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やまなしなひび-Diary SIDE-

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大人になって鈍感になる舌と、敏感になってしまった感情

 漫画『甘々と稲妻』にこういうシーンがあります。

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<画像は漫画『甘々と稲妻』2巻その6「きらいな野菜とコロコログラタン」より引用>

 この漫画は、男手一つで幼稚園児の娘を育てている父親が、娘のために今までしてこなかった料理に取り組んでいく作品で―――「娘はどうしてピーマンを嫌いなのだろう」と相談した際に出てきた会話です。小鳥ちゃん曰く「子供の舌が敏感だから」とのこと。


 この話、私にとって天地がひっくり返るくらいの衝撃だったのです。
 子供の頃は「コーヒーにはたっぷり砂糖を入れなければ飲めない」くらい苦いものが苦手だったり、わさびが苦手だったり、カレーは甘口じゃないと食べられなかったり、強烈な「苦さ」や「からさ」が苦手だったじゃないですか。そういうことを「舌がお子ちゃまだ」と、未成熟なものかのように言っていて。

 大人になって苦いものが食べられるようになったり、からい物が食べられるようになったりすると、「これは大人の味だ」とあたかも自分が成長したかのように言い出すこともあって。


 でも、実際は年をとって舌が鈍感になって「苦さ」や「からさ」を感じづらくなったから食べられるようになっただけで、克服したワケでも成長したワケでもなかったのか!むしろ老化というか、退化しただけだったのかと驚いたのです。
 この話は「漫画の中だけで語られている俗説」ではなくて、「子供の舌 敏感」とかでネット検索してみると山のように解説記事が出てくるので、ある程度信ぴょう性のある話なんでしょう。「コーヒーに砂糖を入れて飲むのはダセエ」と言われて、必死にこらえてブラックコーヒーを飲めるようにがんばった日々は何だったのだ(むしろ、その努力で舌がバカになった結果が今と言える)。




 さて、この話……
 漫画でもアニメでも小説でも映画でも、「作品」を楽しむ際にも言えることだと思うんですね。

 分かりやすい例を出すと、「年を取ると涙腺が緩くなる」が挙げられます。
 オッサンになってくると些細なことでも泣けるようになるのだけど、これは「人生経験を重ねた」ことと「想像力が鍛えられた」ことによって、相手だったりキャラだったりの気持ちがより分かるようになって「つらさ」や「嬉しさ」が2倍・3倍も伝わるようになるからだって言われています。「大人になると舌が鈍感になる」の逆パターンで、「大人になると感情移入が敏感になる」とでも言いますかね。

 「泣ける作品で泣けるようになる」だけなら別に構わないと思うのですが、「つらい作品はよりつらく感じるようになる」こともあるので……大人になったら「つらいストーリー展開をしていく作品」に耐えられなくなって、『ごちうさ』とか『ゆるキャン△』みたいな平和な世界の作品しか観られなくなるのは、こういう原理だと思うんですね。


 逆に言えば、碌な人生経験を積まず、想像力もない人だったら、年齢を重ねたところで特にその辺の感性が敏感になることもないので……「舌がバカになっている私の味覚」のように、より刺激的に「味の濃いもの!味の濃いものが正義だ!」とジャンクフードのような作品をいつまでも求め続けるということかな……?

 「ジャンクフードのような作品」が、どの辺の作品のことを指すのかはみなさんのご想像にお任せしますが。




 突然なんでこんな話を書きたくなったかというと、私ここ数年「本棚にしまってあった本を自炊(スキャン)して読み返している」のですが……先週、十数年ぶりに『サユリ1号』という漫画を読み返して、昔に読んだとき以上に打ちのめされてしまったのです。

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<画像は漫画『サユリ1号』2巻1話「祭りの夜7」より引用>

 この漫画は2002年~2003年にビッグコミックスピリッツで連載されていた村上かつら先生の作品で、リアルタイムに読んだというよりは完結してからしばらく経ってからこの作者の別の短編にハマって遡って集めたくらいだったので、当時は「たくさんある面白い作品の一つ」くらいに思っていました。

 内容を簡単に説明すると……大学3年生の主人公の頭の中には、子供の頃から「妄想でするオナニーの相手」としてサユリという理想の女性がずっといたのだけど、彼が部長を務めるサークルの後輩に「サユリそっくりの顔をした」コが入ってきて―――から始まる壮絶な話です。
 このあらすじだけ読んで「男の願望を形にした都合のイイ漫画かな」なんて思った人がいるかも知れませんが、そんなもの木っ端みじんに打ち砕く展開の連続です。みんなが心のどこかに抱えているけど、決して他人には見せないものが、次から次へと暴かれていくみたいな作品で―――紹介しておいてアレなんですけど、心の弱い人は読まない方がイイと言いたくなる作品です。


 でも、昔に読んだときはそこまで壮絶に思わなかったんですね。
 大体のストーリーは覚えていたし、最後こうなるということも覚えていたのだけど、読んでて「こんなすごい作品だったっけ!?」と心がグラグラしてきました。
 昔好きだった漫画を読み返すのって、「ストーリーを覚えている」分だけあまり楽しめないことが多いし、好みも変わるから「どうして昔の俺はこんなものに夢中になっていたんだ」と思うことも多いのですが……この作品は、逆に「どうして昔の俺はこの作品を落ち着いて読んでいられたんだ!?」と思ってしまったくらいです。


