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「日本のゲーム」=「自由度が低い」=「ダメなゲーム」ではない

 この手の話は何度か書いているけれど、新たな角度を考えたので。

 「自由度」って言うけどさ現実ゲームさん)


 『スカイリム』については未プレイなのでノータッチにするとして(え)。
 ゲームの「自由度」に関する議論って、どうも2000年前後くらいから「日本のゲームはレールに沿って進むだけのムービーゲームばかりで日本人はそういうゲームしか遊べない」とか「海外のゲームは自由度が高く、プレイヤーの好きなように遊べるから海外ではこういうゲームが人気」みたいな、“だから日本はダメなんだよ”論に使われてしまっているように思えます。


 「日本のゲーム会社は一本道ゲームしか作れない」とか、
 「日本人はレールを進むだけの教育を受けているので一本道ゲームしか遊べない」みたいな。すごく一面的で偏見に満ちた日本人論が流行ってしまったと思うのです。


 『GTA』が出てきたのは第1作が1997年、世界中で大ヒットした第3作は2001年。
 ちょうどこの時期の日本は『FF』シリーズが大人気な時期で、シリーズで言えば『7』~『10』が出た頃です。だからこの手の論が流行ったのかなと思います。


 この「海外のゲームは自由度が高い」「日本のゲームは一本道ゲームばかり」ってイメージは、言っちゃえば『GTA』と『FF』を比較しているだけの話で―――『GTA』以外の海外のゲームはたくさんあるし、『FF』以外の日本のゲームなんてたくさんあるし。
 『GTA』は日本市場でも18禁ゲームの中では異例の大ヒットソフトなので「日本人は一本道ゲームしか遊べない」なんて言えないし、『FF』はPS以降は海外市場が主戦場のゲームなので「自由度の低いムービーゲーは海外では売れない」なんてこともないし。
 海外のゲームで自由度の低いものもたくさんあるし、日本のゲームで自由度の高いものもたくさんあります。『シェンムー』は1999年、『どうぶつの森』は2001年に発売された日本のゲームです。

 そもそも『FF』と一言で言っても、『12』と『13』じゃ全然違うゲームですしね。

(関連記事:『ファイナルファンタジー』はもう中世風ファンタジーには戻らないのか




 特に『どうぶつの森』は今じゃ「日本一売れているゲーム」と言って過言じゃないのに、未だに「日本人はレールに沿ったムービーゲーしか遊べない」と言う人がいて。「どうぶつの森とかポケモンは自由度が高いゲームじゃないんですか?」と言うと「女子供が遊ぶゲームは例外だ」と言われるんですよ。「日本人」というのは「日本に住んでいる20歳以上の男性」のことでしたか。

 いや、マジメな話……
 例えば『GTAIV』が全世界2200万本売れているのに日本では50万本しか売れていない(Wikipedia参照)から「日本市場は異常だ!ガラパゴス過ぎる!」って話は―――日本でゲームを購入する層は18歳未満の割合が高いので、「18歳未満禁止のゲーム」を買える層が海外に比べて少ないって話だと思うんですけどね。

 あ、ちなみに日本市場の据置ゲーム機のソフト売上げで考えれば、『バイオ』も『メタルギア』も『テイルズ』も『龍が如く』も『無双』も『ゼルダ』も大体50万~90万本の範囲に入るので、一人用の据置ゲーム機のソフトの売上げとしては50万本は全然低くない数字ですからね。





 さて、ということで、この手の「日本のゲームは自由度が低い」「日本人は自由度の高いゲームを遊べない」って話には自分は全く同意できないし、そもそもどうして「自由度の低いゲームはダメだ」って話になっているんだ?と考えてみたら……繋がった話がありました。

 この手の話って、『GTA』が出てくる前からありました。
 海外ゲームが人気で日本市場がガラパゴス化しているみたいな話が出てくる時期よりもっともっと以前からありました。


 「自由度の低いゲーム」って批判されるのって、よく考えてみるといつも「RPG」なんですよね。



 『FF5』が発売された後で、『FF6』が発売される前だったから―――多分1993年頃の話。
 自分が購読しているゲーム雑誌に、「RPGは変わってしまった」という内容のコラムが載っていたんですよ。

