やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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みなさんは「みんなが買っているのと同じゲーム」を買いますか

 はじめに。
 この記事で語るのは「私の体験」を基にした話です。世代とか地域とかクラス内のコミュニティとかによって、みなさんそれぞれ違う体験をなさっているでしょうから。「みんながそうだよね!」とか「ゲーマーはみんながこう思っているんだ!」なんて言いたいワケではありません。

 ただ「違う」という話がしたいのです。
 「違うからけしからん!」とか「違うのは直さなくてはならん!」とかそういう話をしたいワケではありません。「違うのが面白い」というか「違う、ということに気付くのが面白い」と自分は思っているので、ここに「私の体験」から「私が思うこと」を書き残しておきます。



 有名なゲームだから買うor皆買ってるから俺も買う現実ゲームさん)

 まず前提として。
 有名なゲーム―――例えば『どうぶつの森』とか『モンハン』“だけ”を買う人に向かって「みんなが買っているからって同じゲームを買うんじゃねえよ!」と言ったところで、『The Wonderful 101』や『エクストルーパーズ』の売上げが伸びるワケではありません。

 もし、“マイナーで知名度はないけど面白いゲーム”が売れて欲しいと思うのなら、やるべきことは「売れているゲームを批判すること」でも「売れているゲーム“だけ”を買う人を批判すること」でもなくて、「『どうぶつの森』が好きな人はこのゲームもオススメだよ!」とか「『モンハン』の次に遊ぶのはこのゲームがオススメ!」と「売れているゲームの“次の1本”としてオススメしていくこと」だと思うんですよ。




 しかし……この1さんの主張は置いといて、このスレッドで話されていることは“自分には全くない考え方”が多くて新しい景色の見方を知ったような感覚でした。
 そもそもね、私自身は「みんなが買っているから」という理由でゲームソフトを買ったことがないんですよ。物心ついてから、ただの一度も。


 「みんなとゲームの話題をする時」の話も語るつもりだったんですが、それは掘り下げても面白くなかったのでカットするとして―――実はこの話、「どうゲームと接していたか」というルーツの違いがあるんじゃないかと思うのです。





 私が子どもの頃――――ファミコンとかスーファミの頃ですが。
 ゲームは「貸し借り」をするもの、だったんですよ。

 でね。これは私もすっかり忘れていた感覚なんですが、
 「貸し借り」をするものという感覚でゲームを捉えると、この話に別の角度が見えてくるんです。「みんなが買っているのと同じゲーム」を買うと「貸し借り」が出来ないんです。



 「ゲームを借りて遊びました」なんて言うと、ゲーム会社さんに1円も入らないし、ゲーム屋さんにも1円も入らないし、ひょっとしたら「中古ゲーム問題」以上に「ゲームを借りて遊ぶだなんて何事だ!貴様はゲーム業界の敵だ!今すぐブログを閉鎖して二度とネットに現れるな!」とコメント欄がまた炎上するかも知れませんが……子どもの頃の話だから、大目に見てください。



 20~30年前でもゲームソフトは何千円もしましたから、子どもの財力ではそうそう毎月新作ソフトを買うことは出来ませんでした。1年に1本とか、半年に1本とか、クリスマスやら誕生日やらお年玉やら何やらを組み合わせて買うのがやっとというカンジでした。

 しかし、「1年に1本」くらいのペースでしか買えないゲームも、ファミコン時代のアクションゲームなんかはボリュームもありませんから、1時間でクリアしてしまったり、何時間かけても1面もクリアできないほど難易度が高かったり(笑)で。とてもじゃないけど、1年間をこの1本で遊び続けられるようなものでもありませんでした。


 なので、「貸し借り」です。
 オッサン達がファミコン時代の思い出話をすると「借りパクされた」とか「借りパクされないようにカセットにマジックで名前を書いた」とか「その書かれた文字をシンナーで消した」とかの話が必ずと言ってイイほど出てくるように。
 ゲームソフトをただで貸すとパクられるかも知れない――――だから、「俺は○○を貸す」「じゃあ僕は××を貸すよ」と互いのゲームソフトを交換に貸し合うという制度があったのです。少なくとも私のクラスでは、それが普通でした。


 で、この「互いのゲームソフトを交換に貸し合う制度」から考えると、「みんなが買っているのと同じゲームを買わない」という私の発想は不思議じゃないですよね。だって、「みんなが持っているゲーム」は貸し借りに使えないんですもの。

