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自分の嫌いな作品が「あってもイイ」という考え方

 表現規制の件がまた話題になっているので、改めて自分の考えを書いておきます。



 漫画もアニメもゲームも映画も小説も好きな私ですけど、そうした娯楽の中の「全ての作品」が好きというワケではありません。私にだって「嫌いな作品」はあります。「面白くない作品」とか、「世間で絶賛されているほどには自分が楽しめない作品」みたいなレヴェルではなく、「ひたすら不快になる作品」とか「触りたくも関わりたくもない作品」というものがあります。

 その中でも、特に「差別的な作品」とか「弱者を侮蔑するような作品」の場合は、それをゲラゲラ楽しんでいるような人達に対しても「アレを楽しめるような人とは仲良くなれないなぁ」と思うこともあります。


 ですが、そうした作品が「なくなればイイ」とは思いません。
 私にとっては「嫌いな作品」ですけど、それを「好きな作品」という人がいるかも知れません。
 中には、「その作品を楽しみに生きている」とか「その作品を生きがいにしているから日々の生活に耐えられている」という人がいるかも知れません。私にとっては「嫌いな作品」ですし「その人とは仲良くなれない」のかも知れませんが、そういう人が一人でもいる限りはその作品には存在する価値があるのです。


 「作品がなくなればイイ」と一つの作品を潰すことは、その向こうにいる「その作品のファン」に対して「オマエの楽しみなんてなくなればイイ」「オマエの生きがいなんてなくなればイイ」と潰していくことなんです。

 表現規制とは、言ってしまえば「人間の楽しみ」とか「人間の生きがい」を奪う行為なんですよ。





 抽象的な話だと分からないという人のために、小学生にも分かるように「身近な話」に置き換えて説明します。

 私は「マヨネーズ」が嫌いです。
 「美味しくない」とか「なくても困らない」みたいなレヴェルではなくて、「においを嗅いだだけで吐く」くらい苦手です。なるべく自分の人生には関わらせたくないと思っています。

 でも、世の中にはマヨネーズが大好きで、ご飯にまでマヨネーズをかけて食べる人が実在するそうです。申し訳ないですが、私はそういう人とは結婚できません。「マヨネーズのにおいを嗅いだだけで吐く人」と「何にでもマヨネーズをかけて食べる人」が、一つ屋根の下で暮らすのは難しいでしょう。


 ですが、マヨネーズが「なくなればイイ」とは思いません。
 私にとっては「吐くほど嫌い」ですけど、それを「大好き」な人がいるかも知れません。
 中には、「マヨネーズを楽しみに生きている」とか「マヨネーズを生きがいにしているから日々の生活に耐えられている」という人がいるかも知れません。私にとっては「吐くほど嫌い」ですし「そういう人とは結婚できない」のかも知れませんが、そういう人が一人でもいる限りはマヨネーズには存在する価値があるのです。


 「○○がなくなればイイ」と一つの何かを潰すことは、その向こうにいる「その○○のファン」に対して「オマエの楽しみなんてなくなればイイ」「オマエの生きがいなんてなくなればイイ」と潰していくことなんです。



 だから、私は「嫌いな作品」も「マヨネーズ」も世の中に「あってイイ」と思うのです。
 私は関わりたくないですけど、私の見えない場所で誰かを救っているのなら、ただ私が見なければイイだけの話なのです。


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 ちょっと話がズレますが……
 「色んな考えの人間がいるから世の中は面白い」的なことを書くと、「そんなこと言っている割にはオマエ、人の意見に耳を貸さないじゃないか」と言ってくる人がいます。
 そりゃそうです。「色んな考えの人間がいるから世の中は面白い」というのは、「自分とは相容れない考えがあることを認める」だけであって「アナタの考えの言いなりになる」ワケではありません。

