やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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「ファン」が「評論家」になってしまう瞬間

 ちょっと前の話題ですが、他人事ではないPOSTがTwitterで流れてきました。






 私は自分を「ファン」だと思っています。
 漫画を読むのも、アニメを観るのも、ラジオを聴くのも、スポーツを観るのも、ゲームを遊ぶのも、漫画ファンでありアニメファンでありラジオファンでありスポーツファンでありゲームファンであるからです。楽しい!大好き!という感情がまず第一に来るのです。

 もし私のことを過大に評価していただいて「あの人は評論家だ」とか「あの人の分析は常に正しい」みたいに思ってくださる人がいたら申し訳ないんですけど、私は私が語るのは主観的な「楽しい!」「大好き」であるべきだと思っています。






 しかし、「楽しい!」と思う気持ちが「大好き!」となり、こんな大好きなものだから「応援したい!」と思い、まだこれを知らない人に向けて「オススメしたい!」と行動に移し始めると……語っていることが、単純な「楽しい!」「大好き!」では収まらなくなってしまうのです。

 私は“自分が楽しいもの”が“みんなが楽しめるもの”だとは思わないので、この“自分が楽しいもの”がどういう人に薦められて、どういう人には薦められないのかを考えてしまいます。その結果、「この作品はココが良いからこういう人にオススメで、ソコは悪いからそういう人には薦められません」みたいな“悪かったところ探し”をしてしまうことが多々あります。


 「好き」だけ語っている内は楽しかったのに、
 「オススメできるか」を語り始めると楽しくなくなってしまう――――


 なので、“「ファン」は度が過ぎると「評論家」になってしまって~~”というこの方のPOSTがすごくよく分かるのです。もちろん本物の「評論家」のようになれればイイのですが、見よう見まねで“作品の悪いところを批判”するだけの「評論家もどき」「批評家もどき」に私自身何度もなっていたと反省することが多いです。
 何度も自分の中で葛藤してきた問題で、以前にもブログで似たようなことを書いたことがあると思うんですが。その度に、だからこうすればイイんだ、だからこうあるべきなんだと思っても、ふと気付いたらまたこの問題に戻ってきてしまうのです。

 というか……前回の記事もそんなカンジでしたしね……




 また、ブログを定期的に更新しようと思うと、「好き」だけではネタが続かないという問題もあります。そう簡単に「大好き!」と言えるものに出会えるワケではありませんから、「ここは好きなんだけど、そこがちょっとなー」という作品を話題にするしかない時もあって。

 だんだんそうなると、「俺は本当にファンなのか??」と自分の立ち位置が分からなくなってしまうという。「俺は本当にゲームが好きなのか??」と思いながら、今ゲームしていますもの私。




 毎年そうなんですけど、何故だか私は「1~3月放送の冬アニメ」に夢中になることが多くて。今年は『未確認で進行形』、去年は『たまこまーけっと』、一昨年は『あの夏で待ってる』、その前は『まどか☆マギカ』―――その反動で「4~6月放送の春アニメ」になかなかハマれないということがあるんですね。

 現状もそう。
 『未確認で進行形』だけでなく『いなり、こんこん、恋いろは。』や『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』と、2クールものの『銀の匙』と『ガンダムビルドファイターズ』が終わってしまって。この喪失感の中、なかなか春アニメの話題を「楽しい!」と叫べない気分で。


 「俺は本当にアニメが好きなのか??」と思いながら、アニメを観ている現状。
 なかなかね、「大好き!」と言えるものに出会えることってありませんから。




 それと……今ちょっと家族の容態も深刻なところがあって、そのせいでゲームもアニメも楽しめていないところが多少あると思うんですけど。ブログに「楽しい!」「大好き!」と書くほどの気分にもなれないんですね。
 そういう時は“作品の悪いところを批判”するだけの「評論家もどき」「批評家もどき」になってしまいがちなのかなぁと。荒んだ精神状態の時は、荒んだ発想が出てきやすいというか。


 この気持ちを全部吹き飛ばすくらい「大好き」な作品に出会えたら、そんな作品こそが本当の「大好き」なんでしょうけどね。こういう時は「大好き」な旧作を引っ張り出してくるべきかなー。


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| ひび雑記 | 17:53 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

つまらない、作品が気に入らない。そんなときに何も言わずに去る

が、できなくなったら多分そこが批評家になるかならないかの境だと思ってます
別にファンであることと批評家・評論家であることは相反することではないと思いますよ

| ああああ | 2014/04/08 18:55 | URL |

わたしの考えはちょっと違います。
どんな物語やゲームにも刹那の楽しみと積み上げる楽しみがあり、積み上げる楽しみが端からは評論家のように見えてしまう、のではないか。
そう思っています。

| 児斗玉文章 | 2014/04/08 18:57 | URL |

純粋に好きなことを語るのも評論家になるのも個人的にはありだと思います。
好きだからこそどうしても言いたいことがあるという感情も、相手への敬意を忘れなければ、健全な創作やコミュニケーションの広がりになるではないかと。
私が苦手なのは、「ビーム兵器は目視してからよけることはできない」とか「なんでこいつら練習してないのにこんなに演奏上手いの?」といった、正論を盾にして難癖をつけてくるタイプの人です。

| ああああ | 2014/04/08 23:09 | URL |















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