やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

クリアできた人とクリアできなかった人ではゲームの評価は変わる

 こないだ書いた「真のエンディング」についての記事と実は繋がっている話。
 先月の5月上旬~中旬くらいまで、自分はWiiのバーチャルコンソールでNINTENDO64ソフト『スーパーマリオ64』をプレイしていました。自分は64というゲーム機自体を持っていなかったので、人生初『マリオ64』プレイと相成りました。


 ブログでは話題には出していませんでしたが、Twitterでは随時プレイ経過を書き込んでいたため、自分の呟きを見ていた人には「そんなに気に食わないんだったらやめればイイじゃないか!」と思われていたんじゃないかというほど愚痴に満ち溢れたプレイ経過だったと思います。
 「カメラアングルが悪い」「操作しづらい」「ヒントなさすぎで何してイイか分からない」「ワンミスで死ぬくせにコンティニューポイントがないので心が折れる」……などなど。



 でも、『マリオ』ってそういうゲームなんだと思うんですよ。

 悪い意味ではなくて、「イライラしてナンボ」なのが『マリオ』だと思うんですよ。
 2Dでも、3Dでも。


 ジャンプした際に付く慣性、着地時には滑って操作不能、氷の面だと更にツルツル、イジワルな敵配置、ワンミスで死亡、キノコだと思ったら毒キノコ!――――などなど。『マリオ』ってのは昔から「イライラするように」敢えて作ってあるんです。


 だから、クリアした時の達成感が大きいんです。
 『ドラクエ』のように死んでもレベルが積み上がっていくワケではない、「クリアか」「死亡か」の瀬戸際の緊張感の中で「やったーーーーー!クリアしたーーー!もう二度とクリアできる気がしねええええ!!」を味わうのが楽しいんです。





 ということで、僕の『スーパーマリオ64』の感想は。
 「途中イライラしながらプレイしていましたけど、クリアしたらアレもコレも全部楽しかったんだなと思いました」という中学校の卒業式みたいな感想です。マラソン大会の回だって『けいおん!!』にとっては大事なんだよ!!

(関連記事:イジワルなゲーム




 さて、そろそろ本題に入りまする。
 ということは、『マリオ』シリーズって「クリアした人は楽しかったーと思える」けど「クリアできなかった人はイライラしたまま終わる」ゲームとも言えて――――こういうゲームの評価を平均点で出しても何にも分からないんじゃないかって思うのです。


 「クリアできました。面白かったです。10点満点中10点。」という人が3人、
 「クリアできませんでした。イライラしました。10点満点中4点。」という人が7人いた場合――――

 平均点だと「10点満点中5.8点のゲーム」になる
んですけど。
 それって“作品”の本質を表しているのかな?



 これは『マリオ』だけに限った話でもありません。
 ゲームというのは、映画のように「ボーッと観ていればラストまで勝手に話が進む」ものでも、小説のように「読めば読んだだけ話が進む」ワケではありません(読解力という要素はありますがそれはとりあえずまたの機会に語ります)。

 ゲームは力量によって「クリアできる人」「クリアできない人」に分かれるものです。
 クリアというのは全面クリアに限らず、1-1だけのクリアとか、やりこみ要素のクリアとか、前に言った「真エンディング」まで辿り着いたかどうかとか―――も含みます。全ての局面で「クリアできなかった人」が出てくるんです。


 こうやって「クリアできない人」が「クリアできませんでした。イライラしました。10点満点中4点。」と低評価を付けていくとしたら――――評価の平均点が高いゲームを作ろうとすると、「誰にでもクリアできるゲーム」か「クリアできる人しか買わないゲーム」を作るしかなくなってしまいますよね。



 なので、僕はゲームを平均点で評価することを「バカげている」と思うのです。

(関連記事:そもそもファミ通クロスレビューを「40点満点」と考えることに違和感がある


スーパーマリオ64スーパーマリオ64

任天堂 1996-06-23
売り上げランキング : 6036

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 さてと、前段とはちょっと目先を変えまして。
 よく「ゲームのレビューはクリアした人間しか書いてはいけない」みたいなことを言う人がいるんですけど、僕はあれフザケンナだと思っています。



 ゲームにとって一番重要なのは「クリアできるかどうか」だと僕は思うのです。
 あー、「クリアできるかどうか」はちょっと正確な表現ではないか。「マトモにプレイできるかどうか」の方が分かりやすいか。もっと詳しく言うと「クリアできるかどうかを楽しめるくらいにプレイできるかどうか」という表現でイイか。


 「何か面白いゲームないかなー」と探す時、その人にとって一番重要なのは「自分でもマトモに遊べるかどうか」なんですよ。例えばFPSを10本以上やりこんだ人以外は最初の局面で瞬殺されて先に進めないようなゲームを、FPS未経験の人がプレイしてもどうにもならないんです。

 でも、「クリアした人しかそのゲームのレビューは書けない」のだとしたら、100%の人がクリアできたゲームとして「自分にも遊べそう!」と勘違いして手を出してしまうかも知れません。そうして叩きのめされて、「自分にはFPSは向いていないんだ。もう一生FPSは遊ばない…」と思われてしまうという。


 ちなみに僕にとってレースゲームはそういう位置です。
 世間で高評価だった『グランツーリスモ3』で叩きのめされて、以後10年間レースゲームは1本も遊んでいません。



 僕は『マリオ』シリーズが大好きです。
 イライラさせられることも多いですけど、それをねじ伏せてクリアした時の達成感が大きいからです。

 でも、ウチの母のようにどんなに頑張ってもクリアできず「イライラしたまま終わってしまう」人がいることも分かりますし、だからといって『マリオ』というゲームがダメなワケではないんです。向いている人と、向いていない人がいる、ただそれだけなんです。




 評価の平均点だけではそれを見極めることは出来ませんよね。

 「自分がどのゲームに向いているのか」



 どんなに大ヒットしたゲームだって「向いていない人」は出てきます。
 ライト層とかゲーマー層とか関係ないですよ。『マリオ』だって『ドラクエ』だって『ポケモン』だって向いていない人はいるんです。娯楽なんですから好みが違って当然。カレーライスをキライな人だっているし、ラーメンをキライな人だっているじゃないですか。


 なので僕は、「自分にはクリアできませんでした」とか「自分にはマトモにプレイできませんでした」とレビューを書く人が増えればイイと思いますし、ゲームレビューを読む側の人にもだからといってそのゲームがダメなワケではないと思って欲しいです。

 「自分にはこのゲームが向いているかどうか」を見極めるだけ。


 「平均点の高いものが必ずしも優れているワケではない」し、「優れているものと自分に向いているものとはイコールではない」んです。


スーパーマリオギャラクシー 2 (「はじめてのスーパーマリオギャラクシー 2」同梱)スーパーマリオギャラクシー 2 (「はじめてのスーパーマリオギャラクシー 2」同梱)

任天堂 2010-05-27
売り上げランキング : 228

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ゲーム雑記 | 18:20 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ほぼ全面的に同意ですが、一点、
  >「カメラアングルが悪い」
  >「操作しづらい」
  >「ヒントなさすぎで何してイイか分からない」
  >「ワンミスで死ぬくせにコンティニューポイントがないので心が折れる」
この中で「カメラアングルが悪い」だけは、マリオの難しさに入らないと思います。
ジャンプが難しいのはジャンプゲーなのでいいですけど、着地地点が見にくいとかは、私にとっては達成してもイライラが抜けないところでした。

グランツーリスモはレースゲームではなくカーシミュレータなので、あれができないからといってレースに手を出さないのはもったいないですよ。
PSファミリーですがリッジレーサーはマリオカートに近い方向性なので、マリカーをプレイするならゲームチックに調整されたレースゲームもお勧めです。

| 通りすがり | 2011/06/27 18:45 | URL |

子供のころ、マリオをクリア出来る友達なんて全然いませんでしたけど(ワールドはぎりぎり出来てたかな……)、それでもみんなやってましたけどねぇ
まともにプレイ出来るかどうかっていうか、ユーザが「面白いこれ」って感じるまで、きちんと誘導出来ているかor努力させるだけの魅力があるかってのはありますよね
マリオは誘導が凄く上手いし、面白さがわかるまでが凄い早いゲームだからこそ、これだけヒットしてるんだと思います
クリア出来るか否かとか、プレイが成り立っているかどうかっていうのはちょっと違うかな……言わんとすることは分かるんですけどね、それと相性問題は、ちょっと違う問題だと思うんです
相性問題はあまりに個別例すぎるというか

| Shrike | 2011/06/27 19:07 | URL |

続編をプレイしない主義なのですから、マリオ64もプレイしない方が良かったと思いますし、続編のマリギャラ2の方が楽しめたのではと思います。
「マリオ64」での不親切な点を減らして改良したのがマリギャラなのですから、たとえ前作にあたる作品でもやっぱり比較してがっかりすることはあると思います。

| ああああ | 2011/06/27 19:59 | URL |

達成感ってのはそこに至るまでの苦労があってこそのものですが、適度な苦労ならば達成感をより大きくしてくれる反面、苦労のさせ方や度合いが適切でないと、達成感よりも「ようやく終わった・・・」みたいなネガティブな開放感に繋がってしまいます。

達成することだけが目的であるならば、達成できずに挫折した場合、その苦労は徒労でしかなくなってしまいます。
一方でエンディングが存在しないゲームの場合は、ある意味その苦労を延々と続ける事こそを楽しんでる訳で、エンディングが存在することがモチベーションに与える影響って大きいもんですね。

| ああああ | 2011/06/27 22:50 | URL |

他人の意見とは常に賛否両論。この記事においてもまた、しかりです
ゲームに限らず、人の趣味嗜好はぶつかってしまうものなので割り切らなければいけないとわかっていても、やはり自分の意見が否定されると悲しいものです…w
マリオ64にて挙げられた不満点、僕は特に感じませんでした。このへんも、違いですね

見極めるという点については賛成なのですが、レビューとなると話は別かと。人によってはひたすら侮蔑したり、逆に神ゲー!オススメだ!なんて言っちゃう世の中です
個人の意見とはいえ、あくまで他人に読ませるものとして書くなら最低限
『評価する人の得意なジャンル、大体の力量』を記載するのが適切なのでは?と

| 名無し@まとめいと | 2011/06/29 16:28 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yamanashirei.blog86.fc2.com/tb.php/1260-1c1ad6b5

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT