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どうして僕は初版本にこだわっていたのか&どうしてこだわらなくなったのか

 先週水曜日の『ザ・トップ5』(@TBSラジオ)で、映像コレクターのコンバットRECさんが、「自分がコレクターではなくなったと思った瞬間TOP5」の1つで、「かつては中古CDを買う時に、800円高くても帯が付いている方を買っていたのに、今はもう気にならなくなった」という話をされていました。


 自分も最近似たようなことを自覚していて、
 何故「こだわっていたか」も、何故「こだわらなくなったのか」も、上手く自分で説明出来なかったのですが……コンバットRECさんが話されていることが、そうした自分の理由も説明してくれたと思ったのです。



 私がこだわっていたのは、漫画の「初版本」
 随分前の話ですが、私は漫画の感想サイトをやっていた時期があって「漫画の単行本は初版でないと集める気にならない」と書いて、「どうしてそんなことにこだわるのか理解できない」「性格の悪さがにじみ出ている」「こんなに面倒くさい人とは関わりたくない」と散々言われていました。

 私がどれだけ嫌われているかは置いといて……
 「漫画の単行本は初版でないと集める気にならない」というのは確かに業界的にはあまり良くないことなんですよね。単行本の1巻が出る前から目を付けていて1巻も2巻も3巻も初版で買えれば問題はないのですが、既に単行本が何冊も出ている状態の漫画を「今まで買う気がなかったけど単行本を集めたいな」と思ってももう初版は買えないってケースも多かったです。
 そういう時はネットオークションで、その時点で出ている全巻の「初版本」を狙って落札して集めていたのですが……当然これは“古本”ですから、高いお金を出して「初版本」を落札しても、漫画家さんにも出版社さんにも1円も入らないワケです。



 しかし、「初版本」にこだわるのは世界中で私しかいないワケではありません。
 ネットオークションで漫画を売り買いする場合は「初版本かどうか」で価格に差が出るのですから、「初版本」であることに価値を見出す人が私の他にもいるのだと思います。
 それは何故か――――基本的には「第1刷」も「第2刷」も同じ内容に変わりないし、むしろ「第1刷」ではあった誤字が「第2刷」で直っていたりするのですから、むしろ最新のバージョンの方が優れているとも言えるのに何故か。



 私はずっとそのことを自分で説明出来なかったのですが、コンバットRECさんが仰った説明が雷に撃たれたかのように分かりやすく腑に落ちた説明で衝撃的だったのです。

「コレクターという生き物には、商品を“出荷したままの状態で残しておきたい”という使命感があるんです」

 記憶を頼りに書いているので細かい言い回しは違ったかも知れませんが、意味としては大体こんなカンジでした。

 「帯が付いている方のCDを買う」のも「観賞用と保存用に同じ商品を2つ買う」のも「漫画は初版本を狙って買う」のも、“純粋にコンテンツを楽しむ”という観点では無意味なことです。
 しかし、コレクターとして“出荷したままの状態で残しておきたい”という観点で考えれば当然のことなんです。だって、帯が付いていないと“出荷したままの状態”じゃなくなってしまうし、未開封の保存用でないと“出荷したままの状態”じゃなくなってしまうし、第2刷以降は“初めて出荷されたもの”ではありません。例え初版本には誤字があったとしても、「初めて出荷された時には誤字があった」と残しておきたいだァーッ!



 「そんな使命感に意味はない」と言われるかも知れません。
 しかし、そんなことを言ったら、音楽を聴くことも、映画を観ることも、漫画を読むことも、別に意味はありません。衣食住に比べれば必要のないことです。でも、それがあることで人の心は充たされるんじゃないですか。


 「コレクターは外側だけを観て中身を観ない」と言われたこともあります。
 しかし、どこを楽しむかは人それぞれでイイじゃないですか。全ての娯楽に価値があって、どの娯楽を楽しんでもイイように―――そうした娯楽をどんな楽しみ方をしたってイイじゃないですか。人間の数だけ楽しみ方がある、でイイじゃないですか。




 というのが……ようやく説明できた「私が初版本にこだわる理由」です。
 しかし、ここまで力説してきてアレなんですけど、現在の私は「初版かどうかなんてどうでもイイ」と思っております(笑)。ということで、ようやくここからが本題なのです。あんなにこだわっていた私が、どうしてこだわらなくなってしまったのか。



 結論から言うと「保管する場所がなくなったから」
 まー、そりゃそうだろと皆さんお思いになるでしょうが、もう一言捕捉をしますと「“出荷したままの状態で残しておける”場所がなくなったから」なんです。



 自分の場合「漫画の初版本」だったワケなんですが……
 漫画というのはかさばるものですから、本棚に入れる→本棚がいっぱいになる→二列にして入れる→いっぱいになる→もう一つ本棚を買う→それもいっぱいになる→ベッドの下などに置く→そこもいっぱいになる→床から積む→部屋中漫画だらけ、と、あっという間に置く場所がなくなってしまいました。

 そこで私が取った手が「もう要らないな」と思ったものをネットオークションで売るというものでした。“出荷したままの状態で残しておきたい”という使命感でネットオークションで初版本を買い漁り、置き場所がなくなってしまったのでネットオークションで売りさばく――――本末転倒感がものすごいです。

