やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

どうして任天堂は「10代後半~20代中盤の層」に弱いのか?

 ちょっと前の記事なんですけど……非常に面白い考察だなと思ったので、ご紹介せねばと。

 『マルガの湖畔』さんの、12/27の日記「70年代を征すものが市場を征す説」です。スクロールしてお読み下さい。一読の価値ありますんで!



 日本の“世代”として最も人口の多い層は団塊ジュニア世代(現在の30代中盤くらい)で、団塊ジュニア世代を狙った商品が今でも人気という話はウチでも何度か書いてきました。
 北斗の拳やドラゴンボールなどの少年ジャンプ作品は未だにキラーソフトですし、ガンダムも然り、ファミコンミニなどのレトロゲームのヒットなんかもありましたよね。30年前のコンテンツが未だに強い影響力を持つのは、団塊ジュニア世代の数の力があってのことだと思います。

 『マルガの湖畔』さんの考察で面白いのは、そこに「任天堂は10代後半~20代中盤の層に弱い」というデータをプラスして、「任天堂が敗者だった時代」=「PS・PS2が勝者だった時代」というのは実は人口の多い団塊ジュニア世代がちょうど任天堂の弱点とする“10代後半~20代中盤”に該当する時期だったと推察なさっているところです。



 もちろん64が敗れた要因というのは様々なものがあったでしょうし、これまでにも散々語られてきたことなんですけど……データという切り口でこう見たというのは面白いなぁと。
 喩えば「任天堂は10代後半~20代中盤の層に弱い」という言葉だけ聞くと、その世代の人達だけ生まれてから死ぬまでずっとアンチ任天堂を貫き通している原理主義者のような印象を受けるんですけど。実際にはそうではないんです。PSPの『モンハン』が大ブレイクした頃、「実はこの層は子どもの頃に『ポケモン』大ブレイクを経験している」という話がされていて。

 かつては任天堂を支持していた人達も、ある一定の年頃だけ任天堂不支持に回ることが多い……
 へぇ、そんなこともあるんだなー。妙に変だなーなんてことを考えていたんですが。




 あ、自分もそうじゃん。と私気付いちゃったのです。


 自分は81年生まれで団塊ジュニアの後の世代……おこぼれを享受した世代なんです。
 『ガンダム』ではなく『Z』『ZZ』世代、中学・高校時代に少年ジャンプ暗黒期で、物心ついた頃には『スーパーマリオブラザーズ』が存在していた世代なんです。『アイスクライマー』を遊んだことがないんです。


 で、計算してみると……我が家にセガサターンが来たのが96年、自分が15歳の頃。
 DS購入で任天堂ハードに戻ってきたのが2006年、自分が25歳の頃。

 ドンピシャ。
 ちょうど「10代後半~20代中盤」の10年間、任天堂のハードもソフトも買っていなかったことに気付いたのです。こわいなーこわいなー。



 ということで、極めてミクロな「自分は何故その10年間も任天堂に見向きもしなかったのか?」を思い出すことによって、任天堂が抱えている「10代後半~20代中盤の層に弱い」理由が見えてくるんじゃないかと思ったのです。そんなの一つのケースに過ぎないって?でも、そうした一つ一つの感情から見えるものもあるんじゃないかと思うのですよ。


ポケットモンスター ソウルシルバー(特典無し)ポケットモンスター ソウルシルバー(特典無し)

任天堂 2009-09-12
売り上げランキング : 57

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

1.そんなに新ハードばっか出されても「ついていけない」
 ここから語るのは、81年生まれの僕の話ね。
 自分が「コンピューターゲーム」という存在を知った頃には、既にファミコンがありましたし。「コンピューターゲーム」=ファミコンだと思っていました。

 で、そこに現れるは「ファミコンに出来ないことをする」スーパーファミコンですよ。
 度肝抜かれました。『ストリートファイターII』を見た時に「ファミコンあれば十分じゃね?」という考えは吹っ飛びました。攻撃だけで6つのボタンがあって、飛んだりしゃがんだりしている時は違う攻撃で、必殺技もあって、それが8人もキャラがいて、全員倒すと更に4人の強敵が出てくる―――「無限に楽しめるゲームだ!」と、本気で思ったものです。


