やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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「リア充なんて本当は存在しない」、もしくは「この世界にはリア充しかいない」

 ラジオを聴いていたら、とあるラジオパーソナリティが喋っていました。
 そのラジオパーソナリティは20代で結婚をして二人の子どもを授かり、仕事は順調、趣味もたくさんあって友人もたくさんいる人。
 その人にリスナーは言いました、「アナタはリア充じゃないですか」と。
 すると、ラジオパーソナリティは反論をしました。「リア充ってのは中学生の頃に何の努力もしていないのに3人以上の女のコから同時に告白をされるようなヤツのことを言うんだ!俺はリア充じゃない!」




 この一部分だけを切り取ってその人に悪印象を持って欲しくないので、「とあるラジオパーソナリティ」が誰かなのかは語るつもりはありません。御了承ください。

 さて、この話―――皆さんはどう思いましたか?
 私は「何だか、寓話みたいだな」と思いました。
 登場人物を動物か昆虫に置き換えるだけで「こんな昔話があるんだよ」と言い張れそうな。



 傍から見れば「リア充だ」と思われるような人も、「俺はリア充だ!」とは言わないものです。
 このケースを見れば分かるように―――リア充とは多くの場合「自分が憧れているけどなれないもの」のことを指すからです。

 「女のコと喋れるなんてリア充だ」と思われても、女のコと喋っているだけの人は「恋人がいるだなんてリア充だ」と思い、恋人がいるだけの人は「超可愛い恋人がいる人こそがリア充だ」と思い、超可愛い恋人がいる人は「恋人の他にセフレが3人くらいいないとリア充ではない」と思い、超可愛い恋人とセフレが3人いる人は「美女を10人集めたハーレムに住んでいるようなヤツだけがリア充だ」と思い、美女だらけのハーレムを築いた人は「国中の全ての女が命令しただけで股を開くような人こそがリア充だ」と思い、そんな人は「早く不老不死の薬を作るんだ」とか言いだすんです。


 リア充とは「自称」ではなく「他称」なんです。
 傍から見てとても幸せそうに見える人であっても、自分ではない誰かを見て「俺もあんな風なリア充になりたい」とか言うんです。人間の欲望は無限ですから。「オッス!俺、リア充!」「もうこれ以上何も要らない!」とか言っている人は見たことがないですよね?

 天下を統一した人でも、そこに満足せずに外国に攻め込んだりするじゃないですか。
 この世の春を謳歌してた人でも、テレビ局を買収しようとしたりするじゃないですか。



 人間の心が決して「充実する」ことがないのならば―――
 この世界に、本当の意味での「リア充」なんて存在しないんじゃないでしょうか。


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 そもそもの話です。
 「幸せって何でしょうか?」



 冒頭では敢えて「女性からモテる=リア充」みたいな例を集中して挙げましたけど、それだけが幸せではありませんよね。幸せとは横一列に「日本一幸せな人!」「日本で二番目に幸せな人!」「日本で三番目に幸せな人!」と並べられるものではないのです。

 一人の時間が好きな人。
 男友達とワイワイするのが好きな人。
 熱帯魚を眺めるのが好きな人。
 好きな人と一緒に過ごすのが好きな人。
 仕事をしている時間が好きな人。
 電車に乗っている時が一番好きな電車マニアな人。


 人それぞれ「幸せ」が違うから、誰もがみな輝いて見えるし、誰もがみな満たされないのです。
 この私ですら「絵が描けるなんて羨ましい。絵が描ける人は世界が違って見えるんだろうね」と言われたことがあります。
 羨ましいのなら変わってやんよ!そして、私は別に「絵が描ける」ワケではないぞ!!「色々と誤魔化す手段を知っている」だけなのだ!

 「ブログをやっていて読者が付いているということは、アナタはもう非モテではない」と言われたこともありましたっけ。よし、このブログを読んでくれている女性は今すぐ私の前で股を開くんだ。



 隣の芝生は#006600みたいな話で。
 自分の中の満たされない部分を見つけて、それを持っている人を「幸せそうだなあ」と思ってしまうのなら―――誰もがみな「自分こそがリア充だ!」とは思えないと同時に、誰もがみな「俺以外の全員がリア充に見える!」と思っているのかも知れません。

 どこかしらに持っている「小さな幸せ」に、自分自身には気付かなかったとしても、他人はそれを羨ましがっていたりする―――そう考えると、何だ、私達はみんな何らかの形でリア充に既になっていたのかも知れないのです。




 こう考えていくと、「リア充って何なんだろうな?」って気になってきますよね。
 ぼくたちが望んでいることは本当に「モテたい」なのだろうか?という記事もそうだったんですけど、存在の分からない“概念”に憧れて自分が不幸だと思いこむのは人生が勿体ないと思うんですよ。



 自分は十代の頃、「彼女がいない」という一点だけで自分が不幸だと思っていました。
 「あー、自分の人生には何の意味もないんだ」「さっさと死んでしまえば良かったんだ」とずっと思っていました。でも、「彼女がいない」なりに十代を楽しんでいたと思うし、「彼女がいない」ことと「チ●コが超小さい」ことを除けばそこまで不幸ではなかったんじゃないかと今ならば思いますもの。

 「彼女がいない」ならば、一人で色んなことをする自由な時間がたっぷりあったワケで。
 もっとちゃんとそれを利用すれば良かったと後悔しています。本当ならばそんな風にたっぷりあった時間こそが「リア充」だったかも知れないのに、それに気付かなかったのが勿体なかったです。もし十代の自分に手紙を送れるならば、それを言いたいです。








 だからそう!



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| 彼女はいません | 17:54 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2017/07/07 11:04 | |















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