 「私の考え」「Aさんの考え」「Bさんの考え」「Cさんの考え」「Dさんの考え」「Eさんの考え」「Fさんの……と、人の数だけ考えはちがっていて、「私の考えはAさんの考えとはちがう」し「Aさんの考えは私の考えとはちがう」のが当然だし健全だというのが私の考えなのです。


 「たった一つの正解の考えがあって、すべての人間がその考えを持つべきで、そうでない人間は間違っている」的な考えの人とは、そもそもの世界の見方がちがうのです。でも、私はそういう「私とは相容れない考え」な人がいるのは当然だと思いますし、そういう人に私の考えを押し付ける気もないです。




 表現規制の件も、これと同じ話なのです。
 表現規制に反対している人は、必ずしもその作品が好きだから守ろうとしているワケではないのです。「自分の嫌いな作品」だって存在することが当然だし健全だという考えから、「自分の嫌いな作品」も守らなければならないというのが「表現を守ること」なのです。

 よく「表現の自由は大切だけど、流石にこういうのは目に余るから規制するべきだ」みたいなことを言っている人がいますが、それは「表現の自由」じゃないです。アナタの好き嫌いで「守るべき作品」と「守らなくてイイ作品」が決められるのだとしたら、それはアナタ基準の表現規制を訴えているだけです。




 つい最近、少年ジャンプのとある漫画が卑猥でけしからんという話がTwitterで話題になり、新聞などでも取り上げられる事態になっていました。
 私はその作品を読んでいないので好きも嫌いも論じることは出来ませんし、読んだ人が「私はこの作品が嫌いだ」と言うのも思うのも自由だと思うんですね。私だって「マヨネーズが嫌いだ」って書いていますしね。

 でも、「そういう作品を世の中からなくそう」って言い出されたら話は別です。私はその作品に何の思い入れもありませんが、「そういう作品を楽しみに生きている人」や「そういう作品を生きがいにしているから日々の生活に耐えられている人」から楽しみや生きがいを奪うことには反対です。誰にも迷惑をかけていない、ただ漫画を読んでいるだけの人から楽しみや生きがいを奪うんですよ!




 ということを書いたところで留めておけば……漫画好きな人から「そうだ!そうだ!やまなし、イイこと言った!」と思ってもらえて、人気者になって、来年のバレンタインにはAmazonの「ほしい物リスト」経由で女性からわんさかチョコが贈られてくること間違いなしなのですが。
 ですが、その少年ジャンプの話題が盛り上がるちょっと前のTwitterは、某テレビ番組で「旦那のガンプラを奥さんと娘が捨てる(捨てようとする?)シーン」のスクショを貼り付けて、「こんな番組はヒドイ!」「こんな番組を放送するテレビ局に抗議しよう!」って盛り上がっていたんですよ。

 私はその番組を観ていないからどういう前後の流れなのかを観ないと何とも言えませんが、ガンプラを捨てるという行為自体が旦那の楽しみや生きがいになっているものを奪おうとしている行為なのでややこしいですし、私もそういう番組は「観る気も起きない」くらい好きじゃないですけど……好きじゃないからってテレビ局に「こんな番組を放送するな!」と抗議するのって、立派な「表現規制」じゃないの?と思うんですよ。「そういう番組を楽しみに生きている人」や「そういう番組を生きがいにしているから日々の生活に耐えられている人」だっているかも知れないじゃないですか。


 ややこしいことに、「少年ジャンプのけしからん漫画」の件に対しては「けしからんと言って排除してしまうのは表現の自由への侵害だ!」と怒っていたのと同じ人が、「旦那のガンプラを捨てようとする番組」の件に対しては「こんな番組を放送するな!」と堂々と規制する側にまわって怒っていて―――結局そういう人の言っている「表現の自由」って、「自分の好きな作品だけは認めてやる自由」でしかないんだなと。

 もちろんそれを自覚してやっているのなら「そういう考えの人もいるんだな」と納得するんですけど、自覚せずに「守るべき作品」と「守らなくてイイ作品」を分別して表現の自由を主張するのなら気づいてほしいなと思うのです。それはアナタ基準の表現規制を訴えているだけですよ、と。