 でも、『ストII』ヒットから2年半後にはプレステ・サターンが出て、その1年半後には64が登場ですよ。
 正直「もうついていけないなぁ……」感がありました。新しいゲーム機は高いし、せっかく買ってもすぐに新しい機種が出るし、やってられないというのが本音でした。「でもオマエ、サターン買ってんじゃん?」と言われるでしょうが、これはまぁ兄貴の命令でね……


 しかし、任天堂のゲームなんてやるもんか!ってワケではないんですよ。
 友達の家に遊びに行った際には、みんなでスーファミやっていました。2001年頃まで。既に持っているスーファミソフトだけで楽しめるじゃんという状況は続いていたんです。でも、64のソフトは買いません。64というハードを持っていなかったし、買ってまでゲームしないよねと思っていたから。
 そういう人達は、「任天堂のゲームを遊ぶ」のに「任天堂ユーザー」にはカウントされないんですよね。

 ゲーム機のサイクルが10年とか20年だったら、また違った話だと思うんですよ。
 「あ、面白そうなゲームだ」と思った時に、持っているゲーム機で遊べるのか、新たに買わなきゃならないのかの違いは大きいと思うんですよ。

 5年周期で新しいゲ-ム機が出てきたりするから、「ついていけない」人を生み出すと思っているのですが、この話を進めると「だって他の会社が新しい機種を出すんだもん!」ということになりますし、他の会社が新しい機種を出すのはその「ついていけない」人達を奪うためなんで……競争がゆえに業界全体が疲弊している要因になっている気もするんですが。
 新機種によって新たにゲームを始める人もいますから、こっちを立てればあっちが立たない状態ではありますね。

(関連記事:「収穫逓増」に挑んだ任天堂の戦略


2.同じ「色」ばかりだと飽きてくる
 「世代だなぁ…」と思ったことに、こないだどこかのブログで「64ソフトの売上げ上位ランキング」が貼り出されていて。「任天堂のソフトばっかじゃねえか!サード殺しの任天堂はこの頃だったんだな!」みたいなコメントが寄せられていて、あーあの頃の状況を知らん世代はそう思うんだなーと妙に感心したんです。


 64はサードメーカーがソフトを出さなかった。
 Wiiはサードメーカーがソフトを出しても売れない。

 まぁ……64はベラボウに開発が難しかったそうなので、そういう意味での「サード殺し」だったら分からんでもないんですけどね。ちなみにこの頃にエニックスはPS用に『ドラクエ7』を開発しつつ、ゲームボーイに『ドラクエモンスターズ』を展開しているんですよね。当然これが後々に意味を持ってきて、DS『ドラクエ9』の大ヒットに繋がるという。恐ろしやエニックス!!


 「任天堂には子ども向けゲームしかない」と言われると任天堂ファンは「え?」と思いますよね。
 リアル頭身の『ゼルダ』、『メトロイド』に『エムブレム』などなど……『マリオ』『ポケモン』『カービィ』に『どうぶつの森』辺りを除けばあんまり子ども向けゲームのイメージもないよねぇと思うのですが、こうしたソフトの方が日本では売れているからそっちが目立っているというか。『時オカ』なんかは例外の方で。

 サードメーカーがこぞって逃げた64では、スーファミでキラーソフトになっていた『ドラクエ』も『FF』も『ストII』もなくて。そもそも64はそうしたソフトにはあまり向いていなくて。
 任天堂も必死になって「自分達とは違う色のソフト」を得るためにセカンドパーティに働きかけて、64時代は『シレン』『オウガ』とか、GC時代は『バテン・カイトス』とか、Wiiでは『零』とか『斬撃のREGINLEIV』とかを自社発売しているんですけど。

 やっぱり売れまくる『マリオ』とかのイメージが強すぎてしまうのかなーと。
 でもねー、そりゃ自社開発のソフトは「万人に売れるキラーソフトにならないといけない」からそういうソフト(『マリオ』とか『Wii Sports』とか)が売れるのは当然ですし、その結果として「任天堂のソフトばかりが売れている」と言われるのは皮肉なものというか。

