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零から始まる青春物語・羽海野チカ『3月のライオン』1巻感想

 「泣いても仕方ないからあきらめて
 悲しいから考えないようにして
 頭から追い出して、追い出して、追い出して…――でも、本当にそれでよかったんだろうか…」


 『ハチミツとクローバー』の羽海野チカ先生が、青年誌(ヤングアニマル)に舞台を移して描いている最新作がようやくコミックス化されました。

 『ハチクロ』のアニメ版は毎週毎週楽しみに観ていましたが、結局原作の漫画はノータッチだった僕。次回作はコミックスから追いかけたいなと漠然と思っていましたし、去年の夏に高橋美佳子嬢のネットラジオに羽海野先生がゲスト出演されていた際の話にも惹かれていましたし、僕は女性作家が描く青年漫画が大好きですし、コミックス化をとても楽しみにしていました。


 いつもの通り事前情報を全く入れていなかったので、読んでビックリしました。
 れい(零)という主人公の少年が、川向こうに住む三姉妹とイチャイチャするお話でした。

 これは!俺が読まずして誰が読む漫画なんだ!

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羽海野 チカ

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 主人公・桐山零が「何もない」と言われる回想シーンから物語は始まります。

 ですが、その印象的なスタートとは裏腹に……三姉妹や猫とイチャイチャしたり、17歳にしてかなりの月収な天才棋士だったり、やたら陽気なライバルがいたり。「すごく楽しそうな人生じゃないか」と思っていました。


 絵の密度、次から次へと出てくる登場人物にその人間関係、読者を置いてけぼりにして語られる主人公の感情……よく言えば「スミズミまで詰め込まれている」、悪く言えば「ゴチャゴチャしていて疲れる」―――
 ところどころに使われるデフォルメ絵や、定規を使わないフリーハンドの背景の暖かみ(どこに定規を使って、どこに使わないかというのは結構勉強になりますね)などで絶妙に緩和されてはいましたが。第一印象は正直、「取っ付きにくい」と思いました。

 しかし、一度その壁を超えると凄まじい世界が見えてくるもので。
 徐々に見えてくる人間関係、主人公が「何もない」と言われていた背景、想像の余地を残す程度に与えられる謎と伏線、画面いっぱいを存分に使い切る絵の美しさと言葉選びの美しさ。そして、『ハチクロ』同様にダイレクトにこちらの心を鷲づかみにしてくる力強さ。



 「零」は「何も起こっていない」ところからスタートしているという意味ではなく、「何もかもを失った」ところからのスタートという意味。全てを手にしているようで、何も手にしていない―――恋と未来に悩んだ『ハチクロ』の主人公達と違い、零くんは恋すらどこかに置いてきて悩む権利すら奪われてしまったかのよう。


 空っぽの零くんが、三姉妹を始めとする様々なキャラと触れ合うことで成長していく物語なんでしょう。
 将棋の棋士を主人公とした話ということで「えー」と思う人も(特に『ハチクロ』が好きだった人の中には)いるとは思いますが、棋士としての成長を描いていくのではなく、主人公の心の成長物語を描く舞台がたまたま将棋界という程度なのだと思います。

 空っぽだから描けるものがある。
 空っぽだから伝わるものがある。


 題材は全然違うし、そもそも雑誌が青年誌になりましたし、巻末漫画で羽海野先生も「前の漫画とは随分違う」と仰っていました。
 でも、僕は『ハチクロ』で竹本君が一人追い求めたあの旅と同じものを『3月のライオン』に感じましたし、これはやっぱり羽海野先生の漫画なんだなーと『ハチクロ』の原作を読んでいない僕でも思いました。



 漫画はここまで出来る―――
 漫画はここまで描ける―――

 色んなものが詰め込まれた珠玉の一作。こういう漫画が存在してくれることは非常に嬉しいし、励みにもなるのですが、正直焦りもします。今後一切「漫画だからしょうがないよ」なんて言い訳が出来ませんもの。



