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やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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4月29日~5月30日の近況報告:初代ペーパーガールズぷよシアbo改。

 パソコン故障により消失していた「積み本リスト」「積みゲーリスト」を0から作り直したため、近況報告を復活させます!書くことは大して変わりませんけどね!

 しかし、久々に「積みゲーリスト」を作っていて気付いたのは、Amazonのアプリストアでダウンロードした(多分無料の)ゲームは結構な率でページごと消滅しているんですね。Kindle Fireを買ったばかりの2013年頃に「Kindle Fireで遊べるオススメのゲーム」を紹介しようと50本くらいゲームを遊んで、結果的に「碌なゲームなかった!」という記事を書いたんですけど(笑)、その頃にダウンロードしたゲームの4割くらいはもう遊べなくなっていました。


 「昔のゲームが遊べなくなってしまう」危機感から、例えばプロジェクトEGGが昔のPCゲームを購入して遊べるようにしてくれてたり、Gモードアーカイブスでガラケー自体のゲームを購入して遊べるようにしてくれてたりするのだけど……こういう「スマートデバイス向けゲーム」も、オンライン前提のソシャゲとかはもちろん、そうではない広告モデルゲームもしれっと終わって永久に遊べなくなるもんなんだなぁと思いました。



【最近遊んでいたゲーム】
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<画像はスーパーファミコン用ソフト『初代熱血硬派くにおくん』より引用>

 5月にゲーム実況で挑戦していたのは『初代熱血硬派くにおくん』でした!
 くにおくんシリーズ1作目というワケじゃなくて、シリーズ2作目の『ドッジボール部』以降「ディフォルメされたくにおくんがスポーツしたり人助けしたりする路線」になっていたところ、シリーズ1作目のようなリアル頭身路線に回帰したという意味でこのタイトルみたいです。くにおが大阪に修学旅行に行って、そこで抗争に巻き込まれていくストーリー。


 挑戦3日目で、「HPと守備力が高すぎて倒すのに54分間かかった敵」に散々愚痴ってしまいましたが……終わってみて、冷静に振り返ってみると、「このゲームを作った人が想定したプレイ」を「私が出来なかった」だけなのかなと思うようになってきました。
 というのも、このゲーム「レベルアップ」とか「装備付け替え」によるステータス上昇の効果が大きく、2~3レベル上がるとゲームバランスがガラリと変わるんですね。54分かかった敵というのは、要は作り手が想定していたよりもレベルが2~3低い状態で挑んでしまっただけなんだろうと。

 じゃあ、どうしてレベルが上がらないまま進んだのかというと……本来ならもっと道に迷ったり、敵にやられてホテルまで戻らされたり、ザコ戦を数多くこなす想定だったところ。案外すんなり進めてしまったため、レベルが十分に上がらなかったんじゃないかなと。

 こういうことがあるから私、「アクションゲームにレベルアップのシステムを組み込んだゲーム」ってあまり好きじゃないんですね。「アクションゲームが苦手な人でもレベル上げをすればクリア出来るぞ」を目指しているのかも知れませんが、「レベル上げをしていないとどんなにアクションゲームが上手くてもダメージが入らない」とか「レベル上げをすると張り合いのないゲームバランスになる」とかそんなんばっかで……


 あと、もう一つ。攻略サイトなんかを見てみると、わだ(2日目のラストで私がアッパーカットに沈んだ四天王の一人)の申し出を受けて連合側に一時付いておけば、私が54分間戦ったアイツらは出現しなかったっぽいんですね(わだの申し出を断ると強力な敵と戦う羽目になると、攻略サイトには書いてありました)。

 つまり、マルチシナリオの「難しいルート」を知らずに進んでしまったからという見方も出来るのかなと。でも、くにおだったら普通あそこの申し出は断るでしょ!? 後の「ホテル襲撃に熱血高校の仲間達が立ち向かう」描写を見るに、くにおが熱血高校の仲間のために申し出を受けた方がシナリオとしてはキレイにまとまるんですけど……


 アクションゲームとしての手触りの良さ、マルチシナリオでもある熱いストーリー、実在の大阪の観光名所が舞台になるとこなど、良いところもたくさんあるんですけど……全体的に「不安定な出来」なゲームだったかなぁと思います。どうしたって『ダウンタウン熱血物語』や『時代劇』と比較しちゃうのも申し訳ないですけどね。

 しっかりしていないゲームほど愛せるという人にはオススメ!

→ クリア!(まるごとバックアップ使いましたが)




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<画像はゲームキューブ用ソフト『ペーパーマリオRPG』より引用>

 1月から、生配信ではなく実況動画として挑戦している『ペーパーマリオRPG』ですが―――「コンタクトレンズが見つからない」という理由でギブアップした後、答えを教えてもらったし、新作も発売されるし、コンポジ接続のゲームをキレイに映す方法をテストしてみたかったし、ということで再開して4つ目のスターストーンまでゲットしました。

 「オマエ、いつも文句ばっか言いながらゲームしているな!」と動画を見てくださった人には思われたかも知れませんが、編集で大分カットしているので実際にはアレの80倍くらい文句ばっか言っています。
 「普段のマリオ本編ではやらないストーリー展開」や「普通のRPGではやらないアンチRPG的な展開」は凄いと思うんですが、それを楽しむ余裕がないくらいに難易度が高い!ザコ戦でも「とにかく1回でも敵の攻撃回数を減らすこと」をしっかり出来ないとあっという間にゲームオーバーに追い込まれる修羅の国。このゲームは『ブラッドボーン』か……?


 ただ、何となく分かってきたんですけど……このゲームが良いゲームかどうかとか、難しいゲームかどうか以前に。私、多分「このゲームを作った人」ととことん相性が悪いんです。『初代熱血硬派くにおくん』の話にもつながりますが、作り手が想定した動きを私がまったく出来ていないんですね。

 例えばコンタクトレンズの件も、(動画ではカットしちゃった部分なのですが)1週目で「コンタクトレンズを持ってこい」と言われた時、すぐ横の店には直前に入っていて、店員とも話をしていて、コンタクトレンズが売られていないことは確認していたので「ははーん、これから行く2番目の街、3番目の街でコンタクトレンズを買ってきてコイツに渡すというイベントだな」と勝手に思っちゃったんですね。『ドラクエ3』の「くろこしょう」みたいなやつで。

 そんなカンジで「思い込みによる盲点」でノーチェックになってしまったところに「答え」があることが多く、コンタクトレンズもそうですし、駆け落ちした二人もそうですし、寺院の地下に入るところもしばらく分からず彷徨っていました。んで、ザコ戦で殺されまくっているのも多分、私の盲点になっている「戦い方」があって、それに気付いていないせいで「そんな苦戦する?」と思われているところでも死にまくっているのかなぁと。

 どんなゲームにも「攻略のツボ」「ゲームが面白くなるツボ」があるんだけど、それに気付けないままゲームを進めるとドツボにハマっていくという悪い例で……それに私が気付けるのが先か、私の心が折れてギブアップするのが先か、さあどっちだ!


 視野の広い人にはオススメです!

→ プレイ継続中(アドバイスをもらいつつもまだ)




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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 待望のNintendo Switch版が発売になったことで、『グノーシア』もプレイ→ クリア!→ ゲーム紹介記事も書きました

 語りたいことは全部その記事に書いちゃったので、特にここに書くこともないのですが……このゲームを遊んだ人がみんな「これは布教したい!」と人に薦めたくなるのは、「こういうゲーム、ありそうでなかった」からだと思うんですね。似たようなゲームが他にたくさんあるのなら、わざわざそんな声を出さないのだけど。このゲームは全然見たことのないゲーム……下手すると、全然ちがうゲームの名前を出されて「○○みたいなゲームでしょ?」と誤解されて食わず嫌いされそうに思えるため、どうしても「いやいや、全然ちがうゲームなんですよ」と人に薦めたくなるというか。

 逆に言うと、新しいゲームに「○○みたいなゲーム」を求める人にはあんまり向いていないというか。インディーゲームって特に海外のものって「ゼルダライクですよ」「メトロイドヴァニアですよ」「90年代のあのゲームをインスパイアしてますよ」と堂々と言うことが多くて、「○○みたいなゲームと言われると安心して手を出せる層」が一定数いるからそういう話が出てくると思うんで。

 そういう「○○みたいなゲーム」に当てはまらない『グノーシア』は、「こういうゲームなんですよ!」と1から説明して布教したくなるというか。なので、えっと、そういうのが好きな人にはオススメです!

→ クリア!



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<画像はNintendo Switch版『サバクのネズミ団!改。』より引用>

 「ネズミ年だから」という理由で元日にプレイを始めた『サバクのネズミ団!改。』は、5ヶ月間に及ぶ死闘の末ようやくクリア出来ました。3DS版の頃からものすごく評判のいいゲームだったので期待していましたが、私にはちょっと難しすぎて、Twitterでアドバイスをもらってのやっとのクリアになりました。

 というのも、このゲーム……サバクフネの中に「自分の好きな部屋」を作ってイイと言ってくるのだけど、例えばクイーンバグ(通り道に絶対出てくる強敵)を倒すにはマシンガンを4部屋は作っておかなくちゃキツイとか、○○を作るために必要な××と△△と□□はファクトリーとラボと発電所がないと作れないとか、「最低限クリアまでに必要な部屋」が結構あるよね!?とそうした部屋を作っていなかった自分は「分からん殺し」でゲームオーバーになったり作った部屋を取り壊したりで大変でした。

 終盤一通りの部屋が作れるところまで進むと「何かあるかも知れないからここのスペースは開けておこう」みたいな配慮もいらなくなるのでストレスなく遊べるようになって面白くなったので、「前半で投げ出さなくて良かった」とは思ったのですが。
 それまでは「これでイイのかなぁ」「また部屋を壊してやり直しかなぁ」という不安にずっと襲われながらのプレイで―――シミュレーションゲームが「好きだけどヘタクソ」な自分でしたが、「自分が下手なせいでネズミ達が死んでいく」「自分が下手なせいで作った部屋や集めた資材が台無しになっていく」というペナルティを突きつけられて、実はシミュレーションゲームは「好きでもないしヘタクソだし」なことに気付かされたというか。つらい。

 『改。』になって追加されたクリア後の要素なんかもあるみたいですが、クリアまでで完全に心が折られた上に、ラスボスに部屋を結構壊されたのでここまでにしておきます。


 シミュレーションゲームが得意な人にはオススメ!

→ クリア!(アドバイスをもらいましたが)



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<画像はセガサターン版『ぷよぷよ通』より引用>

 ずいぶん前に福袋から出た『ぷよぷよ通』ですが、6月の実況に向けてセガサターン本体を出していたこと、懇意にさせてもらっている方が生配信でちょうどセガサターン版『ぷよぷよ通』をプレイするということで……生配信と同時にプレイ開始して、どちらが先にエンディングまで行けるのかという遊びをしました!私だけ、CPUの難易度をイージーにして!

 イージーにしても終盤はかなりの難易度で、15回ほどコンティニューしてのようやくのクリアでした。そしたら出てくる「ノーコンティニューでクリアしろよな」の文字に、ハッハッハと笑って見なかったことにしました。
 ゲームとしては面白くないワケがなくて、「相殺」の導入により最初に5連鎖をしても勝負は決まらず、その後の2撃・3撃目がモノを言うのが熱いですね。CPU相手でも自分と同じくらいの実力の敵と戦う分には面白い、実力が上の敵と戦うと苦痛になるのはまぁしゃあない。

 それはそうと、『ぷよぷよ』キャラの元ネタとなる『魔導物語』のリメイク版がメガドラミニで遊べるのでその内遊ばないとですね。

 クリアとか目指さずに気楽に遊ぶ分にはオススメ!

→ クリア!



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<画像はEpic Gamesストア版『Limbo』より引用>

 んで、その懇意にさせてもらっている方が生配信で挑戦するということで、去年の夏にEpic Gamesストアで無料配布されて受け取ったのに一度も起動していなかった『Limbo』も急いでプレイしてクリアまで遊びました。2010年の有名なインディーゲームなんで「今更」ですが、むっちゃ面白かったです。

 2D横スクロールのアクションパズルゲームで、このゲーム以降に流行ったのか流行っていたからこのゲームもそうなったのかは分かりませんが海外のインディーゲームにはむっちゃ多いジャンルですよね。私が過去にプレイしたゲームなら『クニットアンダーグラウンド』(2012年、日本版は2014年)とか、『ネバーアローン』(2014年)とかもそうでした。
 更に「このゲーム独自の操作」みたいなものがあるワケでもなく、移動・ジャンプ・アクション(モノをつかんで引っ張ったり押したり)の3つしか操作がないとか、幾らなんでもこんなシンプルなゲーム今更楽しめるかなーと思って始めたらむっちゃ面白かったです。

 これだけの操作なのに、ステージのギミックが多彩で、パズル部分は一発では解けない、でもしばらく「うーん」と悩むと答えが出る絶妙なバランスが溜まりませんでした。アクション部分はアクションが苦手な人には難しいところはありますが、コンティニューポイントがすぐそばなので苦にならないように工夫してありますし(こういうゲームは得てして終盤コンティニューポイントを遠くして難易度を上げがちなんだけどそういうこともなく)。最後まで「良く出来たゲーム!」と唸りながらプレイしました。

 このグラフィックなのに、死に際がグロくて「CERO:D」判定ですし……グロイのとか、暗いのとか、重いのとかが苦手な人には勧めませんが。それが大丈夫なアクションパズル好きには是非オススメです!

→ クリア!



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<画像はiOS版『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』より引用>

 ずっと続けてきた『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』は岐路に立たされています。へっぽこプレイを続けてきた私ですが、最近ようやく最高難易度(一部の曲には更に上もあるけど)EXPEETでもプレイするようにしました。「HARDでフルコンを取れている曲」「楽曲レベル25以下」の曲だけですけどね。

 ガチャを回しまくって手に入れたキャラはもうみんなレベルMAXにしたし、プレイするモチベーションがそれくらいしかなくて、でも難しい曲に挑むのは楽しくて……というのが最近のプレイ状況だったのですが。iPadを最新のOSにアップデートした途端、どうも挙動が変になったというか、高速でやってくる譜面が一部ワープするみたいな現象を何度か確認しました。

 実をいうと、昨年の夏にApple製品がOSをアップデートしてiOS13とiPadOSになった際、このゲームは「ゲームが正常に動作しない恐れがある」とOSのアップデートを控えるようにアナウンスしていたんですね。
 ただ、その後iOS13.1になったタイミングだったかで公式Twitterでアップデートしてくださいと書かれ、でもiPadOSは書かれていなくて、検索しても情報が出てこなくて―――でももう半年以上経っているんだし、OSアップデートしないのも不安だし、「えいやっ!」とアプデしたら譜面がワープするようになったという。


 ただ、この現象も毎回起こるワケじゃないし、ひょっとしたら端末の方にガタが来ているのかも知れないし、通信の問題かも知れないし(オフラインだと起こったことがない)、そもそも私くらいのヘッポコになると「今オレがフルコンを逃したのは、ワープがあったからなのかオレが下手なのかどっちだか分からん」ものですし。

 ということで、EXPERTに挑戦するようになった途端にゲームが正常に動作しているのかも分からなくなったよという話でした。オススメしても、私も「そろそろ潮時かなぁ……」と思い始めている頃だったりします!

→ ゲーム継続中


<現在の進行状況>
・『初代熱血硬派くにおくん』→ クリア
・『ペーパーマリオRPG』→ プレイ継続中
・『グノーシア』→ クリア
・『サバクのネズミ団!改。』→ クリア
・『ぷよぷよ通』→ クリア
・『Limbo』→ クリア
・『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』→ プレイ継続中




【現在の積み状況】
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【紙の本】
・漫画:所有801冊(709冊)、未読52冊(48冊)
・小説:所有10冊(11冊)、未読2冊(3冊)
・その他:所有11冊(14冊)、未読0冊(1冊)
→ 積み本(紙)合計:54冊(前回:52冊)
【自炊済】
・漫画:所有460冊(331冊)、未チェック17冊(0冊)
・小説:所有25冊(22冊)、未チェック2冊(0冊)
・その他:所有33冊(28冊)、未チェック1冊(0冊)
→ 自炊の未チェック合計:20冊<前回:0冊>
【電子書籍】
・漫画:所有953冊(882冊)、未読226冊(200冊)
・小説:所有92冊(95冊)、未読38冊(35冊)
・その他:所有52冊(39冊)、未読6冊(1冊)
→ 積み電子書籍合計:270冊<前回:236冊>

 ()の中は前回2019年10月の記事の数字ですが、表を0から作り直しているのでカウントの仕方が変わっているところも多いと思われます。電子書籍の小説が減っているのは、今は亡きパブーで買っていた小説のダウンロードファイルが、パソコン故障のせいかどこかに行ってしまったからです。オフラインに保存できるから安心とは何だったのか。

 しかし、どうしてこんな紙の漫画が増えているんだろう……
 家族が買っている漫画(で、俺が読む予定のないもの)はカウントしていなかったけど、カウントするようになったとかかなぁ。



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【ファミリーコンピュータ】
・遊べるゲーム107本(103本)、未プレイ56本(50本)
【スーパーファミコン】
・遊べるゲーム87本(84本)、未プレイ65本(62本)
【ゲームキューブ】
・遊べるゲーム14本(14本)、未プレイ7本(8本)
【Wii】
・遊べるゲーム62本(62本)、未プレイ9本(9本)
【Wii U】
・遊べるゲーム24本(24本)、未プレイ1本(1本)
【Nintendo Switch】
・遊べるゲーム74本(54本)、未プレイ32(13本)
【ゲームボーイ(カラー)】
・遊べるゲーム48本(30本)、未プレイ30本(15本)
【ゲームボーイアドバンス】
・遊べるゲーム10本(10本)、未プレイ7本(7本)
【ニンテンドーDS】
・遊べるゲーム36本(37本)、未プレイ1本(1本)
【ニンテンドー3DS】
・遊べるゲーム66本(64本)、未プレイ4本(4本)
【プレイステーション】
・遊べるゲーム42本(43本)、未プレイ11本(7本)
【メガドライブ】
・遊べるゲーム47本(49本)、未プレイ39本(33本)
【セガサターン】
・遊べるゲーム51本(52本)、未プレイ29本(30本)
【ドリームキャスト】
・遊べるゲーム44本(12本)、未プレイ39本(6本)
【PCエンジン】
・遊べるゲーム10本(10本)、未プレイ1本(1本)
【アーケード】
・遊べるゲーム6本(6本)、未プレイ1本(1本)
【PCゲーム】
・遊べるゲーム117(76本)、未プレイ91本(44本)
【スマートデバイス】
・遊べるゲーム117本(129本)、未プレイ3本(2本)

→ 積みゲーの合計は426本<前回:323本>


 ところどころのハードに「遊べるゲームが減っている」ところがあるの、集計方法が変わったからというより「単にカウントし忘れているものがある」気がする!怪しいのは、「DS」「プレステ」「メガドラ」「サターン」か……調べるのかなり面倒くさいな!
 半年間で積みゲーが100本増えているんですけど、その内の半数がPCゲームで、その内の7割くらいがEpic Gamesストアが無料配布していたゲームだと思いますわ……今月遊んだ『Limbo』みたいに遊べばむっちゃ面白いゲームが、遊ぶ時間もなくどんどん積みあがっていくのはEpic Gamesストアにとって得なんですかねぇ。



【これから買う予定のゲーム】


 「買う予定」というか、もう「あらかじめダウンロード済」なんですが……Nintendo Switchの『世界のアソビ大全51』を買いました!そして、オンライン対戦する実況を定期的にやっていこうと考えています。Nintendo SwitchのeShopで直接買っちゃったんだけど、Amazonでダウンロードコード買えば500円近く安かったんだ。しまった……

 「いろんなゲームを遊びたい」宇宙飛行士タイプの自分からすると、聞いたこともない昔のボードゲームがたくさん収録されていて、かつオンライン対戦が出来る――――そして、『どうぶつの森』とか『Splatoon』とかで普段一緒にオンラインで一緒に遊んでくださっている方々の中でもこのゲームを買う人が結構いるみたいなんで、対戦環境もあるってなると、そりゃ私が買わないワケがないでしょう!

 どうせなら51コ全部のレビューを書きたいなぁ。
 51コの中で「これなら俺は誰にも負けない!」ってゲームを見つけたいですね。


 それはそうと、Nintendo Switch本体を「ゲーム盤」に見立てたPV……Wii Uゲームパッドの初お披露目PVを思い出して感慨深くなりました。本来ならWii Uでもこういうゲームを出したかったのかも知れないけど、スタートダッシュに失敗したWii Uではそんなことも出来ず。本体普及に成功したNintendo Switchだからこそ、こういうゲームが出せるのかなぁと。


| 近況報告 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゼスト相模原店の「ファミコンソフト10本セット(1000円)」を開封しました!

 1月4日に開けたヤツですけどね!
 神奈川県のゼスト相模原店で友達が買ってきた「ファミコンソフト10本セット(1000円)」を、友達と一緒に開封しました。

 友達が買った福袋なので、「大当たり」「まぁまぁ」「ちっ」の判定は友達が行っています。基本的には「もう持っているヤツ」が「ちっ」で、「まだ持っていないヤツ」が「大当たり」になると思います。



 いつもの通り、開封する様子は生放送で開封したものの動画と、その後にブログ用に書いたテキストの両方でお届けしますので、お好きな方でご覧ください。




 ↓ テキスト版はこの後です。
 発売日の情報はWikipediaかAmazonの商品ページを参考にしています

≫ 「続きを読む」

| ゲーム実況 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『グノーシア』紹介/間違いなく俺は、この14人と一緒に宇宙を冒険したんだ

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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

【これさえ押さえておけば知ったかぶれる三つのポイント】
1プレイは10~15分。何百回と、CPU相手に遊べる1人用人狼ゲーム
ループするごとに強くなる「ループ作品の主人公」を体験できる
このゲームの主人公は「自分」だし、キャラクターは「NPC」なんかじゃなかった


『グノーシア』
・メーカー:プチデポット(Vita版のみ販売はメビウス)
公式サイト
 プレイステーションVita版:2019年6月20日発売
 Nintendo Switch版:2020年4月30日発売
  ※ Nintendo Switch本体機能でのスクリーンショット撮影○、動画撮影○
・SF人狼ゲーム
・セーブ方法:オートセーブ


※ PVはNintendo Switch版のものです
 私のクリア時間は28時間でした
 ※ネタバレ防止のため、読みたい人だけ反転させて読んでください

【苦手な人もいそうなNG項目の有無】
この記事に書いたNG項目があるかないかを、リスト化しています。ネタバレ防止のため、それぞれ気になるところを読みたい人だけ反転させて読んでください。
※ 記号は「◎」が一番「その要素がある」で、「○」「△」と続いて、「×」が「その要素はない」です。

・シリアス展開:△(一部のエンドを除いて終始明るいノリ)
・恥をかく&嘲笑シーン:△(土下座シーン、ちょっと恥ずかしいの私だけ?)
・寝取られ:×
・極端な男性蔑視・女性蔑視:×(性別を持たない汎という概念は面白かった)
・動物が死ぬ:×
・人体欠損などのグロ描写:×
・人が食われるグロ描写:×(グノーシアは人間を「消滅」させてるだけなんで)
・グロ表現としての虫:×
・百合要素:×
・BL要素:×
・ラッキースケベ:×
・セックスシーン:×

↓1↓

◇ 1プレイは10~15分。何百回と、CPU相手に遊べる1人用人狼ゲーム

 このゲームは『メゾン・ド・魔王』を作ったことで有名なプチデポットが、約4年をかけて開発したインディーゲームです。
 元々はプレイステーションモバイル用にプロトタイプを作っていたところ、プレイステーションモバイルのサービスが終了、Vita用ソフトとして開発を始めるも完成した頃にはVitaは出荷終了しているくらいの末期になっていました。しかし、そんな時期にも関わらず(そんな時期だからこそ?)「終わりかけているVitaにこんな面白いゲームがあるぞー!」と口コミが広がってヒットしました。

 私がプレイしたのは、そのVita版にバランス調整などを施して移植をしたNintendo Switch版です。Vita版の実績と評判があったため、ニンテンドーダイレクトで紹介されるなど注目度も高く、自分も含めて「Nintendo Switch版で初めて遊びました」って人が結構いました。
 よく「○○の機種で出たら買うとか言っているヤツは、実際に○○の機種で出ても買わない」と言われますが、少なくとも『グノーシア』はNintendo Switch版で出たから買って遊んだという人がたくさんいましたよ!


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>


 さて、そんな経緯なので私はプレイする前から「人狼をモチーフにしたアドベンチャーゲーム」「ムチャクチャ評判が良かった」ことくらいは知っていました。逆に言うとそれくらいの知識しかなかったので、ケムコのアドベンチャーゲームとか、『シークレットゲーム』みたいな、ストーリーをひたすら読んでいって、たまに選択肢がある―――というノベルゲームだと勘違いしていました。

 全然違いました。

 このゲーム、「人狼をモチーフにしたアドベンチャーゲーム」というよりかは「人狼をCPU相手に延々と遊ぶゲーム」だったんです。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 「人狼とか全く知らない」という人もいらっしゃると思うので、ゲームの大まかな流れを説明していきます。まずは「会議パート」です。『人狼』では「昼フェイズ」と呼ばれるパートですね。

 メンバーの中に紛れている「グノーシア」が誰かを話し合って推理していくパートです。プレイヤーが出来ることは大まかに分けて2つ、「Xボタンを押して自分から発言する」「Aボタンを押して他の人の発言を聞く」かです。
 自分から発言すると「アイツは怪しい!」と名指しで攻撃できるのですが、喋りすぎると目立ってしまって「アイツ喋りすぎで怪しい」と逆に怪しまれてしまいます。「他の人の発言を聞く」と、誰が誰を怪しんでいるかなんかが分かる一方、望まない展開になって「その人じゃなかったのにー」と場に流されてしまうことにもなりかねません。なので、両方をバランス良く使っていく必要がありますね。

 時間制限などはないので、データなんかを見ながらじっくり考えましょう。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 自分およびCPUの発言が合計5回終わったら、「会議パート」のラスト:投票開始です。
 「コールドスリープさせたい相手」を1人1票ずつ入れていって、多数決で1位になった人を強制的にコールドスリープにさせます。乗員の勝利条件は「全てのグノーシアをコールドスリープさせること」なので、ここでグノーシアを全滅できれば「終了」です。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 グノーシアをコールドスリープさせられなかった or グノーシアがまだ残っている場合、ゲームは続行し、「移動パート」に入ります。『人狼』における「夜フェイズ」だと思うのですが、やれることは結構あります。どちらかというと育成シミュレーションとか恋愛シミュレーションっぽいパートだと思います。

 まずは「経験値が溜まっていた場合は自室でレベルアップ」が出来ます。
 詳しくは次の項で説明しますが、このゲームは「主人公の成長」がムチャクチャ重要なので、忘れずにレベルアップさせてステータスをアップさせておきましょう。

 続いて、「宇宙船内にいる誰か一人にだけ会いに行ける」のですが―――――あ、説明し忘れていました。このゲームはSFです。人類が宇宙を飛び回っている時代に、この宇宙船という密閉空間に「グノーシア」に汚染されているヤツがいるぞ! やべえ! って話です。グノーシアに汚染された人を野放しにしないため、グノーシアを全員見つけ出さない限り、この宇宙船はどこにも行けないんですね。

 話を戻しましょう。
 この「移動パート」で誰かに会いに行けば、その人とちょっとだけ仲良くなって「会議パート」で協力してくれるなんてこともありますし。あちらから「同盟を結ぼう」と提案されることもあります。また、ストーリーを進めるための特殊イベントが起こるのもこの「移動パート」が多いです。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 「移動パート」が終わると、グノーシアに狙われた一人が消滅します。
 グノーシアが何人残っていたとしても、グノーシアに消滅させられるのは一人ずつです。グノーシア側は「グノーシアの数が生き残っているメンバーの半数以上に到達する」と勝利なので、グノーシアの仲間をコールドスリープさせないように立ち回りながら、乗員を一人ずつ排除していくプレイになりますね。

 そして、残ったメンバーでまた「会議パート」、コールドスリープさせる人を話し合って投票します。この繰り返し、ちょっとまとめてみましょうか。

・会議パート:自分+CPUが5回まで発言できる
→ 投票:誰か一人を「コールドスリープ」させる
→ 移動パート:誰か一人に会いに行ける
→ グノーシアの襲撃:誰か一人が「消滅」させられる

→ 会議パート:自分+CPUが5回まで発言できる
→ 投票:誰か一人を「コールドスリープ」させる
→ 移動パート:誰か一人に会いに行ける
→ グノーシアの襲撃:誰か一人が「消滅」させられる

→ これを「グノーシア全員をコールドスリープさせる」か、「グノーシアの数が生き残っているメンバーの半数以上に到達する」まで続ける


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 そして、プレイヤーが勝っても負けても、ループしてまた「1日目」の「会議パート」からやり直しになります。「誰がグノーシアか」どころか、「参加しているキャラの数」、「誰がどの役職か」などもすべてリセットされるので、前回のプレイで分かったことは次のプレイでは役に立ちません。この辺はちょっとローグライクっぽい。
 ゲームが進むと、「参加人数」「グノーシアの数」「どの役職がいるのか」「自分がどの役職なのか」を自分で設定できるようになります(「おまかせ」にもできます)。これで延々とループを繰り返しながら、CPU相手に「会議」を重ねていくゲームなんですね。

 1ループにかかる時間は長くても15分くらい、人数を減らせば10分もかからないと思います。「ワンプレイの短さ」と「毎回ちがうことの起こるリプレイ性の高さ」ゆえに、勝っても負けても「もう一度!」と遊びたくなるのは、『Splatoon』みたいな対戦ゲームのような中毒性があります。

 ジャンル的には「アドベンチャーゲーム」なのに、ゲームマインド的には「対戦ゲーム」なんですね。



 こんなカンジ。
 『人狼』を知っている人なら「まんま人狼じゃん!」と思ったかも知れません。設定をSFにして、役職名を独自のものにしていますが、中身は『人狼』そのまんまです。説明の際には分かりやすく「乗員」と「グノーシア」以外の役職名は書きませんでしたが、ゲームを進めていくと「1度に参加するキャラ数」「潜んでいるグノーシアの数」も増えて、役職もどんどん増えていきます。

 こちらも簡単にですがまとめておきますが、『人狼』を知らない人には「こんなに一度に覚えられない!」と思われるでしょう。ゲーム内ではちょっとずつ解禁されていくので、実際にゲームで遊べば覚えやすくなっていると思われます。


<乗員サイド>
※ 「グノーシア全員をコールドスリープさせる」と勝利
・乗員 (『人狼』でいう“村人、人間”)
 特に能力を持たない一般人

・エンジニア (『人狼』でいう“占い師、預言者”)
 移動パートの最後に、「その人がグノーシアかどうか」を1人だけ調べられる

・ドクター (『人狼』でいう“霊能者、霊媒師”)
 移動パートの最後に、「コールドスリープさせた人がグノーシアかどうか」を調べられる

・守護天使 (『人狼』でいう“狩人、騎士、用心棒”)
 移動パートの最後に指定した1人を、グノーシアの襲撃から守ることができる

・留守番 (『人狼』でいう“共有者、双子”)
 2人1組のセットで、それぞれがお互いを「乗員」だと認識・証明できる

<グノーシアサイド>
※ 「グノーシアの数が生き残っているメンバーの半数以上に到達する」と勝利
・グノーシア (『人狼』でいう“人狼”)
 移動パートの最後に、指定した1人を消滅させることができる

・AC主義者 (『人狼』でいう“狂人、裏切り者”)
 能力的には「乗員」だけど、グノーシアの味方で好き放題ウソをつくことができる。ただし、AC主義者は誰がグノーシアかを知らないし、グノーシアも誰がAC主義者かを知らない(なので、グノーシアから襲撃を受けて消滅することもある)

<第3陣営>
※ 「乗員サイド」及び「グノーシアサイド」が勝利条件を満たすまで生き残れば勝利
・バグ (『人狼』でいう“妖狐、狐”)
 「乗員」にとっても「グノーシア」にとっても敵。グノーシアが襲撃しても消滅しないけど、エンジニアに調べられると消滅する



 『グノーシア』に出てくる役職はこんなところ。全て『人狼』の方にもある役職ですね。

 ゲーム内のルールとして「乗員サイド」はウソをつくことが出来ず、ウソをつくことが出来るのは「グノーシア」「AC主義者」「バグ」の3役職だけです。
 例えば、「私、エンジニアです」と名乗り出た人が2人いた場合、本物のエンジニアは1人しかいないので、残りの1人は「グノーシア」「AC主義者」「バグ」のどれかってことですね。逆に言うと、「グノーシア」「AC主義者」「バグ」をあぶりだすために、エンジニアやドクターに名乗り出てもらうという手があります。



 「さっきから『人狼』『人狼』って何度も言っているけど、そもそも『人狼』って何?」という人のために、『人狼』もちょっと説明しておきましょう。
 元々はヨーロッパの伝統的なゲームに、家族や親戚などが集まった際に遊ぶ集団推理ゲームがあり(『ウインク殺人事件』『ウインクキラー』もこの一つと言われる)。それを1986年にソ連のドミトリー・ダヴィドフ氏が「市民とマフィアの抗争」という形にまとめ、『Mafia』というカードゲームが生まれます。



 この『Mafia』というゲームは世界中に広がって様々なローカルルールを生んだ後、1990年代後半になるとインターネットが普及したことでそれらのローカルルールがまとめられて、様々なバリエーションが生まれ、その中に「人間と人狼の戦い」に置き換えられたものがあったそうです。
 2000年代に入ると、そうした「人間と人狼の戦い」に置き換わったカードゲームが世界中から発売されるようになります。2001年のアメリカからは『汝は人狼なりや?』、フランスからは『ミラーズホロウの人狼』、イタリアからは『タブラの狼』―――日本における『人狼』人気はこれらのカードゲームを、コアなアナログゲーマーが輸入して遊んでいたのが始まりみたいです。

 

 これをインターネット上でも遊びたいと、2000年代中盤くらいには「チャットで遊ぶ人狼」が普及して、2010年代に入るとスマホ用アプリを使ったものも多く登場し、テレビ番組やニコニコ、YouTubeでも対戦される様子を放送するものも出てきて認知を広げていきました。


 この『グノーシア』というゲームを一言で言ってしまえば、「カードゲームやチャットなど“対人”でしか遊べなかった人狼を、“対CPU”で遊べるようにしたゲーム」なのですが―――じゃあ、このスタッフはさぞかし『人狼』が大好きなんだろうなと思いきや全然そうじゃないらしいんですね。
 色んなところのインタビューで語られていることなのですが、実際に『人狼』に参加してみたら初日にあっという間に吊るされてしまい(『グノーシア』における「コールドスリープ」)初心者なのに全然楽しめなかったそうです。それ故に「必要な人数を集めるのが大変なので気軽に遊べない」「最初から知っておかないとならない戦略が多くて初心者にはハードルが高い」「ワンプレイが長い」「早々に脱落した人にはやることがなくなる」などの問題点が分かり、それらを解消した1人用専用『人狼』ゲームとして『グノーシア』が生まれたのだと思われます。

 なるほど、『グノーシア』序盤のチュートリアルが「人数も役職も少ない状態で始まる」「プレイヤーは決して狙われない」のはそのためかと思いました。


 思えば、元々コンピューターゲームにはそういう側面もあったと思うんですね。
 例えばファミコンの『麻雀』とか、SIMPLEシリーズの『THE 麻雀』みたいなゲームは、「対戦相手も麻雀牌も必要なく、ジャラジャラという騒音も気にしないで一人で遊べる」からこそのヒットだったと思うんです。野球とかテニスとかのゲームもそうです。人数を集めて場所を借りてみたいな手間を必要とせず、「現実にあるゲーム、スポーツを手軽に1人で楽しめる」のがコンピューターゲームの魅力の一つだったと思うのです。

 しかし、1990年代後半から2000年代辺りにインターネットが普及して、それまでCPUと対戦していたそれらのゲームも「オンラインで世界中のプレイヤーと対戦しよう!」みたいな流れになってきます。麻雀だって、野球だって、テニスだって、なんならマンカラとかナインメンズモリスとかヒット&ブローとかチャイニーズチェッカーとかだってオンライン対戦できてしまう時代です。

 そんな時代に、「オンライン対戦から普及していった」と言っても過言ではない『人狼』ゲームを、逆に1人用ゲームに落とし込むというのは面白い試みだと思うんですね。『人狼』というものには興味があるけど、遊ぶためのハードルが爆上がりしているこの時代だからこそ、このゲームはヒットしたのかなぁと思うのです。

↓2↓

◇ ループするごとに強くなる「ループ作品の主人公」を体験できる
 先の項目で「このゲームはCPU相手に『人狼』を延々と遊ぶゲームだ」と書きました。短期的にはその説明がすべてなのですが、長期的な目標として「一緒に『人狼』をプレイする14人のCPUのイベントを発生させる」というものがあります。

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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 「このゲームを始めたばかりのプレイヤー=記憶を失っている主人公」は、一緒に宇宙船に乗っていて、一緒にグノーシア探しをしている14人の人となりを知りません。グノーシア探しの合間にイベントを起こすことによって、14人の生い立ちやら境遇、趣味などを知っていくことがこのゲームの長期的な目標です。

 宇宙がループするごとにみんなの記憶はリセットされて、みんなの役職も変わるのですが……このゲームの主人公であるアナタ(とセツ)だけはループしても記憶を継続できるため、みんなの素性を忘れずにいられるのです。『シュタインズ・ゲート』における「リーディングシュタイナー」のように。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 ある程度ゲームを進めると、「イベントが起こりやすい設定」に合わせてくれる「イベントサーチ」機能が使えるようになります。イベントには「乗員側でしか起こらないイベント」「グノーシア側でしか起こらないイベント」なんかがあって、様々な役職でプレイしないとすべてのイベントは見られないんですね。
 また、イベントには発生させるだけではなく特定の条件をクリアしなければならないものもあります。例えば「自分だけがグノーシアだと知っている○○をコールドスリープに追い込む」とか、「××と一緒に勝利条件を満たすまで生き残る」とか、「△△と□□を3日目まで行き残らせる」といった、特殊な条件でのプレイが求められるんですね。百回以上ループするゲームですから、これが結構なアクセントになってくれるという。



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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 また、このゲームには「育成シミュレーション」っぽい側面もあって、「勝利」しようが「敗北」しようがループするごとに経験値が溜まっていって自分を成長させられるシステムがあります(恐らく難しい条件で「勝利」した方が獲得経験値は高くなる)。
 成長させられるパラメータは「カリスマ」「直感」「ロジック」「かわいげ」「演技力」「ステルス」の6項目で、初期設定から自由に割り振りできます。平均的に成長させるか、一点突破で行くか、性格が分かれるところですね。


 んで、私……このゲームを始めたばかりの頃、「この要素いるかなー?」と思っていたんですよ。どうもこういう「自由に成長させられるシステム」だと私、自分のプレイスタイルには役立たないパラメータばかり上げて、必要なパラメータを上げずに詰むことをどのゲームでもよくやっちゃうんですね。
 この先の展開を知らないのに、何が必要かなんて分からなくないですか?

