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初心者のための“作品の誉め方”講座

 今日はゲームに限った話ではないんですが、きっかけとなるのはゲームについて語ったこの記事でした。

 「好きなゲーム」の「不満」ばかり書くリスク

 面白くなかったゲームを「面白くなかった!」と書くのは別に構わないのだけど、面白かったゲームにまで「面白くなかった!」と書いて「面白かった!」と書かないのは何故だ――――みたいな話です。この記事の是非は置いといて、この記事の反応で多かったのは「作品を誉めようと思っても誉め方が分からない」「誉めようとするとみんなと同じような表現しか出てこない」「面白いと書いたら叩かれるんじゃないかと不安」といったものでした。

 そう言えば、この記事以前から「不満や批判はつらつらと長文が書けるのに、絶賛しようとしても何も思いつかない」といった意見をよくTwitterで見かけました。
 以前「任天堂の悪口を書けばアクセス数が跳ね上がる理由」という記事で“「俺の大好きなものが誉められている記事」を読みに行って、「俺の大好きなものが貶されている記事」を読みに行かないことが大切だ”と書いたら、「誉めている記事なんて大して面白くないし、アクセスだってされないだろ!」と言われたことがありました。


 どうも……近年のインターネット界隈では、「何かを誉める」のは「難しい」し「面白くならない」し「叩かれる」し「アクセスもされない」けど、「何かを貶す」のは「簡単」で「面白い」し「同意してくれる人もいっぱい」いて「アクセス数もガンガン上がる」みたいに思っている人が多いみたいです。

 私はそうは思いません。
 確かに一部頷けるところはありますけど、決定的なところが間違っています。


 「不満」や「批判」や「貶し」は書くのが簡単―――これは確かにその通りだと思います。
 「気に食わないところ」は特に頭を使わなくても、作品に触れているだけで自然と降りてくるものですからね。「このゲームはここがイライラする」「このアニメのこの展開がムカつく」「この映画、途中で眠くなる」……エトセトラエトセトラ。脳みそを通過しなくても脊髄反射で書けてしまうのが「不満」や「批判」や「貶し」だと言えます。

 言葉は悪いですが、「不満」や「批判」や「貶し」は馬鹿でも書けるんです。





 しかし、これは裏表。
 “馬鹿でも書ける”ということは……
 「不満」や「批判」や「貶し」を書くと、馬鹿がバレるとも言えるのです。

 前回の記事で、本当は「奥が深いゲーム」なのにそれに気付かずに「底が浅いゲーム」と紹介してしまいやないかという話を書きました。つまり、「ゲームがつまらない」んじゃなくて「自分がゲームの面白さに気付いていないだけ」じゃないのか、と。

 この話はゲームに限った話ではありません。
 世間で絶賛されている高尚な映画を観ても、「何が面白いかサッパリ分からない……」ということもあるじゃないですか。小説だってそうですし、漫画だって、アニメだってそうです。“世間で絶賛されている”のに自分が楽しめないものがある時、それはきっと「作品がつまらない」のではなく「自分に作品を読み解く力がないだけ」なんです。

 それに気付かずに「何これ、全然おもしろくねー」と脊髄反射で書いてしまったら、高尚な方々から「あらあら……あの御方はお可哀想なことに、教養が足りてないみたいですわ」「オホホホ。そんなことを仰るのは失礼よ。ああいう底辺に生きる方々にも魂が存在するのだから、ただ頭が悪いだけで見下すのは失礼でございますわ」なんて思われるに決まっているので、私はグッとこらえます。
 でも、私が「あらあら……あの御方はお可哀想なことに、教養が足りてないみたいですわ」側に立つ時もあるのです。素っ頓狂な「不満」や「批判」や「貶し」を見て、「コイツ本当あったま悪いんだなー」と思うことはしょっちゅうですもの。


 絵を描かない人が騒ぐ「作画崩壊だ!」は、単なる「絵柄」とか「ディフォルメ」の問題だったりすることも多いし。
 ついこないだも某アニメで、自分の好みの展開じゃなかったからって「この回を担当した脚本家のせいだ!」と騒いでいる人がたくさんいたんですけど、アニメって大きな流れを監督やシリーズ構成とかその他の人で話しあって決めて、それから脚本家に発注して、そこから絵コンテ切ってって流れでしょうから―――そのたった1話を担当した脚本家に全責任押し付けるのとか、すげー滑稽だと思うんですけどね。
 そう言えば、アニメの脚本家繋がりで、『ガンダムAGE』の時に日野さんをとにかく叩きたかったのか「日野の脚本はキャラの位置関係が分かりづらい!」と批判している人がいて……そこは脚本家の責任じゃねーだろと思ったこともありました。

