりして「捜査リスト」の情報を集める→ 集めた情報を元に「推理」して解決→ ストーリーが進むってカンジですね。
 このサイクルが10分くらいで、それらを幾つか重ねて30~40分くらいでその場所をクリア→ 新たな場所に進むくらいの一区切りですかねぇ。この辺の時間は個人差があるでしょうから、難しいですけど……


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 下画面のピカチュウをタッチするか、Xボタンで、いつでもピカチュウに話しかけることが出来ます。何か特別なことが起こる場合はあちらからサインが出るので、そこで話しかけるとそこでしか聞けない話が聞けます。この部分はフルボイス。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 「会話ログ」をタッチすると直前の会話も見られます。

 最近のアドベンチャーゲームとして考えると「あって当たり前」の機能と言えばそうなのですが……『ファミコン探偵倶楽部』の頃を思い出すと、最近のアドベンチャーゲームは本当に遊びやすくなったなぁと思います。メモとか取らなくてもイイし、久々にプレイしても何をしていたのか忘れて先に進めないなんてこともないし、メッセージの表示やロードに時間がかかることも少ないから「コマンド総当り」も面倒くさくないし。


 セーブは「ストーリーが進んだ後」や「マップを移動した後」にオートセーブされて、自分の好きなときにはセーブ出来ません。ここは割と明確な不満点かなー。3DSだから蓋閉じてスリープモードにしておけばイイとも言えるのですが、複数のソフトを同時並行で遊んでいる人は区切りのイイところまで進めないとセーブ出来ないのは不便だろうし、「区切りのイイところ」がよく分かりません。あとどれくらい進めればストーリーが進行するのかは、遊んでいる側には分かりませんからね。

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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 ストーリーが進む際には、「フルボイス」のムービーになります。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 ところどころに「タイミングよくAボタンを押す」といったQTE(クイックタイムイベント)もあって、「タイミングを合わせてボタンを押す」という行為が超超超超超苦手な自分にとっては鬼門と言えるのですが、今のところは「失敗しても問題なくストーリーが進む」みたいです。
 今後どうなるのかは分かりませんが、QTEは「ストーリーが最高に盛り上がっている」のに「QTEに失敗してキャラクターがずっこけたりしてグダグダになる」だけという姿を見てきた自分としては、「QTE入れるくらいなら黙ってムービー観てるだけの方がマシなんですけど……」といつも思っています。



◇ ポケモンが生活に溶け込んでいる世界観
 冒頭にも書いた通り、私は『ポケットモンスター』シリーズをゲームもアニメもほぼ通過したことがなく、私のポケモン知識は『ポケモンスナップ』と『スマブラ』シリーズくらいしかありませんでした。
 しかし、恐らくこのゲームはそういう人もターゲットにした作品なんじゃないのかなと思います。任天堂が近年の主要戦略としている「自社IPに触れる人を増やす」試みに近いもので、本編とはまた違った『ポケモン』の魅力を引き出すことで、今までは『ポケモン』に興味がなかった人も取り込もうという狙いがあるのかなーと。

 登場するポケモンも「知ってて当たり前でしょ?」ということではなく、「捜査リスト」でいつでも見返せるようになっているし、ストーリーの中で「こういう特徴を持ったポケモンなのか」と知ることも出来ます。



 この作品の主人公は、失踪した父親を探しにきたティムという人間と、記憶を失っている名探偵ピカチュウの2人(1人と1匹)です。人間とポケモンは言葉が通じないのだけど、何故かティムとこのピカチュウだけは言葉が通じるので、それを利用して2人は「人間への聞き込みはティムが」「ポケモンへの聞き込みはピカチュウが」行うコンビとして事件を解決していくのです。

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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 ポケモンが普通に生活の中にいるという世界観なので……
 例えば、公園では黒人の男の子がズルッグというポケモンとサッカーボールを蹴って遊んでいます。男の子がポケモンと遊んであげているのかなと思って聞いてみると、ズルッグ曰く「自分が少年をコーチしてやっている」とのこと。人間とポケモン両方の話を聞けることで、「人間が見ている世界」だけでなく「ポケモンが見ている世界」も知ることが出来るのがとても良いですね。


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<画像は3DSダウンロードソフト『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』より引用>

 このゲームに出てくるポケモンで、自分が「前から知っている」ポケモンは(今のところ)ピカチュウくらいしかいなかったのですが……こんなポケモンがいるのか!と知れて面白いです。公園には鳩みたいなポケモンがいて、木によってナワバリにしているポケモンが違っていたり。カフェに入ったら手伝いをしているポケモンがいたり、前述したようにサッカーボールを蹴っているポケモンがいたり……行く場所によって違うポケモンが「そこで暮らしている」のが見えてすごく楽しいです。



 自分はまだクリアまで進めていませんが、早い人は発売日の夜には「もうクリアしたー」と報告をしていたのでボリュームはそんなにないみたいで。そもそも『~新コンビ誕生~』という副題が付いているのだから、この1本で終わらせるのではなくシリーズ化していくことを前提に作っているのだと思いますが……
 『ファミコン探偵倶楽部』のように何作も出して、1作目では行けなかった場所に行き、1作目では出せなかったポケモンをどんどん登場させていって欲しいなぁと思います。ダウンロードソフトという市場は、それが出来る場所だと思いますから。

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Twitterで「自分の作品」を宣伝するのはダメなのかい?

