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「漢字が読めない首相(笑)」という嘲笑に自分が思ったこと

 ※ コメント欄にて指摘を頂き、記事タイトルを修正しました。


 右か左かみたいな話と解釈されても困ります。
 マスコミ報道のあり方みたいな話をされても、僕自身がそれをチェックしていない(テレビを付けない)ので困ります。政治についての話がしたいワケでもありません。そういったコメントをされても「あばばばばば」としか返せませんので御了承下さい。



 要は、「人として」という話。


 「あのくらいの漢字は誰だって読めるだろー(笑)」

 これ、麻生総理の読み間違えが話題になっていた頃、僕が好きだったラジオパーソナリティが笑いながら放った言葉でした。その瞬間、ゾワゾワと得体の知れない寒気のようなものが僕の中に走ったんですよ。「見ちゃいけないものを見た」とか「聞いちゃいけないものを聞いた」感覚というか。



 「漢字が読めなくても総理になれるくらいだからなっ」

 これ、こないだ久々に会った知り合いがオモシロ相槌としてチラッと放った言葉でした。
 上述したラジオの“気持ち悪さ”があったから僕は「いや、それは違う」と本気トーンで否定をしたら、「何オマエ、マジになってんの?」「そこ笑うとこじゃん」「きもっ」「だからオマエ、モテないんだよ」的な空気になってしまったのですけど(余計なお世話だ!)……でも、ホント僕はコレが許せなかったんですよ。許せないというか、気持ち悪くて吐き気がして虫唾が走ったというか。




 「頻繁」を「煩雑」だと間違えたんだか「煩雑」を「頻繁」と間違えたんだか、当時からこの話題が気持ち悪くて聞き流していた自分はイマイチ覚えていないんですが―――仮に、「頻繁」のことを「あのくらいの漢字は誰だって読めるだろー(笑)」とした場合。僕には2つのことが頭に浮かぶんですよ。


1.果たしてそれは本当に「誰でも読める漢字」なのか?

2.では、「誰でも読める漢字」と「誰もが読めるワケではない漢字」の境界線はどこなのか?



 「山田」という名前を「さんでん」と読んだとかならともかく、「頻繁」という漢字を「ひんぱん」とは読めない人も“いないことはない”と思うのです。百歩譲って「頻繁」を100人中100人(成人男女の中でということにしますか)が読めたとしても、「未曾有」はもっと難易度が高いと思います。
 もし仮に「頻繁」と「未曾有」が誰でも読めるのだとしたら、「女郎花」は?「注連縄」は?「三都主アレッサンドロ」や「田中マルクス闘莉王」は?誰もが読める漢字ってどのレベルのことを言うの?それが読めないという人は、果たして本当にダメな人なの?


 「誰でも読める漢字」って言葉にドキッとした人は少なくないんじゃないかと思うのです。
 「俺、漢字得意だから読めるよ」って人は、じゃあその発言を聞いている周りの人間に「やばい…俺読めねぇ……」という人がいたらどうするの?その人が明日いきなり日本国中から「バーカバーカ!」「こんなにバカなのに就職できたなんて奇跡だね!」「優秀なのに就職できない人がいるというのにね!」とか笑い者にされたとしても、同じように笑えるの?


 人をバカにしてコケ落とすのって、凄くリスキーだと思うのですよ。
 かく言う僕も「カップラーメンが400円くらい」発言で麻生総理が叩かれていた頃、「え?カップラーメンって幾らなの?」と焦りましたもの。

 詳しくは語りませんが僕は20歳を過ぎてからカップラーメンを買っていないので、正直値段なんて分かりません。10代の頃は、280円くらいするラ王とかを「高いなぁ……」と尻目に150円くらいのカップヌードルを買っていたので、「今のカップラーメンは370円くらいするんだよ!」とウソを付かれても納得してしまうと思いますもの。
 自動販売機のジュースとかもそうで。僕は滅多に買うことがないのだけど、どうしても飲みたくなるのは山の上とか観光地みたいな“特別価格”の場所なので、普通の自販機の値段なんて知りません。

