やまなしなひび-Diary SIDE-

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ゲームに勝ってストーリーでは負けている

 「それはむしろギャグです。」と言われ、それ以後すごく楽しめるようになったのですが。
 『斬撃のレギンレイヴ』のストーリーは北欧神話をベースにしているため、大まかな結末が決まっていて(細部はもちろんゲームオリジナル展開だけど)、基本的に“負け続ける”んです。故郷を追われ、国が滅びかけて、仲間も死んで――――ゲームとしては目標を達成してステージクリアしているのに、ストーリーはそういう展開が続くんです。


ゲーム「CLEAR!」
俺「やった!30分かけてようやくこのステージをクリアしたぞ!!」
ゲーム内のキャラクター「ダメだあああああ!封印が解かれたあああ!世界の終わりだああああ!」(強制イベント)
俺「えっ」


 『レギンレイヴ』の場合これが妙な味になっていて。
 イズン様のアレな言動とか、「城壁バンザイ!」とか、明らかにスタッフはわざと作っているなと思える箇所があって。終盤の怒涛の展開なんかは、冨樫漫画とかうすた漫画みたいな雰囲気で凄く面白かったんですけど。

 普通に考えれば、ゲーム部分を「やっとの思いでクリアした」からには、ストーリー部分でもカタルシスを描いてもらって「クリアして良かった」と思いたいってのが王道ですよね。ゲームの達成感とストーリーの達成感をイコールにする。




 でも、ゲームとストーリーの関係って昔からそういうものなんですよね。
 『ファイナルファンタジー』シリーズはファミコンの時代からそうです。
 プレーヤーがダンジョンを突破して中ボスを倒しても、仲間が死んだり世界が滅んだり主人公が精神崩壊したりというストーリーは避けられません。(幾つか例外はあるけど)プレーヤーがどんなに頑張っても、そうしたストーリーは決まっているんです。むしろプレーヤーが頑張るほど、そういう悲劇的なストーリーが進むんです。

 『ファイアーエムブレム』とか『スーパーロボット大戦』とかも、序盤~中盤にかけては「ステージをクリアすればするほど主人公達は窮地に追い込まれる」ストーリーが続くことが多いですよね。これひょっとして、俺がゲームを始めなければ世界は平和なままなんじゃないか……と思うこともしばしばあります(笑)。



 でも、これは逆のパターンも多くて。
 ストーリーとしては「一刻も早くアイツを倒さねば!」「彼女を救出しなければ!」「世界のために戦わねば!」と盛り上がっているのに。プレーヤーは宝箱回収のためにダンジョンの間違ったルートを探したり、闘技場で延々とレベル上げをしていたり、カジノに入り浸っていたり、パチンコ屋に入り浸っていたり、街の人々とカードゲームに興じていたり、全国の釣りスポットを巡っていたり。

 あれ?世界を救う冒険は今どうなってんだっけ?と、忘れてしまっていることがよくあります。
 ゲームを宣伝する側も「寄り道要素がたくさんありますよ!」を売りにしていたりするんだから、仕方がないじゃないですか!俺みたいなヤツに世界の命運を預ける方が悪いんです!




 ……と、こんな風に「ゲーム」と「ストーリー」は分離しているものなんです。
 それが「ゲームならでは」のメリットでもありますし、「ゲームならでは」のデメリットでもあります。


【メリット】
・だからこそ、ゲームの進行に妨げられない「ドラマチックなストーリー」が展開できる

【デメリット】
・プレーヤーがどう頑張ったかではなく、作り手がどういうストーリーを用意しているかで話が決まるので達成感が弱まることも
・やっとの思いで面クリアしたのに、ストーリーは「ダメだあああ!逃げろおおおお」とか
・ラスボス倒した後にイベントバトルで決着がつくとか……

【メリット】
・ストーリーに縛られない「自由な遊び」をゲーム部分に入れられる
・自由度の向上

【デメリット】
・ストーリーを忘れて寄り道ばかりしていて没入感がなくなる




 「プレーヤー=主人公」タイプのゲームは没入感が大事なので、「ゲーム部分」と「ストーリー」の達成感を近くしてもらいたいのだけれど―――
 映画的・アニメ的なタイプのゲームは「プレーヤー=視聴者」だから、「ゲーム部分」と「ストーリー」が乖離されてでもドラマチックなストーリーを見せてもらえた方が嬉しい―――
こんなカンジですかね。


 『レギンレイヴ』の場合、自分は最初前者のゲームだと思って「俺は神だ!神になったんだ」とプレイしていたので「頑張ってクリアしてもストーリーがコレかよ……」と楽しめなかったのですけど、後者のゲームだと思うようになってからは「どんどん酷いことが起こるストーリー」を楽しめるようになりました。



 こういうケースは自分に限らず往々にしてあって。
 『FF』に前者を期待して「寸劇を見せられているだけでプレーヤーにやることがない」と批判する人や、『ドラクエ』に後者を期待して「ストーリーが単純すぎる」と批判する人もいるじゃないですか。まぁ、『ドラクエ』シリーズにはドラマチックなストーリーの作品もあるんで、「ドラクエに何を期待するのか」という話でもあるんですけど……

 作り手が考えている「プレーヤーの視点」と、プレーヤーが期待している「プレーヤーの視点」がズレてしまうと、どんなに優れたゲームも楽しめなくなるという例なのかなと思うのです。




【色々と端折ったので3行まとめ】
・「ゲーム部分の達成感」と「ストーリー」が一致していると没入度が増す。
・ただ、「ドラマチックなストーリー」のためにはそれを犠牲にすることもあって、
・結局は「ゲームに何を期待するか」という話なのかな、と。


 この話は「バッドエンドを受け入れられるか」にも通じる話かも。
 ネタバレになるから具体的な作品名は出しませんけど、世間の評判を見て「えー。このバッドエンドそんなに駄目かなぁ」と思うことが1年くらい前にあって。でも、アレも「プレーヤー=主人公」として楽しんだ人の気持ちを考えると、批判されるのも仕方ないのかなと。


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| ゲーム雑記 | 11:01 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

FF13なんか、最後の直前まで、ストーリーを進めることしかできなくて、ゲームの全ての要素がストーリーを見せるためだけに存在しているようなものですからね。
開発者がそうしたいからそう作った(XBOX360の容量不足に引っ張られた説もあり)のでしょうが、それが多くのユーザーの不評を買ったのは記憶に新しいです。

| 通りすがり | 2011/09/09 12:40 | URL |

ゼルダも寄り道し放題、町のミニゲームに没頭してもいいし釣りばっかりしててもいいですけど、それで没入感がどうとかいう批判はあまり聞いた事がないような。

| ああああ | 2011/09/09 19:11 | URL |

FFも最初は前者だったんですけどね

| 名無しさん@ニュース2ちゃん | 2011/09/20 05:33 | URL |















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