 なので、私は『グノーシア』でも序盤ほとんど勝てませんでした。自分が狙われることのないチュートリアルを除くと、勝率1割もいかないくらいで。ずっと「コイツとコイツとコイツがグノーシアだってのは分かっているのに、どうしてみんな投票してくれないんだ!」という事態に陥っていたんですね。今思うと、多分「直感」「ステルス」に振りすぎて、「カリスマ」「ロジック」が足りてなかったのでしょうけど。


 だから、このゲームを始めて数日の頃は、「みんなが絶賛しているゲームなのに、ちっとも勝てなくてつらい」と『Splatoon』みたいなことを考えていました。「俺は全てのゲームに才能がないダメダメクズ野郎なんだ、ゲームレビューなんて書く資格はないからさっさとブログなんかやめて死ねばイイんだ」と考えていました。

 でも、このゲームはそれが正しいんです。
 「何度も何度も何度も何度もループしてやりなおすループ作品の主人公」のロールプレイとしては、それが正しいんです。岡部倫太郎だって、ナツキ・スバルだって、自分の無力さに打ちひしがれたことは一度や二度じゃありませんでした。でも、敗北からのループで得たものを次のループで活かそうとするから人は成長するのです。

 『Splatoon』は500時間プレイしても上手くなりませんでしたけど、『グノーシア』は成長してくれるのです。私が、ではなく、ゲーム内の主人公が! マジでこのゲームが「負けても経験値が入るゲーム」で良かった……


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 もう一つ、先の「14人のCPUとイベントを起こすことが長期的な目標」の話と絡むのですが、このゲームには「起こすことで特殊コマンドを覚えられるイベント」があります。もちろん覚えた特殊コマンドは次のループでも使用可能です。

 例えば、↑のスクショは沙明の得意技「土下座」―――
 これを見ると「沙明から土下座を教えてもらうイベント」が発生して、主人公も覚えることが出来ます。特殊コマンドは特定のパラメータが一定以上ないと使えないものも多いのですが、その分効果の高いものも多く、立ちまわり方がガラリと変わるほどです。

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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 「ループを繰り返す主人公」がそのループの中で「一緒に宇宙船に乗っている14人と交流を深めて特殊コマンドを教えてもらい」、次のループの時はみんなはそのことを忘れているのだけど「主人公だけはその特殊コマンドを教えてもらったことを忘れていないのでその特殊コマンドを使って戦える」ってめっちゃ熱いと思うんですよ!

 14人は必ずしも味方とは限りません。
 グノーシアが何人か混じっているし、同じ陣営だったとしても性格が合わないヤツもいます。


 でも、この「仲間から教わった特殊コマンドで戦っていく」と、繰り返すループの中でこの14人と一緒に宇宙を冒険したこと、この14人と一緒に戦ったことを思い出させられるのです。「ループ作品の主人公」のロールプレイとして、これ以上ない体験でした。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 ループを繰り返して強くなるのは主人公だけではありません。
 14人のCPUもイベントを起こすとパラメータが上がるらしく、パラメータがあがると強力な特殊コマンドもガンガン使ってくるようになります。

 「俺とセツ以外は記憶を引き継いでいないはずなのに、何故……」とは思いますが、CPUと戦う『人狼』ゲームとしてはこの方がむっちゃ白熱します。キャラクターごとの個性がはっきりと出るし、とうとうコイツの本気を引き出したぜ感も出てきますし。

↓3↓

◇ このゲームの主人公は「自分」だし、キャラクターは「NPC」なんかじゃなかった
 さっきの項で私は「序盤は勝率1割もいかないくらいだった」と書きました。このゲームは勝敗がログとして残るワケではないので、実際に1割だったかは分かりませんし、体感としてそれくらいだったかなと思っただけなのですが……中盤以降、目に見えて勝てるようになった理由には「ループを繰り返してパラメータが上がった」ことと、「強力な特殊コマンドを教えてもらって立ち回り方が変わった」こと。

 そして、もう一つ、ものすごく大事なことで……
 仲間(CPU)を信じるようになった―――のが大きかったです。


 このゲームをプレイしていない人には「何を言っているんだ、仲間キャラなんて所詮はプログラムされたNPCだぞ」と思われるかも知れませんし、私も最初はそう思っていました。
 だから、「俺がグノーシアを見つけなければ」「俺がみんなを導いて見つけたグノーシアに投票をさせなければ」というプレイをしていました。各キャラの発言を振り返って、コイツはこの時こう言っていたからもしコイツがグノーシアだった場合コイツにこう言うのはおかしくて……と全部一人で考えていました。その結果、誰がグノーシアかは分かっているのに、私がコールドスリープされたりグノーシアに襲撃されたりし続ける日々でした。

 しかし、ある時「うわー、ダメだ。全然分かんねえ……お手上げだー」という回があって、テキトーに投票したら、私以外の全員が投票したキャラが見事にグノーシアで、それであっさり「勝利」したんですね。私以外のキャラクター(CPU)も生き残るために必死で、ちゃんとグノーシアを見つけようと立ちまわるので、俺がグノーシアを見つけなくてもみんながグノーシアを見つけてくれるんだと気付けたんです。


 私の中で、14人のキャラクターが「プログラムされただけのNPC」ではなく「一緒に宇宙を冒険した仲間」に変わった瞬間でした。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 このゲームのキャラクターは、ループを繰り返しているとどんどん「こういうヤツ」というのが分かってくるんです。それは単に「イベントが起こって生い立ちを説明されたから」とかじゃなくて、グノーシア探しの立ち回り方を通じて、なんとなく人となりが分かってくるんですね。

 例えば、コメットは「ウソを見破るのが超得意、だけど自分がウソをつくのは超下手」だとか、しげみちは「一瞬で見破られるウソしかつかないが、こちらがグノーシアの時も気づかずに庇ってくれるお人よし」だとか、セツは「意外とポンコツだからコイツが疑っているヤツは白なことが多い」だとか―――それぞれのキャラによって動きのクセがちがっていて、ものすごく人間くさい立ち回りをするんです。


 というのも……このゲームのキャラクターは「こういうキャラクターを作りたい!」とか「こういうストーリーを描くためにはこういうキャラを配置しなくちゃ!」とかではなく、「CPUと人狼を遊ばせるんだからこういうパラメータのキャラとこういうパラメータのキャラとこういうパラメータのキャラが必要だ」と作られたらしいんです。『人狼』ゲームでのパラメータありきでキャラクターが生まれているという。

 そのパラメータも「カリスマ」「直感」「ロジック」「かわいげ」「演技力」「ステルス」の6項目で、あとキャラごとに使える特殊コマンドがちがうくらいなんですが―――それでこんなに各キャラの立ち回りに個性が出るのだから不思議です。
 『ダビスタ』『カルチョビット』の薗部さんは「パラメータを増やすとその数値だけで結果が予測できてしまう」「いろんなタイプのキャラを少ないパラメータで再現するアルゴリズムを作るのが大事」と仰っているのですが、それに近いものを感じました。『ダビスタ』の4つに比べれば『グノーシア』の6つは多いのかも知れないけど(笑)、たった6つのパラメータで様々な個性と、様々な展開をしていくように組み込まれているんだなと。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 そして、もう一つ。
 14人のキャラクターを「一緒に宇宙を冒険した仲間」と感じられたのと同じくらい私にとっては重要なことなんですが、このゲームの主人公って「主人公というキャラクター」ではなく「私」なんですよ。何をそんな当たり前なことをと思われたかもですが、私「ゲームを遊んでいて主人公を自分だと思ったこと」がほとんどないんです。そう思いたいんだけど、そう思えないことの方が圧倒的に多いんです。

 分かりやすい例から言うと、『逆転裁判』をプレイしていて「このナルホドくんという男は俺だ!」と思いながらプレイできる人はほとんどいないと思うんですね。『逆転裁判』は「俺を動かすゲーム」ではなく「ナルホドくんというキャラを動かすゲーム」ですから。
 では、主人公の姿が見えないノベルゲーム―――『弟切草』とか『かまいたちの夜』ではどうなのかというと、それも「主人公のキャラ」がいてそのキャラの行動を選ぶというイメージでした。だって、2人っきりでドライブしたりスキーに出かけたりするイイカンジの女友達なんて俺にはいないし……

 例えば『ROOMMATE~井上涼子~』を実況した時にも何度か言っていたのですが、「主人公=自分」と思えるはずのギャルゲーであっても、主人公のセリフや地の文が、自分の思考とあまりにも離れすぎてしまっていると「主人公=自分」とは思えませんし。
 一般的に「主人公=自分」と思えると言われている『ドラゴンクエスト』シリーズでも、「主人公=自分」と思えたことは一度もないです。だって、『ドラクエ』の主人公って「はい・いいえ」しか喋らないけど、実際の俺は無茶苦茶おしゃべりだし!


 もちろん「主人公=自分」と思えないゲームがダメなゲームだって話ではありません。ここに出した例えのゲームは全部名作だと思いますし、私にとっても全部好きなゲーム……『かまいたちの夜』は発売3日後に犯人をネタバレされたのであんまり好きなゲームじゃないですが(笑)、その他は全部好きなゲームです。

 でも、「主人=自分」と思えるゲームをいつか遊んでみたい、いつか体験してみたいと思っていたのです。そういう体験をしたことがなかったから。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 では、何故この『グノーシア』というゲームが特別に「主人公=自分」と思えるゲームだったのか―――主人公に自分の名前を付けられるとか、主人公の姿が見えないとか、そういうところだけでなく。私の中で大きかったのは、「Xボタンを押すと発言が出来る」というシステムで統一されているところでした。

 「会議パート」での操作は「Xボタンで自分が発言する」「Aボタンで他人の発言を聞く」ですが、イベントシーンなんかの選択肢も「まずXボタンを押して発言をする」→ 「選択肢を選ぶ」というワンクッションが必要になります。このおかげで、「出てきた選択肢を選んでいる」のではなく「自分から率先して発言している=自分の意志で発言している」ロールプレイになっているんですね。


 正確にはそうではないんですけど、「自分の好きな時に発言できるゲーム」と思えるように作ってあって―――『ROOMMATE~井上涼子~』をプレイしていて思った「俺だったらこんなこと言わないのに」とか、『ドラゴンクエスト』をプレイしていて思う「選択肢が出るまで発言することすら許されないか」を、極力感じさせないゲームになっているのに私は感動しました。


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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 自由なタイミングで発言できるからこそ、「喋りすぎ」「うるさい」「黙れ」と怒られるゲーム―――すごくない?



◇ 結局、どういう人にオススメ?
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<画像はNintendo Switch版『グノーシア』より引用>

 ゲームを「味わったことのない体験を与えてくれるもの」と考えている人には、どうかどうかプレイして欲しい作品です。少なくとも2020年の時点で、このゲームに似たものは存在していないと思いますので。

 CPUと対戦できる『人狼』ゲームとしても、育成シミュレーションとしても、キャラクターゲームとしても、SF作品としても、それぞれの要素が上手く組み合わさった傑作で。ローグライクゲームのようなリプレイ性だったり、『Splatoon』などの対戦ゲームのような「あと一戦だけ」という中毒性も持っているゲームです。

 ホント、不思議なゲームですよ……
 こういうゲームに出会えると、「ゲームが好きで良かった」と思える作品でした。


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【告知】5月20日(水曜日)20時頃~『初代熱血硬派くにおくん』の実況をやります!

【お知らせ】5月20日(日曜日)20時頃~YouTube Liveで、『初代熱血硬派くにおくん』のほぼ初見実況やります!


配信ページはこちら

 挑戦6日目!
 流石にストーリー上、これが最終決戦じゃないってことはないだろうし。レベル上げも、回復アイテム稼ぎも、通天閣で2時間40分もやっただけに万端でしょう。ということで、挑戦最終日の予定です!