 そもそも「20代の人間が知っていて当然のこと」を、60歳とか70歳とかの人が知っていて当然と思う方がおかしいと思いますし。



 「政治家と一般人は違う」と言うのならば―――

 喩えばさっき漢字について「やばい…俺読めねぇ……」と思った人が、「俺、国会議員に立候補しようと思うんだ!」と言い出した場合、「お前、漢字が苦手だから政治家には向かないよ」と言うべきなの?漢字は読めなくても誰よりも人々の暮らしのことを考えている人間だったとしても、「漢字が読めない」とか「カップラーメンの値段を知らない」といった一点で政治家には向いていないの?

 あれ……よくよく考えたら、僕は「総理大臣」になる資格をよく分かっていなかったんですけど(総理大臣って国会議員でないとなれないんでしたっけ?)。とりあえず、衆議院議員は25歳以上の日本国民ならば誰でもなれる可能性はあるんですよね。そこに「学歴」とか「学力」とかは関係がないという、一応建前はなっているんですよね。





 別に僕は麻生政権を肯定も否定もしません。
 右とか左とかマスコミ批判とかの話も興味がありません。

 総理のことも政治のことも、この話の主題ではありません。
 「政治家」に対して「政治」の部分を批判するのは構わないと思います。それでメシ食っているワケですからね。それは「漫画家」にとっての「漫画」も、「アニメ監督」にとっての「アニメ」も、「ゲームクリエイター」にとっての「ゲーム」もそうです。今回の話はそういうレベルの話ではありません。


 自分が出来ることを他人が出来ないと知った途端に「バーカバーカ!」と叩き始める、それが別にワイドショーとかそういうレベルではなく、自分にとって“好きなラジオパーソナリティ”とか“久々に会った知り合い”といったレベルの人が言っていたことにショックを受けてしまったという話です。

 マスコミが悪い?教育が悪い?
 違うよ、人だよ。人をバカにするのも、人を攻撃するのも、人を殺すのも、人なんだよ。責任転嫁をしてはならない(そもそもマスコミや教育も人が動かしているワケだし)。責任は常に人の側にあるんだよ。


 「他人を攻撃するのって楽しいじゃん」
 そんな悪意でこの世界が動いているのだとしたら、きっと哀しい惨劇はいつまでも終わらない。だから、僕はいつだっていつまでだって言い続ける―――



 「色んな人間がいるからこそ世界は面白い」
 自分が出来ることを出来ない人もいるし、自分に出来ないことを出来る人もいる。そうやって補う合うのが社会だと思いますし。出来ないことを恥じる必要も、出来ない人を嘲笑う権利もないんだと僕は思うのです。

 他人への攻撃は、いつか自分に返ってくる。
 その手で他人を抱きしめれば、いつか自分が抱きしめられる日が来る。



(関連記事:「自分が興味のないものは規制されてしまえばイイ」のだろうか
(関連記事:「彼女はいません」が恥ずかしくない社会へ

 ―――この話、ちょっとだけ続くつもりです。


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| ひび雑記 | 18:09 | comments:13 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

簡単に誰かの失敗を叩くことで笑いを取ったり気持ちよくなったりすることは許せませんし、そういったことをやってしまう人間が悲しいかな結構な数存在することは事実ですが、
「仮にも自分たちの住む国を率いる立場にいる、しかもきちんとした教育を受けたいい年をした人間が、用意された原稿の文字を読めない」
という事に対して、「気持ち悪くて吐き気がして虫唾が走る」感を覚える人がいるのもまた事実ではないでしょうか?
どこかで「自分達の代表とも言える存在に、そのレベルのことはしてほしくなかった」という、思い入れ。そこが過剰に演出され、その流れに便乗して「みんなそう思うよね!あいつってバカだな!」という、本筋とは遠くなる持っていき方をする人が出たのではないでしょうか。
先日、某番組で森元総理が全く英語ができなかったために、クリントン大統領にたいそう的外れな受け答えをした時の事を、「留学先でみんな物凄く恥ずかしい思いをした」という人と、「こんな面白い受け答えをするなんて、大好きだ!」と言った人がいたように、受け取り方は人それぞれですよね。