 随分前のことですが、Twitterのタイムラインを眺めていたら衝撃的なツイートが流れてきました。


 プロの漫画家や小説家などのアカウントに関して、「こっちは作家の日常のつぶやきを読みたくてフォローしているんだから、作品の宣伝をしたいのなら宣伝用の別アカウントを作ってそっちでやって欲しい」と言っている人がいたのです。

 その瞬間の私の率直な気持ちを書くと「ええええええええ!?」でした。
 「Twitterで宣伝しちゃいけないの!?」と思いました。もちろんTwitterの規約としては問題ないと思うのですが、読んでいる人が「宣伝はやめて欲しい」と思っていることに驚いてしまいました。

 だってさ……「目的の10割」とまでは言いませんけどさ、漫画家や小説家がわざわざ時間を割いてTwitterなんかやっている目的の何割かは、「自分の描いた漫画や小説を知ってもらいたい」という宣伝だと思うんですよ。
 「宣伝用の別アカウントを作って欲しい」って言われるということは、宣伝用のアカウントなんて作ってもフォローしない(から好きなだけ宣伝してくれて構わない)ということでしょうから―――「日常のつぶやき」と「宣伝」をワンセットにしたアカウントにしているんだと思うのです。民放のテレビ番組を作ることが出来るのは、間にCMがはさまるからというのと同じ論理です。

 もしTwitterでの宣伝が禁止されたら、大多数の漫画家や小説家はTwitterを辞めるんじゃないですかねぇ。
 もちろん純粋に暇つぶしとか息抜きのためだけにやっている人もいるでしょうけど、その場合はもっと楽しい暇つぶしとか息抜きの方法を見つけたらそっち行っちゃうんじゃないの?と思います。



 そう言えば……で、思うことがありました。
 このブログもAmazonのアフィリエイトリンクを貼っていますし、ウチでは故あって貼っていませんがバナー広告を貼っているブログもたくさんありますよね。
 貼っている側の心理としては「小額であってもこれでお金が入るのならブログ書くのもやる気が出るかな」ということだと思うんですけど、そういうものを貼っているだけで口汚く罵られることもありますし、バナー広告を貼っているブログのコメント欄に「バナー広告ウザイんで、広告消すアプリでオススメない?」と書き込んでいる人も見たことがあります。影でコソコソ言うとかじゃなくて、そのブログのコメント欄に直接書き込んでいるんですよ。すげえ神経だなあと思いました。

 個人が作るものにしろ企業が作るものにしろ、インターネットを通して生み出されるコンテンツは「無料で当たり前」「有料なんて持っての他だし、広告が入ることすら許さない」みたいな価値観があるのだと思います。
 ニコニコ動画とかmixiとかPixivといったサイトも「無料会員」と「有料会員」で受けられるサービスが違っていて、当然「有料会員」がいるからサイトが潰れずに運営できているのですが……「有料会員になったらこんないいことがありますよ!」みたいな広告が出るだけで怒り出す人もいますからね。


 企業が行っているWEBサービスなら、「儲からなかったら終わってしまう」のは当然のことですし。
 個人がやっているホームページやブログ、Twitterなんかも、宣伝のためでなく、広告をつけるワケもなく、純粋に「面白いことを書く」だけの人は―――サクッと「飽きたんで辞めます」とか「もっと楽しい趣味が出来たんで辞めます」といなくなっちゃうものですからね……昔いっしょに馬鹿なこと言い合っていたような人達は、みんなさっさといなくなってしまったよ。俺だけが、俺だけが一人残ったんだ……




 この話を書いたのは、「酷い人がいたもんだね」と同情してもらいたいワケでもなければ、「俺の愚痴を聴いてくれ!」という発散のためでもありませんし、「インターネットで宣伝することを許してくれ!」と世直しをしたいワケでもありません。最近書いたとある記事と合わせて考えてみたら、ふと「そういう人達」の気持ちも分かることに気が付いたのです。

 「無料で楽しめるコンテンツ」で集めた人というのは、あくまで「無料だから」集まってくれた人なんだと思うのです。

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 ゲームに「お金を払うこと」は恥ずかしいことなんかじゃない

 半月ほど前に書いたこの記事で、私は「基本無料のゲームで課金する人を馬鹿にする風潮」について言及しました。基本無料のゲームだって課金する人がいなければ潰れてしまいます。誰も課金しなかった「基本無料のゲーム」があっという間に終了していった姿をたくさん見てきたはずなのに、どうして未だに課金することが「恥ずかしいこと」のように語られるのか――――この記事を書いた後もしばらく考えてしまっていました。


