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『スペランカー』は何故“クソゲー”と思われているのか

 この記事が公開される頃は、E3で色んなものが発表されているんでしょうが。
 この記事を書き始めている6月9日の夜の時点では「E3……はて…?」という状態なので、E3とは全然関係ない「クソゲーとは何か?」という普遍的な話を書きます。



 そのゲームを楽しいと思えるかなんて、「主観」的なものでしかありません。
 みんなが絶賛しているゲームをプレイしても「全然面白くない……」ということがありますし、みんなが酷評しているゲームをプレイしたら「何だよ!すげえ面白ぇじゃん!」ということがあります。100人いたら100人の好みがあるのが「ゲーム」なんですよ。

 それは漫画にも映画にも音楽にも食べ物にも言えることだとは思いますが、「ゲーム」は更に「力量」の要素が加わるので、その他の娯楽よりももっともっと好みが細分化されていくと言えます。この辺は後述します。




 だから、「クソゲー」なんてものは「主観」的な評価でしかないと私は思っています。
 「クソゲー」という言葉だとしっくり来ないのなら、「俺には楽しめないゲーム」と言い換えて考えた方がイイかも知れませんね。

 私が大好きな『安藤ケンサク』も、私の主観では「傑作」ですが、ある人の主観では「俺には楽しめないゲーム」でしかないでしょう。みんなで遊びたいのか一人で遊びたいのか、ちょっと10分遊びたいのか2~3時間没頭したいのか、爽快感を求めているのか充実感を求めているのか――――ゲームに何を求めているかは人によって違うのだから、面白いか面白くないかは人によって違うんです。



 しかし、主観でしかなかった「俺には楽しめないゲーム」という評判が積もり積もって、「みんなが言っているからそうに違いない」と、あたかもそれが「客観的な」「絶対的な」「万人に共通する」評価であるのかのように一人歩きして―――いつしか、「みんなが楽しめないゲーム=クソゲー」というレッテルを貼られて、実際には遊んだことがない人までもが「あのゲームはクソゲーらしい」と言ったりする。

 Wii Uのバーチャルコンソールに『スペランカー』が配信された際、恐らくこのゲームを遊んだことがないであろう子どもがMiiverseにこう書き込んでいて衝撃を受けました。


 「知ってる、このゲーム!
 主人公が1撃で死んじゃうクソゲーなんでしょ!」




 そんなん、当時のゲームは大抵そうだぞ!!
 『ゼビウス』だって『マリオブラザーズ』だって『アイスクライマー』だって1撃で死ぬわ!

 いや、確かによくよく考えてみれば……「スーパーキノコを取っていれば1撃は耐えられるスーパーマリオ」「1撃目は鎧が脱げるだけの魔界村」「バリアを張れるグラディウス」などが出てきたのが同じ1985年なので。あの子どもは「1撃では死なない救済措置の要素が流行り始めた1985年に出たのに、流行に全く乗れなかった時代遅れのゲーム」という意味で「クソゲー」と言っていたのか……!?そうだとすれば、何者だあの子ども……





 まぁ、ともかく。
 遊んだことがないどころか、どんなゲームかも知らないのに、「みんなが言っているから○○ってゲームはクソゲーなんでしょ?」と知った気になってしまう人は昔も今もいます。
 否、誰にでも心当たりのある話だと思います。もちろん私にも言える話です。「俺はやってないけどFF13ってつまんないらしいね」「俺はやってないけどドラクエ10ってつまんないらしいね」「俺はやってないけどバイオ6ってつまんないらしいね」――――そんなものは“情報”でも“知識”でもないです。単なる“噂話”でしかありません。みんなが酷評しているゲームだって、実際にプレイしてみたら「何だよ!すげえ面白ぇじゃん!」ということだってあるのに。






 さて、『スペランカー』の話です。
 ここで話すのは1985年発売のファミコン版について。
 Wikipediaによると、『スペランカー』が「すぐ死ぬ」のってファミコン版に限った話なんですってね。オリジナル版は落下に耐えられる高さがもっと高いし、アーケード版はバイタリティが減るだけだとか。でも、一番有名なのは「すぐ死ぬ」ファミコン版だという。


 自分は当時このゲームは友達の家で遊んだだけなのですが……
 ご多分にもれずエレベーターから降りるところで何度も死んで、結局洞窟の地に降り立つことが出来ませんでした。
 それよりも厄介だったのは、I田君ちの『スペランカー』は今思うと端子のところがサビていたんだと思うんですが、40回に1回くらいしか起動に成功しなくて、私の記憶には「スペランカーは滅多に起動できないゲーム」として残っています(笑)。

(関連記事:美化されていないファミコン時代の思い出を語ろう!