私は、たとえ一般の人には「難易度が高い」と思える漢字でも、麻生氏にはちゃんと読んでもらいたかったと思っています。真剣に。だから怒りを感じますが、もちろんそれはやまなしさんが挙げられたラジオの方たちとは違う怒りだと思います。バカにして楽しい訳がない。「漢字に弱ければ政治家に向いていないのか?」とかそういう問題ではなく、総理大臣には、立派であってほしい。

「出来ない人を嘲笑う権利はない」とおっしゃりたいのはわかりますが、まるで麻生氏のあの発言に関して怒る事自体がひどい、といった展開の記事だったので、気になりました。
ちょっと、例えが悪いというか。

| ああああ | 2008/12/27 23:51 | URL |

>ああああさん

 「どうにも話が噛み合っていないなぁ」と思ったのですが、何度かコメントを読み返して分かったような分からなかったような……仰ることに反していたらゴメンなさい。

>やまなしさんが挙げられたラジオの方たちとは違う怒りだと思います。
 僕が例に挙げた人達は「怒っていない」んですよ。「笑いものにしている」だけで。
 「怒っている」なら分かりますし、ああああさんのように「批判している」のなら分かります。「漢字が読めない人を首相に選ぶべきではない!」「そんな人が首相に選ばれる制度がおかしいから、即刻解散総選挙をすべきだ!」という意見ならば、(僕が同じ意見かはさておき)一つの意見として分かります。

 でも、僕が例に挙げた人達は「笑いものにしている」だけなんですよ。
 その笑い話に対して僕が「いや、俺は漢字が読めるかどうかはさておき、ちゃんとした経済政策をすべきだと思う」と意見を述べると、「何言ってんの、やまなし」「ここは笑うところだろ」「空気読めよ」となるんです。
 彼らがやっているのは「怒り」でも「批判」でも「意見」でもなく、天気の話のように「他人をバカにして場を和ませる」だけなんですよ。



 うーん……何かもう2008年はずっとこういうことに悩み続けてきましたけど、書きたいことを何一つ伝えることが出来なかったのが心苦しいです。
 今回は特に「誤読されないように」と気を使って、「政治の話がしたいワケではない」とか「笑いながら」「笑い者に」「コケ落とす」といった表現を意図して入れたつもりだったんですけど(あ、今思ったけど「コケ落とす」じゃなくて「コケ下ろす」ですね)……ああああさんだけでなく別の方からも同じような意見を頂いたので、何かが悪かったんだろうなぁと落ち込んでいます。


>まるで麻生氏のあの発言に関して怒る事自体がひどい、といった展開の記事
 これ、「麻生氏のあの発言に関して“笑いものにする”事自体がひどい」だったら僕の言い分とほとんど変わりませんよ。一応。僕は「“笑いものにする”ことそのものが酷い行為だ」と思っていますから。

 それとまぁ、これは次の記事に書くつもりだったから短い表現に留めておいたんですが…
 「批判」と「攻撃」は違うものなんですよ。


 喩えば、やまなしの描く漫画に対して「つまんねえ」と言うのは「批判」。これはこれで一人の立派な意見だと思います。別にわざわざ僕自身にぶつける必要はないと思いますけど(笑)、そういう意見を持つ人間がいても、批判記事を書いているブログがあっても構わないとは思います。

 でも、「こんな漫画描いているやまなしというヤツは気持ち悪いし、友達もいなさそうだし、死んでしまえばいいのに」と言うのは「攻撃」。それはルール違反だろと言いたい。
 この2つをゴッチャにして「批判するのは自由だろ」と人格攻撃まで始めるのは、サッカーで相手選手に飛び蹴り食らわすようなものです。