 私の周囲にもスマホの「基本無料のゲーム」を遊んでいる人はたくさんいます。
 しかし、誰に聞いても「基本無料のゲーム」に課金はしていないと言います。課金したけど碌なことがなかったから辞めたということではなく、最初から一度も課金したことがないと言われました。

 お金がないワケではないと思います。例えばゲーム機を遊んでいた時代には、話題になったソフトを片っ端から買っていて、禄にプレイする時間もなくて積むだけで「もったいないことしているなー」と周囲に言われていた友人がいました。ぶっちゃけ私は彼から結構色んなソフトを貸してもらって、エンディング手前までプレイしておいて「よし、後はクッパを倒すだけだ!ハイ!」と渡して最後のクリアだけ彼にやらせるみたいなこともやっていたのですが(何だこの話)。
 先日、久々に彼とゲームの話をしたら「最近は基本無料のゲームしかしていない」「課金もしていない」と言われました。お金がないワケではないし、ゲームも楽しんで遊んでいるらしいのですが、そんな彼ですら「基本無料のゲームにはお金を払うものではない」と考えているということにビックリしてしまいました。


 ですが、冷静になって考えてみると……「そういうものか」と思えてきたんですね。
 「基本無料のゲーム」は「無料で遊べるよ!」と人を集めているので、遊んでいる人は「無料だから遊んでいる」のです。そこで「お金を払えばこんなに得があるよ!」と言っても、「無料だから遊んでいるんであってお金払わなきゃいけないなら別にイイっす」となってしまうのかも知れません。

 例えば、「本屋さん」だったらみんな本を買いに来ているのだから、お金出して本を買うことに抵抗はありませんよね。でも、「図書館」は無料で本を読みたい人が集まるのだから、びた一文払いたくないという心理になることでしょう。仮にお金をたくさん持っている人であっても。
 「ゲーム屋さん」でゲームソフトをバシバシ買っていた友人が、「基本無料のゲーム」には全く課金していない状況も、“そこがどういう場なのかを考えたら”仕方がないことのように思えてきました。「お金を払いに来た人」と「お金を払いたくないから来た人」では、財布の紐の固さは違うのです。



 「基本無料のゲーム」が流行し始めた2009年頃は、ゲームに限らず「無料で人を集めて、その中からマネタイズする」フリーミアムという言葉が流行しました。前述のニコニコ動画やmixiやPixivだってそうですし、クックパッドとかもそうですよね。「無料で利用できる」ことで大量の人を集めて、その中の何%が有料会員になってくれればイイやというビジネスモデルです。

 しかし、「無料」という看板で集まった人はあくまで「無料だから」集まった人で、「有料会員になる」どころか「有料会員になってくださいという広告が出ること」にすら文句を言ったりする―――この現象って、「Twitterで宣伝しないで欲しい」と言う人や、「ブログの広告を消して欲しい」と言う人に近い心理じゃないかなぁと思うのです。




 こういう記事を書き始めたからには、ある程度自分も身を削って手の内を晒さないとと思うので書きますけど……私もキンドルなどで電子書籍を「有料」で販売しています。ブログは完全「無料」で読めるけど、電子書籍は「有料」で販売しているということで、これも一種のフリーミアムなのかも知れません。無料のブログで集めた人達に、有料の電子書籍を買ってもらおうという試みなのですから。

 このブログを読んでくださっている人の中にも電子書籍を買ってくださったり、Amazonのアフィリエイトリンクを使ってくださったりという人はたくさんいます。それは本当に感謝です。おかげさまで「ブログを続けよう」と思っていられます。励みになります。
 でも、比率で考えると恐らくみなさんが想像する以上にシビアな数字になります。「このブログの1日のアクセス数」と「このブログ経由で売れた自分の電子書籍の数」の比率を計算すると、恐らく5%くらいです。

 色んな説がありますけど、基本無料のゲームも「たくさん課金をするユーザーは全体の5%くらいで、この5%の人がいるから運営が成り立っている」なんて説がありますよね。
 ちょっと気になって検索してみたら、ニコニコ動画も昨年の夏に「会員数5000万人・プレミアム会員250万人」を突破したというニュースが出てきました。有料会員の比率は5%です。
 クックパッドは月間の利用者ののべ人数が5000万人を越えていて、有料会員は170万人以上。のべ人数なので「1ヶ月に何度もアクセスする人」も多いでしょうから推測は難しいですが、これも比率は10%未満になるかなぁというところ。


 どれも大体同じくらいの数字になるんですね。
 無料でたくさん人を集めたところで、その中から「お金を払ってもイイよ」と思ってくれる人は5%くらいなのかもなーと思うのです。


 「じゃあ、個人の電子書籍出版なんて全然儲からないんですね。自分もやろうと思っていたけど諦めることにします」なんて思われたらアレなんで手の内を晒しますが、Amazonのページからは意外に売れています。
 例えばAmazonに表示される「この商品を買った人はこちらの商品も買っています」という欄とか、ランキングとかに出てくることで、私のこともこのブログのことも知らない人が買ってくれるみたいで……今では「私のことを知っているこのブログの読者」よりも「私のことなんか知らないけどAmazonでたまたま商品を見つけた人」の方が多く買ってくれているのです。

 最初はこれが何故なんだか分からなかったんですけど……考えてみれば当然の話で、ブログを読みに来てくれる人は「無料だから」読みに来てくれるのであって、「有料」のものには興味がないのに対して。Amazonのページを見ている人は「買い物に来ている」のだから、「面白そうだな」とか「値段が安いな」とかの理由でお金を払ってくれるんだな―――と分かったのです。


 「フリーミアム」の方向性に進むのならば、お金を払ってくれる5%の人数を増やすために「無料で集める人」の数を更に大きくするのも手です。基本無料のゲームがバシバシTVCMを流しているのはとにかく「無料で集める人」の数を増やそうという狙いでしょうし、深夜アニメのビジネスモデルもこんなカンジですよね。
 でも、もう一つ「お金を払うことに抵抗のない市場をターゲットにする」という方法もあります。というかフリーミアム以前はこっちが主流だったんですけどね。スマホのゲームを3DSのダウンロードソフトに移植したら、こっちの市場は「買いきりのゲームを買う人」がたくさんいたのでスマホ以上にヒットしたみたいな話もありますもんね。最近のアニメ業界は、深夜アニメから劇場版アニメへの移行が活発になっているように思えます。深夜アニメはたくさん観てもらえてもブルーレイを買ってくれる人は少数だから、お金を払ってもらえる映画を増やすという方向性は今後も続いていくでしょう。



 んで、そもそものこの記事の最初の話に戻るんですけど……
 「Twitterで宣伝をする」とか「ブログに広告をつける」という行為は、どうしたって「うぜえ」って思う人が出るのは仕方がないかなと思うんです。そういう人でもたくさん集めたいから無料で人を集めたのだし、無料で集まった人が「お金を払わせること」を敬遠するのは当然なのかなーと思うのです。

 でも、作家の立場に立てば「5%の人にお金を払ってもらいたいから宣伝は辞められない」のでしょうから、「宣伝したい作家」vs.「それをウザがるフォロワー」の戦いは今後も続いていくんでしょうね。とりあえず私も宣伝しておきます!『マンガは描ける!』がキンドルで発売中です!買ってね!

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| ひび雑記 | 18:03 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

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NX(仮)の発売で、バーチャルコンソールの今後はどうなる?

 御存知ない人もいらっしゃると思うので、「バーチャルコンソール」の説明から始めます。
 「バーチャルコンソール」とは、任天堂がWii、ニンテンドー3DS、Wii Uで行っているサービスで、ファミコンやスーパーファミコンなど「過去に発売されていたゲーム機」用のソフトをダウンロード販売するというものです。Wiiの中にファミコンやスーパーファミコンなどのゲーム機を仮想的に再現するから「バーチャルコンソール」という名称になったのだと思います。


 私は「ありとあらゆる娯楽作品は、インターネットを通して気軽にデジタル配信で楽しめるようになって欲しい」と思っているので……任天堂の「バーチャルコンソール」に限らず、プレステの「ゲームアーカイブス」や、過去の名作をスマホに移植する試みとか、ゲーム以外の分野で言えば「電子書籍」や「映像コンテンツのストリーミング配信」なんかも心の底から応援しているし、もっともっと利用者が増えればイイなと思っています。

 特に「過去に発売されたゲーム」は、現物を入手しようとすると「中古ゲーム屋」や「ネットオークション」に頼らざるを得ないので、小額ではあってもメーカーにお金が入るデジタル販売を利用したいと思っていますし、ラインナップがもっともっと増えて欲しいです。



 さて、その中から今日は「バーチャルコンソール」の話です。
 任天堂は今年の6月に開催されるE3で、新型ゲーム機「NX(開発コードネーム)」の詳細を発表するだろうと言われています。それ自体も非常に気になるのですが、現行機(3DSとWii U)のユーザーで、「買ってはいるけどまだプレイしていない積みゲー」をたくさん抱えている自分が気になるのは後方互換機能です。3DSやWii Uで買っているダウンロードソフトはNX(仮)に引き継げるのだろうか?

 特に「バーチャルコンソール」のソフトは、「ゲームの歴史のアーカイブ」という側面も持っていると思うので……既に購入済のバーチャルコンソールのソフトは引き継げるのか、そもそもNX(仮)でも「バーチャルコンソール」は継続されるのか、されたとしてまた『ドンキーコング』などのお馴染みのソフトから配信開始されるのか―――とても気になっています。

 なので、今日はその辺のことを「ザ・YOSOU」していこうかなと思います。



◇ Wii・3DS・Wii Uにおけるバーチャルコンソール
 任天堂がバーチャルコンソールのサービスを始めたのはWii本体発売と同時で、本体発売前からそのサービスは告知されていました。大々的な売りにはしていなかったと思いますが、私は『Wii Sports』などの新しいゲームと同じくらいバーチャルコンソールを楽しみにしていました。

