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イチャイチャしているのを眺めるのは好きだが、ドロドロしているのは苦手

 久々に「もうこの記事、タイトルだけで全部説明できちゃっているんじゃないのか」というタイトルが付けられました!今日はもうここで終わりにしてイイですか!?浮いた時間で『Splatoon』やろう!


 作品を観る前から避けたい「NG項目」はありますか?

 そういうワケにもいかないので、一応言語化しておきます。
 結論はタイトルに書いちゃっているんで、結論だけ知りたい人はもうここで読むのをやめて『Splatoon』をやっていればイイと思いますよ。過程を知りたい人のために私は書きます。

 「これがあったら作品を観るのを辞める」もしくは「こういうものがあると知っていたら最初から観ない」という“NG項目”が誰にでもあって、皆さんにとってそれは何ですかという記事を書きました。色んな人の“NG項目”を知ることが出来たので、興味がある人はコメント欄ともどもそちらをお読みくださいな。

 そして、その中でチョコチョコと見かけたのは「欝展開は観たくない」という話でした。
 漫画だったりアニメだったりを観るのは、その時くらいはつらい現実を忘れて元気になりたいから―――それなのにどうしてキャラクターが苦しんだり追い詰められたりする様子を観なきゃならないんだ、という人が結構いたんですね。その気持ちはよく分かります。私も1年前に似たようなことを書いていました。

 やっぱり僕は『ごちうさ』に癒される

 この記事に書いた“「面白い作品」って「つらい」ところがあるじゃないですか。”という一文、自分で読んでハッとしました。これは語らなければならないことだったのに、ずっと忘れていました。どうして「面白い作品」は「つらい」のか?「欝展開」を入れるのは読者や視聴者を憂鬱にさせたいからなのか?

 しかし、これを説明するのは非常に難しいのです。
 「これこれこういう作品にはこういう展開があって、だからこう思うでしょ?」という具体例を書いてもそれはネタバレになってしまいますし、そもそも「欝展開」を観たくない人は具体例を挙げてもそうした作品を観ていないしこれからも観ないと思うんですね。具体例を使って説明するのでは伝わらないのです。


 んで、考えて考えて考えた結果―――
 別の記事で書こうと思っていた話題に繋げて書くことにしました。この二つの話はとてもよく似ているし、具体例を挙げなくても何となくイメージしやすい人も多いと思ったのです。


 私、「恋愛」を描いた作品が苦手なんだと最近気付きました。

 こういうことを書くと「あぁ、モテなさすぎて僻みまくりのやまなしは二次元の世界であっても他人が幸せな姿を見るのが許せないのね。なんてケツの穴の小さいヤツだ!」と思われるかも知れませんが、イボ痔で苦しんでいる私に「ケツの穴」の話をするとは許せん!私は「健康なケツの穴」をしている全ての人間が許せないんだ!

 という戯言はさておき(笑)。
 私は「幸せな姿」を眺めるのは好きなんですよ。
 それが「男と女」だろうが「男と男」だろうが「女と女」だろうが、イチャイチャしている姿を眺めるのは好きなんです。関係性も「恋人」だろうが「友情」だろうが「家族」だろうが「師匠と弟子」だろうが、何でもイイんです。

 二次元のキャラクターでも、三次元の芸能人とかでも、わざわざ作品なり番組なりを観るからには私はそこにいる人達に好意と愛着を持っているワケで。その「私の好きな人達」同士が仲良くしている姿を見るのは、最高に嬉しい時間なんです。


 でも、「恋愛」を描く作品って“イチャイチャしている”だけで終わらないじゃないですか。
 ヒロインを好きなもう一人のライバル男が現れてギスギスした三角関係になるとか、イチャイチャしている二人の心がすれちがってしまうとか、血のつながった兄妹だからどうしようとか―――二人の関係性を脅かす“障壁”が登場することが多いと思うのです。
 バトル漫画では「更に強い敵」が現れるとか、お仕事漫画では「新たなトラブル」が発生するとかで物語を盛り上げるように、恋愛漫画では恋愛を妨害する何らかの“障壁”が次々に現れて物語を盛り上げることが多いと思うのです。

 それが私は苦手なのです。
 最終的に、二人はその“障壁”を乗り越えて更に強い絆が生まれたのでした―――となるだろうことは分かります。バトル漫画はその「更に強い敵」を倒すことにカタルシスが生まれるのですし、お仕事漫画ではその「新たなトラブル」を乗り越えることにカタルシスが生まれるのです。恋愛を描いた作品もその“障壁”を乗り越えたところにカタルシスが生まれるのは分かりますし、自分もそこまで観れば「あー、良かった」と思えるのですが。

 でも、それを乗り越えるまでのドロドロとした期間―――その“過程”がつらいのです。
 私の好きなキャラクター達が“イチャイチャしている”姿を眺めるのが好きだったから観ているのに、物語を盛り上げるために“障壁”を与えられて、それを乗り越えるまでは私の好きなキャラクター達が苦しい思いをしている―――それを眺めるのがつらいのです。