 「漢字が読めない首相を笑いものにする」のは、どう考えても「攻撃」です。
 ああああさんの意見ように、「首相になる人の第一条件は“学があること”だから、麻生さんは総理にはふさわしくない(=麻生さんが総裁でいる限り自民党には投票しない)」という意見だったら、立派な「批判」です。この2つは全然違うものです。

 むしろそこを一緒くたにして「マスコミの麻生叩きは酷い」的な意見も生まれていることを考えると、しっかり「批判」している人こそが報われないんじゃないかと思ったりもします。



 あぁ、そうか……
 この記事自体も「批判と攻撃を一緒くたにしている」と思われたのか……確かにそう考えると記事タイトルを間違えたかもですね。もう、僕が書いた記事に適切なタイトルを付けられる人を募集したい気分です。

| やまなし(管理人) | 2008/12/28 05:52 | URL | ≫ EDIT

ちょっと話が違いますけど。ご存知かもしれませんが、
読めるけどマジ漢字書けない♪って替え歌があるんです。

未曾有は読めるけど、多分「曾」は書けないな~って思いまして(汗)
もちろん醤油も薔薇も書けません。
そんな時はいつも、替え歌を口ずさんで笑いに持ち込もうとします (≧∇≦)

| Steve | 2008/12/28 09:32 | URL | ≫ EDIT

なんか非常に自分の考えが固い人で羨ましいなぁ、と思ってしまった。
自分なんかあんまり考えが固くないので、その時々で主張が違ったりすることがありますしw

個人的な考えとしては、漢字を読めないことは批判するのも攻撃するのもどうかと思っています。やまなしさんの考えを更に極端にした形ですかね。
攻撃する事に関しては完全にやまなしさんと同意見なわけですが、批判に関しては
「漢字を読めることと、政治手腕にどこが関係があるのか?」
という事がまず頭に引っかかるんですよね。これ、どう考えても関係ないんですよ。
「漢字が読めない=学が無い」というのも同じく、実はイコールで結ばるものではないと思います。
確かにその傾向は高いでしょうが、あくまで傾向です。逆パターンとして、漢字読めても学が無いヤツも多くいるわけです。まぁ自分はそういうタイプなわけですが。
ついでに言うと、政治家は政治家で、一般人は一般人でそれぞれ必要な"学"というものの質がちがいます。
帰国子女で英語ペラペラなら、漢字読めなくても普通に納得するでしょう?つまりはそういうようなことだと思います。
政治家に関して批判をするのは「政治手腕」と「利権に関わる事柄」この二つだけで良いんですよ。
まぁ、単純に麻生首相の政治手腕を問われた場合、それは個人的には「批判」したいですし、
そこを批判するのは正しいとは思いますが、単純な人間性を否定するのはいかがなものかと思います。

| at | 2008/12/28 14:24 | URL |

少し気になったのでコメントさせていただきます。
いくらタイトルを変えても一番主張したい「攻撃と批判は異なるものである」という一番の主張(or結論)を一番上に持ってこなければ誤解されると思いますよ。

そして途中から「漢字が読めないことは恥ずべきことではない」見たいな流れになってませんか?
政治という複雑なものをするためには本当に漢字を読めなくていいと思いますか?
「教育で求められていることができなくても補い合えばいい」と本当にお考えですか?

と、この私のコメントのようにこの記事は全体的に結論部分が色々な主張でぼやけていると思います。主張をする際に、誤解を少なくしたければ、あれこれ書かずにストレートにまとめた方がいいと思いますよ。

| ふみ | 2008/12/28 23:39 | URL | ≫ EDIT

>1.果たしてそれは本当に「誰でも読める漢字」なのか?

>2.では、「誰でも読める漢字」と「誰もが読めるワケではない漢字」の境界線はどこなのか?

