やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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「貴方の好きなヒロイン」には、主人公とくっついて欲しいですか?

 今日の話は「男主人公+複数の女性キャラ」のアニメの話です。
 「女主人公+複数の男性キャラ」の話も性別逆転しただけで同じかも知れないのですが、そこはやっぱり男性向け作品と女性向け作品には需要の違いがあると思うので今日は考えないことにします。



 考えるきっかけになったのは、『俺妹』ラジオのバックナンバーを聴いていたら竹達さんが「私の大好きな○○をフるなんて京介許せん!」と言っていたところです。その発言への正しいツッコミをするなら「桐乃の中の人だけはそれを言う権利ないだろ!」となるのですが(笑)、自分が気になったのは「好きなキャラは主人公とくっついて欲しいのか?」というところでした。


 ヒロインは誰のもの?

 引用してみて気付いたけど、ここからの話は『CLANNAD』のネタバレが入っていたので気をつけてくださいな。アニメで言えば1期のラストまでのネタバレ。

<以下、引用>
 『CLANNAD』キャラの中で僕が一番好きなキャラは渚ですが、じゃあ「渚たんは俺の嫁!」と思ってゲーム内で共同生活が出来るかというと……正直ムリ。だって、俺の大好きな渚たんは俺のことなんて好きになるワケないじゃん。

 ……というのは、敢えて卑屈な表現をしてみたんですが。半分くらいは本気です。
 アニメ版しか知らない自分なんでひょっとしたら原作ゲームファンはまた違うことを思うのかも知れませんが。僕が知っている渚は岡崎朋也のことが好きで、それは渚というキャラから切り離すことが出来なくて、僕は岡崎朋也ではないんですよ。

</ここまで>
※ 文字強調など一部引用者が手を加えました



 これは2008年に書いたウチの記事。
 しかし、一番面白くて自分の記憶に今でも残っているのは、実はこの記事のコメントで頂いたこの意見でした。引用させていただきます。



<以下、引用>
作品とキャラによるよね。

渚は俺の嫁!!
とは言えないなぁ・・・
渚は岡崎トモヤの嫁だよ。
でも杏は俺の嫁ですけどね(笑)

杏は俺の嫁と言えるけど、渚は俺の嫁とはけして言えない。
好き嫌いの程度の差ではなくて、どっちも同じくらい好きでも分かれるんですよね。

</ここまで>
※ 文字強調など一部引用者が手を加えました

 渚は主人公(岡崎朋也)とくっつくから、「俺の嫁」とは言えない。
 杏は(テレビアニメ版では)主人公とくっつかないから「俺の嫁」と言える。

 『CLANNAD』の場合は原作がマルチシナリオのアドベンチャーゲームなので難しいケースですが、ヒロインが複数いるハーレム構造のアニメの場合「選ばれるヒロイン」は原則として一人です。残りは全員選ばれません。
 じゃあ、一番好きなヒロインが主人公とくっつくと嬉しいのかというと別にそうでもありません。そうしたらそのヒロインは主人公の嫁になるワケですから、「俺とは違うところで幸せになるんだな……」と思うだけです。じゃあ、好きなヒロインが主人公にフラれれば嬉しいのかというと、「私の大好きな○○をフるなんて京介許せん!」になるワケです(笑)。


 だから、実を言うと私はハーレム構造のアニメが苦手なんですね。
 誰かを選ぶということは、残りは選ばれないということ。
 選ばれた一人のヒロイン以外のヒロインはみんな不幸になることに耐えられないので、組み合わせが無限大にある女性キャラばかりのアニメか、「主人公がヒロインを好きすぎる作品、が好きです」ということになるという。


 というのが自分の意見だったのですが、気になったのでTwitterで訊いてみました。



 元日から何やってんの私。





 直接のリプライをもらったワケではないですが、この説明はすごくしっくり来ました。他の人の意見でも“誰ともくっ付かないで有耶無耶なまま”を望む声を頂いて―――もちろんみんながみんなそうした意見だとは言いませんけど、今までハーレムアニメを苦手だと思っていた私にもハーレムアニメの魅力が伝わったんですね。


