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RPGは変わった(20年前に)

 すごく面白い話だなと思った記事です。

 「はがねのつるぎ」を買った時の優越感は異常現実ゲームさん)


 この話、一歩間違えると「昔のゲームは面白かったけど今のゲームはダメだ」とか「今のゲームの方が進化している」みたいに“どっちが優れているか”という話に誤解してしまわれるかも知れませんが、方向性が違うだけと自分は思っています。


 この記事の中で挙げている人もいますが、ファミコンの『ドラクエ4』(90年発売)とスーファミの『ドラクエ5』(92年発売)では随分と変わったよねと思うのです。
 日本のRPGは『ドラクエ1』(86年発売)で一気に普及して、ファミコン時代はたくさんの後追い作品が出たのだけど、その中でも「独自色」を出そうとした作品があって、そういうものが結実して「日本のRPGが第2ステージに入った」のがスーファミ時代だと思うのです。


 特に1992年発売の『ドラクエ5』と『FF5』は分かりやすく、共に「自分なりの育て方」を楽しむRPGでしたよね。
 『ドラクエ5』は膨大な種類のモンスターを仲間にすることが出来るので「自分なりのパーティ」を組んで遊ぶことが出来ました。『FF5』は仲間キャラクターはほぼ固定ですが、これまた多くのジョブとアビリティとを組み合わせて育てることが出来るので、「自分なりのキャラクターに成長させる」ことが出来るゲームでした。


 もちろんこの二作品は突然変異のように現れたワケではなく、『FF2』(88年発売)の熟練度システムとか、『ドラクエ3』(88年発売)のフリーパーティ制とか、『女神転生』(87年発売)とか、『Sa·Ga』(89年発売)とか、自社・他社問わずに多くの会社の多くの作品が下敷きになって生まれた“到達点”だったと思うのですが。

 この時期を境に、日本のRPGは「プレイヤーの数だけ自由にキャラクターを成長させることが出来るゲーム」のジャンルになったと思います。




 『ドラクエ1』の頃なんて、仲間すらいなかったので「主人公のレベル」と「主人公の装備」しか強さの指針がありませんでした。だから、1レベル上がっただけで物凄く強くなったと思えましたし、1つの武器を買ったことで物凄く強くなれたと思いました。

 この頃のRPGは「誰が育てても同じように成長する」ゲームでした。
 でも、だからこそ「1つのレベル」とか「1つの武器」の価値が高かったんですね。



 『ドラクエ5』や『FF5』では、1レベルや1つの武器でそんなに「すっげえええええ」と思ったことはありませんでした。
 ですが、「キラーマシン仲間になったぞーーー!」とか「両手持ち半端ねえええええ!」といったカンジに、仲間やアビリティの強力さに感動しましたし。ランダム性や選択肢の多さゆえに、「自分だけが仲間にしたコイツ」とか「このアビリティの強さに気付いているのは俺だけかも」と思える側面もあったのです。




 この話と裏表の話で。
 ちょうどこの『ドラクエ5』や『FF5』の頃、「日本のRPGは一本道のルートを進むだけのゲームになってしまった」と言われていました。『ドラクエ1』の頃はポンと世界に投げ出されてどこに行っても自由というゲームだったのに、この頃のRPGは不自然に区切られたマップの中をルート通りに進むだけのゲームになってしまった―――と。

(関連記事:自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”


 確かにそれはその通りですし、「日本のRPGには自由度がない」みたいに言われても仕方ないと思うのですが。その一方で「キャラクターの成長」に関しての自由度が飛躍的に上がったのもこの時期だったじゃないかとも思うのです。



 この時期―――RPGは「アドベンチャーゲームのような提供されたストーリーを楽しめる」+「シミュレーションゲームのような自由なキャラクター育成が楽しめる」ジャンルになったと思うのです。
 前者の批判はそこら中で見かけるけど、後者についてもセットで考えないと「RPGとは?」を語れないと思うのです。


 『ドラクエ5』『FF5』から数年後、『ポケットモンスター』が生まれるというのも見過ごせない話ですよね。『ポケモン』は別に突然変異のように現れたのではなく、日本のRPGの進化の中で生まれた「到達点」の一つだったと自分は思います。

 そして、それは現在にまで続く「日本のRPGの主流」になっているのだとも思います。


(関連記事:ゲームにストーリーは必要だと思いますか?