 それまでにも「過去の名作をパソコン等で遊べるサービス」はあったと記憶していますが、参加するメーカー&機種の数が段違いでしたからね。
 日本では2006年12月から始まり、「ファミコン」「スーパーファミコン」「NINTENDO64」「メガドライブ」「PCエンジン」の5機種のソフトが並びました。もちろん全ての過去ソフトが販売されたワケではなく、「来月に販売開始になるのはコレ!」と徐々にラインナップが増えていったのですが、それ故に追加されるラインナップに一喜一憂する日々でした。

 2007年9月には「ネオジオ」、2008年2月には「マスターシステム」、2008年5月には「MSX」、2009年3月には「アーケード」が加わり―――Wikipediaのページを参照したところ、675タイトルがWiiのバーチャルコンソールで配信されたそうです。


 次々と色んなメーカーや機種が参加していったのはWii本体の普及台数と、実際に売れた本数が多かったからだろうと予想するのですが……サードメーカーが2013年4月までラインナップを追加していたのに対して、任天堂は2010年11月の『マリオパーティ2』を最後にそれ以降はソフトを追加しませんでした。

 当時の私は「4年もラインナップを追加していったから、任天堂にはもう配信できるソフトがなくなったのかな?」と思っていたのですが、よくよく考えると2011年の2月にニンテンドー3DSが発売されるワケですから、このタイミングで任天堂のバーチャルコンソール担当チームがWiiから3DSに移行したのかなとも思えます。




 ということで、Wiiから引き継がれるようにニンテンドー3DSのバーチャルコンソールが始まります。日本では、本体発売から3ヵ月後の2011年6月に「ゲームボーイ」および「ゲームボーイカラー」のソフトが並びました。

 私はこの頃はまだ、「Wiiはファミコンやスーパーファミコンなど据置機のバーチャルコンソール」「3DSはゲームボーイなど携帯機のバーチャルコンソール」に棲み分けるのかなと思っていました。
 しかし、今となっては懐かしい話ですが、ニンテンドー3DSは本体価格を25000円という強気の価格に設定したためにスタートダッシュに失敗、2011年8月に15000円に値下げする代わりに、値下げ前に本体を買ってくれていた人にはお詫びのような形で「ファミコンのバーチャルコンソールソフト10本」と「ゲームボーイアドバンスのバーチャルコンソールソフト10本」を配るというアンバサダー・プログラムを実施しました。思わぬ形で、「3DSでも据置機のバーチャルコンソール」が始まってしまったのです。

 アンバサダー・プログラムでの「ファミコン」用ソフトの配信は2011年9月に行われ、2011年12月から正式に「ファミコン」のバーチャルコンソールも3DSで始まります。
 当時はまだNNIDがありませんでしたから、ダウンロードソフトの購入履歴は本体に紐付けされていてユーザー単位で管理することは出来ませんでした。なので、Wiiで既に買っている人も3DSで遊びたい場合は「買い直し」になってしまい、同じソフトをWiiと3DSの両方で買っているという人も出てきてしまいました。これ……「NX(仮)にバーチャルコンソールは引き継げるのか」を考えると厄介な問題だと思うんですね。『スーパーマリオブラザーズ』をWiiと3DSの両方で買っている人がNX(仮)に引き継ごうとしたら、2本になっちゃうじゃんみたいな。

 しかし、その後も3DSのバーチャルコンソールは少しずつラインナップを増やしていき、2012年3月には「ゲームギア」、2013年12月には「PCエンジン」のソフトが追加されます。Wikipediaのページによると、2016年2月1日現在、配信が発表されたタイトルも含めれば229本が3DSでのバーチャルコンソールのラインナップに並んだそうです。


 任天堂も2013年7月までは毎週ペースでソフトを追加していたのですが、それ以降はガクッとペースが落ちます。最近では「3DSのバーチャルコンソールはどうしたんだよ!」と言われるのが定番になってしまいましたが……
 後述するWii Uのバーチャルコンソールが2013年4月に正式スタートしたことで任天堂のバーチャルコンソール担当チームが3DSからWii Uに移行したとも思えますし、2013年9月の『ジョイメカファイト』を最後にファミコンのソフトを追加しなくなり、それ以降は2013年12月の『ヨッシーのパネポン』、2014年4月の『スーパードンキーコングGB』『ドンキーコングランド』、2014年5月の『ドンキーコングGB ディンキーコング&ディクシーコング』、2014年12月の『ポケモンカードGB』、そして今月配信される『ポケットモンスター』4作と全てゲームボーイ(カラー)のソフトとなっています。「同じソフトをWii Uと3DSの両方で買っている」ということが起こらないように、ラインナップを棲み分けているように私には思えます。



 ということで、現在のバーチャルコンソールの主流はWii Uに移っています。
 Wii Uのバーチャルコンソールが始まったのは、日本では本体発売1ヵ月後の2013年1月、「ファミコン生誕30周年記念 Wii U バーチャルコンソール 体験キャンペーン」として1ヶ月に1本ずつ30円でソフトを販売するという試みが行われました。2013年4月に正式サービス開始。この辺の後手後手っぷりは、3DSのアンバサダー・プログラムを思い出しますね。