 「ハーレムのままずっと続いて欲しい」という欲。

 女性キャラばかりの日常アニメである『のんのんびより』を楽しんでいる私と、実はあまり変わらないんじゃないかと思うのです。
 小鞠のことを好きすぎる蛍が私は大好きだけど、二人がくっつくことも、蛍がフラれることも望んでいなくて、蛍にはずっと片想いをしていて欲しいと思うこの気持ちとそんなに変わらないんじゃないかと思ったのです。

 ハーレム構造のアニメというのは、言ってしまえば「ヒロイン全員が片想いをしている」ワケで。恋愛までは届かない淡くて純粋な関係にこそ魅力を感じて、それがずっと続いて欲しいというのはすごくよく分かります。
 「ハーレムアニメ」=「エロエロなラッキースケベが好きな人が見る不純なアニメ」と考えるのは女性を女体としてしか見ていない考え方で、ハーレムアニメが好きな人は実はそうした女性の内面を見ているんだなと感服致しました。




 この「ハーレムアニメはハーレム状態を維持し続けるべきか」という話は、
 「日常アニメは日常を終わらせるべきか」という話や、
 「百合キャラは最終的にくっつくべきか」という話や、
 「処女&童貞厨の作品でヤってしまうのはアリか」という話にも通じますね。

 『けいおん!』は日常を終わらせなかったが『TARI TARI』は終わらせたとか、百合キャラ好きなのに百合カップルが成立して欲しくない人の話とか、ウチのブログでも話題になっていたことを説明出来ると思いますね。

 「それ」がずっと続いて欲しかったのに、そこから進展させたら壊れてしまうじゃんという考え方があるというのは分かりましたし。自分の中にもなかったワケでもないという。






 それはそうと。
 こういう考え方で捉えなおすと、やっぱり『化物語』って「ハーレム構造のアニメ」でありながら「ハーレムアニメを分解→再構築させた作品」だったんだなって思いますね。
 ヒロインが出揃う前にくっ付いてしまうとか、作中の登場人物がキャラ配置をギャルゲーのように把握しているとか、こないだまでやっていたセカンドシーズンでは「主人公に選ばれなかったヒロイン」達を主人公にして「選ばれなかったヒロインがその後どうなったのか」を描いていたとか。

 自分が今までの中でセカンドシーズンが一番好きだったのは、「選ばれなかったヒロイン」の立場で物語が描かれていたからなのは間違いないです。『恋物語』最終話の貝木の台詞なんかはグッと来ましたし。


| アニメ雑記 | 17:53 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

"主人公は主人公であって俺ではない"というテーマと
「ハーレムのままずっと続いて欲しい」という欲とは
それぞれ別の問題ですよね。

ハーレムの主たる主人公=俺と感情移入出来る
出来るからこそ俺の意思外で1人と決めて欲しくない
という立場もあるでしょうし
勿論記事内のように女性の内面・関係性に注視した
客観的な見方もある
主人公≠俺だからこそ、とりあえず話として最後まで
行って欲しいという、劇場の観客みたいな見方もありでしょう。
主人公=俺で、かつ1人に決めてほしいというのは「俺」の
志向とアニメの路線が合致しないと厳しいでしょうけど。

それとは別に"主人公≠俺だからメインヒロインは「俺の嫁」
じゃないけど、くっつかないヒロインは「俺の嫁」"って立場は
私個人としてはあまり理解出来ないんですよね…
作品世界を尊重するならくっつかないヒロインも好きなのは
主人公なわけですし、「俺なんて好きになるわけないじゃん」
ならばそこはメインヒロインもサブヒロインも関係無いですし。
そこに経時的な変化を考慮して「主人公とくっつかなかった
ヒロインはいずれ他に目が…」という考え方をするなら
別にメインヒロインだって心境の変化を考えてもいいわけで。
まあ「選ばれたヒロインは幸せ、そうでないヒロインは不幸」
って考え方に従うと、選ばれたヒロインはそのまま永続的に
幸せになってもらわないと困るわけですけども
それは"この娘を選ぶことで不幸が取り除かれるんだ、だから
主人公はこの娘の側にずっと居ていいんだ"という
一時期のギャルゲー・エロゲーの文化の産物でしかありませんし。