 私にだって「嫌いな作品」はあります。
 不快になる漫画、嫌悪するようなアニメ、イライラするゲーム、腹が立つ映画、破り捨てたくなるような小説、観ていると気持ち悪くなってしまうテレビ番組……においを嗅いだだけで吐いてしまうマヨネ-ズ、決して賛同できない意見、関わりたくない人、エトセトラエトセトラ。

 でも、そうしたものも「あってもイイ」と思っています。
 そうしたものは、ただ私が見なければイイのです。私の知らないところで誰かを楽しませているのなら、それでイイじゃないかと思うのです。インターネット&多チャンネル化の現代は「連載される漫画の枠」や「放送されるテレビ番組の枠」が決まっているような時代でもありませんし、「嫌いな作品」を潰したところで代わりに「好きな作品」が生まれてくるワケじゃありませんしね。

 それらを「嫌い」と言うのも別にイイと思います。
 私は炎上したくないからなるべく言いませんけど、どうしても許せない気持ちになったら声を挙げてしまうのも仕方がないでしょう。


 ですが、それらを「潰そう」とするのなら話は別です。
 アナタが「潰そう」としている作品の向こうにはたくさんのファンがいて、そうした人達の「楽しみ」や「生きがい」になっているのです。「楽しみ」や「生きがい」を奪われた人間がその後どうなるのか―――その責任をアナタは背負う覚悟はあるのですか?


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◇ 余談
 この話……本当は別の記事に書くつもりだったのですが、この流れで書いた方が伝わりやすいかなと思ったのでついでに書いてしまいます。

 「表現の自由」と「ヘイトスピーチ」について。
 「表現の自由」は「何を言ってもイイ」「何を書いてもイイ」のだから、「ヘイトスピーチ」のように差別的な表現や誰かを傷つける表現だってイイのか―――という議論があります。「表現の自由」を守ろうとすることと、「ヘイトスピーチ」を許せない気持ちは、矛盾している、みたいな。


 ですが、今日の記事に書いたことを踏まえると、「表現の自由」を守りながら「ヘイトスピーチ」が許せないことなんて別に矛盾していないと思うんですね。
 自分の嫌いな作品もあってもイイ「表現の自由」というのは、自分の嫌いな作品は「見なくてもイイという自由」とセットだから成り立つんですよ。

 不快になる漫画、嫌悪するようなアニメ、イライラするゲーム、腹が立つ映画、破り捨てたくなるような小説、観ていると気持ち悪くなってしまうテレビ番組、においを嗅いだだけで吐いてしまうマヨネ-ズ、決して賛同できない意見、関わりたくない人―――これらを私が「あってもイイ」と思えるのは、私に「それらを見なくてもイイ自由」が与えられているからです。

 私が大嫌いなマヨネーズを「あってもイイ」と思えるのは、私に「マヨネーズを食べなくてもイイ自由」があるからなんです。これがもし、秘密結社:全人類がマヨネーズを主食するべき機構みたいな人達の手によって、マヨネーズを食べなきゃ処刑されるみたいな世の中にされてしまったのなら、私はマヨネーズを撲滅するための抵抗運動を命がけで行わなければならなくなります。もうそこには「色んな人がいるから世の中は面白いよねー」なんて言ってる余裕はありません。


 不快になる漫画は読まない。
 嫌悪するようなアニメは切る。
 イライラするゲームはさっさとギブアップして中古屋に売る。
 腹が立つ映画は途中退席をする。
 破り捨てたくなるような小説は破り捨てる。
 観ていると気持ち悪くなってしまうテレビ番組はチャンネルを変える。
 においを嗅いだだけで吐いてしまうマヨネ-ズはそもそも買わない。
 決して賛同できない意見には賛同しない。
 関わりたくない人はブロックをする。