【オマケ】
 せっかくなので、1巻時点で「謎」として残っている伏線を整理しておこうと思います。
 1巻のネタバレになるので「続きを読む」か「記事URL」で。ヤングアニマルの方は読んでいないので、そちらのネタバレをこちらに送ってきたりはしないで下さいね。




○ 冒頭に出てくる「ゼロって変な名前」と言っていた女のコは香子なのか
 子ども時代の香子が零のことを「ゼロ」と呼んでいたことや、零が回想シーンでパジャマを着ていたことから考えると、その可能性は高そうですね。そう考えると……「恋」という単語で、彼女のことを思い出した零の気持ちは如何にというか。

 「急に出ていって」という幸田さんの言葉からすると、その事が「出て行く」という最後の一押しになったのかなーと思ったりもしました(もちろん自立の計画は立てていたのでしょうが)。


○ ひなた→零の感情は?
 最初に1話を読んだ時は、フツーにひなちゃんが正ヒロインなのかと思ったのですが。ひなちゃんは同級生の男のコに片想いをしているし、やたら零に姉をオススメしているように思えるんですよね。あかりさんが二階堂に頬染めている時も、ずっと謝っていたし。

 ひなちゃんは零があかりさんを好きだと思っているっぽい?
 この辺は今後の伏線になりそうですね。


○ 何故、零はひなたに将棋のことを隠すのか?
 第1話を読んだ時はよく把握出来なかったんですが、ひなちゃんが「将棋の対局」のことを「部活の試合」だと思っているのは、どうやらひなちゃんだけに将棋のことを隠しているみたいなんですよね。あかりさんやおじいちゃんは知っているのに、ひなちゃんがいる時だけは「部活」と言うことにしているという。

 まぁ、セオリーからするとひなちゃんは将棋全般や棋士を嫌っているというところですかね。キャラ配置から逆算していけば、ここにいない“父親”絡みだとか。明かされない過去からすれば、母や祖母が死んでしまった話関係だとか。
 零もその事情を知っているからこそ、ひなちゃんの前では隠すのだろうと思います。

 上で書いた「ひなた→零」のフラグのためにココを使ってくる可能性もありますし、それを零の棋士としての壁に使ってくる可能性もあります。どっちにしろ面白そうな伏線を第1話から仕込んでいたんだなぁと驚きますね。


○ 何故、二階堂は零に病気のことを隠すのか?
 ライバルだから。

 あ、一行で終わっちゃった……(笑)
 初登場の時はピザ食っていたからそういうキャラなのかと思っていましたが、実際には食事制限をしているほど体が弱く、それを零には隠しているみたいなんですよね。「貧血なのだろう」というのは、零の誤解だという。

 面白いなと思うのは、これだけ一緒にいる零は気付いていないのに、一度会っただけのあかりさんは(脅威の想像力で)それに気付いたということですよ。こうした「誰は誰のことをどのくらい知っている」というギャップは人間ドラマの醍醐味ですから、どう使ってくるのか非常に楽しみです。


○ 林田先生は何のために存在しているのか?
 『ハチクロ』の例で言えば、羽海野先生は「必要なキャラだけを置く」というよりも「その人が生活しているコミュニティを描くためにキャラを置く」タイプの作家さんなのかなと思うので……零が高校生であることや、将棋マニアから見た零の存在を描くというだけでも役立っているのですが(というか、この複雑な状況を2話目で説明しきるには絶妙な手段だったと思う)。

 興味深いのは「編入」と「前の学校では…」という零の言葉。

 その後に描かれる回想編からして、零は中学時代にプロになって、中学卒業後に家を出て、やっぱり高校にも行こうと林田先生のいる高校にたまたま入ってきたのかなーと思ったのですが。その場合、「前の学校では」とは言わず「中学校では」と言いますよね。