 ここまで来て思ったのは、やっぱりこのゲームは「レベル上げが大事」ってことかなぁと。3日目の「向井」達が恐ろしいHPでブチギレたのも今や懐かしいですが、作り手が想定しているよりもこちらのレベルがうんと低かったというのが要因だったのかなと思います。ただ、このゲーム「その割にはレベル上げがしづらい」仕様なんだけど……それは全部が終わってから語りましょうか。


【現在、登録されている効果音コマンド】
・あけましておめでとうございます
・ええーっ、すごい!
・ごごごごめんなさーい
・しつこいなぁ
・スタジアムの大歓声
・マーベラス!
・また遊んでね!
・やっほー
・よ、よろしくお願いします
・頑張って!
・結果を発表します
・残念~
・不合格です


 生配信中にコメント欄でこれらの文字をコメントで打つと特殊効果音が鳴ります。効果音は効果音ラボさんで配布されているものを使わせてもらっています。


 この記事は『初代熱血硬派くにおくん』の実況をまとめた記事です。
 生配信の告知や、動画のログの格納などに、使いまわしていきます。

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| ゲーム実況 | 20:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「昔のゲーム」は「グラフィックが粗い」から「想像力を働かせて楽しめる」、に対する私の考え

 先月末、こんな記事がTwitterのタイムラインで話題になっていました。

 スーパーファミコン100台、ソフト2本付きで無償提供…日本レトロゲーム協会・石井豊理事長「親子で楽しむ時間にしてくれたらうれしい」

 この記事の終わりの方に書かれている「今のゲームだと映像がきれいだから、想像力を使うことがない。ドット絵のゲームは、十分感情移入ができる。想像力を働かせて楽しめるのが魅力だと思う。」が取り上げられて、Twitterで怒っている人をたくさん見かけたのです。
 「最近のゲーム」vs.「昔のゲーム」という構図に落とし込んで、「最近のゲーム」を批判しているかのように見えるコメントは、そりゃ「最近のゲーム」が好きな人は怒るだろうと思うのですが……

 正直なところ、これ……記事の編集に問題があるんじゃないのと思うんですね。


 スーパーファミコン100台自腹プレゼント 仕掛人が伝えたかったこと

 ほぼ同じことをもっと詳細に取り上げているwithneswの記事では、「昔の粗いドット絵のゲームは、そこから世界を想像する楽しみがあり、想像力を豊かにしてくれる」と「最近のゲーム」を批判している部分はありません。もちろん相対的に「最近のゲームに比べて昔のゲームのイイところ」を語っていますが、それはスーパーファミコンをプレゼントするという企画なのだから語っても当然でしょう。


 実際に「今のゲームだと映像がきれいだから、想像力を使うことがない。」と言ったのかは定かではありませんが、長々と語ったインタビューの中からどのコメントを文面に載せるのかを考えるのは「この記事を書いた記者」です。
 仮にそう言っていたとしても、「最近のゲームじゃなくて昔のゲームをプレゼントするのは何故ですか?」と聞かれたなら想像力うんぬんのコメントが出てきてもおかしくないし、それをわざわざ文章の末に載せて「こういう意図があってやってるんですよー」とまとめるなど“編集”したのは記者ですよね(新聞記事の場合はインタビューを受けた人がどんな記事になるのかチェックすらできないと言われています)。


 この記事に限らず、編集されたインタビュー記事だけを見て「この人がこんなことを言っていた」と分かった気になるのは危険じゃないかと思うんですね。「この人が言ったことを記事になるようにこの記者が編集した」だけのことで。




 ということで、私は上述の企画や発言について批判するつもりはありません。
 でも、「今のゲームだと映像がきれいだから、想像力を使うことがない。ドット絵のゲームは、十分感情移入ができる。想像力を働かせて楽しめるのが魅力だと思う。」みたいなコメントって、これまでに10000回くらい繰り返し聞かされた&読まされた“テンプレートのようなコメント”だと思うんですね。最近のゲームと比べて昔のゲームが良いって語る人は大体これを言うってくらいに。

 「最近のゲーム」も「昔のゲーム」も同等に大好きな私はこれが不思議だったんですね。どうしてこんな“テンプレートのようなコメント”が出てくるのか、果たしてこの“テンプレートのようなコメント”は正しいのか、ちょっと考えてみたくなりました。



◇ そもそもスーパーファミコンのゲームって、むっちゃグラフィックきれいじゃない?
 ついさっき、上述の企画や発言を批判するつもりはないって書いた直後で申し訳ないんですけど(笑)。最近のゲームは映像がきれいだとか、昔のゲームはドットが粗いけど想像力を働かしてたみたいな話をしながら、じゃあその企画はスーパーファミコンのどのゲームをプレゼントしているのかというと――――


 『ファイナルファンタジーVI』『スーパードンキーコング』ですって。

 オイオイオイオイオイ!
 その2本って、スーパーファミコンの中でも屈指の「むちゃくちゃグラフィックがきれいな2本」じゃないか! 「想像力を働かせる」必要もないくらい、精細で緻密でリアルなグラフィックが売りのゲームじゃないか!

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<画像はWiiバーチャルコンソール版『スーパードンキーコング』より引用>


 これが、ファミコンの『ボコスカウォーズ』とか『たけしの挑戦状』とかなら「なるほど、昔のゲームは想像力で補っていたもんな」だと思えるんですけど、当時リアルなグラフィックでみんなを圧倒した『ファイナルファンタジーVI』と『スーパードンキーコング』に対してそのコメントは出てこないでしょ? いや、全国の小学生に『たけしの挑戦状』を送り付けたらただの嫌がらせだと思いますけど!

 だから私、本当にこのコメントを言ったのか?って思ったんですよ。懐古厨がどうのとかじゃなくて、1994年当時にこの2本のゲームを遊んだオッサン世代ほどこんなコメントは出てこないでしょ。本当の懐古厨なら「昔のゲームも、最近のゲームに負けないくらいグラフィックがきれいなんですよ」くらい言うでしょ!少なくとも俺は言う!

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<画像はWiiバーチャルコンソール版『たけしの挑戦状』より引用>


 もちろん、「最近のゲーム機」に出来て、「スーパーファミコン」に出来ない表現はたくさんあります。
 例えば、「最近のゲーム機」のゲームの主流は、3Dモデルで作ったCGのキャラを動かす「人形」や「ジオラマ」のような表現です。そのおかげで3D空間を自在に動き回ったり、カメラをグルグルまわすような映像を見せたりできるのに対して……「スーパーファミコン」の時代はドット絵という「イラスト」を2D空間の中でアニメーションのように動かすことしか出来ません(『スターフォックス』みたいな例外は一部にはありましたが)。

 つまり、表現方法の方向性が全然違うんですね。
 かたや「超精密な人形」、かたや「細かく描かれたイラスト」。

 フィギュアの丸山彩ちゃんと、イラストの丸山彩ちゃん―――どっちが可愛いかと聞かれても「そんなものは比べられない」としか言えないでしょ! だから、そもそもの「スーファミに比べて最近のゲーム機はグラフィックがきれい」という言い回しがピンと来ないんですね。その2つは比べるものじゃないでしょう。

 


 動かせるものが「人形」か「イラスト」かが違うので、「最近のゲーム機」に出来て「スーパーファミコン」に出来ないゲームって―――グラフィックがどうのこうのじゃなくてそもそもゲームシステムが全然違うんですよ。超広大な3Dフィールドを自由に歩き回ったり、飛び回ったり、ガケをよじ登ったりできる『ブレス オブ ザ ワイルド』をスーパーファミコンで作ることはできないし。3D空間でバトルする『Splatoon』や『フォートナイト』もスーパーファミコンでは作れません。


 だから私、「ジャンルの違い」による「昔のゲームは良かった……」という意見は分からなくもないんですね。
 ゲームが3Dになった64~PS2くらいの時代は猫も杓子も3Dでゲームを作ろうとしていたため、スーパーファミコンの時代にはたくさんあった「横スクロールの2Dアクションゲーム」とか「見下ろし視点の2DRPG」が好きな人にはかなりつらい時代でした。そんなカンジに「昔は人気だったジャンルを懐かしむ気持ち」は、分からなくもないんですね。

 ただ、「横スクロールの2Dアクションゲーム」はDSの『Newマリオ』以降は完全に復権して(3Dのキャラで2Dアクションゲームを作るようになった)、Nintendo Switchには『マリオ』も『ドンキー』も『カービィ』も『ヨッシー』も2Dで出ているし、インディーゲームにはごまんとあふれているし。「見下ろし視点の2DRPG」も、数はそこまででもないですがそこそこは出ているし。

 ダウンロードゲームがたくさん販売されている現状、「昔は人気だったけど今はなくなったジャンル」ってあんまりないんですよね。そのせいで「スーファミのころは良かった」と言う時には、想像力がうんぬんくらいしか言うことがなくなったんじゃないかと思わなくもない。




◇ どうして昔のゲームには「想像力」が必要なのか
 冒頭の記事が話題になった際、「昔のゲームを遊んでいる人も別にそこまで想像力を働かせてたワケじゃないだろう」「最近のゲームだって想像力を働かせて遊んでいるだろう」と怒っている人をたくさん見かけました。納得できる意見もあれば、反論したくなる意見もありました。

 そもそもが「最近のゲーム」←→「昔のゲーム」という二項対立で考えるのが間違いだと私は思います。
 想像力うんぬんの話って、「ディフォルメ表現」の話だと思うんですね。CGで作られたゲームはディフォルメ表現を少なくできるけど、ドット絵で作られたゲームはどうしてもディフォルメ表現をしなければならないので想像力で(自動的に)補う部分も多かった―――でも、「昔のゲーム」であってもなるべくディフォルメ表現をしないで作ろうとしたゲームもあるし、「最近のゲーム」であってもディフォルメ表現をしているゲームもたくさんあります。

 だから、「最近のゲーム」←→「昔のゲーム」という二項対立ではピンと来ないのです。



 「ドット絵は想像力で補わなくてはならない」の例を一つ出しましょう。


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<画像はNintendo Switch版『ライザのアトリエ』より引用>

 CGで表現されたキャラクターの代表として、ライザちゃんに出てきてもらいました。かわいい。どっからどう見てもかわいい。ありとあらゆる角度から見てもかわいい、奇跡の造形。

 ただし、このライザちゃんを見て「俺、ヒンヌー好きだからライザちゃんもヒンヌー美少女に見える!」って思える人はいませんよね。想像力を働かせる余地もないくらいに、ライザちゃんのおっぱいは大きく表現されているのです。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『オクトパストラベラー』より引用
 ©2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.>


 一方の、最近のゲームでありながらドット絵で表現されたキャラクター代表として、『オクトパストラベラー』のトレサちゃんはどうでしょうか。おっぱいが大きく見えますか、小さく見えますか? 私には、私好みのヒンヌー美少女にしか見えません!私がヒンヌーが好きならヒンヌーに見えるという「想像力の余地」が残っているのです。



 私は前項で『ファイナルファンタジーVI』のことを “「想像力を働かせる」必要もないくらい、精細で緻密でリアルなグラフィックが売りのゲーム”と評しましたが、それは主に背景のグラフィックのことで、あのゲームに出てくるキャラクター達もトレサちゃんと同じようなドット絵のキャラです。

 ぶっちゃけドット絵のキャラなんてスクショだけ見てもかわいいだなんて思えませんが、ゲームの中で動いて、喋って、一緒に冒険していると、それが生きているキャラクターに見えるもので―――リルムは天真爛漫なロリっこだったし、ティナは薄幸の美少女だったし、セリスの拷問シーンで性に目覚めた男子も少なくなかったでしょう。

 それはやっぱり「ドット絵のゲームには想像力を働かせる余地があった」と言えるものだと思います。冒頭の記事のコメントも「今のこども達にもライザちゃんの大きなおっぱいでシコシコするんじゃなくて、ドット絵で描かれたトランス状態のティナを見てオナニーできるくらいに想像力を養ってほしい」と言っておけば共感は得られたんじゃないですかね!別の炎上をしていたと思いますけど!



 実際この「ゲーム機のスペックが上がってCGのキャラを動かせるようになったことで、プレイヤーの想像力をかきたてることを忘れてしまう」問題は、NINTENDO64の頃に宮本茂さんも仰っていたんですね。MOTHER3の開発中止に伴う、糸井重里さんと岩田聡さんとの鼎談このページで語られています

<以下、引用>
糸井「いま、山奥でコツコツ「ガソリンで走る自動車」ってものを一人で開発したひとがいても都会に出てきたらすでに自動車乗っているひとがたくさんいた、なんていうことになっちゃう。コンピュータがらみのものってぜんぶ、いま、そうですよね。そういう意味で、時期の問題というのはすごく大きいですよね。
 ところで、『マリオ64』の影響というのはいろんなところで語られるけれど……」
 
岩田「『マリオ64』の功績と、罪。」
 
糸井「いいオトコすぎたんで、ほかのタレントが出られなくなっちゃった。
 あの動きでロールプレイングゲームができたら最高だろうな、ってみんな思うわけですよ。宮本さんはゼルダとマリオで実際にできるんだ、ってことを一人で証明しているわけですよね。」
 
岩田「……じつは違うんですよね。
 じつは違うんですけれど、でも、そう言わしめるだけ、やってますよね。」
 
糸井「で、あこがれちゃうんですよね。
 ロールプレイングゲームというのは記号と記号が出会って何かが起こったとき、また記号で表現されるみたいなシステムですよね。そこに対する欲求不満がいつもあって、記号以上のものに見せていきたい、となったときに、マリオ(64)の中にものすごくいいヒントがあったりする。こんなに、生理的に体感できるドラマになる、ということを、入れられるんじゃないかって。」
 
岩田「映画的な手法を、上手に使って、ロールプレイングというものの刺激を強められるんじゃないかというのをみんなが思っていることですからね。」
 
宮本「N64のはじめの頃、ドラクエの堀井さんにマリオの試作品を見せたんですよ。堀井さんも、一気に3Dに走るんですよ。この感じでドラクエがやれたら全然違うって。
 でもやっぱりまともにここに入ってくるとドラクエじゃなくなるから、まだまだですよ、って止めたんですが、止めたせいでPSへ行っちゃったかもわかりませんけど(笑)。正直すぎたかも。
 あの冷静な堀井さんでさえもほとんど現実に近い感じのところに自分のキャラクターを全部置いてみるということにすごく興味を持っていました。」
 
糸井「したいんですよ、たぶん。」
 
岩田「たぶん、シナリオを書くひとの本質的な欲望だと思いますよ。」
 
宮本「僕は、逆に、あれを見せないから堀井さんの筆が面白いんやないか、って。
 
岩田「それは第三者だから分析できることじゃないですかね。」

</ここまで>
※ 改行や強調、補足など引用者が一部手を加えました


 記号と記号で成り立っていたRPGというジャンルのゲームが、3Dで表現できるCGの世界を手に入れた時「映画のようなRPGが作れるんじゃないか」と思ってしまった―――ディフォルメ表現をしなくて済むとみんなそっちに行きたがったけど、宮本さんは「ディフォルメ表現だからこそ堀井さんのシナリオは面白いのに」と思ったという。

 ゲームがみんな3Dの方向に進んでいた時期の、最前線でゲームを作っている人達の貴重なナマの声だと思います。





 さて、そこから更に約20年が経過してしまいました。
 「最近のゲーム機」はCGが主流で、「スーパーファミコン」はドット絵がほとんどだったという雑な説明をしましたが、最近のゲームでも敢えてドット絵で表現しているゲームもインディーゲームにはたくさんあります。中には、『Undertale』のように世界中で大ヒットしたドット絵ゲーもあります。それこそさっき例に出した『オクトパストラベラー』だってそうですよね。

 最近のゲームだって、必ずしもCGを使って3Dのキャラで表現するワケでなく、想像力を働かせる必要のある「ディフォルメ表現」の強いドット絵のゲームがたくさんたくさんあるんです。

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<画像はNintendo Switch版『Undertale』より引用>

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<Nintendo Switch版『熱血硬派くにおくん外伝 リバーシティガールズ』より引用>

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<画像はNintendo Switch版『Stardew Valley』より引用>



 また、ディフォルメ表現のあるゲームはドット絵ゲーに限った話ではありません。
 例えば、現在の主流と言われている「スマホ用のソーシャルゲーム」の会話パートは、大体が「キャラクターの立ち絵」と「背景」と「台詞」だけの組み合わせで出来ています。『バンドリ』だって『FGO』だって『アズールレーン』だってそうです。Live2Dを使おうかなんだろうが、キャラの動きとかはプレイヤーが想像で補完しているんですね。

ついに気付いてしまったか
<画像はiOS版『バンドリ!ガールズバンドパーティ!』より引用>



 「昔のゲーム」と「最近のゲーム」を比較すると、私達はついつい『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のようなバリバリの3D空間を歩き回るゲームを「最近のゲーム代表」として考えてしまいがちですが……2Dのゲームも、ドット絵のゲームも、立ち絵だけのゲームもたくさん出ていますし、ノベルゲーだってありますからね。

 更に、これを言っちゃうと元も子もないんですが、Nintendo Switchでもスーパーファミコンのゲームが遊べますしね。


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<画像は『スーパーファミコン Nintendo Switch Online』メニュー画面より引用>

 『スターフォックス』みたいな例外はありますが、ほとんどがドット絵のゲーム、2Dのゲーム、想像力を働かせるゲームですよ! 「最近のゲーム機」でも想像力を働かせながら遊べるじゃないですか! スーパーファミコンを送ってもらわなくても、お手元のNintendo Switchの月額有料会員になるだけで遊び放題ですよ!


 というのを知らないワケでもないので、恐らくは(まだ)『スーパーファミコン Nintendo Switch Online』に入っていない『ファイナルファンタジーVI』と『スーパードンキーコング』を送ったのだと思いますし。このスーパーファミコンを送って欲しいと応募してくるような家庭は、Nintendo Switchどころかバーチャルコンソールなどが動くゲーム機を持っていない家庭じゃないかと思われますし、重ね重ねこの企画自体を批判したいワケじゃないんですよ。

 「Nintendo Switchを買ってもらえない家庭のこども達に、せめて自分達が大量に保管しているスーパーファミコンを送って遊んでもらえたらイイなと考えました」なんて正直に言っちゃったら角が立ちますし、“どういう家庭が応募に殺到したのか”を考えると「教育の問題」「貧困の問題」に関わってくると思うんですね。
 そう考えると「最近のゲーム機じゃなくて、昔のゲーム機にもイイところがあるんだよ」というコメントは応募してくれた家庭を傷つけない絶妙なバランスのコメントで、唯一傷ついたのは「最近のゲームのことをなんも知らねえんだな」とボロクソに言われた自分達だけだったというおとぎ話のような展開を見せたワケで。


 結局、一番「想像力を働かせる」必要があったのは、このニュース記事を読む私達だったのでした―――ちゃんちゃん、というオチで逃げ切ることにしよう。

 

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価値観が一変する時代に、どんな物語を描けばイイのだろうか

 このブログをリアルタイムに読んでいる人には「え? ウソ、そんなことあったの? 知らなかった!」なんて人は一人もいないと思うのですが、このブログを2059年辺りに見つけて読んでいる人の中には知らない人もいるかも知れないので……一応書いておきますと。

 これを書いている私が生きている2020年3月~5月の日本は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を防ぐために「学校がずっと休校になっていたり」「総理大臣や知事から外出自粛がお願いされたり」「リモートワークによって自宅で仕事をする流れが出て来たり」しています。
 プロ野球もJリーグもずっとお休みしていますし、アニメの制作がストップして再放送を流す番組も多くなりましたし、ゲームのレーティング機構が休んでいる(休んでいた)ので数ヶ月後にゲームがまったく発売されない期間が来ることが予想されていたりします。そうそう、東京五輪・パラリンピックが開催予定でしたが、1年延期になることが決まり、1年後にも本当に開催できるのかみんな疑問に思っています。


 外を歩く人はみなマスクをしていて、相手がウイルスに感染しているかも知れないので人と話すときも距離をとって正面に向かい合わないようにするとか、ライブイベントのような大勢が集まるイベントは軒並み中止になっています。
 これを読んでいる2059年のアナタが「え?そんなの普通じゃん?」と思われるか、「2020年ってまだ人間が生身の肉体を使っていたの? 今はもうみんな機械の体で動いているからウイルスなんて怖くないぜ」と思われているか知りませんが、とりあえず2020年というのは「価値観が一変するほどの非常事態がずっと続いている年」だったのです。


 そんな時代に漫画とか小説とかのフィクションを書こうとする人は悩むもので、現実で「マスクを着けてなるべく人と喋らないように生きている」「旅行にも行けずに家でずっと我慢している」のに、作品世界では「能天気に遊びまわっている人達」を書いてイイものなのか―――あまりにも現実から乖離してしまった世界を描くと、白々しいんじゃないかなんて声をTwitterでも見かけました。


 「価値観が一変して、受け止められ方が変わってしまったフィクション」と言えば、2008年から2016年に連載されていた漫画『COPPELION』という作品があります。


 お台場にある原子力発電所がメルトダウンしてしまったことで「死の街」と化した東京を舞台にした、SF作品だったのですが――――連載中の2011年に東日本大震災と福島の原発事故が起こってしまったことで、「空想の世界を舞台にしたSF作品」だったはずが「生々しい現実を突き付けてくる作品」になってしまったのです。

 決まっていたアニメ化は凍結、3年越しにテレビアニメは放送されるも地上波放送はなくなり、「東京」や「原子力発電所」などの単語を使わずに曖昧な表現に変えての放送となったそうです。
 更に(2011年より前から連載されていた作品なことを知らずに)「原発事故に便乗した不謹慎な作品だ!」と批判してくる人が現れるなど、2011年3月以前と以後で180度捉えられ方の変わった作品となってしまいました。




 アニメの世界でマスクをしていないキャラが歩いていたからといって「不謹慎だ!」と騒ぐ阿呆はいないと信じたいですが、例えば物語のキャラが使っている携帯電話がスマホではなくガラケーなことで「スマホ普及以前に描かれた作品だ」と分かってしまうような話で。
 「街を歩く人がマスクをしていない! これは2020年以前に描かれた作品だな」と分かってしまう未来が来てしまうかも知れません。

 そうは言っても、2年後、3年後にはワクチンの開発によってウイルスに完全に打ち勝った人類はマスクをしなくなっているかも知れませんし、逆に人類はウイルスに滅ぼされていて、このブログを読んでいる人ももう機械の体のAIしか存在しなくなっているかも知れませんが。なんかもう、何を気にしても無駄な気がしてきたぜ!




 正直なところ、私は「フィクションの世界はフィクション」「現実は現実」と割り切って考えるので、フィクションの世界でもマスクを着けたり三密を避けたりする必要はないと思うのですが……また別のグレードの話で、今のこのご時世で「生きる」とか「死ぬ」とかの重い話は読みたくないし、書いてもみんな面白がってくれないんじゃないかと考えたりします。

 2週間後には自分も死んでいるかもしれない、家族や大切な人が死んでいるかもしれない―――現実でそういう不安に押しつぶされそうになりながら、フィクションでも推しキャラが死ぬか死なないかの不安に押しつぶされてたら、もう心が持たないですよ!

 シリアスなフィクションって、自分がシリアスな事態には陥っていない「安全圏」にいるからフィクションとして楽しめるんじゃないかと思うのです。



 なので……漫画を描く人・小説を書く人としての私は、「生きる」か「死ぬ」かみたいなシリアスな作品の企画は凍結させて、しばらくは明るくて気楽な作品を書いていこうかなと考えています。


 

| ひび雑記 | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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『あつまれ どうぶつの森』紹介/これぞ2020年型のシリーズ最新作!

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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

【これさえ押さえておけば知ったかぶれる三つのポイント】
“自分だけの島”を作ると、馴染みのキャラ達がこの島に集まってくる
一つ一つのルーチンワークに意味を持たせ、面倒にもさせた、マイルとDIY
インターネットが常にある時代の継続的なアップデートと、SNSと、ゲーム実況と


『あつまれ どうぶつの森』
・発売:任天堂
公式サイト
 Nintendo Switch用ソフト:2020年3月20日発売
  ※ Nintendo Switch本体機能でのスクリーンショット撮影○、動画撮影○
・コミュニケーション
・セーブ方法:一定時間ごとにオートセーブ(任意セーブ→ 即終了も可能)


 私のプレイ時間は130時間でした
 ※ 特にクリア―とかないゲームですが、島クリ手に入れて一つの島を完成させるくらいまでにかかった時間を載せておきます


【苦手な人もいそうなNG項目の有無】
この記事に書いたNG項目があるかないかを、リスト化しています。ネタバレ防止のため、それぞれ気になるところを読みたい人だけ反転させて読んでください。
※ 記号は「◎」が一番「その要素がある」で、「○」「△」と続いて、「×」が「その要素はない」です。

・シリアス展開:×
・恥をかく&嘲笑シーン:×
・寝取られ:×(しずえさんがたぬきちの横で働いているくらい)
・極端な男性蔑視・女性蔑視:×
・動物が死ぬ:×
・人体欠損などのグロ描写:×
・人が食われるグロ描写:×
・グロ表現としての虫:○(虫のディティールはリアルになった……)
・百合要素:×
・BL要素:×
・ラッキースケベ:×
・セックスシーン:×

↓1↓

◇ “自分だけの島”を作ると、馴染みのキャラ達がこの島に集まってくる
 『どうぶつの森』シリーズは2001年4月にNINTENDO64用ソフトとして、1作目が発売されて始まりました。「敵も出てこなければ、ストーリーが展開されるワケでもない」、「ただ村で生活するだけ」、「時計機能を使ってリアル季節と連動」、「1つの村に家族が住み、時間差でプレイする」、「それぞれの村は地形も果物も住人もちがう」と、それまでのゲームとはまったくちがう新しいゲームとして口コミでどんどん広がっていきました。

・2001年4月『どうぶつの森』(NINTENDO64)
・2001年12月『どうぶつの森+』(ゲームキューブ)
 ・2003年6月『どうぶつの森e+』(ゲームキューブ)
・2005年11月『おいでよ どうぶつの森』(ニンテンドーDS)
・2008年11月『街へいこうよ どうぶつの森』(Wii)
・2012年11月『とびだせ どうぶつの森』(ニンテンドー3DS)
 ・2016年11月『とびだせ どうぶつの森 amiibo+』(ニンテンドー3DS)
・2020年3月『あつまれ どうぶつの森』(Nintendo Switch)