 「全然“出荷したままの状態で残して”ないじゃないか!」と自分でも思いますもの。



 そして、決定的だったのは去年……
 タブレット端末を買ったことにより、部屋にある恐ろしい数の本(もちろん漫画も含む)を自炊して電子書籍化する作業を始めました。自炊をすると“紙の本”が“電子書籍”化されるので、置く場所問題は解決、「初版本」も半無限に集められるぞーーーー!とは思いませんでした。

 だって、“出荷したままの状態で残しておきたい”という使命感で「初版本」を集めていたのに、本をバラバラにして、紙の束にして、まとめてスキャンして、PDF化してしまったら……これ、全然“出荷したままの状態”じゃないですもの(笑)。



 もっと言うと、“紙の本”の状態では「帯」とか「アンケートハガキ」とか「チラシ」とか懇切丁寧に取っておいたワケですよ。「この巻が出た頃に『ワンピース』の1巻が出てるのかー」みたいのを眺めることも、“出荷したままの状態で残す”楽しさの一つですからね。

 しかし、自炊し始めたら「帯」とか「アンケートハガキ」とか「チラシ」とかは省いてスキャンしていました。面倒くさいし、もし自炊したらその分だけデータ量が増えてしまうし、そもそも読む時にジャマになるし――――“電子書籍”化する際にそういうのはイイやと思うようになったのです。

(関連記事:初心者の自分が「本の自炊」に挑戦してみた



 音楽CDの例だと、もっと分かりやすいと思うのですが……
 CDを1枚1枚ケースから出してCDラジカセにセットして再生して聴くって時代だと、そのケースのジャケットとか帯とか中に入っているハガキとかにも愛着が湧いたのですが。
 CDを買ったらすぐにPCに入れてデータ化してMP3プレイヤーで聴く時代だと、CDを買ってはいてもケースなんて最初の1回しか観ないからそこに付いている帯もハガキも愛着が持てなくなって。「じゃー、ダウンロードで買おうっと」と、ケースもジャケットも帯もハガキもないデータで買うことに抵抗がなくなってくるもので。



 「コレクション」する場所がなくなったことで、
 「コレクション」のために買うのではなく、「コンテンツ」のために買うようになっていった――――これが「私が初版本にこだわらなくなった」理由でした。




 勘違いして欲しくないのは……これは「成長」とか「大人になった」とかじゃないですよ。
 どちらかというと「諦め」です。「妥協」とか「挫折」とかでもイイです。私は「初版本を集めるという趣味」を失ったんです。草サッカーが趣味だったのに、時間的な余裕がなくなったり、仲間が集まらなくなったりで、いつしかやらなくなってしまったというのと一緒なんです。それは決して「成長」ではありませんよね。


 だから、今も「初版本を集めている人」には敬意を払いたいですし、輝いて見えて羨ましいですし。もし私が「ようやくアナタも初版本なんかにこだわらなくなりましたか」なんて言われたらブチぎれると思いますし、こんなに面倒くさい人間だからモテないんだろうなーと思ったりもします。


| 漫画読み雑記 | 18:01 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

DVDやBDの帯には収録映像の詳細やメーカーの情報、バーコードのほかに、リサイクル用の「紙」マークまで書いてあることがある。
これはつまり、
「『作品』としてはこういうデザインにしたいのだけれど、それでは『商品』として販売できないので、書かなきゃならないことになっている情報は別の安っぽいペラペラの紙にまとめておきます。格好悪いので買ったら外して捨ててください」
という意味なのだと捉えてすぐ捨てる。
(帯をパッケージデザインの一部として成り立たせているものの場合は捨てない)
付属されている、作品と関係ない商品のチラシも捨てる。

商品としては不完全になるけれど、作品としてはそうしないと完全なものにならない気がしてしまう。
だから、自分は買ったものを「コンテンツ」ではなく「コレクション」にするために帯を捨てている。
余計なものを全部取っ払って、やっと、自分の所有物にできた気分になる。
そういう人もいるのです。

| Ts | 2014/02/18 22:40 | URL |

凄く同感しました。

私は、ジブリアニメのテレビ放映を、ビデオ録画せずに
リアルタイムに観ることにこだわっていました。
大人になるにつれて時間的に無理になり、挫折しましたが、
きっと同じような感じだな、と思いました。


tos.

| tos | 2014/02/19 00:16 | URL |

わたしも、CDの梱包フィルムに貼ってあるシールを綺麗に剥がして、同じ位置に貼る、というこだわりを持っていましたが、何時の間にかやらなくなっていましたね。
それはともかくとして。
自分だけのこだわり、いいじゃないですか。
佐村河内氏の件があって素直に誇れなくなりましたが、みんなドラマを欲しがっているのだと思います。

| 児斗玉文章 | 2014/02/19 18:21 | URL |

自分の場合、初版本は買いますけど、最新版と合わせて買いますね。正直初版本は恐れ多くて触れません。

| ああああ | 2014/06/19 23:00 | URL |

今、Amazonで買った本が第3刷で、めちゃくちゃ後悔してこのサイトにたどり着きました。オークションを始めるまでは、初版なんて一切気にしなかったのに…
それ以前に集めたものは全然初版でもなんでもないことを思うと、少し気持ちが落ち着きました。

| ああああ | 2017/05/31 02:38 | URL |















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