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やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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どうして私はゲームを遊ぶのだろうか

 1月1日から続けてきたブログの毎日更新は2月いっぱいで終わりにします。
 そうすると、明日(2月28日)は『バンドリ』の感想を書く曜日だし、明後日(2月29日)は最終回だしで、自由なことを書けるのは今日が最後なんですね。だから、普段は書かないようなことを書いて終わろうかと思います。もうアクセス数とか気にしても意味ないですしね。


 どうしてゲームを遊ぶのか?

 これって考え始めると不思議じゃありません?
 そりゃ「遊ぶ」んだから「楽しむ」ためでしょ―――と考えた人がいると思うのですが、その割にはゲームって苦しかったり、悔しかったり、落ち込んだり、つらかったりすることが多すぎだと思うんですよ。

 イジワルなほど難しいステージ、勝てない対戦、上達しない腕、強いられる作業……「そうしたものを乗り越えた時にこそカタルシスがあるんだ」とは思うものの、私は結局『DOWNWELL』はクリアできなかったし、『Splatoon2』はB-のままだし、未だに『バンドリ』のHARDもフルコン取れないし、今現在『サバクのネズミ団』で電池40コ作る作業に「んげー」ってなってるし。ゲームの苦しみなんて大抵は乗り越えられないまま終わるものですよ。


 「楽しい」だけをゲームに求めるなら、1つ「楽しいゲーム」を見つけたらそれだけずっと遊んでいればイイとも思うんですね。ずっと『スマブラ』だけ毎日遊んでいてもきっと「楽しい」し、ずっと『どうぶつの森』だけ毎日遊んでいてもきっと「楽しい」です。実際、1本のゲームだけをずっと遊ぶ人もいますもんね。

 「他のゲームは難しいかも知れないから手を出さない、ずっとこのシリーズだけ遊ぶ」
 そうして『ドラクエ』だけは新作が出たら遊ぶ人、『Dr.マリオ』だけずっと遊んでいる人、今でもファミコンのゲームしか遊ばない人―――そういう人達も、私は立派に「ゲーマー」だと思います。



 でも、私はそうではありません。
 私、多分「見たことのない景色」が見たいんですよ。

 「お、とうとうやまなしさんもオープンワールドのゲームの魅力に気が付いたんだな」という話ではなくてですね(笑)。見たことのないもの、初めて遊ぶゲーム、言語化されていない未知の感情、そういうものに出会いたくて片っ端からゲームを遊んでいるんだと思うのです。

 「楽しい」だけを求めるのなら、ぶっちゃけ『ROOMMATE~井上涼子~』なんて今遊ぶものじゃないでしょう。グラフィックとかゲームシステムとかは最近のゲームの方が洗練されているし、時計(カレンダー)と連動したゲームなんて今や珍しくもなんともありません。
 でも、その洗練されていない、粗削りで試行錯誤していた「時計と連動したゲーム」の黎明期に作られた『ROOMMATE~井上涼子~』には、「楽しい」だけではないいろんな感情が湧いてくるんです。私はそれを体験したくて、いろんなゲームを遊んでいるんです。


 『Dの食卓』とか『巨人のドシン』を実況したときにも思いましたよ。これらのゲームより「楽しいゲーム」を遊びたいのなら、選択肢なんてごまんとあるでしょう。でも、あれらのゲームにはあれらのゲームでしか見られない「景色」があったと思うんです。
 今ちょっと例えに古いゲームが続いちゃいましたが、最近のゲームだってそうです。『マニュアル・サミュエル』だって、『Yoku's Island Express』だって、あのゲームにしかない景色がありました。インディーゲームだけじゃないです。『Nintendo Labo』もそうでした。『じんるいのみなさまへ』だってそうでした。

 「どうやって遊ぶのか」で見える景色も変わるもので、『The Escapists 2』をオンラインでワイワイ言いながら遊んで脱走したのは他では味わったことのない体験でしたし、『パーティクイズMEGA Q』をMixerの超低遅延を活かして視聴者全員で一丸となってクリアした景色は多分あのメンバーにしか見たことのない景色だったと思います。



 ゲームって、いやゲーム以外の娯楽全部もそうだと思うんですが。
 「楽しい←---------→楽しくない」って一軸の評価では収まらないものだと思うんです。

 でも、それって意識しないと忘れてしまいがちなことで……
 例えば私が「『ROOMMATE~井上涼子~』は楽しくはないが、他では味わえない景色を見せてくれる」なんてレビューを書こうものなら、「やまなしがゲームを“楽しくない”と批判したぞー! 殺せー!」と言われてしまうという。“楽しくない”は別に批判じゃないし、“楽しくないゲーム”があったってイイと思うんですけどね。



 でも、私も「遊んだことのないゲームのレビュー」を読んで、そのゲームを買うか買わないか判断しようとしたら、どうしても「絶賛している」か「酷評しているか」という一軸の評価で見てしまうし……そもそも「見たことのない景色」なんて、その人の人生や娯楽遍歴で変わってしまうので、一般化できるものでもないんですよね。

 その辺が、まぁ……私には「レビュー」があまり向いていない理由なのかなと。
 ああいうものが向いている人って、もうちょっと客観的にモノが見える人というか、「自分の好み」を押し殺して作品を楽しめる人というか、「世間一般と同じくらい」にはゲームが上手い人じゃないとなれないと思うので……私とは真反対なんですね。それを言い出すと「私に向いているもの」が何なのかが未だに分からなくて、野垂れ死にかかっているワケですが……


 「向いている/向いていない」の話で言うと、私は未だに「自分に向いているゲーム」というのが分からなくてずっとそれを探して旅をしているという側面もあります。
 『マリオメーカー1』の実況をやっていた頃、「やまなしさんが一番得意なゲームって何ですか?」と聞かれて「マリオだよ」と言おうと思ったのですが、簡単なはずのコースでボコボコにやられてみんなからゲラゲラ笑われている真っ最中だったので「何も得意なゲームなんてないね……」と答えたことがありました。

 まぁ、ズル(丸ごとバックアップ)をしないと『スーパーマリオブラザーズ1』クリアできない人間が「一番得意なゲームはマリオです!」と言うのは抵抗あるし、アクションゲームは大抵クリアできないし、RPGは数字が理解できないし、シミュレーションは好き勝手遊ぶのは楽しいけどそのせいでクリアできないし、アドベンチャーはフラグ管理が苦手だし、シューティングとレースは「覚えゲー」だから記憶力が保てないし、ギャルゲーの中ですらモテないし、格闘ゲームはコンボの概念すら未だに分からないし、音ゲーはリズム感ぜろおなんでマトモにプレイ出来ないし、パズルゲームはせいぜい二手先くらいまでしか考えられないし、クリエイト系のゲームは完成までこぎつけられたことがないし、ガチャゲーで強キャラを引き当てても使いこなせずにボコボコにやられるだけだし、


 こんな自分にも、いつか「自分に向いたゲーム」と出会えるときが来るんじゃないかといろんなゲームを片っ端から遊んでいるところがあります。それもまた、見てみたい景色なんですよ。「このゲームが自分にとっての運命のゲームだ」と言える瞬間を。

 あ、今の発言……ものすごく「モテナイ男」っぽかった。
 これは今度「モテナイ男」を主人公にした小説を書いた時に使うことにしよう(笑)。

| ゲーム雑記 | 21:00 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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