やまなしなひび-Diary SIDE-

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「視聴者だけが全てを知っている」というシチュエーションに私は弱い

※ この記事はアニメ『アルドノア・ゼロ』第2話「地球の一番長い日 —Beyond the Horizon—」までのネタバレを含みます。閲覧にはご注意下さい。


 いやー、ビックリするくらい面白かったです。『アルドノア・ゼロ』第2話。
 第1話を観た時は「まだまだよく分からんなー」くらいの手応えだったのですが、第2話で早速フルスロットルで面白くなりました。「ストーリー原案って言ってもどうせ名前貸しているくらいなんだろうな」と思ったら、虚淵さんガッツリ脚本書くのね。やっぱり「うわっ、何だコレ!早く続きを見せてくれよ!!」と思わせる達人だと思いますわ。

 輸送車で必死に逃げまくるとこのハラハラ感とか、“FOOD理論”的に言えば伊奈帆くんがお姉ちゃんのために作っていたのがスクランブルエッグじゃなくてだし巻き卵だったのがグッと来すぎるとか、見所はたくさんありまくるのですが……個人的に「あ、これ。俺の大好きなヤツだ!」と思ったところの話を今日は書きます。


 それは「視聴者だけが全てを知っている」というシチュエーション。
 火星からやってきたアセイラム姫はテロの被害に合って死んでしまった―――
 と思われているのですが、「実際には体調を崩したアセイラム姫の身代わりにパレードに出ていた女性が殺されたのであってアセイラム姫は健在。」という説を唱えている女性こそがアセイラム姫だということを、「エデルリッゾがアセイラム姫に仕えている」ということを知っている視聴者だけは分かっているのですが、地球の人々は知りません(伊奈帆くんは気付いているのかも知れませんが)。

 んで、このアセイラム姫を殺すテロを起こしたのは、地球人ではなく実は火星人―――ということを知っている当事者のテロリストは全員トリルランに殺されたのだけど、唯一その一人の娘ライエだけは生き残り。アセイラム姫ともども、伊奈帆達に助けられ。

 圧倒的戦力差にも関わらず、伊奈帆は火星人達と戦うことを決意するのだけど―――実は一緒に逃げている集団の中に「火星のお姫様」と「そのお姫様を暗殺して戦争を引き起こした首謀者の娘」を知らずに抱えていて。単に逃げ遅れた学生と民間人の集まりが、(本人達も知らない内に)地球の命運を握る一団になっているという。


 これは燃えるしかない展開じゃないか!というのもさることながら、

 伊奈帆達は、アセイラム姫の正体もライエの正体も知らず。
 アセイラム姫は、ライエの正体を知らず。
 ライエは、アセイラム姫の生存を知らず。
 火星サイドのお偉いさん方も、アセイラム姫の生存を知らず。

 でも、我々視聴者だけは「全ての真実」を知っているという。
 アセイラム姫の正体がバレないかというハラハラと、ライエの正体に早くみんな気づけよというもどかしさを同時に味わわせる見事なキャラ配置ですし。このキャラ配置だとエデルリッゾ辺りが「うわー!余計なことすんなー!」ということをしでかしそうだし、火星軍が地球を混乱に陥れるために最初に通信網を破壊したことでアセイラム姫が連絡を取れなくなっているし、視聴者だけがやきもきさせられているのが凄いです。


 同じ虚淵さん脚本のアニメでも『魔法少女まどか☆マギカ』は、「視聴者も何が起こっているか分からない」「全てを知っているのはほむらちゃんだけ」という設定でグイグイ話を引っ張っていくアニメでしたが。
 『アルドノア・ゼロ』は、「登場人物全員が何が起こっているか分からない」「全てを知っているのは視聴者だけ」という設定でグイグイ話を引っ張っていくというのがすごく興味深いです。



 もちろん、私が好きなこうした「視聴者だけが全てを知っている」作品は『アルドノア・ゼロ』だけではないです。
 ラブコメ作品の中の「片想いをしているキャラ」が好きなのは、相手には伝わっていないその想いを「自分は知っている」ことでハラハラ&やきもきさせられるからだし。アンジャッシュのすれちがいコントが好きなのは、「自分は知っている」ちょっとのズレがトンでもないことを引き起こしていることに当人達が気付いていないことにゲラゲラ笑えるからだし。私が最初の『ガンダム』を別格で好きなのは、ジオン軍のエリートが必死こいて追いかけているホワイトベースの乗組員がたまたま居合わせた少年少女達なことを「自分は知っている」からだし。

