やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

好きなゲームを「好き」と紹介することに意味があるのか

 ちょっと文章化しておかないとならない気がしたので。

 ブログやTwitterで好きな漫画を「好き」と紹介したり、好きなアニメを「好き」と紹介したりしたことで、「やまなしさんが紹介しているので自分も観てみました!とても良かったです!」と言ってもらえたことは今までに何度もありました。
 自分の好きなものが広まる喜び、読者の人が「良かったです!」と思えるものに出会えたこと、その手伝いをネットの隅っこに散文を残すようなことしか出来ない自分なんかが出来たんじゃないかという達成感とが一度にやってきて――――あぁ、頑張って書いて良かったなぁとその度に思えます。だから、頑張って次も書こうと思えるのです。


 でも、好きなゲームを「好き」と紹介して、「自分も遊びました!とても良かったです!」と言ってもらえたことってほとんどないんですよ。7年ブログやっていて1回か2回くらい。



 勘違いしないで欲しいのは、「ゲームクラスタの人達は薄情だ」とか「もっと俺に構ってくれ!」という話ではなくて……ゲームってそういうメディアだと思うんです。自分に照らし合わせて考えても、大好きな人が「好きだ!」と言っているゲームだから自分も楽しめる―――とは思えませんもの。

 究極の話を言ってしまうと、ゲームにとって一番重要なのは「自分に合った難易度かどうか」だと思うんですね。そして、この“自分に合った”というのは人間の数だけ違うというのが厄介。
 漫画やアニメや映画は「理解度」という点では差が出ますが、誰が観ても話はちゃんと進むし、誰が観ても主人公は苦労して乗り越えて達成してみたいなドラマが起こるのです。


 ゲームの場合はそうはいきません。
 「主人公が一度も苦労せずにラスボスを倒した」とか「最初のシーンから全く進まない」みたいなことが起こってしまいます。超有名ゲームの『スーパーマリオブラザース』であっても、「こんなの簡単すぎるよ」という人もいれば、「どんなに頑張っても最初のクリボーすら飛び越せられない」という人もいるじゃないですか。「自分に合った難易度」でなければゲームは楽しめないんですよ。



 極端な例だけを挙げても現実感がないので、私の話を書きますと……
 年末年始にプレイしていた『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』や『ドラゴンクエストII 悪霊の神々(スーファミ版)』は、攻略サイトを使わなくても自力で攻略できる難しさで、とは言えボス戦はライフがギリギリのところまで追い詰められながらの何とか勝利できたくらいの簡単さで。自分にはとても合っていた難易度だったんです。


 んで、その後にプレイしたゲームなんですが……
 『女の子と密室にいたら○○しちゃうかもしれない。』は、脱出パートがどうしても分からない場面が多くてかなり攻略サイトを使うことになってしまいました。『TRINE2 三つの力と不可思議の森』は、通常クリアはオンライン協力プレイでゴリ押し、その後の宝箱回収も自力ではどうしても見つからなかったのでMiiverseに頼りました。

 結果、「自力でクリアした」感がなくて、あまり愛着が湧いていないんですね。
 攻略サイトに頼っていない部分……『密室○○』の場合はストーリーとか、『TRINE2』はボイスチャットでワーキャー言いながら遊んだのとかは良かったのですが。ゲームとしてはあまり愛着がないというか、「自分には難易度が合っていなかった」という感覚がどうしてもしてしまったのです。


 

 これを読んでいる皆さんは「んなの知るかよ」と思っていることでしょう(笑)。
 『神トラ2』を「難しすぎた」という人もいれば、『密室○○』を「自分にはちょうどいい難易度だった」という人もいることでしょう。それくらい「自分に難易度が合っているかどうか」なんて分かりづらくて、説明しづらくて、一般化出来るワケのないことだと思うのです。
 私が「好きだ!」と紹介するゲームは「私に難易度が合っているゲーム」なだけだから、読んでいる人にとってはどうでもイイ情報なんじゃないのか――――と思って、ここ1ヶ月くらいゲームの話題を書く気が起こらなかったのです。



