やまなしなひび-Diary SIDE-

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「主人公」が「俺」ではなくなる時

 何週間か前の『SHIROBAKO』のラジオを聴いていたら、佳村はるかさんが乙女ゲーをプレイする際に「1周目は“自分”がこの状況におかれたら取るであろう選択肢を選んで、その結果バッドエンドになることがほとんど」「2周目はそれを踏まえて、涙を呑んで“自分”ではなく“攻略”のための選択肢を選んでプレイする」というような話をされていました―――


 すごく分かる!と膝を打ってしまいました。
 自分の場合は乙女ゲーではなくギャルゲーですけど、私がギャルゲーを苦手な理由ってコレなんですよ。「私が本来取りたい行動」と「攻略のために取るべき行動」が明らかに違う時に、どうするべきかで悩んでしまうのです。

 漫画『ハンター×ハンター』の2巻に出てくる「不自由な二択」ってやつです。
 「明らかに条件の異なる選択を迫られる時、人は警戒心が働き即断できなくなる」
 「さらに、その選択が失敗した時の心理的ダメージは通常の二択よりも大きくなる」

 そんなに何周もプレイする時間はないから、ええい!攻略のためAを選ぶぞ!としたらそれが間違えだったりして、ならば!俺は俺の取りたいBを選ぶぞ!とするとそれも間違えだったりして、予想もしないCが正解で「三択だったんかい!」ってことがしょっちゅうです。


 こういう葛藤を抱えているのは、多分私だけじゃないと思うんですね。
 漫画やアニメにおいて、「ギャルゲーに詳しくない人」が「ギャルゲーに詳しい人」に勧められてギャルゲーをプレイするシーンがたまにあります。最近だと『月刊少女野崎くん』とか『冴えない彼女の育て方』とか。そこで「ギャルゲーに詳しくない人」が自分の選びたい選択肢を選んで、「ギャルゲーに詳しい人」に「何やってんだ!そこは○○を選ぶのが常識だろうが!」と怒られるシーンをよく見かけます。

 つまり、「自分の取りたい行動」ではなく「攻略のための行動」を取るという行為が、ギャルゲーや乙女ゲーといった恋愛アドベンチャーゲームの「あるあるネタ」になっていると思うのです。


 全然関係ない話を唐突に思ってしまったんですけど。
 男主人公を操作して女のコのキャラクターと恋愛するゲームが「ギャルゲー」で、
 女主人公を操作して男のコのキャラクターと恋愛するゲームが「乙女ゲー」って、おかしくないですか?「ギャル」も「乙女」もどっちも女性のことじゃないですか。しかも、「ギャルゲー」に出てくる女のコって今の言葉のイメージで言う「ギャル」と違うじゃないですか。

 だから私は、男主人公を操作して女のコのキャラクターと恋愛するゲームを「男ゲー」とか「漢ゲー」と呼ぶべきじゃないかと思うのです!




 閑話休題。
 恋愛アドベンチャーに限らず、プレイヤーが「ゲームの主人公がどう行動するのか」の選択肢を選ぶ行為は、本来は「プレイヤー」と「主人公」の一体感を強める狙いがあると思うんです。『ドラゴンクエスト』の主人公は「はい」と「いいえ」しか選べませんが、それをプレイヤー自身が選ぶことで「この主人公は俺だ」と思えたんですね。

 しかし、「自分だったらこうするな」という選択肢ばかりを選んでいたらバッドエンドにしかならないのならば、「自分とは違う行動」を主人公にさせなければなりませんし……
 もっと言うと、俺はお姫様を助けたいとは思っていないのに、お姫様を助けるという選択肢を選ばないと延々と「そんなひどい…」と言われ続けてゲームに戻れないというケースもあります。


 「これはゲームだ」「ゲームをクリアするためには仕方がないからこういう行動を取らせよう」と、本来は選びたくない選択肢を選んだ時、もう「この主人公は俺だ」とは思えなくなってしまうんですね。RPGならば自分ではないキャラクターを操作することなんて珍しくも何ともないのですが、恋愛アドベンチャーゲームの場合だと何のためにこのゲームをやっているのだという気になってしまいます。

 「俺ではない誰か」を俺が操作して、俺好みのヒロインとくっ付けている――――
 俺は何だ。仲人か?商店街のおせっかいおばさんか?




 これは私が男ゲーを苦手だからそう思ってしまうだけで、男ゲーが大好きで男ゲーを多数プレイしている人にとっては「なんでそんなこと気にするの?」と思われるんでしょうけど。むしろ、そここそが男ゲーを好きになれるかどうかの境界線なのかもと考えられます。
 まぁ……そもそも、男ゲーを何周もプレイして全エンディングをコンプリートするのが普通の人にとっては、「主人公は俺だ」と思っていたら、自分が次から次へと恋人をとっかえひっかえする最低の人間に思えてしまうでしょうし。『ラブプラス』の記事を書いた時にも色んな反応をもらいましたけど、男ゲーを楽しめる人は「主人公」と「自分」を切り離して考えることが出来るということなのかなと。

 私にはそれが上手く出来ないんですね。一人のキャラクターを操作するゲームの場合、どうしても「自分」と「主人公」を同一視してしまうところがあるし、その一体感こそが(映画とか漫画とかにはない)ゲームならではの魅力だと思っているので。だから、私は男ゲーが苦手なんだなぁと思いました。途中からもう「男ゲー」と書きたいだけの記事になってる。

(関連記事:凛子のカレシは俺じゃない

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| ゲーム雑記 | 17:57 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