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 繰り返しになりますけど、「どっちが優れている」という話ではありませんよ。
 RPGは時代とともに「何を楽しむゲームか」が変わっただけですし、「今のRPGの方がイイ」という人もいれば「昔のRPGの方がイイ」という人もいて当然だという話です。



 「今のRPG」の方が“複雑”で“奥が深い”ゲームだと思います。
 如何に効率良くキャラを育てられるかとか、このキャラはこのスキルを上げることでこっちのキャラはこっちのスキルを上げようみたいなパーティのバランスを考えるとか、ここのスキルにポイントを割り振っても今は大したものを覚えないけど後々に効いてくるはずだとか。そういうのが楽しいジャンルですよね。


 ですが、逆に言うと……「ハードルの高いジャンルになったな」とも思うのです。
 考えてキャラを育てないと取り返しの付かないことになってしまう――――『ドラクエ1』の頃のようにひたすらレベルを上げて物理で殴れば勝てるジャンルではなくなってしまったとも思うのです。今から20年前の『ドラクエ5』や『FF5』のことを「最近のRPGは……」というのもアレなんですけど(笑)。

 各作品ごとに独自の成長システムを採用していますから、新しい作品を始める度に一からそれを覚えなきゃいけないし、その上で「どうキャラを育てていくか」を考えなきゃならない―――
 ハマればすげえ楽しいけど、ハマれるかどうかは始めてみないと分からない、そういうジャンルになってしまったと思うのです。結果、「一部のシリーズ作品だけが生き残っている」現状だと。

 そのシリーズ作品の売上が桁違いだから、シューティングゲームとか格闘ゲームみたいに「昔は流行ってたけど今はねぇ……」とは言われませんけど、抱えている問題としてはそれに近いものがあるんじゃないかと思うのです。





 今にして思うと……
 『ドラクエ5』のスライムナイトとか、『FF5』序盤の「かくとう」アビリティとか。“公式チート”みたいに言われる強力な仲間やアビリティって、「自分なりの育て方」が出来るようになった分だけついて来れない人が出てくるんじゃないかという危惧の下に用意された“初心者救済措置”だったのかも知れませんね。



 なんてことを考えたのも、最近自分がクリアしたWiiの『ラストストーリー』が「スキル」とか「アビリティ」とかが全然ないゲームで、ストーリーに沿ったメンバーの「レベル」と「装備」くらいしか育成要素のないゲームだったんです。『ドラクエ4』とか『FF4』みたいなカンジで。

 と思っていたんですけど、どうやらこのゲーム、「装備」を強化させていくことで「スキル」が付与されていくシステムで、どの武器を強化するかが肝のゲームだったみたいなんです。
 自分は「武器の強化とかよく分かんねーや!もっと強い武器が手に入るだろうから今は強化アイテム使わないで取っておこう」とほとんど使っていませんでした。

 いや、ホント………「プレイヤーの数だけ自由にキャラクターを成長させることが出来る」システムを全然活用できない人っているんですね。それ俺!


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| ゲーム雑記 | 17:57 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

こう書かれてみると、RPGもマニアック化してたんだなあ・・と思います

シューティングでも
「クリアするためには可能な限り弾を打たず、わざと自殺しなければならない」
という物が出たことがありました、

シューティングの隠れた約束であるランク上昇(プレイ内容で難易度が変化する。グラディウスシリーズでもやってる)の事を
知らないとクリアの糸口すらなく、
普通に敵を倒しているだけでは絶対にクリアできない代物でした

普通に敵を殴ってるだけではクリアできず、最初からプランを立てて進行しないとクリアできない
RPGと似てますね

日本のゲームって、この手の先鋭化が避けられないんだろうか
「レベルを上げて物理で殴る」ってのをあざ笑ってる場合じゃない
そういう単純なわかりやすさの放棄はプレイヤーの先鋭化とついてこれない人間の排除を引き起こすだけなんですが

| ml3 | 2012/11/29 19:38 | URL |

RPGでも、クリアするためには可能な限りレベルを上げてはいけないファミコン版ウルティマなんてのがありましたね。
ことRPGに関しては海外産の方がマニアックだと思います。

| 児斗玉文章 | 2012/11/30 00:23 | URL |

日本のRPGと言っても、パソコンRPGの文化が先にあって、その元祖には海外から来たWIZARDRYやULTIMAがあるわけで、ファミコンやスーファミの頃のRPGは、それら先行タイトルのどこをアレンジするかっていう段階だったと思う。
だからドラクエやFFの変遷だけで、日本のRPGの流れを語るのは無理があるのではないかと。

| ああああ | 2012/12/02 00:50 | URL |















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