ハーレムアニメ・ギャルゲーを再構築するなら、"主人公が
選んだヒロインが結果的に一番不幸になって、他のヒロインは
主人公抜きで幸せをそれぞれ迎えている"なんて作品を一度見てみたいですね、
○物語は原作もアニメも全然見てないので
もしかしたらそういう作品なのかもしれませんがw

| shimole | 2014/01/07 21:15 | URL | ≫ EDIT

>shimoleさん

>"主人公は主人公であって俺ではない"というテーマと「ハーレムのままずっと続いて欲しい」という欲とはそれぞれ別の問題ですよね。

そうですね。
それがごっちゃになって読まれてしまったのなら、私の文章の責任なので以後気をつけます。


>○物語は原作もアニメも全然見てないのでもしかしたらそういう作品なのかもしれませんがw

最終話のネタバレになるので具体的なことは書かないようにしたのですが、まさに『恋物語』の最終話はそういう話です。

| やまなしレイ(管理人) | 2014/01/07 23:33 | URL | ≫ EDIT

物語シリーズについては、作者が戦場が原を描くのが苦手なんじゃないかと邪推してました。
ヒロインなのにほとんど登場しないし。
数少ない登場シーンを丁寧に拾うアニメスタッフはたいしたもんです。
そう、思っていたのですが、ハーレム需要に応えるためにヒロイン以外はみな幸せに、という観点はわたしにはなかったんで、なるほどなぁ、と。
西尾維新はまず第一にエンターテイナーなんでしょうね。

| 児斗玉文章 | 2014/01/09 03:09 | URL |

私はほとんどアニメを見ないので、“ハーレムアニメ”という言葉が、ゲームなどにおけるハーレムルートと同じ意味合いを持っているのかいまいち分からないのですが、
そもそも“ヒロインのうち誰かとくっついて、その他はさようなら”という形式なら、それはハーレムでもなんでもなく、単に攻略対象が多い恋愛ゲームの共通ルートでしかないのではないでしょうか?
私の中でのハーレムというジャンルは、“登場するヒロインの多数、もしくは全員と主人公が相互に恋愛関係を持って、かつその状態が長期に亘って持続している”というものなのですが、“ハーレムアニメ”はこういう解釈とはまた違った意味を持っているのですか?

引用されているTwitterには、
>ハーレムはハーレムって状態がメインコンテンツなのに恋愛を進展させるとか愚の骨頂
とありますが、恋愛が進展した結果、全員と恋人(あるいは婚約、結婚)関係にあるからこそのハーレムだと思うのですが……
私は、“誰かを”ではなく、“全員を”選ぶところがハーレムの最大の訴求点であり魅力だと思います(もちろんその部分を受け入れられない人も多いでしょうが)。

| ああああ | 2014/01/09 19:35 | URL | ≫ EDIT

>ああああさん

別に私が「ハーレムアニメ」という名称を発明したワケではないので……

ttp://encyclopedie-ja.snyke.com/articles/ハーレムアニメ.html
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/ハーレムもの

でも、確かにこのブログは「アニメを観ない人にもアニメを薦める」を頑張ってきたのですから、「ハーレムアニメ」という言葉が通じない人間もいるということは忘れてはいけないと反省しました。

反省ばっかり。

| やまなしレイ(管理人) | 2014/01/09 20:01 | URL | ≫ EDIT

そういえば、『生徒会の一存』は現代日本を舞台にした日常ものでありながらハーレムを成立させてましたね。
主人公の杉崎健の人柄と超人的な努力有っての賜物でしょうけど。

『ハイスクールD×D』でも似たようなことを思いましたが、主人公の強烈な個性で支えられているハーレムものはあまりヒロインに対する「俺の嫁」感が少ないような気がします。

上で述べられている様なゲームに良くある無個性系主人公だとヒロインとの関係の感じ方が違うかもしれません。

| T2 | 2014/01/11 03:39 | URL | ≫ EDIT















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