 当初は「ファミコン」と「スーパーファミコン」の2機種でしたが、2013年12月に「PCエンジン」「MSX」が、2014年4月に「ゲームボーイアドバンス」が、2015年4月に「NINTENDO64」と「ニンテンドーDS」が追加されました(DSは2014年6月に『脳トレ』が先行配信されていました)。

 Wikipediaのページによると2016年2月1日現在、配信が発表されたタイトルも含めれば388タイトルがWii Uでのバーチャルコンソールのラインナップに並んだそうです。この数はこれからも増えていくと思われます。


 Wii Uは全世界的に見ても本体普及が上手くいかなかったゲーム機なんですが、バーチャルコンソールのソフトは順調に増え続けています。普及台数では圧倒的に勝っている3DSでは配信がほぼ止まっているのに、Wii Uでは出続けるのは何故か―――「3DSは持っているけれどWii Uは持っていない」という人がこの状況を不満に思っているという話をよく聞きますが、ビジネスとして考えても普及台数の少ないWii Uを優先するのは不可解に思います。

 なので、これが「NX(仮)」に繋がる鍵なんじゃないのかと私は思うのです。



◇ NX(仮)のバーチャルコンソール

 今度こそ任天堂の次世代機「NX(開発コードネーム)」を大胆予想する!

 これは、2016年の実質1本目に書いた記事で、「どうせお正月なんて誰もブログ読みに来ないんだから普段書いたら炎上しそうなことを書いてやるぜ!」と踏み込んだ予想(ザ・YOSOU)を書いています。この時点でNX(仮)の販売価格まで予想していますからね!

 この予想が当たるかどうかは正直どっちでも構わないんですが、この記事を書いた後にTwitterでもらった反応で面白いものがありました。それは「3DSのバーチャルコンソールが(ほぼ)止まっていて、Wii Uのバーチャルコンソールがどんどんラインナップを追加しているのは、Wii UのバーチャルコンソールならNX(仮)にそのまま引き継げるからではないかと予想しています」というもの。


 上述の記事でも引用した、2014年1月の「経営方針説明会 / 第3四半期決算説明会」質疑応答(A5)での岩田さんの回答をどうぞ。

<以下、引用>
 世代をまたぐときにも、これまでは技術の進歩の段階が非常に激しかった関係で、コストの制約の中でビデオゲームに最適な技術を選ぶと、毎回ハード自体が全く違うものになりました。全く違わなかったのは、ゲームキューブからWiiに行ったときだけです。ゲームキューブからWiiは、ある意味コントローラーは全面的に変えましたが、コンピューターやグラフィックチップは、かなり共通の考え方でつくりましたのでスムーズでしたが、それ以外のハードは全部ゼロからつくり直しの状態でした。

 ただ、今は、もうそのようなことをしなくてもできるだけの前提が整ったのではないかと思います。
 ですから、その意味で言いますと、この次にハードをご提案するときからになりますが(※ 恐らくNXのこと)そこでは「Wii Uでやってきたことをいかに的確に活かすか」ということがポイントになります。これはWii Uと全く同じアーキテクチャーにするという意味ではなくて、十分に吸収できるだけの仕組みをつくり上げるという意味ですが、一旦そうなりますと、コンソール機と携帯機というのは全く別々の二つのものではなくて、もっと近い兄弟のような存在になると思います。

</ここまで>
※ 改行・強調など一部引用者が手を加えました


 ここでの質問の主題は「据置機(コンソール機)と携帯機の統合について」なのですが、ついでのように「Wii UとNX(仮)の繋がり」についても語られています。もちろん当時は「NX(仮)」なんて言葉は使われていませんが、この時点で「NX(仮)」にあたるもののコンセプトは既に定まっているように読み取れます。

 Wii U→NX(仮)の繋がりは、「DSでゲームボーイアドバンスのソフトも遊べる」とか「Wii UでWiiのソフトも遊べる」といった単純な後方互換機能ではなく、「Wiiはゲームキューブ用ソフトの開発ノウハウがそのまま使える」に近い繋がり方になるように思えます。
 元々はゲームキューブ用に開発されていた『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』が、「Wiiリモコンの操作」に対応したWii版との同時発売になった―――とか。ゲームキューブ用に発売された『ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡』の続編『ファイアーエムブレム 暁の女神』が、早い段階でWii用ソフトとして発売された―――とか。

 NX(仮)がどういう特徴を持ったゲーム機になるのかはまだ分かりませんが、例えば『ゼルダの伝説』最新作はWii U版とNX版の二つが同時発売されるとか、Wii Uで大人気だった『Splatoon』の続編が早い段階でNX(仮)でも発売されるとか、そういう可能性が予想(ザ・YOSOU)できます。