 岩田社長はことあるごとに「売れているのは任天堂のソフトばかりと言われるが、割合にするとサードも頑張っている!」みたいなことを仰られるんですけど、すっげえ皮肉な話だと思うんですよ。社長自ら「ウチの会社以外も頑張っているんです!」と言わなきゃならないって。



3.任天堂は「変化を求める」
 「1」と通じるような、矛盾するような、補佐するような話。
 変わり続ける任天堂がおかしいのか、一貫して変わらないSCEがおかしいのか―――


 コントローラの話ね。

 発表当時から「何だありゃ!」と賛否両論だったWiiリモコンは分かりやすい例ですが、Wiiに限らず任天堂の据置ハードは常にコントローラを変えているのです。形状もそうですし、ボタン数もそうですよね。(アナログスティックを除けば)ほぼ同じ形状を続けているPS・PS2・PS3とは対照的です。

 この話について興味深かった記事が、4年前のこの宮本さんのインタビュー
 当時はWii発売前で、Wiiリモコンはボタン数が減ったよねという流れでの御発言です。

<以下、引用>
宮本「ファミコンでは、A、Bボタンを組み合わせて使ったり、同時押しにしたりしていたのを、スーパーファミコンのときには、YボタンやXボタンに振り分けるとか、できるだけシンプルな操作に少しずつ変えていったわけです。そうすることによって、使いやすくなったと思っていたんですけど、やっぱりボタンの種類が増えていくこと自体が複雑化への道だったんです。」
</ここまで>

※ 太字強調は引用者によるものです

 今からすると「え?」という話ですが、スーファミ発売前はそういう意図があったのかと驚いたのです。
 ファミコンのコントローラは十字ボタン+ABの2ボタンでした(スタートとセレクトは補佐の役目)。ハード初期はそれで全然問題がなかったのでしょうが、より高度でより複雑なゲームが求められていくに従って、「ただボタンを押す」以外の操作方法が出てきていました。

 ABボタン同時押しでジャンプ、とか。
 十字ボタンを素早く二度押しすることでダッシュ、とか。
 Bボタンを一定時間押し続けることでタメ攻撃、とか。

 宮本さんのコメントを読む限り、任天堂は「これでは複雑な操作についてこれない人がいる」と思い、スーパーファミコンのボタン数を増やしたみたいですね。言ってしまえばDSのタッチパネルとか、Wiiのポインティングデバイスと同じ発想のものだったと。



 もちろん「結果的には逆に複雑になってしまった」とのことなんですが……
 そういう発想で言うと、64の3Dスティック(アナログスティック)もそうですよね。ファミコン・スーファミ時代は、ダッシュをするためにBボタンを押しっぱなしにしたり、十字ボタンを2度押ししたりする必要がありました。ですが、アナログ入力のスティックを標準搭載してしまえば、片手のサジ加減でダッシュ操作が出来るワケです。

 自分は何度か「アナログスティックをみんなが使えると思うな!」と書いているので、アナログスティック否定派だと思われているかも知れませんが、逆です。使いこなせるようになるとスゲー便利なことに驚いたからこそ、使いこなせない大多数の人を導くソフトが必要だろうと思っているのです。

(関連記事:アナログスティックに触れてこなかった世代をどう取り込むか


 ゲームキューブはちょっと微妙かなと思うのですが(僕自身はGCコンが一番好きですが)。
 任天堂ハードのコントローラは常に変わり続けていて、それは「新しいコントローラで遊べる新しいソフトを提供する」ことと「複雑になりすぎた操作体系をリセットする」という2つの意図があったんじゃないかと思います。結果的に複雑になってね?とは、今も昔も一緒ですが。

 その結果、「それまでのゲーム」や「それまでのゲームが好きだった人達」が切り捨てられるというのも今も昔も一緒だと僕は思っています。
 ファミコン→スーファミの変化で輝きを失ったソフトは沢山ありましたよね。それこそ、限られたドット数と十字ボタン+ABボタンで表現されていた『くにおくん』シリーズとか。
 アナログスティックと3D描写でゲームを変えたという64は、それは確かに立派なことだと今では思っているのですが。それまでの2Dゲームを全否定するかのような方針に、僕は「あー任天堂もそっちに行っちゃうんだ」と落胆したのを覚えています。『ドラクエ』も『FF』も『ストII』もなかった64ですが、それ以上に2D『マリオ』も2D『ゼルダ』も『エムブレム』もないことが自分にとっては大きくて、自分がスーファミで大好きだったソフトは64には出なかったんですよ。2001年まで友達宅でスーファミ遊んでいたというのもそういう理由だったりしますし。