 こうした自由があるから「表現の自由」も守られるのです。
 「表現の自由」は、「関わらなくてもイイ自由」とワンセットなのです。


 んで、ということは……なんですが。
 嫌いな人が「関わらなくてもイイ自由」を守るためには、嫌いな人に届かせてはならないという「義務」が発生するとも思うのです。

 マヨネーズが嫌いな私が、マヨネーズを買わなくてイイ暮らしをしているから「私とは関係のないところにならあってもイイ」と思えているのに、そこにAmazonの「ほしい物リスト」経由で大量のマヨネーズを贈ってきたりはしてはならないのですよ。フリじゃなくて、マジで。贈られてきたら開封配信をゲロまみれにしかねない大参事になりますよ!

 そういや……ニコ生ってゲロ吐いたらBANされるんですかね?
 それは「ゲロ」に対する表現規制だ!ということではなく、「ゲロ」を見たくない人には「ゲロ」を見なくてイイ自由が与えられるべきだから、「ゲロ」を見たくない人には「ゲロ」を見せないようにしたり「ゲロ」を見せることを事前に告知してゲロを見るかどうかの選択をしてもらったりする義務が発生するということです。


 「ヘイトスピーチ」は、差別する対象にその「ヘイト」をぶつけようとする行為だから許されないんですよ。見たくない人に届かせてはならないという「義務」を無視して、見たくない人の「見なくてもイイ自由」を侵害する行為ですから、言ってしまえば「表現の自由」を脅かす行為でもあるんですね。


 分かりやすく説明すると……
 「このブログを書いているやまなしって奴、早く死ねよ」とみなさんが思ったとして、それを御自身のブログに書くのは好きにやればイイと思いますけど、わざわざこのブログのコメント欄に書いたらそりゃブロックするよって話です。実際、そういうコメントに嫌気がさしてコメント欄そのものを閉鎖して、自由に意見を書き込める場だったコメント欄がなくなったブログをいくつも見てきましたしね……


 この「見たくない人に届かせてはならないという義務」の話を突き詰めていくと、ゾーニングの話だったり、NG項目の話だったり、ナマモノの話だったり(※1)になっていくのですが。余談にそんなに時間をかけて語るくらいなら、また別の記事に書いた方がイイと思うので今日はこの辺で。

(※1:アニメのキャラを題材にエロ漫画を描いたとしても、それをアニメのキャラ本人に読まれることはないけれど。存命する実在の人物を題材にエロ漫画を描いた場合、それが本人に知られてしまって大きな問題になる可能性がある――――みたいな話)


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| ひび雑記 | 17:53 | comments:15 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

やまなしさんのお話しはいつも深いですね。
良く考えて発言されてる

やっぱり言葉を発言するって難しいしですよね。

色々な人がいるし、人って回りの意見に流されやすい生き物ですし。

色々勉強になります。

| ナポリ | 2017/07/11 19:25 | URL |

人類が滅亡すれば「楽しみ」や「生きがい」を奪われた人間は存在しないな!

| ああああ | 2017/07/11 22:02 | URL |

まぁ、表現規制する奴は「自分のような優れた人間以外の大多数の劣った人間どもは本に書いてあることを鵜呑みにするものだ」と考えている鼻持ちならない高慢ちき野郎ですからねw
本に書いてあることをそのまま信じる人ばかりだったら作家はすごく楽な仕事でしょうにw
本から何を得るかは千差万別。
自分の嫌いな作品から自分好みの結論を導き出す人だっているわけで、そういう意味でも仰るように自分の嫌いな作品はあっていいのだと思います。

| 児斗玉文章 | 2017/07/11 23:02 | URL |

ヘイトスピーチ規制法の中に関わらない自由云々の話なんて出てこないだろ
勝手にかかわらない自由がーとかアホ丸出しの理論持ち出して擁護してんじゃねーよ

あれはお前のいう「関わらない自由」を確保しようがしまいが問答無用で規制される法律
捏造もいい加減にしろ

| 名無し | 2017/07/12 16:17 | URL |

>ナポリさん

 そうなんですよ!
 おっぱいの話とか書く時も、私はよく考えたうえで書いているんですよ!