 あと、自分が「この人、馬鹿だなー」と思うケースは、「全ての作品が自分のために作られている」と思っている人です。三十歳を越えて少年漫画誌に「もっと大人でも楽しめる漫画を連載して欲しい!」とか言っちゃってる人なんかは分かりやすいですね。
 売れている作品に「俺は全然面白くない!なんでこんなのが売れているんだ!」と文句を言っている人とか、「貴方以外の人に向けて作っていて」「貴方以外の人が満足しているから売れているんですよ」といつも言いたくなります。どうしてそんなに自分中心に世界が出来ていると思えるんでしょう。

 敢えて名前を出しますけど、今季のアニメ『ユリ熊嵐』は私には「何が面白いかサッパリ分からない」です。私にはこの作品の魅力を読み解く能力がありません。
 でも、タイムラインを見ると『ユリ熊嵐』を絶賛している人はたくさんいるし、「他のアニメにはないこのアニメだけの魅力がある」ことを力説している人がたくさんいます。それでイイんだと思うのです。全ての作品が私のために作られるワケではないのです。



 禄に頭を使わずに脊髄反射で書いたものなんて、書いた人の本質が出てしまうのです。
 貴方の本質が「高尚で」「立派で」「誠実で」「誰からも尊敬される」「素晴らしい」ものだったら、脊髄反射で書いたものも「高尚で」「立派で」「誠実で」「誰からも尊敬される」「素晴らしい」文章になることでしょう。

 確かに、世の中には、「つまらない作品」が「如何につまらないのか」を面白くレビューできる人もいます。
 しかし、そういう人はものすごくたくさんの作品を知っていて、作品の良し悪しを比較できる対象が多いとか。分析能力に長けていて「つまらない作品」の理由を、(脊髄反射ではなく)客観的に説明できるとか。文章がとにかく上手いから何を書かせても面白い文章が書けてしまうとか。とてつもなく能力が高い人達だからこそ、「つまらない作品」が「如何につまらないのか」も面白くレビュー出来るんです。

 それを見た馬鹿が「これなら俺にも出来そう!」と思って見様見真似で「不満」や「批判」や「貶し」を書き連ねても、馬鹿な人間が「つまらない作品」が「如何につまらないのか」を語っても「馬鹿」がバレるだけなんですよ。



 だから私は、“「何かを貶す」のは「簡単」で「面白い」し「同意してくれる人もいっぱい」いて「アクセス数もガンガン上がる」”だなんて思いません。「何かを貶す」というのは無茶苦茶リスキーなのです。オススメもしません。
 ここまでの文章も、「何かを貶す人」を貶しているのだから思いっきりブーメランなんですけどね!身を持って、「何かを貶す」と「私の馬鹿がバレてしまう」を実践しているとも言える!


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○ 何かを誉める時に、他のものを貶してはいけない
 「“作品の誉め方”講座」という記事タイトルなのに、さっきから「作品を貶してはいけない」みたいな話ばかりだ!これは釣りタイトルだ!こうやってアクセス数を稼ぐようになっちゃったんですね、このブログも!

 というコメントが付きそうですが、「“作品の誉め方”講座」をするにあたって「作品を貶すことのどこが危険か」は前もって分かってもらいたかったのですね。「何かを誉めたら叩かれるんじゃないか」「実際に好きなものを誉めただけなのに叩かれた、もう誉めるの辞める」みたいな話を目にする度に、思うことがあったのです。


 貴方は「誉めている」つもりでも、実は「貶している」んじゃないのか?

 最近「土鍋を誉めるために炊飯器を貶している」記事が話題になりましたが(釣り記事だと思うのでリンクは張りません)、それを「ひっでー記事だなぁ」と鼻で笑っている自分もついついやってしまいます。何ならこの記事だって、そういうところがあります。

 「3Dアクションゲーム全般が大嫌いな僕でも『マリオギャラクシー』は楽しめました」
 「本田圭祐は歴代の日本代表選手の中で最も優れたサッカー選手だ」
 「この学園ドラマは、今までの学園ドラマとは違う画期的な学園ドラマだ!」
 「一般人には楽しめないアニメと違って、このアニメは一般人でも楽しめるよ!」


 私が実際に書いたことのあるものも、誰かが言っていたのを「何だよそれ!」と私が怒ったものも一緒くたに集めました。自分自身が書いた時の気持ちを思い出しても、書いている本人に「貶している」感覚はないんです。ただ単に好きなものを「誉めている」つもりで書いているんです。