 新しいゲームと新しいユーザーを求めたために、「それまでのゲーム」や「それまでのゲームが好きだった人達」が切り捨てられる―――これは別にWiiに限った話ではなく、任天堂の据置ハードは多かれ少なかれ当てはまる部分が多いと思うのですよ。
 全くゲームを知らない人に、スーファミのコントローラを見せ、次に64とプレステのコントローラを見せ、「どっちが仲間だと思う?」と聞けばプレステのコントローラを選ぶと思います。初代プレステの勝利って、そういう「64の変化に切り捨てられた人達」をフォローしたという要因もあったんじゃないかと。


ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wiiニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii

任天堂 2009-12-03
売り上げランキング : 4

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 3つの項目に分けたけど、この記事で言っていることは2つですね。ノープランで書き始めるからこうなるんだ。

 一つ、新しいゲームと新しいユーザーを求めて「変化する」ことによって、ついてこれない人も生んでしまう。
 二つ、それでも同じ色(特に「万人向け」や「みんなで遊べる」)を大切にしているため、その色が鼻につく人も出てきてしまう。




 これは何にでも当てはまる話なんですが、最大の武器は最大の弱点にもなりうるという。
 「誰でも遊べるゲーム」『Wii Sports』を作っても、「誰でも遊べるヌルイゲームなんて要らねえんだよ!」と思う人が出てきてしまうように―――任天堂が大切にしている「新しい体験」や「万人向け」に価値を見出せる人・見出せない人が分かれるのも当然なのかなーと。

(関連記事:Wiiが成し得なかった“革命”~その2.予備知識の要らないゲーム


 そして、「10代後半~20代中盤の層」にそれが当てはまる傾向があるというのは、ゲーム機のサイクルと、ゲーム体験への“慣れ”と、商品イメージへの抵抗感なんかがちょうど重なるタイミングということなのかなと。
 もちろんもちろん個人差はありますよ。その時期にバリバリ任天堂ユーザーでしたって人もいますからね。しかし、傾向として起こりやすい要因が揃っているとは思うのです。



 では、どうするべきか。3つの項目に従って解決策を考えるなら。

1.ゲーム機のサイクルを伸ばす(1台買えば10年楽しめるくらいがありがたい)
2.サードパーティがソフトを作りやすい&売りやすい土壌を作る
3.旧来のユーザーも楽しめる“幅”を残す



 こんなカンジ?
 1と2に関してはよく言われることではあるんですが……3は実は、最近の自分がよく考えていることだったりします。

 任天堂の携帯機は基本的にずっと足し算なんですよ。GB→GBA→DSと、ボタン数が減らない。
 DS初期は無理矢理タッチペンを使うソフトも多かったですが、ボタン数はスーファミと同じなので、スーファミ(PS・PS2)のような操作感覚で遊べるソフトも出せるようになっているんです。もしタッチペンオンリーだったら『ドラクエ9』はあそこまで売れなかったことでしょう。

 しかし、据置機はそうではない。
 Wiiリモコンでは64・ゲームキューブのソフトはもちろん、スーファミのソフトも操作出来ません。なので任天堂は「それまでのゲーム」や「それまでのゲームが好きだった人達」に向けてクラシックコントローラやゲームキューブコントローラが使えるように“幅”を残したんですが……

 その“幅”がクラシックコントローラやゲームキューブコントローラが使えないWiiユーザーに「ああいうゲームは自分には関係のないゲームだ」と思わせてしまい、結果的にWiiユーザーの二極化を生んだんじゃないか?というのが、最近自分が思っていること。功罪の功の部分はもちろん分かりつつ、罪の部分も否定できないよねと。




 マジメな話、“DSの次”や“Wiiの次”って相当難しいと思うんですよ。
 “DSの次”は「変化」と「幅を残す」両立が大変だろうと。端的に言うと、後方互換を残せば「変化」を付けることが非常に難しくなるだろうって話。
 “Wiiの次”は二極化してしまったユーザーをどう引き継げばイイのかというジレンマがありますし、Wiiが周辺機器で「変化」し続けている分、新しいゲーム機を出す必然性はあるのか?という疑問もあったり。

(関連記事:“DSの次”で、DSソフトは遊べるのだろうか
(関連記事:理屈だけで言えば、Wiiは任天堂最後の据置型ゲーム機にならないかい?