これは小学生の理屈と言われても仕方ないんじゃないでしょうか。
本当に読みを知らない人が多いんだったら「誰でも読める」という発言が支持を集めないだけです。
「やばい…俺読めねぇ……」という人は勉強になってよかったんじゃないでしょうか。

いい大人としてどうかと思うようなことを首相ともあろう者がやってしまった。
でもそれは政治手腕とは直接関係無い。
だからこそ、それを理由に「制度が悪い」だの「解散せよ」だの言わずに、(政治とは関係ない所で)笑いのネタにしているわけでしょう。
前者は「一つの意見として分かり」、後者は「酷い行為」だというのはどうかと思います。

あと、カップラーメンの件は、「こんなに庶民感覚のない人に庶民のための政治ができるのだろうか」という疑義なわけですから、一緒にはできません。

| 774 | 2008/12/29 01:20 | URL | ≫ EDIT

>Steveさん
 あまりにも違う話だったので非常に和みました(笑)。いつも救われています。
 僕は「未曾有」の「有」もちょっと自信なかったですねー.ラジオっこの性分か言葉は基本的に音で覚えているので「う?う…うと読む漢字ってどれだ?」と「未曽生」と書いたり(笑)。むしろ今回のことで「ゆう」と読む漢字だ!と覚えられました。

 更に関係のない話ですが。
 僕は「伊能忠敬」と「井伊直弼」を80~90%言い間違えてしまいます。もはや恐怖症となっていて、「こないだは伊能忠敬を井伊直弼と言い間違えちゃったから、これは伊能忠敬であっているんだよな……」と頭の中で考えて「伊能忠敬!」→井伊直弼だったorzということが、10回中8回は起こります。

 一人でゆっくり考えれば分かるんですよ?
 「地図を作った人が伊能忠敬で、そうでない人が井伊直弼」って(笑)。でも会話の流れの中でとっさに言わなきゃならない時にはごっちゃになっちゃって裏に入っちゃうんです。僕は世界史受験で大学に入ったんですけど、大学の友達は日本史を専門として勉強している人が多かったので常に肩身が狭かったなぁと思い出しました。


>atさん
 僕も自分の考えはコロコロ変わりますよ。
 極端な話、記事をの一行目を書いていている時と最後の行を書いている時では考えが180度変わっていることなんてしょっちゅうですもの。24時間ずっと考えている場合、ずっと同じ考えを保つことに意義も意味も僕は感じません。

 それでもただ一つ。僕の中に譲れないルールがあって。
 「色んな人間がいるから世界は面白い」という部分だけは譲れなくて、だから一つの価値観を押し付けられることとか、反対意見を許さないぞ的な空気を出されることには激しく抵抗をしたいのです。

 すっげー俗っぽい喩えを挙げるとなると……今僕は任天堂ハード(Wii)を持っていて遊んでいるけど、任天堂ハード以上に魅力を感じたらSCEハード(PS3、PS4?)を買うだろうと常に考えているというか。
 どちらかの信者とか、どちらかのアンチだとかを自分に決め付けてしまえば、もし明日の自分が今の立場に魅力を感じなくなったらどうするんだろうと不安になるのです。


>「漢字を読めることと、政治手腕にどこが関係があるのか?」
 僕個人が「政治家に求めるもの」もそうですね。
 漢字が読めるかどうかよりも大切なことがいっぱいあると思います。

 ただまぁ、「色んな人間がいるから世界は面白い」という自分のルールからすると、(笑いものにしている人は論外ですが)「政治家にはカリスマが必要だから分かりやすいミスをしてはならない!」という価値観を持っている人もいるでしょうし、(自分の価値観とは違う)そういう人の意見も面白いと思うのですよ。そういう発想があるのか!的な。

 「学がない」というのは僕が挙げた比喩で、あんまり上手くなかったなーと反省しています。
 atさんが仰るとおり、それぞれがそれぞれの長所を活かせば僕はイイと思います。ただ、麻生さんを“ちゃんと”批判している人は「人の上に立つ者は目立つ短所を持ってはならない」ということを言っているんじゃないかなと思います。そういう主張は分からなくはないです。