 とは言え、2001年4月というのはNINTENDO64末期です。
 2001年9月に当時の新型ゲーム機:ゲームキューブが発売されたため、任天堂は前作から8ヶ月後にあたる2001年12月に、続編というか前作の不満点を潰して完成形にした『どうぶつの森+』を発売しました。正確な数字は分かりませんが、最低でも国内60万本は売り上げたそうですね(ロングヒット商品なので集計に入っていないところで売れ続けていたみたいですが)。

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<画像はゲームキューブ用ソフト『どうぶつの森+』より引用>

 今の『どうぶつの森』シリーズの売上から考えると60万本は少ないように思えるかも知れませんが、ゲームキューブは普及台数がさほどでもなく、『マリオカート ダブルダッシュ!!』や『スーパーマリオサンシャイン』も推定80万~90万本とミリオンセラーに届きませんでした。そう考えると60万本は全然悪くない数字で、この時点で任天堂の中では「マリオ」や「ゼルダ」に続く人気シリーズという地位を獲得していたと思われます。


 海外版の逆輸入とも言える『どうぶつの森e+』をはさみ、2005年11月にいよいよ『おいでよ どうぶつの森』が発売されます。このタイトルは、「ニンテンドーDSをインターネットにつないで遊べるニンテンドーWi-Fiコネクション」の第1弾ソフトとして発売されているので、任天堂にとっても戦略的なタイトルだったことが分かるでしょう(第2弾が『マリオカートDS』)。
 携帯ゲーム機用のソフトになったため、本体とソフトを持ち寄ることで友達の村に遊びに行って一緒に遊べるようなった他、先に説明したようにインターネット経由でフレンドの村に遊びに行けるようになりました。携帯機での展開ゆえに簡略化された地形や削除された住人などもありましたが、「手軽に遊べる」「友達と持ち寄って一緒に遊べる」という携帯機との相性の良さを発揮して500万本以上売り上げた大ヒットゲームになりました。

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<画像はニンテンドーDS用ソフト『おいでよ どうぶつの森』より引用>



 しかし、次のWii用ソフト『街へいこうよ どうぶつの森』は、そうした「携帯機ならではの良さ」を失っている割にDS版から遊びがあまり変わらず、「据置機ならではの良さ」みたいなものもほとんどありませんでした。一応100万本は売り上げたものの「あまり上手くいかなかったソフト」と後に社長に語られたソフトになってしまいました。

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<画像はWii用ソフト『街へいこうよ どうぶつの森』より引用>


 「どうぶつの森」シリーズにとってターニングポイントはここだと私は思うんですね。どんなに評判のイイ作品であっても、その作品から変わり映えのしない続編を出してしまえば売上は5分の1になる―――Wii版が売れなかったことを「やっぱり据置ゲーム機じゃダメだな」と言い訳にせず、その失敗を次の作品への礎にするからこのシリーズは強いんです。


 Wii版の反省をバネにして登場した次作『とびだせ どうぶつの森』は、「一人の住人として気ままに暮らす」というそれまでのコンセプトを一新して、「村長になって村全体を発展させていく」ようになりました。
 村の発展にともない徐々に施設が増えるなど「徐々に機能を覚えていく」仕様になっていたり、公共事業として家の外に置けるアイテムができたので「自分だけの村作り」で出来ることが増えていたり、「村長になる」というアイディアは「どうぶつの森」シリーズが抱えていたいくつかの問題を同時に解決してくれたんですね。

 「社長が訊く」で当時の社長だった岩田さんがおっしゃった「これまでの“家自慢”から、今度は「“村自慢”に変えるんだ」ということですね。」は、このゲームをものすごくよく表していたと思います。

 その“村自慢”の機会をつくるために、「知らない人にも自分の村を自由に見て回れる」夢見の館という機能があって。そのため、以前からあったマイデザインを地面に貼れる機能を使って、村に道路を引いてキレイに整地している人も少なくなかったですね。

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<画像はニンテンドー3DS用ソフト『とびだせ どうぶつの森』より引用>



 そこから7年半―――
 やっと出たWii U版がスゴロクだったり、スマホ版が出たり、スマブラに参戦したり、「どうぶつの森」シリーズはなかなか本編が出てきませんでしたが。7年半ぶりに出た『あつまれ どうぶつの森』は、「村長になって村を発展させていく」『とびだせ どうぶつの森』を同じ方向性で進化させたような作品でした。

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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 今作の舞台は「無人島」です。
 たぬき3匹と住人3人(と、空港にいるドードー)だけで「無人島」に移住して、島をどんどん発展させていくと、住人は増えていくし、新しい施設が建つことでフータやしずえさんといったおなじみのキャラがやってくるのです。ゲームタイトルの『あつまれ』は複数人のプレイヤーで遊べるという意味だけでなく、「自分の手で島を発展させて、どうぶつ達を集めていこう」という意味も込められているんじゃないかと思われます。

 その方向性は、3DS版の「村長になって村を発展させていこう」から引き継がれているものと言えるでしょう。今回のプレイヤーは「移住ツアーの初期メンバーの一人」に過ぎないはずなのに、散々たぬきちにこき使われていない!?



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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 「じゃあ、前作とあまり変わらないんじゃ?」と思ったら大違いです。
 今作最大の特徴は、今まで「自分の家の中」にしか置けなかった家具が「島のどこにでも」置けるようになったことです。前作のように一部の公共事業アイテムだけでなく、基本的にすべての家具が家の外に置けるようになりました(※1)

 これにより、例えば「焚火」みたいな、室内に置くのは不自然な家具の用途が格段に増えたのです。むしろ、今までは室内にしか置けなかったのに、どうしてそんな家具があったんだ??

(※1:壁掛け用のアイテムなんかは外の壁にはかけられませんので、完全に全部ではありませんが)


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 更に、島をある程度まで発展させると「島クリエイター」の資格をゲットできます。
 「川の位置を変えたり埋め立てたり」「高台を増やしたり削ったり」といったカンジに、これまでのシリーズでは決して手を付けられなかった地形変化をプレイヤーの好きなように出来るのです。

 また、前作では自分でマイデザインを用意して1枚1枚地面に貼り付けなければいけなかった「道路」も、あらかじめ用意してもらったデザインを好きなところに引いたり、自分で作ったマイデザインも連続で貼り付けられたりと―――前作まではかなりやり込んでいる人しか手をつけなかった「道路づくり」を誰にでも手軽に出来るようにしたのです。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 こんなカンジに、自宅前に1階層上のカフェテラスを作ったり。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 島を東西に分断する高い壁を作ったり。

 アナタの理想通りの島に作り変えることが出来るのです!



 「島全体を自分の好きなように作り変えられる」という要素だけを見ると、この7年半の間に『マインクラフト』のようなサンドボックス系のゲームが大ヒットした影響も少なくないとは思うのですが……前作の3DS版の時点で「自分だけの村を作る」コンセプトがあったこと、その後に出たスピンオフ作品の『どうぶつの森 ハッピーホームデザイナー』が「自分だけの家(+庭)を作る」部分だけを楽しむゲームで今考えれば差別化されていたことなどから、「島全体を自分の好きなように作り変えられる」のはシリーズの流れに沿った展開だったのかなと思いました。

 この辺は『ブレス オブ ザ ワイルド』が何故オープンワールドになったのかの話と似ているんですけど、単に「最近アレが流行っているからアレを真似しよう」ってだけじゃなくて、シリーズが抱えていた問題点とか物足りなさを打開しようとした結果そうなったっていったのだと思うんですね。

 またDS版から変わり映えがしなかったWii版の反省を活かして、評判の高かった3DS版の方向性を引き継ぎながら出来ることを格段に増やして別ゲーにしてきたのも流石だなぁと思います。Wii U版がスゴロクでズコーッとなったのは忘れてあげよう!


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 それでいて、今作の目玉要素とも言える「島クリエイター」も「やってもイイし、やらなくてもイイ」としているのが凄い。普通こんな機能を実装したら、丁寧にチュートリアルを付けて「こんな島を作ってみましょう」みたいに押し付けがちだと思うのですが……島をある程度発展させた人へのご褒美に留めておいて、まったく使わなくてもイイようにしているという。

 その「島の発展」すら、別に無視しちゃって構わないワケですし。
 ゲームに設定された一応の目標は「島の評価を上げてスタッフロールを見る」ことだと思うのですが、それを無視して気ままに魚を釣ったり、虫を取ったりしているだけでもイイのが、このゲームです。「ちょっとだけ遊びたい人」と「ガッツリ遊びたい人」の両方をカバーしようとしているのは、頭が下がります。

↓2↓

◇ 一つ一つのルーチンワークに意味を持たせ、面倒にもさせた、マイルとDIY
 ゲーム内のすべての要素が「やってもイイし、やらなくてもイイ」のが「どうぶつの森」シリーズの特徴ですが……それだけだと「何をするゲームか分からない……」と投げ出してしまう人も多かったためか、前作『とびだせ どうぶつの森』から「実績」システムのような「バッジ」システムが導入されていました。

 「たくさん魚を釣る」とか「たくさん手紙を書く」みたいな条件を達成するとバッジがもらえたんですね。

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<画像はニンテンドー3DS用ソフト『とびだせ どうぶつの森』より引用>

 更に、2016年に発売された『とびだせ どうぶつの森 amiibo+』(既に『とびだせ どうぶつの森』を持っていた人は無料アップデートが可能)では、そうした長期的な目標だけでなく、「明日の朝までに○○をしよう」といった短期的な目標をくれる「くらしサポート」といった機能が追加されました。



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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 今作『あつまれ どうぶつの森』にも似たような機能は実装されていて、「長期的な目標」と「短期的な目標」の両方を与えられて達成するとマイルがもらえるという仕組みになっています。特に「短期的な目標」となる「たぬきマイレージ+」は、「今日は何をやろうかなー」と思った際に「5匹さかなを釣れ」というお題が出てるから「じゃあそれやるかー」という動機付けになってくれます。


 「どうぶつの森」はゲーム内のすべての要素が「やってもイイし、やらなくてもイイ」というシリーズなため、「魚釣りしかしない」とか「服は最初のやつしか持っていない」みたいな遊び方も出来ちゃうゲームです。でも、作り手としては「せっかく作ったゲームの要素はなるべく全部楽しんでほしい」と思うもので、それでいて強制しない方法として、こういうシステムを入れているのかなと思います。「マイル目的で、やりたくもないことをやらされる」という見方も出来ますが、指定された仕事が面倒になってきた頃にはマイルが余ってくるでしょうし。

 『Splatoon』の1作目で「せっかくたくさんのブキを入れたのだから、ずっと一つのブキを使うんじゃなくて色んなブキを使ってほしい」と思ったからこそ、『Splatoon2』では色んなブキがローテーションで回ってくる「サーモンラン」というモードが入ったみたいなことね(そのモードも別に遊びたくなければ遊ばなくてもイイのだけど)。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 そして、新要素となる「DIY」です。
 ざっくり言ってしまえば、「アイテム」と「アイテム」を合成することで「別のアイテム」を生み出すという―――『アトリエ』シリーズとか、『牧場物語』シリーズとか、もっと言うと『マインクラフト』系のサンドボックスゲーとかにも採用されていることの多い“よくあるシステム”が今回「どうぶつの森」シリーズで初めて採用されました。

 今作は先にも書いたように「無人島を発展させていく」ゲームになっているため、従来通りの「お店でアイテムを買う」だけでなく、「自分でアイテムを作る」必要があるのですが――――マイル同様、このシステムが「同じことの繰り返しをする毎日」に意味を持たせているのです。

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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 一つには、「素材」集めがあります。
 従来の「どうぶつの森」シリーズにも、「毎日木をゆすると家具が二つ落ちてくる」とか「叩くとお金が出てくる岩が毎日一つだけある」といった要素があって、この“当たりの木”“当たりの岩”を探すのが毎日のルーチンワークになっていた人も多いかと思われます。

 今作『あつまれ どうぶつの森』の場合、“当りの木”以外でも揺すると「木の枝」が落ちてきて、これが釣り竿や虫取り網を作るのに必要だったり。“当たりの岩”以外でも叩くと「石」「粘土」「鉄鉱石」が出てきて、斧を作ったり、しょぼい道具を丈夫な道具に強化したりに使えます。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 更に、そうして集めた「素材」を使ってアイテムを作る「レシピ」集めの要素も生まれました。
 このレシピは1回覚えてしまえば(素材のある限りは)何個でもアイテムが作れるのですが、1度手に入れてしまえばカタログから注文して友達にも送れる家具や服なんかのアイテムとちがって、一つの「レシピ」で一人ずつしか覚えられません。そのため、「アイテム」集め「素材」集めと同じくらい「レシピ」集めも重要になってくるんですね。

 んで、この「レシピ」がどうやって手に入るか―――
 序盤のチュートリアルを進めることで手に入るものもありますが、それ以降になると「島に住む住人から教えてもらう」か「海岸に流れ着いているメッセージボトル」で読むとか、あとは季節のイベントなんかで覚えられるものもあります。

 さっきの「素材をゲットするために木をゆすったり岩を叩いたりするようになった」話と同様に、レシピをゲットするため、積極的に住人の家に押しかけるようになったし、海岸も毎日一通りチェックするようになりました。「行動」自体は今までのシリーズでもやっていたことなのだけど、そこにご褒美が入るようになったので、それらのルーチンワークも楽しくなったんですね。現金なやつ!



