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「100打数1安打」と「100打数0安打」と「0打数0安打」

 野球の話ではありません。今日は“モテない”話です。


 どういう流れでのコメントだったのか忘れてしまったのですが、先月Twitterで伊集院光さんが面白い表現をされていたのを御紹介します。こういう“過去の発言”を晒されることを恐らく御本人は好ましく思わないでしょうけど……


 伊集院さんの発言「自分はモテません」
→ それに対する一般の方の返信「伊集院さんは結婚されているんだからモテているのでは?」
→ 更にそれに対する伊集院さんの返信「100打数1安打だからと言って強打者とは呼べないと思います」


 原文はこちら。分かりやすく意訳させて頂きました。
 「100打数1安打」という表現が絶妙に分かりやすいなぁと思ったのです。実際に伊集院さんが99回凡退したかは置いといて(ヘルニアになる前は結構モテていたけど、ヘルニアになって一人残して全員いなくなって、最後まで残って看護してくれたのが今の奥さん、という話を以前に日曜日の秘密基地でなさっていましたし)。
 つまり、「結婚できている」から「モテている」ワケではないというあの話。自分も以前書きましたけど、この表現の方が遥かに分かりやすいですね。流石に言葉の天才。



 自分なんかは「100打数0安打=0割0分0厘」を地で突き進む人間です。
 伊達に「日本一モテない男」を名乗っちゃいないぜ!という自信があります。

 そういう人間からすると、「100打数1安打=0割1分0厘」は“1ステージ上”の人なんですよ。
 「1本でもヒットを打ったことがある」というのは、「1本もヒットを打ったことがない」人間からすると別次元の人なんですよ。売れない漫画家であっても、アマチュアから見れば「プロってすげー!」なんですよ。そこには必ずヒエラルキーが生まれてしまうんです。だって僕らはそこ(=1ステージ上)を目指しているのですから。



 しかし、当人はそうは思わないワケです。
 どうやら「100打数1安打」は「ラッキーだっただけだよ」くらいの認識なんです。そういう人達にとって「強打者=モテている人」というのは、「100打数30安打」とか「100打数50安打」とか「100打数70安打」のことを指すのでしょう。「計算してヒットが打てる人」「ヒットを打つ理論を確立している人」。だから、「100打数1安打では強打者ではない」=「結婚しているだけではモテているとは言えない」と認識されるのでしょう。


 非常に分かる。
 人間は常に上に憧れるんですよ。
 だから、「100打数0安打」の人も「100打数1安打」の人も「モテるようになりてえな」なんて思ってしまう。本当の意味にはズレがあるのに、よく分からない言葉で当てはめて理解した気になってしまう。


 でも、「100打数0安打」の人間が、次の100打数で「200打数1安打」を目指すのか「200打数70安打」を目指すのかでは“やるべきこと”は変わると思うのです。
 どちらを目指すかは人それぞれですが。「モテたい」という言葉に惑わされて、「200打数1安打」を目指しているはずなのに「200打数70安打」の練習をしていませんか?というお話。

(関連記事:ぼくたちが望んでいることは本当に「モテたい」なのだろうか?


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○ 「100回の凡退」をどう受け取る?
 さて、ここからが本題だ。
 伊集院さんの「100打数1安打」という表現から思ったことが一つ。



 「100打数0安打」と「0打数0安打」、どちらがより“モテない”人間でしょうか?

 NG回答:「両方とも“モテない”でしょ」
 自分は「100打数0安打」な人間なんで(リアルなことを言うと流石に100回も打席には立っていない。せいぜい10~20くらいだと思う)(もう覚えていない)、そりゃ「100打数0安打」の方だろ!と思うんです。「0打数0安打」なんて、まだこれから先にバラ色の未来が待っているだろと思っちゃうんです。

 貴方がもし野球チームの監督で、代打を出さなくてはならない!ベンチに残っている選手は2人。
 打撃成績は「100打数0安打」と「0打数0安打」。さぁ!どっちを選ぶ!?と訊かれてどちらを選びますよ?


 僕は間違いなく「0打数0安打」を選びます。こちらにはまだ無限の可能性が残っていると思うから。



 しかし、「0打数0安打」の方がモテないと思う人もいるみたいなんですよ。
 ネット上で「自分はモテない」という話を読むと、それって単に「異性との出会いがない」だけだよねって思うことがあります。「異性と会話をしていない」状況で「異性から告白されない」なんてそりゃそーだろって思いますよね。打席にさえ立てばヒット打てるんじゃないの?と、僕なんかは思ってしまう。


 「100打数0安打」は違う。
 頑張って頑張って頑張って、それでもダメなんですよ。出会いがあってもダメ、普通にコミュニケーションが取れてもダメ、服にお金かけてもダメ、人望があってもダメ。友達としては最高なんだけどね、と何度言われたことか。そこから卑屈になって性格も捻じ曲がって、もうすっかり「友達としては」とすら言われなくなったけどな!