>ああああさん
 実際、そういうのはフィクションの定番ではありますね。


>児斗玉文章さん
 ゲームを嫌いな人達の言う「ゲームを始めるとあまりに熱中してしまってその他のことをしなくなってしまうにちがいない!」みたいな話に似ていますね。

 世の中そんな面白いゲームばっかじゃねえぞ!と思いますもの(笑)


>名無しさん
 ヘイトスピーチ規制法の話なんて書いていません。

| やまなしレイ(管理人) | 2017/07/12 21:40 | URL | ≫ EDIT

は?
じゃあお前の言う関わらない自由を確保していないからヘイトスピーチは駄目っていう意見は完全に現実と矛盾してるじゃねーか
頭大丈夫か?

| 名無し | 2017/07/13 05:41 | URL |

・「表現の自由」を守りながら「ヘイトスピーチ」が許せないことなんて別に矛盾していない

・「表現の自由」は、「関わらなくてもイイ自由」とワンセット

・「ヘイトスピーチ」は、差別する対象にその「ヘイト」をぶつけようとする行為だから許されない

・見たくない人に届かせてはならないという「義務」を無視して、見たくない人の「見なくてもイイ自由」を侵害する行為ですから、言ってしまえば「表現の自由」を脅かす行為

このあたりの意見が自分はとても良いなあと思いました。
「表現の自由」と「ヘイトスピーチ」については自分でも考え方がごっちゃになってもやもやしていたところがあったので、とても勉強になりました。

ポイントはどんなに自分の嫌いな物や嫌いな考え方を持った人があったとしてもその物の存在やその人の生きる権利を否定したり、侵害したりしてはいけないということですね。

どうにもネットやツイッター等をみていると、何か悪いところがある人を探して匿名で袋叩きにする様子がよくみられていて、もっとこの部分の考え方の大切さが見直されなければいけない状況だと思います。

大多数の人の正義感に感化されて感情的になり過ぎて、違う意見の人を全否定してしまう人が多すぎると思います。

| yatarou | 2017/07/14 05:36 | URL |

自分の嫌いな作品が「あってもイイ」という考え方ができない場合は?

| ああああ | 2017/07/14 18:31 | URL |

>名無しさん

 「どうして殺人はいけないのか?」と「どういう時に殺人罪が適用されるのか?」が別の話なように、倫理の話と法の話は別の話です。


>yatarouさん
 ついさっきTwitterでも流れてきたのでRTしたのですが……
 「多数派の意見」は表現の自由がなくても守られるのだけれど、「少数派の意見」は表現の自由がないと守られないんです。だから、表現の自由は「多数派から嫌われるもの」を守るものなんですよね。

 今のネットは局所的に「多数派」を作り上げる構造になりやすいので、「多数派による少数派の弾圧」がしょっちゅう起こっちゃうのかなぁと思います。
 でも、本人達は自分達のことを「多数派」とも思っていないし「弾圧」とも思っていない……というのは、別にネット上に限らず歴史的にそういうものだったと思うんですけど。

 この局所的な「多数派」意識というのが、今のネットのポイントなのかなぁと思っています。


>ああああさん
 自分の心がとても摩耗しているんだなあと、そうした作品からは距離を取るようにして、いつもより少し睡眠時間を多めにとって、自分の好きなものになるべく多く触れるように心がけています。

| やまなしレイ(管理人) | 2017/07/14 23:28 | URL | ≫ EDIT

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

| | 2017/07/15 07:14 | |

>このコメントは管理者の承認待ちですさん

 じゃあ、ブロックしますねー。

| やまなしレイ(管理人) | 2017/07/15 08:19 | URL | ≫ EDIT

大変面白い記事でした。

>「表現の自由」は、「関わらなくてもイイ自由」とワンセット

のくだりなど、自分では全然考えもしなかったし思いつきもしませんでしたが、確かにその通りだなあと、深く考えさせられました。記事を読んで、僕なりに2点思ったことがあるので、コメントさせていただきます。