 ということで、前作からそういう傾向はあったとは思いますが、今作は如実にゲームの様々な要素を「やってもイイし、やらなくてもイイ」から「なるべく全部やって欲しい」というゲームデザインになっていると感じました。
 例えば、「魚釣りだけやりたい人」がいたとしても、釣り竿を作るためには「木の枝」と「鉄鉱石」が必要で、そのためには木を揺すって岩を叩く必要があるのだけど、そのために必要なスコップを作るには「木材」が必要で、それを手に入れるためには斧が必要で―――と、色々なことをして、色々な素材とアイテムを用意しなくてはならなくなりました。

 釣り竿に限らず、頻繁にアイテムが壊れるの……ちょっとイラっとするんですよね。ゲーム序盤だけの我慢じゃなくて、ずっとそうなので。
 ゲームが進んだら店でも上位アイテムが買えるようになるので、いっそのこと金で全部解決するのも手なんですが。「こうだったら良かったのになぁ」という願望を言わせてもらえば、ゲームが進んだらムチャクチャ壊れにくい「丈夫な釣り竿」が作れるようになるとか、いつ壊れるかが分かるように耐久値が表示されるとかしてくれたら良かったのに。


 そのせいで「なるべく全部やって欲しい」というゲームデザインのはずが、「木を揺するの面倒くさいから釣りするのやめよう」「木材あんまりないから岩叩くのやめよう」と、一つのことを面倒だと考え始めると全部一気にやる気がなくなってしまうゲームデザインになっているような。私は最終的にアイテムを消費しない、「カブの売買」とか「島クリ」だけやるマシーンになってしまいました。やっぱり土いじりが一番だね!


 この辺は、時代に合わせて“よくあるシステム”を採用した結果―――楽しくなった側面も、面倒くさくなった側面もあって、賛否が分かれそうなところだと思います。個人的には飽きるまで楽しんだから満足ですが、「気軽に楽しめるゲームだよ!」と言いづらくなったかなぁと。


↓3↓

◇ インターネットが常にある時代の継続的なアップデートと、SNSと、ゲーム実況と
 さて、前作『とびだせ どうぶつの森』が発売された2012年から、今作が発売された2020年の間の7年半で、任天堂が一番大きく変わったのは「インターネットとの距離感」だと思います。

 分かりやすい例から挙げると、「インターネット経由での継続的なアップデート」があります。
 前作の頃には(『amiibo+』は当初から計画していたものではないだろうから考えないこととして)、インターネット経由で追加された要素はせいぜい「新しい家具」くらいでした。その配布も、セブンイレブンとコラボして「セブンイレブンに行けば3DSをインターネットに接続できるよ」と限定家具を配布するなど、自宅ではゲーム機をインターネットに接続していない人でもインターネットに接続できるサービスをかなり推していたんですね。

 正確な数字は分かりませんが、当時はまだまだゲーム機をインターネットに接続しない人が多いと任天堂は考えていたのか、2012年の『とびだせ どうぶつの森』は「インターネットに接続しなくても問題なく遊べる」「インターネットに接続すると更に楽しい」というバランスのゲームになっていました。


 しかし、そこから7年半が経ち、その間に様々なゲームが発売されました。
 象徴的なのは、2015年の『Splatoon』や『スーパーマリオメーカー』です。この2本のゲームは「インターネットに接続しなくても遊べるのはチュートリアルのようなモード」「本番はインターネットに接続するモード」でかつ、「インターネット経由による無料アップデートで遊びが追加されていくゲーム」でした。

 この2本が発表された時、私は「俺は買うけどインターネット必須のゲームがどれくらい売れるんだろう」と思ったのを覚えています。しかし、蓋を開けてみれば、Wii Uというさほど普及台数の多くないゲーム機でどちらもミリオンセラーを達成しました。
 インターネット必須のゲームでも問題なく売れるくらい、ゲーム機のネット接続率は上がっているという実感が任天堂にも生まれたのでしょう。2017年に本体が発売されたNintendo Switchの任天堂ソフトは、「インターネット経由での無料アップデート」と「有料DLCの販売」の2本柱で継続的に遊ばせるものが多いです。ブキやステージが追加されていって、フェスのようなイベントがあった『Splatoon2』は言うまでもなく、『スマブラSP』もステージ作りのようなモードが追加されたり、『キノピオ隊長』なんて2人同時プレイのモードが無料で追加されましたもんね。

 そう言えば、ニンテンドー3DSの頃は前述したセブンイレブン等でインターネットに接続できるサービスを展開していた任天堂ですが、現在はもうニンテンドーゾーンって終了していたんですね。自宅でネットに接続する人が増えたからなのか、もうその役割を終えていたという。お疲れさまでした。


 そんな経緯なので『あつまれ どうぶつの森』も、インターネットにつながっていることが前提で、有料DLCは発表されていませんが、「インターネット経由での無料アップデート」で遊びが継続的に追加されることが発表されています。
 例えば、「イースター」だったり「メーデー」、「ジューンブライド」のような季節のイベントは、最初からソフトに入っているワケじゃなくて、その季節が近づいてきたら無料アップデートで追加されるようになったんですね。もしNintendo Switchをインターネットに接続していない人がいたなら、それらのイベントは遊べません。



 このアップデートのタイミングもよく考えられていて、発売日から始めた人がそろそろ「島クリ」を手に入れた頃&お金も余裕が出来た頃に、低木を売ってくれるレイジや、美術品を売ってくれるつねきちが来るという。
 イースターのイベントはむっちゃ不評でしたが、アースデーのイベントは「島作りのテクニックを教える意味合い」があったり、メーデーのイベントは「こんな島が作れるんだという見本」になっていたり、国際ミュージアムデーは「見ていない人も多そうな博物館めぐりをさせる目的作り」になっていたり、ジューンブライドは「パニエルの島を使わせる」だったり、イベントはタイミングと内容がしっかりと考えられている印象です。

 前作にはあったけど今作には(まだ)ない要素は結構あるのだけど……そう考えると、「夢見の館」は一通り島作りが完成してみんなが飽きてきた頃にアプデで追加されるんじゃないかとか、「南の島」はフレンドの島もみんな完成して遊びに行ったり来たりするのに飽きてきた頃にアプデで追加されるんじゃないかとか、予想&妄想は出来ます。

 つまり、現時点ではまだ実装されていない要素もたくさんあるみたいなので、今の時点でレビューなんて書けないんですね(笑)。

 何というレビュアー泣かせ。
 でも、『Splatoon』みたいなオンラインゲームだって、スマホ用のゲームだって、年単位で遊ばせることを考えて徐々に機能が実装されるのが最近のゲームですから……2020年型の『どうぶつの森』は当然こういう形になるんだろうなと思っていました。



 また、レイジやつねきちが「ゲームの進行具合」ではなく「アップデートで同時期に」みんなの島にやってくるというのは、SNS等で話題になることを狙っているのかなぁと思います。
 前作の時の3DSでもスクショに撮ってTwitterにアップしたりとかは出来ましたが、通常3DSではSNSへのアップはかなり時間がかかりましたし、何よりあの時期の任天堂って「SNSとの共存方法」が中途半端だったと思うんです。


 例えば、3DS本体機能にはスクショを撮る機能がないため、SNSにスクショをアップできるソフトは限定されていたとか。Wii UでMiiverseが始まって、そちらでは多くのソフトがスクショをアップ出来たのだけど、Wii Uを持っている人しか見ないMiiverseで話題になっても宣伝効果が薄かったとか。


 Nintendo Switchはその辺すごく割り切っていて、Miiverseは廃止、本体機能でスクショも動画もワンボタンで撮れて、それを即座にTwitterやFacebookにアップすることが出来る―――と、個人的には攻略情報を共有できるMiiverseはすごい好きな機能だったんですけど、Miiverseを廃止したおかげでNintendo SwitchのゲームはTwitterで話題になって売れることも多いと『ブレス オブ ザ ワイルド』の頃から思わされてきましたからね。

 『あつまれ どうぶつの森』も、Twitterでスクショや動画を見かけない日はないというくらいに溢れていて、プレイしていない人も遊びたくなってのこの売上なのかなと思います。


 更に、前作ではQRコードで配布&もらうことが出来た「マイデザイン」は、IDを入力することで受け取ることが出来ます(Nintendo Switch Onlineの有料会員になる必要はあります)。これもまたSNSでの共有に向いている形で、良さげなマイデザインがバンバンTwitterのタイムラインに流れてきますねー。




 そして、最後―――
 今作は「ゲーム実況映えするどうぶつの森」という印象を受けました。

 この7年半の間の任天堂最大のトピックは「任天堂が公式にゲーム実況をすることを認めた」だと私は思います。今やゲームは「自分で遊ぶ」だけでなく「人が遊んでいるのを見る」時代。ゲーム実況に馴染みのない人は「人が遊んでいるのを見るだけで楽しいの?」と思われるかも知れませんが、人が遊んでいるのを見るだけで楽しいし、そんな中でも「視聴者も参加できるタイプのゲーム」は視聴者も一緒になって遊べて盛り上がれるんですね。

 4人vs.4人の多人数戦でフレンドならガンガン乱入できる『Splatoon』とか、自分が作ったコースを人に遊んでもらえる『スーパーマリオメーカー』とか、99人まで一緒に遊べる『テトリス99』とか―――そう狙って作ったワケじゃないと思うんですが、結果的にものすごく「ゲーム実況映えするゲーム」になっていると思うのです。


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 最初の項でも述べたように、「どうぶつの森」シリーズはDS版の頃からオンラインに対応していて「フレンドの村」に遊びに行ける機能がありました。しかし、スペックの問題もあったでしょうが、オンラインで遊びに来られる人数は3人まで(自分を入れて4人)なのが慣例でした。3人ずつしか入ってこられないと、割と出来ることが限られちゃうんですよね……

 それが、今作『あつまれ どうぶつの森』ではオンラインで遊びに来られる人数が7人まで(自分を入れて8人)と倍増しました。更に、『テトリス99』とか『Ultimate Chicken Horse』とかでも採用されていたので最近のトレンドだと思うんですが、部屋を作った際に提示されるパスワードを入れることで「フレンドになっていない人もオンラインに参加できる」システムが採用されています(※2)

 このおかげで、普段ゲーム実況を観ているだけの雲の上の人の島にも、フレンドになんかなってもらえなくても遊びに行けるんですね。もちろん、ゲーム実況以外でも「カブが高騰した島をTwitterで見かけたので初めましての人でも売りに行ける」みたいな使い方も可能です。

(※2:パスワードを発行しないで、フレンドだけ自由に入ってこられる設定にも出来ます)


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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 前作の「南の島」のようにミニゲームがみんなで遊べる要素は(まだ)ないのですが、「島クリ」や「マイデザイン」が使えて、8人集まれば色んなことが出来るもので―――上の画像は、ウチの島で開催された「絵しりとり」大会の様子です。他の島では、みんなでピクロスを解いたり、みんなでクイズに挑戦したり。他の人の実況を見ていたら、デスゲームが開催されたこともありましたっけ。

 ニュース記事で見かけただけですが、新型コロナウイルスのせいで行えなかった卒業式を『あつまれ どうぶつの森』で開いたとか、結婚式を『あつまれ どうぶつの森』で開いたなんて話も聞きました。こういうことが出来るのも、オンラインで一緒に遊べる人数を4人→ 8人に倍増させたからだと思います。


 このゲームがここまで話題になって、売れているのは、シリーズのネームバリューに胡坐をかかないで「2020年に発売するに相応しいどうぶつの森」を作ったからだと思います。お見事!



◇ 結局、どういう人にオススメ?
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<画像はNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』より引用>

 このシリーズ、以前は「人を選ぶゲーム」って言われていたと思います。
 分かりやすい目標がなくて、何をしても自由、何をしなくても自由、自分なりの目標を立てられる人には最高のゲームだけど、分かりやすい目標を与えられないと遊ぶ気にならない人には向かない――――だから私、「コアなゲーム好きな人」がこのゲームを好きだと言っているのが意外だったりしたのですが。

 3DS版→ 今作と、「村の発展」「島の発展」という分かりやすい目標が与えられる方向性になっているんですね。なので、もうこのシリーズは「人を選ぶゲーム」ではなく、「誰にでも楽しめるゲーム」と呼んでイイと思います。


 その中でも特にオススメな人を考えると、やっぱり今作の目玉は「家の外にも家具が置ける」ことだと思うので……手持ちのアイテムによるコーディネートを考えるのが好きな人にオススメかな。家の中にしろ、家の外にしろ、自分が着る服にしろ、「どれを置こうかな」「どれを着ようかな」と考えるのが楽しいゲームなんで。

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