 んで、話をバーチャルコンソールに戻しますと……
 Wii UのアーキテクチャをNX(仮)が吸収できるのならば、「Wii U用に増え続けているバーチャルコンソールのラインナップは、そのままNX(仮)に引き継げるんじゃないのか」とも思うのです。

 買い直しになるかとか、優待価格で買えるのかとか、Wii Uから引っ越せば追加料金は発生しないのかとか、NNIDを提携させればクラウドからそのまま即ダウンロードできるのかとか……我々ユーザー側にかかる負担はまだ分かりませんが、恐らくラインナップはそのまま引き継げるからこそWii Uのバーチャルコンソールはソフトが追加されつづけているのだろうと思うのです。


 そう考えると、色々と合点がいくところがあります。
 例えば「どうしてWii Uのバーチャルコンソールで、ゲームボーイアドバンスやDSのソフトが出るのか?」という点。据置機で携帯機のソフトを遊ぶのは不便だし、そもそもDSのソフトは3DSを持っていればそこで遊べてしまうワケで、バーチャルコンソールを始めるほどのことか?と疑問もあったんですね。

 しかし、前述の記事で私が予想した「NX(仮)は携帯機と据置機の両方が出て、遊べるソフトは一緒」説と組み合わせると……今Wii Uで追加されているバーチャルコンソールのソフトは、将来的に携帯機でも据置機でも遊べるようになるのだから、携帯機で発売されたソフトも据置機で発売されたソフトもWii Uのラインナップに追加していこうと考えられているのかなと思います。
 恐らく「NX携帯(仮)」では、DSのソフトを挿して遊べる後方互換機能は付いていないでしょうから、バーチャルコンソールでカバーしたいという狙いものあるのでしょう。そう考えるとDSのソフトももっともっとラインナップ増やして欲しくなります!特にサードのソフトよろしく!


◇ Wii Uで出ていないバーチャルコンソールのソフトは?
 ここまで書いてきたことはあくまで予想に過ぎませんが、「Wii UのラインナップをそのままNX(仮)で引き継げる」という予想はかなりいい線をいっているんじゃないかなと思っていますし。
 そして恐らく、「Wii U→NX(仮)の引越し作業をすれば追加料金なしで購入済ソフトも移せる」ようになるんじゃないかと予想しています。希望を言えば、「同じNNIDを登録すれば引越し作業せずにWii Uで買ったソフトをそのままダウンロード出来る」のが一番ですが、コピー問題の温床になりそうなので難しそうだなと。


 さて、では「Wii Uで出ていないバーチャルコンソールのソフト」はどうなるのでしょう?

<Wiiでは出ていたけど、Wii Uには出ていないソフト>
・メガドライブ
・ネオジオ
・アーケード
※ その他、「ファミコン」「スーファミ」「64」「PCエンジン」「MSX」にも「Wiiでは出ていたけど、Wii Uには出ていないソフト」はたくさんあります


 サードの機種およびソフトは、「本体がどれだけ普及しているか」次第で参加するかどうかが決まると思うので……もしNX(仮)が全世界で爆発的に普及したらこれらのソフトも復活されるかも知れません。しかし、そうなった場合「Wiiで買った」「Wii Uでは出ていない」「NX(仮)で新たに出た」ソフトを買うとしたらどういう扱いになるのでしょうか。

 Wii→Wii Uで引越し作業をすると「購入履歴」が引き継がれ、Wiiで買ったソフトは優待価格で買えるようになるのと同様に。恐らく、Wii→Wii U→NX(仮)で引越し作業をすれば「Wiiの購入履歴」も引き継がれ、Wiiで買ったソフトをNX(仮)でも優待価格で買えるようになるんじゃないかと予想しておきます。


 Wii時代のバーチャルコンソールを引っ張った「メガドライブ」はWii Uでは出ていませんし、「PCエンジン」もコナミとハドソンのソフト以外は数えるほどしか出ていないので、この辺もNX(仮)では復活して欲しいなーと思っています。


<3DSでは出ていたけど、Wii Uには出ていないソフト>
・ゲームボーイ(カラー)
・ゲームギア
※ その他、「ファミコン」にも「Wiiでは出ていたけど、Wii Uには出ていないソフト」はあるかなと思います


 アンバサダー・プログラムで配布されたゲームボーイアドバンスのソフト10本は全てWii Uのバーチャルコンソールにも出ているんですね。

 「Wii U→NX(仮)」の引継ぎに比べて、「3DS→NX(仮)」の引継ぎに関しては話題になっているところを見かけないので、3DSソフトの互換機能も搭載されるかはかなり微妙だと私は思っています。なので、今年に入ってから「3DSで遊べる10時間以内に終わる面白いゲーム」を片っ端からプレイし始めているのですが……

 気になるのは「バーチャルコンソール」の引継ぎです。
 新型ゲーム機となるNX(仮)で「ゲームボーイ」や「ゲームギア」のバーチャルコンソールを行うことはそんなに難しくないと思います。ただ、アーキテクチャを吸収するからラインナップを引き継げると予想したWii Uとは違うので、3DSのラインナップはそのまま引き継ぐことは出来ずにまた作り直しになるんじゃないかと予想されます。3DSのバーチャルコンソールのラインナップ追加が(ほぼ)止まっている理由もこれで説明できます。

 「購入履歴」自体は、3DSにNNIDを登録していればチェックできるはずなので……「3DSで購入したソフトはNX(仮)でもダウンロードできる(もしくは優待価格で買える)」ということも可能だとは思いますが、逆に言うと儲けがほぼ出ない「ゲームボーイ」のNX版バーチャルコンソール化にどれだけ労力を割いてくれるかという問題も出てきますね……


 「ありとあらゆる娯楽作品は、インターネットを通して気軽にデジタル配信で楽しめるようになって欲しい」と思っている自分としては、3DSが役目を終えた後でも、「ゲームボーイ」のソフトがバーチャルコンソールで気軽に遊べるようになって欲しいので、是非NX(仮)には1本でも多く引き継いで欲しいと思いますが。



<これまでどの機種でもバーチャルコンソール化されていないゲーム機のソフト>
・ゲームキューブ
・Wii
・Wii U
・ニンテンドー3DS
・バーチャルボーイ
・セガサターン
・ドリームキャスト
・PC-FX
・ワンダースワン(カラー)
・ネオジオポケット
・カセットビジョン
・ピピンアットマーク
・3DO


 プレステやXbox系統のソフトは可能性は限りなくゼロに近いと思ったのでそれらを除いて、有名どころの歴代ゲーム機を列挙してみました。列挙したところで出そうにないものばかりだな!

 気になるところを言えば……
 「Wii U」はアーキテクチャうんぬんの話もあったように、バーチャルコンソールという形にはならないと思いますが「Wii Uソフトのダウンロード販売」が行われてそのまま遊べる可能性は極めて高いかなと思います。
 逆に、危ういのは「Wii」のソフトです。現状Wii Uでは「Wiiソフトのダウンロード版」が販売されていますが、これはバーチャルコンソールという形ではなく「Wii UのWii互換機能」を使ったものです。NX(仮)がWii Uのアーキテクチャを引き継いでもWiiのアーキテクチャは引き継がないと思われるので、「Wiiソフトのダウンロード版」は切り捨てられる可能性が高そうです。

 そうなると、Wii Uのソフトを全てNX(仮)に移行した後も、Wiiソフトを遊ぶためにWii Uは片付けられない……?ややこしいな……いっそのこと「Wii」のバーチャルコンソールも始めてくれたら嬉しいんですけどね。

 「3DS」も互換機能がなかったとしたらバーチャルコンソールでカバーして欲しいんですけど、バーチャルコンソールで動くのなら互換機能付けろよと言われそうですね。
 「バーチャルボーイ」は、ないかな………

 「セガサターン」のバーチャルコンソール化は技術的に超難しいとは以前から言われていますね。ドリームキャストがセガサターンの互換機能を持てなかった理由でもあるので、バーチャルコンソール化は絶望的に難しそうです。
 「ドリームキャスト」は逆にPS3やVita、Xbox360で一部のソフトがダウンロード販売されているので、NX(仮)も普及さえすればバーチャルコンソール化もなくはないと思っています。

 「PC-FX」「3DO」は18禁タイトルの配信を是非期待したいですね!

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 「バーチャルコンソール」ってWiiの頃は夢いっぱいだったと思うんですね。確かに「あれもない、これもない」という不満もなくはなかったのですが、少しずつ少しずつラインナップが増えていくことにワクワク感がありました。

 しかし、3DSでまた一から「ファミコン」のソフトを配信し始めた時には「はぁ…」と思いましたし、Wii Uのラインナップは当初「ファミコン」と「スーファミ」のソフトしかなかったのにはガッカリしました。Wiiの時のラインナップを引き継げず、また一からラインナップが揃っていくのを見なければならないのか……と。


 NX(仮)はその反省からWii Uのラインナップを引き継いでくれると予想(期待)していますし、NX(仮)は単体のゲーム機というよりかはこれから先の任天堂機に共通のアーキテクチャになるんじゃないのかと思われるため、NX(仮)用のバーチャルコンソールのラインナップは任天堂がゲーム機事業を続ける限りは維持されるんじゃないかと期待しています。

 また、バーチャルコンソールのサービスそのものを見ても、3DSで「まるごとバックアップ」が加わり、Wii Uで「キーコンフィグ」が加わり、Wiiの時よりも使い勝手は向上していると思うので……この機能を維持したままラインナップが増え続けていったらなぁと思っています。
 あと要望があるとしたら、「ゲームボーイ」「ゲームボーイアドバンス」「ニンテンドーDS」のソフトは(今月の『ポケモン』を除いて)通信機能を再現していないため、対戦プレイなどが出来ないのを何とかして欲しいですねぇ。NX(仮)はWii Uの機能をそのまま引き継ぐという話からすると、通信機能を後から足すのは難しそうではあるのですが。

| ゲーム雑記 | 17:55 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑

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