 でも、「0打数0安打」の人はそうは思わない。
 どうやら、「100打数0安打」のアナタは打席に立てているじゃないか。と思うらしいんですよ。

 100回凡退していても、その100回から学んだものがあるじゃないか。
 100回凡退していても、101回目にホームランが打てるかも知れないじゃないか。
 まぐれ当たりだとしても、いつかは報われるかも知れないじゃないか。



 人間って他人のことになるとポジティブになるよね。
 「レベルなんてどうでもいいじゃない」って、オマエが言うな―――っ!ってアレね。




 何が言いたいかっつーと。
 「モテない」なんて曖昧でよく分からない言葉で自分を誤魔化してやいないかい?ってこと。

 自分も含めた話。
 「100打数0安打」と「0打数0安打」では、次にするべき“努力”は違うじゃないですか。

 「0打数0安打」の人は、まず打席に立つために何をすればイイかを考えるべし。
 「100打数0安打」の人は、100回の凡退から「良かったとこ/悪かったとこ」を見つけて次に活かすべし。



 でも、「モテない」なんて言葉で自分や他人を当てはめて理解した気になってしまえば、細部が見えなくなってしまう。何だろう、この天に向かって唾を吐いているような記事は。自分で自分に剣を突き立てているような感覚。
 でも、本当にそう思うんですよ。「私なんてレベル0です」と言っちゃった時点で、その言葉で自分を縛り付けちゃうと思うんですよ。別にこれ、「モテる/モテない」の話に限った話じゃなくてね。「自分は自分」という言葉は単に聞こえがいいだけの言葉じゃなくて、「抱えている原因も、その対処方法も、結局は自分にしか分からない」ってことだと思うんですよ。



 ということで、皆さんバレンタイン頑張って下さいね!
 ……と、神経を逆撫でさせるようなことを書いてみる。 

 ここまで書いておいてアレなんですけど……現在の自分は「100打数0安打」に疲れて「体力の限界!」と土俵から降りた身なんで、正直「モテる/モテない」とかはどうでも良いです。恋人よりもトーン貼ってくれる人が欲しいです。


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| 彼女はいません | 17:59 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

サッカーで例えると、また野球とは違う印象になったりしません?
1点ビハインド、後半35分、交代枠あと1人でベンチに控えFWは2人。
1人はシュート100本でノーゴール、もう1人はシュート0本で当然ノーゴール。
どっちを起用しますか、というとおそらく前者を選ぶ人の方が多いんじゃないでしょうか。
まあ0本の方が全くのルーキーなら別ですが、プレー年数はほぼ同じとして(野球の方もそういう趣旨のたとえですよね?)
起用すれば打順は自動的に回ってきて打席に入れる野球と、シュートを撃つという能動的動作をしなければたとえ90分起用されてもシュート0本に終わるサッカー。
うーん、どちらが非モテの喩えとして適してるんだろう。

| shimo | 2010/02/07 01:06 | URL | ≫ EDIT

日本人って「正確さ」にこだわる人を嫌う傾向があるような気がします。
抽象的でも、手早くぼんやりわかる範囲の説明(会話)を好むというか。

以前だったかも「コアゲームって何よ」みたいな主旨の記事で、
似たような論旨を展開なさっていたと記憶しているんですが。

ましてや今回は「モテたい」ですから、ますます手早く簡潔な言葉が
自然求められるのでしょうね。

おかげで理系の人が嫌われること嫌われること…
理系不遇の国やで、ほんま…

ちなみにやまなしさんはご自分のことを自分で
理系、文系、どちらにより当てはまるとお考えでしょうか。
(このカテゴライズ自体だいぶ不正確な気もしますが)

| t | 2010/02/07 06:02 | URL | ≫ EDIT

揚げ足取りみたいになっちゃいますが
打席は打席にたった回数で打数は打った回数です
四死球は打席に入りますが打数には入りません
そう考えると0打数の人は使いたくないですねw

| ああああ | 2010/02/07 18:28 | URL |

0打数の人はバット振ることすら出来ないんじゃないかと。

| ああああ | 2010/02/07 19:59 | URL | ≫ EDIT

「0打数0安打」の人も実は「100打数0安打」だと思いますよ。
全部見逃し三振で。
見逃し三振よりは空振りでもバットを振っている人の方がヒットになる確率は高いと思うんです。

| kppg | 2010/02/07 22:45 | URL | ≫ EDIT

かように喩え話は、余計な情報がくっつくので、ともすれば議論が迷走しがちなのである。
いや、煽りではなく、問題を大まかに捉えるために議論の導入部などの一部に喩えを使うのはいいけど、やはり基本は本来の議題に対して、もしくはさらに抽象的な枠組みに対して議論すべきだと改めて思います。

| ああああ | 2010/02/08 18:08 | URL |















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