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「ボーイ・ミーツ・ガール」は何故“王道”なのか

 ちょっと前に「ボーイ・ミーツ・ガールから始まる物語ってワクワクするよね」という話をTwitterでしていて、しばらく考えてみました。ワクワクするかどうかは人それぞれですが、確かに「少年が少女と出会うことで始まる物語」ってムチャクチャ多いですよね。


 そこで話していたのは『天空の城ラピュタ』なんですけど。
 ああいう冒険モノ以外でも……学園モノの『涼宮ハルヒ』シリーズだって「キョン(少年)がハルヒ(少女)と出会うことで始まる物語」ですし、『とある魔術の禁書目録』だって「当麻(少年)がインデックス(少女)と出会うことで始まる物語」です。

 『ドラゴンボール』も「悟空(少年)がブルマ(少女)と出会うことで始まる物語」ですし。
 『スラムダンク』も「桜木(少年)が晴子(少女)と出会うことで始まる物語」です。


 ジャンルも題材も異なる多種多様な作品において、「少年が少女と出会うことで始まる物語」はたくさんあるのです。


 “少年”と“少女”という括りにこだわらなければ、
 『たまこまーけっと』だって「デラ(鳥)がたまこ(少女)と出会うことで始まる“デラ・ミーツ・ガール”な物語」ですし、自分の描いている『shine』だって“ジジイ・ミーツ・ガール”な物語ですし(さり気ない宣伝)、『ももたろう』だって“モモ・ミーツ・オバアチャン”な物語だと言えます。




 物語の始まりとして、“誰かと誰かが出会う”ところから始まるのがまず王道なんですよね。

 読者(視聴者)にとっては、主人公もヒロインも初めましてな存在。
 「主人公とヒロインが既に仲良しな状態」から見せられるよりも、「主人公とヒロインが初対面の状態」から見せられた方が、この人達がどういう人間なのかが分かるし、ここから二人の関係がどう変わるのかが分かるのです。

 それと、主人公はそれまで“日常”を生きているんです。
 パズーは見習い工として鉱山で働いていて、悟空は山奥で魚獲って食っていて、桜木花道はフラレまくる不良として悶々とした人生を生きていました。ヒロインと出会うことで、それが一変して、新しい世界と事件と厄介事がごまんと押し寄せるようになるのです。

 つまり、男のコにとって、女のコとの出会いって“非日常の始まりの象徴”なんですよね。
 あ、これ。ジェンダー論を振りかざすつもりはないんで、「○○にとって××との出会い」の部分は各作品ごとの始まりに自由に当てはめてもらって結構です。



 「平沢唯にとって軽音楽との出会い」
 「よつばにとって綾瀬家との出会い」
 「アムロにとってガンダムと戦争との出会い」

 彼ら・彼女らにとってその出会いは単なる出会いではなくて、その後に起こる色んな出来事の始まりとなる出会いなんです。



 「高校入学から始まる第1話」という作品が多いのも、「大量の人間との出会い」を合理的に描けるタイミングのイベントであるとともに、少年少女にとって「そこから色んなことが起こる“非日常の始まり”」だからとも言えます。
 「転校生がやって来る第1話」も、“出会い”とともに“非日常の始まり”を描く手法として王道ですよね。

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○ 「ボーイ・ミーツ・ガール」vs「妹萌え」「幼馴染ヒロイン」
 ということで、「ボーイ・ミーツ・ガール」が“王道”という以前に、「誰かが誰かと出会う始まり」というだけで“王道”なんじゃないか―――とは思うものの、でも「ボーイ・ミーツ・ガール」と「モモ・ミーツ・オバアチャン」ではやっぱり全然違いますよね。

 それはやはり、「ボーイ」故の、自分に“非日常”をもたらした「ガール」への淡い恋心。
 桃はおばあちゃんに恋したりはしませんからね。
 そういう意味では「デラ・ミーツ・ガール」も微妙なのよね、デラはたまこのことを好きではないし。


 よく知らない「ガール」を「ボーイ」が知ろうとして、「ガール」の人間性に触れて、好きになっていく――――「誰かが誰かと出会う始まり」の中でも、特に「ボーイ・ミーツ・ガール」には「誰かが誰かを好きになる瞬間」が描かれているとも言えて。その淡い気持ちこそが、人気かつ“王道”である理由なのかなーと思います。




 ……と、今日の記事はここでキレイに締めるつもりだったのですが。
 記事を書きながら、ふと「あれ?」と思うことがありました。

 世間で大人気らしい「妹萌え」とか「幼馴染ヒロイン」とかって、この真反対ですよね。
 既に出来上がっている人間関係に、物語が描き始められる前から主人公のことを好きなヒロイン、何かが始まるワケでもない“日常”の関係――――これって「ボーイ・ミーツ・ガール」の真反対の描き方だよなぁ、と思ったのです。でも、こっちはこっちで“王道”と言われる人気ジャンルですよね。


 ふむふむ……私個人の話で言うと、自分には「妹萌え」や「幼馴染萌え」の属性がないのがずっと不思議だったんですが。これが理由なのか!思わぬところから真実にたどり着いたぞ!と一瞬思ったのだけど、よくよく考えてみたら「イチャイチャ姉妹萌え」なので全然関係なかった。単に百合好きなだけか。



 で、単純に「妹萌え」――――って言葉で片付けても、「ボーイ・ミーツ・ガール」の要素のある「妹萌え」作品も多いんですよね多分。
 あだち充先生の『みゆき』は「ナンパした女のコが6年ぶりに会った妹だった」というスタートですし、『俺妹』なんかは「妹が自分の内面と趣味を兄にカミングアウトする」というスタートですし、どちらも「妹」がヒロインでありながら「ここから新たな人間関係が始まる」という物語の幕開けになっているという。これも一種の「ボーイ・ミーツ・ガール」要素とも言えますね。

 そう言えば、懇意にさせてもらっているあいばたん新作小説『妹の紋章』も「7年ぶりの妹との再会」から始まっていました。物語冒頭のグイグイ引き込まれるカンジは、その辺が機能しているんですね。やるなぁ。



【三行まとめ】
・「誰かが誰かと出会う始まり」は、読者(視聴者)を引き付けられる
・「ボーイ・ミーツ・ガール」はそこに淡い恋心を加える
・「妹萌え」作品であっても、その辺りを上手く活用している作品もある


 そういう視点で考えると、「イチャイチャ姉妹」なんだけど「6年ぶりの再会から始まる」という物語も面白そうかもですね。んで、実は血が繋がっていなかったのでなんやかんやあって最後は姉妹なのに結婚しちゃえば最高ですね。誰か描いて下さい。


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| ひび雑記 | 17:55 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

自分は物語に接するとき、それが「バディ(相棒)もの」であるか否か?という意識が働きます。
バディもの=価値観や生い立ちの環境が異なる二者がいて、そこに摩擦なり歩み寄りなりのドラマが生まれる。ボーイ・ミーツ・ガールも、この一形態ですよね。たしかに、ただでさえドラマを生み出すのに有利な「出会い」のスタートに、普遍的な感情である「恋心」が加わる。強力ですよね。
以前どこかで「ハリウッド映画の90%は、広義のバディものである」という文章を読みました。90%という数字には根拠がなさそうなんですが、たしかに多いです。
こういう視点を用意して物語に接すると、新しい発見があって楽しいですね。

| TOP5レコーズ | 2013/07/31 00:13 | URL |















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