 『FF5』はドット絵で描かれたキャラクター達がチョコマカと動いてストーリーが進むゲームで、「寸劇」を観ているような華やかさがあって自分はそれが大好きでした。
 しかし、そのコラムでは「RPGというのは元々TRPGから始まっていて、自分=主人公として楽しむものだ。初期の『ドラクエ』等には自分がフィールドに立って世界を好きに歩ける自由度があったが、昨今のRPGはスタッフが用意した寸劇を眺めるだけのゲームになってしまった」―――こんなカンジのコラムでした。20年前に読んだ記憶だから、細かいところが違っていてもゴメンなさいね。


 でも、20年経っても覚えているくらいに自分にとっては衝撃だったのですよ。
 自分にとって「こんなに面白い『FF5』も、プロの評論家が見ると誉められたものじゃないってことがあるのか!」という初めての体験だったのです。この後、自分の好きな漫画や音楽や映画が、プロの評論家先生にはボロクソに叩かれていくという経験を腐るほどするのですが……それはまた別の話。

 当時の自分はまだ子どもでしたから、「凄いな!プロの評論家って!」って思っていましたが。大人になった今なら思えば分かりますよね。このオッサン、ただの懐古厨だって。


 「昔は良かった。それに比べて今は……」って言ってるだけですもん!
 百歩譲って『ドラクエ1』と『FF5』を比較して、『FF5』は自由度が低いって言うのは分かるとします(しかし、『FF5』も『FF6』も終盤世界に放り出されて好きに遊べってなるので自由度が低いとは思わないんですけどねぇ)。

 だけど、TRPGと『FF5』を比較して「主人公=自分じゃないからダメだ」ってのは、ワケが分かりません。別のもんじゃん。カレーとカレー味のカールくらい違うもんじゃん。「今日の夕飯、カレーにする?それともカレー味のカールにする?」なんてお母さん聞いてこないじゃん。「今日のおやつ、カレー味のカールにする?それともカレーにする?」なんて家は、一家揃ってデブ家族とかにはありそうですけどさ!(一面的で偏見に満ちたデブ論)





 えっと……まぁ、細かいニュアンスは私の記憶違いの可能性も高いので、「あのコラムを書いた人は許さーん!」なんて言うつもりはありませんし。そもそも名前も覚えていませんけど……重要なのは、確かにあの「90年代前半」にもそういう空気があったということなんですよ。


 「ファミコン時代のRPGには自由度があったのに」
 「スーファミになった今のRPGには自由度がないよね」――――という。


 自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”

 これは2年前に書いた記事です。
 ファミコン時代の『ドラクエ』『ゼルダ』に比べて、スーファミ時代の『ドラクエ』『ゼルダ』は明らかに「レールに沿って進む」ゲームに変わっているし、それ故に「多くの人が遊びやすくなっている」という話です。

 『FF』もそうでしたよね。
 自分は兄がやっているのを後ろで見ていただけですが、『FF2』なんかカヌーを手に入れたらグンと行動範囲が広がって後半に行くはずの町に先に行って高い魔道書を買ってくるとかが出来ていました。
 んで、兄は「チェンジの魔法を使うと簡単にHPが上がっていくんだぜ!」と自信満々に語っていたんですが、『FF2』はHPだけを上げると後半詰むという話をインターネットが普及してから知った弟は複雑な気分なのです。あの偉大な兄は、浅はかなデマに泳がされただけだったのか、と。




 話がズレータ。
 どうも、日本のRPGを語る際に「自由度」というキーワードがトラウマのように毎度毎度出てくるし、それは別にここ最近の話でもなければ、『GTA』から始まる話なワケでもなければ、スーファミ時代には既にあった話だと思うんです。


 RPG以外のジャンルだと「自由度」で評価されることってあまりないですもんね。
 例えば『スーパーマリオブラザーズ』って、2Dアクションゲームの中ではトップクラスに「自由度」が高いゲームだと思うんです。1-1からして「地上ルート」と「土管に入る地下ルート」で分かれているし、1-2でワープ土管に入るかとか。『3』以降はステージも分岐していくし、『ワールド』なんて道中すっとばしてラスボスまで行けるショートカットルートがあるし。

