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『アイドルマスターシンデレラガールズ』各話感想メモまとめ(14話~最終話)

 夏アニメ感想まとめ、最後です!
 夏アニメ!まだ終わっていなかったのか、夏アニメ!

 二回の特別番組をはさんでようやく完結した『シンデレラガールズ』2クール目の感想を今日はまとめます。「記事傑作選」と「アニメ感想まとめ」と「実際にマンガを描いてみよう」の3つが9月以降このブログの更新を圧迫していたので、この記事でその2つ目が終わります!書きたい話題がたくさん溜まっているぞーーー!

 『アイドルマスターシンデレラガールズ』各話感想メモまとめ(1話~13話)

 ↑こちらは1クール目の感想まとめ。

<ルール>
・14話から最終話までの感想ツイートを貼り付け
・“最終話まで観終っている”現在の自分のコメントを補足
・なので、基本的に最終話までのネタバレを含みます
・「まとめ」という記事タイトルですけど、まとめるのは「私の感想」だけです。「みんなの感想」をまとめるのが目的の記事ではありません
・思うがままに書いた感想なので、ところどころに間違いがあったりするでしょうが優しく許して下さいな

 今回の記事も長くなることが予測されるので格納しました。
 続きは「続きを読む」を押してもらえれば表示されます。ではでは。




第14話 Who is the lady in the castle?

 日本語訳は「城にいる女性は誰ですか?」ってところでしょうか。
 1クール目の第1話「Who is in the pumpkin carriage?」にかけたサブタイトルで、「城に向かうまでのかぼちゃの馬車」から「城」に舞台が変わっていることが目を引きますね。また、こっちでは「lady」って言葉を使っているんですね。アイドル達は「シンデレラガールズ」と呼ばれているくらいなので「girl」だと考えるなら、「lady」は美城常務のことなのかなと思います。ちひろさんのことかも知れませんが(笑)。

 ツイートに書いた“全アイドルをユニット組み直し”は早合点でした。
 武内Pはそれを避けるためにシンデレラプロジェクトを何とか維持しようとしたけれど、後半の2クール目をかけて描かれたのは「シンデレラプロジェクトに縛られない活動の可能性」だったので、最後にたどり着いた答えが“全アイドルをユニット組み直し”だったんですよね。この時点でそれを言っちゃったのは失敗でした(笑)。



第15話 When the spell is broken...


 日本語訳は「呪文が解けたとき……」ってところでしょうか。

 継母=美城常務の悪役っぷりは、『SHIROBAKO』における茶沢を思い出してちょっとガッカリしたところがあるんですね。みんなが一生懸命頑張っているのに、ただ一人足を引っ張る悪役がいるせいで問題がどんどん起こってしまう―――美城常務が来たせいでトラブルが起こり、それをアイドル達が乗り越える姿を描いたとしても、“作り手が用意した都合のいい乗り越えられるためのトラブル”というカンジがしてしまったんですね。なので、2クール目は若干冷めた目で見ていたところがあるのですが……


 最終話まで観て感心したのは、美城常務を「分かりやすい悪役」にしなかったことです。
 例えば、終盤に卯月のライブを観た美城常務が改心したり、懲らしめられて会社を追放させられたりって展開になる可能性もあったと思うんです。そうすれば「あのイヤなヤツが痛い目を見たぜ」というカタルシスになったと思うし、そういう作品もたくさんあります。
 また、逆に「全ては美城常務のシナリオ通りに進んでいて、実は美城常務こそが一番のアイドル達の理解者だったんだよ!」「ナンダッテー!!」みたいな展開になる可能性もあったと思うんです。結果的に常務のおかげでアイドル達は強くなれたのだから、実はイイ人だったオチもキレイにハマッたと思うんですね。


 でも、そうではありませんでした。
 武内Pと美城常務は最後まで並行線のままで、そして「武内Pが思い描いていた通り」にも「美城常務が思い描いていた通り」にもいかず、アイドル達は“誰も敷いていなかったレール”の上を進んで成長していきました。私はこれ、私が予想していた「分かりやすい悪役」なんかよりも何百倍も誠意のある展開だったと思いますし、最後の最後でこの作品が描いていたものが分かる見事な構成だったと思います。

 まぁ……その辺の話は後ほど。


第16話 The light shines in my heart.


 日本語訳は「光は、私の心の中で輝いています」ってところでしょうか。

 1クール目の構成を思い出すと、8話が蘭子、9話がキャンディアイランド、10話が凸レーション、11話が*と、1話完結で各ユニットの成長物語を描いていたんですね。ニュージェネとラブライカは別なので、後述します。
 んで、1クール目で成長しきってしまった彼女達でどう物語を作るのかというところで、彼女達を視点に「他のアイドル」をメインにした話を描いていくという構成に15話~19話はなっていました(18話はちょっと微妙だけど)。この回は、「前川みくから見た安部菜々」回。ステージのシーンは熱かった……!



第17話 Where does this road lead to?


 日本語訳は「この道はどこに続いているの?」ってところでしょうか。

 この回は『シンデレラガールズ』というアニメ全話の中でも、一番好きな回です。
 城ヶ崎美嘉というキャラはこの作品においてシンデレラプロジェクトの先輩で、楓さんの次に「とっても頼れる強いキャラ」として配置されていました。これ以前もこれ以後も、彼女がシンデレラプロジェクトを見守っているというシーンが繰り返し出てきますし。この回で莉嘉がお姉ちゃんを頼ろうとするのも、美嘉が「とっても頼れる強いキャラ」だったからです。

 でも、そんな美嘉でも弱ってしまう時があるのです。
 「お姉ちゃんだって、泣きたい時あるよね……」なのです。

 「とっても頼れる強いキャラ」だった美嘉の弱さを描いただけじゃなく、そんな彼女を救ったのがシンデレラプロジェクトの中でも「最も年下で最も頼れそうにないみりあちゃん」だったのも見事ならば、美嘉のいないところで答えを見つけた莉嘉の姿が美嘉に答えを見つけさせるというラストも完璧でした。


 『響け!ユーフォニアム』でも黒沢ともよさんの演技には度肝を抜かれましたけど、この回のみりあちゃんも細かい感情の出し入れが凄まじくて、美嘉を抱きしめるシーンは何回観ても泣いてしまいます。
 ここまで絶賛するのは、私が「姉妹愛」に対して並々ならない情熱を持っているというのも正直あると思うんですが(笑)。「姉妹愛」を描いたアニメ作品の中でも、この回はレジェンド級の凄まじい回だったと思います。最終話までの着地点が見えなかった頃も「17話を見せてくれただけで『シンデレラガールズ』は最高だったよ」と思っていたくらいに(笑)。



第18話 A little bit of courage shows your way.


 日本語訳は「少しの勇気が、アナタに道を示してくれる」ってところでしょうか。

 15話が「ニュージェネから見た高垣楓」回、16話が「前川みくから見た安部菜々」回、17話が「凸レーションから見た城ヶ崎美嘉」回、この後の19話が「多田李衣菜から見た木村夏樹」回―――って考えると、この18話は例外の回なんですよね。描かれているのはキャンディアイランドで、他のアイドルとして出てくるのは幸子達ですが、幸子達はメインとして描かれていません。

 というのも、当時の自分のツイートを読んで「そういうことか」と思ったのですが(笑)。
 1クール目の9話と対になっている回なんですね。あの回はキャンディアイランドとして団結して何とか仕事を成功したけど、でも「杏に助けられただけだよね」という結末でもありました。この後のニュージェネの展開や、最終話の姿を見れば分かるように、「仲間は大切だけど仲間に頼ってばかりじゃダメなんだ」というのが2クール目のテーマ。


 智絵里とかな子が、杏に頼らずに仕事に立ち向かう話でもあるし。
 杏がきらりのことを心配しつつも、きらりはめげずに前進していた話でもあるし。
 1クール目は“対戦相手”として登場した幸子達が前進する姿から、智絵里とかな子が学ぶ話でもあるし。

 三組のアイドルで描かれたものは「前に進む」こと、そしてそれはタイトル通り「勇気」が導いてくれるんだ―――という回でした。私が幸子と杏が大好きだということもありますが(笑)、この回もお気に入りの回です。



第19話 If you're lost, let's sing aloud!

 日本語訳は「迷ったならば、大声で歌おう!」ってところかなぁ。

 この回は「多田李衣菜から見た木村夏樹」回で、序盤からチラチラ姿が見えていた木村夏樹が満を持してメインとして登場する展開だったのですが……楓さんにフラれ、美嘉には言うことを聞いてもらえず、他の部署もみんなシンデレラプロジェクトに協力的になって、幸子には「アイドルとは前を向くものです!」と踏み台にされて、美城常務が本当に無能キャラになっているところ。

 *は安部菜々回で一度描かれているので、これが二度目。
 正直この回は「パターン化してしまっている」感がありました。1話完結話が続くと、どうしてもこういう印象になっちゃうことはどの作品にもあるんですけどね……


第20話 Which way should I go to get to the castle?

 日本語訳は「どちらの道を進めば城に着けるのですか?」ってとこですかね。

 ここからが最終章です。
 常務の『Project:Krone』発足により、アーニャと凜に新しい選択肢が告げられてしまいます。ラブライカとニュージェネは1クール目も2クール目も「1話完結のメイン回」がなかったんですよね。ニュージェネはもちろん未央が逃げ出して凛が辞めようとした展開はありましたけど、卯月に関しては1クール目に成長をさせてもらえませんでした。ラブライカも1クール目は最初から最後までラブラブしていたため、成長物語は描かれなかったんですね。それは、ここでアーニャと凜を引き抜く展開があったからだと思います。

 私は原作ゲームを未プレイなため「なんだよー、シンデレラプロジェクトのままでイイじゃんかよー。常務は勝手なことすんなよー」なんてこの頃は思っていました。
 でも、Project:Kroneはシンデレラプロジェクトと全くカラーの違うユニットとして描かれていて、衣装の雰囲気からして正反対で、正直アーニャと凜はProject:Kroneの衣装の方が合っているなと後から分かるんですね。常務の眼力に初めて納得しました。

 シンデレラプロジェクトに固執するのではなく、新しい可能性に挑戦する―――
 この回はアーニャのその選択までを描いた回だと言えるのですが、その理由付けにキャンディアイランドが新しい仕事に挑戦したことなど「他のメンバーの1話完結回」が活きてくるのが上手いですし、この後のニュージェネとの対比になっているのも上手いと思いました。
 美波はアーニャのことを快く送り出したし、自分も成長しようとした。その描写があったからこそ、卯月が凜と未央を止められなかった展開や、自分も成長しなきゃと追い込まれてしまった展開に説得力が生まれるのです。リアルタイム時にはよく分からなかった一人一人の描写が、他のキャラクターの動機付けになっていたりするのが、流石にこの人数を動かす作品なだけあって、ものすごく緻密に計算されていたなーと思います。



第21話 Crown for each.


 日本語訳は「一人一人の王冠」です。
 次回予告ムービーで思いっきり言っているので……(笑)

 さあ!この回は語らねばなるまい!
 未央が参加した『秘密の花園』という舞台ですが、原作は1911年に発行された小説だそうです。Wikipediaにあらすじが書かれていますが、「全てを失って流れ着いた少女が花園を見つけ、花園を蘇らせようとする」話みたいですね。

 ということで……「花」なのです。
 『シンデレラガールズ』の1クール目の第1話も、ところどころに「花」が出てきて卯月と凜を比喩していたという記事を当時私は書いています。卯月は花屋に並んでいる「私にも買えそうな花」に例えられ、凜は公園に咲く花の中でも「ヒラヒラ舞う桜の花」に例えられていました。


cindererra21.jpg
<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第21話より引用>

 そして、この回も一面に花!花!花!
 この美しく整えられた花園は、言ってしまえば「美しく飾られたアイドル達」の比喩なんだと思います。花屋で買われるのを待っているとか、公園でひっそりと咲いているとかではなく、見られるために整列させられた花――――

 未央がセリフを読んだ『秘密の花園』のシーンは、
 ソロ活動を始めたばかりの時は「イギリスに来たばかりの主人公が“ここには何もない!”と嘆き、周りにあるものが見えていない」シーン、ソロ活動を続けた後は「見つけた秘密の花園は枯れていると思ったけど“花園が生きている”ことに主人公が気付く」シーン、卯月と凜に語る時は「花園を蘇らせた主人公が、殻に閉じこもっていたコリンに“外には素晴らしいものがたくさんあるんだ”と教える」シーンなのです。

 “秘密の花園”を見つけて、蘇らせようとする主人公と。
 “ソロ活動”を始めて、そこで何かを見つけた未央の気持ちがシンクロしている―――というのが一つと。


 第1話の比喩を思い出せば、
 “花”を咲かせているのは誰だ―――という話でもあるんですね。

 買われるのを待っていた花――――
 拾われるのを待っていた花――――

 第1話で描かれた花は、まだアイドルになっていない彼女達の姿だったからそういう比喩になったのですが。未央はここで「花は自分達で咲かせるんだ」と言うのです。枯れてなんかいない、生きている花は、自分達の手でまだ咲けるはずで、それが“花園”になるんだ――――と。


 “花”という第1話の時に繰り返し使われた演出アイテムを、ニュージェネが新たな展開をしなければならない際に、「ソロ活動を始めた未央が参加した舞台」から気付くという二重・三重の比喩・暗喩に使ってくるのに膝を打ちました。
 打ちました……が、この“花=アイドル”という演出には続きがあるんですよね。それはまた後ほど。



第22話 The best place to see the stars.