>ふみさん
>一番主張したい「攻撃と批判は異なるものである」という一番の主張(or結論)
 そもそも、それは僕がこの記事で主張していることではありません。
 どちらかというとそれは前提であって、僕がこの記事で主張しているのは「自分が出来ることを他人が出来ないからといってバカにするのはやめようよ」という一点だけです。それは隣人相手にもテレビの中の人相手にでも。

 「攻撃と批判は異なるものである」とコメント欄で補足したのは、僕が挙げた2つの「笑いものにしている」人達の例に対して、「批判は批判として認めるべきだ」という意見を頂いたからです。
 僕はあの例えを出して「ちゃんとした批判だ」と言われると思わなかったのですが、それは確かに音や前後の流れで聞くと「笑い話にしている」ことが分かるのに、それを文章で伝えることが出来なかったのかなと反省しました。なので、ちゃんと伝えたいことを伝えるために、「アレは批判ではなく笑い話としてされたことなのだよ」と書きたかったのです。


>途中から「漢字が読めないことは恥ずべきことではない」見たいな流れになってませんか?
 僕が主張したかった「自分が出来ることを他人が出来ないからといってバカにするのはやめようよ」からはあまりズレていないと思いますよ。

 僕は漢字が読めないことを恥ずべきではないと思っていますもの。「漢字が読める人もいる」「漢字が読めない人もいる」、それで構わないと思います。これは漢字に限りませんけど。出来る人は誇って構わないと思いますが、出来ない人が必要以上に恥ずべきではないと思います。もちろんそれがその人に必要なことだったら話は別ですけど。

 で、同様に「総理は漢字が読める人がなるべきと思っている人」も「総理は漢字が読めなくても構わないと思っている人」もいるワケです。このコメント欄の中にも両方の意見の人がいるように、全国民が片方に寄ることなんかないのです。だから、ちゃんとした批判をして、「いやいや、総理が漢字が読めないとマズいだろ」の根拠を述べるなりには賛成ですよ。
 ああああさんの「総理には立派であって欲しい」という意見なんかは、一つの立派な批判意見だと思います。


 でも、バカにしているだけでは何も生まれません。笑いものにして、それに対する批判意見をシャットアウトしているのだったら、それは単なる誹謗中傷です。安全な場所から他人を撃って笑っているだけです。それを許せないと僕は書いているのです。


>一番の主張(or結論)を一番上に持ってこなければ誤解されると思いますよ。
 うーん……
 正直、僕は「結論」を書きたいワケじゃないんですよ。それぞれが「結論」を持ち寄ってどれが正しいかみたいな話にしたくないんですよ。大切なのは、何故そう思うのかという「過程」であって、そこからそれぞれが思うものを持ち帰って欲しいというか。最初に結論を書いちゃってそこで読むのを辞められると、いきなり最終巻から漫画を読まれるくらいの抵抗があるんですけど……


 まぁ、でも僕が文句を言っても仕方がないことなんでしょうね。読む人は読みたいものを読みに来るワケですし。
 ホントに2008年は色々なお叱りを受けましたし、僕自身もう体力の限界ですし、仰るとおりに2009年からはスタイルを変えようかなと思います。何かもうしょっちゅうそんなことを言っている気がしますけど。御意見ありがとうございます。


>774さん
>いい大人としてどうかと思うようなことを
 つまり、774さんは「未曾有が読めないのは大人してどうかと思う」と仰りたいのでしょうか?