 この記事の冒頭で私は“好きなゲームを「好き」と紹介して、「自分も遊びました!とても良かったです!」と言ってもらえたことってほとんどない”と書きました。敢えてそう書きました。
 でも、私が「好きだ!」と紹介したゲームを「やまなしがそこまで言うなら遊んでみようかな」と遊んでくだった人は結構いるんです。『ラビ×ラビ』シリーズはTwitterでも「始めましたー」と言ってもらえたことがありますし、『安藤ケンサク』は未だにウチのブログ経由で買ってくださる人がいます。

 もちろん私は「大好き」で紹介したワケですから「どうだったかな?どうだったかな?お気に召したかな?」とワクワクしているんですけど、まー、その後それらのゲームの話題はしてもらえませんね(笑)。お気に召さなかったのか、あまりの難易度に途中で挫折してしまったのか、その辺は分かりませんけど……


 『ラビ×ラビ』も『安藤ケンサク』も、自分にとって「簡単すぎない」けど「攻略サイトを使わずに何とかクリア出来る難易度」だから大好きなだけであって――――「自分に合った難易度のゲーム」を人にオススメしても、その人も気に入ってくれるとは限らないんだというのは痛感しました。
 逆の立場で、みんなが絶賛している3Dアクションゲームや育成ゲームをプレイしても「何が面白いんだかさっぱり分からない……」ということが私にもありましたものね

 「人それぞれ好みが違う」というのは、漫画でもアニメでも映画でもそうですけど。
 ゲームの場合は更に「人それぞれ合う難易度は違う」という、最も重要な要素があるんじゃないかと思うのです。





 では、何のために「ゲーム紹介」なんて書くのだろう……
 何のために「ゲームレビュー」なんてあるのだろう……

 ゲームを「良いゲーム←→悪いゲーム」と評価したところで、遊ぶ側にとってはどうでもイイことです。すごくグラフィックがキレイだとか、ストーリーが泣けるとか言われても、最初の部屋から出られなかったらそんなものは味わえないのですから。
 もし「Aボタン連打だけで進めるベリーイージーモードがありますよ」と言われても、それでちゃんと「達成感」が味わえるのかとか。ファミコン時代の『ドラゴンクエスト』が「誰でも遊べるゲーム」だったことで、「良いゲームは万人が楽しめるんだ」という誤解が未だにあるんじゃないかとか。そもそも「ゲームレビュー」を読みに来る人って、「そのゲームを既に遊んでいる人」が多いんじゃないかとか。

 考え始めたら、どんどん面倒くさくなっちゃってね……
 その他にも色々あったということもあるのですが、もうブログに何を書いていいか分からなくなっちゃいました。



 もちろん自分だって他のサイトのレビュー読んでゲームを買って遊んですごく面白かったことなんて何度もありますし、「ゲームレビューなんて意味がないんだ」とは思いませんが。少なくとも、好きなゲームを「好き」と紹介するだけでは効果が薄いと思ったんですね。

 では、どうするべきか……
 1ヶ月考えても答えは出ませんでしたし、皆さんのお知恵を拝借したいとかそういうことではないんですけど、“「自分に合った難易度のゲーム」を人にオススメしても、その人も気に入ってくれるとは限らない”ということは文章化しておかなければならないと思ったのです。

 美しいグラフィックや、大迫力のアクションや、感動的なストーリーを「良かった!」と言えるのは、「自分に合った難易度」というのが前提で。「自分に合った難易度かどうか」はプレイしてみないと分からないのだろうと。



 それにしても、『安藤ケンサク』がまた値下がりをしているじゃないですか……

| ゲーム雑記 | 17:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ゲーム雑誌でも合うレビュワーと合わないレビュワーがいるわけで、単にそういうことなんだと思いますが。

| 児斗玉文章 | 2014/02/26 10:33 | URL |

安藤ケンサクはここの紹介記事を読んで買いましたけど、面白かったですよw
クロスワードパズルをメインに遊んでますけど、これだけで十分元が取れた感じ。

| ああああ | 2014/03/09 21:21 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yamanashirei.blog86.fc2.com/tb.php/1717-b05b584d

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT