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群像劇としての『ハンター×ハンター』

※ この記事は漫画版『ハンター×ハンター』単行本30巻までのネタバレと、漫画版『幽遊白書』全巻及び漫画版『レベルE』全巻のネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。
※ それと、筆者はジャンプ本誌を読んでいないんで、30巻までに収録されていない「それ以降」の展開の話はコメント欄には書きこまないでください。よろしくお願いします。




 ブログを始めてからこの手の話は書いていなかったので、この機会に書いておきます。
 1巻から30巻までを一気に読んで、改めて「自分がどうして『ハンター×ハンター』という漫画が好きか」を考えるに、やっぱりそれはこの漫画が“群像劇”だからなんです。



 「群像劇」とは?
 一人(もしくは一組)の主人公から見た視点で物語を描くのではなく、複数のキャラクターから見た複数の視点で同一の事件を描く手法です。ざっくり言ってしまえば「主人公がたくさんいる話」です。重要なのは、そのたくさんいる主人公がそれぞれに影響し合うことなんですが……それは定義が難しくなるんで、この記事では忘れちゃってください。



 「ハンター試験編」はそれぞれの受験生を主人公にした話でしたし(特に4次試験は)。

 「天空闘技場編」は……ちょっと微妙なんですけど(笑)。

 「ヨークシン編」はゴン組、クラピカ組、旅団組がそれぞれ関係しつつ、それでいてその中の一人一人が意志を持って動いていてという話でしたし。

 「グリードアイランド編」は最初ゴン組とハメ組に旅団組という別々の話だったのですが、最終的にはゴン組、ツェズゲラ組、ゲンスルー組の三つ巴の戦いに集約されるという話で。

 「キメラアント編」はそれぞれのハンターとキメラアントにそれぞれ目的があって、それぞれの意志で動いているのを時間軸を動かしながらそれぞれの視点で描くというものでした。



 もちろん『ハンター×ハンター』には「ゴン」と「キルア」という主人公がいます。
 「ハンター試験編」「天空闘技場編」「ヨークシン編」「グリードアイランド編」「キメラアント編」と、この作品は「○○編」ごとに敵も味方も“新しいキャラクター”に替わり、あたかも“新しい作品”であるかのように描かれる中――――ゴンとキルアだけは別格に常に作品に登場していて、その意味では「一組の主人公から見た視点の物語」とも言えるんですが。


 それはきっと、本来は「特定の主人公を持たないはずの群像劇」に、少年漫画的なエッセンスとして「特別な存在であるゴンとキルアという主人公」という縦軸を1本加えているのかなと思います。



 なので、この作品って必ずしもゴンとキルアが活躍するワケではないんですよね。
 彼らは「たくさんいる主人公」の一人ですから。

 「ヨークシン編」では結局彼らは何も成し遂げられませんでしたし。
 「キメラアント編」でも、最終的には二人とも“お話の中心”からは退場することになってしまいました。最後まで残っていた味方側のキャラはパームとイカルゴだけでしたし、最後に王を止めたのはウェルフィンでしたもんね。「まさかこのキャラのこの決断がここに効いてくるなんて!」というのが群像劇の面白さなので、あそこの展開は痺れました。



 少年漫画の王道展開は「主人公が活躍して敵に勝つ!」というものですから、そういうものを期待すると『ハンター×ハンター』は必ずしも期待通りにはいかないと思うんですけど、自分は“予測不能な群像劇”が好きなので『ハンター×ハンター』のこのスタイルがすごく好きなんです。


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 そんなことを考えていたら、ふと思い出したことがありました。
 冨樫先生の前々作『幽遊白書』の連載終了後、「ヨシりんでポン」でのインタビューだったと思うんですけど―――『幽遊白書』について「主人公4人で描きたいものは全部描いてしまったので、戸愚呂兄弟辺りから敵側の描写に力を入れるようになった」みたいに語っていたんですよ(伝聞なので細かい表現が違ってても許してください)。

 リアルタイムにそれを聞いた時はショックだったんですけど、今なら分かる気がするんです。
 「主人公4人」を1セットに描く限り、状況を変えても、敵を変えても、それはずっと「同じことの繰り返し」になりかねない―――暗黒武術会終了後の『幽遊白書』は、そこから脱却するための試行錯誤とも言えますもんね。

 幽助が捕まっていなくなったり。
 飛影がいなくなったり。
 幽助が死んだり。
 敵も味方も新キャラがたくさん出てきたり。

 『ハンター×ハンター』でやっていることに結構近かったと思うんです。
 極めつけは「魔界編」。それまでずっと「主人公4人」を1セットに描いてきたこの作品が、その4人をバラバラの勢力に分けてそれぞれ描こうとしました。言ってしまえば、あそこでやりたかったのも“群像劇”だったのかなぁと思うのです。


 結局、その三竦みの戦いも頓挫してしまいます。
 冨樫先生自身が飽きちゃったのか、読者の評判がイマイチだったのか、編集部の意向と食い違ってしまったのかは分かりませんが―――「人間を食う妖怪」の話をブン投げたままメデタシメデタシと締めくくっちゃった「魔界編」はやっぱり、当初の予定通りにはいかなかったのかなーと思います。

 結局、『幽遊白書』では『ハンター×ハンター』のような“群像劇”は出来なかった―――と。





 ちなみに『幽遊白書』でブン投げたまま終わってしまった「人間を食う妖怪」の話は、『レベルE』で「女性を食う異星人」の話や、『ハンター×ハンター』の「人間を食うキメラアント」の話に繋がっていて。「異生物との共存」は冨樫先生の中の重大なテーマの一つなのかなぁと思います。



 ついでに『レベルE』の話も。
 『レベルE』も「主人公がたくさんいる話」ですよね。中心にいるのはバカ王子ですけど、視点となる主人公は雪隆だったりカラーレンジャーだったりクラフトだったりと、各エピソードによって異なるんです。一つの事件を複数の視点で描いているワケではないので“群像劇”というよりは“オムニバス”なんですけど。

 「主人公4人」1セットの存在感が強すぎてしまった『幽遊白書』を踏まえて、
 各エピソードで「毎回主人公が違う」『レベルE』になった―――というのは面白いなぁと。



 そして、それが“群像劇”としての『ハンター×ハンター』に繋がっている、と。


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| 漫画読み雑記 | 18:03 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

はじめまして。いつもエントリー、楽しく読ませていただいてます。
今回の記事を読んで、書きたくなったのでコメントしました。
ハンター×ハンターの群像劇な面白さというのは、
バトル漫画的に特殊な感じがするんですが、
バト漫というより、なんとなく野球漫画っぽいなぁと自分は思いました。
レベルEで如月高野球部メンバー紹介とかありましたが(^^;)
筒井と野村以外はキャラデザインが「脇役」で、
それがわりと、群像劇として面白くなるポイントのような気がします。
ハンターも、ショートやセカンドのような「サブで光るキャラ」が多く配置されてますね~。

| びゃっこ | 2012/05/27 04:48 | URL |

各キャラが独自の意志を持って行動しているのが群像劇の魅力ですね。
個人的には主人公を特定しないガチの群像劇よりも、
ハンターハンターのように主人公を特定している方が、
漫画の軸がブレない感じがして好きですね。
なんとなく読みやすいような気がします。ああ、今度はこの人が主人公なのかな、とか思いながら読む必要がないというか。個人的な感覚ですが。

| masaki | 2012/05/27 14:29 | URL |

>びゃっこさん

>レベルEで如月高野球部メンバー紹介とかありましたが(^^;)

 あれもちゃんと読むと能力者が誰だか分かるようになっているんですよね(野球の知識がないとムズイですが)。
 なので、描き分けというかキャラの区別が付くようなデザインじゃないと成り立たない話で。

 この記事のラストに書こうと思っててすっかり忘れていたことですけど、これだけ長く群像劇を描くには「それだけの数のキャラクターデザイン」をそれぞれ個性的に&イメージしやすい風貌に、しなくちゃならないんで。そのキャラクターデザイン力だけでも冨樫先生は凄まじいんですよね。


>masakiさん
>ハンターハンターのように主人公を特定している方が、漫画の軸がブレない感じがして好きですね。

 これは好みが分かれるところでしょうね。
 今やっている『Fate/Zero』というアニメなんかは「7勢力に分かれてのバトルロイヤル」なんですけど、明確な主人公チームが設定されているため、少なくとも主人公チームは終盤まで生き残るよなぁと読めてしまうので―――「完全な予測不能」を取るか、「安心してキャラに感情移入できる」を取るかってところでしょうね。

| やまなしレイ(管理人) | 2012/05/27 19:07 | URL | ≫ EDIT

>まさかこのキャラのこの決断がここに効いてくるなんて!

本当にキメラアント編はこういった驚きに満ちてましたね。
登場時には単なる脇役だと思ったキャラが予想外のタイミングで活きるというか。
それも単にその場にいたキャラを適当に宛てがっただけというわけでなく、
そのキャラの覚悟や信念をしっかり生かしているからとってつけたような感じがありません。

特にメルエムがウェルフィンの一言で記憶を取り戻すシークエンスは鳥肌ものでした。
ウェルフィンを単なるメルエムの引き立て役に終わらせず、堂々たる信念を描写していて
「脇役を脇役で終わらせない」手本のような展開だったと思います。
イカルゴとのやり取りで既に親しみの沸くキャラクターに描写されていたのも効いていましたし、
冨樫先生の突出したキャラメイクの手腕があってこそなせる技でしょう。

| レト | 2012/06/09 19:57 | URL | ≫ EDIT

>レトさん

>ウェルフィンを単なるメルエムの引き立て役に終わらせず、堂々たる信念を描写していて「脇役を脇役で終わらせない」手本のような展開だったと思います。

 ウェルフィンの使い方は本当見事でしたよね。
 最初は単なるザコキャラかと思いきや、非常に狡猾な野心家のように描きつつ、その中にある弱さを描くことで非常に人間味を見せて―――と、最終的にはまさかの主役格になるとは。ユピーに歯向かうシーンがすげえカッコよかったなぁ。

| やまなしレイ(管理人) | 2012/06/10 19:42 | URL | ≫ EDIT















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