 今日の記事のメインは「10代後半~20代中盤の層」についてだったんですが、そこを考えれば考えるほど、(ゲーム業界に限った話ではなく)「変化し続けること」と「変化し続けないこと」の両面について考えさせられました。
 コントローラを変える任天堂と、変えないSCEの違いというのもそうなんですが。
 同じ会社が得体の知れない『トモダチコレクション』を作りながら、伝統的な2D『マリオ』も作っている―――みたいな話。


トモダチコレクショントモダチコレクション

任天堂 2009-06-18
売り上げランキング : 10

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲーム雑記 | 18:17 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

1の理由がすべてですよ。
新しいハード買えないんですよ。
親に買ってもらうほど子供じゃないし自分で買う金もない。
プレステの時も買えない人があんなのゲームじゃないと言ってました。

任天堂不支持になるんじゃなくてゲーム自体やめるんですよ。

| ん | 2010/01/16 22:01 | URL |

まあ、でもなんだかんだ言ってすべての層で一番売れているのもWii(任天堂)なんですけどね、
印象でどうこういっても数字は明確だからね

40              ┌┐
│          (ω・ )
│              || 
│              || 
│              ||  ┌┐
30              || (・ω・)
│              ||  ||
│              ||  ||
│              ||  ||
│              ||  ||
20              ||  ||
│              ||  ||
│              ||  ||
│              ||  ||
│  ┌┐  ┌┐  ||  ||
10 ( ・д) (д゜ ) <糞箱北米で死亡wwwww
│  ||  ||  ||  || 
│  ||  ||  ||  ||  ┌┐
│  ||  ||  ||  ||  (^o^) ←ホントに死んでるのはコイツ
└─┴┴─┴┴─┴┴─┴┴─┴┴─
   360   PS3  Wii   DS  PSP

| ああああ | 2010/01/18 08:04 | URL |

言われて考えてみると、自分も次世代機が登場した辺り(94~99年くらい)は任天堂のソフトを手に入れていないですねぇ。
兄共々セガファンだったというのも理由の一つなんですが、当時64はSSやPSと比べると見劣りしているような感じを覚えてましたね。 「カートリッジよりCDメディアの方がなんかかっこいいじゃん!」みたいな(苦笑)

DSやWIIの「次」はどうなるのかは皆目見当が付きませんが、初めてDSを目にした&手にした時のような「これは凄い!」という感覚を果たして「次」のハードで覚えられるのかどうか。
それがちょっと心配です(苦笑)

| じぇふ茶 | 2010/01/18 21:57 | URL |

はじめまして
とても興味深く拝見させてもらいました

自分は管理人さんが任天堂離れしていた64の世代の人間ですけど
やっぱり中学校か高校あたりで一度任天堂(というかゲーム自体)から離れましたね
当時、親に「そろそろゲームは卒業しろ」みたいなことを言われて
GCやPS2、DCを買ってもらえなかったんですよ
友達の家でやらせてもらったりもしたんですけどコントローラの違いは大きくて
違和感だらけでした

自分で買えるぐらいになってから中古でDCやPS2を買って遊んでますが
やっぱり個人的にはマリオ64やゴエモンネオ桃山みたいなゲームをしたいなぁって
思っちゃいますねw
今もギリギリ“10代後半~20代中盤”の人で例に漏れずPSPメインでやってますが
未だに友人と64のスマブラしますしコントローラも一番しっくりきます
あと数年経ったら自分も任天堂に戻ってくるんでしょうかね・・・