 でも、見ようによっては「3Dアクションゲーム全般」「歴代の日本代表選手」「今までの学園ドラマ」「他のアニメ」を貶しているとも言えるのです。こういうことを書いてしまう人は「3Dアクションゲーム全般」「歴代の日本代表選手」「今までの学園ドラマ」「他のアニメ」をよく知らなかったりするので、「よく知りもしないクセに何言ってんだ!」と叩かれる火種になったりもします。「馬鹿がバレる」んですね。


 書いた本人は「好きなものを誉めただけなのに叩かれた」と思っているのかも知れないのだけど、“好きなものを誉める時に、他のものを貶した”結果―――その「貶し」によって叩かれているケースをTwitterなんかではよく目にします。
 だから私は、この記事の序盤で「作品を貶すことのどこが危険か」を時間かけて語らなくてはならなかったのです。



 まぁ……本当に純粋に「○○楽しいね!」としか言っていないのに「○○を楽しんでいるオマエは頭がおかしい!」とか言ってくる人もいますけどね。
 世の中には「たけのこの里、美味しいね!」と書くと、「ということは、きのこの山を貶したな!けしからん!」と怒り出す人がいるという……

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○ 初心者は「作品の素晴らしさ」ではなく、「自分」を書くべき
 さて、ここからがようやく実践編です。

 「好きな作品」と「面白い作品」と「素晴らしい作品」は別

 私の場合、作品に対する評価軸は「レベル5 ←→ レベル0」みたいな一つの軸ではなく、「好きか嫌いか」「面白いかどうか」「素晴らしいかどうか」という三つの評価軸があるという話でした。
 ザックリ言うと、「好きか嫌いか」は作品への愛着や自分の嗜好と一致するかどうか、「面白いかどうか」は作品への熱中度や没入度、「素晴らしいかどうか」はクオリティの高さや“他人にオススメしやすい”かどうか。好きで面白くて素晴らしい作品もあるけど、好きではないけど面白い作品や、素晴らしくはないけど好きな作品もあるのです。



 「作品の誉め方が分からない」って人は、どうも「誉める」というのは「どう素晴らしいのか」を批評しなければならないと思っているんじゃないでしょうか。客観的な凄さ、クオリティの高さを語らなければならないと思っているんじゃないでしょうか。
 そういう発想だと、ついつい「炊飯器と比べて土鍋のご飯は美味しい!」みたいなことを書いてしまいがちになります。他の作品をこき下ろすことで、好きな作品を「誉めた」と勘違いしてしまうのです。

 プロの批評家になりたいとか、業界で一目を置かれるレビュアーになりたいとかならば、「どう素晴らしいのか」を批評するのも大事だと思うんですが……好きな作品を応援するのに「どう素晴らしいのか」をムリヤリひねり出す必要なんてないと私は思います。


 作品を応援したいのなら「自分がその作品をどのくらい好きか」か「自分がその作品にどのくらい熱中しているか」を語ればイイんですよ。
 特にTwitterみたいな場所はそれがしやすい場所だと思うんです。
 「面白い=熱中している」度は書きやすいですね。自分がどのくらいその作品に夢中になっているかを語ればイイだけです。買ったばかりのゲームだったら「一気に何時間遊んじゃった」とか「早く帰って続きを遊びたい」とか、漫画だったら「続きの巻が楽しみすぎていてもたってもいられない」とか、アニメだったら「第3話をもう5回は観ているよ!」とか、自分の行動とか気持ちを語ればイイんです。「どう素晴らしいのか」を述べること以上に、「それだけ夢中になれるものだ」という説得力があります。

 ぶっちゃけた話……これだけたくさんの娯楽作品に溢れている世の中ですから、「自分が継続して楽しんでいる姿」を見せるだけでも意味があると思うんですね。発売からしばらく経っても遊び続けているゲーム、何十巻と買い続けている漫画、最終話まで完走したアニメ……「継続している」ことが分かるだけでも「それだけの魅力がある」ことは伝わると思うんです。
 だから、「今日も○○遊ぼうっと」とか、「○○の新刊が明日出るから楽しみだ」とか、「○○の放送が始まるから待機だ」とかで構わないと思うんです。それを見た人は「○○ってそんなに魅力があるのか」と思ってくれるし、もし仮に作った人がそういう発現を見つけたら喜んでくれると思うのです。作り手からすると「どう素晴らしいのか」を論理的に語られるよりも、単なる「楽しんでます!」の一言が嬉しいものですからね。


 一方の「自分がその作品をどのくらい好きか」は、確かにちょっと難しくて「誉めようとするとみんなと同じような表現しか出てこない」と言われるのも分からなくはないです。
 「好き」という言葉を使わずに、「好き」を文章で表現するのは難しいですからね。なので、「泣ける」とか「癒される」とか「世界観がイイ」とか、よくある言葉とか抽象的な言葉を使ってしまいがち……私はそれも別に悪いとは思わないんですけど、それがワンパターン過ぎてイヤだという人がいるのも分かります。

(関連記事:「この作品、泣けます!」という言葉はとても便利


 私の場合、開き直って「大好きな作品!」と言うことにしています。
 あと、他の人の発言を見ていると、「もう放送が終わったアニメでもずっと応援し続けている」とか「キャラの絵を描いたりRTしたりしている」とかの姿を見ると「この人は本当にこの作品が好きなんだなぁ」と思って興味が出ます。

 去年バンダイチャンネルの「見放題」で色んな作品を観た際、好きなフォロワーさんがずっと応援し続けていたから『アイドルマスター』を観てみようと思ったし、たくさんの人が描いた可愛いイラストがRTでまわってきたことで興味をもって『ラブライブ!』を観てみようと思ったし。

 「作品の評価」を語る際に軽視されがちなんですけど、やっぱり「誰かの好き」は人の心を突き動かすパワーがあると私は思います。私は「どう素晴らしいのか」を切々と語られるよりも「私はこの作品が大好き!」という一文の方が作品に対する興味を持ちますもの。



【よく分かる三行まとめ】
・「作品を貶す」のはお手軽だけど、お手軽な分だけ馬鹿もバレる
・だから、何かを誉める時に、比較して他のものを貶してはいけない
・「作品の素晴らしさ」よりも、「自分の作品に対する熱」を書くべし


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| ひび雑記 | 17:48 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

1つのことで自分が「こんなの嫌だー!」って思っても、相手にとっては「なんで嫌なの?」と首をかしげることがあります。

特に3DSの文字入力や本体設定の話になると、弟と意見が割れます。私はタッチ画面のみしか操作が対応していないことに批判的なんですが、弟は「タッチの方が早くて便利だけど??」と好意的。

タッチ画面しか操作しないゲームもできますが、これまで培われた何かが無くなりそうで怖いというか、受け入れられないというか。自分は懐古厨なんだなぁと思います。

| シェリー | 2015/01/24 20:56 | URL |

すごくためになります!
確かに「○○楽しくてずっとやってる」とか「○○大好き!」という書き込み見ると大して詳しいことが書いてなくてもこっちまでわくわくしてプレイしてみたくなりますね。
恥ずかしながら私もスマブラ発売日に楽しんでたにも関わらずネガティブなツイートしてしまったので…
次からはこの記事を参考にして好きなものは好きだとポジティブなツイートしようと思います!

| ああああ | 2015/01/25 01:19 | URL |

>シェリーさん

 その件に限らず、全ての仕様は「それを好む人」と「それを好まない人」がいるものですからね。

 私は弟さんと同じく文字入力はタッチ画面の方がやりやすいと思いますし、だからと言ってボタン操作がなくなることはないと思うので、「そんなことに批判的にならなくても……」と思うのですが。
 一方でスマホやタブレット端末のバーチャルパッドは「あんなもんマトモに操作できるワケねえだろ」と批判的です。でも、それにも「そんなことに批判的にならなくても……」と思う人がいるんですね。そこが面白いところなんですが。


>ああああさん
 ありがとうございます!
 『スマブラ』の一人用のモードなんかは特に「くそ!またやられた!」と悔しい思いをすることが多いので、ついついネガティブなことを言いたくなっちゃうんですよね。僕もイベント戦でリトライできないのはどうなんだろうと今でも思いますしw

 でも、楽しくなかったらとっくにプレイを辞めているワケで。未だに遊び続けているその「楽しい」気持ちをもっと言えるようになれればなーと自分でも思います。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/01/25 20:23 | URL | ≫ EDIT

心の叫びは重要ですね。
「どちらの方法にも一長一短あり、どちらがいいとは言い切れない」という文章ばかり書いていると時々「ウガァ!」という気持ちになりますし。

| 児斗玉文章 | 2015/01/26 18:50 | URL |

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

| | 2015/01/28 06:29 | |

自尊心

フルHDだから、ゲームは面白い。
60fpsだから、ゲームは面白い。

ネット民の多くは自尊心が低く、
数字でしかゲームを語れない人が増えましたよね。

| ゲームマニア | 2015/01/30 16:31 | URL |















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