 なら反論。別に僕はそれで構わないと思いますよ。
 漢字が読めなかったとしても立派に働いて、立派に税金納めて、立派に選挙権・被選挙権を持っている人が沢山います。そうした人達がいてこそ国が動いているのです。漢字が必要な職業もあるでしょうが、不必要な職業もあるでしょう。

 ただ、じゃあ実際に漢字が読めない人が立候補した際に選ぶのは有権者なのですから、「漢字が読めないのなら国会議員には向いていない!」と批判するのは一人の有権者の意見として認めなくちゃならないと思います。
 それと「バッカでー!」と笑いものにすることは全然違う行為ですよ。「お笑いのネタなんだから笑って済ませろよ」というのならば、ただ一つ。そのネタ、超つまんねえ。

>カップラーメンの件は、「こんなに庶民感覚のない人に庶民のための政治ができるのだろうか」という疑義なわけですから
 僕が主張したかった「自分が出来ることを他人が出来ないからといってバカにするのはやめようよ」からはあまりズレていないと思いますよ。

| やまなし(管理人) | 2008/12/29 07:40 | URL | ≫ EDIT

同感でした。
ネット上なんか、(個人的にですが)特に、おもしろがろうという雰囲気が蔓延しているように思うんです。
それが、イイ社会につながる方向ならいいんですけど、逆に社会の閉塞感というか、一時期話題になった「いじり」の陰湿さを時々みてしまうのです。
今はまだ皆さん疑問を感じてない方も多いかもしれませんが、マスコミまでこういう態度をとってはますます社会はそういう風潮になるんじゃないのかなぁ。。。と。
「自分は関係ないから、楽しいから、いいじゃん!」というのは、非常に危険で、そういうところは、同和問題や会社・学校でのいじめに関係しているところもあると思います。
というわけで、やまなしさんの意見に全面に賛成です。
「批判」は社会の向上を助けるかもしれませんが、「人格攻撃」は嫉妬かなんかにかられて、一種の病気にかかっているような状態の人間がするもので、人をつぶす可能性はあっても、決して社会の向上にはつながらないと思います。
そしてこういうことに悩み続けたやまなしさんが、すごく好感を持ちますし尊敬します。
友達になんといわれようと貫く姿勢も、人間として強いなぁ、と羨ましくも、尊敬もします。
とりあえず、それでは!

| ZAX | 2008/12/29 07:52 | URL |

>ZAXさん

 そう言ってもらえて非常に嬉しいのですが……

>友達になんといわれようと貫く姿勢も、人間として強いなぁ、と羨ましくも、尊敬もします。
 実はその後に誰も喋らなくなって「ヤバイ、空気が悪くなった……」と察して、「原ジャパンはどこまで行くかなー?」と気楽な話題にシフトさせてお茶を濁していました。全然カッコ良くなくてごめんなさい(汗)。


 ちょっと踏み込んだ話をしますけど、今回の話って「笑い話にする」気持ち悪さの向こうに「論点を絞ってしまう」怖さを感じたんです。
 思い出したのが2006年W杯の柳沢のシュートミスに対して「あんなのは俺でも決められる」といった声が聞こえたことでした。
 確かにそのシュートはそうかも知れないんだけどそこまでの過程は全部無視をしていることとか、そもそも柳沢があのチームに求められていた「ポストプレイ」のミスを繰り返していたせいでチャンス自体が作れていなかったことは全く批判されなくなってしまって。

 笑い話にしてしまうことで、真っ当な批判が出来なくなってしまった怖さが僕の中で身に染みていたのです。あの時は不可思議なほどマスコミ批判も封鎖されていましたしね……


 もちろん今回の麻生さんの話はちゃんとした批判をしている人もいましたし、この記事にコメントを下さった「総理には立派でいて欲しいから漢字も読めて欲しい」といった意見のように“総理大臣に求められているもの”に論点を広げている人もいるのでそこまで危惧することじゃなかったのかも知れませんが。
 思ったことを書かずに世の中の動きに絶望していても仕方ないなとこういう記事を書いて、批判もされていますけど批判ならばそこから生まれるものもあるでしょうし、同調してくれる人もいて、最終的には書いて良かったと思いました。