 『スーパーマリオ』を持っている友達に「俺のスーパーマリオ貸すからお前のロックマン2貸してよ」と言っても、「いや、俺持っているし……」と言われるだけじゃないですか。「みんなが持っているゲーム」はトレードに使えないんです。



 だから、「1年に1本」買えるゲームソフトを選ぶ時も、「自分が遊びたいソフト」というのは前提ですけど、「みんなが持っていないソフト」「みんなが興味を持ってくれそうなソフト」という「貸し借りに使えるのか」という基準も大事で。
 「俺がFF5を買うから、お前は半熟英雄2買いなよ。んでクリアしたら貸し借りしようぜ」という事前交渉をしたり、「マリオワールドは持っている奴がいっぱいいるから、誰かから借りればイイや。俺はストII買おう」と当てにしたり。



 子どもの財力では「1年に1本」しかゲームが買えないけれど、友達が10人集まれば「1年に10本」ゲームを貸し借りして遊べるワケで。私が遊んだファミコン・スーファミのソフトの内、自分で買ったのは1割もなくて、残りの9割以上は友達の家で遊んだり友達に借りたりしていたなーって思うのです。

 でも、逆に考えると……だからこそ色んなゲームが遊べたって思うんですね。





 冒頭の記事で多かった意見で、「みんなでマルチプレイで遊ぶゲームは“みんなが買っているのと同じゲーム”を買うしかないじゃないかよ」というものがありました。
 確かにその通りです。A君は『モンハン』を買いました、B君も『モンハン』を買いました、C君も『モンハン』を買いました、D君は『エクストルーパーズ』を買いました―――ってなったら、D君をハブってA君・B君・C君の3人で『モンハン』やりますもんね。


 携帯機が主流になって、「みんなで持ち寄って遊ぶ」ことが遊びの一つとして確立したことで―――こういうゲームは「全員が1本ずつ買わないとならない」ため「貸し借り出来ない」んですよね。
 『モンハン』もそうですし、『ポケモン』とか、DSや3DSの『どうぶつの森』もそうですね。『ドラクエ9』のようにセーブデータが1つしか作れないゲームもそうかな。そうしたゲームは「貸し借り出来ない」分、ヒットすると400万本とかのとてつもないヒットをする一方で(※1)自分が子どもの頃のような「みんなが違うゲームを買って貸し借りして遊ぶ」行為は減っているんじゃないかって思うのです。

(※1:ファミコン・スーファミ時代に国内400万本以上売り上げたのは初代『スーパーマリオ』の1本だけです)




 私が子どもの頃の「ゲームの遊ばれ方」と、今の「ゲームの遊ばれ方」は違うんじゃないかな―――というだけの話なので。それがけしからんとか、直さねばならないとか、諸悪の根源は『ポケモン』にあるとか、そういう話ではありません。

 ただ「違う」という話。
 「違う」からには「売れ方」は違うし、「売り方」も違うし、「売れる商品」も違いますよね。メーカーはそんなことはとっくに気付いているでしょうけど、一ファンとしてもそれは意識しておいて損はないと思うんです。


 じゃないと、冒頭で紹介した記事の1さんのように「みんなが買っているのと同じゲームを買うヤツは馬鹿だ」とか言い出しかねませんし。
 自分もあの記事で色んな人の意見を読むまで、「えっ?普通は、みんなが買っているのと違うゲームを買うもんでしょ?」と思っていましたし。


 「違う」ということに気付くだけで、色んなものが見えてくると思うし。
 ウチのブログでは、そういうことを大事に書いていきたいと思います。



 あ、ちなみに。
 小学生の頃は友達とゲームを貸し借りしていた私ですが、携帯機が主流になって「みんなで持ち寄って遊ぶゲーム」は「みんなが買っているのと同じゲームを買う」んじゃないのか―――と言われるかもですが。現在は友達がいないので、「みんなが買っているのと同じゲームを買いますか」どころか「みんな」がいません。この広い世界で私は一人ぼっちです。



○ 余談
 「ゲームの遊ばれ方」が今と昔では違う―――という話で言えば、やっぱり主流が据置ゲーム機から携帯ゲーム機に変わったところがポイントだと思います。据置ゲーム機の場合はみんなで集まって一つの画面を見ながら交替で遊ぶってのが普通でしたもんね。


 自分の場合は結構特殊な例かも知れませんが、クラスの中のリーダー的なヤツがいて、ソイツん家にクラスの男子半分くらいが毎日のように遊びに行ってゲームしていました(もちろんゲーム以外の遊びもするんだけど)。
 そうすると、10人くらいの子どもが一台のファミコンとテレビで遊ばなくちゃならなくて――――自然と「1機交替」で遊ぶワケですよ。