 「ちょっとの段差で死ぬ」「小石に当たっても死ぬ」「コウモリのフンに当たっても死ぬ」「慎重に進めているとエネルギー切れで死ぬ」
 当時社会現象を起こすほど売れまくっていた『スーパーマリオブラザーズ』のマリオさんが雲の上から落っこちてきてもピンピンしているのに(※1)、『スペランカー』の主人公はエレベーターと床にちょっとでも段差があると死ぬという虚弱体質で度肝を抜かれました。

 なので、今でもネットスラングで、故障の多いスポーツ選手を「スペランカー」と言ったり、病気しがちな自分の体質を「スペランカー」と自虐したりというネタになっているほどです。

(※1:『ドンキーコング』だとある程度の高さから落下すると死ぬので、短期間でどうやってアレだけ強靭な肉体を手に入れたのだろうマリオさん)




 一方で、『スペランカー』ほど「実はクソゲーではないんだよ」と言われているゲームはないと思います。

 ゲームのルールとして「この段差でも死ぬ」「さっさと動かないとエネルギー切れになって死ぬ」「コウモリのフンに当たっても死ぬ」ということを理解すれば、計算されたステージ構成と絶妙な難易度の傑作アクションゲームだと評する人も多いです。
 「思い出のファミコン」さんに投稿されている内容を見れば、一目瞭然だと思います。「難しいけど、ゲームのルールをしっかり理解すればハマる人はハマる」のがこのゲームらしいんです。



 検索していたら、当時のスタッフに4Gamerさんがインタビューしている記事が出てきました。ファミコン版『スペランカー』の評判というのは、やはりこういうものだったそうです。

<以下、引用>
4Gamer「当時、発売後の評価はいかがでした?」

スコット氏「やはり賛否両論でしたね。「自分はここまで進められた!」という満足感が得られたという人がいる一方で、「こんなに難しいのはゲームじゃない、馬鹿にするな」という声もありましたから。」

</ここまで>


 当時から賛否両論があった―――
 絶賛する人もいれば、酷評する人もいた―――

 「知ってる、このゲーム!クソゲーなんでしょ!」と書いたあの子どもは、きっと「酷評する人」の主観的な感想だけを読んであたかもそれが「客観的な」「絶対的な」「万人に共通する」評価であるのかのように受け取ってしまったのでしょう。

 「絶賛する人」もいるのに……
 自分で遊んでみたら「面白いじゃん!」となる可能性もあるのに……



 ヒドイよね。よく知りもしないで知った気になるなんて、最近の子どもは……
 って思った人は、自分のことは棚に上げていませんか?

 「俺はやってないけどFF13ってつまんないらしいね」
 「俺はやってないけどドラクエ10ってつまんないらしいね」
 「俺はやってないけどバイオ6ってつまんないらしいね」

 同じようなこと、言っていませんか?


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 今日のこの記事……
 「よく知りもしないで『スペランカー』をクソゲー扱いする人がいるんですよー。バカですねー」と言いたくて書いているワケではありません。むしろ逆です。




 『スペランカー』ほどの「傑作ゲーム」であっても、「どうやって遊ぶと楽しいのか」が分からなければ「クソゲー」の烙印を押されてしまうんです。


 かく言う私も、当時は『スペランカー』のことを「何だよこのクソゲー」って思っていましたもの。「エレベーターから降りられない」し、「40回に1回くらいしか起動しない」し。
 大人になってインターネットで「色んな人の話」を読めるように初めて知りました。「スペランカーってこうやって遊ぶゲームなんだよ」ということと、「ファミコンのソフトにフーッと息を吹きかけるのは逆効果だよ」ということを。いや、息を吹きかけたのは私ではなくI田君かI田君ちのお父さんだと思うし、それは『スペランカー』の責任ではないけど(笑)。




