やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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魔法が解ける瞬間

 先週月曜日の回だったと思うんですけど……
 伊集院さんのラジオ(@TBSラジオ)で話されていた「AKB48の総選挙とそれを支えるファン」についての伊集院さんの考えが、すごく興味深く、すごくズッシリと響く話でした。自分はAKB48を全く知りませんし、総選挙の仕組みとかもよく分からないのですが……これは何にでも当てはまる話だな、と思ったのです。


 グッズを全て買おう・集めようとするファンの心理が、どんどん“後に退けない”カンジになっていくとともに。ふとした瞬間「あれ。もう俺ついていけないな」と思ってしまって、ソレまで集めていたグッズと浪費した時間とお金がすごくムダに思えてしまうことってあると思う―――

 伊集院さんの経験では、子どもの頃クラスで牛乳瓶のフタを集めるのが流行っていて、牛乳瓶のフタにはお金以上の価値があってみんなで競い合って集めていたのだけど。ある日友達が大量の牛乳瓶のフタを持ってきて、それが実はミルクスタンド(?)に大量に廃棄されていたゴミだと知った時に―――つい昨日までお金以上の価値があった牛乳瓶のフタが、単なる“不衛生なもの”という認識に変わってしまった。




 こんなカンジの話。うろ覚えで申し訳ないです。
 こういう経験は恐らくどの世代の誰もがしたことがあると思うんです。

 メンコとか、ビックリマンとか、カードダスとか、それこそ自分の世代はファミコンの『ドラクエ』を買うために行列を作ったりしていましたし。“不衛生なもの”とまでは言いませんけど、ある日突然「あれ?何で俺はこんなことに一生懸命になっていたんだろう」と魔法が解ける瞬間が来るじゃないですか。




 伊集院さんのラジオでは、今の話をされる前にこういう話もされていて。

 AKB48のやり口(というか秋元康氏のやり口)に文句を言ってしまうと、芸能って何だって話になってしまう。AKB48を支えているファンに「何でそんなことに一生懸命になってるの?」と言っちゃうと、じゃー伊集院のラジオに面白いネタを考えて投稿している人に「何でそんなことしているの?」みたいな話になっちゃう。


 こんなカンジの話。


 ファンというのは、ある意味で“魔法がかかっている”状態なんだと思うのです。
 他の人から見れば、もしくは未来の自分から見れば、「そんなものに何の価値があるの?」と思うものに価値を見出していて。娯楽というのは、そういう人に支えられて成り立っているものなんだと思います。AKB48も伊集院ラジオもサッカー日本代表も、本質としては変わらないんだと思います。ファンの人数や“楽しむために必要なお金と時間”が違うくらいで。


 そして、そういうファンであっても、ふとしたことで魔法が解けてしまう―――




 こっから超規模の小さい話になりますけど――
 自分のような人間でも何年もインターネットという場所に何かを書いているので、読んで下さった人から「応援しています!」と言ってもらえることがあります。でも、経験として「書きたいことを書いて下さい!」「いつまでも応援していますよ!」と言う人ほど、ある日突然バタッと来なくなるものなんです。

 これは自分に当てはめて考えれば納得の話なんですけど……
 例えば何年間も続いている漫画があって、大好きだから毎巻買って楽しく読んでいると、ふと「あれ?何年か前より確実にテンション落ちているよな俺」と思ってしまうことがあります。今も好きだけど、昔はもっと好きだった。その温度差に気付いてしまうと途端に、自分の中の優先度が下がってしまう―――

 今ではほとんど(スポーツとアニメ以外)テレビを観ない自分ですけど、中学生くらいの時はテレビが大好きだったんですよ。でも、ふとした瞬間「昔に比べて楽しめなくなったな」とか「他にもっと楽しいものがあるよな」と気付いてしまい、「もうテレビ観るのもイイかな」と思ってしまったんです――


 “成長”とか“大人になる”とかとはちょっと違う、“興味のチャンネルが切り替わる”というか。
 


 まー、「テレビを観ない」話はあんまり賛同されないでしょうけど……
 大好きだったものが、大好きだったからこそ「あれ、そんなにもう好きじゃないのかもな」と思う瞬間って誰もが経験していると思うんです。好きなバンドに興味がなくなっちゃうとか、毎号買っていた漫画雑誌を買うのが面倒くさくなるとか、今持ってるゲーム機でもうソフト出ないからゲーム卒業だとか。




 んで、伊集院さんの話を聴いて、その後にウダウダと自分なりに色々考えた過程がここまでの流れなんですけど……何が言いたいかって言うと、これは自戒というイミも込めて。



 作り手としてコンテンツを作って「人を楽しませよう」とするからには、受け手の人がなるべく気持ちよく“魔法がかかっている状態"になれるように心がけなきゃな―――と。漫画なんかは特に思うんですけど、無からウソの世界を作り出す所業なんだから、読んでくれる人がそのウソを気持ちよく信じてもらえるように力を注がなきゃなって思うのです。


 そう考えれば……この果てしなく遠いトーン坂だって、苦にならないじゃないか……!
 多分………



 なんで……こんなに、葉っぱ多い……の……


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| 漫画作成 | 18:04 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

私もテレビは観なくなりました。
やまなしさんの挙げた理由はよくわかります。
小学校中学校のころはお金もそんなにないので、漫画雑誌やテレビドラマばかりみていましたが、大きくなると自分にとってもっと最適な面白さのものが見つかるような気がします。

あと、大きくなってからふとテレビドラマを観たとき、昔も今もやっていることは変わらないって気付いてしまったことも大きかったですね。
手を変え品を変え、キャストを変え舞台を変え、結局ほとんどが恋愛ものなんですもん。
海外ドラマや子供向け特撮番組のほうが、ずっとバリエーションにとんだものですよね。

でも、魔法にかかってたころのことは、あんまり「無駄だったな」とは思ってませんね。
そのころは確かに楽しかったですし、分かったこともたくさんありましたし、今の自分がいるのは確実にその魔法のおかげですから。

| 通りすがり | 2010/06/24 11:06 | URL |

子供向けに作られている作品を“子供だまし”と言いますが、言い方を変えればあれはあれで子供を魔法にかけているってことですよね。

小さい頃はそういう作品を楽しんで見れていたのですが、大人になった今改めて見てみると、何となく気恥ずかしいというか…。
「子供だまし」にだまされなくなった自分にちょっと寂しさを覚えてしまう今日この頃(苦笑)

| じぇふ茶 | 2010/06/25 00:00 | URL |

わかるなぁ... 自分もテレビって唐突に見なくなった。
芸能人とかも結構好きだったのに、「芸能人について語る人たち」をみて急に熱が冷めたり...
自分でもびっくりするくらいの変化だったなぁ

でも、魔法が掛かってる状態ってとても大事だと思う。
なにかに夢中になれた頃のことって後から思い返してみると恥ずかしいやら楽しかったやら
(良きにしろ悪きにしろ)思い出になるんですよね(笑)

| なっくし | 2010/06/28 02:16 | URL | ≫ EDIT















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