1.
やまなしさんは、根本に「色んな人がいるから世の中は面白い」という考えを持っていらっしゃって、大変立派だなあと思います。というのも、こう考えるのって結構難しいことなんですよね。自分が嫌いな人は初めからいない方が気持ちが良い、嫌いな人間の生きがいなんてなくなった方がせいせいする、と思ってしまうのがやっぱり自然だと思うのです。そのあたり、

>自分の心がとても摩耗しているんだなあと、そうした作品からは距離を取るようにして、いつもより少し睡眠時間を多めにとって、自分の好きなものになるべく多く触れるように心がけています。

のように意識して生きていかないといけませんね。
僕個人の場合は、こうして意識すれば良いだけの話なのですが、「色んな人がいるから世の中は面白い」に立脚して他の人を説得するのは困難なはずです。どうしても、「自分の嫌いなものを規制したい」と考える人が多数派になるのは避けられない気がしています。

2.
記事中ではジャンプのマンガとテレビの番組に関して生じた問題を例にとって議論していますが、これって「自分の嫌いな作品が「あってもイイ」という考え方」を受け入れれば解決する問題かというと、そうではないと思います。
基本的にマンガでは現実に「被害者」がいないのに対し、テレビでは現実の「被害者」がいますから。例えば、児童ポルノはいくらこれを生きがいにしている人がいるからといっても許される表現ではありませんが、これは明確な被害者がいるためだと考えられます。それで、どこからが「被害」なのかという点が問題になってきます。この辺りの許容/不許容の線引きは、公的には法律で定められるものですが、個々人の倫理観としては、やはり人によって大きく異なっています。それで、「テレビ局としては許容と判断したが、ある人には許容できず、クレームを送った」という事態が発生するのだと考えました。
また、R-18表現を18歳未満の人に提供するのも社会的には許容されていないことです。未成年にはどこまでえっちな絵を見せてよいのか、えっちな表現ではなくタバコを肯定する表現ならどうかなど、このあたりの教育的観点も人によって大きく認識の違いがあり、それがジャンプの漫画では顕在化したものだと捉えています。

長文失礼しました。もちろん、こうしたことまで記事に書いていると本当に収拾がつかなくなってしまうので、既にやまなしさんもわかっていてあえて省いたことでしたらごめんなさい。今後ともブログの更新を楽しみにしております。

| 機序 | 2017/07/15 23:03 | URL |

連投すみません。
性的表現の表現規制といえば、犯罪者を増やすかもしれないとの懸念の元で議論される方が多い印象ですが、これも「自分の嫌いな作品が「あってもイイ」という考え方」で解決できる問題ではないように思われます。 ならず者とは関わりたくなくても巻き込まれてしまうものですから。「懸念」の内容を今回の記事の表現を使って説明すると、表現が「関わらなくてもいい自由」を侵害するような人を生じさせるのではないかという懸念、と言い換えることができそうです。
今は表現と犯罪の関連は明確ではありませんが、もし仮にある表現が犯罪を増やしていることが明らかになった場合、その表現は「「関わらなくてもいい自由」を侵害するような人を生じさせている」、つまり「「関わらなくてもいい自由」を間接的に侵害している」という理由で、規制されるべきなのでしょうか......?

| 機序 | 2017/07/15 23:24 | URL |

上の機序さんの性的表現の規制についてのコメントがちょうど最近自分がやまなしさんの記事の内容と併せて考えていたことだっだので自分の考えを書いてみようと思います。

児童ポルノは明確に被害者がいるので犯罪なのですが、問題は児童ポルノ設定の性表現(表現している女性は成人)をどうするかという感じがします。

自分は女性が成人していて、出演を強制された等の人権侵害等が無ければ児童ポルノ設定の性表現が存在していいし、規制されるべきではないとおもいます(個人的には設定であっても児童を傷つける性表現は嫌い・・・というかそういう表現を何度も見ていくうちに自分の性的思想が変化してしまいそうなので見ないようにしています)