エロゲーの奇抜な主人公をたくさん経験することで
これはゲームだからね、主人公は俺じゃない、
と言う精神を育てよう(提案

| ネオニートさん | 2015/02/19 19:43 | URL |

恋愛シミュレーション呼称問題は女性向け恋愛シミュレーションにおいて「男キャラで男キャラを落とす」BLゲーの存在が大きすぎると思うのです。
つまり、記事の途中からやまなしさんが腐男子にしか見えませんでした。

| あきら | 2015/02/19 20:31 | URL |

私はFFのようなプレイヤーは読者とみなす(=主人公に自分の意思がある)RPGよりも、ドラクエのようなプレイヤーがゲームの住人とみなす(=主人公に自分の意思がない)RPGのほうが没入感があって好きなのですが、ドラクエ5のあるイベントでドラクエ主人公の弱点や限界を見た気分になってしまいました。「FFの主人公だったら反抗するよなコレ…」って。

| シェリー | 2015/02/19 20:58 | URL |

>ネオニートさんさん

 それこそ、どうして俺がその「奇抜な主人公」とヒロインとのセックスまでのお膳立てをしなきゃならんのだ……という気持ちになってしまうのです。


>あきらさん
 私は男ゲー苦手なんですよ!w


>シェリーさん
 あぁ、確かに……
 ストーリー重視になっていくと、どうしても強制イベントが入ってしまいますし、そこで棒立ちの主人公に違和感が生じるというのはありますね。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/02/20 19:52 | URL | ≫ EDIT

私は主人公=私と思ったことがなく、小説や漫画などを読むように、常に第三者視点でやっているので、この視点は新鮮でした。
むしろ私は主人公=私という感覚でプレイ出来ません。

| ああああ | 2015/02/21 12:08 | URL |

同じ意見ですね。僕の場合は更に自分がイイ!と思った子以外を落とそうという気が起きないのが追加されます。
道中長いのに、なんで食指の動かない子を落とそうと奮闘せねばならんのかと。
第三者視点で見れる人がうらやましい。

| ああああ | 2015/02/21 13:14 | URL |

はじめまして。
恋愛シミュレーションはよくプレイするのですが、
自分の場合、自分がではなく、自分を主人公のキャラにするので、
(脳内に別の思考パターンというか、人格をつくるかんじ)
よほどキャラを無視した展開にならなけらば楽しめます。

たまに思考が抜けきらず引きずることもあり、
友人によれば、乙女ゲーをプレイしている時期はちょっとキモいらしいです

| えいじ | 2015/02/21 15:18 | URL |

自分が「これだ!」と思う選択肢を選ぶ→クリアできない(女の子が落とせない)

これってただ、モテないプレイヤーの思うままに行動したらモテなかったっていう、
現実そのままの結果になっただけだと思うんですけど(名推理)

| ああああ | 2015/02/21 16:10 | URL |

>ああああさん

 複数のキャラを操作するシミュレーションゲームとかRPGとか、明らかに自分とは違う身体能力のアクションゲームとかではそうは思わないんですけど。

 アドベンチャーゲームは『逆転裁判』とか『レイトン教授』とかであっても、自分は「主人公=自分」という感覚でプレイするんですね。説明しづらい不思議な感覚なんですけど。


>ああああさん
 すっげええ分かります!!
 目当てのヒロインでEDを迎えた後、すぐに他のヒロインを攻略する次の周をプレイする気にはなれないので……「しばらく経ったらこのヒロインへの熱も冷めるかな」と次の周をプレイするのを後回しにしておいて、数年が経過していたりすることもしばしば。


>えいじさん
 あぁ……そうか、自分が『逆転裁判』や『レイトン教授』をプレイする時はそんなカンジです。というか映画とかアニメの主人公にも感情移入というか同一視したりも出来るんで、それは自然にやっているかな……

 しかし、没個性型の主人公と言うか、「人格が見えてこない主人公」の場合は自分の中に投影できなくてこういうことが起こるのかも……


>ああああさん
>これってただ、モテないプレイヤーの思うままに行動したらモテなかったっていう、現実そのままの結果になっただけだと思うんですけど(名推理)

 つまり、モテるプレイヤーは思うがままにプレイするだけでハッピーエンドになるので。リアルだけじゃなくてゲームでさえも、私はモテるプレイヤーに完全敗北しているということですか。

 あぁ、もうダメだ。私の人生には何一つ良いことはなかった。死のう。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/02/21 23:42 | URL | ≫ EDIT

「世間の連中は現実の代償行為としてギャルゲーをプレイしているんだろうと思ってこっちを見下しているが、それは全くのデタラメ、決めつけであって、こちらはあくまでゲームとして客観的にプレイしているのだ」
というプライドも根底にあるので尚更ですね。
わたしはシチュエーションの違いで同じキャラが別の感じ方をし違う運命を辿ることに面白さを感じています。
だから、攻略キャラごとにシナリオライターが違ってなおかつ意思統一がされていない、キャラの言動にルートで矛盾のあるギャルゲーは嫌ですね。

| 児斗玉文章 | 2015/02/22 14:11 | URL |

そういう類いのゲームはしたことがありませんが、クロノトリガーやFF7などでも主人公が選択を迫られる場面があって、攻略のために正解ルートを選ぶ、ってことはありました。物語が進まないから仕方ない、みたいな。
昔、RPGツクールで作者が望むルート以外は即死という鬼畜ゲームを作った友人がいました。もう私らしさや主人公らしさなんか無関係。作者=友人=神の思考と嗜好を読むだけでした。それはそれで面白かったですけど笑。学校のテストで、答えに迷ったら先生の心理を読む、みたいな別ゲーでしたね。

| こまち | 2015/03/02 11:13 | URL |















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