 「欝展開」が苦手だという人もこの感覚なんだろうなと思います。
 大抵の「欝展開」というのは乗り越えられるためにあるものです。
 追い詰められて、苦しんで、絶望の淵に立たされた状況であっても、そこで前に進むキャラクター達に「力」を感じるのですし、そうした絶望的な状況を乗り越えてハッピーでピースフルな未来を勝ち取った姿にカタルシスを感じるのです。私は「欝展開」のアニメは元気になるために観ているし、恐らく作っている人達も観ている人を元気づけようと思って「欝展開」を入れているんだと思います。

 でも、その過程がつらい人もいる。
 そのドロドロとした「欝展開」の期間が耐えられず、それを乗り越えてカタルシスが生まれるところまで見届けられない人もいるんだと思うのです。この視点で「欝展開」のあるアニメを分析してみると、最近の「欝展開」は「何週も引っ張るんじゃなくて1話の中にカタルシスがある」とか「複数のキャラクターを同時に描くことで作品全体が沈まないようにしてある」とか、“乗り越えるところまで見届けられない人”を減らす努力をしているようにも思えます。具体例を出すとネタバレになっちゃうので避けますが、ゼロ年代の「欝展開」と最近の「欝展開」は似て非なるものじゃないのかと私は思っています。



 閑話休題。
 「それを乗り越えた時のカタルシス」があるのは分かるのだけど、そこまでに脱落してしまう人を出さないために―――ドロドロした描写は全く描かず、イチャイチャしている姿だけを描こうとする作品も多いですよね。登場人物がみんな女のコだと「日常系アニメ」になって、一人の男主人公を大好きなたくさんの女のコだと「ハーレムアニメ」になるんだろうと思います。

(関連記事:「貴方の好きなヒロイン」には、主人公とくっついて欲しいですか?


 しかし、この……「脱落してしまう人を出さないようにドロドロした描写をなくす代わりにカタルシスも生まれない」のって少し寂しいとも思うんですね。もちろんそうした作品があってもイイし、私も『ごちうさ』も『きんモザ』も大好きですが、全てのアニメが『ごちうさ』や『きんモザ』になられたら困ります。ああいうアニメは1クールに1本あれば十分で2本は観ませんし。

 “「面白い作品」って「つらい」ところがあるじゃないですか。”という1年前の自分の言葉は核心を突いていると思います。「つらい」描写がなければ感じられない「面白さ」がある、と。しかし、その「つらさ」を読者や視聴者にどう乗り越えてもらうのかは難しいなと思うのです。

(関連記事:「序盤で視聴をやめられること」と「ネタバレしてでも続けさせたい」ジレンマ

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| ひび雑記 | 17:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

乗り越えるための鬱展開ってのはある種王道ではあるんですけども、
今時は上げ方がそうであるように下げ方も凝って力には言った者が増えるようになった分、ドロドロした陰湿さもまた強化されているような気がしなくもありません。
そういう制作の向上というか綿密さの上昇がまた鬱好きにはより良く・嫌いな人にはより悪くと二極化を起こしているのかもしれませんね。

その辺を鑑みて「別に鬱を売りにしている訳ではないジャンル」などが記事内で言う最近の下げすぎない努力をするようになったのかも?
辛さ重さのバランスというのは大切ゆえに難しい物ですね…鬱売りのジャンルなら下げっぱなし上等ではあるのでしょうけども

| AK | 2015/06/03 21:36 | URL | ≫ EDIT

表現の仕方にもよるって感じですね。重いシーンにどうだ!ってくらい体重かけてくるタイプは好き嫌いもかなり別れますが、重い割に負担がかからないようにする表現もあったりして。
記事とはちょっと違うかもしれませんが、最近はやりのデスゲーム系のマンガは人が死ぬっていう究極の鬱表現をどういう風に軽くできるのかがキモになっているような気がしています。

| ああああ | 2015/06/04 01:02 | URL |

ああ、逆ですね。
わたしドロドロが大好きなんですw
…そういう話じゃなかったですね、すんまへんw
そんなわたしでも仕込みとしてのドロドロを強烈にやりすぎて仲直りしてもシコリどころか腫瘍が残りまくってるのを見るとオイオイ…って思うわけで、匙加減って難しいですよねぇ。

| 児斗玉文章 | 2015/06/04 07:25 | URL |

>AKさん

 どうだろう……
 僕としてはゼロ年代の『舞-HiME』(2004年)辺りの時期が一番ドロドロがキツかったように思えます。最近は「絶望の中でも希望が見える」ものが多くて、自分としては耐えられないほどキツイものはあまり見かけていないかなぁ。
 自分の観ていない作品で超ヘビーなのがあって、あまり話題になっていないから知らないだけとかかも知れませんが。


>ああああさん
 『ダンガンロンパ』なんかはまさに「やってること残虐なはずなのにそうは見せない作品」でしたね。それこそゲームの『Splatoon』がそうなのかも知れませんが、スプラッター表現をしない人死に表現の多彩さは最近のトレンドなのかも。


>児斗玉文章さん
 この記事では敢えて触れなかったんですけど、「ドロドロしたまま終わる」作品はどうですかね?
 それこそ「NTR(寝取られ)」の話になるのかも知れませんが、「欝展開の向こうのハッピーエンド」が好きな人と「欝展開の向こうのバッドエンド」が好きな人って近そうで一番遠い存在だと最近考えています。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/06/04 23:28 | URL | ≫ EDIT















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