 実はこの「1機交替」の文化って、当時のゲームを語る上で忘れちゃいけない要素だと思っていて。多くの人がコントローラを回しながら遊ぶワケですから、「すぐ死ぬゲーム」の方が順番がガンガン回ってきて重宝するんですよ。
 『スペランカー』みたいのは特殊ですけど、LIFEが潤沢にあるゲームよりも、1~2発でガッと死んじゃう残機制のゲームの方が交替で遊ぶ分には受けがイイんですよ。



 後は、「1プレイ」の短いゲームね。
 『ストII』のような格闘ゲームや、『ぷよぷよ』のような落ちモノパズルゲームは、1回の勝負が数分で終わるために、ガンガン順番が回ってきて楽しめました。『スマブラ』なんかは今もそうやって遊ばれているゲームでしょうし、わざわざそういうモードもありますよね。『Wii Sports』が接待ゲームとして大ヒットしたのもこういう理由ですね。

 逆に、一人でじっくりと遊ぶゲームはそういう場ではあまり受けませんでした。RPGはもちろん論外だけど、同じくにおくんシリーズでも『熱血物語』よりも『熱血行進曲』の方が10人で遊ぶには向いているんです。1競技ごとにコントローラをまわせるし。



 今の日本のゲーム市場は圧倒的に「携帯ゲーム機>据置ゲーム機」になってしまいました。Wii U・PS4・Xbox Oneの時代になると、Wii・PS3・Xbox360時代以上に据置ゲーム機の市場は縮小してしまうんじゃないかと思います。日本のサードメーカーは発売予定のソフトすら発表していませんからね。

 そうすると……ファミコンやスーファミ時代のような「1機交替」とか「1プレイごとに交替」みたいなゲームはどんどん減っていくのかもなぁと。
 先に書いた『スマブラ』とか『Wii Sports』のような「みんなでコントローラを順番に交替しながら遊ぶゲーム」は、今後はなかなか生まれなくて。「一人でじっくりと遊ぶゲーム」がますます多くなっていくのかもなぁと。



 もちろん、それがけしからんとか、直さねばならないとか、諸悪の根源は『ポケモン』にあるとか、そういう話ではなくて――――ただ「違う」という話で。
 それを考えると、ファミコンやスーファミの頃のゲームを、DSや3DSで復活させようとしても上手くいかないってのも「そりゃそうだろうな」というか。ファミコン時代以上に売れる『マリオ』さんは何者なんすかというか。


| ゲーム雑記 | 17:57 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

こんにちわ。
なるほど。たしかに今、ランキングを見てみると
ファミコンの頃以上に一極集中していていますね。
「任天堂無双」とかそれが良い事なのかどうかは
ともかく、ゲーム人口は遥かに増えているのに、
売れ方がいびつに思えます。

そういえばソフトのような貸し借りはなくても
ウチはファミコン、A君はメガドライブ、
B君はPCエンジンといった風にそれぞれのハードで
いろんなゲームを楽しんでいました。
だからウチもA君B君もそれぞれのハードにこだわり
はあれど、対立なんてありえなかったなあ…。

| あかみどり | 2013/09/04 11:06 | URL |

SFC世代だけど
メジャー系はみんなそれぞれがお金出して買ってたけど
マイナー系は個々人で持ってる人間と持ってない人間がいるから
それは貸し借りして楽しむって感じだったよ

| nns | 2013/09/04 16:46 | URL |

日本のサードソフト発表がないというのは9日の
SCEカンファやTGSを終えてからでも遅くないと
思いますけど

| ああああ | 2013/09/04 18:33 | URL |

今の時代は貸し借りよりも「話題についていく為のツール」としてゲームを見ているように思います。
その為、他の人と同じゲームを買わないと行けないという風潮になっているのではないでしょうか。
もちろん、義務感を認識しているわけではなく、最初からそういう流れだったのかもしれません。
昔と違って周りと貧富の差を感じさせない為に親が買い与えたり、話題についていけないからと購入を求める子供もいるかもしれません。
でもそれは、ゲームが面白いから買いたいという根本的なものからはずれた「外面」を買っているのではないかと思います。

自分はゲーム好きなのでよくゲームを買いますが、話題になっているゲームも買います。
ただそれは「話題になっているからどんなゲームなのか気になって買う」感じです。

| assault | 2013/09/06 16:21 | URL |

昔は本体ごと貸し借りしてたな

| ああああ | 2013/09/07 14:32 | URL |















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