 多分これが、「年を取って舌が敏感になった」ことだと思うんですね。

 昔の自分にとってフィクションの中で起こっていることは他人事で、キャラが苦悩しているのも「自分ではない誰か」が苦悩しているものだったのですが……今の自分は、苦しんでいるキャラがいるとついつい「これは俺だ」と思って読んでしまうのです。
 いや、まぁ冷静になるとこの主人公は俺より全然モテてるんだから、「よく考えるとちっとも共感できねーぞ」とも思うのですが(笑)。自分とは全然ちがう境遇のキャラの気持ちになりきれてしまうことが、昔より多くなったのかなと思うのです。特に『サユリ1号』の場合は、主人公よりも悲惨な末路に進むキャラも少なくないですし、その辺がダメージになったのかも。




 人間、長く生きていれば好みは変わるし、考え方も変わるものです。
 「子供の頃に比べて舌がバカになった」と先ほどは書きましたが、おかげさまでコーヒーを飲めるようになったし、ピーマンも大好きになったし、辛口のカレーもキムチもわさびも喜んで食べるようになりました。「昔の自分」と「今の自分」、好みが変化していくことで「昔は美味しいと思わなかったものを美味しいと思えるようになった」のならそれはイイことだと思うんですね。その逆に、「昔は美味しいと思っていたものを美味しいと思えなくなった」としても。

 同じように、年を取って感情が敏感になってしまったことで「楽しめるようになった作品」「楽しめなくなった作品」があることも、長い人生を俯瞰的に見れば悪くないことだと思うのです。十数年前の自分には『サユリ1号』の本当の凄さは分からなかったので、それが分かるようになった今読んでみて良かったと思います。その分だけ、心に深くダメージを喰らいましたけど(笑)。


 逆に考えると、「今の自分が楽しめないもの」も十数年経てば楽しめるようになるってこともあるのかも知れませんし、自分が十数年前に通過したようなものを若者が楽しんでいるのを見て「あんなものを楽しんでいるのか」なんて言っちゃいけないよななんて思いました。


 

| ひび雑記 | 17:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

やまなしさん、今回の投稿も非常に考えさせる内容ですね(^^;
感性は年とともに変わり、味覚だけでなく、趣味であっても好みが変わるのは、確かによくある話ですね。
少年誌と青年誌って、日常を描く作品の中でもアプローチ方法が違っていて、読者の年齢層や好みに合わせた作風になりますよね。
スポーツで少年誌なら部活を描くケースが多い、など。
やまなしさんの言われる通り、青年誌には、敢えてほのぼのした日常を描く系の話なんかもありますね。
ここまでは、成長過程というか、読者の年齢層や好みに合わせていて、ラインナップについてなんとなく分かる気がします。

そんな中、青年誌に時々見られる作風として、「人生こんなもんだよね」という諦めの視点を敢えて描いた作品もあると思いますが、私はこれがとても苦手です(^^;

数年前に人気が出た「ただただフリーター(道路工事かなにか)の恋愛を描いた作品」が正にそうだったんですが、「夢や目標なんて歳じゃない(もしくは諦めた)20代のターゲットに対して、恋愛でもして小さな幸せを掴む物語を描けば、そういった層に支持を得るんじゃないか」みたいな作者の意図を感じて、とても気分が悪くなった思い出があります。
例えば有名な漫画「カイジ」など、ギャンブラーで所謂「クズ」なキャラを描いたとしても、熱意のある主人公なら物語を楽しめますし、全く逆の路線でほのぼのした日常を描く作品などでも、登場するキャラクター的に熱意は感じられなくても、「こういった世界観を描きたい」という作者の熱意が感じられれば、それはそれで素直に楽しめるんですが…

やまなしさんの投稿された内容(「サユリ1号」)とは若干異なりますが、「漫画家として作品を出す」という夢(目標)を叶えた人が、「夢、目標なんて、いつまでも追えないよね」というフリーターの話を描く、それで共感を得よう、という作風に、年齢を重ねるほど嫌気がさしたことがあり、それをなんとなく思い出しました。 

読者の勝手な感想・言い分で申し訳ありませんが…(^^;

| ああああ | 2019/05/11 22:47 | URL |

>ああああさん

>青年誌に時々見られる作風として、「人生こんなもんだよね」という諦めの視点を敢えて描いた作品もあると思いますが、

 あー、あんまり意識したことなかったのですが、確かに少年誌に比べてそういう傾向はあるかも知れませんね。「夢」を追い続けるのはつらいという読者に合わせて、そういう作品が描かれるのか……

 この話、偶然なんでしょうけど『サユリ1号』もそういう話なんですよ(笑)。「夢に描いていたような理想的な女性が現れたらどうなる」みたいな幻想を、どんどんぶち壊して立ち直れなくなっていくという。

 そうしたものが「大人っぽい」と思う年頃も確かに自分にもあって、でも今は「フィクションの中くらいもっと夢を見させてくれよ」と思うようになったので……より現実に絶望した結果とも言えます(笑)。

 この辺は流行とか時勢とかの影響もありそうですけどね。

| やまなしレイ(管理人) | 2019/05/15 23:47 | URL | ≫ EDIT















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