 日本語訳は「星が見える最高の場所」ってとこですか。

 「秋のライブ」の回。
 シンデレラプロジェクトにとっては「中間審査」の場所であり、トライアドプリムスを含むProject:Kroneにとっては「デビュー」の場所ですが、未央を始めとしたシンデレラプロジェクトのみんながProject:Kroneを先輩として引っ張ります。2クール目で描かれた「部署の垣根を越えた絆」の延長線にあるもので、敵役だと思われたProject:Kroneも仲間なんだ―――と描いているんですね。

 なのでまぁ、この頃になると「審査……?はて、何のことですっけ……」と正直忘れていました(笑)。シンデレラプロジェクトはシンデレラプロジェクト存続のために頑張っていたのだけど、同時に「シンデレラプロジェクト以外も仲間だ!」って答えにたどりついてしまったところはありますからね。


 さて、ということで……ここからが卯月の話だ……



第23話 Glass Slippers.

 日本語訳は「ガラスの靴」

 前作は今週から2クール目の再放送が始まるので、あまりネタバレをするべきではないと思うのですが……卯月のこの話は、前作の2つのエピソードを足したような話だったと思います。「何のためにアイドルをやっているのかが分からない」「どうやって笑っていたのかを思い出せない」。

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<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第23話より引用>

 にはあれだけカラフルに輝いていたこの公園が、冬になった今はまるでモノクロの世界かのように色を失っていました。第1話の時は「道端の花もこんなに美しいんだ」と描き、第21話の時は「花を咲かせるのは自分達だ!」と描いていましたが、この第23話では「花が枯れてしまった世界」を描いているのです。


 「花=アイドル」という比喩は第21話では終わっていなかったんですね。
 「私には何もないんだ」という卯月の絶望を描くために、この「何の花もない公園」が描かれたのです。



第24話 Barefoot Girl.

 日本語訳は「裸足の女のコ」
 12時を過ぎてガラスの靴を脱ぎ落としてしまった少女の話です。


 リアルタイム時に観た時は「力技で感動させられた」と思っていました。
 ツイートで書いている通り、前作に比べると「どうして卯月は笑えるようになったのか」に説得力がないと思ったんですね。前作のアレはちょっと脚本も演出も作画も演技も異次元の仕上がりで、あんな化物と比較しちゃいけないよなーみたいに思っていたんですけど。

 この感想まとめを書きながらもう1回観返してみたら、リアルタイム時には分からなかったことが見えてきたし、前作のように分かりやすい形ではないけれど「どうして卯月は笑えるようになったのか」をしっかり説明していたことが分かりました。


 6~7話の未央の時には使わなかった「12時を過ぎて魔法が解けてしまった世界」を、23~24話では徹底して「花のない冬の季節」として描いていたのです。アイドルになれる魔法(=笑顔)を失ってしまった卯月が、どうすれば笑えるのかを「花のない冬の季節」で徹底して描いていたのです。



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<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第24話より引用>

 美しい花も、ちゃんと手入れをしている人がいる―――


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<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第24話より引用>

 誰かのために、水に差された花―――


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<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第24話より引用>

 一面の花……に見えるのは、実は葉っぱ。
 これは恐らくポインセチアです。ポインセチアの花は小さく、赤や白やピンクに色づいているのは葉っぱなのです。葉っぱに色を付けるためには、人の手によって「温度」と「光をあてる時間」を調整して育てる必要があるそうです。


 24話に登場する花(ポインセチアは葉っぱだけど)は全て、人の手によって育てられていることを印象付けられています。
 この寒い「花のない冬の季節」に美しい花が見られるのは、誰かが一生懸命手入れをしてくれているからだと描いているのです。これらのカットがどのシーンに使われているかというと、卯月がシンデレラプロジェクトのみんなの話を聞いているシーンですからね。


 魔法は解けてしまった。
 ガラスの靴は脱げてしまった。
 花は枯れる季節になってしまった。
 笑顔の方法を忘れてしまった。
 アイドルが何なのか分からなくなってしまった。


 でも、この寒い季節に咲く花があるように―――
 魔法の解けてしまった島村卯月も「笑顔」を取り戻すのです。


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<テレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第24話より引用>

 花は、ステージの上にあったんだ―――

 花は、一人で咲くものではないのです。たくさんの人の力によって咲くのです。
 笑顔も、一人で生まれるものではないのです。たくさんの人の力によって笑顔は生まれるのです。
 アイドルも、アイドルも一人でなれるものではないのです。仲間がいて、プロデューサーがいて、たくさんのスタッフがいて、たくさんのファンがいるからこそアイドルはアイドルでいられるのです。


 そうした支えがあるから、「花のない冬の季節」であっても、枯れない、枯れさせない笑顔をアイドルは持つことが出来るんです―――

 だから、卯月はステージの上で笑顔を取り戻せたのだろうと私は思います。



第25話 Cinderella Girls at the Ball.



 
 日本語訳は「シンデレラの舞踏会」でしょう!

 美城常務のおかげで、私は『シンデレラガールズ』の2クール目をずっとモヤモヤした気持ちで見ていました。武内Pのライバルポジションとしては失敗続きだし、その割には学習を全くしないから24話とかになってもまだ武内Pに反論されて「何だと…?」的に驚いたりして、「オマエ武内Pに反論されるの何度目だよ!いつになったら相手の行動を読めるようになるんだよ!」とイライラして観ていました。

 ライバルポジションとしてはイマイチだし、しかし「完全なかませ犬」かというとトライアドの件などストーリーを大きく動かす存在だったし、なんかよく分からないなーとノドの奥に小骨が刺さったような気持ちで見ていました。


 でも、最終話まで観て納得したんですね。
 この話は「平行線の話」だったんです。『アイドルマスター』というゲームはプレイヤー=プロデューサーなシミュレーションゲームですから、プレイヤーの数だけ「プロデュース」の方法は違うはずなんです。そこには正解なんてなく、全てのプレイヤーが見ている世界が“パラレルワールド”として全て存在しているんです。

 美城常務の「プロデュース」は全てが正しかったワケではありません。彼女が「切り捨てろ」と言った島村卯月が笑顔になって素晴らしいライブをしたように、美城常務の思惑通りにはいきませんでした。
 しかし、同時に武内Pの「プロデュース」も全てが正しかったワケではないのです。Project:Kroneに選ばれたアーニャと凜は、シンデレラプロジェクトとは違う可能性を見出します。未央はソロ活動の中で成長したし、卯月も殻を破りました。武内Pが考えていない成長をさせられたのは、美城常務のおかげだったとも言えます。だから、最終話のエピローグでみんな「今までのユニット活動とは違うメンバー」で冒険をしていたのです。


 アイドル達には全てのパラレルワールドを飛び越える力があるし、全国のプロデューサーが想像もしなかった顔を見せる可能性だってあるのです。それこそ23話で島村卯月が「笑顔なんて誰にでも出来るもん」と泣いた時、昔からのプロデューサーが「ようやく彼女の本音が聞けたんだ」と語っていたのを目にしました。

 そうしたアイドル達の無限の可能性を見せるために、武内Pとは違うプロデュースをする「美城常務」というキャラはいたんだなと思うのです。
 シミュレーションゲーム原作のアニメは、「プレイヤー=主人公」となるのが普通だと思うのですが……この作品の「主人公」とも言える「プレイヤーの代わり」は武内Pと美城常務の二人だったのです。武内Pは巧みなユニット編成で成果を挙げてアイドル達からも支持される凄腕プレイヤーで、美城常務はやることなすこと裏目に出てしまうへっぽこプレイヤーだったかも知れませんが(笑)、でも武内Pには出来ないことを美城常務には出来たし、これまでもこれからもゲームをプレイし続ける全国のプロデューサーもまた「武内Pにも美城常務にも出来ないこと」が出来るのだと思うのです。


 美城常務の「平行線を飛び越える」という言葉は、そういう意味だったのだと思います。


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 終わってみれば、大満足な作品でした。
 「美城常務は一体何なんだよ……」と思っていた時期はモヤモヤしていましたが、最終話まで観たらスッキリ出来ましたし、一つ一つのキャラクターが他のキャラクターにしっかりと影響を与えているなど「たくさんのアイドルが存在する」からこそ描けるストーリーを描いていましたし、大きなカタルシスもあってエンターテイメントしていました。


