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WEB漫画『生きとし生けるもの』あとがき

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 さてさて。それでは今日は『生きとし生けるもの』のあとがきです。
 需要がなくてもやるんです!「こういうのって後から自分で読み返すと恥ずかしくて面白い」んです。読み返したことなんてほとんどないんですけどね!



 興味がある方は「続きを読む」で読んでいただければ幸いです。




○ 新境地へ
 自分はホントに知識0・経験0のところから漫画を描き始めたので、毎作品が勉強の連続です。
 ずっと同じことを続けていればそのスペシャリストになれるのかも知れませんが、それだといつか「打ち止め」の日が来るだろうと―――毎作品、自分の中で「新しいことを始めよう」と思って取り組んでいます。『サッカー日和』は見開きの導入とか、『朝が来る』は背景トレスにチャレンジとか。



 この『生きとし生けるもの』も同様に―――今まで自分がやっていなかった課題に取り組んだ作品でした。

 すなわち、「縦長ゴマ」を意識して入れるというもの。


 『サッカー日和』『朝が来る』の2作品は顕著だったんですが、大ゴマ・見せゴマを配置する時にどうしても「横に長いコマ」を使うことが自分は多くて。結果的に、読む際に視線が横にスライドしていくだけで、緩急がつきにくく、単調さがあったんですね。

 何とかしなきゃなーとずっと思っていたんですけど、実際にネームを描いてみると上手く「縦長ゴマ」が使えなくて……これはもう開き直って「次の作品は縦長ゴマありきのものを描こう!」というところからスタートさせました。


 で、色々と候補を出したんですけど……
 自分の中で一番ピンと来たのが「巨大なドラゴンが塔にしがみついていて、そこに向かって主人公達が走っていく」という絵でした。ストーリーとか何も決まってなかったんですけど、その1枚の縦長ゴマのイメージからこの作品は生まれました。


 だから脚本の詰めが甘かったんだよ、と今なら言えます(笑)。



 自分の中で意識して入れたということもあり、縦長ゴマは38ページ中11ページに入りました。
 この作品では「入れる」ことに一生懸命になり過ぎた反省もあるんですが、これ以降の作品では自然に活用できるようになりましたし、そのことで同じページ数でも色んなものが描ける幅が出来たので、ここでチャレンジして本当に良かったと思っています。

 全体的に悔いと反省の多い作品ではありましたが、チャレンジすることで学べるものがありますし、自分にとって思い入れのある作品になりました。初ファンタジーというのもありましたしね。自然背景をひたすら描いたというのもありましたしね。モブも死ぬほど多かったですしね。苦労ばっかりが思い出されます(笑)。



○ 「世界」を作り出すこと
 そんなこんなでファンタジー作品、いわゆる「剣と魔法の世界」に初挑戦したワケですが……
 いつかはやらなきゃならないとは思っていたんですよ。

 編集者さんにはすっげー受けが悪いんですけどね、ファンタジーって。


 ただ、自分が漫画で描こうとしているものを考えると、現代劇一本だと厳しいなぁとは思っていたんですよ。『Re:Survival』の頃から。
 現代の人間に「生きること」とか「二項対立」とかそういうものに向き合わせるのって、ある種“特殊な状況”に追い込まなきゃならなくて、そのシチュエーション作りにページ数を割いてしまいがちで。


 どこかのタイミングで「非現代劇」にチャレンジしなきゃならないとは考えていました。
 「SF」も候補の一つではあったんですけど、まずは「剣と魔法の世界」を描いてみました。



 何がキツかったって―――自分、木を描いたことがなかったんですよ。
 今なら笑っちゃうような話なんですけど、自分が描いたことのあるものってものすごく限られていて。だけど、「剣と魔法の世界」を描くためには世界そのものを描けるようにならなきゃならないから、ホントに色んなものを描くハメになりました。木も山も川も城壁も塔も街の人々も。

 そうまでして「世界」を描こうと思えたのは、前作『朝が来る』で背景を描く意味を考えたからですね。頑張るだけの価値があるなら頑張らなきゃ「手抜き」になっちゃう―――と思って、今描いている作品が半端ない背景になっているんですけど誰か助けて下さい(笑)。





 『サッカー日和』→『朝が来る』で“世界観を共通”にしたように。
 今回のファンタジー作品も“世界観を共通”に、幾つかの作品を描こうと結構な詳細な設定を立てたのですが……それが詳細かつ膨大になりすぎて、作品だけでは伝わらないどころか足を引っ張られている風が『生き生け』にはあったので。この辺が反省点ではあります。

 アムエラ&ユナの設定も生い立ちから何やらナニまで考えてあるので、「ここでこういうセリフを言うのは必然」だと僕は思って描いたのだけど、読んでいる人には「唐突」「ご都合主義」に思われたところもあって―――設定というのは、ただ考えるだけでは逆効果にもなるんだなぁって痛感しました。




○ 人は見かけによらない
 作品で言いたかったことを、こうして「あとがき」で語るのは何なのだと自分でも思うのですが。
 『生きとし生けるもの』で言いたかったのは「見た目で中身は判断できないよね」ということでした。

 敵だと思っていた人が味方でしたとか、味方だと思っていた人がトンデモないことをしましたとか。
 ぶっちゃけ、ただデカイだけのドラゴンよりも、人間火炎放射器のユナの方が危険人物な気もしますし(笑)。セリフの端々にその辺の「すれ違い」感を出してみたんですけど、もうちょっと顕著に描いた方が良かったかもなーと結果論。



 「描きたいもの」を詰め込み過ぎて、登場人物の感情を描ききれなくなくて、読者としても感情移入が難しかったというのはありますね。この辺は『サッカー日和』の時の反省点に近いです。あれもこれも描いてやるぜ!と独りよがりになってしまったというか。

 この辺は初チャレンジの際に“肩に力が入ってしまう”悪いクセなんですね。
 自分で気付けたのは良かったです。




 ということで、こうした反省を活かした“この次”の作品に期待して下さい(笑)。
 『生き生け』とはまた別次元のしんどさがあった作品でしたからね……

| それ以前の短編漫画 | 18:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

漫画、読ませていただきました。

朝が来るは素朴な味わいがあったんですけど、これに関しては、ちょっとどうかなと思いました。

漫画の技術的なことはよくわからないので、主にストーリー面について言及します。

あの魔法使いの女の子の行動原理がまったく理解できません。
支離滅裂に見えます。
なんで、竜の子供の悲しそうな顔を見ただけで翻意するのかわかりません。

キャラの行動が理解できないせいもあるでしょうが、読んでいると、いきなり説教されているような理不尽な感情がわきます。

自然対文明という、もののけ姫的な物語構造を思い出しましたが、そうしたテーマの掘り下げもできていないように思えます。

たとえば、竜の子供をさらっていった男は、それで生計をたてているのですか?
もし、そうだとしたら、彼にも彼なりの理由があって、そうした行動をとっているはずです。
それは一概に道徳的に責められることではないはずです。

もののけ姫は決していい作品だとは思いませんが、そうした個々の事情におけるどうしようもなさはちゃんと描いていました。
だから、最後にアシタカとサンはわかれるしかなかったわけです。
お互いの立場を理解することはできたけれども、共生することはできないから。

別に水戸黄門的な勧善懲悪が創作物として悪いとはいいません。
アレはアレでカタルシスがあるものですから。
ドラゴンボールだってそうです。
悪役は悪役らしく。
それでいいんです。
そういうリアリズムの作品なんですから。

結局、この漫画はそのところが中途半端におわってると思います。
戦闘はあるのに、個々のキャラの対立が描けていない。

水戸黄門的な勧善懲悪という意味でいえば、悪役がしょぼすぎだし、
もののけ姫的なリアリズムという意味では、悪役に説得力がないです。


きびしいことを書きましたが、気を悪くしないでください。
私は期待してますので。






| kuku | 2010/09/12 22:40 | URL |















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