 例えば。
 格闘ゲームを好きな人はこう言います。「格闘ゲームってのはジャンケンだから、複雑なようで誰でも楽しめるゲームなんだよ」とか。
 格闘ゲームを苦手な人はこう思います。「どれがグーでどれがチョキでどれがパーかも分からないし、いつが“ジャンケンポン”のタイミングか分からないし、今俺はどれを出して相手はどれを出してどっちが勝ったのかも分からないし――――そもそも、じゃあジャンケンやればイイんじゃないの?」と。



 3Dアクションゲームを好きな人はこう言います。「現実だって三次元の空間なんだから、3Dアクションは現実に近い形で自然なゲームなんだよ。難しく考えなければ楽しいって」と。
 3Dアクションゲームを嫌いな私はこう思います。「現実だって四方八方から狙撃されたら避けれずに蜂の巣になって死ぬだけだろうが」と。仕方ないから、ずーっと回避の操作をし続けてどっから攻撃されても敵の攻撃が当たらないようにして、たまに攻撃してチマチマ敵のライフ削って、1時間くらいかけてラスボス倒したけど何の爽快感もなくてつまんねえんすけど何これ、と。


 ギャルゲーが楽しめない人も。
 レースゲームが楽しめない人も。
 音ゲーが楽しめない人も。



 そのゲームのルールを含めて、「どうやって遊ぶと楽しいのか」がそもそも分かっていないから楽しくない―――ということがあると思います。
 楽しみ方が分からない人は「このゲームを楽しんでいる人は何?みんなどこで楽しみ方を教わったの?そういう学校でもあるの?」と途方に暮れるしかないんですけど、楽しみ方が分かる人は「これだからゆとりは……」とか「それくらいやってりゃ分かんだろうが」とか「こんな傑作を楽しめないなんてアナタはよほど人間性に問題があるんでしょうね」とか、そんなんばっか。ウチのコメント欄、そんなんばっか。

 これは世代の問題でも、時代の問題でもありません。
 1985年の『スペランカー』の頃からそうなんです。ゲームって「楽しみ方が分からない」とどうしようもないんですよ。


 漫画ならイイ。映画ならイイ。音楽ならイイ。食べ物ならイイ。
 宮崎駿さんの映画を「ちゃんと理解している人」なんて何割いるのかってレベルだと思います。でも、映画は理解していない人でも最後まで観られるんですよ。読解力がなくてもストーリーは進むし、「動きがすごかったね」「最後はハッピーエンドでよかったね」くらいの感想でも楽しめたことになってしまうし、満足してもらえます。


 でも、ゲームはそうはいきません。
 あのゲームのルールを知らず、いつまで経ってもエレベーターから降りられない人は『スペランカー』を「面白かった」とは言わないんですよ。ゲームは自分で攻略しないと進みませんから、「どうやって遊ぶと楽しいのか」を知らないと先に進むことすら出来ないんですよ。





 もちろん「どうやって遊ぶと楽しいのか」を分かってなお楽しくないゲームもあります。プレイヤーが求めているものと、メーカーが提供したいものがズレているから楽しくないってこともあります。でも、それ以前に「どうやって遊ぶと楽しいのか」が分からないで挫折してしまう人がたくさんいて、それを「これだからゆとりは……」と見捨ててきた結果が今だと思うんですよ。

 逆に言うと……
 大ヒットするゲームというのは「どうやって遊ぶと楽しいのか」が分かりやすいです。
 分かった上でなお「俺には楽しくない」ということももちろんありますけど、最低限そこを分かりやすくして伝える努力をしなければ「言わなくても分かる人」しか付いてこなくなってしまうのですよ。


(関連記事:Wiiが成し得なかった“革命”~その2.予備知識の要らないゲーム
(関連記事:その「ゲームのルール」、何秒で説明できます?


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| ゲーム雑記 | 17:50 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2013/06/12 00:45 | |

漫画はコマとコマの間の時間の流れや、一つのコマの中での時間の流れが分からないとあまり楽しめないし、
映画も映像の流れを物語として受容できないと楽しみ方が分からないものが多いです。
漫画や映画とゲームの差は、漫画は一つの作品の楽しみ方が分かっればそれを別の作品を楽しむときに応用しやすいが、ゲームはそうではないというところにあるのではないかと思います

| ああああ | 2013/06/12 23:12 | URL |

> ウチのコメント欄、そんなんばっか。

実は一番言いたかったのはここだったりして…?

| ななし | 2013/06/19 00:12 | URL |















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