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「好きな作品」と「面白い作品」と「素晴らしい作品」は別

 最近ちょっと記事の精度が落ちていると自分でも思っていて、誠に申し訳ないです。
 「跳ぶぞー!」と思いながら書き始めるのだけど、着地の仕方が分からないままスッ転んでいるというか……

 でもまぁ、嘆いたところで時間が増えるワケでもないので、今日も“今の自分が出来る範囲”で頑張って語ります。




 「私」「僕」「俺」「自分」「ワシ」「余」「小生」「オラ」「我輩」……
 英語に翻訳してしまえば「I」で済んでしまう一人称の言葉が、日本語には沢山あります。そして、それぞれの言葉が“違った意味”を持っていることを日本人なら何となく分かりますよね。女子中学生が自分のことを「拙者」と言ってたらどうしたかと思いますし、60代の男性が自分のことを「アタイ」とか言い出したら何があったかと思いますもんね。

 英語に翻訳してしまえば同じ「I」なのに、日本語だと様々な表現がある―――
 この日本語の“幅”というのは、日本にとっての最大の財産だと僕は思っています。




 この話、書くか悩んだけど今日は書きます。これを書かないと最近の流れは完結しないので。
 今年の7月に「アホな子だからこそ、平沢唯が大好きです」という記事を書いた際に、自分は“「その作品を好きかどうか」は理屈抜きでキャラクターの魅力で決まるんだなぁとつくづく思います。”と書きました。


 それで、こういう反論を受けたんですよ(反論というか、疑問というか)。
 「そうですか?キャラに魅力がなくても素晴らしい作品はありますよ」と。


 自分はそれが凄くショックだったんですよ。
 何故なら、自分にとって「好きな作品」「素晴らしい作品」は別の意味であって、あの記事の冒頭部分は敢えて「好きな作品」であることを全力で伝えようと思って書いたから。
 あの頃『けいおん!』が如何に「素晴らしい作品」であるかを語る人は沢山いらっしゃいまして、自分もそういう記事を楽しく読みましたけど、同じことやっても適わないなと、ただ真っ直ぐに「好きな作品」であることを語ろうじゃないかと開き直って書いた記事でしたので―――

 あぁ、そうか。「好きな作品」と「素晴らしい作品」を“同じ意味”として捉えてしまう人がいるのか……とショックだったのです。



 という愚痴を書きたいワケじゃなくて、
 実はココから逆転ホームラン。

 この3ヵ月後、キャラクターのことはそんなに好きじゃなかったけど、号泣しながら「俺はこの作品が大好きだー」と語りたくなった『かなめも』が完結するワケで。「好きな作品」か「素晴らしい作品」かという言葉遊びをすっ飛ばせば、その当時に指摘されたことは納得だったんだなと反省しました。


(関連記事:『けいおん!』は“仲間”を描き、『かなめも』は“孤独”を描いた



 ただまぁ……『かなめも』のラストからももう数ヶ月が経ちまして。
 その“「好きな作品」か「素晴らしい作品」かという言葉遊び”がずっと気になっていたんですよ。記事タイトルに入れた「面白い作品」もそうなんですけど。それぞれ違う言葉を使うからには、“違う意味”を持っていると僕は考えているのですが―――
 これらの言葉をザックリ「プラス」としてしか読まない人が増えている感がするのです。

 具体的に言うと、ゲームハードにおける「信者」とか「アンチ」の論争とかね。
 そこで語られている一人一人の感情を全部省略して「プラス」か「マイナス」かしか読まれていないことに恐怖感を覚えるのです。

 何かの感想を書いた際に、「貴方のレビューは主観丸出しで読むに耐えない」みたいなことを言われたりね。
 そりゃそうだよ。自分は「主観」で「自分が好きかどうか」を語っているのだもの。


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○ 価値基準は一つではないという話
 もちろん「好きな作品」な上に「面白い(と思う)作品」でかつ「素晴らしい(と思う)作品」もありますけどね。
 でも、何だろう……作品を「レベル5←→レベル0」みたいな一つの価値基準で序列化する考え方はどうもしっくり来ません。自分の脳内を言語化するのなら、「好きな作品かどうか」「面白い作品かどうか」「素晴らしい作品かどうか」がそれぞれ違う評価軸で働いているという感覚ですかね。


 あ。一応。この3つを挙げているのは、あくまで“僕が”“パッと思いついた”ものでしかないです。
 みなさんはそれぞれ違う評価軸を持っているんじゃないかと思いますよ(自覚か無自覚かはさておき)。



 とりあえず自分の感覚で、敢えて他の言葉に置き換えて説明するのならば……


● 「好きな作品」
 自分にとって“特別な存在”。
 「存在してくれたこと」や、「出会えたこと」に感謝したくなるかどうかに依ります。“自分にとって”なので、他人に薦められるかどうかは二の次です。この作品が存在しているから頑張れる、みたいな。