 問題は、このまま一睡もせずに今日の記事を書かないとスケジュール的にマズいということなんですが(笑)。あーあーあー。誰か今の内に、原稿消しゴムかけておいてくれないかなぁ。

| やまなし(管理人) | 2008/12/29 08:26 | URL | ≫ EDIT

えっといきなりですが、誤読うんぬんについてはとりあえず「これは理由はどうあれ集団で個人を(一方的に)笑いものにするのって気持ち悪いですねという話です」だとかって記事のあたまに書いとけばいいんじゃないでしょうか。

で、それはそれとして、それ以上にだいぶ気になったのは「漢字を(公の場で)読み間違うこと」が首相の資質と関係ないとかって話の方だったりします。政治って言うとなんだか難しい事のように感じてしまいますけど基本というか究極的には「(何かを実行するために)いかに大勢を説得するか」ってのが政治をするって事で、だから政治家にいちばん必要な能力は「みんなを説得する力」だと私は思うんです。

しかも総理大臣というのは国民だけでなく(価値観や文化を共有しない)外国の人とも話し合って「説得」していけなければいけない存在な訳で。だから公の場で、つまり首相の、政府の、国家の公式発言において漢字をしょっちゅう読み間違えるというのはいちおう結構問題ではあると思うんです。

「ひんぱん」を「はんざつ」に読み間違えたのだって日中首脳会談に関して「1年のうちにこれだけ<ひんぱん>に首脳が往来したのは過去に例がない」ってのを言い間違えてたわけで結構危ういといえば危うい間違いだった訳ですしね。

| ユメハラキズナ | 2008/12/29 19:02 | URL | ≫ EDIT

>ユメハラキズナさん

>記事のあたまに書いとけばいいんじゃないでしょうか。
 確かに「ブログ論」みたいなのにはこの手法がオススメされていることが多いんですけど、最初に結論書くのって、スポーツニュースのハイライト映像前に結果を言われちゃうようなものだと思うのですが……

 「誤読されない」に越したことはないのですけど、「誤読されない」が目的化されたブログって面白いの?って話というか。まぁ、そうは言っても2008年は疲れることばかりでしたし、今後は手法を変えたいと思います。御意見ありがとうございます。

>気になったのは「漢字を(公の場で)読み間違うこと」が首相の資質と関係ないとかって話の方
 あー、えっと……分かってはおられると思いますけど、この記事ではそこは論じていませんからね。
 極端な話をすると「バカだ!バカだ!首相はバカだ!」と笑いものにしていることって「首相がバカでいることを喜んでいる」ともとれるワケで、ちゃんと「首相の資格はない」と批判している人達とは対極にあると思うんですよ。それでいいの?と。

 僕自身の意見を言うと「優先順位は低い」というカンジですかね。
 そもそも、原稿に書いてある漢字を読み間違えるのって「漢字が読めない」とはちょっと違うんじゃないかなーと思うのです。どっちかというと「声を出して文章を読む能力」の方だと思うし、事前に読めない漢字がないかをチェックしない(出来ない)体制の方が不安です。

 そりゃ誰だって「読めないよりは読めるに越したことがない」とは思っていると思いますけど、そんなことより失業者対策をしっかりやらないとこの冬を越せない人が沢山出てくるんじゃないかというこの時期に、「漢字が読めない首相なんて」と批判している場合なのかなーというか。

| やまなし(管理人) | 2008/12/31 07:17 | URL | ≫ EDIT

死に体が刻々と復活間近の現状に思う、

漢字が小学生の頃に大好きで他に何もせずに黙々と漢字字典を擦り切れるまで書き続けた私にとっては、

結局世の中はどんなに努力してもコネクトには勝てない。

それしか学ばなかったわ、こんな阿呆を頂点にした国家じゃな。

また戻すのは戦争おっぱじめるのと変わらない行為。

|   | 2012/04/05 11:00 | URL |

> さん

>また戻すのは戦争おっぱじめるのと変わらない行為。

 あばばばばば

| やまなしレイ(管理人) | 2012/04/05 19:24 | URL | ≫ EDIT















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