 でも、「『スーパーマリオ』は自由度が高いから良いゲーム」で「『魔界村』は自由度が低いからダメなゲーム」なんて言われないですよね。



 シューティングゲームでも、パズルゲームでも、格闘ゲームでも、シミュレーションゲームでも、「自由度が高いから良いゲーム」「自由度が低いからダメなゲーム」という話は聞いた記憶がないし。
 アドベンチャーゲームは「マルチエンディングか」という話は出るけど、「自由度が高いから良いゲーム」「自由度が低いからダメなゲーム」とはならないし、むしろ今では一本道系のシリーズの方が売れ線で評価も高いような。





 何故、日本のRPGだけが「自由度が低いとダメなゲーム」なんて論が出てくるのか。
 「自由度の低いゲームは海外では売れない」ワケではもちろんありません。『FF』は『7』以降は海外市場の方が売上げが高いです(『9』だけは除く)し、『ゼルダ』も自由度が低くなった『神トラ』以降もちゃんと海外では売れています。

 「日本人には自由度が高いゲームが作れない」ワケでも「日本では自由度が高いゲームが売れない」ワケでもないのは、『とびだせ どうぶつの森』を見れば分かります。『とび森』はまぁ、今までのシリーズに比べれば「こう遊べばイイんだよ」という導線が強くなっているとは思いますが。


 ひょっとしたら……「自由度」なんてものを気にしているのは、日本の一部の評論家とか評論家っぽいことをしたい人だけなんじゃないのかと思えてきたり。というのはブーメランになりかねないんでやめておくとして。





 私は『FF5』が好きです。『ゴーバケーション』も好きです。『レゴシティ』も好きです。
 カレーも好きだし、カレー味のカールも好きです。

 どんなジャンルのゲームであっても、「自由度が高いから良いゲーム」とも「自由度が低いからダメなゲーム」とも思いません。「面白ければ自由度が高くても低くても良いゲーム」だし、「面白くなかったら自由度が高くても低くてもダメなゲーム」だと思うし、面白さと自由度はイコールではないと思います。


 要は、「その自由度」でゲームは面白くなるのか――――という話で。
 『どうぶつの森』の「自由度」はやりたくないことはしなくてイイから好きです。
 スーファミ以降の『ゼルダ』の「一本道」は、新しいアイテムを手に入れてグンと行動範囲が広がることが実感できるから好きです。


 「面白くなること」を最優先にして作れば、結果として後から「自由度」が高いか低いかが決まるだけの話だと思うんです。「自由度の高さ」を目指してゲーム作られても、それで面白くならなかったら何の意味もないだろうって。


| ゲーム雑記 | 18:27 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

いやいや、自由度が高いゲームは素晴らしいですよ。
ただ、一見、自由度が高くても、
1.制作側が想定したルートから外れると難易度が高すぎたり低すぎたりつまらなかったりする。
2.どのルートを辿っても敵の出る順番は決まっているので適度な難易度になるのはいいが、どの地方にどんな生物が住んでいるという世界観を想像する楽しみに欠ける。
のどちらかで誤魔化しているのが多くて、それじゃ自由度が高くても意味がない。
自由度が低いと言われるゲームの方が緻密なバランスで楽しませてくれることが多いってだけで。
まぁ、自由度と緻密なバランスを両立させようとすると、作るのに凄く時間がかかるでしょうからね。
ロマリアから敢えて橋を渡っても「強すぎない程度に敵が強い」なんて芸当は、たっぷり制作に時間をかけられるドラクエくらいのものでしょう。

| 児斗玉文章 | 2013/08/26 19:34 | URL |

そういえばRPG以外で「自由度」について云々とされることって見ませんね。

本筋とは話がずれるんですが、個人的にはどうぶつの森は自由度が低いゲームだと思ってます。
3DSが初森でしたが、公共事業だとか家具のアレンジが本作からの追加要素だと聞いて、
そんなことすら自由にできなくて、今までこのゲームはどうやって楽しまれてきたんだ?と驚きました。
たかだか家1軒の中に、あらかじめ用意された家具を運頼み(店の品揃えとか村人のプレゼント)で集めて、しかも決められた方法でしか配置できないなんて、と。

まぁ実際には公共事業もアレンジもさして利用すること無く、決められた家具を不自由に集め、飾るのを楽しんでますがw
結局のところ、「自由度」を語る人たちも理屈先行で「この方がいいはずだ、こうでないものがいいはずがない!」みたいになっちゃってるんじゃないでしょうか。

| irv | 2013/08/26 23:42 | URL |

自由ってなんなんですかね。
例えば一本道だって人の楽しみ方次第で色々出来るじゃないですか。
逆に言えば自由度の高いゲームをしたい人は、そういうフィールドを用意してもらえないと自由に遊ぶことすら出来ないとも言えるじゃないですか!…なんちゃってなんちゃってなんちゃって…。