 今日の記事のきっかけがアニメの話題なので、アニメ・漫画で例を挙げると「キャラクターに愛着があるか」とか「世界観に愛着があるか」とか「そこで描かれているものが好きか」が作用してくると思います。
 『かなめも』の場合、自分はキャラや世界観にはさほど愛着がなかったけど、「描かれたもの」に強く心を打たれて「好きな作品」になりました。



● 「面白い作品」
 “ワクワク出来るもの”。
 「好きな作品」が「正方向に心を揺さぶる作品」だとしたら、「面白い作品」は「どちらの方向であったとしても強く心を動かす作品」というカンジですかね。早く続きを!という欲求が強く、中毒性が高いものほど「面白い作品」という評価に入れやすいです。

 『舞-HiME』とか、数年前に全盛だった鬱アニメはここの枠組に入れています。
 「面白い作品」だけど「好きな作品」には入れがたいものの代表は、「1周目は最高に楽しかったけど2周目はイヤだなー」というものですね。映画とかは結構あるなぁ……ラストシーンが救いのないものとかは、「2度は観たくない」でも「面白かった」というか。



● 「素晴らしい作品」
 これは上2つと違って、“自分とは違う評価”を意識した言葉だと思っています。
 他人に薦めやすいかどうか……というと、その人の趣味趣向に寄ってしまうので。ある日、地球が宇宙人に占拠されて「面白いアニメを見せないと地球人を滅亡させるぞ!」と言われた際に「こ、これを…」と差し出すものがこのカテゴリーだと思っています。設定にムリがありすぎる。

 要は、「自分が面白いかどうか」よりも「他人が面白いと思うかどうか」という評価軸。
 自分はあまり好きな言葉ではないですけど、「客観的な評価が高い」みたいなことかと思います。

 当然ながら人の趣味趣向は多彩なので、“他人”と言ってもA君とB君では「面白い」基準は全然違うんですけど。“アベレージの高さ”というかね。「これは誰にでも薦められるな」感が強いものほど、自分は「素晴らしい作品」という言葉を使っています。

 アニメで言えば、「構成がキッチリしている」とか「飽きさせない画面作りをしている」とか「期待を裏切らない」とか……
 もちろん「キャラの魅力」とか「心を揺さぶるか」とかもあるので、上2つとも被るところはあるんですけど、そこはかなり好き嫌いが分かれますからね。

 唯が好きな人も、澪が好きな人もいるからね、みたいな話。




○ 「素晴らしい」至上主義への危機感
 だから、自分にとって「素晴らしい作品かどうか」と「好きな作品かどうか」は全然別の話なのです。
 一つ例を挙げると、アニメ版『とある科学の超電磁砲<レールガン>』の第1話を観た時「何この神コンテ!トンデモねえ!」と思いまして、その時点では「素晴らしい作品」「面白い作品」というカテゴリーに入っていました。来週が楽しみだと思ったし、色んな人に薦めたくなったし。


 でも、「好きな作品」になったのはここ数週の話です。
 もちろん「好きな作品」になるであろう伏線は山ほど張られていたので期待をしていましたが、その期待を更に超えて毎週毎週号泣しながら観ております。でも、多分「号泣するほど好きかどうか」は“作品が大切にしているもの”と“自分が大切にしているもの”が偶然にも上手く交わっただけなので、「みんなも号泣してるっしょ!?」とは言えないし、号泣せずに楽しんでいる人達を否定したいワケじゃないです。


 あーでも、これは書いておきたい。
 『かなめも』のラストに感動した人は、是非『とある科学の超電磁砲<レールガン>』も観て欲しいです。テレビアニメは後から追いかけるのが非常に難しいメディアだから「観て欲しい」と軽はずみには言えないんですけど、『かなめも』が大事に描いたものの続きが『とある科学の超電磁砲<レールガン>』にはあると思うので。




 話を元に戻さねば。
 だから、自分はなるべく“ありのままの感情”で持って「好きな作品かどうか」を語ることにこそ意味があると思っているのだけど………でも、やっぱり「客観的な評価」と呼ばれるもので「素晴らしい作品かどうか」を語ることを重視している人も沢山いて、それを自分は否定出来ません。
 そういう人がいて、そういう人に「貴方のレビューは主観丸出しで読むに耐えない」と言われることで、自分としても「ならもっと主観丸出しにしてやる!」と天邪鬼に思えるワケですからね(笑)。

 色々な人がいるから世界は面白い。
 まぁ、いつもの話。



 ただ、「素晴らしい作品かどうか」を過大評価するのは危険じゃないかなぁとも思っています。
 「危険」というか、「それじゃ世の中のことって説明出来なくない?」というか。

 「素晴らしい作品かどうか」を論じるのはイイですよ。「素晴らしい作品」を目指して作るのも立派なことですし、自分もそういう作品を「素晴らしい」と思いますよ。自分だって、「素晴らしくない作品」よりも「素晴らしい作品」を作ろうと心がけています。


 でも、「こんなに素晴らしいのに売れないなんて世の中がおかしいんだ!」みたいなことを言う人がいるじゃないですか。逆に「こんなに素晴らしくないものが売れているなんて世の中がおかしいんだ!」みたいなことを言う人がいるじゃないですか。

 それって答えはシンプルですよ。
 「売れるかどうか」に「素晴らしい作品かどうか」は関係ないってだけの話ですよ。


 (関連記事:「あんなのが売れるなんて理解できない」とか言っている評論家って何なの?




 「関係ない」は言い過ぎだな。ゴメンなさい、ちょっと煽ってしまいました。
 「素晴らしい作品かどうか」は、沢山ある「売れるかどうか」の要素の一つに過ぎないという感覚ですかね。

 今現在の自分が漠然と思っている言葉を使いますと……
 「素晴らしい作品」にお金を払える人はごく一部の人と言った方がイイかな。うーん、もうちょっとイイ言葉がありそうなんですけど。ちょっと保留しておきます。



 漫画でもアニメでもゲームでも、音楽なんかはもっともっと分かりやすいかな。
 お金を払って買うものって「好きな作品」じゃない?

 CDを買う際に、「この人達は素晴らしいアーティストだから買おう」なんて思って買う人いなくないですか?
 その人達が好きだとか、その人達の楽曲が好きだとか、結局のところ財布を開けさせるのは「好き」という感情なんじゃないかと思うのです。もちろん「素晴らしい作品だから好きだ」と思える人もいるんですけど、そういう人はそんなに多くないと今の僕は思っています。



 「素晴らしい作品かどうか」を語ることに意味がないとは決して思いませんけど。
 「素晴らしい作品かどうか」だけに引っ張られてしまうと、大切なものを置いてけぼりにしてしまうんじゃないかと怖くなるのです。「素晴らしい作品」ではなくても、「大好きな作品」ってあるじゃないですか。それを「素晴らしくないから」なんて理由で切り捨てるような世の中にはなって欲しくないと思うのです。


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○ 蛇足って言えば、蛇足。
 本題って言えば、本題。

 “人”もそうだよね。
 『超電磁砲<レールガン>』の喩えを出すまでもなく、人が人に惹かれるのに「素晴らしい人かどうか」なんて関係ないじゃないですか。誰もが皆“学園一の美少女”を好きになるワケじゃないじゃないですか。地味なコが、人知れずみんながやりたがらない雑用な仕事をしていたりするのを見てキュンとするワケじゃないですか。


 人間的な価値ってそういうことだと思うんです。
 「レベル5←→レベル0」の序列の中に並べられるものではなく、ただシンプルに「その人が好き」ってことじゃないですか。恋愛に限った話でなく、友達とかでも「ダメなヤツなんだけど憎めない」とかあるじゃないですか。


 でも、「素晴らしい」至上主義が席巻しすぎてしまって、“人それぞれの良さ”みたいなものが置いてけぼりになってしまっていることが怖いです。
 「私、貧乳で悩んでいるから豊胸手術を受けようと思います」とかね。そりゃ、自分に自信を持つためにやるのだから自由な選択をすればイイと思うんですけど……自分のような人間からすると「貧乳が大好きな男だって結構いるのになぁ」と、哀しい気持ちになるというか。


(関連記事:ぼくたちが望んでいることは本当に「モテたい」なのだろうか?
(関連記事:男は男からの評価の中に生き、女は女からの評価の中で生きている

| ひび雑記 | 18:41 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

オチがww

いやぁちょっと作品の分析が面白くなる記事で大変面白かったです

| ああああ | 2009/12/17 16:10 | URL |

自分が気に入っている好きな作品と
クオリティが高い作品が異なる評価軸という考えは何と無くわかるんだけど、
「素晴らしい作品」という字面を見て客観的に評価が高い作品とは思わないかなあ。

俺なら自分が好きだったり、気に入ったりする要素が無い作品を素晴らしいとは言えない。
「出来た良い」とか「クオリティが高い」とか「力を入れてそう」辺りの言葉での評価になるかな。

何が言いたいかというと、「素晴らしい」という言葉でも人によってニュアンスが結構違う事に大変驚いた。

| 通りすがりのゲーム好き | 2016/04/04 01:13 | URL |

楽しく読ませて頂きました。自分とまったく同じ意見で共感できました(^^)

| ああああ | 2016/12/28 13:45 | URL |

チラ裏で、あくまで私のアニメ評価基準という話ですが
素晴らしいとかおすすめだとか考え出すとキリがないので私の場合は、「再び見なおしたいアニメかどうか」を基準にしています。重いテーマを扱ったアニメや、長期にわたるアニメは評価が厳しくなります。それでも尚高評価を付けたらまた見てもハズレはないと言えるでしょう

| lot | 2017/05/29 16:51 | URL | ≫ EDIT















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