ただ、これはあくまで自分の主観ですが特にアダルトビデオでは児童ポルノ設定を含めて余りにも現実とかけ離れている性表現が多すぎるのではないかと思います。正直、自分もリアルで女性とセックスしたことが無いので本当のところは分かりませんが、こんな強引だったり乱暴だったりな扱いをして実際の女性は喜ぶのかなあ・・・という性表現が多すぎると感じます。

正直、セックスって基本男女でやることなのに男側の過激な嗜好ばかりが表現されているのはとてもバランスが悪いなあと思います。
なので女性側の嗜好の入ったアダルトビデオ等の性表現がもっと増えれば良いと思います。どういうセックスをすれば女性は喜ぶのか、リアルでやるときに参考になるハウツー的・ドキュメンタリー的なアダルトビデオがあっても良いと思いますし少なくとも自分はとても見たいです。

過激な性表現を規制していくのではなく、女性側の目線を加えた限りなくリアルに近い性表現を増やしていくことで性表現全体のバランスを取っていった方が良いと自分は思います。

| yatarou | 2017/07/16 08:38 | URL |

>機序さん

>僕個人の場合は、こうして意識すれば良いだけの話なのですが、「色んな人がいるから世の中は面白い」に立脚して他の人を説得するのは困難なはずです。

 これはまさに仰るとおりで……
 「色んな人がいるから世の中は面白い」という考え方だと、その反対の「自分の考えだけが正しくてそれ以外は間違っていると思う人」も面白いということになるので、そういう人に「色んな人がいるから世の中は面白いんですよ!」と説得するのは矛盾を孕んでいるんですね。

 だから、僕は説得することをしませんし、言ってしまえばこの考え方は「世の中から一歩引いている」というか、どこか「他人事」に捉えているのかなぁと思います。


>基本的にマンガでは現実に「被害者」がいないのに対し、テレビでは現実の「被害者」がいますから。
>犯罪者を増やすかもしれないとの懸念

 2つの返信にまたがった話ですが、この2つの話は近い話だと思います。

 まず「現実の被害者がいる」話ですが……
 例えば今回のガンプラを捨てられた(られそうになった?)旦那さんの件ですが、Twitterでは「旦那さん可哀想」「嫁や子どもがヒドイ」みたいに言われていましたけど、当然のことながら旦那さんも了承してテレビに出ていたのでしょうからそれを「被害者」というのは過剰反応すぎると思います。
 ガンプラを捨てるべきかなんて家庭の問題ですしね……外野がどうこう言う話でもありませんし。


 んで、「犯罪者を増やすかも知れない」件ですけど。
 これは言ってしまえば「被害者を増やすかも知れない」とも言い換えられて―――ガンプラの番組を「ヒドイ!」とRTしていった人達は「この番組の影響で、旦那の宝物を捨てていく嫁さんが増えたらどうするんだ!」と怒っていたんですね。


 つまり「現実の被害者」がいようがいまいが、「未来の被害者が出るかも知れない」ということにみんな怒っているんです。



 んで、「未来の被害者が出るかも知れない表現」に対する僕の考えですけど……それって受け手の問題であって、表現の問題なのかな?と思うんですね。
 仮にガンプラ捨てる番組を観て「そうだ!ウチも旦那の宝物を捨てよう!」と行動を起こした家庭があったとして、そういう家はその番組を観る前からそういう問題を抱えていた家だと思うんですね。

 表現というのは「最後のトリガー」にはなるかも知れませんが、「0から人を動かす」ことは出来ないと思うんです。特にテレビ番組なんて「そういうことに興味がある」からその番組を観ているワケですからね。



 「最後のトリガー」にしかならないということは、表現側で歯止めを効かせるのも難しく。
 例えば、ついこないだクジラックス先生のエロ同人誌(の違法アップロード)を読んで手口をまねた犯罪者が捕まりましたけど……

 クジラックス先生の商業エロ漫画は、強姦などをした人は必ず報いを受けるようになっていて。死刑になったり、自殺したり、社会的に破滅したり、そうすることで「俺も強姦してみよう」なんて思えないようにバランスを取っているんですけど。
 では、手口をまねられた同人作品ではどうだったかというと、強姦した人は何の報いも受けません。逆に、強姦された少女がその後に自殺して終わるんです。

 その後味の悪さは、初期の『闇金ウシジマくん』に影響を受けているなんて話もありましたが、ある意味ではどんな作品よりも「強姦は絶対に許される行為ではない」「加害者が捕まらなければイイというものではない」と描いていたと私は思うんですが。


 でも、その作品を読んでその手口をまねた犯罪が起こるのですから――――作者が作品にこめたものなんて読者は読みもせず、自分に都合のいいところだけを真似するワケですよ。だって、そういう人は「最後のトリガー」が欲しいだけですから。



 まぁ、でも全く「配慮をしなくてもイイ」のかというとそうでもないと思いますし、その配慮を作家側に押し付けるのなら自主規制と何がちがうんだって話なので……難しいですね。



 あ、あと「現実の被害者がいる」話ですけど……被害者がいるかどうか以前に、作品を作るために犯罪を犯してしまったら「表現として許されるのか」以前に「人間として許されない」というだけの話だと思います。
 児童ポルノの話もそうですし、ガチな強姦ビデオとかもそうですし、違法ドラッグで気分を高めて作った曲とかもそうですけど……その表現が許されるか以前に、犯罪者なので。


 「犯罪ではないけれどモラルに反している」みたいな表現の場合、「モラルに反していることを支持する人」や「モラルなんてものをぶち壊したい人」がいますから……一概に否定は出来ないかなぁと思います。
 私個人としては「嫌い」なことが多いですけど。



>yatarouさん
 「18歳以上のAV女優さんが、18歳未満の設定(例えば女子高生)でエッチをするビデオ」みたいなのを“児童ポルノ”と言っちゃうと、ややこしいことになるような……

 “児童ポルノ”と言うと「18歳未満が出演している」ものを指すのが一般的じゃないですかね。


>なので女性側の嗜好の入ったアダルトビデオ等の性表現がもっと増えれば良いと思います。

 えっとですね……
 「女性向けのエロ動画」も実は結構あるんですよ。例えばDMM動画のページから「女性向け」で検索すると、ズラッと出てくるのが分かると思います。

 でも、「男性向けのエロ動画」と「女性向けのエロ動画」の視聴者層は乖離していて、男性は女性向けを観ないし、女性はあんまり男性向けを観ない……僕もさすがに「女性向けのエロ動画」は観たことがないです。
 この辺は「ギャルゲー」と「乙女ゲー」の関係性に似ているかも知れませんね。



 また、AV女優さんがプロデュースしたり、元AV女優さんが監督したりした「男性向けのエロ動画」は観たことがあるんですけど、女性の嗜好が入っても「男性向け」なので「男性向けのエロ動画」の文法で作られていました。
 女性が作ろうがなんだろうが、買うのが男性な限りは「男性向け」の嗜好品になるのだろうと。


>リアルでやるときに参考になるハウツー的・ドキュメンタリー的なアダルトビデオがあっても良いと思いますし少なくとも自分はとても見たいです。

 ハウツー本は結構ありますね。
 でも、男性がハウツー本で勉強した知識を実践すると女性から嫌がられるとも聞いたことがあります(笑)。当たり前なことですけど、体のことは「人による」ものですからね。

 極端な話、AV女優さんだと「AV撮影のセックスが一番キモチイイのでAVみたいなセックスをしてくれる人と結婚したい」と言っている人もいますし。

| やまなしレイ(管理人) | 2017/07/18 00:26 | URL | ≫ EDIT















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