冗談はともかく、プレイヤーが貪欲に楽しめるかってのが全てな気がします。
相手のせいばかりにしちゃいかんかと。

| ああああ | 2013/08/27 13:44 | URL |

「一個人としての意見」としては良いけど「全てのゲーマーの意見」として語るのは危険なような気が。
一個人として語っているつもりでも、他の人から見て「自分の意見が正しいに決まっている」「自分の言うことが正義だ」と思われてしまうと叩かれる元かと。
RPGの起源云々に関しては私も詳しくはないので偉そうなことは言えませんが、「全てのRPGの元祖はドラクエとFFだ(キリ」と発言されてるような感じにも見えて「もう少し勉強した方が・・・」と思ってしまいかけました。過度に日本のRPGを賛美し、全てが「日本のRPGありき」で海外のRPGとそのファンを叩くような発言にも見えましたので。

| ああああ | 2013/08/28 23:39 | URL |

ここのコメント欄に書く人達はなんで本文ガン無視なんでしょうかね。
ちゃんと全文読んでからコメントした方がいいですよ。
オチがあるのにフリにだけ噛み付くのは悪意すら感じる。

ちゃんと読んでますけどって言うなら何もいうことはありません、ごめんなさい。

| あのー | 2013/08/30 10:07 | URL |

レッドアリーマーのアルゴリズムウザ過ぎ

アクションゲームに於ける自由度の低さは
即「覚えゲー化」に直結する

少しでも「正解の攻略アプローチ」から逸れると
即行で一機ロスト

魔界村や
ロックマンのイエローデビルはその典型

初見殺しだらけの覚えゲーの類は
決して、一般受けしない

| RPGの自由度とACTの自由度は違う | 2014/01/28 03:56 | URL | ≫ EDIT

>特に『どうぶつの森』は今じゃ「日本一売れているゲーム」と言って過言じゃないのに、未だに「日本人はレールに沿ったムービーゲーしか遊べない」と言う人がいて。
細かいですが日本一売れてるゲームというのは流石に過言ですよ
CSでもPCでもスマホでもどうぶつの森より売れてるゲームはあります

>「どうぶつの森とかポケモンは自由度が高いゲームじゃないんですか?」
どうぶつの森やポケモンを自由度の高いゲームと思ってる人はいないでしょう
自由度の高いゲームってTESやFOとかMinecraftとかのことを言うと思うんですけど

>『GTAIV』が全世界2200万本売れているのに日本では50万本しか売れていない(Wikipedia参照)から「日本市場は異常だ!ガラパゴス過ぎる!」って話は―――日本でゲームを購入する層は18歳未満の割合が高いので、「18歳未満禁止のゲーム」を買える層が海外に比べて少ないって話だと思うんですけどね。
18歳未満禁止の制限なんてないようなものですけどね
というか
>日本でゲームを購入する層は18歳未満の割合が高いので
これがガラパゴスって話なんじゃ…

>例えば『スーパーマリオブラザーズ』って、2Dアクションゲームの中ではトップクラスに「自由度」が高いゲームだと思うんです
本当に自由度の高い2Dアクションゲームをやったことがあれば口が裂けてもSMBがトップクラスの自由度なんて言えないと思いますけどね

>日本のRPGを語る際に「自由度」というキーワードがトラウマのように毎度毎度出てくるし
これも別に日本のRPGに限ったことじゃないですけどね
オブリビオンやスカイリムみたいな海外のRPGの話題でも自由度は真っ先に出てきますし

| ああああ | 2015/12/31 18:35 | URL |

事実を対面できないやつはかわいそうだ。
日本のゲームもうガラパゴス化になるわけで日本しか遊ばない。
残念。

| RYO | 2016/02/18 21:40 | URL |

1995年のウルティマ・オンラインが出たあたりから、もう目指す方向の決定的な違いがはっきりしたかと思うなぁ。
日本ではその2年後にFF7がでるわけだし。
で、まだオンラインとオフラインで違うから、っていう言い訳が、TESやらが出てきて苦しくなってきた。

| ああああ | 2016/04/23 14:23 | URL | ≫ EDIT















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