 ということは、プロになった後に高校に通っていて、トラブルを起こして編入してきたってこと?トラブルなのか、幸田家を出たことに起因するのかは分かりませんが……零の性格は学生生活にルーツがあるような気がするので、その辺を描くために配置しているのかも知れませんね。


○ あかりさんが一人しかいないというのはおかしいんじゃないか?
 お弁当の回で「普段の料理の味付けはあかりさんがしている」ことが判明したんですが―――そう考えると毎回の料理はあかりさんがメインで作っていて、モモちゃんの保育園の送り迎えもして、夜は銀座の飲み屋で働いて、時々おじいちゃんの店も手伝って……体一つじゃ、足りなくないでしょうか。

 先輩達と飲みに行く際のカンジからすると、「たまにしか店にいない」というワケでもなさそうでしたしねー。いつ寝ているんだ、あの人は。


○ 『3月のライオン』のタイトルの意味は?
 将棋については疎いどころの話ではない僕なのですが、この漫画に出てくるタイトル戦の名前はアレンジしたもので「獅子王戦」という将棋のタイトルは架空のものみたいですね。普通に考えれば、これが「ライオン」なんでしょうが……

 「3月」については分かりやすく……この漫画では季節感を重視されているようで、冒頭の6月から、7月のお盆(僕はお盆は8月だと思っていたんですが、7月にお盆をする地域も少なくないらしい)、お弁当の回以降は長袖を着ているので季節が秋になっているんですよね。このまま3月までを描く話なのかなと。


 加えて言うと、零の住む「六月町」から三姉妹が住む「三月町」までの道のりはこのことを暗喩しているとも思うので(物語が6月が始まるのもこれに引っ掛けてある)、3月までのお話で一区切りなのかなーと予想しています。



 予想が当たるか外れるかは別に大した問題じゃなくて、些細な描写から「ここはこうなんじゃないかな?」と想像させてくれることが楽しいんですよね。なので、外れているからと言って文句をぶつけてこないで下さいね(笑)。

 しかしまぁ、色んなものを詰め込んできているから色んな楽しみ方が出来る漫画ですね。
 二階堂視点ならそれこそ普通に少年漫画のような熱さがありますし、三姉妹に注目してイチャイチャ具合に癒されるという楽しみ方も出来ます。この辺のフトコロの深さは流石だなーと感心しました。

 続きが非常に楽しみなんで、2巻の発売を心待ちにさせていただきます。

| 漫画読み雑記 | 18:36 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

将棋ファン的な見解だと3月は順位戦の最終節があり昇級及び降級が決定する月でもありますので3月なのではないかと

| s | 2008/02/28 21:02 | URL |

将棋界の一番長い日、で検索してみてください。
今年は3月3日(月)が一番長い日です。BS放送もされるはずなので興味が湧きましたら是非

| s | 2008/02/28 21:09 | URL |

>sさん

 なるほど。
 現時点では「昇級及び降級」の重要性について漫画内では語られてはいないと思うのですが、最終節にハイライトを持ってくるというのはありそうな気がしますね。後は、その辺を僕みたいな“将棋に詳しくない読者”にどう伝えていけるかですかね。

 BS放送は……ウチではBS観られないんで……残念ながら。

| やまなし(管理人) | 2008/02/29 17:47 | URL | ≫ EDIT

3月のライオンとは「暖かい春が来るということわざ」だとウィキのところに書いてありました。

| ああああ | 2008/03/04 18:51 | URL |

>ああああさん

 あー、なるほど。そういうことわざがあるんですね。
 もちろん「そういうことわざがあるから」そういうタイトルを付けたワケではなくて、そのことわざに絡めたストーリー展開になるということなんでしょう。実際の季節的にもそうだし、登場人物達の心としてもそうだし、と。

| やまなし(管理人) | 2008/03/04 21:34 | URL | ≫ EDIT















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