 『刑事コロンボ』に代表される倒叙式のミステリー作品も、「視聴者だけは犯人を知っている」状態から「どうやって探偵が犯人に気付いて追い詰めていくのか」を楽しむものなので、「視聴者だけが全てを知っている」に該当するかも知れませんね。



 そう言えば、ブログには多分書いていなかったんですが『ジョジョ』3部のアニメ、観てます。「好きな原作のアニメは観ない」私なのですが、『ジョジョ』3部を最後に読んだのは15年くらい前なので「こんな能力の敵いたなぁ!」「で、どうやって倒すんだっけ……」と微妙に記憶が残っていないので普通に楽しめています(笑)。

 んで、子どもの頃は気付いていなかったんですけど、『ジョジョ』3部ってただ単に「敵のスタンド使いが出てきたので倒す」ってパターンを繰り返すんじゃなくて……
 最初は正々堂々と主人公達の前に現れて1vs1の勝負→ 今度の敵は「どいつがスタンド使いか」分からないままスタンドだけが襲ってくる→ 今度の敵は「どれがスタンドか」分からないままなんか攻撃されている→ 今度の敵はチームで襲ってくる→ 等々、といったカンジに「どう戦うのか」のパターンを毎回変えていて飽きさせないようにしていたんですね。

 どの敵とはネタバレになるから書きませんけど、その敵の中に「視聴者はコイツが敵のスタンド使いだと知っている」けど「主人公達はそれを知らない」敵が出ていて――――うわああああ!ポルナレフ、さっさと敵の正体に気づけよ、この馬鹿あああああ!と、やきもきさせるようになっていたのです。ご丁寧に「コロンボ」ってワードも出てきますし(笑)。

 というか、ひょっとしたら私のこの「視聴者だけが全てを知っている」シチュエーションが好きだというルーツは、この『ジョジョ』3部かも知れないなぁって思うのです。『コロンボ』とか『古畑』とかを知るよりももっと前に、『ジョジョ』3部の方を読んでいましたから私。
 子どもの頃から大好きな漫画でしたけど、今観ると「ホントよく考えられているなぁ……」と改めて感心してしまいます。




 閑話休題。
 ということで、今季のアニメは大豊作だと思います。
 ほぼ毎日楽しみなアニメが放送されて幸せな日々。

 そう言えば、虚淵さんが黒田洋介さんからアニメ脚本の手法として教わったもので―――

<以下、引用の引用>
 1話でインパクトを与えて途方に暮れさせ、2話では(作品の)世界観とストーリーの方向性を説明する。そして3話では、それまでに説明したこと以外のことも起こり得るというサプライズを起こす
</ここまで>

 というものがありましたね
 『まどか☆マギカ』は1~2話で「ふむ……オーソドックスな魔法少女ものか」と思わせて3話で「全然違ったあああああああ!」と度肝を抜いたのだけど。
 『アルドノア・ゼロ』は1話で「火星との戦争が始まり」、2話で「絶望的な戦力差で地球が好き勝手蹂躙されていく中、主人公が戦う決意をする」という展開だったので。3話で「サプライズ」を起こすのなら、主人公達からの逆転の一手が見せられるのか―――超楽しみにしております。

| アニメ雑記 | 17:55 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

つまり「志村うしろ!」ですね。

| 児斗玉文章 | 2014/07/14 18:17 | URL |

「不自然に目がつりあがってる」偽ウルトラマンや
「マフラーが黄色い」ショッカーライダーでもあります

| LOV | 2014/07/19 18:18 | URL |

群像劇では、個々のキャラクターは断片的な情報しか入手できていない一方で、視聴者は様々なキャラクターの視点から事件を眺めて全貌を俯瞰することができるということを考えると、この記事はやまなしさんの群像劇好きとかなり重なるところがありますね。
そういえば、感想まとめを読んだのですが、やまなしさんはツイッターで「がっこうぐらし」の5話で映画館のドアを開けるシーンについても、視聴者と登場人物の持つ情報量の違いについて言及されていらしたのですね。僕は当時は意識してませんでしたが、こういう効果はふとしたところに現れてくるようです。

| ああああ | 2015/10/11 14:39 | URL |















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