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やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

2019年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年02月

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ゲームが下手な人が、ゲームを楽しめるようになるコツ

 昨日の抱負にも書いたように、私はもう「ゲームが下手な人」を名乗るをやめましたし、自分のことを「ゲームが下手な人」だとは思わないようにします。そのケジメとして、最後に置き土産を残します。

 本当はゲームが下手でもないくせに、4年弱「ゲームが下手な人」を名乗っていろんなゲームに大苦戦する様子を見せてきた、その総決算を書き残しておきます。私みたいなまがいものではない、本当のゲームが下手な人に参考になってくれれば、この4年弱「ゲームが下手な人」を名乗ってきた罪も少しは緩和されるかなと思ったので。



 2019年の1年間のゲーム実況は、『巨人のドシン』から始まり、『ソウルハッカーズ』『ドラクエソード』『プリンセスメーカー』『零~眞紅の蝶~』『パーティクイズ MEGA Q』『タントアール』『ポケットモンスター緑』と挑戦して……特に、『ソウルハッカーズ』『零~眞紅の蝶~』『ポケットモンスター緑』の3本は終盤のあまりの難易度の高さに、「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」とずっと悲鳴をあげていました。

 しかし、それらのゲームも……序盤はものすごく楽しんでいたんですよ。
 「よく考えられたバランスだ」「よく出来ている」「たーのしー」と。

 そこからどんどんどんどん難易度が上がっていったり、また装備や育成などの選択肢が増えるとどうしてイイか分からずにトンチンカンなことしてしまったりで、終盤は手も足も出なくなっていく……というパターンを、どんなゲームでも繰り返してきました。そこで私、気づいちゃったんです。



 どんなゲームも真ん中あたりで辞めれば、「たーのしー」のまま終われるのでは?と。

 『ソウルハッカーズ』もディスク1枚目で終わりにしておけば、『零~眞紅の蝶~』も4章辺りで終わりにしておけば、『ポケットモンスター緑』もカスミを倒した辺りで終わりにしておけば、「楽しいゲームだったね!」で終われていたんですよ。クリアを目指して最後までプレイなんてしようとするから、「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」と苦しむことになるのです。

 「クリア」なんて、所詮はゲームメーカー側が提示した“枷”に過ぎません。
 我々がゲームを遊ぶのは「ゲームメーカーが想定した動きをなぞる」ためですか? ちがうでしょ! ゲームは、我々が楽しむために遊ぶものです!


 ゲームはもっと自由なはずなんです!
 「みんながクリアを目指しているから」と言って、私もクリアを目指してゲームをプレイする必要なんてないんです。「みんなが○○しているからオマエもそうしろ」とか「みんなが○○と考えているんだからオマエもそう考えろ」みたいな同調圧力かけてくるやつは、「人間はみんな死ぬんだからオマエも今死ね!」と頸動脈をぶった切ってやればイイんですよ!


 例えば、よく「私はゲームが下手なので『スーパーマリオブラザーズ』もクリアできません」みたいなことを言う人がいるんですが……『スーパーマリオブラザーズ』の8-4クリアなんて、超ゲームが上手いヤベエ奴らの天上世界ですよ。
 なんでか誤解されているみたいですが、私も『スーパーマリオブラザーズ』は「まるごとバックアップ」でのズルなしでクリアできたことありません。そもそも難しすぎて8-4を目指したことすらないレベルです。ゲームが下手ではない私でもそうなんです。

 だから、ゲームが下手なら8-4なんて高みを目指す必要ないんです。
 1-4クリアを目指すとか、それも難しいなら1-1クリアを目指すとか、それも難しいなら最初のクリボーに当たらないことを目指すとか……自分にふさわしい目標を立てて、自分なりに楽しめばイイんですよ。


 いつから私達は「ゲームはクリアしなくてはならないものだ」なんて考えるようになってしまったのか。




 だから私は、「ゲームはクリアしない」主義をここに提唱して、実践していこうと決めました。

 えらそうに「やれ、このゲームは神ゲーだ」とか「やれ、このゲームはクソゲーだ」とか、こちとらユーザー様だぞとふんぞり返ってゲームを“評価してやっている”気になっている人もいますが、ゲームなんて「私がそのゲームを楽しく遊ぶことが出来たか」「私がそのゲームを楽しく遊ぶこと出来なかったか」、重要なのは「私の遊び方」なんですよ。
 実際、世間ではクソゲーと言われている『たけしの挑戦状』実況はムチャクチャ楽しかったし、メガドラミニの中では最も人気がないらしい『パーティークイズ MEGA Q』実況も死ぬほど盛り上がりましたからね。


 キミに!「ゲームを楽しく遊ぶ才能」はあるのか!?



 こんな記事を書いたら、恐らく「ゲームはクリアをしなくてならない」なんて固定観念にとらわれている人達は私にこう言ってくるでしょう。「最後までゲームを遊ばないと作ってくれた人達に失礼でしょう」と。給食を残したら怒られるみたいな説教を、8-4まで作ったのに1-1で辞めちゃうのは宮本茂さんに失礼だろうと説教してくる人が現れるでしょう。

 私はそうは思いません。

 そのゲームを作った人に会ったとき、「アナタの作ったゲーム、死ぬほど難しくて後半ずっと「つらい」「難しすぎる」「もうやめたい」と思いながらプレイしていました。もう二度と遊びたくないです!」と言うのと、「アナタの作ったゲーム、前半しかプレイしていませんがムチャクチャ楽しかったです!ありがとうございます!」と言うの―――どっちが失礼ですか?

 私は、「そのゲームを一番楽しめる方法」で楽しむことが、ゲームを作ってくれた人に対する恩返しになると思うのです。ゲームを作った人達だって「つらい」って言いながら遊ばれたくはないでしょう!(ゲームを拷問器具だと思っているドSクリエイターを除けば)



 また、私はゲームが下手ではありませんが、「私はゲームが下手だ」と思っている人ならば新しいゲームが発売になった際に「面白そうだけど、自分には難しすぎてクリアできないだろうなぁ……」と買うのを諦めたことが1年に50回くらいはあることでしょう。
 そのゲームを作った人に会ったとき、「アナタの作ったゲーム、難しくてクリアできそうにないから買いませんでした!」と言うのと、「アナタの作ったゲーム、難しくてクリアできないだろうけど序盤だけでも遊ぼうと思って買いました!」と言うの―――どっちが喜ばれると思いますか?


 「ゲームはクリアしない」主義を持つことで、今まで手を出せてこなかった―――難しそうなゲーム、遊んだことのないジャンル、ボリュームが果てしなくて時間が消し飛ぶような超大作を気軽に買えるようにもなるのです。ゲームを作っている人達にとっては、絶対にそっちの方が嬉しいことでしょう。

 また、ゲームを遊ぶ側にとっても、限られた余暇時間の中でゲームを遊ぶ時間をやりくりしているワケで……「ゲームをクリアまで遊ばなくてはならない」から「ゲームは半分くらいまで遊べばイイや」に転換すれば、倍の数のゲームが遊べるようにもなります。世の中の名作たちを全部遊ぶには短すぎる人生、「ゲームはクリアしない」と考えることでそうした名作たちを1本でも多く遊べるようになるのですよ!



 もちろんゲームのレビューを書いているプロのライターさんなんかだと「クリアまで遊ばないとレビューを書いてはならない」ような気がしますし、クリアまで遊んでいない人のレビューなんて参考にはならないと思います。

 でも、我々はちがうでしょ?
 ただゲームを遊ぶために買っている私達は、クリアする義務も、レビューを書く義務もないんですよ。レビューを書くためにゲームを買っているのか? 楽しむために、娯楽のために、遊ぶために、ゲームを買っているのではなかったのか??

 だから私、「最後まで遊んだ上で書くゲーム紹介の記事」は今後ほとんど書かなくなると思います。結果的に最後まで遊べたゲームとか、ボタンを押しているだけで最後まで行けるノベルゲームとかなら書くかも知れませんが、ゲーム紹介記事を書くためにクリアを目指して遊んだりはしません。
 逆に言えば、発売したばかりのゲームの「ファーストインプレッション」記事とか、旧作でも「今遊んでいるゲームの感想」とかはバンバン書いていこうと思います。

 このブログもそうですし、ゲーム実況もそうですが、2020年からは「ゲームを楽しく遊んでいる様子」をたくさん見せていけたらなって思います。ゲームで苦しんでちゃいかんのですよ!


 これが、私が「ゲームが下手な人」に向けて書ける最後の記事です。
 何かの参考になれば幸いです。


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