やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

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「考え方は人それぞれ」はゴールではなくてスタート地点

 「Aという意見」があって、「Bという意見」があるとします。
 その両者を対決させてどちらが正しいのかを決めるのではなく、両者を対比させることで互いの良さを上手く組み込んで「Cという意見」を作り上げるのが議論だと僕は思っています。

 Aが8割:Bが2割とか、Aが4割:Bが6割といった比率はそれぞれの意見をぶつけ合って見つけていくものですし。実際には2つの意見ではなくて無数の意見を組み込んでいかなきゃならないんですけどね。





 ↑ 以上、今日の結論。
 「誤読を避けるためには一番言いたいことを最初に書くべきなのでは?」という指摘を受け、挑戦してみました。やってみたら想像以上に楽ですね。書きたいことは全部書き終わったので、ここから先のスペースは俺の自由だ!!


 2009年のWii予想とか、書いて良いかな?

 ダメか。そりゃそうだ。結論と関係ないしね。残念。


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 「僕、ヲタクの友達って出来たことないんですよ。」

 唐突に始めてみる本文。
 友達の数とかそういう話はさておき、僕は今までの人生でヲタクな友達と出会ったことがありません。ヲタク的な活動は常にソロ活動で、自分がヲタクであることもなるべく言わないようにしてきました。隠している理由は簡単で、非ヲタにヲタクな話題をしても盛り上がらないからです。

 僕は車に興味がありません。だから車の話を振られても困る。
 同じように、美少女アニメに興味がない人に『舞-HiME』の魅力を語っても相手は困るだろうと。



 ただ、漫画はヲタク/非ヲタクの境界線が曖昧だったんですよ。
 僕ら世代はちょうど小学校高学年の頃にジャンプ黄金期でして、『ドラゴンボール』とか『スラムダンク』の話は共通の話題として認識されていて、そのおかげなのか漫画の話題は非ヲタであってもある程度のところまでなら興味を持ってくれるものでした。


 んで、そんな非ヲタな友達達からすると自分は「漫画に詳しいヤツ」だったんですよ。ネットの中で見ると全然ですけどね。
 非ヲタな友達から「何かオススメの漫画ある?」と聞かれて、その人が好きになりそうな漫画を考えるのが非常に楽しかったですし、僕自身オススメの漫画を考えることで得たものは沢山あったなぁと思うのです。


 喩えば、今僕が一番好きな漫画が島本和彦氏の『アオイホノオ』だったとします。
 僕は凄い好き。あだち充の『ナイン』を読んで主人公が「こんなに面白いのに人気がないなんて。俺だけはあだち充を認めてやろう!」と思うシーンとか、もう言葉に出来ないくらい大好きです。

 でも、全ての人が『アオイホノオ』を好きにはならないだろうとも思うのです。
 そこで「俺がこんなに大好きな『アオイホノオ』」を「コイツにはオススメ出来ない」のは何故か?といったようなことを常日頃考えてきました。オススメした結果「面白かったよ!」と言われれば「なるほど、ここまではOKなのか」と思い、反応が悪ければ「ダメか……」と参考にしていく。


 そうやっていく内に、その漫画の魅力がどういうものなのかが見えてくるし、その漫画に対しての「面白い」「……イマイチ」といった反応を見てその人となりを見ることが出来ました。「あー、色んな人間が世の中にいるんだ、面白いもんだなぁ」と。



 「ヲタクな自分にとって、友達が全員非ヲタクだったのは掛け替えのない財産だったのかも」
 最近はそう思うようになりました。
 僕はずっと「ヲタクな友達がいない」ことに劣等感と孤独を感じていましたけれど……趣味が近い人というのはインターネットで探せば出会うことが出来ますし、現にこれまで多くの人出会ってきました。逆に趣味が遠い人というのは率先して出会う機会がありませんし、喩えば同じ地域、同じ学校、同じ集団の中にたまたま入っただけという繋がりで友達になることが出来たというのは幸せなことだったのかなぁ……と。


 漫画やアニメやゲームが好きで好きでたまらない自分だけれど、そこに引っ張られ過ぎずに、漫画やアニメやゲームがそんなに好きじゃない人の視点を考えられるようになったのは(考えなきゃいけないという意識を常に持てるようになったのは)、これまで出会ってきた全ての非ヲタクな友人達のおかげだろうなぁと思いました。

 今、本当に熱を込めて文章を書いているときに「友人」と変換しようとしたら1発目が「遊人」でした。やだもうこんな自分。




 「人の好みはそれぞれだから、と言ってしまえばそれまでですけどね」
 昔、とあるサイトで読んだ言葉でした。「違うよ!“それまで”ではないんだよ!“そこから始まる”んだよ!」と書き込むべきか半日悩んだけど、それを上手く伝える自信がなくて辞めました。

 「人の好みはそれぞれ」―――
 もう、これは疑いようもない事実です。思考も嗜好も志向も、百人いれば百通りあるなんてことはわざわざ語るべきことでもありません。「Aという意見」も「Bという意見」も大事。でも、それはそこがゴール地点だということではなく、そこから「Cという意見」を作り出すスタート地点に立っただけの話です。



 自分と違う意見は、自分の意見を昇華させる可能性を秘めている―――
 非ヲタクな友達から沢山のものを学んだ自分としてはそう思うのです。


 ……と書くと、自分と同じ意見の人とか、「同感です!」というコメントを否定しかねないんですけど。
 でも僕は完全な「同感です!」なんて存在しないと思うのですよ。結論は近いかも知れないけど、そこに至るまでの過程はそれぞれ違っていて、そこから沢山のものを学べます。同じように『どき魔女2』が大好きな人であっても、何周もやりこむ人もいれば、1周だけ遊んで「最高だった!」と満足する僕もいる、みたいなことです。



 んでまぁ、だからこそ僕は「自分とは違う意見を蔑ろにする」行為だけは許せないのですが……それはまた別の話ですし、許せないことを「許せない!」と思い続けるのも何か違うのかもなぁと最近は思ったりもします。わかんね。日々悩んで生きるのが人生なり。

 2秒前の僕は「Aという意見」だけど、今の僕は「Bという意見」で、2秒後の僕は「Cという意見」になればイイなぁと思っております。


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