 何より。
 「偉大なる前作」と比較され続ける運命にありながら、「熱心なファンの多いゲーム」のアニメ化で、とてつもない数のキャラクターがいて、監督の高雄統子さんはテレビアニメの監督は初、シリーズ構成の高橋龍也さんはテレビアニメのシリーズ構成は初で、ゲームの商品展開に合わせたアニメの展開―――と、これだけのビッグプロジェクトが故に「大失敗する要素」もたくさんあったと思うのですが。

 蓋を開けてみたら、前作を踏襲しつつ前作にはない魅力もしっかり持っていて、昔からのファンも納得のキャラクター描写で、たくさんの数のキャラクターをしっかり活かし、演出も脚本も一線級で、新作ゲームへの誘導も上手く行っていてという……全ての面において「奇跡のような大成功」をした作品だったと思います。


 自分としては9ヶ月かけて“花”の伏線を回収されたときに「参りました!」な気分でした。隅から隅まで楽しみました!面白かったです!


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| アニメ雑記 | 17:52 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

シンデレラなんかになりたくない?

>アイドル達は“誰も敷いていなかったレール”の上を進んで成長していきました。
 原話に近いとされるグリム童話版のシンデレラだと、魔法を使い化けるのはシンデレラ自身なのですよね。
 歌で小動物たちに呼びかけ家事をやってもらい、自ら植えたハシバミの木に呼びかけドレスと靴を落としてもらう。実質的に、彼女自身が魔女(妖精)そのもの。

「シンデレラ」ガールズというのが必ずしもただのラッキーガールでなく、自らの意思で戦い輝く少女たちとのダブルミーニングだったと考えてみると面白いかもしれません。
 シリーズ通した「花」モチーフも、シンデレラが育てたハシバミの木にかけてある……なんてのはうがち過ぎでしょうか。

 ただその上で、ここで描かれたのは無数のシンデレラたちの姿であり、更にはシンデレラを支える人たちの暗示でもあった……現代のシンデレラはもはや寂しく独り戦う孤児でない、というのが新時代に描かれた「シンデレラのその先」だったとか。
(グリム版でももちろん小動物たちやハシバミの木にとまる鳩に助けられてて、また王子の小細工により目論見の狂ったことが最後の幸運に結びついたりするわけですが)

 実は見た目以上に本気で「シンデレラ」というタイトルへ向き合っていた作品だった、かもしれません。

| kanata | 2015/10/22 00:04 | URL | ≫ EDIT

前期はファンに向けた作品。後期はPに向けた作品だった……のかな?
ただ、こう、何もかも動き方が唐突すぎる気がしてどうも。

| ああああ | 2015/10/22 08:07 | URL |

>kanataさん

 あぁ……!そう言われればそうですね、元々はシンデレラ自身に力があるみたいな話でしたね。
 あんまり突き詰めて考えると、グリム童話版の重くてグロイイメージと、キラキラした『シンデレラガールズ』のギャップにうっとなるところはあるのですが(笑)。


>ああああさん
 そうですかねー、唐突でしたか。
 自分はむしろ「丁寧すぎるくらいに下準備に力を注いでいた」くらいに思っていました。そのため、情報量が多すぎて把握しきれない人が出てくるんじゃないかって方が不安でした。

 だから、こういう記事を書いているんですけど。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/10/23 00:24 | URL | ≫ EDIT

ソシャゲアニメにおける、主人公達の苦難の描き方の考案

1月クール、デレマス1クール目の同期に放送された「艦これ」。
3話にて起きた「如月ショック」は、艦娘の物語は決して平坦な内容ではない事を視聴者に見せつけようとしていたのだが、
ユーザーの間では物議を呼び、画像サイトでは如月救済イラストを作る者が出たり、
「これから恐ろしい事が次々と起きる!」と言われているアルドノアやファフナーを牽制したとされていました。
デレマスでは1クール目の折り返し地点から苦難の戦いの予感が始まり、最もきらびやかな13話本編後のラストシーンで、
2クール目での厳しい戦いの始まりが宣告されました。

しかし視聴者の間にて、賛否が大きく別れ、765版や東方との差別化の難しさをも、感じさせた後半戦だとされています。

| アルテマ | 2015/10/25 03:02 | URL | ≫ EDIT

>アルテマさん

>「これから恐ろしい事が次々と起きる!」と言われているアルドノアやファフナーを牽制したとされていました。

 アニメの制作スケジュールを考えれば、脚本が書かれた時期には『アルドノア』の1クール目も始まっていないでしょうし、それはないんじゃないですかね。

| やまなしレイ(管理人) | 2015/10/25 14:08 | URL | ≫ EDIT















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