長々と駄文失礼しました

| Y.M | 2010/01/18 22:06 | URL |

初心者・ライトユーザー向けとマニア向け、別々に作っていけばいいんじゃないでしょうか

| も | 2010/01/19 03:27 | URL | ≫ EDIT

私の周りの10代後半から20代中盤にはモンハンは大人気ですし、ポケモンも大人気です。
DQ9なんかも飽きるほど話を聞かされました。
今はFF13の話題が中心のようです。
彼らそれぞれにはもしかしたらメーカーやハードには一家言あるのかもしれませんが
少なくともそれを判断基準にはしていないように思います。

| v | 2010/01/19 08:46 | URL |

同意見な事や新鮮な話、興味深く読ませていただきました。

スーファミのコントローラが、PSと64とどちらの仲間か?のくだりで
これってガンダムも同じなんだろうなーって感じていたのを思い出しました。
スーファミ→逆襲のシャアくらい・PS→SEEDや00、64→ターンエーなど、ってイメージで。
過去の喜びを再び!と、かつて無い体験!
一人で両方を追うのは無理なのですかね。

| かま | 2010/01/19 22:40 | URL |

はじめまして。
任天堂は「それまでのゲームが好きだった人たち」を切り捨ててる訳じゃないと思います。
64時代にも、2D『マリオ』も2D『ゼルダ』も『エムブレム』も、GBなりNPなりで新作が出ています。
据え置き機と携帯機で役割分担させるのは悪くない戦略なんじゃないでしょうか。
64でそれらを遊びたかったんだ!という人には面白くないかもしれませんが・・
Wiiのスマブラだって旧来のGCコントローラー推奨で、そのあたりが「変化させない」ということなんでしょうね。

「WiiやDSの次」というのは、やはりまったく想像できませんね。
今度は逆に据え置き機と携帯機の垣根というか、役割分担があやふやになってますし。携帯機の機能向上で。(そこで入力デバイスの違いですね!)
仰るように、二極化したユーザーもどう引き継ぐかも課題ですね。

任天堂なら「変化し続けること」と「変化し続けないこと」を両立し続けることができると信じてます!

| いよかん | 2010/01/20 10:34 | URL |

64までは遊んでましたがGCはちょっと手がでなかったですね。
任天堂のハードはカセットが好きでずっと買っていたので、
任天堂もディスクメディアになってしまったか…と思って様子見でした。
Wiiはソフト面の満足度は高いんですけどやっぱりディスクメディアなのがちょっと嫌です。
容量とか映像とかそんなに気にしないので快適に遊べることを第一に考えてもらいたいです。

| naru | 2010/01/20 22:51 | URL | ≫ EDIT

10代後半~20代中盤時代に、任天堂ファンだったので、苦労してました…。ウチに来たら、みんな徹夜でやるけど、誰もハードを持ってなくて…

| ああああ | 2010/01/21 17:20 | URL |

 私が10代後半の頃は弟がポケモン世代だったせいか64買って貰ったりしてて
言う程やって無い訳では無いですね。ポケモンもクリスタルまではやりましたし
今でも64版のスマブラで対戦したりしますから。それと

>ゲーム機のサイクルと、ゲーム体験への“慣れ”と、商品イメージへの抵抗感なんかが
>ちょうど重なるタイミングということなのかなと。
 分野や年代関係無しにそう言うのはありますね。私の場合、ゲームよりアニメの方が
そういうの当てはまりましたから。エヴァのブームは付いて行けんかった…。


 PSの勝利が64で切り捨てられた物を拾ったからと言うのは私も前々から思ってました。
逆に言えば任天堂がそれを拾い直したら用が無くなってしまう、訳でもあるんですよね。
かつてのセガハードのポジションには360が入ってる感がありますし
個人的に贔屓にしてるエロゲメーカーの社長さんがコンシューマはPS3で行くと発言しなければ
完全にPS3を切り捨ててただろうと思ってます。

| 真 大地 | 2010/01/22 12:59 | URL | ≫ EDIT

僕は90年生まれなのでちょうど今20歳ですが、周りの同世代は64をしてた人がかなり多いです。高校の修学旅行に64を持っていったらスマブラやマリオカート、マリオテニス、カスタムロボなんかでめちゃくちゃ盛り上がりました。
初代・金銀ポケモンど真ん中世代でもあるので20代ぐらいの人も任天堂が弱いというイメージがあまりありません。

| muki | 2010/01/25 02:20 | URL | ≫ EDIT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yamanashirei.blog86.fc2.com/tb.php/1069-9cd2cef8

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT